『戦略』と『使者』
次の日。
ラシュムール城の上空は昨日と違い、日を通さない分厚い雲で覆われていた。俺達のいる室内は夜と間違えそうな程に薄暗く、蝋燭の火が不気味にうごめいている。
「兵士を三千人くらい貸してくれないかしら、ラムセス将軍?」
「おはようも無しに朝から急だな、リリーエ姫よ」
テーブルに足をかけたラムセス将軍に、リリーエは開口一番、国を取り戻すための兵士を貸してくれるよう要求していた。
付き従う俺とウィスタリアは、リリーエの一歩後ろで話を聞き、煙が充満するこの部屋に顔をしかめる。
「相変わらずヤニ臭いな、この部屋は」
「あの人はいつも煙を吸ってますから、何度言っても辞めてくれませし」
「やっぱり苦労してるんだな、ウィスタリア」
そんな俺達なんてお構い無く、将軍はキセルをトンと灰皿に落とし、新しいヤニを火皿に入れた。
「別に兵士を貸すのは構わん、元々俺の私兵じゃないからな」
「そうね、確かリャヌーラ攻略に十万近くの兵士が出陣したはずだから、三千人くらいすぐにでも貸してくれるわよね?」
「まぁ、ランヴェルス滅亡の知らせを聞いて七割近くが故郷に逃げ帰っちまったがな、三千程度ならすぐにでも用意できる、が」
キセルに火を付けると、ラムセス将軍は白髪混じりの髪をめんどくさそうに掻いた。
「一応聞いておくが、その三千の兵でお前達は何をする気だ?」
「三千の兵士がいれば近くの小さな城を落とせる。そこで旧ランヴェルス領の領主に号令して兵士を集め、まずは近くの大都市・オリエンを落とす」
自信満々にリリーエがこれからの戦略を語る。
オリエンとはラシュムールに程近い大都市で、ランヴェルス第二の都市なんて呼ばれているらしい。
今の俺達には拠って立つ地が必要不可欠、オリエンはまさにうってつけの場所だ。
「無理だな」
だが、リリーエの計画を即座に不可能だと断言した。
「無理かどうかは、やってみないと分からないじゃない?」
将軍の言い方にムッとしたのか、珍しくリリーエが食って掛かる。
しかし、将軍は冷静にその計画が不可能な訳を説明した。
「やらなくても分かる。十年前のリャヌーラ侵攻を受けて複雑な防衛網を構築した。城の一つを取ってもすぐに近くの城から兵士を出して取り返せるようにな、三千そこらではすぐに取り返されるか、包囲されて終わりだろう」
実際、その防衛網を作り上げたのは他でもない、ここにいるラムセス将軍であった。
彼はリャヌーラ軍の進撃速度を分析、ランヴェルス第二の都市であるオリエン近郊に七十近くの城塞を築城し、それらがうまく連携が取れるように配置した。新たに作られた小城が敵を足止めしつつ、オリエンから軍を派遣し防衛するのが、将軍が考えた対リャヌーラの防衛戦略だ。
だが、オリエンを含めてそれら城塞も既にドミナシオンの手に落ちてしまい、将軍が残った全軍を率いても取り返すことは困難で、お手上げ状態だと付け加えた。
「でも、考えたのがラムセスなら、各城の弱点も知り尽くしてるんでしょ?」
「俺が考えた防衛網だぞ? 城は落とせても防衛線はそう簡単に破られないよう作ったからほぼ完璧だ。なんなら戦略に詳しいおたくの軍師様に地図の感想を聞いてみろ」
そういって、ラムセス将軍は地図を俺に投げ渡す。
「…………これは、ヤバイな」
地図を一目見て、俺は力業での攻略、突破は無理だと悟った。
何がヤバイって、ずらりと並んだ城塞に幾重にも防衛線が書き込まれ、もはや地図の原型を留めていない。パッと見、初心者でもこの防衛線の複雑さ、攻略の難しさが感じ取れると思う。
「どう? 攻略できそ……うっ……」
気になって地図を覗き込んだリリーエがフリーズしてしまった、彼女もこの地図の異常さが充分伝わっただろう。
「眩暈がしそうな地図だけど、これに書かれた城塞が全部ドミナシオンに攻略されたんですか? 滅亡から一ヶ月も立ってないこの短期間で?」
「それについては俺も疑問だった、いくらなんでも早すぎるってな。だが、俺の想定外の事態が起きてやがった」
「想定外の事態?」
「あぁ、それが……」
ラムセスが何かを言いかけた所で廊下から「殿ぉ!! 殿ぉお!!」という声が近づき、汗だくとなったカイドウが部屋に入ってきた。
「どうしたカイドウ、やけに慌てているな」
「一大事です! 城門にオリエンからの使者がっ!!」
ぜえ、ぜえ、と息を切らしたカイドウの一言に、ラムセスは眉間の皺を深くした。
「……トライゾンめ、動きおったなっ!」
ラムセスがキセルを灰皿に投げつけ、吊るしてあった紅いマントに手を伸ばす。
「お前らは出てくんなよ。特に、リリーエは絶対に、だ」
リリーエに釘を刺し、ラムセス将軍はマントを片手に部屋を出ていった。
「ふむ、この時期にオリエンから使者ね……ラムセスが何を言われるのか気になるわ」
「なんなら、俺が探りを入れようか、リリーエ?」
「そうして貰えると助かるわ。私は勿論、ウィスタリアは顔がバレてる可能性があるから行かせられないけど」
「申し訳ありません」
ウィスタリアが深々と頭を下げた。まぁ、見に行くだけなら俺一人でも問題は無いだろう。
「わたしも行きますよ、戦いが起きたら大変なので」
扉の向こうから、矢の素材を集めていたヨイチがひょこっと顔を出した。
「大丈夫、偵察くらい一人で出来るから」
「そうですか、わかりました」
残念そうにショボくれるヨイチに、リリーエが「にひひ」と不敵に笑った。
「なら待ってる間私の膝の上においでよ! たくさん撫で撫でしてあ・げ・る」
「……どうしても連れていってくれないのですか、軍師どの」
リリーエに捕まったヨイチがつぶらな瞳で上目遣いしてきたが華麗にスルーし、俺は部屋の扉を閉めた。
「さて、吉と出るか凶と出るか」
今にも降りだしそうな空を見上げ「今日は大雨になるな」と、俺は予想したのだった。




