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『将軍』と『転移者』



「…………起きてください、軍師どの」

「……ん、ヨイチか、どうした?」


 ヨイチに肩を揺さぶられ、俺は目を覚ました。

 いつの間にか眠りに落ちてしまったようで、頭が正常に機能できてない。辺りはまだ夕焼け色に明るいから、そこまで長くは寝ていないみたいだが。


「ラムセス将軍が帰ってきたそうです、リリーエ様があそこで待ってます」

「ふぁ~、了解、それじゃあ行くか」


 俺はあくびをしながらさっさと立ち上がり、リリーエがいる城門に歩きだした。

 ラムセス将軍の帰城に伴い、先程まで無防備に眠りこけていた兵士達にただならぬ緊張感が浮かび上がっている。


 (やっぱり凄い人なんだな、ラムセス将軍って)


 国を象徴する将軍とはどういうものなのか、活字でしか想像出来なかった漠然とした認識が、俺は今、彼らの表情で分かった気がした。


「やっと来たわね、寝坊助な軍師様」


 先に城門前で将軍の帰還を待っていたリリーエが茶化すように笑う。兵士達と違ってまだまだ余裕のありそうな面持ちだ。


「すみませんです、軍師どのがなかなか起きてくれなかったので」

「ここまで長旅だったからつい、な──ところで、ラムセス将軍は何処にいるんだ?」

「あそこにいますよ、ハルト殿」


 リリーエの後ろに控えるウィスタリアが城門の先、夕陽を背に行軍する軍勢を指差した。


「あれが、ラムセス将軍よ」


 見れば、夕焼けを浴びる軍勢が此方に向かってきていた。

全身を赤一色に染め上げた兵士達を従え、先頭を行く将軍の姿にリリーエの表情は自然と綻んだ。


「あれが──」


 将軍を一目見て、俺の中に残っていた眠気やら疲労やらが一瞬で消え去った。その神々しいまでの迫力に思わず気圧される。


「おぉ、これはこれは、姫様ではありませぬか」


 にこやかな笑みを浮かべるラムセス将軍が俺達の前に立つ。

 全身を血で染めたかのような甲冑に深紅のマント。

 無精髭ながら威厳のある風貌。

 腹に響く重みのある声質に、思わず立ち竦んでしまう貫禄に満ちた身体。

 なにより、馬上から見下ろされる威圧感が尋常でない。 


 俺はごくりと生唾を飲み、額の汗を拭うのも忘れていた。


──これが、ラムセス将軍。


 そして、歴戦の老将みたいでカッコいい将軍だなと、俺は憧れに近い眼差しを送っていた。


「お久しゅうございます姫様、カイドウから姫様が来られたと聞いたときは驚きましたが、だいぶ大人びたお姿になられましたな」

「ふふ、ありがとう、ラムセス将軍」 

「しかし、私からしたらまだまだ子供のようですがな」

「将軍は大分フケましたわね、そろそろ引退の時期では?」

「まだまだ、生涯現役ですぞ」


 二人の貴族らしい上品な言葉遣いの会話が続くその後ろで、ウィスタリアがソワソワしながら二人の話に耳を傾けた。


「……ウィスタリアは変わり無いか?」

「は、はい父上、特になにも……」

「えっ、父上?」


 ウィスタリアが恥ずかしそうに将軍から顔を背けた。

 ウィスタリアの父親ってラムセス将軍だったのか。なるほど、ここまでの道中で感じていたウィスタリアに対する違和感ってこれか。言われてみればたしかに厳格で生真面目そうなところが似ている気がする。


「それではラムセス将軍、大事な話がありますから、続きは部屋でしましょう」

「そうですな、では私の部屋にでもどうぞ」

「三人も付いてきなさい、私達のこれからをラムセス将軍と話し合いますよ」


 リリーエが物腰柔らかく、真剣な面持ちで屋敷に向かう。

 あのリリーエがこんなに礼儀正しく対話するだなんて、ラムセス将軍は物凄い人物なんだなと改めて感心した。

そして、この人の武勇伝やら戦術等を是非とも聞いてみたいと、部屋に入るまでは心の底から願ったりしたのだった。


そう、部屋に入る前までは……。


「あの小っこくてチンチクリンだった小娘がこんな色っぽくなりやがって、驚いたぞコンチクショー胸触らせろ!」

「もう子供じゃないって事よラムセス、だから昔みたく馴れ馴れしく話さない事ね? それと、私へのボディータッチは金貨百ランよ」

「なんだ、身体は大人でも中身は変わらなそうだ、やっぱり生意気なガキだ! がっはっはっ!」


(あれ、なんかさっきイメージしてたラムセス将軍と違う……)


 ラムセス将軍の変わりように俺は言葉を失った。

 城門で見た彼は威厳というか存在感が有り余ってたのに、部屋に入った途端、町娘に絡む酔っぱらいみたくなってしまったからだ。

 更に、二人のハイテンションな会話は続く。


「それにしてもよぉ、お前よく生きてたな? 城は燃えて跡形もないって聞いたぞ」

「ウィスタリアが城の抜け道を案内してくれたのよ、それからここまで来る道中で追っ手に見つかったり、狼を倒したり、追ってきた敵軍を追い払ったり、色々あったわ」

「狼と戦ったって? やっぱお前は母親と似てるな、まさに男みてぇな姫様だ」

「誰が男みたいな姫よ! 私は一匹しか倒してないんだから!!」

「そういう変に意地を張るところが母親そっくりだ! 似すぎなんだよコンチクショー! がっはっはっ!!」


 二人の笑い声が部屋に溢れるその影で、俺はウィスタリアの耳元に飽きれ気味に囁いた。


「なぁ、お前の親父さんって、いつもこんな感じなのか?」

「まだマシです、お酒を飲んだらこれの五倍はやかましいですから」

「お前も苦労してたんだな」

「あの、軍師どの……?」


 クイッと、ヨイチが俺のズボンを引っ張った。

「部屋を出て良いですか? この場にいるのは正直耐えられないので」

「あぁ、行ってこい、あんまり遠くに行くなよ」

「はい、ありがとうございます」


 ヨイチが無言で部屋から抜け出し、酔っ払いのテンションで会話する男女と、そのノリに付いていけない男女という対照的な構図が生まれてしまった。


「なんだか、すげぇガッカリした」


「父と話す若者はみんなそう言います、それも仕方ないですが」

二人して深い溜め息が漏れだした。

 俺は一瞬でもラムセス将軍に羨望の眼差しを向けたことを、もう既に後悔していた。


「それで、その小僧がドミナシオンの追っ手を殲滅した剛の者か?」

「剛ではなく知略よ、それは見事な作戦で十倍の敵を追い払ったんだから!」


 気付けば、二人の話題は俺についてになっていて、信頼と疑念、二つの異なる視線が俺に注がれていた。


「ほう……十倍か、どんな策を使ったんだ?」

「たいした策ではないです、三十六計っていう俺がいた世界の兵法を応用しただけで……」


 なんて謙遜したが、初陣としては我ながら会心の作戦だったと自負していた。

 しかし、俺がそれを口に出した途端、ラムセス将軍の表情が険しくなった。


「俺がいた世界……やはり、お前は転移者(イティネラー)か?」


 ──転移者。


 この世界では珍しいものではないそうだが、それでも異人的扱いをされ、快く思ってない者が多いという。それと同じで、ラムセス将軍のこの表情は転移者を良く思っていない顔なのだろうと、勝手に解釈した。


「そうですが、何か問題でも?」

「いいや、むしろ……」


 しかし、ラムセス将軍はニヤリと顔を緩ませた。


「十倍の敵を追い払った話はどうでも良いが『あの世界』の兵法ってのは興味深い、多くの転移者を見てきたが、お前とは面白い話が出来そうだ」


 将軍が一笑するや、何かを思い付いたように髭をなぞった。


「それはそうと、リリーエとウィスタリア、お前ら二人共しばらく風呂に入ってなかったろ?」

「当然、そんな暇も設備も無かったもの」

「ならちょうど良い、ここの近くに温泉が湧き出ててな、お前ら二人で行ってきたらどうだ?」

「お、温泉っ!!!???」


 将軍の提案に眼をキラキラさせて、リリーエが勢いよく椅子から立ち上がった。


「勿論行くわ! ね! ウィスタリアも!!」

「姫様が行くと申されるなら……」

「あとヨイチも呼ばないと! さぁ、久しぶりのお風呂よぉおお!!!」

「あ、姫様っ!?」

「温泉の場所はカイドウにでも聞け、奴なら案内してくれる筈だ」

「分かった! ありがとうラムセス!!」


 ウィスタリアの手を掴んで引きずるようにリリーエは部屋を後にする。

「そ、それじゃあ俺も行こうかな」


 一人取り残された俺も二人に続こうと扉に手を伸ばす。


「待て、お前はここに残れ」


 それを、将軍がドスの利いた低い声で引き留めた。


(え? なんで??)


 将軍は葉巻を取りだし火をつける、何処ぞのマフィアのボスみたいな貫禄だ。


「な、何か俺に用でも?」

「無ければ止めねーだろ、普通に考えて」

「ですよね~……」


 俺はそのまま椅子に座り直し、将軍は煙を蒸かした。


「お前、向こうの世界の兵法をどれだけ知っている?」

「向こうの世界にある兵法書は片っ端から読んだので、有名な兵法は殆ど覚えてる、と、思います……」


 自然と畏まった話し方をしてしまう、学校一怖い体育教師に怒られてる気分だ。そんな俺に対して将軍は、


「そうか、なら武経七書(ぶけいしちしょ)は当然知ってるな?」


 と、俺を試すかのように(ふく)み笑った。


 武経七書(ぶけいしちしょ)とは、中国で名高い兵法書である、


孫子(そんし)

呉子(ごし)

六韜(りくとう)

三略(さんりゃく)

尉繚子(うつりょうし)

司馬法(しばほう)

李衛公問対(りえいこうもんたい)』以上七つの書の総称だ。


 その中でも孫子、呉子は著名で、両書合わせて『孫呉の兵法』と呼ばれる事もあり、兵法の基礎知識として世界中で数多くの軍師や将軍、兵法家が愛読していた。


 ラムセス将軍の口から武経七書なんて言葉が出るなんて露程も思わず、咄嗟に将軍の顔を見詰めた。なんせ武経七書は俺が居た世界の書物であり、この世界に存在しないはずだからだ。


「どうしてラムセス将軍が武経七書のことを?」

「俺は子供の頃から『三國志』が大好きでな、武経七書もその延長で読んだことがあるんだ」

「子供の頃に読んだことがあるって……まさか!」


 今までの将軍の意味ありげな発言と俺をこの場に残した意味を考え、すぐに一つの答えに辿り着いた。

 そして、その考えは的中する。


「ご明察、俺はお前と同じ『転移者』だ」


 肺まで吸い込んだ煙を、将軍が一息に吐き出し、部屋中にヤニが充満する。


「ラムセス将軍が転移者だったなんて、つまり、この世界での先輩ってことか……」

「そうとも言うねぇ」

「将軍が転移者だって、リリーエやウィスタリアは知ってるんですか?」

「いいや、この事実を知ってるのは昔の仲間とお前だけだな」

「なんで、そんな秘密を俺なんかに?」

「別に深い意味はない。ただ、同じ転移者同士だからなのか、お前が昔の俺に似ているからなのか。まぁ単なる気まぐれってやつさ」


 吸い終わった葉巻を灰皿に置くと、ラムセス将軍はグッと身を乗り出した。


「ところで、お前は三國志は知ってるか?」

「勿論、そこそこ詳しいと思いますが」


「なら話し相手になってくれ、この世界じゃ誰とも語り合えないからな!」


 ラムセス将軍は少年のような笑顔を俺に向け、手元の杯に酒を注いだ。


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