『英雄』と『古城』
「彼は、戦の天才です」
あれから幾日、なんとか森を抜け、街道に出た俺達はラムセス将軍の居城を目指して行軍していた。
その道中、俺はウィスタリアからラムセス将軍の略歴について簡単に教わっている。将軍を語るウィスタリアの口調は淡としながらも、どこか誇らしげだ。
『今から約十年前に、西の大国・リャヌーラが二十万の大軍でランヴェルスに侵攻してきました。リャヌーラ軍は破竹の勢いで各地のランヴェルスの城をことごとく陥落させ、ついにはランヴェルス西部の大都市・オリエンを包囲しました。
多くのランヴェルスの将は他の戦域に駆り出されており、動員できる兵士も少ない。もはやオリエンを救う手立ては無いと誰もが諦めかけていたとき。当時無名だったラムセス将軍がランヴェルス王に抜擢され、五千の兵を率いてオリエンの救援に向かい、なんとリャヌーラ軍二十万を一晩で追い払ったのです』
「五千の兵士で二十万を追い払ったって、凄い活躍だな」
「それだけじゃないわよ。ラムセスはその兵士だけで、リャヌーラが落としたランヴェルスの城を全部取り返したんだから!」
馬蹄の振動で肩を揺らすリリーエが鼻息を鳴らしながら両手を腰に置いた。ウィスタリアの説明が続く。
「その後、ラムセス将軍は一連の活躍からランヴェルス西部の支配と対リャヌーラの総司令を任されるに至り、列国の十二人の名将『十二神将』の一人に数えられるようになりました」
「へぇ~、なるほどね」
ウィスタリアによるラムセス将軍の熱の籠った説明が終わり、俺は唸り声をあげた。
十二神将のネーミングセンスはともかく、ラムセス将軍はランヴェルス国が誇る名うての戦上手のようだ。
「で、そのラムセス将軍はリャヌーラ国境にいるって事で間違いないのか?」
「確かその筈よ、多分、恐らく」
「なんだか歯切れが悪いな、本当に合ってるのか、その情報?」
「しょうがないじゃない、私だってずっとラムセスに会ってないんだから。最後に聞いたラムセスの情報はリャヌーラに出陣したってことだけよ」
リリーエが肩を竦めて首を横に振った。
まぁそれも仕方ない、なんせ人とすれ違い難い山間部を通って来たのだ。ラムセス将軍の噂や、ましてや所在なんて把握できる訳がない。
「ま、その為にヨイチに斥候を頼んだんだけど……」
「うぅ~、早くヨイチを抱き締めたいよぉ~!」
リリーエが偵察に出たヨイチの帰りを今か今かと待ちわび、体を震わせる。
「多分そろそろ戻って来ると思うが、なんでリリーエはそんなにヨイチを抱き締めたがるんだ?」
「ふっふっふ、軍師も一度ヨイチを抱き締めると良いわよ? 絶対に虜になるから」
「末恐ろしいな、二つの意味で」
リリーエを虜にしてしまうヨイチも恐ろしいが、臆面も無くヨイチを抱くよう勧めたリリーエも恐ろしい。こんなお姫様の愛撫を毎日受けるなんて、ヨイチの精神が壊れないか心配だ。
そして、噂をすれば……。
「ただいま戻りました、この先には……」
「ヨイチィ!!!」
「うぇっ!?」
茂みからヨイチが帰還したかと思いきや、奇声を上げたリリーエに速攻拉致られた。いつ馬から降りたんだリリーエは?
「あぁ~ほどよい柔らかさと触り心地、癒されるよぉ~!」
「ちょっ、リリーエ様、離して……っ!!」
「やめろって」
「痛っ!」
ヨイチと頬を擦り合わせていたリリーエに、俺は「報告が先だ」とすかさずチョップを入れた。
「はぁ、はぁ……あ、ありがとうございます、軍師どの」
リリーエの魔の手から解放されたヨイチは(リリーエに乱された)身なりを整え、軽く咳払いをした。
「この先にはお城が一つありました、人の気配はあまりなかったです。静かだったので」
「なるほど、その城に旗とか無かったか?」
「ありました。龍が描かれた紅い旗がたくさん立っていたのです」
「龍が描かれた紅い旗……間違いない、それはラムセス将軍の旗印よ」
今度のリリーエは自信を持って断言した。
「よし、なら俺達はその城に向かうとしよう。斥候をしてくれて助かった、ありがとうヨイチ」
「うぅ、頭を撫でないでください、これくらい朝飯前なので」
俺がポンと頭に手を置くと、ヨイチが心地良さそうなたるみ声を上げる。俺はひとしきり彼女を撫で終えると、その手をリリーエの肩に乗せて微笑んだ。
「それじゃあリリーエ、後は好きにしていいぞ」
「やったーーー!!!」
「えっ! 軍師どのっ!?」
俺に裏切られたヨイチは成す術なく再びリリーエに捕らえられる。
許せヨイチ、朝からずっと「抱きたい抱きたい」うるさかったんだ。
「ふふふ、いっぱい可愛がってあげるね、ヨイチ?」
「もう誰も信じません、絶望したので」
問答無用でリリーエの馬に乗せられ、ヨイチは人形みたくされるがままになってしまった。
馬上で戯れている二人を横目に、俺はウィスタリアに話し掛けた。
「半信半疑だったが、ここまで来た甲斐があったな」
「そうですね、けれど、あの人が簡単に兵士を貸してくれると良いんですが……」
「あの人?」
「いえ、何でもありません」
ウィスタリアの意味ありげな台詞に違和感を覚え、ふと、日差しが気になり太陽を手で隠す。遥か遠くの空に眼を向けると、細くたなびくすじ雲が風が強いのかゆっくりと流れ、そして消えていった。
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しばらく街道を進むと、日が傾きかけた頃にヨイチが見たという城・ラシュムール城を視界に捉えた。絶壁の上に佇む城を前にして、俺はウィスタリアに尋ねる。
「あれがラシュムール城、思ったより小さい城だな」
「ラシュムール城は二百年も昔に建てられた城で、当初は砦として造られたそうです。ラムセス将軍によって手直しはされていますが、城の規模は造られた当時のままだそうです」
「二百年ねぇ、どおりで貫禄があるわけだ」
その城に対する俺の感想は『貧弱で脆そう』だ。
苔が生え、所々が崩れかけた城壁が映画に出てくる西洋の古城を想わせる。
リャヌーラと国境を接しているラシュムール城は街道と近く、周囲の城や砦と連携が取れやすい場所に位置しているため、リャヌーラ軍の侵攻に何時でも対処できるよう、ラムセス将軍はここに住み着いているらしい。
「さてと、着いたは良いけどこれからどうするか」
「どうするって、普通に入ればいいんじゃないの?」
「敵か味方かわからないのに安易に立ち入れないだろ……って、ナチャーラ村でも同じこと言った気がするぞ、リリーエ」
「そ、そうだったかな? あははは……」
リリーエの誤魔化すような笑い声に俺は小さな溜め息をついた。
ランヴェルスを救った英雄とはいえ、既に滅んだ国の将軍だ。ウィスタリアの話が本当なら己の実力で国を取り、新たな国を造ることも可能だろう。
仮にそうなれば、元君主の娘であるリリーエの存在は邪魔でしかない。この期にリリーエを討ち取り、ラムセス将軍が乱世に名乗りをあげることも充分に考えられる。
ラムセス将軍が俺達の味方なのか敵なのか、まずはそれを判断するのが先決だ。
「とりあえず、俺達はこれから──」
「もしやそこの! リリーエ姫ではありませぬか!?」
城に入るかどうか思案していると、三、四騎の騎馬兵が大声でリリーエの名前を呼び、こちらに向かってきた。
「あれは、カイドウ?」
「あ、本当だ! おーい! カイドウー!」
二人の知り合いなのか、カイドウと呼ばれるガタイの良い角刈りの男は従者と共に下馬し、リリーエにひざまづいた。
「お久しぶりです姫様! よくぞご無事で!」
「貴方も変わってないわね、特にその頭が」
「はっはっはっ! この髪は生涯変える気はありませんぞ!!」
大口あけて豪快に笑うカイドウ。良くいえば熱血漢、悪くいえば暑苦しい、といった感じだ。
「お嬢も、お元気そうで何よりですぞ!!」
「お嬢は止めてください、カイドウ……」
「何を!? お嬢はお嬢ですぞ!!」
「お嬢、お嬢」と言われて気恥ずかしいのか、ウィスタリアはカイドウから眼を反らす。
「それじゃカイドウ、立ち話もなんだし、ラムセス将軍の所に連れて行ってくれないかしら?」
「畏まりましたぞ! ささ、こちらです!!」
カイドウはそのまま自分の馬を牽き、歩きながら城へ先導してくれた。
(この人は俺達を歓迎してくれるみだいだけど、さて、どうなるかな……)
態度と会話を聞く限り、このカイドウって人は敵では無さそうだが、俺達はいつ誰に襲われるかわからない状況だ。油断はしないでおこう。
そんな俺の心境を露知らず、リリーエは「やっとゆっくり休めるぅ~!」と手を伸ばし、ヨイチを自分の胸に押し当てた。
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ラシュムール城内は、外観とは裏腹に内部はしっかりしており、そこそこ広い西洋風の屋敷が建てられ、城というより城壁のある豪邸のようだ。
ラムセス将軍は現在、朝方に侵略してきたリャヌーラ軍と戦闘しているそうで、将軍が戻ってくるまでリリーエとウィスタリアはそれぞれ屋敷の部屋を与えられ、俺とヨイチは兵士達と一緒に城内の庭で待機となった。
「では、殿が帰られるまで姫とお嬢はこちらの部屋でお待ちを! 馬引き殿と姫のぬいぐるみ殿は外で一緒にいてくだされ!」
「姫様、私は隣の部屋ですので、何かあればいつでも呼んでくださいね」
「分かったわ、それじゃ、馬引きさんとヨイチはまた後でね~」
「誰が馬引きさんだ」
「誰がぬいぐるみですか」
二人が部屋に入ったあと、俺とヨイチは庭にある大樹に背中を預け、共に寄り添うように幹に座る。
「まったく、大変な道のりだったな」
「本当です、大変な道のりでした、色々と……」
背を伸ばしながら、ふと、俺は周囲を眺める。
俺達と行動を共にしてきた兵士達は全員庭に寝転び、鼾をかいて寝ている始末、今敵に襲われたら確実に全滅するだろうな。
「こんなに疲れたのは初めてなのです、色々と」
「無理な行軍をさせすぎたからな、俺も疲れたよ」
俺は一息つくと、余程疲れていたのだろうか、重くなった瞼を自分でも気付かぬうちに閉じてしまっていた。




