自由チケット
「何が欲しい?」
いつも通り、俺は彼女にそう聞いた
そういうと彼女は、いつも同じ答えなのにうーんと唸って考えるような素振りをした
そして
「自由チケットが欲しいな」
と、毎回同じ答えを出した
俺は今日もどうしようもなくなってしまった
自由切符とは何か、初めて彼女が自由チケットが欲しいと言い出した時に聞いた
そうすると彼女、いや…俺の奥さんは少し微笑むと
『離婚届け』
とだけ、小さく呟いた
だから、俺は困った
どうしようもなかった
そして、彼女が望むその紙を渡せずにいる
本当に渡したら良いのだろうか、そうしたら彼女はなに幸せになるのだろうか
疑問と答えを何度も頭の中で繰り返し、自問自答を続けていた
だからこそ、毎日この質問を彼女に問い続けている
「それは、俺には無理だなぁ」
そう言って俺はヘラっと笑って
頭を掻いた
「どうして」
彼女は頭を傾げ、俺の方をじっと見ている
どうして、か
また頭を抱えそうになる
この真昼間にここまで暗くなりそうな空気なのはこの部屋だけだろう
「俺が悲しいからかな」
それは率直な俺の本心だった
彼女は哀しそうな顔をした
涙を我慢する子供の様な
「子供もいるし、お願い。一生のお願いよ」
一生…か
声は震えているが、はっきり通った声で俺に言った
俺は座っていた椅子を少し前に傾けて
「子供がいるからこそ、だろう…俺は嫌だ」
そう言った
こんな事を言っていいのか、迷ったが絶対に彼女の要求を呑む訳にはいかなかった
彼女は外を見て
「そんな事よりあなた、人見知り直ったの」
いきなりだった
さっきまで泣いていた、と思われる彼女が
ふふっと笑うように質問をした
「あ、あぁ少しずつだが、直ったよ」
俺は驚いて、返事が少しだけ遅れた
「そうなの、じゃあ大丈夫ね。私は甘い物が好きなんだけど、あなたは辛い物が好きよね」
ゆっくりと俺の方を向き
確認するように、彼女は俺に尋ねた
彼女の目は涙目になって赤くなってしまっていた
そんな顔でさえ美しいと思っている俺は重症なのだろう
「そうだな、だから新婚の時は料理の事で喧嘩したよな」
俺は懐かしそうに目を細め、彼女に手を伸ばして髪に触ろうとしたが、彼女に静止されてしまった
そして
「そうね、あの時からあわなかったわね。でもあなたがいつも私にあわせてくれて絶対甘いくせに美味しいって食べてくれたわよね」
可笑しそうに笑った
俺もつられるように微笑んだ
「その前から俺はお前が好きだぞ」
と、照れながら言った
そう…と言いながら顔を俯かせて
目を伏せてから
「私は嫌いよ」
と言った
「俺は今でも愛してる」
そう言って彼女を抱きしめた
彼女は泣いていた、抵抗はしなかった
これは俺の病室の一室で起こった
寿命一ヶ月の俺の奥さんの話