今宵、あなたに会いたくて
『お話があります。今夜八時、校庭に来てください』
隅にコスモスのイラストが描かれた便箋には、ただそれだけ書かれていた。丸っこい女子の筆跡だ。封筒を裏返してみたが、差出人の名前は無い。
「何だそれ、もしかしてラブレターか? 愛の告白ってやつ?」
肩越しに、同じクラスの豊川が手紙を覗きこんできた。
「そんなの分かんねえよ。一応行ってはみるけど、悪戯かもしれないし」
「不安なら、俺が付き添ってやろうか?」
「いらねえよ、馬鹿」
冷やかす豊川の肩を軽く小突いて、昇降口を出る。悪戯かあるいは、他の誰かと間違えて入れたということも考えられるが、「もしかしたら、本当に……」という淡い期待も湧いてくる。家路の途中、俺はこの道をまだ見ぬ恋人と肩を並べて歩く妄想に耽った。
ところが、家を抜け出すのに手こずったのと、途中で自転車がパンクしたのとが重なり、学校には約束の時間から三十分遅れでの到着になってしまった。ばつの悪い思いをしながら校庭へ目を向けると、その中央に人集りが見えた。ざっと十は下らない。不良が屯しているのかと思い、俺は物陰に隠れて様子を見守ることにした。
やがて人影たちは何やら大きなものを担ぎ上げ、校門のほうへ歩き始めた。目を凝らすと、彼らが運んでいるのは人間のようだった。担がれた人影は気を失っているのか、身じろぎ一つしない。俺の視界から消えるまでずっと、大人しく運ばれるがままになっていた。
人影が学校の敷地を去ってからも俺は、物陰に潜んだまま校庭を観察し続けた。一時間、二時間と待ったが、結局誰も姿を現さなかった。
翌日、豊川は学校へ来なかった。次の日も、次の月も、季節が変わっても。
そのまま、彼は行方知れずとなった。
豊川は本当に学校へ行ったのかもしれない。律儀にも、手紙が指定した時間通りに。
あの晩、定刻に呼び出し場所へ到着していたら、俺はどうなっていたのか。
想像するだに、背筋が寒くなる。