紙一重
部室で帰り支度を整えているとき、英語の教科書を教室へ置き忘れたことに気付いた。取りに戻るのが面倒だったけれど、翌日は小テストがある。ここのところろくすっぽ授業を聞いていなかったので、ぶっつけ本番は不安が残る。
「ごめん、先に校門で待っててくれない?」
同じ部の子にそう言い残し、私は教室へ向かった。
晩秋の夕暮れは短い。まだ六時にもなっていないのに、廊下には他者の侵入を拒むかのように薄闇が横たわっている。
その廊下のずっと奥に、直立する人影が見えた。異様に背が高い。同学年の生徒や、教師陣の背格好を思い浮かべてみたが、格別背が高い人物は思い浮かばなかった。
その人影が、まるで発条仕掛けのように直立体勢のままで、ぴょん、と横ざまに飛んだ。突如姿が見えなくなったのは、跳んだ先に教室の入口があったのだろう。奇妙な光景に足を止めていると、人影は最前の動作を逆回ししたように、横っ飛びで廊下に戻ってきた。
かと思うと、またも真横に跳ぶ。そしてすぐに戻ってくる。
ざわり、と背筋が粟立つ。
あの人影、だんだんこっちに近づいてくる――。
私の教室は、廊下の入り口から見て一番手前。人影は、その二つ奥の教室の前まで来ていた。
あれにかかずらっては、まずい事になる。
そんな予感が、私の足を昇降口へ向けさせた。小走りで廊下を駆け抜ける。背後を振り返ることなど、できなかった。
翌朝、テスト勉強ができなかったことに暗澹としながら教室へ入る。教壇の辺りが、何やら騒がしい。目を向けて、私は戦慄した。
黒板には赤い文字で大きく「わすれもの」と書き殴られ、ずたずたに切り裂かれた私の教科書が教壇机に置かれていた。




