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異世界詐欺師のなんちゃって経営術  作者: 宮地拓海
第一幕

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65話 発光

 日は完全に落ち、辺りは真っ暗だ。

 だというのに、『ソイツ』の体がぼんやりと明るく光を放っている。

 そして、その光の中に真っ黒い影のようなものが佇んで、こちらをジッと見ているのだ…………


「ロ、ロレッタ、逃げるぞ!」

「ダ、ダメです! こ、ここ、腰が抜けて…………立てないですっ!」

「お前、怖いの大丈夫なんじゃないのかよ!?」

「実際は出てこないから余裕かましてただけですぅ! 怖いですぅ! ぅえ~ん、おにぃ~ちゃ~ん!」

「あぁ、もう!」


 俺は地面にへたり込むロレッタに駆け寄り、担ぎ上げる。……が、完全に腰が抜けているのかロレッタは立ち上がることすら出来ない。……おんぶでもしなければ動かせないか。


 すぐそこに幽霊がいるってのに…………一秒でも早く逃げ出したいのに!


「よし、ロレッタ! 明日迎えに来てやる!」

「嫌ですぅ! 置いてかないでほしいですぅ! 呪うですよ!? 末代まで祟り尽くすですよ!?」


 それはそれで怖い!


「じゃあ背中に飛び乗れ!」

「無理ですぅ!」

「えぇい、くそ!」


 ロレッタに背を向け、腕を乱暴に引っ張り背中に担ごうと試みるも……


「いたたたた! 痛いですっ! 腕が抜けるです!」

「ちょっとは腰を浮かせて、自分でおぶさってこいよ!」

「足に力が入らないですよぉ!」

「……手、貸しましょうか?」

「すまん! 頼む!」

「……じゃあ、掴まって」

「はぅぅ……ありがとうです、見ず知らずの方」

「……いいえ、これくらい」


 親切な人の手助けもあり、なんとかロレッタを背負うことが出来た。

 よし、これであとはダッシュで逃げる…………だ……け………………


「……ん?」

「……へ?」

「……はい?」


 俺は違和感を覚え、背後を振り返る。

 ロレッタも同じく違和感を覚えていたのか、まったく同時に振り返っていた。


「……どうか、されましたか?」


 そこには、淡い光の中からこちらをジッと見つめてくる黒い影が…………


「「ぎゃぁぁああああっ!?」」

「きゃあっ!? な、なんですか……?」

「「ゆーれーーーーーぃ!」」

「ぇえっ!? ど、どこ!? どこですか!?」

「「お前だっ!」」

「わ、私、幽霊だったんですかっ!?」


 自覚なしかよ!?


「南無阿弥陀仏っ!」

「ひっ!? な、なんですか!? なんの呪文ですか!?」

「お前を天界へ返す!」

「ま、魔法使いなんですか、英雄様っ!?」


 ん?

 英雄様……?


「あ、あの……あなたは英雄様ですよね?」

「いや、ただの食堂従業員だが?」

「いいえ! あなたは英雄様なんです。神様がこの世界に贈られた尊いお方なのです。私には分かります。高貴な魂を感じます。えぇ、魂の輝きが全然違いますもの!」


 ……な、なんだこの幽霊?

 変な宗教の勧誘でもやってるのか?


「お兄ちゃん…………この人、幽霊じゃないです…………よね?」

「あ…………ふむ、言われてみれば…………」


 俺は、黒い服に身を包んだ、ぼんやりと輝く女をまじまじと観察する。

 黒い服に黒いケープを羽織り、頭には鍔の大きな黒い帽子を被っている。

 そして、幽霊であるかどうかを確認するために、視線をスーッと下げていく。


「…………あるな」

「こんな時までおっぱいの話ですかっ!?」

「きゃあ!」


 幽霊が胸を隠して悲鳴を上げる。

 ロレッタ、お前のせいで俺は幽霊にまで変質者扱いを受けてしまったぞ。


「胸じゃなくて、足だ! 足があるって言ったんだよ」

「……足? 足なら、この通り…………」


 少し涙目になった幽霊が、恐る恐る自分の足を前に出す。俺たちに見せつけるように。

 足首のキュッと締まった細い足だ。ふくらはぎの膨らみが男心をくすぐる。


「お兄ちゃん、足もイケる口ですか?」

「お前、マジでレジーナとの接触禁止な」


 海漁ギルドの脚フェチ半魚人と同列に扱うな。不愉快だ。


「俺の国では、幽霊には足がないとされている。この人は足があるから、幽霊ではないという証拠だ」

「あの……幽霊って、もしかして、私のこと……なんですか?」


 幽霊が……いや、幽霊もどきが驚いたような表情で尋ねてくる。

 驚いているのだから、きっと幽霊ではないのだろう。


「こんな夜に、全身をぼんやり光らせてりゃ、幽霊だと思われてもしょうがないだろう」

「あ、この光ですか……なるほど納得です」


 合点がいったとばかりに首肯し、照れくさそうな笑みを零す幽霊もどき。

 こうやって真正面から見てみると、割と可愛い顔をしている。年齢はジネットやエステラより上だろう。落ち着いた雰囲気がある。たぶん二十代中頃だ。


 こんな時間にこんな場所へ来る用事など、普通の人間にはないだろう。

 となれば、こいつはこの近辺に住んでいると考えるのが自然だ。

 この近辺に住んでいて、俺を『英雄』などと呼び、尚且つ年齢もそのあたりだということは……


「お前が、セロンの幼馴染で花の研究をしている女か」

「は、はい。そうです……けど、よく分かりましたね?」

「まぁ、情報はいくらかあったからな」

「…………『ホタルイカみたいな女だ』とか、言っていましたか?」

「いや、言ってなかったけど」


 なんだか急激に落ち込む幽霊もどき。

 ちょっとネガティブなのかもしれないな。

 しかしホタルイカか…………自分のことをよく分かっているじゃないか。もはやホタルイカにしか見えなくなってきた。


「ホタルイカ人族なのか?」

「違いますっ」


 真顔で否定された。

 ちょっとイラッてしているようにも見える。

 ……お前だからな、ホタルイカとか言い出したの。


「私は、ウェンディ・エーブリー。花の研究をしている科学者です」


 ウェンディと名乗った女は、黒いスカートの裾を軽く摘まみ、優雅な礼をしてみせる。

 こういう挨拶がきちんと出来るあたり、適切に年齢を重ねているのだと分かる。


「あたしロレッタです! よろしくです!」


 俺の背におぶさり、腕を「ピーン!」と伸ばして、声のボリュームも考えずに全力で名乗るロレッタ。……こいつにも、一度礼儀作法というものを叩き込んでやらねばいけないな。


「よろしくお願いします。ロレッタさん、そして、英雄様」

「それやめてくれるか? ヤシロでいい」

「そんな! 英雄様を呼び捨てにするだなんて!」

「だから英雄って呼ぶなってのに!」

「でも……英雄像が立てられるほどの偉い方ですのに……」

「あぁ、その件はもう決着がついたんだ」


 像を無断で建てたバカはきっちりシメておいた。

 しばらくはアゴで使ってやるつもりだ。


「それで、俺らに何か用なのか?」


 ウェンディは、レンガ工房から出て来た俺たちに声をかけてきた。

 何か用があるのではないかと、そう思ったのだ。


「じ、実は、ですね……その…………決して、ストーカーとか、そういうことではないので勘違いはしないでいただきたいのですが……夕方ここを通られた英雄様をお見かけして、ずっと後を付けておりまして……」

「ストーカーだ」

「ストーカーです」

「ち、ちち、違うんです! ちょっと、お話を伺いたかっただけなんです!」

「それで、ずっとここで俺たちが出てくるのを待っていたのか?」

「……はい」

「ストーカーだ」

「ストーカーです」

「ですからっ!? …………うぅ、反論出来ない……」


 背を丸め、しくしくと泣くウェンディ。

 レンガ工房に行く前、この付近でロレッタが見たという影はこいつだったのだろう。


 しかし、こいつはなんでこうも全身から光を発しているんだ?

 スーパー何某人とかなのか?


「実は、私……自分の限界を感じていまして……」


 落ち込みながらも、ウェンディはポツリポツリと語り始める。


「私が追い求めているのは、結局実現不可能な夢物語なのではないかと…………なら、いっそすべてを捨ててしまって、諦めてしまえば楽になれるのではないかと……」

「でも、そうしたくない理由があるわけだな」


 俺が言うと、ウェンディは鳩が豆鉄砲を喰らったような顔をこちらに向ける。

 いや、ネフェリーにポップコーンをぶつけたような顔の方がしっくりくるかもしれない。

 今度試してみよう。


「……どうして、分かるんですか?」

「グジグジしてるからだ」


「結論は出ました」「もう諦めるしかないんです」と、そんなことを『他人』に話しているヤツの目的はただ一つ。

「そんなことない」と言ってほしいのだ。「もうちょっと頑張ってみろ」と言ってほしいのだ。

 頑張る理由が、自分では見つけられないから誰か別の人間に背中を押してほしいのだ。


「俺の国には『構ってちゃん』という、非常に面倒くさい人種がいてな。お前はそいつらによく似ている」

「……面倒くさい…………ですか」


 はっきりと否定されることに慣れていないのだろう。

 ウェンディは目に見えて落ち込んでいく。

 まぁ、幼馴染があのセロンじゃな。

 あいつはきっと、ウェンディの言うことならなんでも肯定的に捉えて、いつでもどんな時でもウェンディの背中を押してやっていたのだろう。


 だが、それが当たり前になると、途端に不安になるのだ。

 いつも自分を応援してくれるこの人だけが特別で、他の全人類が否定的なのではないかと……そして、その特別な人物に対しても「本当は無理しているんじゃないだろうか」と。

 それを聞くのが怖くて聞けない。けれど気になる。


 そして、そうなった時にこいつがすがるのは、『第三者からの賛同』だ。

 俺が、「大丈夫だ、頑張れ」と言えば、きっとウェンディは救われるのだろう。ほんのひと時、わずかな時間だけは。だがそれは持続しない。


 なら突き放してやるべきなのだ。

 そして、自分の足で立てるように矯正してやる。


 面倒くさいことに、俺はこいつを前向きにしてやらなければいけない理由があったりするからな。


「お前が悩んでいるのは、すでに自分の中にある答えを認めたくないからだ。認めたくない答えを認めないために、お前はあれこれと理由をつけて言い訳を繰り返しているだけだ」

「………………」


 完全に俯いてしまったウェンディ。

 甘やかされてきたせいで、きつい言葉にはどう返答していいのか分からないのだろう。


「お兄ちゃん」


 珍しく空気を読んで、ロレッタが小声で話しかけてくる。

 ……つか、いい加減降りてくれないか? 幽霊じゃないって分かったんだし、いつまでおぶさってるつもりだ、この子泣きロレッタめ。


「もう出ている認めたくない答えって…………つまり、研究をやめて、幼馴染さんを諦めるっていうこと……ですよね?」


 ……ん?

 こいつはそう受け取ったのか。

 だが、違う。


「真逆だ」

「真逆、ですか?」


 ウェンディは「諦めるしかない」と口にした。が、それが本心なら、わざわざ俺を待ち伏せしてまで話しかけてきたりはしない。


「ウェンディはな、何がなんでもセロンを諦めたくないんだ。貴族の婿になんかやりたくない。だが、自分の研究が思うような成果を上げられずに焦っている。時間もどんどんなくなり、『もうダメぽー!』と叫びたいわけだ」

「『ダメぽ』って叫ぶですか!? なんか可愛い叫びですね!?」

「いえ……あの、そんな言葉は使ったことないですが……」


 おかしなところに食いつかれたせいで、話の腰が折れてしまった。

 ウェンディも、そんなところをわざわざ否定しなくてもいいんだっつうの。


「まぁ、『ダメぽ』は適当に言ったんだが……とにかく、ウェンディは無様な姿をさらしてでもセロンを引き留めたい、そばにいてほしい、誰にも渡したくない、休日ともなれば朝から晩までベタベタイチャコラしまくりたい、平日だっていってらっしゃいのチューとかしたい、仕事中にだってやって来て『私のことちゅき~?』『ちゅきって言ってくれなきゃやぁ~だ~』とかそういうことがしたいんだろうどうせ! んむぅゎああああ、爆ぜろリア充! 弾けろリゼントメント(鬱憤)!」

「お兄ちゃん! 落ち着くです! 理性を取り戻すです! 誰もそこまで言ってないです!」

「英雄様っ!」

「ほら、ウェンディさんもさすがにご立腹モードですよ!」

「どうして全部お見通しなんですかっ!?」

「本当にそんなことしたいと思ってたですかっ!? 痛いです! なんだか痛いカップルです!」


 俺の背で戸惑うロレッタだが、俺に言わせればなぜそんなことも分からないんだという感じだ。

 世のカップルなんぞ、どいつもこいつも考えることは同じなのだ。


 等しく爆ぜろ!


 要するに、手放したくはないが、無様をさらしたくはない。

 そういうことなのだ。


「だったら、研究を成功させるしかないだろう」


 至極まっとうで、もっとも単純な解決法だ。


「お前の研究が完成すれば、セロンの作る花壇は飛ぶように売れるようになる。そうだな?」

「は、はい! それは、自信があります!」


 力強く頷くウェンディの瞳には絶対的な自信が満ち溢れていた。

 花壇としてしか需要のないレンガ。しかし、その花壇すらここ四十二区では需要がない。

 だからこそウェンディは花の研究にすべてを懸けているのだろう。研究が成功し花の需要が増せば、自ずとセロンの作る花壇の需要も増すとそう固く信じて。

 が、その自信は一瞬で消え失せてしまう。


「……研究が、成功すれば…………ですけど」


 ま、そこが一番難しいところだわな。

 それが簡単に出来るなら、今頃みんなが億万長者だ。


「それで、どんな花を研究しているんだ?」


 セロンは『いまだこの世界に存在しない花』と言っていたが……


「光る花を……研究しているんです」

「光る花……?」

「はい。日中、太陽の光をその花びらに蓄積させ、夜になると自らの花びらを眩いまでに輝かせる、そんな花を作りたいと思っているんです」


 光る花……そんなものは見たことがない。


「その研究を、私はずっと続けているんです」

「で……自分が光るようになったのか?」

「違うんです! そうなんですけど、違うんです!」


 ぼんやり光りながらウェンディは両腕をぶんぶんと振る。


「これはその……英雄様をお待ちする間日光に当たってしまったせいで……あの、体や服に光の粉が付着して……それで……!」

「光の粉、ってのは、お前が発明した物なのか?」

「え? あ、はい。そうです」


 こいつの体を光らせているものが存在するのであれば…………これは使えるぞ。


「少し、研究の成果を見せてくれないか?」

「え? …………そうですね。では、私のラボへご案内いたします」


 俺たちはウェンディの後に付いて、レンガ工房からほど近い、古びた家屋へと案内された。

 前を歩くウェンディが明るくて、とても歩きやすかった。便利なヤツだ。






 研究所は、窓という窓が木の板で打ちつけられており、異様な雰囲気を醸し出していた。

 にもかかわらず、研究所の中は薄ぼんやりとした光に溢れている。


「これが、お前の研究の成果か?」

「はい」


 ラボの中には大きな机と棚が置かれている。

 だがそれよりも、床に積まれた大量の麻袋が気になった。

 光はそこから漏れ出ていた。そこに光の粉が入っているのだろう。

 かなりの量があるようだ。


「私は、永遠の十五歳なんですが、十七年間研究を続けた結果、太陽光を蓄積させ夜間に光を放つ物質を作り出すところまでは漕ぎつけたんです。年齢は永遠の十五歳なんですけども」


 もうすでに二年オーバーしてるな。0歳から研究を始められるわけがないから、やっぱりそこそこの年齢なのだろう。


「それで、研究室にこもっていると、どうしてもその粉が付着してしまって……洗っても、もう取れないくらいに染みついてしまって……あと、この粉が水に溶けにくいということも関係してるかもしれませんが……」

「水に溶けにくいのか」

「はい。溶けにくく、流れにくいです」

「在庫はここにあるだけか?」

「とりあえずは、そうですね。これから作ることは可能ですけど」

「材料費は?」

「そんなにかかりません。原材料は秘密ですが、そこら辺の森で手に入るある植物から抽出した物ですから。ほとんどタダみたいなものです」


 なるほど。理想的な状況だ。


「で、その粉で、どうやって花を光らせるつもりだったんだ?」

「最初は粉を水に溶かし、その水を花に与えて内部から光を放つようにしようとしました」


 白い花に赤い水を与えると、水を通す『道管』が赤く透けて見えることがある。それにより白い花びらが赤く染まる場合がある。

 それの応用だろうが……


「水に溶けにくいのなら不可能だな」

「はい。失敗でした。ですので、次に花びらに直接塗ってみました」

「結果は?」

「枯れました……」


 異物を塗り込まれたら、まぁ、そうなるわな。


「それ以外にもあれこれ試したんですが……どれも上手くいかなくて……一年間、あらゆる方法を試したんです…………なのに……」


 十七年かかって光の粉を完成させ、いよいよ花を光らせようと研究を開始して一年か。

 どんどん研究期間が年齢を追い越していくなぁ、永遠の十五歳よ。


「……もう、不可能なんじゃないかと…………そう思い始めています」


 植物は生きている。

 生きた物に異物を加えてまるで別物へ改変するなんてことがそう簡単に出来るはずがない。


「そもそも、なんで光る花を作ろうと思い立ったんだ?」

「それは…………憧れ、ですかね」


 ウェンディは弱々しく微笑み、遠い過去を見つめるように天井を仰ぐ。

 ぼうっと光る淡い輝きの中で、ウェンディが静かに語り出す。遠い日のことを。


「私たちと近しい一族に、花の咲き誇る丘の上で暮らす者たちがいるんです。彼女たちは本当に美しく、優雅で、そして何より花がよく似合う……」


 ウェンディが被っている帽子をギュッと握る。 

 大きな鍔が引き下げられ、ウェンディの顔が見えなくなる。


「私も、そんな風に花と戯れたかった。……けれど、彼女たちに言われたのです『あなたに花は似合わない』と……私たち一族は、花に群がるような習性はないから……」


 幼き日に負った心の傷を埋めるために、こいつはずっと研究を続けていたというのか。

 しかし、こいつの一族ってのは、一体……?


「だから、私たち一族が本能的に群がってしまうような、そんなお花を生み出そうって! ……それが研究を始めたきっかけなんです」


 そう言って、ウェンディが帽子を脱いだ。

 ウェンディの頭には葉っぱのような形をしたふさふさの触角が生えていた。


「光に群がる習性を持つ、私たち、ヤママユガ人族のための光る花を!」


 夏場の自販機に群がってるヤツだ、ヤママユガ!? 蛾だね、蛾!

 光に集まってくるよね!?


「けれど……最近は、そんな目的もどうでもよくなっていて…………成果の出ない私の研究を『凄い凄い』って応援してくれる彼の役に立ちたい……そればかり考えるようになって…………」


 照れたような、自嘲するような、複雑な笑みを浮かべウェンディは呟く。


「だからですかね、上手くいかないのは……こんな浮ついた気持ちじゃ…………彼の力になることも、夢を叶えることも…………出来ない……ん、でしょうかね……」


 蛾が群がる花を作りたいって夢と、困窮するレンガ工房を立て直す起死回生の大逆転劇を演出すること…………

 それが今求められているものなのだとすれば……


「『花を』光らせる必要はないんじゃないのか?」

「え?」


 ふむ。

 これはいい。

 これは…………金の匂いがプンプンする。


「すべて、俺に任せてくれないか?」

「え…………英雄様……まさか……」

「俺がなんとかしてやる」

「あ…………はい……」


 ウェンディの瞳に涙が溜まっていく。

 自分ではどうすることも出来ず、かといってセロンを諦めることも出来ず、行くも戻るも出来なくなっていたウェンディ。

 誰かにすがりつきたかったが、誰にも頼ることが出来なかったのだろう。この研究所には、他に人の気配がない。一人で頑張ってきていたのだ。


 そして行き詰まり、途方に暮れ……そこで英雄に出会う。


 英雄って柄じゃないが……俺の存在がウェンディを動かした。前にも後ろにも動けなかったウェンディの足を一歩踏み出させたのだ。

 そして、フラフラと俺を追いかけてきた…………そして、協力を取り付けた。


 ウェンディよ。

 幸運ってのは、黙っていても転がり込んでは来ない。

 自分から動いて掴み取りに行くものだ。


 お前が足掻き続けてきた十七年と一年は、決して無駄じゃなかったってことだ。


 お前は俺を動かした。

 なら、俺がお前の望みを叶えてやろう。


「俺に、任せてくれるな?」

「……はい。よろしく、お願いします……っ!」


 その後、少しの間話をして俺は研究所を後にした。

 やけに大人しいと思っていたら、ロレッタは俺の背中で眠ってやがった。

 ……のんきなヤツだ。

 ま、いいさ。…………ウェンディのところでちょっとしたイタズラを仕掛けておいたからな。




 そうして、俺は長かった実行委員の仕事を終え、陽だまり亭へと帰ってきたのだ。



「お帰りなさい、ヤシロさん。随分遅かったですね」


 店は閉まっていたのに、ノックをするとジネットがすぐに出てきてくれた。

 きっと食堂でずっと待っていてくれたのだろう。


「店長さん、ただいまです!」


 店に着く直前に目を覚ましたロレッタが元気よく帰還の挨拶をする。

 と、ジネットの目がまんまるく見開かれた。


「ロ、ロレッタさん……その、おでこ……?」

「おでこ?」


 何かを察したのか、「くわっ!」と、変な音の息を漏らし、ロレッタが俺の背中から飛び降りる。そのままズダダとトイレへと駆け込んでいく。鏡を見に行ったのだろう。


「ふなぁぁああああ!? なんですかこれはぁ!?」


 トイレから絶叫が聞こえ、俺は思わず吹き出してしまう。


「……ヤシロさん。何をしたんですか?」

「俺の背中の乗車賃だ」

「……もう。いじめちゃダメですよ」


 優しく窘められる。が、まぁこれくらいは、な。


「ぅぉぉおおおおお兄ちゃんっ! あたしに何したですか!?」


 トイレから飛び出してきたロレッタは、仁王立ちで俺を睨みつける。

 おでこに、光り輝く『肉』という字を浮かび上がらせて。


「ウェンディの光る粉をデコに塗っておいた。これで夜道も安心だろ?」

「どうせならもっと可愛い模様にしてほしかったです! 『肉』ってなんですか、『肉』って!?」


 可愛い模様ならよかったのかよ。


「洗えば落ちるだろ」

「水に溶けにくいというところまでは聞いていたです! 夢うつつだったですが!」


 あぁ、そこら辺で寝たんだな、こいつは。


「もう! 余計なことしかしないです、お兄ちゃんは! マグダっちょー! お湯を貸してくださいですぅ!」


 デコをゴシゴシこすりながら、ロレッタは厨房の奥へと駆けていく。

 マグダの部屋にでも向かったのだろう。ここ最近、ロレッタはマグダの部屋に泊まったりするようになっていた。仲がよさそうで何よりだ。


 ロレッタが姿を消して数分……厨房の向こうから物凄い足音が聞こえてきて、マグダが食堂へと飛び出してきた。

 全力疾走してきたようだ。


 そして、俺を見つけるなり、スッと腕を上げて親指を「ビシッ!」と突き立てた。


「……実に面白い」


 お気に召したようだ。

 今後、ロレッタには『肉』キャラで頑張ってもらうのもいいかもしれんな。


 マグダはそれだけ言うと、再び厨房へと入っていった。自室に戻るのだろう。


 そして、食堂には俺とジネットが残された。


「あれは、なんなんですか? それに、ウェンディさんという方は?」


 決して強要するようなものではなく、ただ純粋な興味を俺に向けてくる。

 というより、今日あったことを話してほしいと、そんな感じだ。


「座って話すか」

「はい。あ、お食事は?」

「後でいい。少し話をしよう」

「はい」


 厨房へと体を向けていたジネットだが、俺が椅子に座ると迷うことなくその向かいへと腰を下ろす。

 こいつも飯を食ってないはずだがそんな素振りはおくびにも見せない。しかも、そろそろ眠たくなる時間だろうに。


 悪いなぁ……とは思うのだが。



 ……これを先に渡さないと、落ち着かないからな。



「そういえば、昼間に花がどうとかって話をしていたよな?」


 あぅ……会話の滑り出しをミスったか?

 唐突過ぎただろうか?

 くそ、なんでこんな変に緊張してんだ、俺は……


「はい。お店の前に花壇を作れると素敵だなって、そんなお話をしましたね」

「あ~……そっちじゃなくてだな…………」

「それではないんですか? ……えっと…………それ以外でお花のお話というと……」


 ほら、エステラがさ、俺に当て付けるかのように……


「あ、花束ですか?」


 そう! それ!


「イメルダさんがたくさんの花束をいただいているというお話でしたね」

「ジネットは……、どうだ?」

「わたしは、全然ですよ」

「そっか…………ふ~ん……」


 食堂の外へほとんど出ないジネットには、花束をくれるような男と出会う機会などないのだ。

 ならば、すでに出会っている男が贈る以外に、ジネットが花束をもらう術はない。

 ウーマロとか、ベッコとか、モーマットとか……


 …………俺、とか?


「で、だな。今日、レンガ工房に行った時に、ちょっと面白い物を見つけたんだ」

「なんですか?」


 俺の話がスムーズに進むようにと、控えめな合いの手が挟まれる。

 にこにことした顔で、ジッと俺を見つめてくる。


 本当に、話しやすいヤツだ。


 気を遣われているよな、俺は。

 毎日毎日、よく疲れないものだ。


 だからよ。

 少しくらい労ってやらなきゃ、いかんのじゃないか?

 同居人として……仕事仲間として…………ついでに、男として。


「つい、衝動買いをしてしまったんだが……よく考えたら俺よりもお前が持っていた方が有意義であることに気付いてな…………だからまぁ……よかったら、もらってくれないか?」

「え……?」

「いや、迷惑ならいいんだが」

「嬉しいですっ。ヤシロさんがわたしに何かを買ってきてくださるなんて」

「あぁ…………まぁ……うん」


 見透かされてるなぁ、元々プレゼントするつもりで買ったってこと。

 ま、いっか。


「これなんだが」

「わぁっ! …………可愛い」


 セロンが包んでくれた物をテーブルに置き、包みを取り去る。


「レンガで出来た花瓶ですか?」

「あぁ。腕のいいレンガ職人がいてな。研究の成果らしい。軽いし、水も零れない」

「素敵です……」


 花瓶を持ち上げ、うるうるとした瞳で眺めるジネット。


 まぁ、あれだ。

 女に花束を贈るような男は総じてクソったれなのだが……花瓶くらいはセーフだろう。キザじゃないもんな。

 今後、誰かが血迷ってジネットに花束を贈ろうが、その花束が飾られるのは俺がプレゼントしたその花瓶なのだ。

 飾られた花を見る度に、ジネットはその花瓶も一緒に見るのだ。


 ……ま、だからなんだって感じだけどな。


「これにお花を生けると、とても綺麗でしょうね」

「ん~……花のことはよく分かんねぇけどな」

「綺麗ですよ、きっと」


 確信を持った発言だった。

 迷いのない笑みだった。

 ジネットが本当に嬉しそうな顔で、花瓶を抱きしめながらそんなことを言うものだから、……俺もつい血迷ってしまったのだ。


「じゃあ、今度花でも買ってきてやるよ。……折角、だからな」

「はいっ!」


 …………俺が、女に花束を…………いやいやいや! これは違うじゃん! だって、これは、そういう流れだし? 仕方ないっつうか、回避不可能っつうの?

 だから、これはノーカンだ。


「ヤシロさん」


 血迷った俺を、さらに打ちのめすような凶悪に優しい笑顔が俺に向けられる。

 致死量の破壊力を持った癒しのオーラを放出して、クリティカルな言葉を吐き出す。



「ありがとうございます」



 瞬間、血液が沸騰したかと思った。

 やっぱ、慣れないことはするもんじゃないな……


「あぁ、まぁ……日頃の、礼だ」


 なんとかそれだけ呟くと、俺のライフは0になった。

 もう、なんも言えねぇ。


 その後、ジネットが用意してくれた飯を食って、俺は早々に床に就いた。

 全然眠れなかったけどな……







いつもありがとうございます。


魔法少女の宮地です。


嘘です。少女ではありません。



……あ、魔法も使えませんし宮地でもありません。



…………あ、いえ、宮地は本当です。




椅子の買い替えという、四年に一度の大イベントを終えた我が家は、

ちょっとしたお祭り状態でした。


普段はスナック類を控えているのですが、

「なんかぁ、椅子とか組み立てたからかなぁ、凄くお腹空くんだよねぇ」

と、自分に言い訳して三日ほどオヤツ三昧な日々を過ごしました。


ポテチぱくー!「うまー!」

イモケンピぱくー!「うまー!」

じゃがりこぱくー!「うまー!」


おいおい、どんだけイモ食うんだよ!?

そのうち、お前自身もイモになっちゃうZO☆


みたいな不思議なテンションで自堕落に過ごした結果…………

…………お腹が苦しい……


そして体重が増えました。「え?」っていうくらいに。

わたしが体重計に乗った瞬間、床の方からも何かガイア的な力が体重計を押し上げてるんじゃないかと思うような、

これ、私の重さだけじゃなくね? みたいな、

あぁ、そっか、この前心霊スポットの前で反復横跳びしたから、それでかぁ……みたいな、

そんな、1.●%増みたいな体重でした。



これは、あれですかね?

北海道辺りにクレーム入れればいいんですかね?


「お宅のオイモさん、美味しいんですけどっ!?」


って。


みなさん、食べ過ぎと、自分の甘やかし過ぎには気を付けましょう。



そういえば、今日マンションのエレベーターのところで見知らぬ淑女(おそらく同じマンションの住人)にビワをいただきました。

「これ、甘いわよ」と、素敵な笑顔で、結構な数のビワを。


私「え、いいんですか(見たこともしゃべったこともないのに)?」

淑女「だってね、これね、甘いのよ~」

私「はぁ……ありがとうございます」


おそらく、あの人がかの有名な…………『ビワ奉仕』だったんでしょうね。


あ、違いますよ! このダジャレのための作り話じゃなくて!

本当にビワもらったんです!

でも、なんでくれたのか謎なんです!

だから、きっと『ビワ奉仕』なんです。

いや、違いますよ! 作り話じゃないですって!

(マンションの庭にビワの木があるので、住人に適当に分けているのだと、勝手に解釈しました)





まぁ、ビワ奉仕は一旦置いておいて……


ラブコメ回です!

光る女(幽霊もどき)と、レンガ職人の恋の行方やいかに!?




そして、

徐々にジネットを意識し始めて、もう、ちょっと止まらなくなりつつあるヤシロの恋の郁恵やいかに!

あ、違った。行方でした。郁恵はきっとお料理をバンバン作ってることでしょう。

ビキニがとっても似合いますしね。



これからチラホラとラブコメ要素も増えていくかと思います。

ラブコメが、好きなので。



ジネット「ヤシロさん、実はさっき、店の前で見ず知らずの淑女からビワをいただいたんですが……あの方は、一体……?」

ヤシロ「ジネット、そいつはきっと『ビワ奉仕』だ」

ジネット「ビワの精、みたいなものですか?」

ヤシロ「むしろ、『妖怪ビワ配り』に近いかもしれんが」

ジネット「このビワ……食べても平気でしょうか?」



あぁ、いけない!

今日はラブコメの話をしようと思っていたのに、

ビワをもらった衝撃が尾を引いて…………

とりあえず、冷やしてからいただきます、ビワ。



もう、夏なんですねぇ。




次回もよろしくお願いいたします。


宮地拓海

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