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異世界詐欺師のなんちゃって経営術  作者: 宮地拓海
第三幕

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391話 新居と通達

「ほぉ~! ここがオルキオの新居かぁ! えぇ家じゃ~のぉ~!」

「ほんになぁ。オルキオにはもったいねぇ~んでねぇ~のぉ? ひゃっひゃっひゃっ!」

「でも、素敵なお家だわ」

「家具はワシがこさえたんじゃぞ!」


 朝一番でジジババが群がってきた。

 どこで聞きつけた……って、ゼルマルか。


 昨日の夕方に完成したオルキオとシラハの仮住まい。

 その日の夜にオルキオたちが入居して、翌朝、つまり今、もう見物客が押し寄せてきている。


 一時的とはいえ、オルキオが四十二区に戻ってきてはしゃいでいるらしい。

 浮かれ過ぎてぽっくり逝くなよ、年寄りども。


「朝からうるせぇなぁ、ジジイは。ガキと一緒だな」


 そのはしゃぎっぷりは、教会のガキと近しいものがあった。

 要するに、俺の苦手なうるささだ。あぁ、煩わしい。


「みなさん、嬉しいんですよ。オルキオさんがご近所さんになって」

「ムム婆さん以外、東側の人間じゃねぇか」

「でも、三十五区よりは近いですから」


 まぁ、そこと比べりゃな。

 ジネットは微笑ましそうに見つめているが、俺の顔はしかめっ面全開だ。


 で、オルキオの仲間が押しかけて、さぞやシラハが迷惑しているだろう――と思うじゃん?


「これがシラハ様の新しいお住まいデスカ! 素晴らしいお屋敷デスネ!」

「何か困ったことがあったら、なんでも言ってほしいダゾ! オレがいつでも駆けつけるダゾ!」


 元シラハの付き人、アゲハチョウ人族のニッカとカールも仮住まいを見に来ていた。

 こいつらの情報源はどこだ? ルシアか?


 で、こいつらだけじゃなくて……


「はろはろ~☆ ウチのニッカちゃんが見たいって言うから、特別にお休みとって見に来ちゃったよ~☆」


 いや、お前は年中好き勝手休み取ってるだろう、マーシャ。


「ウチのカールがどーしても見に行きたいって言うから、俺たちも便乗して遊びに来たぜ、兄ちゃん!」

「俺もカブさんに便乗です!」


 カールに引っ付いて、カブトムシ人族のカブリエル、クワガタ人族のマルクスまで来ている。


 おまけに、こんな連中も。


「オルキオ先生、シラハ様。またこうしておそばにて暮らせますこと、光栄に思いますわ」

「今日からご近所さんだな。よろしく頼むぜ、先生!」


 ルピナスとタイタもやって来て、オルキオの引っ越しを祝う。

 ……あ、タイタの脇腹にルピナスの拳がめり込んだ。

 無礼な物言いは許されないらしい。

 つか、なんでお前まで先生呼びなんだよ。


「なぁ、おっちゃん。あんたがカンパニュラのこと守ってくれんのか? よろしく頼むな!」


 うん。

 デリア、お前がナンバーワンだ。無礼な物言い選手権の。

 ……あ、ルピナスに後頭部はたかれた。

 デリアも躾けてもらえばいい。


「朝からこんなにたくさんのお祝いをもらえるなんて、幸せなことだね、シラぴょん」

「そうですね。これもみんな、オルキオしゃんの人望と、ヤシロちゃんたちのおかげね」

「シラぴょんの人柄のおかげだよ」

「オルキオしゃん!」

「シラぴょん!」

「「ハグっ!」」

「家の中でやれ!」


 人目も憚らず抱き合うジジババ。

 しわとしわがファスナーみたいに噛み合って、離れなくなるぞ。


「お二人とも、昨夜はゆっくり眠れましたか?」

「あぁ、それはもちろん。久しぶりにぐっすり眠れたよ」

「陽だまり亭のそばだったからかしらね。安心して眠れたわ」

「ならよかったです」

「あと、お風呂。私、あのお風呂とっても気に入っちゃった」

「いつでも使いに来てくださいね」


 ジネットがシラハを甘やかしている。

 そんな調子で甘やかし続けると、また以前のボンレス体型に戻っちまうぞ。

 甘い食い物が増えたんだから、陽だまり亭は。


「そうじゃ、オルキオ! 今日はみんなで大衆浴場へ行くぞ! おんしゃあ知らんじゃろうが、アレはえぇもんぞ!」

「んだぁなぁ。久しぶりに、裸の付き合いでもするかぁ~ねぇ~」


 ボッバとフロフトがオルキオの肩を抱いて風呂に誘う。

 ……が、大衆浴場が出来るまで、四十二区に風呂なんか無かったろうに……裸の付き合いなんてあったのか?


「裸の付き合いってなんだよ?」

「飲むとよぉ~う脱いじょったぞ、こいつらは!」


 と、ボッバがオルキオとゼルマルを指さす。

 ただの酔っぱらいかよ!? それも傍迷惑なタイプの!


「もぅ、オルキオしゃんってば……お外で脱いじゃダメって言ってるのに」


 で、なぜか頬を染めるシラハ。


「私も昔、外で――」

「さぁ、ジネット! そろそろ店を開けようか! お前らもなんか食っていけ! さぁ、早く! 手遅れになっても知らんぞ!」


 シラハ。そのエピソードは墓場まで持って行ってくれ。

 封印! いいな!?


「は、ははは……。まぁ、若気の至りというヤツかな。あの頃は自暴自棄になっていて、それでゼルマルや陽だまりの祖父さんに言われたんだよ。『人間、生まれた時は丸裸。着込んだしがらみに悩まされるなら、脱ぎ捨ててしまえばいい』ってね」

「だからって真っ裸にならなくてもいいだろうに」

「存外気持ちのいいものだよ。機会があればヤシロ君も試してみるといい」

「ふぇうっ!?」


 俺が「誰が試すか」と反論する前に、ジネットが敏感に反応してしまった。

 視線が一斉に集まり、ジネットの顔が真っ赤に染まる。


「ぁ……ぁの…………ざ、懺悔してくださいっ!」


 顔を隠して陽だまり亭へ逃げ込むジネット。

 周りのジジババや大人どもが生温かく見守る中、ゼルマルが「泣かせるなよ」と釘を刺してくる。

 オルキオに言え。今のはオルキオのせいだろうが。


「露出狂デスネ」

「最低ダゾ」


 こいつらは俺にいい印象を持ってないせいか、決めつけが酷い。

 露出してから言え、そーゆーことは。


「ウチの人も、しょっちゅう脱ぐんだよ。川漁のみんなと宴とかするとさ。……まったく、カンパニュラの教育によくないからやめておくれって言ってるのに」

「がはは! 酒が入るとどうしてもなぁ」


 タイタもかよ……

 よくこんな親の元でカンパニュラのような出来のいい子供が育ったものだ。


「カンパニュラ、父親みたいにはなるなよ」

「大丈夫ですよ。母様に『価値のあるものは安売りせず、ここぞという時まで取っておくように』と教えられていますので」

「お前のその教育もどうかと思うぞ、俺は!?」


「ここぞって場面で見せつけろ☆」って風にも聞こえるんだけど!?

 まぁ、実際、ウィシャートの女としてそーゆー武器の使い方も叩き込まれたのかもしれないけれども……改めて、最低だな、ウィシャート家。


「違うわよ、ヤーくん。それは誤解。私は、カンパニュラにウィシャート的な教育は施していないもの」


 違うらしい。


「普段から膝丈のスカートを穿いていたとしてもね、川辺に行く時は敢えてロングスカートを穿いたりするのよ。足首まで隠れるようなやつ。それで、川に足を浸ける時に、スカートの裾をちょっと持ち上げると――、食いつきがすっごいのよ! みんなチラチラこっち見ちゃって、おっかしいの!」


 あははと笑ってオバサンスナップを決めるルピナス。

 オバサンスナップとは、顔の斜め前に上げた手のひらを、手首のスナップを利かせて前方へ倒す、「ちょっと奥さん!」の時の動きだ。

 オバサンが笑い話をする時によく取る行動の一つで、これが出れば「はい、ここが笑いどころですよ」の合図と言える。

 主に、関西地区に生息するオバサンによく見られる行動である。


「普段見せているスネや足首でも、一回隠してチラ見せするとすごく価値が上がるのよ。そういうポイントをしっかりと押さえて、目当ての男を仕留めなさいって教えているの」

「じっくりと聞いた結果、ろくでもねぇな、お前の教育は」


 あざといんだよ、思考が。


「母様は、すごく短いホットパンツを穿いた上から、大きなシャツを着るのも効果的だと教えてくださいました」

「今すぐ忘れろ、そんな爛れた知識!」

「ヤーくんはお嫌いですか?」

「大好きだから困る!」


 ただし、それはあくまで無防備に、純粋な心持ちでやってほしいファッションであり、男を狩るためにあざとく計算された上でしてほしいファッションではない!

 ……いや、あざとい系にハントされるのも、それはそれで……いいや、後々のことを考えると面倒事が目白押し過ぎて気が重くなる。


 何より、カンパニュラにはまだまだ早い!

 トーサン、そんなの許しませんよ!


「ホットパンツに大きなシャツ……ね」


 今、何をメモったシラハ?

 そういうのは、三十区に行ってからよろしく。

 ここ、食堂の前なんで、衛生面で不安になるような言動は慎んでくれることを、切に願う。

 精神的衛生面も含めてな!


「とりあえず、飯を食ったらアトラクションでも見て来い、お前らは」

「そうね。私、見てみたいわ。オルキオしゃん」

「それじゃあ、私が案内するよ。みんなも一緒にどうだい?」

「しょうがないのぅ……む、ムム、お前も、どうだ?」

「そうね。折角だから、行こうかしら」


 さらっとデートに誘ってんじゃねぇよ、ゼルマル。


「はぐれるなよ~ゼルマル~」

「わっ、分かっとるわ! たわけが!」


 わざとはぐれて、二人っきりで~とか考えてたんじゃねぇのか、エロジジイ。

 は~やだやだ、ジジイになってもエロいだなんて。


「エロジジイにだけはなりたくないもんだなぁ」

「残念ねぇ、ヤーくん。あなたは確実にそうなるわ」

「なるデスネ」

「ならないわけがないダゾ」


 失敬だぞ、ルピナス、ニッカ、カール。

 俺ほどの紳士がエロジジイになるわけないだろうが。まったく。


「なぁ?」

「うふふ」


 カンパニュラに同意を求めると、にっこりと笑顔を返された。

 これは同意に違いない。

 決して返答に困って誤魔化したわけではない。

 きっとそうに違いない。うん。





 ジジイどもが運動場へ向かい、これでようやく静かになると思ったら、今度は領主がやって来た。


「オオバ君! 味噌ラーメンの改良版が完成したよ!」

「知らん」

「そう言わずに、試食しておくれよ」


 どこで作って持ってきたのか知らんが、完全に伸び切ったラーメンを持ってデミリーが陽だまり亭に駆け込んできた。

 いや、出来立てを食わせろや。


「伸びてんじゃねぇか、そのラーメン」

「ラーメンが、伸びる?」


 くぁっ!

 そうか、こいつら、ラーメンが伸びるって知識がないのか!


「ラーメンはすぐに食べないと麺が伸びて味が落ちるんだよ」

「そうなんですか?」


 お茶を持ってきたジネットが目を丸くする。

 今までは、作ったそばから完食されて、麺が伸びる暇もなかったからな。


「だから、配膳直前に麺を茹でてるんだよ」

「なるほど。そうだったんですね」


 言って、デミリーに勧められたラーメンを一口すするジネット。


「……あっ、確かに、歯ごたえが弱く、のど越しもなんだかぼやけている感じがします。コシがなくなったと言いましょうか……これでは、折角のラーメンの美味しさが半減ですね」

「スープも、冷めると味がボケるしな」

「そうかぁ。四十区から大急ぎで持ってきたのに、それでもダメだったか」


 どんだけ離れてると思ってんだよ。


「エステラに言って、運動場の屋台を一個借りるか? ラーメンが作れる設備なら整ってるぞ」

「あぁ、たしか今、アトラクションの体験イベントをやっているんだったね。そこにお店を出させてくれるのかい?」

「エステラの許可が下りればな」

「なら大丈夫だね。エステラは、オジ思いのいい娘だから」


 実際、デミリーに頼まれれば、エステラは断らないだろう。

 一店舗空けるために誰かを退かせる――なんてことはしないから、もう一つ屋台を用意するに違いない。

 すなわち、大工を酷使する。

 わぁ、鬼のような領主だな。


「では、さっそくエステラと、ウチの料理人に話をしてくるよ」

「あ、デミリーさん。もし、もう少しコクを出すのであればバターを一欠けら入れてみてはどうかと、料理人の方にお伝えください。もちろん、ただの思いつきですので、無視していただいても一向に構いません」

「いやいや。折角の店長さんからのアドバイスだ。きちんと料理人にも伝えておくよ。講習会でも、君の腕前に感動していたからね。いい刺激になったようだよ」

「お役に立てたのでしたら、わたしも嬉しいです」


 さすがというか、やっぱりというか、ジネットは料理人から見てもすごい料理人なんだな。

 そりゃそうだよな。出来ないもん、あんな効率のいい料理。

 やっぱり、チートだったか。


「さて、何組増えると思う?」

「え? 一店舗だけじゃないんですか?」


 甘い!

 甘いよ、ジネット!


「デミリーにOKを出して、他の連中が黙ってると思うか?」


 どこもかしこも、新しい料理を覚えて披露したい料理人だらけなんだ。

 もし仮に、明日四十区のラーメン屋がオープンすれば、どーせ暇でぷらぷら遊びに来ているリカルドあたりの目に留まり、「俺んとこも出させろや、ごるぁ!?」と難癖付けられ、四十一区の店も出さざるを得なくなる。


「というか、ルシアあたりが耳ざとく聞きつけ、明日には店を構えてると思うぞ」

「みなさん、そこまでお暇ではないと思うのですが」


 暇だよ?

 領主なんか、「あ、あっちで面白そうなことしてる~! 区の税収で遊びに行こ~っと」ってのを仕事だと言い張ってる道楽者ばっかりなんだから。

 で、「いいないいな、ウチにも欲しいな」って他所の区に集って、自分の区に導入できたら「どうよ? オレっち、いい領主じゃね?」って威張り散らすだけの簡単なお仕事だ。


「この国の領主を複数見て、傾向を分析した結果たどり着いた俺なりの解釈だ」

「それは、おそらくかなり偏った分析だと思いますよ。みなさん、お仕事をとても頑張ってらっしゃいますし」


 ジネットフィルターを通せば、領主は真面目に働いているように見えるそうだ。

 大丈夫かな? そのフィルターで一般的労働者たる俺を見たら、奴隷ばりに酷使されてるように見えてないか?

 げっそりやつれて映ってない?

 平気?


「でも、少しだけ賑やかになりそうですね」

「何を嬉しそうに。その賑やかな連中は、もれなく俺たちに絡んでくる面倒くさい連中だろうが……」

「ヤシロさんは、お友達が多いですからね」

「いや、俺的には『エステラの友達』以上の付き合いは拒否してるつもりなんだが?」


 そいつらはみんな、一人の例外もなく、『エステラの友達』枠だ。

 いわば、『知り合いの知り合い』レベルの顔見知りだ。

 決して友達などではない。


「運動場が賑やかになると、陽だまり亭は静かになるかもしれませんね。みんな、楽しい場所へ行きたいでしょうから」


 そんなジネットの予測が甘過ぎると発覚するのは、悲しいかな、ほんの数時間後のことだった。




「ダ~リンちゃ~ん☆ 店長ちゃ~ん☆」


 イベントの影響で客の少ない陽だまり亭に、突如オシナが現れた。


「オシナのお店も、明日からイベントに参加するのネェ☆」

「な? 四十一区が便乗しただろ?」


 つか、リカルド、今日も来てるのかよ。

 どーせ、デミリーがエステラに話に行った時に居合わせて、強引に話に割り込んできたんだろうよ。

「四十区、四十一区、四十二区はもはや同盟だろが!」とかなんとか言って。

 どーでもいいけど、リカルドのヤツ、絶対「四十区から四十二区」って言い方しないんだよな。四十一区が省かれてるみたいだからなんだろうけど。……小さい男だよなぁ。こだわるところも小さい。


「領主ちゃんがネェ、『四十区、四十一区、四十二区はもはや同盟だから、我が区からも店を出すぞ』って☆」


 ……な?

 予想を裏切らない小さい男だ。


「それでネェ。オシナのお店からは紅茶のシフォンケーキを出すんだけどネェ、なんとか飲み物を提供できないかと思ってるのネェ」

「紅茶を出されるんですか?」

「そーしたいんだけどネェ、イベント会場で紅茶って、優雅じゃないし、飲みにくいのネェ」


 この街の紅茶と言えば、ホットが普通だ。

 ティーポットで茶葉をくゆらせ、空気をふんだんに含むようにカップに注いで、優雅にすする。

 イベント会場で楽しむものではない。


「じゃあ、アイスティーにでもしろよ」

「どうやるのネェ!?」

「どうも何も、紅茶を作り置きしといて、氷の入ったカップに注いでかき混ぜるだけだよ」


 アイスティーは、飲む前に必ずかき混ぜるのがポイントだ。

 そうすることで、紅茶が氷に触れて冷えてくれる。

 安い喫茶店では、パックから注いでそのまま出してくるところが多いからな。冷蔵庫で冷やされた状態よりも、さらにもう一段階氷で冷やした方がアイスティーは美味くなる!


 ……ま、好みだけどな。


「氷……ネェ……用意するのは難しいのネェ」

「アッスントに言ってみろよ。あいつ、氷が金になるって気付いてから、めっちゃストックしてるから」


「氷が売り物になるなんて、完全に見落としていました……あぁ、二年前の私を叱りつけたいです!」とかなんとか、地団駄踏んでたしな。


「でも、いいのネェ? 他所の区の人なのに」

「あいつは最下層三区の担当だから、四十一区も範囲内だよ」

「なら、相談してみるのネェ!」


 にぱっと笑って、オシナが陽だまり亭を出て行く。

 ドアを閉める間際、こちらを振り返り「ありがとなのネェ、ダ~リンちゃん☆」と投げキッスを寄越してきた。


 ……ジネットがいなきゃ、キャッチしてゲッチュしていたところだが……「なにやってんだか」ってスルーしたよ! もったいねぇ!


「陽だまり亭に氷室が出来ると、もっと簡単にお出しできるようになりますね。アイスティーもアイスコーヒーも」

「アッスントの好意で氷室も出来る予定だしな」

「ふふ。楽しみですね、氷室」


 アッスントはプレゼントしてくれると言ったのだが、ジネットが「お気持ちだけでも」とちょっと金を出したんだよなぁ。

 もらっときゃいいのに。


 予想通り他の区も割り込んできたわけだが、これでしばらくは静かになるだろう……


「我が騎士よ! 改良した塩麴ラーメンをイベントで食べられるようになったのじゃ! 明日からオープンじゃから、絶対に食べに来るのじゃ! 約束じゃ!」

「ふふん! ウチも一口噛むことにしたぞ、カタクチイワシよ! 海鮮ラーメンのリベンジだ! 楽しみにしておれ!」

「おい、オオバヤシロ! 二十九区の領主である私自らが綿菓子の店を出店してやろうと言ったのに断られたのだ! どう思う!? 其方からもミズ・クレアモナに一言物申してやるのだ!」


 ……期待も虚しく、ぜ~んぜん静かにならなかった。

 つか、ゲラーシー。綿菓子は、もう古い。

 今回は『新しい料理』のお披露目だっつってんだろ。綿菓子を売りたきゃ自分の区で祭りでも開催するんだな。

 俺が一切関与しないところでな!


「本当に、賑やかですね」


 楽しそうにくすくす笑うジネットの隣で、俺は盛大にため息を吐いた。

 賑やかを通り越して、騒がしいっつの。





 さぁ、騒がしいのがいなくなった。

 ……と、思ったら。


「ヤシロちゃん! 見てください。大人向けハンドクリームポーチを作ってみたんです。したちぃのシルエットを利用しつつ、サイズを小さくしたことで控えめで目立たない、オシャレなワンポイントになったんです!」

「ヤシロ、見ておくれな! あの後いろいろ考えて、金型をもう一個追加したんだけどね、これがなかなかいい出来になったんさよ! これ! ここに金色を少し差し込むことでぐっと印象が変わったと思わないかぃ? これは、特別なプレミア缶に使えると思うんさよ!」

「お前ら、もう一回寝てこい」


 昨日、陽だまり亭でたっぷりと寝かせた二人が、もうフルパワーで活動してやがる。

 たぶん、今日、寝る気ないだろ?


「昨日しっかりと寝かせていただきましたので、大丈夫です」

「そうさね! もうあと二~三年くらい寝なくても平気な気がするさよ」

「気のせいにもほどがあるぞ!?」


 三年寝太郎は聞いたことがあるが、三年不眠太郎はたぶん生存できないだろう。生物として。


「お二人とも、パウンドケーキはいかがですか?」


 運動場でシフォンケーキが売られているということで、ちょっと趣向を変えてパウンドケーキを作ってみた。


「ヤシロさんの提案で、ドライフルーツを入れてみたんですが、これがちょっとすごいことになったんですよ」


 普通にドライフルーツを入れただけなのだが、なぜかジネットが物凄く興奮して「これはすごいです! すごいわっしょいわっしょいです!」と大盛り上がりしていたのだ。

 使ったのはパイナップルとオレンジ。あと、四十一区の、マンゴーだ。


 こういうのが、お土産に喜ばれるんだよな。

 ほら、三十区の土産物屋に一枚噛ませてもらえることになったし?

 こーゆーの、試作していかなきゃじゃん?


「ドライフルーツやナッツを入れたパウンドケーキは、七日くらい日持ちするから、贈り物にも打ってつけなんだ。ちょっと食って感想を聞かせてくれないか?」

「そういうことなら、いただくさね」

「そういえば、陽だまり亭の新メニュー、全然いただいてませんでしたね。お仕事が楽し過ぎて」

「お仕事が楽しいのはいいことですね。ですが、無理はし過ぎないでくださいね」


 うむ、お前が言うなジネット。

 講習会からこっち、全然休んでねぇじゃねぇか。

 睡眠こそきっちり取っているとはいえ。


 運動場でイベントをやっている間、どこかで丸一日完全休業日を作るか?

 マグダたちも連れて、どこか買い物でも行ってくればいい。

 そしたら、俺は一日中寝る! 寝溜める!


「んっ!? 美味しいさね!」

「上品な甘さですね。これなら、大人も子供も楽しめそうです」

「わたしもそう思います。これは、わたしもとても好きな味なんです」


 まぁ、ジネットは婆さんが好きそうな食い物が好物だからなぁ。

 婆さんが好きそうなというか、婆さんがくれそうな食いもんがな。

 今川焼きとか。

 絶対レーズンバターサンドを作ったら喜ぶだろう、こいつ。


「陽だまり亭には、どんどん新しい物が増えていくさね」

「いつ来ても新しい発見がありますものね」

「アタシら金物ギルドだって!」

「ウチの服屋も負けていられませんっ!」

「お前ら、二人で温泉とか行ってきたら!?」


 もうダメだ、この二人。

 一回四十二区の外に連れ出さなきゃ、もう治らないよ、その病!


「温泉といえば、三十三区の街門を出た先にあるらしいですね」

「ジネットは行ったことあるんだっけ?」

「わたしはありません。外に出ることも、ヤシロさんと出会うまではありませんでしたから」


 お、おぅ……そうか。

 なんか、アレだな。俺が無理やり連れ出したみたいで、なんか、アレだな。

 まぁ、マグダと一緒に森に行ったり、最近じゃ港に行くのに街門の外には出るからな。

 うん、四十二区では普通のことだ、うん。


「あ~っと、三十三区っていやぁ、変わり者の領主のいる区だっけ?」

「変わり者かどうかは存じませんが、まだお会いしたことがない方ですね」

「そこには温泉があると」

「はい。そう聞いています」


 鉱山と酒の街三十三区。

 鉱山の近くには温泉まで沸いているらしい。


「言葉が通じなくなるのが残念ですが、一度くらいは行ってみたいですね。みんなで」


 ジネットがそんなことを言う。

 温泉か……


「言葉が通じないということは……『懺悔しなさい』も聞き取れないからセーフ!?」

「顔と態度で察するさね」

「セーフじゃないですよ、ヤシロちゃん」

「もう、懺悔してください」


 やっぱダメなのかぁ。

 でも、温泉はいいな。

 大浴場とは違う良さがある。


「ところで、あのキツネは今日もどっかで家を建ててるんかぃね?」


 一度店内を見渡し、ノーマが言う。


「建てたと言えば、庭先にあった家がそうだな」

「またっ!? ……あんなもんを建てたんかぃね……アタシがいない間に……」


 とんとんと、テーブルを指で叩き、眉間にシワを寄せる。

 やめとけ。折角の美肌にシワがつくぞ。


「あっ、そうさね!」


 ぽんっと手を打ち、その反動でぽぃんと揺らし、ノーマが晴れやかな表情をする。

 釣られて俺も「ぱぁあ!」って顔になる。


「ヤシロちゃん」

「……めっ、ですよ」


 まぁまぁ、パウンドケーキでも食べてなさい。

 こっちのことはいいから。


「アタシがあのキツネに温泉旅行をプレゼントしてやるさね。休みもなく働きづめの体を、じっくりと癒やしてこられるようにさ」

「それは素敵な提案ですね。きっと、ウーマロさんも喜ばれますよ」

「……で、その間にあいつの居場所を根こそぎ叩き潰しておいてやるさよ……くっくっくっ、帰ってきた時、帰る場所はもうないんさね……っ」


 なんでここまで仲悪いんだかなぁ。

 とどけ~る一号や、大衆浴場では協力し合った仲なのに。


「アイツばっかり新しい技術教えてもらって、ズルいさね!」


 そんなことはないと言いたい。

 というか、一番新しい技術を教わってるのはウーマロじゃなくてジネットだろうな。

 けど、誰からも妬まれないのは、人徳のなせる業かねぇ。


「新しいものはわくわくして、どきどきして、とても楽しいですけれど……」


 そんな人徳の固まり、ジネットが胸元を押さえて言う。


「昔からあるものも、大切にしたいですよね。たくさんの思い出と一緒に」


 なんでもかんでも新しいものがいいというわけではない。

 変わらないありがたさというものもある。


「新しいお料理が増えても、懐かしい味を求められると、やっぱり嬉しいですから」


 そう言って、チラリと俺を見る。

 ……クズ野菜の炒め物ばかりを頼む俺に、何か言いたいことがあるのか?

 言わなくていいぞ。

 いや、マジで!


「そうですね。これまで作ってきた衣装も、それ以前からこの街にあった服も、みんな大切にしないといけませんね。……うふふ。少し、目新しいものに夢中になり過ぎたかもしれませんね。少し自重します」

「そうさね……。ある程度形になったら、アタシも少し肩の力を抜いて、アトラクションでも見てくるかぃねぇ」


 前のめりに全力疾走していた二人が、ジネットの一言で立ち止まった。

 さすがミス人徳。

 言葉の重みが違うねぇ。


「じゃあ、今日はみんなでイベントでも覗きに行くか? 午後からの営業は休み……には、したくないだろうから、『運動場で営業中』ってことにして」


 どうせ、イベントの間は人が来ない。

 ジネットを連れ出しても問題はないだろう。


「そうさねぇ……行ってみるかぃ、ウクリネス」

「そうですね。うふふ。ヤシロちゃんとお出かけなんて、お店の娘たちに羨ましがられちゃいますね」


 え、なに?

 俺、モテてんの?

 参考までに店の娘たちのカップ数教えてくれる?


 いや、参考までに。


 そんな話をしていると、ロレッタんとこの三女が飛び込んできた。


「あ、ウクリネスさん。やっぱりこちらでしたか!」


 ヒューイット家にしては珍しく、まともな口調でしゃべれるしっかり者の三女。

 随分と焦った様子でウクリネスに詰め寄る。


「あのっ、新しい体操服とブルマって、在庫ありますか? お店にあった分、全部買っちゃったんですけど」


 ぶるまぁ?

 え、なんで?


「なんで今さらブルマなんだ?」

「あ、お兄ちゃん。あのね、妹たちは元気過ぎるから、ちょっと本気で遊ぶ時は体操服で遊ばせてるの」


 まぁ、動きやすいわな。

 つーか、ちょっと本気で遊ぶって、お前らレベルだと何しでかしてんのか怖くて聞きたくないな。


「それで、どうせなら全員に新品買ってあげようって、お姉ちゃんが」

「いや、だから、なんで今、ブルマなんだよ?」

「運動場だったら似合うかなって」


 う~ん、要領を得ない。

 運動場にブルマは映えるだろうが、今はイベント中で運動するスペースなんか…………まさかっ!?


「明日から、他区のお店もオープンするって聞いて、お姉ちゃんが『むはぁ! これは負けてられないです! すでに味を知られているウチは絶対的不利ですが、それでも負けないのが陽だまり亭魂ですっ!』って」

「うっわ、めっちゃ似てるな、ロレッタのマネ」

「それでね、マグダたんが『……では、妹たちにはひわ……快活で元気いっぱいな体操服で売り子をしてもらうのがいい。きっと、お客がたくさん釣れる』って」

「うぅん……マグダのマネは微妙だな」


 というか、マグダ~?

 ぽろっと『卑猥』って言いかけたよな、お前?

 なんて客の心理を掴んだマーケティングなんだ。


「それなら、倉庫の方にたくさんありますよ。今年の運動会に向けて、準備は抜かりありませんから。今ご用意しますね」


 言って、席を立つウクリネス。

 席を離れる際、俺へと向き――


「既存の技術も、まだまだ必要とされるんですね」


 ――と、嬉しそうに言って店を出て行った。

 まぁ、定番ってのは、押さえておいてハズレはないからな。


「何しでかす気なのか、見に行ってみないとな」

「そうですね。様子を見に行ってみましょうか」


 俺は頭痛を覚えて、ジネットは楽しそうにくすくす笑って。

 とりあえず、視察に行かないとと結論を出す。


「……で、結局ウクリネスは働きに戻っちまったんさねぇ」


 一人、ノーマが「まったく……」とため息を吐く。

 ……が、お前は他人のこと言えないからな、マジで。





「シフォンケーキ、いかがですかぁ~!」

「「「あまさ、ひかえめ~!」」」

「「「あまさ、あとのせ~!」」」


 体操服を着た妹たちが、元気に運動場を走り回っていた。

 肩紐を斜めがけに、トレイを担いだ売り子スタイルで。


 甘さを強調した生クリームは無料トッピングで、希望者にだけ配られるようにしてある。

 とりあえず食べてみて、甘さが足りないと思えば妹に言えば生クリームを盛ってくれる。


 なので、甘いのが苦手な大人も、甘いのが大好きなお子様も、誰でも楽しめるようになっている。


「「「シフォンケーキ、く~ださいっ!」」」


 だからといって、いい年齢こいたオッサンどもが群がるようなもんじゃねぇけどな!


「もう終わりだな、この街は」

「……君の責任によるところが多分に存在すると思うんだけどね、ボクは」


 なんだかげっそりしたエステラが背後霊のように現れる。

 領主たちの波状攻撃を食らい、体力、精神力ともに消耗させているのだろう。


「……げっそり」

「ケンカなら買うよ?」


 心配してやったというのにこの仕打ちだ。

 まったく、被害妄想の固まりだな、こいつは。


「お店は?」

「妹たちが何かやらかすと聞いてな。運動場で営業中ってことにして見に来た」

「まぁ、マグダたちの目論見は効果抜群だよ。ご覧の通りね」


 売り子スタイルの妹たちは、誰も彼もがオッサンたちに取り囲まれていた。

 明日には店が増えるからと対抗手段を講じたはずが、今日からブルマフェアをやってんのか。

 つか、未成年をいかがわしい目で見てんじゃねぇよ、オッサンども。


「度し難いな」

「まったくね……」


 お宅の領民たち、ちょっとお民度が知れてるんじゃござーせんこと?

 お下劣でござーますわ、おほほほ!


「みなさん、お疲れ様です」

「……店長」

「あ、店長さん!」

「「「えっ!? 店長さんがっ!? …………普段着」」」


 何を期待してこっち向いたんだ? あ? オッサンども?


「ロレッタさんは着替えなかったんですね」

「出し惜しみです!」

「……ロレッタは、最終日に脱……おっと、これ以上は」

「「「うぉぉおお!? 期待が、期待が、高まるぅぅうう!」」」

「なんもないですよ!? あたしは陽だまり亭店員として普通に……マグダっちょ、無責任な煽りはやめてです!?」


 出し惜しみとか、自分で言ったからなぁ。妙な期待が高まっちまってるな。

 まぁ、マグダは別に「脱ぐ」とは言ってないもんな。

「脱がない」とか「脱ぐと見せかけてアイアンクロー!」とか、なんでもありだ。


 ……脱ぐと見せかけてアイアンクローってなんだ!?


「ははは。やっぱり陽だまり亭は賑やかでいいね」


 群がるオッサンどもの間を掻い潜るように、オルキオがこちらへ向かって歩いてくる。


「よぉ、オルキオ・ファントムペインアングリーインビジブル」

「全然違うですよ、お兄ちゃん!?」

「オルキオさんのファミリーネームは、ブラックブラッドデスクローですよ」

「BBDCも覚えられないのかい、君は」

「……ヤシロが言ったのはO・PPAI」


 あれ?

『ぷるん・ぷるん・荒ぶる・Iカップ』だったっけ?

 まぁ、なんでもいいや。


「で、向こうのジジイどもは何やってんだ?」


 オルキオが歩いてきた方向の先。

 100メートルほど離れた場所に、見知ったジジイどもがうずくまっていた。

 どいつもこいつも青い顔をして地面にへたり込んでいる。

 お迎えが来たか?


「もしかして、お化け屋敷に入られたんですか?」

「いいや、ミラーハウスに酔ったらしいんだ」

「また、一番地味なヤツで……」


 ジジイには刺激が強過ぎたか?

 まぁ確かに、合わせ鏡でジジイが増殖して、見渡す限りジジイだらけとか、俺でも気分が悪くなりそうだ。


「お~い、ムム婆さん! 最後の橋で、ゼルマルのエロジジイにスカートの中覗かれなかったか~?」

「誰が覗くかっ!? デカい声でくだらんことを抜かすな、大戯けの穀潰しがっ!」

「はっはっはっ。私たちは一応紳士の集まりだからね。女性が渡る時は全員目を伏せていたよ」


 俺もその場に居たら目を逸らしただろうな。

 チラリとでも見ようものなら視力が落ちる。恐ろしい。


「あぁ、それでね。実は明日あたりから、三十区の者たちをここへ招待したいと思っているんだけれど、許可をもらえるかな?」

「許可なんて必要ないですよ。入場制限も設けていませんし、みんな賑やかなのは大好きですから」


 肩をすくめるエステラ。

 オルキオとしては、自分がとりまとめる区の人間が大量に押し寄せてくる前に、一言断りを入れておきたかったというところだろう。

 街門を守る騎士が大挙して押し寄せてきたら、何事かと身構えてしまうだろうからな。


「どうやら、彼らが寮で自慢しているようでね」


 ビックリハウスを任されている、元反対派の騎士たちが、今では一転、オルキオを称賛し、そのオルキオに任された仕事を誇りに思って自慢しまくっているらしい。

 真面目に街門を守っていた連中でもなければ、元からオルキオに付いていた若い衆でもない、反発していた連中が優遇されていると、ちょっとした不満が漏れ始めているらしい。


 なにそれ?

「俺たちのオルキオさんに贔屓にされて、ズルい! 許せない!」って?

 また気持ちの悪い連中に好かれたもんだな、オルキオ。


 これでまた、明日から一段と騒がしくなるのか。

 じゃあ、完全休業は明日設定して、ジネットたちは素敵やんアベニューにでも避難させてやろうか……なんて考えているところへ、見覚えのある男が颯爽とやって来た。


 見覚えはあるが、以前見たゴロツキまがいな格好とは異なり、貴族然とした高そうな、ごてごてと派手な装飾過多の衣服を纏って。


「……ゴロツキ貴族」

「だな」


 マグダが小声で教えてくれる。

 そうだ。あいつは先日ここへオルキオのことを探りに来ていたゴロツキに扮した貴族。

 今度は正体を隠さずに堂々と乗り込んできたか。


「この場に、四十二区領主、エステラ・クレアモナはおるか!?」

「へ? あ、はい! ボクがエステラです」


 貴族の男に呼ばれ、エステラが素直に手を上げる。

 お前は領主で、等級持ちなんだからそんな愚直に返事をするなよ。

 もっとふんぞり返ってろよ。だから舐められるんだぞ。


「……まったく」


 エステラを見つけると、貴族は嫌そうな顔を隠そうともせずため息を吐いた。


「どうなっておるのだ、この区は。館に使用人が一人もいないとは……財政破綻しておるのではあるまいな?」


 あぁ、なるほど。

 エステラに用があって館を訪れてみたものの、現在エステラの館は完全休業状態で、人っ子一人いないんだったな。

 マジで、留守番の一人も置いてないのか。

 そりゃ「どうなってる」って言われても仕方ないわな。

 貴族的に考えればあり得ないことだ。

 四十二区でなら「エステラらしいな」で済むけどな。


「書簡を持って参った。受け取るがよい」

「では、私が」


 すっと、貴族男の前に割り込むナタリア。


「名乗りもせぬ不審者を、我が主へ近付けるわけには参りませんので」


 こちらも、不機嫌を隠すことなく、むしろ殺気を迸らせて貴族男を睨む。

 よく見れば、いつの間にか貴族男はエステラのとこの給仕たちに取り囲まれていた。

 どこにこんなにいたのか、無数の給仕たちがいつもの仕事着を身に纏い、ナタリアに負けないくらいの殺気を迸らせて貴族男を睨み付けている。


 ……え。

 ここの給仕って、みんなこんなにおっかねぇの?

 ナタリアナイズされ過ぎじゃない?


「先触れも寄越さぬ無礼な訪問者に対する対応の仕方など、当家では想定してございませんので、次からは貴族として恥ずかしくない最低限のルールを遵守の上、我が主への目通りを乞うようにしてください」

「な……っ!? 貴様、私に向かってなんという口を……、私を誰だと――!?」

「ご理解いただけないのであれば……この次はありません」

「……ぐっ!」


 四十二区と見くびり、テメェの都合をエステラに押しつけようとした貴族男を黙らせるナタリア。

 給仕たちの殺気がそれを後押しする。


 慣例を無視したのは貴族男の方なのだろう。

 シフォンケーキを早く広めたくて先走ったのか?

 なんにしても、おのれの手柄のことしか頭になくて、エステラに対する礼を欠いたのだろう。


 なら、この程度の脅しは甘んじて受けとけ。


「……ふ、ふん! 結果を早く知りたいであろうという気遣いにも気付かずに……っ!」


 貴族男が、分かりやすい負け惜しみを口にする。


「確かに書簡は渡した! そのように行動するよう、裁判長殿はお求めだ! ……私はこれで失礼する」


 書簡をナタリアに押しつけ、貴族男が踵を返す。


「あのっ」


 そんな貴族男の前にジネットが進み出る。


「折角四十二区へ来られたのですから、どうか笑顔でお帰りください。こちらはお土産にどうぞ」


 そう言って、エステラに渡すのだと言っていたパウンドケーキを貴族男へ手渡す。


「エステラさんは、とても優しい領主様です。今度は、普通にお越しくださいね」


 エステラの悪印象を払拭したかったようだ。

 だが、エステラに非がない以上、「次はルールを守れよ」としか言えない。

 ジネットが言うと、随分とまろやかになるけどな。

「普通にしろ」ってのは、「今回のやり方は非常識だ」って意味にも取れるが、まぁ、ジネットのことだから裏はないのだろう。


「……ふん。もらっておこう」


 ジネットからパウンドケーキを受け取り、貴族男は運動場を出て行く。

 足取りは、先ほどよりかは若干軽くなっているように見えた。


「エステラ様。統括裁判所より、書簡です」


 ナタリアが告げた言葉に、運動場がざわつく。

 オルキオも息を呑み、エステラを見つめている。


 神妙な顔つきで書簡を受け取り、エステラが中を確認する。

 しばらく黙って書簡を読んでいたエステラだったが、ふいに書簡を折りたたむ。

 そして、オルキオに向かって笑みを向けた。


「これからも、ご近所さんとして仲良くしてくださいね。オルキオ領主代行」



 統括裁判所がオルキオを認めた。

 それが分かって、運動場はわっと盛り上がった。







あとがき




オルキオさんが引っ越してきました。


祖父さんの土地に何建ててんだ!?

(#゜Д゜)ごるぁ


……と、思われるかもしれませんが、

困っている人のために役立てるなら、祖父さんはきっと許してくれます。

まして、オルキオですし、

そのうち出て行きますし。



シラハ「オルキオしゃんっ、そんな、ダメよ、外でなんて!」

ヤシロ「今すぐ出ていけぇーい!」



……大丈夫です、そんな全年齢にお見せできない事態にはならないはずです!

でもまぁ、とりあえず、夜間は外から鍵をかけておきましょうか。

鎖でぐるぐる巻きにして、南京錠でがっちりと!



(・`д・) 封・印!


いりゅ~\(≧∇≦)/じょ~ん


(#゜Д゜) 出てくんなっ!



シラハがアレ田テンコーじゃないことを祈るばかりです。



さて、引っ越しで思い出したのですが、

私、保育園に行ってたころ引っ越したんですよ。


……えぇ、わたしの生まれ故郷

あまりに田舎過ぎて幼稚園なんてなかったんです。

町の東西に一個ずつ保育園があっただけなんです


あの頃はお受験なんてほとんどなかったですからね

たま~にいたんですよ、

中学受験とかする人。


私の学年で一人、

クラスメイトのお姉さんで中学受験した人が一人いたのですが

その二人だけでしたね。


そーゆー子は、バスに乗って都会の幼稚園に行っていたようですが

言われてみれば、頭よかったかもしれませんね

たしか、そいつから『三角食べ』を教わったような気がします。


知ってますか?

『三角食べ』

基本的におにぎりやサンドイッチしか食べないという修行で……


……あ、違いました。

なんか、順番に食べていくんだそうです。

そうすると体にいいとかなんとか



お受験「給食も三角食べしないとダメなんだよ」

みやじ「そうか! やってみる! 牛乳、デザート、食パーン!」

お受験「おかず食おうか!?」

みやじ「おかずなどもうない!」

お受験「一気食い!?」

みやじ「おかずー! 完食! ご飯ー! 完食! 汁物ー! 完食! これぞ、三角食べ!」

お受験「三角の一点がそれぞれ大きいっ!」



まぁ、小二とか小三には難しい話でしたね。


いや、そんなことはいいとして、

保育園生の時に

いや、生保育園の時に引っ越しをしたんですね



……なま保育園!?Σ(゜Д゜)



保育園生で合ってました。

訂正します。


で、引っ越しした時に、

母が庭にキンモクセイを植えたんですよ。

うちの母、キンモクセイが大好きで、

散歩中にキンモクセイを見かけるとふらふら~っと寄っていってしまうくらいに


私も、小さいころから

「ほら、キンモクセイよ~」ってよく言われてました。


引っ越しする一年~二年くらい前、父がちょっとの期間入院してまして、

その病院の前にはずらーっとキンモクセイが並んでいる場所があって、

病室の窓を開けるとキンモクセイの香りがして、

入院患者さんたちに好評だったとか


私は小さ過ぎてあんまり覚えてないんですが、

お見舞いに行く度に母がいっつもキンモクセイのところに連れて行って

「ほら、キンモクセイ~」って言ってたのを

な~んとなく覚えてるんですよね。



その後、引っ越しをして、

我が家の庭にはキンモクセイが植えられたんですが

たぶんあれ、病院のそばのキンモクセイの枝をパクって挿し枝で……


いやいやいや!

ちゃんと苗で買ったはずです!

あーそうだそうだそうだ!

買ってました!

今思い出しました!

あの、ほら、橋渡って郵便局のとこを曲がった先にある花屋さんで買ってました!

母も「Suicaで」って言って「ピッ!」ってお会計してましたよ!

うっわ、鮮明に思い出したなぁ、たった今!



……ふぅ。



あ、そういえば、

以前住んでいたマンションのそばに

ワンちゃんのトリミングをするお店があって、

その前って、綺麗な花壇があるんですね

その中に小さいレモンの木があって、

ちゃんとレモンの実もなってて、めっちゃ可愛いかったんですよ。

前を通る度にレモンを見るのが楽しみだったんですけども、

ある時、レモンの生えていた場所に立て札が――



『レモンの木を盗んだ方。あれは大切なレモンの木なんです。

返してください』




(;゜Д゜)返してあげて!


っていうか、木、盗みます!?

売ってますよ、割と!

ホームセンターに行くと、果樹って結構売ってるんですよ。


行きつけのホームセンターがいくつかあるんですが、

柑橘系はもちろん、ブドウやイチジク、ブルーベリーやキウイなんてのも売ってるんですよ。

いつか買いたいと思いつつも、マンション暮らしではさすがに庭木を植えるわけにはいかないので…………



……はたして、植えられないのだろうか?




……はっ!?Σ(゜Д゜;)

ダメダメダメ!(;>×<)

今、勝手にエントランスに木を植える段取りしちゃってました。


勝手に植えてはいけませんよね。

ちゃんと、大家を倒して、屈服させてから、

堂々と植えてやろうと思います。


よし、まずは腕立てだ!

1、2、3…………二の腕がぷるぷるするぅ~!(;>ω<)



いや、そんなことはどうでもよくて、

実家の庭にキンモクセイが生えてたんですね。

生えていたというか植えてあったんです。


で、そんな母の大好きなキンモクセイなんですが、

小さい時から嗅ぎ過ぎたせいで、私、キンモクセイの香り、分からない体になっちゃったんですね。

気付いたのは大人になってからなんですけども。


「そんな言うほど匂いするかな?」ってずっと思っていたんですが、

どーやら、私の鼻、キンモクセイの香りをキャンセルしてるっぽいぞと。


トイレの芳香剤とか入浴剤みたいな作られた香りは分かるんですが、

本物のキンモクセイの香りは分からないんですね。

ほら、クサイ口臭や体臭や加齢臭って、

鼻が悪臭に慣れて自分で分からないって言うじゃないですか?


たぶん、アレです。


子供には刺激が強過ぎたんでしょうね、キンモクセイ。

「盛ってるでしょ?」ってくらいに匂いが分からないんです。

花に鼻をつけて「すーっ!」って息を吸っても分からないんです。


それ以外のニオイには超敏感なんですが!


――という話は、以前どこかのあとがきでしたかと思うのですが、


「あ、それは○○話のあとがきだね」

って分かる人はそーとーのマニアか、原稿チェックしてくれてるアイツくらいのものでしょう

私も覚えてません。

ただ、この話したな~って記憶がうっすらあるだけで。



で、その原稿チェッカーさん、略してゲコチェがですね、

原稿をチェックしてる時に

こんなことを言い出したんですよ。



ゲコチェ「キンモクセイの季節だね」

宮地「どーした急に!? 原稿のどこかに出てきた、キンモクセイ?」

ゲコチェ「ふと思い浮かんだ」

宮地「脈絡ないにもほどがあるな」

ゲコチェ「脈絡って……必要?」

宮地「カッケェ!? え、かっこヨ!?」



なんという潔さ!

脈絡など必要ないのです!

で、キンモクセイの話になって――



ゲコチェ「知ってる? キンモクセイって、鉢植えで育てられるんだよ」

宮地「マジで!? 庭木でしょ、アレ!?」

ゲコチェ「ところがどっこい! いや、ところっこり!」

宮地「まりもっこりみたいに言うな!?」

ゲコチェ「鉢植えでも育つんだな~、これが」

宮地「マジか……ベランダで育てられるなら……『上の階の人のベランダにわっさー!』っていうドッキリが出来る!」

ゲコチェ「しょーもな!?」



それでですね、

私、毎日窓を開けて植物たちに水をあげているわけですよ。

朝とか、窓を開けて朝のニオイを満喫しているわけですよ。


もしそこに、キンモクセイの花が咲いたら――



宮地「あれ、いつもと違う香りが混ざってる…………そうか、これがキンモクセイの香り!」



ってなるのでは!?



というわけで、買いに行ききましたよキンモクセイの苗!

行きつけのホームセンターを周り

周り

周り…………



宮地「売ってへんのんかい!?」Σ(゜Д゜;)



と、軽くショックを受け

でもまぁ、キンモクセイを売ってるお店なんか見たことないもんな~って諦め駆けた時、


駅前のお花屋さんに、



キンモクセイ「コンニチハ!」

宮地「いぃぃぃいいい、いたぁああああ!」



ビックリしました。

まさか、ここにはないだろうな~っていうような

さほど大きくもない花屋さんに

キンモクセイの苗がふつーに並んでまして

「Suicaで」って言って「ピッ!」ってお会計しましたよ!



……遺伝!?Σ(・ω・ノ)ノ




幼少期の思い出の中にいた母の姿と自分が重なりましたね。


さすがに今年は無理でしょうが、

来年以降花を咲かせてくれることに期待して

大切に育てていこうと思います。



最後にこれだけは言わせてください。



レモンの木、返してあげて!(´;ω;`)



次回もよろしくお願いいたします。

宮地拓海

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― 新着の感想 ―
[良い点] ルピナス式ファッション教育。 たとえ計算されたファッションだったとしても、罠だったとしても、素晴らしいものだからもっと流行らせてほしい [一言] よく気付かれずにレモンの木を盗めたなぁ
[一言] オルキオが出て行ったら「陽だまり荘」としてヒューイット一族の寮みたいになるような気がします(笑) あ、三角食べも別にいいわけではないっぽいですね。 悪いわけでもないそうですが。 メリデメあ…
[良い点] ジジババ達が仲良さそうでなによりです。 で、ゼルマルは相変わらずヘタレと…… >>「普通にしろ」ってのは、「今回のやり方は非常識だ」って意味にも取れるが、 「普通にしろ」は「ロレッタ…
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