371話 それぞれのけじめ、それぞれの思い
「集まってもらったのは他でもない――」
「茶碗蒸しの食品サンプルを作ってくださいまし、ベッコさん!」
「おそらく、そのための招集ではござらぬよ、イメルダ氏!?」
俺の前にぐいっと割って入ってきたイメルダを「ぺいっ!」っと脇へ廃棄する。
……なんでこんな残念な娘に育ってしまったのか。
出会った当初は…………あぁ、わがままなだけの残念娘だったか。
木こりギルド四十二区支部が出来たころは、そこそこ頼れるオーラが出ていたこともあったのになぁ。
「原点回帰だな」
「そんな納得はいいから、本題に入ろう。もう夜も遅いから」
港の完成イベントはまだ続いている。
おそらく、酒飲みどもは夜通し飲んで騒いで日の出と共に屍になるのだろう。好きにすればいい。
食材を使い切り店じまいをした俺たちは揃って陽だまり亭へと戻ってきた。
そのような流れだったため、もうすでにいい時間だ。マグダやカンパニュラはそろそろ眠たくなっていることだろう。
それでも、椅子に座って真剣な瞳でこちらを見ている。
「お茶をどうぞ」
陽だまり亭に着くなり厨房へ向かったジネットがお茶を全員に配る。
手伝いを申し出たマグダとロレッタを強引に座らせ、一人で準備をしてくれた。
「みなさん、お疲れですから」と。お前もだろうに。
今この場には、ジネット、マグダ、ロレッタ、カンパニュラ、テレサの陽だまり亭メンバーと、エステラ、ナタリア、ルシア、ギルベルタの領主と給仕長、ノーマ、イメルダ、ネフェリーたちいつものメンバーと、デリア、パウラ、ミリィという『湿地帯の大病』で家族を失った遺族が揃っている。
おまけで、ウーマロとベッコも混ざっているが。
マーシャは港に停泊している海漁ギルドの連中のところへ行ってやることがあると、今回同席しなかった。
それでも、今夜はデリアのところに泊まる約束らしく、あとで迎えに来てくれとデリアに頼んでたな。
全員にお茶が行き渡り、ジネットが最前列の空けられていた席へ座る。
それを確認して、俺は再び口を開く。
「いろいろとトラブルはあったが、港は完成した。ここにいるみんなにもいろいろ迷惑をかけたと思う。正直助かった、ありがとうな」
素直な感謝を述べると、緊張していた空気が少しだけ緩和した。
無理を言って集まってもらったせいだろう、全員が緊張した表情をしていた。重大な話があると察している表情のまま、ほんの少し緩んだ空気に各々が息を吐く。
「情報紙は見たか? 忙しくてまだかもしれんが――」
「見たよ。エステラ、すっごい良く書かれてたね」
「え、そうなの? ボクまだ見てないよ」
パウラの言葉に、エステラがそわそわとし始める。
そこへ、ジネットがどさっと紙の束を積み上げる。
「よろしければご覧になりますか? タートリオさんに融通していただいて、わたし、たくさん買いましたから」
やっぱり大量購入してたか……
本棚の増設が必要かもしれないな。
まだ読んでいなかったエステラとルシア、給仕長二人が情報紙を手に取る。
パウラたちも購入したのか、自分の荷物から情報紙を取り出して開く。
「俺にも一部売ってくれ」
「必要ないですよ。こちらは、タートリオさんからヤシロさんへ贈られたものですから」
と、一部を俺に渡してくれる。
ちなみに、個人間での購入は行商ギルドの領分を侵害するので基本的にはアウトなのだが『代理購入』は認められている。
ジネットが俺の代わりに購入した情報紙を、俺があとから代金を渡して受け取る場合、これは売買には含まれない。利益が出ないからな。
その際「おだちん」と称して少額の金銭授受が発生しても、それはあくまでお小遣いの範疇として黙認される。
昔のアッスントなら、その黙認を逆手に取ってイヤラシク攻撃してきたかもしれんが、丸くなった今、そんなことはしないだろうし、そんなことを言い出すようなら潰してやろうと思っている。
「そうだ、アッスント潰そう」
「代理購入はアッスントさんも問題ないとおっしゃっていましたから、今後も変わらず仲良くしてあげてくださいね」
「じゃあ、今後も変わらず薄ぅ~い繋がりを維持するとしよう」
「うふふ。アッスントさんが寂しがりますよ、そんなことを言うと」
にこにこと、ジネットは俺にアッスントの仲良しを押しつけようとする。
これは一体なんの罰ゲームなのか。
「うひゃぁ! 何これ……なんか、恥ずかしいんだけど……」
自分の特集記事に目を通し、エステラが顔を押さえて身もだえている。
絶賛に次ぐ絶賛。
身に覚えもない功績が神がかり的な手腕として明記されているのはいたたまれない気分だろう。
「これ、ほとんどヤシロのやったことじゃないか。ボクの功績じゃないよ」
「いやいや、歴史的な功績ってのはその『顔』となる者の手柄として語り継がれるものだよ」
この街の街門を作ったのは初代国王ということになっているが、国王が直接大工仕事をしたわけではない。
歴史書に『街門を作ったのは○区の大工○○という男である』なんて書かないだろ?
精々『初代国王が建築した』と書かれる程度だ。
大阪城を建てたのは豊臣秀吉でいいのだ。
小学校のテストで回答欄に『大工』と書いたらバッテンをされるだろう。
「――というわけで、これらの功績はすべてエステラのものだ」
「なんか必要以上に祭り上げられてて落ち着かないよ!」
「「「「え、お乳がない?」」」」
「言ってないし、声が揃い過ぎててムカつく!」
エステラが俺とマグダとナタリアとイメルダを指さして「まったく」と肩を怒らせる。
と、その時、陽だまり亭のドアが開いた。
「な~んや、賑やかやなぁ」
こんな夜中に、レジーナが、誰に呼ばれるでもなく陽だまり亭へやって来た。
「イベントに参加しようかどうか悩んでいる間にこんな時間になったのか?」
「アホやな。誰が行くかいな、あんな人のぎょーさんおる場所。大通りスッカスカやったで、今日」
「まぁ、微笑みの領主様のお治めになる四十二区の大通りですから領主に似てスッカスカなのは頷けますね」
「うっさい、ナタリア、うっさい」
そんないつものやり取りを横目に、レジーナが空いている席へ腰を下ろす。
手には、どこで買ったのか情報紙が持たれている。
「……話、するんやないかな~って思ぅてな」
レジーナはへらへらとした笑みを浮かべているが、声に緊張が感じられる。
「待たせたか?」
「平気や。人のおらん四十二区をぷらぷらしとったさかい」
「では、お腹が空いていませんか? 何か簡単に食べられる物を――」
「あぁ、構わんとってんか、店長はん。今は……何も食べられへんし」
かなり緊張しているようだ。
レジーナがらしくもなく弱々しい笑みを見せる。
嫌われやしねぇってのに……まぁ、気持ちは分かるけどな。
「それじゃあ、まぁ、とりあえず揃ったってことで……ルシアたちは巻き込む形になっちまうが――」
「くだらぬことを気にするな、貴様らしくもない」
情報紙を閉じて、ルシアが俺を睨むように見つめる。
「そのつもりでこの場にいるのだ。少しは格好を付けさせろ」
万が一、俺やエステラへ不満が向かいそうな時は共に矢面に立ってくれるつもりらしい。
情報を秘匿していたのは俺らだが、ルシアはその判断に一定の理解を示しているようだ。
なら、そこで見ててくれ。
「……はぁ」っと、長く深い息を吐き出し、俺は一同を見渡す。
「すごく気の滅入る話だ。だが、お前らにはきちんと言っておきたいと思った」
聞かされるも方も堪ったもんじゃないと思うが……
「次号の情報紙では、ウィシャートの罪に対してもっと掘り下げた記事が掲載される。その中には、『湿地帯の大病』について詳しく書かれた記事もある」
フロアの空気がざわりと波立つ。
ウィシャートと『湿地帯の大病』に何の関係があるのかという疑問と、もしかしてそうなのかという不確定な推測と、得も言われぬ気持ち悪さが空気を伝ってくる。
誰も疑問を口にしないが、聞きたいという思いは表情によく表れている。
その疑問を肯定するように、俺は一度大きく頷く。
少しだけ緊張しながら、俺は事実を告げる。
「『湿地帯の大病』は、ウィシャートによってもたらされた、史上最悪の人災だ」
息を呑む音がやけに大きく聞こえる。
ジネットは両手で口を押さえ、ミリィは大きな瞳を見開いて固まり、パウラは「……は?」と放心し、デリアは瞳をギラリと光らせた。
「詳しくはボクが説明するよ」
「いや、……ウチが話すわ」
エステラが立ち上がるのに被せるようにレジーナが立ち上がる。
なぜレジーナがという疑問が勝ったようで、一同の視線はレジーナに向かう。
「いや、君の話はあとにしよう」
「せやけど……」
エステラもレジーナも苦しそうな表情をしている。
そんな死にそうな顔をしてるヤツに話をさせるわけにはいかない。
「俺が話す。二人とも座ってろ」
「でもヤシロ――」
「いいから」
ここまで情報を秘匿していた後ろめたさがエステラを襲っているのだろう。
もしかしたら、すべてを話した後「なんで黙っていた」と責められるかもしれない。その矢面に自分が立つべきだと、妙な罪悪感に支配されている二人は心配そうに俺を見る。
「大丈夫だから、座ってろ」
「……うん」
「……分かったわ」
エステラとレジーナが座ったことで、視線が俺へと戻ってくる。
「もったいぶっても仕方がないから一気に全部話すぞ。『湿地帯の大病』を引き起こしたのは、バオクリエアが生み出した細菌兵器が原因だった」
その細菌兵器が四十二区へ持ち込まれた経緯、ウィシャートの権力欲によって起こった使者襲撃事件、その結果Mプラントの種が四十二区の湿地帯へバラ撒かれたことを話して聞かせる。
俺が話をしている間、悔しそうに顔を歪める者は多くいたが、声を発する者は一人もいなかった。
話を聞くみんなの様子を、ルシアは一歩退いたところでじっと見つめていた。
カンパニュラとテレサはその当時のことを知らないが、黙って話を聞いていた。
「――で、レジーナがここにいるわけだが。その細菌兵器は、レジーナの研究成果を盗んだ馬鹿野郎の手によって生み出されたんだ」
そして、Mプラントが生まれた経緯を説明する。
レジーナを庇い過ぎて妙な反感を買わないように、事実を、偏りなく、分かりやすく伝える。
レジーナの両親を奪った病を克服する、人々を救うための薬が悪用された経緯を。
ここには、Mプラントの犠牲者遺族が多くいる。
なるべく、彼女たちの傷を刺激しないように言葉を選んだつもりだったが、それでも告げられた真実は重く彼女たちの心にのしかかったようだ。
ミリィもパウラも、目を真っ赤に染めて静かに涙を流していた。
「……ウチが、生み出してしもたようなもんなんや」
俺の話が途切れるのを待って、レジーナが口を開く。
椅子に座ったまま、テーブルの上で指を組み、ぎゅっと握りしめる。
「ウチが、あんな薬……生み出さへんかったら――」
その時、けたたましい音と共に、テーブルが一脚破砕した。
デリアの拳が壊れたテーブルの上でぶるぶると震えていた。
力を込め過ぎたようだ。殴った形跡はないから、今のレジーナみたいにテーブルに置いた拳を握っていたのだろう。
感情の暴走に、力の加減が出来なかったらしい。
デリアが立ち上がり、レジーナを睨む。
「レジーナ」
「……ごめんな」
「ばかやろう!」
デリアが駆け出し、ナタリアとノーマが素早く二人の間に体を割り込ませる。
ナタリアがレジーナを背に庇い、ノーマがデリアの体を押さえる。
「お前は悪くないんだから謝るなよ! あたいらと一緒に怒るんだよ! なんてことしてくれたんだ、ふざけんなって!」
叫ぶデリアの瞳からキラキラと雫が舞う。
「悔しいよな。分かるよ。あたいと一緒だろ? お前が謝ると、悪いヤツを庇ってるみたいでヤダ! 何も出来なかった自分が悔しくて、もう遅いんだけど、でも諦めきれなくて、父ちゃんや母ちゃんのために努力しなきゃって思うのは当然だろ! それを悪いヤツが悪いことに利用して……そんなの悔しいじゃねぇか! だから、一緒に怒るんだよ! ふざけんなって! そんな顔すんな!」
「そうさよ、レジーナ」
デリアの肩をぽんぽんと叩いて、ノーマがレジーナを振り返る。
「デリアはバカだけど、言ってることは間違ってないさね」
「うん。レジーナのせいじゃないよ、全然。その薬で救われた人もたくさんいるんでしょ?」
ノーマに続いて、パウラが涙でぐしゃぐしゃの笑みで言う。
「なら、レジーナが謝ることない。それくらい、あたしたちだって分かるもん」
そして、ミリィが駆け出し、座るレジーナに抱きつく。
「ょしよし……つらかったね、れじーなさん。今度からは、みりぃたちと一緒に泣いてもいいから、ね」
ぽんぽんとレジーナの頭を叩き、髪に顔を埋める。
「……おおきに……な」
なんとか絞り出して、レジーナはミリィの腕を握って、泣き出した。
誰もレジーナを責めない。
それが分かって、安心した。
「…………」
ジネットが静かに立ち上がり、ゆっくりとレジーナのもとへと歩いていく。
そして床に両膝を突いて、俯いて涙を流すレジーナの顔を覗き込む。
そっと両手を伸ばして、涙に濡れる両頬を包み込む。
「いつか、どんなに時間がかかっても構いませんから――レジーナさんご自身が、レジーナさんを許してあげてくださいね」
その言葉を聞いて、レジーナは初めて、声を上げて泣き出した。
「あ~……しんど。もう、あと十日くらい寝て過ごしたいわ……」
ようやく泣き止んだころ、レジーナは随分とげっそりしていた。
泣くのはかなり体力を使うからな。
デリアがテーブルを一脚壊してしまったこともあり、座席が変わっている。
今は、レジーナを取り囲むようにデリアやミリィが座っている。
「店長、ごめんな。テーブル壊しちゃって……あたい、ちゃんと弁償するからさ」
「気にしなくて大丈夫ですよ」
「大丈夫ッス。さすがにもう夜遅いんでやめとくッスけど、明日のオープンまでにはオイラが新しいテーブルを作るッスから」
「ホントか!? ありがとうな、ウーマロ! お金、あたいが払うからな!」
「や、はは、あの、まぁ、このくらいは別になんてことないッスし……」
「それじゃダメだ! あたいが悪いんだから、あたいが払う!」
「もらっとけウーマロ。その方が、デリアが楽になる」
「ヤシロさんがそう言うなら……」
「……ウーマロ。明日は一日休みなのに、平気?」
「もちろんッスよ、マグダたん! 陽だまり亭はいつでも完璧であってほしいッスから」
「……ありがとう」
「むはぁぁあああ! ……あっ」
さすがに疲労が堪り過ぎていたのか、「マジ天使ッスー!」が飛び出す前に、ウーマロの電池が切れた。
パタリと床に倒れたウーマロを、ジネットがおろおろと見下ろす。
「あ、あの、ど、どうしましょう!? えっと……とりあえずお布団を!」
「いや、落ち着け、ジネット。俺の部屋で寝かせてくるから」
ウーマロを背負い、自室へ向かう。
今日くらいは、ベッドを譲ってやってもいいだろう。
俺も、めっちゃ疲れてるけどな。
この恩は高く付くぞ、覚悟しとけよ。
「では、お風呂の準備をしますね。少し遅くなりますが、入られる方は準備を――」
厨房に入ったころ、ジネットのそんな声がフロアから聞こえてきた。
俺は最後にしとくか。さすがに遅くなり過ぎだ。
髪の長い女子たちが先に入った方がいい。
「ヤシロ様、お手伝い致します」
厨房を抜けるころ、ナタリアが俺を追ってきた。
「エステラについてなくていいのか?」
「ついていない方がいい時もあるのですよ」
言って、中庭へ出るドアを開けてくれる。
「格好を付けたい時に、身近過ぎる者がいるとテレてしまいますからね」
微笑ましげに言って、ナタリアは一度フロアの方を振り返る。
俺も視線を向け、「だな」と呟く。
ウーマロを俺のベッドに放り込んで毛布を掛ける。
と、ナタリアがウーマロの耳元で「あっはぁ~ん」と吐息を漏らした。
「……何やってんだよ?」
「いえ、夢の中でいつものようにそわそわもじもじされるかと思いまして」
「ゆっくり休ませてやれよ。……ほら、あわあわし始めちまったじゃねぇか」
ナタリアの色香は鼓膜を通って夢の中へ侵入したようで、ウーマロが寝ながら「あ、いや、あの……っ!」っと体をうねらせ始めた。
……ったく。
「お~ぅ、いぇ~す」
と、俺が耳元で吐息を吐くと、その途端ウーマロは死んだように深い眠りに就いた。
寝顔が「すーん」としている。
「……失敬な」
「効果抜群ですね」
くすくすと笑うナタリア。
どことなく、今日という日を乗り切れてほっとしているように見えた。
「疲れたか?」
「えぇ、それなりには。けれど、平気です」
部屋を出て、廊下で二人、立ち止まる。
ナタリアは、じっと、どこか遠くを見つめて呟く。
「やりようがなかったあの頃に比べれば、体の疲労など疲れたうちには入りません」
『湿地帯の大病』が猛威を振るい、ゴッフレードが我が物顔で暴れ回っていた時代。
エステラやナタリアは精神的にかなり追い詰められていたのだろう。
肉体を酷使し、ベッドに入っても未来を憂いて心が安まることはなかっただろう。
むしろ、寝ようとするほど余計なことが浮かんで心を蝕んでいく。
睡眠に恐怖を覚えるようになると、人はあっという間に精神を崩壊させる。
「今は、明日の苦労から目を逸らして現実逃避する余裕がありますから」
こちらを向いてにこりと笑ったナタリアは、本当に穏やかな表情をしていた。
「仕事は山積みだからな」
「えぇ。それも、裁判の結果が分からないと動かしようがないくせに結果が出たら即座に片付けなければいけない厄介なものばかりです。未来の私にエールを送るしか、今は出来ることがありません」
未来のことは未来の自分に丸投げで、今は精々現実逃避していればいい。
「そろそろ戻るか」
「そうですね。今戻ると、ちょうど一番盛り上がっているところでしょうし」
あの場にいた者たちへ語りかけ、徐々にヒートアップして一番気分が高揚している部分の発言をしっかりと聞いてやろうという腹づもりらしい。
まぁ、俺もその計画に乗っかっておくとしよう。
足音を忍ばせて、こっそりと厨房へ戻り、フロアへ向かう出入り口付近に身を潜めてフロアの様子を窺う。
「ボクは、真実を知った時に憎しみに囚われた。本音を言えば、ウィシャートをこの手で……って、思ったんだ」
エステラがその場にいる者たちへ熱く語りかけている。
「もし、ウィシャートが捕らえられる前にみんなに伝えていたら、もっと違う結末になっていたかもしれない。その……もっと、悲惨な結末に」
四十二区を不幸のどん底に突き落とした『湿地帯の大病』が、ウィシャートのくだらない支配欲のためにもたらされた人災だと知れば、みんなは怒り、暴動が起こっていたかもしれない。
エステラ自身も激しい怒りを抱えた状態では、その暴動を鎮めることは出来なかっただろう。
「ボクが未熟だったから、みんなに伝えるのが遅くなったんだ。本当にごめん」
みんなを信用していなかったのではなく、おのれの未熟さ故であったと謝罪の言葉を述べる。
黙秘していた罪を、自分一人で背負いやがって。カッコつけめ。
「ボクは弱かった……、だから、みんなの手を汚させるのが怖かったんだ」
「まっ、デリアがいるからねぇ。これの暴走を止めるのが大変なのはみんな知ってることさね」
「なんだよぉ! あたいだってちゃんと我慢できるぞ!」
「テーブル壊しちゃったじゃない、今さっき、ここで」
「……むぅ。ネフェリーだってテーブル『ばん!』ってしてたじゃねぇかよぉ」
「わ、私は……全力で叩いたって、テーブル壊れないもん……」
エステラを気遣い、明るく話す声が聞こえる。
「パウラさんも、よく我慢なさいましたわね」
「あたしは…………うん、なんでかな、悔しいし、すっごく頭にくるけど……エステラやヤシロがきちんとケリを付けてくれたって、思えたから。……まぁ、まだちょっとムカムカした気持ちは飲み込めてないけど、でも、それはあくまでウィシャートとバオクリエアに向けて。エステラたちに怒る気はないよ」
「ミリリっちょも、偉かったですね」
「みりぃは……怒るより、悲しいって思った。……どうして、そんなことのために、酷いことが出来ちゃうんだろうって……同じ人間なのに、って……」
「大切なもんの差、やろなぁ。分かり合えへんヤツってのは、おるもんや。……悲しいけどな」
そんな話をするみんなに、ルシアが静かな声で言う。
「皆の怒りや割り切れない思いは分かる。……が、それよりも、皆がエステラを責めなかったことに、私は安堵している」
「当たり前じゃない、ルシアさん」
「そうよ。エステラもレジーナもヤシロも、誰も悪くないもん」
ネフェリーとパウラが言って、ぐすっと鼻を鳴らす音がする。
これは、パウラか……
「……けど、もう二度と……あんな酷いことが起きないように、して、ほしいな……エステラとヤシロなら、それが出来ると思うし……」
パウラが、涙声で言う。
過去は変えられない。
だが、未来の惨事を未然に防ぐことなら、きっと出来る。
「うん。約束するよ。もう二度と、あんな非道なことはさせない」
「それには、私も協力を惜しまぬ。無論、『BU』と外周区の領主全員にも協力をさせる」
「私も、成人して領主の職に就いた暁には、全身全霊をもってこの街の平和を守れるよう最大限努力致します」
「くくっ、一番頼もしいさね、カンパニュラが」
「ホントだね」
「えっ、待ってよノーマ、ネフェリー! ボクだって頼れるだろう?」
エステラの訴えに笑い声が漏れる。
あぁ、これで大丈夫だろう。
ほっと息を漏らすと、俺の背後から潜めた声が聞こえてきた。
「……よかったですね、エステラさん」
「ジネット?」
「お風呂の準備をしていました」
厨房の向こうを指さして、にこりと微笑むジネット。
そういえば、そんな話をしてたっけな。
「信じてるとか信用できないとかそんな次元じゃなくて、秘密を打ち明けるのは恐怖を覚えるもんだ」
怒られるかも、嫌われるかもってのは、相手への信頼度とは関係なく不安や恐怖として心の中に広がっていく。
打ち明けて、受け入れられて初めて「あぁ、やっぱり大丈夫だった」と安心できる。
こればっかりは、どれだけ時間が経過しても慣れるということはない。
「だから、お前もそんな顔すんなよ、ナタリア」
「……はい」
酷く緊張した表情をしていたナタリア。
エステラが責められたら、すべての責任を引っ被ってエステラを守ろうとしていたのが丸分かりだ。
そんな必要はないと確信しつつも、緊張は取れなかったのだろう。
ほっとした表情の中に、激しい緊張で酷使された心臓からの訴えが色濃く表れている。
顔、真っ青だぞ。
少し心を落ち着けてから戻ろうな。
「……本当に、四十二区は素晴らしい街です」
「エステラさんと、それを支えるナタリアさんの奮闘を、みんなが見ていましたから」
「…………ありがとうございます」
呟いて、ナタリアは一度まぶたを閉じ、溢れそうになっていた涙を強引に飲み込んだ。
泣いたって誰も責めないのによ。
フロアの盛り上がりが落ち着くまでの間、そしてナタリアの心の準備が整うまでの間、俺たちは厨房に身を隠して時間を過ごした。
「はい、レジーナさん。玉子粥です」
時間を潰す間、ジネットが厨房で作った玉子粥。
やはり、レジーナが飯を食っていないことが気になっていたようだ。
「まだ卵あったのか」
「ウチのニワトリが生んだものですよ」
ほわっと出汁の香りが漂い、レジーナが腹を鳴らす。
「アカン、シモの音出てもぅた」
「お腹の音って言いなよ!」
エステラのツッコミをけらけらと笑って聞き流し「おおきにな。ほな、いただくわ」とジネットに礼を述べて玉子粥を口へ運ぶ。
「はふっはふっ! 上のお口が熱いわぁ!」
「お前、黙って食え!」
「もう、懺悔してください」
先ほどの慈しむような瞳ではなく、ほっぺたを膨らませた表情で睨まれるレジーナ。
お前はもっと叱られろ。
「とりあえず、話は終わったが……、みんな、今日はどうする?」
あらかじめ泊まると宣言しているルシアはともかく、結構夜が遅くなってしまったので、希望者がいればこのまま陽だまり亭に泊まってもらうつもりだ。
何より、ジネットが張り切っている。
「あたしは帰るね。父ちゃんに何も言ってないし、片付けしなきゃ明日お店開けられないもん」
「あ、じゃあ私が送っていくよ」
「あたしよりネフェリーの方がか弱いでしょ~?」
「そんなことないよ。これでもいざという時は頼りになるんだからね」
にこにこ笑い合って、パウラとネフェリーが席を立つ。
ここにいては、母親を思って泣くことも出来ないもんな。
パウラのことはネフェリーに任せるのがいいだろう。
「ネフェリー、よろしく頼むな」
「うん」
「パウラ。またな」
「うん。じゃ、おやすみ」
パウラとネフェリーが店を出て行く。
「ミリィも帰るかぃね?」
「……ぅん。みりぃも、明日の準備、しなきゃ」
「ほいじゃ、アタシが送ってあげるさね」
「あ。あたいも、マーシャ迎えに行かなきゃ。今晩泊める約束してんだ」
「ほんじゃ、一緒に行くさね。ミリィ、悪いけど、一度港に――」
「あたいは平気だよ。その代わり、ミリィのこと、しっかり頼むぞ」
ノーマの背中をポンッと叩いて、デリアが席を立つ。
「……デリア。お土産」
そんなデリアをマグダが呼び止め、腰の革袋から小さな袋を取り出してデリアに渡す。
「……仕事中、疲れたら摘まむ予定だったハニーポップコーン。まだたくさん残っているから、あげる」
「おう、サンキュウな。マグダのポップコーン美味いから――」
そこで言葉が途切れ、デリアの瞳からぽろっと涙が落ちた。
「――母ちゃんにも、食わせてやりたかったな。あたいより、甘い物が好きだったんだ」
ぐっと奥歯を噛みしめて、それでも無理やり笑顔を作って、明るい声で言う。
「じゃあ、また明日な! おやすみ」
ダッと駆け出すデリア。
マーシャが慰めてくれることを祈ろう。
「優しかったんだろうな、きっと」
デリアを見送ったマグダの背中に声をかける。
「だから、マグダの優しさで思い出しちゃったんだよ」
「……ん。デリアのママ親なら、絶対優しいに決まっている」
両親のいない寂しさを、マグダは知っている。
明日以降も、きっと気にかけてやれるだろう。
飛び出していったデリアを見て、ミリィの瞳にも涙が浮かんでいる。
「そんじゃ、アタシらも帰るさね。ミリィ、行けるかぃ?」
「……ぅん。じゃ……ね。ぉゃすみ……なさ、ぃ」
頑張って笑顔で言って、ミリィが頭を下げる。
俯いたまま背を向けたのは涙を見せたくなかったからだろう。
ノーマと視線が合ったので、よろしく頼むと目で合図しておいた。
ノーマはしっかりと頷いてくれた。
ミリィとノーマが出て行き、イメルダが小さく息を吐く。
「今晩くらいは、存分に思い出に浸らせてあげたいですわね」
みんなが出て行った扉を見つめ、イメルダはしみじみと言う。
「本当に……前もってベッコさんを帰らせておいてよかったですわ」
「そういえば、あいついつの間にかいなかったな!?」
「食品サンプルを大至急作るようにと申しつけて、ヤシロさんがウーマロさんを連れて行った頃合いで帰らせましたわ」
「なんでまた……」
「女子だらけになるかと思いましたので。ワタクシ、お風呂にも入りたかったですし」
「お前は泊まっていく気満々なんだな」
「ルシアさんのお相手をヤシロさんが引き受けてくださるというのなら、このまま帰りますけれど?」
「いや、是非泊まっていってくれ。女子部屋のことはお前とジネットに任せた」
ルシアの相手をさせられては堪らない。
「ふん。私はジネぷぅの部屋で休む。貴様は近寄らぬようにな」
「へーへー。普段からジネットの部屋には近付かないようにしてるっつの」
「ほぅ? そうなのか、ジネぷぅ?」
「え? あ、はい。ヤシロさんは、普段からわたしの部屋へはあまり近付かないようにしてくださっていますよ」
「ほぅ。どのような人間でも、一つくらいは褒められるところがあるようだな」
そこだけかよ、俺が褒められるところ。
「……ただし、マグダの部屋へはフリーパス」
「朽ち果てろ、カタクチイワシ! エロスの権化!」
「あぁもう、面倒くさい。ギルベルタ、たぶんまだ沸いてないけど、ルシアを風呂に入れてきてくれ」
「了解した、私は」
「いや、せめて沸いてから!」
ルシアを引き摺っていくギルベルタをエステラが追いかけていく。
「私たちも、今晩はお世話になった方がよさそうですね。お願いできますか、店長さん?」
「はい。歓迎します」
ジネットに泊まる許可を得て、ナタリアがぺこりと頭を下げる。
そして、風呂場へ向かった三人を追いかける。レジーナの首根っこを掴まえて。
「いやっ、待って!? なんでウチまで!? ウチ帰るで!? ご飯食べたら帰るって……ちょう、聞いてやぁー!」
なぜか巻き込まれたレジーナ。
まぁ、さっきの顔見てりゃ、一人で帰すのはちょっと不安かもな。
ナタリアなりの気遣いだろう。
しかし、風呂場に変人が集結しているな……よし。
「イメルダ、出番だぞ」
「まったく、忙しのない人たちですわね」
嘆息し、イメルダも浴室へ向かう。
「ロレッタ、おねむのガキどもをさっと洗ってやってくれ」
「分かったです! ほら、マグダっちょもカニぱ~にゃもテレさ~にゃお風呂行くですよ」
「……むぅ」
少し眠たそうにしているマグダたちの背を押し、ロレッタがお子様たちを引き連れて風呂場へと向かう。
「あの……本当に、まだ沸いていないと思うんですが?」
「まぁ、多少ぬるくても大丈夫だろう。今のうちに寝室の準備をやっちまうか」
「はい。では、お手伝いをお願いできますか?」
「おう」
ジネットと二人で二階へ上がり、客室とマグダの部屋、そしてジネットの部屋に布団を運び込む。
客室は一応カンパニュラの部屋としているが、ほぼ毎日ジネットかマグダと一緒に寝てるので部屋は一切散らかっていない。布団を運び込めばそのまま客室として使えるだろう。
部屋割りは……もう、好きなところで寝かせればいい。
俺は部屋から出ないようにしておけば問題ないだろう。
「……と、思っていたんだがなぁ」
俺は今、一人、毛布を体に巻いてフロアにいる。
部屋が整い女子連中が風呂から上がった後、ジネットが風呂に入るというので俺も早々に部屋へ入ったのだが、ジネットがいなくてヒマだったのか寂しかったのか、ルシアが二階を歩き回りやがってなぁ。
ぱたぱたぱた……
「うっせぇぞ!」と怒って部屋から顔を出せば「きゃあ! 淑女の寝間着を見るな、カタクチイワシ!」と、妙に照れた顔をしやがって……なんか俺が悪いみたいな感じになって一階に避難してきたんだよ。
ウーマロ?
泥のように眠って、相当大きな声で騒いでてもまったく起きる気配がなかったよ。
つか、寝間着を見られたくなければ部屋に閉じこもってろってのに。
……元婚約者だったという三十四区領主ダックとのことでなんか、こう、俺がヤキモチ焼いてるとか勘違いして、それ関連でちょこちょこあったせいで、ルシアが過敏になってやがるんだろうな、きっと。
「きゃあ」って……お前、今までそんな女子みたいな反応したことなかったじゃねぇか。
「しょうがねぇ。明日の下拵えでもしてから寝るか」
体は疲れているが、まだ寝る気にはなれなかった。
ジネットが今風呂に入っているが、厨房より向こうへ行かなければセーフだろう。
……風呂場の前を通り越してこっちに来たことは、まぁ、大目に見ようじゃないか。な。
陽だまり亭の下拵えはジネットの予測がないと、何をどれくらい準備すればいいのか分からんから、明日の寄付の仕込みをするとしよう。
ここ最近寿司ばっかりだったから、明日は餃子にでもするか。ガキどもとベルティーナなら、朝から全力飯でも平気な顔して食うし。
そう思って餃子の皮を作っていく。
捏ねて丸めて少し休ませる間にタネを作る。
そうこうするうちに、「ヤシロさん?」と、ジネットが厨房へ顔を出した。
……風呂上がりっ!
残念ながら、バスタオル一枚とか、噂のバスローブ姿とか、そんな嬉しい格好ではないが。
いつもの寝間着に身を包み、濡れた髪で寝間着が濡れないようにケープのようにバスタオルを肩にかけている。
頭にタオルを巻いて濡れた髪を上げるということは、ジネットはあまりしない。
タオル帽子も使ってないしな。
「お夜食ですか?」
「俺はベルティーナか」
夜食でこんな何十人前も食わねぇよ。
「くすくす……もう、ひどいですよ、ヤシロさん」
「笑ってるお前も同罪だろう」
笑いながら、いつもの足取りで厨房へ入ってくる。
「折角洗った髪に小麦粉が付くぞ」
「気を付けます」
入ってくるなと言ってるんだが。
まぁ、入ってくるよな。
「二階は女子に占領されてな。仕方ないんで明日の寄付の仕込みだ」
「餃子ですね」
「おう。いい加減、生魚に飽きてな」
「うふふ。ずっとでしたからね。今日の魔獣のソーセージはとっても美味しく感じましたね」
イベント中に差し入れてもらった、カンタルチカの魔獣ソーセージ。「肉っ!」って感じが美味かった。
「お手伝いしましょうか?」
「ん……」
ジネットの顔を見る。
眠たそうではあるが、それ以上にやりたいと顔に書いてある。
「じゃあ、ちょっとだけな」
「はい」
「でも、その前に――」
水瓶で手を洗い、手ぬぐいで手を拭いて、ジネットを抱き寄せる。
「……へ?」
ぽんぽんと、濡れた頭を叩いて、栗色の髪に向かって声を落とす。
「お前もムリするな。胸ん中でぐちゃぐちゃしてるモン、吐き出しちまえ」
ジネットは『湿地帯の大病』で親族を失ったわけではない。
それでも、祖父さんがいなくなった直後に起こった騒動で、当たり前だった日常が激変した一人だ。
一番大切な祖父さんがいなくなり、祖父さんと一緒に見ていた景色がどんどん変わっていく様は、きっとこいつの心を傷付けただろう。
「……わたしは、パウラさんやデリアさん、ミリィさんのように、怒ったり、悲しかったり、悔しかったりは、しなかったんです……」
「……ん」
「です……けど……」
きゅっと、ジネットの手が俺の服を掴む。
「ヤシロさんの言うように、頭がごちゃごちゃして、胸が、なんだか……もやもやして……」
「……ん」
「でも、……今、全部出て行っちゃった気分です」
「…………ん」
それからしばらく、ジネットが落ち着くまでの間、俺は濡れた栗色の髪をぽんぽんと叩き続けた。
「ありがとうございます。もう、平気です」
しばらく、俺に身を預けていたジネットが俺の胸を押して体を離す。
「あっ、すみません。濡れちゃいましたね」
俺の肩口が髪に触れて濡れていた。
「いいよ、これくらい」
「いえ、でも……あの、乾かさないと」
無駄なのは承知の上なのだろうが、濡れた服をジネットがぽんぽんと手で叩く。
俯いて、濡れた服をじっと見つめて。
……耳が真っ赤なんだが。
乾かそうとしてるんですよ~ってフリして、恥ずかしいから必死に顔を逸らせてるって丸分かりでこっちが恥ずかしいんですけど!
「あ~……、落ち着いたなら、もう寝てくるか?」
「いえ、お手伝いします」
「今しなくても、お前は朝一番で起きて仕込みをするんだろ?」
「それはそうですけど……」
顔を俯けたまま、視線だけが俺をちらりと見上げてくる。
「ヤシロさんと一緒にお料理できる、貴重な機会ですし……」
料理くらいいつでもしてやるってのに……
「じゃあ、包むのを手伝ってくれるか?」
「はい」
五十人前程度の餃子のタネがあるが、ジネットがいれば何十分もかからないだろう。
「少し待ってくださいね。雫が垂れないように髪をまとめます」
濡れた髪を後頭部に集めて、紐で縛ろうとするジネット。
「待て待て。濡れた髪を縛ると傷むぞ」
キューティクルは濡れると弱くなる。
髪が傷付いたり、切れたりしてしまう。
濡れた髪をまとめるなら、ケープのように肩にかけているタオルを使えばいい。
「ちょっといいか? 髪、触るぞ」
「は、はい……あの、改めて言われると、恥ずかしい、の、ですけども……」
「……ん。以後気を付ける」
「……はい」
さっきまでぽんぽんされてたのも恥ずかしかったとぶっちゃけられたのかな、これは?
悪かったな、考えなしで。
……以後気を付けるよ。
ジネットの長い髪をタオルでくるんでまとめ、持ち上げてバスタオルを頭に巻き付ける。
女子が風呂上がりによくやるヤツだ。
「あ、これ。ネフェリーさんがお風呂上がりにやっているヤツですね」
「……なんでネフェリーが?」
あいつ、髪ないじゃん。
え、もしかして、俺がトサカだって認識してるアレ、髪なの?
「ノーマさんもされていたんですが、わたしは上手に出来ませんで」
「巻き方さえ覚えれば簡単だぞ」
「そうなんですか? オシャレな人しか出来ないのかと思っていました」
「んなこたねぇーよ」
ヘアアレンジでもあるまいし。
「では、あとでエステラさんに見せてきますね。……あ、もう眠ってしまわれたでしょうか?」
「いや、ルシアに絡まれてると思うぞ」
「ほどほどにして休んでいただきたいですね。お疲れでしょうから」
お前が戻ってくるのを待ってるんだろうよ。
まぁ、待つのはあいつらの勝手だから好きにさせればいいだろう。
「あの、似合いますか? 変じゃないですか?」
初めてのタオル巻きが嬉しいのか、ジネットがくるりと背を向けて俺に意見を求める。
背を向けても、振り返っても、どうしてもうなじに視線が行ってしまう……
「人前に出ていく格好じゃないから、似合っているというのかどうかは微妙だが、変ではないぞ」
「ならよかったです」
「で、まぁ、一つ注意点というか……忠告なんだが」
「はい。なんでしょう?」
まーったく無自覚で無防備な顔に少しめまいがする。
お前には、自覚というものが足りない。
「首回りが、すごく……その、露出してるから、あんまり他人に見せるようなもんじゃない……ってのは、一応覚えておいた方がいい」
「え…………あっ」
自身の首に触れ、ジネットが頬を染める。
「そう、ですね……すみません」
「いや、普段でも、髪をアップにしているヤツは多いから、それがそのままイケナイというわけではないんだ。ただ、まぁ…………気を付けろ」
「……はい」
なんだろう、この空気!?
いや、俺がやったことなんだけど!
でも、濡れた髪に小麦粉を付けるのも、餃子に髪から雫が落ちるのもダメじゃん!?
仕方ないじゃん!?
「あぁ、やっぱ、準備は俺が一人で――」
「いえ、お手伝いします。これくらいなら、きっとすぐ終わるでしょうから」
……うん。
マジですぐに終わらせそうだよな、ジネットなら。
冷凍餃子メーカーが欲しがるくらい手際がよさそうだし。
「それじゃ、始めるか。俺もこのあと風呂に入るし」
「あ、そうですね。では、頑張りましょう」
言って、二人で手を洗い、餃子の下拵えを始める。
俺が生地を丸く薄く伸ばし、ジネットが次々に包み込んでいく。
「速ぇなぁ、相変わらず」
「ヤシロさんみたいに綺麗には出来ませんけれど」
「いや、メッチャ綺麗だろ」
「ヤシロさんのは、ここの丸みが綺麗なんです。なかなかマネ出来ません」
「俺、そんなとこの丸みとか意識したことないんだけど?」
「では、無自覚ですごいことをしているんですね。職人の域ですね」
いや、俺は餃子職人になったことはないんだが。
なんというか、元祖とか始祖ってのに対する盲目的な好感を抱いているように感じる。
俺のやり方が一番正しくて至高だ、みたいな?
はっきり言ってジネットの方がうまいからな?
「よし、俺も包もう」
「もう生地を伸ばし終わったんですか? 速いです」
「これは慣れだからな」
「わたしも、生地の伸ばしを練習しなくては」
「いや、もう十分だろうに……」
お前はもう達人の域に達してるっつーの。
「うりゃ、うりゃっと」
「やっぱり上手ですね」
「そーでもねぇよ」
「いえ。あ、ほら、ここです。ここが、火が通るとパリッとして得も言われない食感になるんです」
「え……そんなとこまで見据えて餃子包んでんの、お前?」
正直、食感とかまで考えてなかったわ。
やべぇな。
完全に無意識だから、なんかの拍子で妙な手癖がついたら戻せる自信がない。
「あの頃の包み方をしてください」とか言われても再現不可能だぞ、これ。
「あの、ヤシロさん。ありがとうございます」
ふいに礼を言われ、ジネットへと視線を向ける。
少し照れたような、ふんわりとした笑みが俺を見ていた。
「わたしのことを気にかけて、待っていてくださったんですよね?」
まぁ、正直に言えばそうだが。
全員の前で『湿地帯の大病』について話した時、ジネットは確かに反応を見せていた。
だが、デリアやパウラたちが大きく感情を揺らしたため、ジネットは自分の中の違和感やもやもやを隠した。
それをそのままには出来ないと思ったのは事実だ。
「ま、タイミングが合ったからな」
ジネットが他の連中と一緒に風呂に入るのではなく、あとから一人で入ったこと、俺一人が一階で寝ることになったこと。
タイミングが合ったのだ。
そうでなければ、明日の朝にでも早起きして話をするつもりだった。
今夜のうちに話が出来てよかった。
すっきりしてから眠った方が、夢見はよさそうだしな。
「この辺も、もっと賑やかだったんだろ?」
「そうですね。人はたくさんいたと思います。でも、お店があるわけではなかったので、大通りのような賑やかさはありませんでしたよ。日中はみなさんお仕事をされていましたし」
「けど、朝や夕方にこの辺を歩けば、顔なじみが挨拶してきたんだろ」
「……そうですね。今思えば、みなさん、小さかったわたしをとても気にかけてくれていたのだと分かります。感謝が足りていなかったかもしれませんね、わたし」
「いや、十分だろう」
今でもここで陽だまり亭を続けているんだ。
『湿地帯の大病』を恐れてこの場所を去ってしまった連中は、きっとありがたかったと思うぞ。あの頃から変わらないものがずっとここにあるってことが。
「もうすぐ、この辺も変わる。もっと賑やかになっていくぞ」
「はい。そう思います」
器用に餃子を包み、ジネットが楽しそうに笑う。
「あの頃とは違う、新しい景色になるんでしょうね。わたしは、それがとても楽しみです」
あの頃に戻りたいと、思うこともあるだろう。
それでも、ジネットは新しい景色を楽しみだという。
「この辺りがどのように変わろうとも、ヤシロさんやみなさんと、こうして毎日楽しく生きていける、そんな街であればいいなと思います」
とてもうまく包まれた餃子が皿に乗せられる。
……だな。
こんな料理、その頃にはなかったもんな。
変わらずここに建つ陽だまり亭。
けれど、店長も変わって、従業員もメニューも常連客も変わった。
どちらも陽だまり亭で、これからどのように変化しようと、やっぱりここは陽だまり亭なのだ。
「ま、あんま変え過ぎて、今年のハロウィンで祖父さんに叱られないように気を付けないとな」
「それはないですよ。お祖父さんは、新しいものが大好きでしたから」
今年のハロウィンに、また会える。
そんな確証もないことが、当たり前に感じる。
その時に、また大口を開けて笑ってくれればいいなと思う。
俺は、最後の餃子を包み、皿に乗せた。
生地もタネも使い切った。
「分量ぴったりですね。さすがです、ヤシロさん」
「たまたまだ。それより、やっぱお前の方がうまいだろ、これとか」
「いえいえ、これなんか、わたしではとてもマネ出来ない絶妙のバランスで」
「え、これ、形悪くないか?」
「それが、熱を通すとこのあたりがぷくってしてきてですね――」
そんなとりとめもない会話をしながら、ジネットの笑顔がいつもの柔らかさに戻っていることを確認して、ほっと息を吐く。
これで、俺も安心して眠れそうだ。
しばらくどちらの餃子が美しいかを言い合った後で、ジネットは二階へ上がっていった。
俺は俺でさっと風呂に入って汗と疲れを流した。
ぬるめの湯は、疲れた体にちょうどよく、その日はよく眠ることが出来た。
あとがき
あぁ、お風呂上がりの女子とイチャイチャしたいなぁ
(・д・`)したいなぁ~
本音と建前に乖離がない、宮地です。
バスタオル女子を国宝に指定しませんか?
そして、国を挙げて大切に守っていきましょうね! ねぇ!
夏、
お風呂から上がって、
バスタオルだけ巻いた格好で居間まで来て、
回ってる扇風機の前を占領して「あ~つ~ぃ!」って風を浴びるような
親戚のお姉ちゃんを保護しましょう!
で、まぁ、
年に一度か二度くらい、
国宝展を開催して、各地の国宝級バスタオル女子を集めて展示を!
通います!
一日入り浸ります!
閉館時間になっても帰りません!
警備員と戦います!
だって、国宝ですもの!
\(≧▽≦)/
というわけで、
今回ジネットさんのバスタオル姿は拝見できませんでしたが、
バスタオル巻きは実現しました。
一応遡って、やったことないよなぁ~っと調べたんですが、
もし、どこかでジネットさんが頭にタオル巻いてるの見たことあるよ~っという方は、
その記憶がなくなる程度の強さで後頭部を殴打しに行くので名乗り出てくださいませ☆
(・ω<*)ませ☆
……たぶんなかったと思うんだけどなぁ。
『ジネット 風呂上がり バスタオル こぼれ落ちる 挟まりたい!』
検索――っと(ッターン!)
……やはりヒットしませんね。
たぶんないはずです。ないのです。ないの! いいですね!
さて、今回は我が社で起こった奇っ怪な事件を三つほどお伝えしたいと思います。
これがなんとも不思議なお話でしてねぇ~
夏ですので、ちょうどいいかな~って。
というわけで、最初の不思議はこちら!
怪異! 「え、私、そんなこと言った?」
先日、私は朝から謎の頭痛に加え、なんとも言えない倦怠感に襲われまして
一応出社はしたんですが、もう全然仕事にならないくらいに体がしんどくて
「え、心霊スポット六ヶ所くらいハシゴしてきた帰り?」ってくらいにからだが重くて、しんどくてしんどくて
なんとか、一つの仕事にキリを付けたところで、がくーっと力尽き、
机にヒジを突いて、頭を項垂れて、
重ぉ~いため息を吐くと同時に
「……しんどい」
って口からこぼれ落ちたんです。
そしたら、
その時たまたま私の後ろを通っていた別部署の課長が「宮地君」って声をかけてきて――
課長「今、『おっぱい』って言った?」
宮地「言うかっ!」(#゜Д゜)
「しんどい」と「おっぱい」聞き間違えるって!
文字数と「い」しか合ってないし!
だいたい、滅茶苦茶しんどい時に、
精も根も尽き果てた口から魂と共に吐き出されたような声で「おっぱい」なんて言うわけが……
……なくは、ないな(;・`д・)
え?
もしかして、あまりに疲れ過ぎて本性漏れ出してました!?
限界を感じて「おっぱいを感じたい!」って願望!?
それとも、無意識の時はいっつも「おっぱい、いや、おっぱい」って口にしている可能性が!?
……ないとは、言い切れない(゜Д゜;)
宮地「……あの、今私、おっぱいって言ってました?」
課長「いや、なんて言ったの?」
宮地「『しんどい』か『おっぱい』のどちらかだと」
課長「なんだその二択!?」
宮地「すみません、しんどい、もしくはおっぱいなので早退していいですか?」
課長「おっぱいならいろ」
宮地「いや、むしろ私がおっぱいだった方が帰らなきゃダメじゃないですか!?」
課長「君がおっぱいだったらってなんだ!? どんな状況だ!?」
その日は、なんとか定時まで乗り切りましたよ。
うん、社畜☆
……あれは一体、なんだったのでしょう…………
ね?
締めをこうすると怪談っぽいですよね?
夏ですので、少しでも涼しくなっていただこうかと
では、二つ目の不思議です
戦慄! 「件名のないメール」
ある日、仕事をしている私の元へ、件名のないメールが届いたんです
……って、こういう始まり方すると怪談っぽいですよね(≧∇≦)
まぁ、実際は、新人君が件名を書かずにメール送ってきただけなんですけどね。
ほら、あの声出し確認で「宛先よし、件名なし、本文よし!」って言ってた彼です。
どーにも、メールに慣れていないようで
最近の若者はみんなそうなんですかね?
彼だけですか?
新人君、課長にも注意されてたんですよ。
課長クラスになると、毎日何百件とメールが来て、
中にはスパム的なものとか、ちょっと悪い感じのセールス会社みたいなのとかも含まれていまして、
「メールには件名を入れること」というルールがあるんです。
まぁ、私はそれが当たり前だと思っていたんですが、
メッセージアプリに慣れていると「件名? なにそれ?」みたいな感じみたいですね。
で、課長に注意された新人君が私のところに来て
新人君「宮地さん、メールの件名ってどう書けばいいんですか? なんだか難しくて」
宮地「そんな難しく考えなくて大丈夫だよ」
新人君「『やっほー』とかでいいですか?」
宮地「君の場合は、もう少し難しく考えようか」
せめて「こんにちは」だろ!
……いや「こんにちは」もおかしいわ!?
宮地「内容が分かるような件名にしておけばいいよ。『ミーティングの日時』とか」
新人君「なるほど。本文の内容を書けばいいんですね」
と、にこにこで去っていった新人君。
その数時間後、私宛てに新人君からメールが届きました。
From:○○課・新人君
件名:了解しました
本文:了解しました
いや、何が!?Σ(>□<;)
私が送ったメールに対する返信を新規メールで送ってきたようで
前後が分からないと「何が!?」ってなるから、『返信』で返してね~と説明しました。
……教えるって、難しいですね。
そして三つ目の不思議は――
恐怖! 「……え、そんな人、いないよ?」
先日、本社から技術者がウチの会社に来まして、
隣の席で仕事をしていたんですね。
で、その数日前、
ウチの会社の社長が本社に行っていて、
今回来社された本社社員、略して、『ほいん』――を、ちょっと変えて『ぽいん』
ぽいんさんと飲みに行ったらしいんです。
で、このぽいんさん、以前から怪談が大好きな方で、
何かにつけて「怖い話ないですか?」って聞いてくるような人なんです
でまぁ、私も怖い話は嫌いな方じゃないのでそこそこ気が合って話をするんですが
先日来社された時に、ウチの社長から聞いたという怪談を話して聞かせてくれたんです。
ぽいんさん「この前、お宅の社長と飲みに行ってさ、『なんか怖い話ないすか?』って聞いたら、マジで怖い話されてさぁ、ふざけんなと思ったよねぇ」
宮地「理不尽の極み!?」
ぽいんさん「だって、その日怖くてお風呂入れなかったもん」
宮地「それを聞かせんのかい!?」
ぽいんさん「社長がね、大学生の頃バイト先で体験した話なんだけど――」
で、聞かせてもらった怪談は、
結構よく耳にする、いわゆる「そんな人、いないよ?」系とでもいいましょうか
怖い場所に行って、怖い体験をしたけど、
そばにいてくれたある人が頼りになって助かった~って感じで
後日お礼を言いに行ったら「ウチにはそんな人いませんけど?」って言われて
じゃあ、あの人は一体……
みたいな話で、
正直、そこまで怖くなかったというか、
なんならどっかで聞いたことある話だなぁ~って感じだったんです。
なので、話の展開もオチが来るタイミングも分かったので
ここぞというタイミングまでに気持ちと表情を整えて、準備して――
ぽいんさん「――で、挨拶に行ったら「……あの、ウチの会社に、そんな人はいませんよ?」って言われたんだって。じゃあ、あの人は一体……」
宮地「あの、ちょっといいですか? その話って、誰に聞いたって言いました?」
ぽいんさん「え? ここの社長だけど……?」
宮地「え…………あの、ウチの会社に、社長なんていませんよ?」
ぽいんさん「いや、それは会社としてダメだろ!?」
……そんなことが、あったんですよねぇ(←稲川ボイスで)
というわけで、我が社で起こった三不思議をお届けしました。
えぇ、基本的に、会社の人が不思議というお話でした。
夏ですからね。
不思議な人も増えますよ、そりゃ。
暑い夏!
汗を書いたらシャワーで流しましょう!
そして――
バスタオル一枚で意味もなくリビングでくつろぎましょうよ、ねぇ、女子!
そんな日本の夏、プライスレス!!
\(≧▽≦)/
次回もよろしくお願いいたします。
宮地拓海(Winkを聞きながら)




