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異世界詐欺師のなんちゃって経営術  作者: 宮地拓海
第三幕

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362話 試される人望

 ウィシャートたちを小瓶で脅す、なう。


 ちなみに、俺が持ち出した小瓶の中身は、当然毒物ではない。

 瓶の中身は滑石かっせきを粉末にした物。

 いわゆるベビーパウダーみたいなもんだ。

 汗疹の治療に役立つ、さらさらですべすべな、粒の細かい粉だ。

 もちろん毒性などない。


 そもそも、カンパニュラに使用された遅効性の毒物なんぞを今持ち出したとしても、この場ですぐにウィシャートたちをどうにか出来るものでもないのだし、なんの意味もなさない。

 だが、過去に自分が手に入れ、実際に命を奪う目的で使用した毒物だと思えば恐怖心を刺激できるだろうと考えた。


 カンパニュラの事件を持ち出すことで、「テメェの悪事はすべて知っているぞ」という脅しになることと、エングリンドがこちら側にいることを一定以上の信憑性を持たせて説明できた。

 事実として、毒を喰らったカンパニュラが今も生きていることがその証拠となる。


 どうせウィシャートのことだから、カンパニュラの状況も定期的に調査させていたに違いない。

 運動が出来ないひ弱な少女。

 そんな評価を耳にしてほくそ笑んでいたはずだ。


 その命が長く持つことはないと確信して。



 だが、死んでもおかしくない期限を過ぎ、その年月をしっかりと生き続けたカンパニュラに対し、違和感くらいは覚えていたころだろう。

『湿地帯の大病』と同様に欠陥品だとでも思っていたのだろうか。


 だが、その真実を今ここで聞かされた。

 気分はどうよ?

 テメェの目論見が、テメェの知らないところでぶち壊されていた今の気分ってのはよぉ?


「第一王子と仲良しなお前なら、エングリンドの名は憎き敵として耳にしているかな?」


 ウィシャートが表情を消す。

 本格的にマズいことになったと覚悟を決めたのだろう。

 少しのことでは動揺すらするまいという気概を感じる。


 が、その本気度がテメェの焦りを俺に悟らせるんだよ。


「……なるほど」


 低い声で呟き、ウィシャートが再びソファへと腰を下ろす。


「確かに厄介な毒物を持っているようだ……だが」


 こちらを向いたウィシャートは、うっすらと笑っていた。


「他国で禁輸扱いの毒物を持ち込んだとなれば、そなたらは国家反逆の罪に問われるであろうな」


 勝機を掴んだとばかりに攻勢へ転じるウィシャート。


 他国の禁輸品である毒物を持ち込んだ理由はなんだ?

 他国と通じてオールブルーム王家を脅かすつもりに違いない――と、まぁ、こちらが想像した通りの模範的な切り返しだな。


「しかも、そなたは今、王族の忠臣である領主にその毒物を使用しようとした。これはすなわち、王族、ひいては我が王への反逆の意思と見て間違いがない。そうであろう? 領主とは、王が選び、王が承認して各区へ配置した者たちだ。その領主を害するというのは王の意思に異議を唱えるということ。すなわち王に剣を向けるのと同義! これは、冗談だったでは済まぬ不祥事だぞ、クレアモナ」


 勝ち誇るウィシャート。

 だが、エステラは余裕の笑みを漏らす。


「都合のいい時にだけ王族を持ち出すのは不敬だよ、ウィシャート」

「命乞いにしては、言葉の選び方を知らぬようだな、クレアモナ」

「領主であるボクを害そうとしたそこの兵士たちのことは、どう言い訳するのさ?」

「はて? 我が兵士たちがそなたを害そうとしたと?」

「とぼけきれるつもりかい? 『会話記録カンバセーション・レコード』にも記録されているよ、君の部下たちの、聞くに堪えない恫喝の数々がね」

「あぁ、そのことか。いや、お恥ずかしい。そなたが言うように、ウチの兵たちはいささか躾が行き届いていないようだ。言葉遣いから教え直すとしよう」


 言葉遣いが乱暴だっただけで、害意などなかったと言いたいのだろう。


「苦しいね。面と向かって、剣の柄に手をかけておきながら『害意はなかった』なんて、まかり通るわけがないだろう?」

「我が兵士たちが剣の柄に手を? はて、私はそのような場面を目にしていないが?」

「君が見ていなくとも、そこの兵士たちは自覚しているさ」


 確かに、ここの兵士が剣の柄に手をかけた時、ウィシャートはこの場にいなかった。

 だが、領主が見ていないからといって、それがなかったことにはならない。


 それでも、ウィシャートの余裕は揺らがない。

 首を微かに動かし、室内に並ぶ兵士たちへと問いかける。


「そなたらに問う。この場で、剣の柄に手をかけた兵士を目撃した者はおるか?」

「おりません」

「自分も見ておりません」


 兵士たちが即答する。


 なるほどな。

 おそらく、この兵士たちは本当に『見ていない』のだ。

 全員が横一列に並び、剣に手をかけるところが『見えない』ように配置されていたのだろう。普段からそういう訓練がされているからこその自信か。

 そしてたぶん、ウィシャートがその場にいても、ウィシャートの死角になるように配置されているに違いない。


 剣に手をかけ相手を脅し、それを咎められると『見ていない』とすっとぼける。

 そして、相手がそれに対してどう動くかも想定していて、その対処もばっちりなのだろう。


 そう、このように。


「その言葉、『精霊の審判』をかけさせてもらっても、問題はないかい?」

「あぁ、無論構わない」


 エステラが兵士へ向けた言葉に、ウィシャートが兵士に代わって返答する。

 そうすれば、当然相手は『精霊の審判』の構えを取る。

 事実、エステラは無言で腕を伸ばした。


「しかし、『精霊の審判』は最大級の侮辱。許されざる行いだ。もし、万が一にも濡れ衣を着せられたとなれば、謝罪では済まぬと肝に銘じよ」


 そして、それを防ぐための手段を即座に講じる。

『精霊の審判』という絶対的な武器を持っている相手は、『見たかどうかじゃなく、剣に手をかけたかどうかを問う』という安全策をスルーしてしまう。

 絶対の武器を過信するあまり、そこまで丁寧に追い詰めなくとも平気だと。


 だが、その判断に足をすくわれることになる。


「……何をしろと?」

「そうであるな…………右足、を、一本いただこうか?」


 こいつ……趣味悪ぃ。

 いくつもある脅しの中から、そんなエグいものをチョイスするか、普通?


「右足、とは?」

「右足は右足だ。今この場で切断させてもらう」


 傷一つない貴族の令嬢に対し、足を切り落とすはねぇだろうに、腐れ外道が。


「さぁ、どうする? 構わぬぞ、我が兵士たちに『精霊の審判』をかけても」


 エステラは口を閉じる。

 この件に関し、ウィシャートたちを『精霊の審判』で裁くことは出来ないだろう。

 それが分かるからこそ、エステラは言葉を止めた。


 だが、それこそがウィシャートの狙いなのだ。

 こちらが言葉に詰まったという事実を『会話記録カンバセーション・レコード』に残すことで、裁判を有利に運ぼうというのだろう。

『自分には一切の非がない。その証拠に、そちらは言葉に詰まったではないか』と。


 そこまではっきりと分かるから、エステラは次の言葉が出ない。出せない。

 だから、俺が口を開く。


「禁輸品が反逆罪になるってんなら、お前はどうなんだ? 身に覚えがあるんだろう? 三十五区で使用された遅効性の猛毒に」


 ウィシャートは『会話記録カンバセーション・レコード』を証拠にしようとしている。

 だからこそ、『会話記録カンバセーション・レコード』にウィシャートにとって都合の悪いものを記録させる。



 ――という、素振りを見せる。



「貴様は、何か勘違いをしているようだな」


 そうしたら、見事に食いついてくれた。


「私は、そのような毒物を輸入したことはない」

「なるほど。もらい物だったのか。さすが、異国の王族と懇意にしているだけのことはある」

「何を証拠にそのような戯言を」

「違うのか? 違うならはっきり否定してみろよ」

「わざわざ否定するまでもない、バカバカしい話だ。だが、そうだな。貴様が納得しないのであれば今ここで明確に否定をしてやろう。私は、そのような毒物を使用したこともなければ、誰かに使用するよう命じたこともない」

「バオクリエアの王族との関係は否定しないのか?」

「私のような一介の領主が、どうすれば異国の王族と懇意になれるのか、逆に教えてもらいたいくらいだ」


 のらりくらりと……まぁ、いいだろう。

 これくらいで十分だ。


「じゃあ、『精霊の審判』をかけてもいいよな? バオクリエアの禁輸品である毒物を『見たことがあるかどうか』を」


 ウィシャートが笑った。

 ほんの微かにだが、俺はそれを見落とさない。


 へぇ、見てもいないのか。

 じゃあ、執事ウィシャートかドールマンジュニアあたりが全部を取り仕切ってるわけだ。


「そこまで言うのであれば仕方ない。いくら否定しようと納得しない者を黙らせるにはそれしかあるまい」


 明確な否定を避け続けているくせに、自分はずっと否定しているというアピールだ。

会話記録カンバセーション・レコード』対策を徹底している。

 こいつは、統括裁判所での裁判に慣れているのだろうな。


「だが、先ほども申したが、相応の覚悟は負ってもらうぞ」

「右足一本だっけか?」

「そうだ」

「いいぜ。『誰の』とは指定されてねぇからな。そこらの兵士の足を切り取って、テメェにくれてやる」

「愚か者! 貴様の足に決まっている!」

「自分の足ってことか? そこを明確にしてもらわないと、他人が『精霊の審判』を使った代償として俺の足が取られかねないからな」

「いちいち言う必要があるのか? 考えれば分かることであろう」

「それを誤魔化して悪事を働くのが、お前の――お前らウィシャート家の特技なんだろ?」

「貴様……無礼にもほどがあるぞ」

「お互い様だな」


 ウィシャートがモノクルのブリッジを押さえる。

 イライラし過ぎて眉間が凝ってきたのだろう。外せばいいのに、モノクル。全然似合ってないんだし。


「右足かぁ、なくなるのはイヤだよなぁ」

「ふん! ならば無礼な発言は控えることだ、平民!」


 差別意識がありありだな。

 だったら、お前の館を守る兵士たちは捨て駒か?

 平民なんだろ?

 貴族様のために命を捨てるのは当然。そんな思考なのか、ウィシャート?


「なら、平民とは違う、崇高な貴族様は、俺みたいな下賤の者よりも崇高な考えをお持ちだよな?」

「何が言いたい?」

「テメェも、濡れ衣の『精霊の審判』をかけた時は、右足を差し出す覚悟があるのかって聞いてんだよ」

「ふん……そんなことか」


 ウィシャートが勝ち誇る。

 こちらが、話を『ウィシャートの嘘』から逸らしたために、これ以上の追及が出来ずに難癖をつけることで負け惜しみしていると捉えたのだろう。

 実際、『会話記録カンバセーション・レコード』を見れば、そのように判断されるような流れではある。


「無論だ」


 そうして、自分が堂々と宣言することで、自身にやましいことは何もなく、すべては四十二区側の難癖であると印象付ける。

 これが、こいつの勝ちパターンなのか。


 ウィシャートはなんとでも言えるよな。

 自分以外のヤツに『精霊の審判』をかけさせればそれで済む話だしよ。


 けどな。


「つまり、テメェはこう言いたいんだな? 『精霊の審判』をかけて相手がカエルにならなかったら、右足一本を切断する――それくらいの責任を取るのは常識だと?」

「『精霊の審判』はそれほど重いものだという認識は持っているべきであろうな」

「四十二区ではそんな野蛮な習慣はないんだがなぁ」

「そちらの区のことなど知らぬ。我が区では相手に最大限の敬意を払い、それくらいのことは当然として受け止めるべきだと考える」

「『我が区では』ってことは、そっちの騎士も、向こうのアホ面の兵士もか?」

「誰がアホ面だ!?」

「黙れ」

「……はっ!」


 兵士が声を上げるが、騎士に一喝され身を引く。

 ここでの会話は『会話記録カンバセーション・レコード』に記録され、裁判の際に証拠として提出されるかもしれない。

 ウィシャートのイメージを損なうような発言は記録させたくないよな?

 よく躾けられてるじゃねぇか。


「そうだな。我が兵士たちも、同じように相手を尊重するだろう」

「躾が行き届いていない、暴言を吐くような連中がか? 信じられねぇな」

「では、貴様の右足を賭けて『精霊の審判』をかけてみるか?」


 必勝パターンに入ったと思ってやがるな?

 調子に乗ってぺらぺらと。


「それには及ばねぇよ」


 そんなことをしなくても、証明する方法はある。


「先日、この館へ来た際、俺はテメェのところの兵士に『精霊の審判』をかけられたわけだが……今すぐその兵士をここへ連れてきてくれるか? 右足を切断してやるからよ。それとも、飼い主であるテメェが責任を取ってくれるか?」


 相手を尊重する心とやらを、示してみせてもらおうじゃねぇか。




「ふむ。それは、誰のことかな? おい、誰か。この者に『精霊の審判』をかけた兵士を知らぬか?」


 騎士たちに問うウィシャート。

 当然、誰も何も答えない。


「ふふっ。そのような兵士に心当たりがないのだが、なんという名の兵士だったかな? それとも、今ここに兵を集めさせ、貴様が指名してみせるか?」


 なるほどねぇ。

 該当する兵士だけを呼ばずに無数の兵士を集めさせ、俺が見つけられないでいる様をこちらの落ち度として論う作戦か。


「この中にはいない」と主張しても、ウィシャートは「全員集めるように言った」と言い、いくつもいる部隊長がそれぞれ「自分はすべての部下を集めた」と証言する。

 その中の一人が嘘を吐いているわけだが、俺には『精霊の審判』をかけた兵士がどの部隊の兵士だったかは分からないから、嘘を吐いている部隊長を見つけられない。

 片っ端から『精霊の審判』をかけていけば判明するだろうが、その都度右足だのなんだのと体の一部を要求されたのではたまらない。不可能だ。


 ……ほんと。せせこましい作戦が好きなヤツだ。

 成熟した社会に出れば、「こいつ、頭は大丈夫か?」と思われるようなことを平気でやりやがる。

 ただ、それを面と向かって指摘できないのがこの世界だ。

 王族と貴族は特別な存在なのだ。

 悪意があろうと、間違っていようと、貴族が『正しい』と主張することは正しくなる。



 つくづく思う。

 四十二区の領主がエステラでよかった。



「兵士の名前は知らねぇな。くそ、聞いておけばよかった」

「ふふん。そのような無礼な兵士が本当に我が館にいたのだとすれば、であるがな」


 八方塞がりのお手上げだい――ってな顔でむくれてみせれば、ウィシャートは上機嫌に鼻を鳴らした。

 ……が、これで言質は取れた。



 ここから先、如何に嘘くさい発言であろうと、双方ともに『精霊の審判』は使えなくなった。

 ただし、双方ともに『精霊の審判』を封印するつもりはない。

 話の中で「それは確実にデマカセだ」と思える発言が出た時には、迷いなく『精霊の審判』をかけるだろう。


 ブラフの張り合い。

 そして、腹の探り合いだ。


 さぁて。

 テメェのイカサマスキルがどれほどのものか、見せてもらおうじゃねぇか。



 もっとも、テメェが目論んでる最大のイカサマはもう読めてるけどな。



 腹の探り合いで不利になった場合、こいつはこの広くもない応接室に不釣り合いなほど居並ぶ騎士たちをけしかけてくる。

 もちろん、『会話記録カンバセーション・レコード』対策をしつつ。

「わぁ、何をするのだ、早まるでないクレアモナ!」とか叫びながら腕で「行け!」って合図を出せば『会話記録カンバセーション・レコード』上は正当防衛に見える。


 仕上げに真実の目撃者を一人残らず亡き者にしてしまえば、死人に口なし、あとは言いたい放題ってわけだ。


 何度も同じような『不幸な事故』が起ころうとも、金品プラスアルファで陪審員を篭絡しておけば、「責任ある立場のウィシャート殿はそういう者に狙われやすくて気の毒だなぁ」とでも言ってもらえるんだろうよ。


 俺が危惧しているのはそのパターンだ。

 なので、まずはこの場にいる騎士と兵士どもからきっちりと奪い取ってやる。

『ウィシャートへの忠誠心』なんていう、路傍の馬糞よりも価値のないものをな。



「では、本題に入ろうか」


 必勝パターンが見え始めて余裕をかましているウィシャートの前に、一束の資料を放り出す。

 テーブルの上に「ばさっ」と音を立てて、分厚い紙の束が置かれる。


「四十二区は貴様らウィシャート家を、国家転覆の意思を含む四十二区侵略の罪で告訴する」


 居並ぶ騎士たちが一斉に息を呑み、場の空気が張り詰める。

 ざわついた空気はなかなか落ち着きを取り戻さず、動揺が動揺を誘発している。


「…………」


 ウィシャートが無言で資料に手を伸ばした瞬間、資料の上に手を乗せて動きを制する。

 見せるかよ、バーカ。


 資料の束は、実に3センチにもなる分厚さで、表紙には高級な紙を使っている。

 紙束の下の方は色が褪せ、若干ぼろっちくなっている。


「……侵略とは、穏やかではないな。まして国家転覆など……、滅多なことを口にするべきではないぞ」


 あくまで冷静に、それでいて慎重にこちらに視線を向けるウィシャート。

 どんな些細なことからも余さず情報を盗み取ろうという意思がひしひしと伝わってくる。


「その資料はなんだ? それが、貴様が主張することの証拠だと言うのか?」

「まぁ、そんな感じだな」


 澄ました顔をしているが、お前今、相当焦っているだろう?

「あの中身はなんだろう? もしかしたらマジでヤバいものかも!?」ってよ。

 証拠を残さないようにやってきたつもりだろうが、テメェがトップに立って何年経ったよ?

 歳月が過ぎれば、綻びも出始めるのは当然。

 それくらい、お前も分かっているよな? 分かっているから、焦ってんだよな。

 完璧なはずだったカンパニュラ暗殺も失敗したし、簡単に手懐けられると思った甘ちゃん新米領主がこうして噛み付いてきているし、テメェの手足となって働いていたデカい組織の重鎮は揃って失脚したもんな?

 世の中、思い通りにいかないことだらけだ。なぁ、そう思うよなぁ、ウィシャート?


 だとすれば、表に出てきては困る資料が出てきてしまうことだって、あるんじゃねぇのか?


「この中には、バオクリエアで禁輸扱いになっているとある薬を購入した者の名を記したリストが入っている」


 禁輸されている『毒薬』ではなく、『薬』だ。

 レジーナがバオクリエアで軽ぅ~く調べてきてくれた。軽ぅ~くでもザックザック出てきたらしいぜ、売買の記録がな。

 それも、有名貴族である錚々たる面々だ。


 それだけ大人気の『薬』と言えば……そう、夜のお供、男性のプライド、はたまた――理性を奪い人を獣にしてしまうような淫らな薬。


「エチニナトキシンって名前は知ってるか?」


 ある魔獣のオスが、同種のメスを強制的に発情状態に陥らせる分泌液を出す。

 その成分を抽出し、人間の体にギリギリ耐えられるように改良して生み出された催淫剤。


 悲しいかな、こんなもんがバカ売れしてんだとよ、貴族からゴロツキまで、腹の底から腐りきってる連中の間でよ。


「この中に、十一区領主の名前も記載されていたぜ。ハーバリアス、ってな」


 現十一区領主、オーブリー・ハーバリアス。

 ウィシャートの後ろ盾にして、バオクリエアのお得意様だ。


「そして……なんとビックリなことに――」


 たっぷりと『間』を取って、ウィシャートの顔を見ながら言ってやる。


「お前の名前もしっかり記載されていたぜ、デイグレア・ウィシャート」


 バオクリエアの禁輸品を購入したリストに名前が載っている。

 それは、その者たちが他国と違法な取引をしているという証拠になる。


 そして、他国との違法な取引は国家反逆罪に等しいと、ついさっき、この場で目の前のこの男が言っていた。

 自分の言葉に首を絞められる気分はどうよ?


「……どうした? 反論しなくていいのか? ここでの会話は『会話記録カンバセーション・レコード』に記録されて、裁判で証拠として見せるんじゃないのか? なら、ちゃんと否定しないとマズいだろう、いろいろと。立場的にさ」


 今の会話を王族に見せるのはマズい。

 自分の後ろ盾である三等級貴族の実名が出てきたからな。

 まして、その上位貴族が不正をしているなんて証言、他の誰にも見せられないよなぁ?


「ふん。その資料とやらが本物だという証拠はどこにもない。それっぽいものを用意して私を貶めるつもりなのであろう? まったく関係のない十一区の領主まで引き合いに出しおって」


 ほほぅ。

 ハーバリアスは、そんなに大事な人物なのか。

 お前が、わざわざ関係ないと口にして庇うほどの。

 弱みを握られているのか、恩を感じているのか……


「こいつが偽物だって言いたいのか?」

「信憑性が無いと言っておるのだ」

「『自分は一切関与していない』と言い切ったらどうだ? 『関係ないから、名前が載っているはずはない』ってな」


 俺がそう言うと、ウィシャートは小さく笑い、「なるほどな」と呟いた。

 声になるかどうかという微かな声で。


「私の証言よりも、貴様が提示したその『資料だという物』の信憑性を問う方が有意義だろう。嫌疑を持ち掛けられた者はその真偽に関わらず『やっていない』としか言わぬのだからな。私としても、自身の発言を言い逃れと疑われるのは本意ではない。であるからこそ、貴様の言う『証拠だという物』の真偽を確かめるべきであろう?」


 ウィシャートは、俺の持ち出した資料を『偽物』と断定した。

 俺からウィシャートに仕掛けた罠だと。

 偽の資料を出し、『違法な取引に関与していない』という発言を引き出せば、『精霊の審判』を使って優位に立てる。

 そう考えて、存在するはずがない資料を捏造してこちらの動揺を誘っているのだ――と、そう解釈したわけだ。


 確かに、俺が用意したこの資料は偽物だ。

 そもそも、バオクリエアは禁輸としている物なのだから、それがオールブルームで誰に流れたかなど調べるはずもない。

 そもそも、オールブルームには流れないはずの物なのだから。


 だから、この資料には、禁輸品の催淫剤を購入したオールブルームの貴族の名前など書かれていない。



 だが、それでも十分なのだ。



「なんなら、『精霊の審判』をかけてみるか?」


 資料を持ち上げ、もう一度、はっきりと明確に言葉にしてやる。


「『この中には、バオクリエアで禁輸品となっている薬を購入した貴族の名前が記載されており、十一区領主ハーバリアスと、デイグレア・ウィシャートの名前も明確に記載されている』」



 さぁ、俺の発言が嘘だと思うなら、『精霊の審判』をかけてみやがれ。




「貴様の魂胆は分かっておる」


 ウィシャートが余裕の笑みを崩さず俺を見下してくる。


「強気に出て、私が少しでも怯めば、それを証拠と騒ぎ立てさも事実であるかのように捲くし立てるつもりであろう? ふん、卑しい者が考えそうなことだ」


 そういうのが得意なのはお前だろ、お前。


「じゃあ、『精霊の審判』をかけてみろよ。右足を賭けてな」

「…………」

「なんて顔してんだよ。お前だぜ、右足を賭けるのが当然だと言い出したのは」


 こっちから暴力的な提案は持ちかけていない。

 残虐性を見せたのも、そのせいで自分で自分の首を絞めることになっているのも、みんなお前だ。

 とんだ独り相撲だな。

 エステラに「右足を賭けろ」なんて言わなきゃ『精霊の審判』をためらいなく使えたのによ。

 後悔してるか? もう遅ぇよ、バーカ。


「よかろう。貴様の望み通りにしてやる」


 ウィシャートが深くソファに身を預ける。

 背もたれにもたれ、胸の前で腕を組み、アゴをくいっと持ち上げる。


「エドモンド」

「へ? ……ぇ、あっ、は……、はっ!」


 急に名前を呼ばれて、エドモンドとかいう名前らしい騎士の一人が背筋を伸ばす。


「そなたは、私に仕えて何年になる?」

「はっ! 六年目であります」

「そうか」


 淡々としゃべるウィシャートに反し、エドモンドの声からは緊張感が漂っている。


「そなたはどう思う?」

「は……、どう、とは?」

「この男の言うことだ」


 エドモンドが俺を見る。

 俺と、資料を。


「あの男が言うように、あの資料――バオクリエアの禁輸品の売買者リストなどというものにこの私の名が記載されていると思うか?」

「はっ! まったく思いません!」

「では、あの男の言葉は嘘か?」

「はっ! あり得ないことを証言している以上、虚偽であることは疑う余地もありません!」

「そうか――」


 第三者がこう言っているんだからお前が嘘を吐いているんだろう。

 ――なんて、生ぬるいことをするヤツじゃないよな、ウィシャートは。


「であれば、そなたがあの男に『精霊の審判』をかけよ」

「なっ!?」


 やっぱり、そう来たか。

 この室内には、騎士が八人。兵士が八人。計十六人の『駒』がいる。

 つまり、ウィシャートは十六回『精霊の審判』を無駄撃ちできるわけだ。



 もっとも、騎士どもの精神が持てば、な。



「何も躊躇う必要はなかろう。あり得ぬことだと今そなた自身が口にしたのだ。疑いの余地もなく虚偽であると。であれば、『精霊の審判』が実行された後、この場に残るのはカエルに成り果てたあの男の姿だ」

「……は…………ぃゃ、しかし……」

「それとも、そなたは私が国家に逆らう大罪に手を染めていると申すのか?」

「い、いえ! とんでもありません!」


 エドモンドが名指しされたのはたまたまなのだろう。

 もしくはあの騎士の中では下っ端なのかもしれない。

 なんにせよ、指名された時点でエドモンドの地獄は始まっていた。


 言うことを聞けば右足を失う恐れがあり、拒否すれば確実に消される。ウィシャートの手によって。

 エドモンドがすがれるのは、俺が嘘を吐いているという可能性くらいか。


 俺が嘘を吐いていれば、エドモンドは無傷でいられる。


 そんな願いがダダ漏れなエドモンドの瞳が俺を見る。





 ――にやり。




「ぐっ!? ……邪悪な」


 にっこりと微笑んでやったら、エドモンドがその場から一歩飛び退いた。

 重そうな鎧がガシャンと派手な音を上げる。


「案ずるな。ただのハッタリだ。ここでそなたが退けばヤツはカエルを免れる。惨めな強がりだ」

「…………はっ」


 返事はしても納得は出来ていないエドモンド。

 煽ってやるか。


「はっはっはっ! 部下からの信頼が薄いんだな、ウィシャート。それとも、部下はみんな知っているのか、ウィシャートが他国と繋がり、禁輸されている違法な薬を横流ししていることを」


 今度は、騎士たちからの「無礼だぞ!」が来なかった。

 下手に目立てばとばっちりを食らいそうだもんな。


「……貴様が臆病なばかりに、私が辱められたぞ」


 ウィシャートに睨まれ、エドモンドが顔を真っ青に染める。

 鎧が音を鳴らすほどに震え始める


「誰でもよい、あの男に『精霊の審判』をかけよ」


 ウィシャートはそれだけ言って、まぶたを閉じた。

 これ以上は何も言わないつもりのようだ。


 騎士たちが困惑した表情で互いを見合う。

 そんな中、ウィシャートの近くに立っていた騎士が剣を抜きエドモンドに突きつける。


「やれ。我が剣の錆びとなりたくなければな」

「……ぅっ」

「…………やれ」


 上官なのだろう。

 一番偉そうな騎士に命令され、エドモンドが俺を見る。

 目には涙が滲み、真っ赤に染まっている。

 顔中汗まみれで、両生類のように湿っている。お前の方がよっぽどカエルっぽいな。


 エドモンドが震える腕を持ち上げ、がくがくと定まらない指先をこちらへ向ける。


 なら、きっかけをくれてやるか。


「禁輸品売買リストには、デイグレア・ウィシャートの名前がはっきりと記載されている!」

「わぁぁあああ! 『精霊の審判』!」



 俺の全身が光に飲み込まれる。


 俺が手にしているのは、ウィシャートの犯罪を暴く証拠などではない。

 オールブルームで行われた違法な取引のことなんぞ、俺は知らないし、記録も残っていない。


 だから、この紙の束を統括裁判所へ持ち込んでも「なんじゃこりゃ!?」と一顧だにされずゴミ箱へ投げ捨てられるような代物だ。

 なんの価値もない、もっと言えば、昨日レジーナに書いてもらったでっち上げの資料だ。


 もし俺が、『この資料が証拠だ』と言っていたなら、俺はカエルになっていただろう。

 だが――



「やぁ、ご機嫌ようウィシャート。久しぶりの再会なんだ、笑えよ」



 光が消えた後、俺はもちろんカエルになんぞなっていない。

 余裕たっぷりに長い脚を組んでイケメンスマイルで再登場だ。


「……どういうことだ」


 ウィシャートも、俺が口にしていたのはブラフだと思っていたのだろう。

『精霊の審判』をかけられないように強気に出ているだけだと。

 だが、俺は嘘なんぞ一つも吐いていない。


 今俺の手の中にあるのが、でっち上げのレジーナの殴り書きだとしても、だ。


「これで証明されたな。この資料の中には『バオクリエアで禁輸品となっている薬を購入した貴族の名前』が記載されていて、そこには『十一区領主のハーバリアスと、デイグレア・ウィシャートの名前が記載されている』ってことがな」


 そう。

 この中には『バオクリエアで』禁輸品扱いの薬物を売買した『バオクリエアの貴族』の名前が書かれている。

 バオクリエアでの売買は違法ではないので、このリストに名前が載っていてもなんのお咎めもなしだけどな。

 で、そんなリストの余白部分に『ハーバリアス』と『デイグレア・ウィシャート』という名前を落書きしておいた。


 俺、なん~んんんにも、嘘吐いてない。


 でも、『会話記録カンバセーション・レコード』を見た者はどう思うかな?

 ハーバリアスとウィシャートの名が記載された、違法薬物の売買リスト。……相当ヤバい代物に見えるだろう?


 まぁ、アレだな。

「国家転覆を含む四十二区への侵略行為を告訴する」なんて言いながら、全然関係ない資料をテーブルに置いた。ただそれだけのことだ。

 関係ない資料を持ち出しちゃいけないなんて誰が決めた? 俺は聞いてないぞ。


「じゃあ、差し出してもらおうか……右足を」


 組んでいた足をゆっくりとほどき、テーブルの上をドンっと踏みつける。


「エドモンドとやら――剣をお借りしても?」


 にっこりと微笑んで右手を差し出せば――


「ぅっ……うわぁぁあああ!」


 エドモンドが逃げ出した。

 そばにいた騎士を突き飛ばし、押しのけ、奥の扉を蹴破る勢いで逃げ出していく。


「何をしておる、追えっ!」

「あぁ、いい、いい」


 激昂するウィシャートとは対照的に、俺は余裕のある声で騎士たちを制止する。


「ただ、一人の騎士が崇高な精神を持ち合わせていなかったというだけのことだ」


 テーブルに乗せた足を下ろし、再度これ見よがしに長い脚を組んでみせる。


「そんなことで、『三十区の者はみんな崇高な精神を持ち合わせている』なんて大見得切っていた恥ずかしい領主に『精霊の審判』をかけようなんてこと考えてないから。ただ、『ぷぷーっ! だっせぇ~!』とは、思ってるけどな」

「……っ!」


 煽ってやれば、分かりやすくウィシャートが額に血管を浮かび上がらせる。


 まぁまぁ。

 見逃してやるぜ。

 お前をカエルにしたところで、別のウィシャートが跡を継ぐだけで、こっちにはなんのメリットもないからな。



 ウィシャート。

 お前には、きっちりと罪を認めさせてから退場してもらう。

 再登場などない、完全なる引退だ。


 二度とスポットライトは浴びられないと覚悟しておけ。



 その前哨戦として、お前の部下を全員奪い取る。

 味方が一人もいなくなる寂しい気持ちを、とくと味わえ。


「続いては――ナタリア」

「はい」


 ナタリアが四角い包みをテーブルの上に載せる。

 茶色い、なんかの革で包まれた40センチ程度の長方形。


 革を剥ぎ取れば、中からは全面透明なガラスの入れ物が出てくる。

 ガラスケースの中には一輪の花。

 半透明の粘液に覆われた、開花目前の花。


「こいつは、バオクリエアがオールブルームを壊滅させるために生み出した悪魔の細菌兵器――GYウィルスをまき散らすMプラントと呼ばれる花だ」


 ウィシャートの目が見開かれる。

 まさか、現物が出てくるとは思わなかっただろ?


「おや、ウィシャート? 見覚えがあるようだな」

「なっ!? あ、あるわけがないであろう、このようなもの!」


 そう言い切るってことは、現物は見たことがないのか。

 そりゃそうか。

 半径数kmに亘って致死率ほぼ100%の毒をまき散らす細菌兵器だ。

 そんなもんがあると分かっている場所にわざわざ出向くわけがないよな。


「このMプラントは、開花すると半径数kmに亘り猛毒をまき散らす。見て分かるとおり、今は開花直前の状態で止まっている」

「こ、こんなものが……!」

「おっと、気を付けろよ。折角開花直前で止まってるってのに……ガラスが割れたらどうなるか、分かるよな?」


 俺は分からんけどな。

 ガラスに入れる前からこの花はこの状態だったし。

 ガラスが割れたところでどうにかなるとは思えない。


 が、そういう言い回しをされると、人は勝手な解釈を自分の頭の中で始めてこちらの言葉を補完してしまう。そう、勝手に。根拠もなく。


『ガラスが割れれば花が開花する』

 そして、『開花すれば毒がまき散らされる』――と。


「さて……」


 思いがけないものが登場して狼狽えるウィシャートを置いて、俺はゆっくりと応接室内を見渡す。


 騎士も兵士も、ガラスケースに入れられた不気味な花を見て表情を強張らせている。


「こいつは、ウィシャートがバオクリエアの使者を襲わせ奪い取ろうとした細菌兵器だ。その使者の遺体と共に崖の下――四十二区の湿地帯に落ちてバラ撒かれたのがこのMプラントの種であり、このMプラントが開花し毒物が辺り一帯にまき散らされ起こったのが『湿地帯の大病』と呼ばれる『人災』だ」


 事実を口にすれば、ウィシャートが険しい顔で俺を睨み付けていた。


「四十二区に多大な被害をもたらしたあの災いは、テメェが起こしたことだ、ウィシャート!」


 ウィシャートの瞳が邪悪に濁っていく。

 絶対に知られてはいけないことを知られてしまった凶悪犯のする瞳だな、それは。


「さぁ、否定しろよ。統括裁判所には到底見せられないこの事実を、テメェの口で否定してみせろ。そうすりゃ、俺は右足を賭けてテメェに『精霊の審判』を使ってやる」


 バオクリエアが細菌兵器を持ち込んできたんだ。

 その時にお前が対応しないなんてマネは出来ねぇよな?

 その場におらず、「俺『は』知らない」ってお得意のすっとぼけは出来ねぇよな?


「それとも――」


 何も言わないウィシャートから、騎士どもへ視線を移す。


「そんな話はデタラメだと、俺に『精霊の審判』をかけてみるか? ……次は誰がイケニエにされるんだろうな?」

「うっ……!?」

「うわぁぁあああ!」


 騎士どもが一斉に逃げ出した。

 釣られたように兵士どもも我先にと応接室を飛び出していく。


 ここに留まれば、確実にイケニエにされる。

 右足を奪われる。

 ウィシャートは部下を守ってくれない。

 それどころか、自分の身と地位を守るためなら平気で部下を切り捨てる。



 お前らは捨て駒なんだ。



 それが嫌というほど分かったのだろう。



 そして、あっという間に、応接室から騎士たちが消えた。



「素晴らしい人望だな、ウィシャート」

「…………」


 人を呪い殺しそうな眼が、俺をじっと睨んでいた。





 宣言通り、ウィシャートの部下どもからウィシャートに対する信頼を奪い取ってやった。

 これで、ウィシャートは独りぼっちだ。


 騎士どもはウィシャートの人身御供だったのだ。

 身代わりがいなくならなきゃ、ウィシャート本体を攻撃は出来なかった。


「思惑が外れたか?」


 こちらへ呪いの視線を向けるウィシャートに問いかける。


「統括裁判所へ見せたかった『会話記録カンバセーション・レコード』も、もう見せられねぇよな」


 ウィシャートにとって、都合の悪い事実が記録され過ぎた。

 とても、統括裁判所に見せることは出来ないだろう。


「いざという時の切り札もなくなったな」


 最悪の場合、俺たち全員を始末する手筈だったのだろうが、今や三対一だ。

 ウィシャートが自棄を起こそうが三人同時に葬り去るなど不可能。


「お得意の毒がまだ残ってるか?」


 ドン! ――と、テーブルの、ガラスケースのすぐ隣にカカトを落とす。


「テメェがおかしなことをした瞬間にこのガラスケースを叩き割る。俺たちはエングリンドの解毒薬で助かるが、テメェはどうかな?」

「…………」

「味わってみるか? 『湿地帯の大病』の苦しみを」


 こちらを睨むウィシャートを睨み返す。

 無言で睨み合う時間が続き、やがてウィシャートが口元を歪めた。


「……まったく。ことごとくこちらの想像を超えてきおって」


 モノクルを外し、目頭を摘まむように揉む。


「まさか、GYウィルスのことまで調べておったとは……」


 重いため息を吐き、ウィシャートがこちらを向く。

 物悲しそうな、すべてを諦めたような表情。随分と老け込んで見える。


「何が望みだ」


 肩を落とし、ウィシャートは弱々しく言う。


「認めるのかい、自分がしてきた数々の悪事を」

「もはや、言い逃れは出来まい。……ふふっ、騎士たちにも見捨てられた哀れな男に、あと何が出来るというのだ」


 手札をすべて失い、ウィシャートは観念した様子だ。

 微かに怯えの見える表情で、エステラに問う。


「私を、殺すのかね?」


 その言葉に、エステラはまぶたをぎゅっとつむる。


「出来ることならそうしてやりたい……と、そう思っていたよ」


 エステラの正直な気持ち。


「領民が何人も命を落とし、生活を壊され、父も重い病に倒れた……それが、貴様のくだらない支配欲からもたらされたのだと知った時、頭の中が焼き切れるほどの怒りを覚えた。率直に言おう――ボクは君を殺したい」

「……そうか」


 身構えるでもなく、エステラの言葉を真正面から受け止めるウィシャート。


「ならば、そうするがいい」

「けれど……」


 ウィシャートの言葉には答えず、エステラは領主としての立場で沙汰を言い渡す。


「貴様には、王国の法に則って罰を受けてもらう。償いきれないほどの罪を背負い、残された生涯を犠牲になった者たちに詫びながら生きろ。それが、ボクの望みだ」

「…………そうか」


 がくりと項垂れるウィシャート。

 俯いたまま、ウィシャートはぶつぶつとくぐもった声で言葉を落としていく。


「あんなことになるとは思わなかったのだ。どのような毒物なのか、詳細を聞かせてはもらえなかった。バオクリエアの連中はこの街のどこかであの兵器の実験を行うと言っていた。もしかすれば、実験台に選ばれたのは我が区かもしれなかった……だから、使者を襲わせた。欲に駆られたわけではない。保身だったのだ」

「だからといって、貴様がしたことが許されるわけではない!」

「分かっている……分かっているとも…………ただ、聞いてほしかっただけだ」


 減刑などは望んでいないと、ウィシャートは言う。

 だが、エステラならそれで減刑をしてしまうだろうな。とことん甘いヤツだからな。


 ほら、立ち上がってウィシャートに背を向けてしまった。

 落ち込んでいるウィシャートを見ていると決心が鈍りそうなのだろう。

 甘ちゃんめ。


「……三十区はどうなる? 領主は?」


 背を向けたエステラに、ウィシャートはか細い声で問う。


「しかるべき人間に新たな領主になってもらえるよう、王族に陳情書を提出する。ウィシャート家の者が継ぐことはないだろう」

「そうか……」


 呟いて、ウィシャートは手にしたモノクルを見つめる。


「このモノクルは、代々当主に受け継がれてきた伝統ある品なのだ。……ふふ。他者から見れば大した価値もないただのモノクルにしか見えないだろうがね。……それでも、私はこのモノクルを引き継いだ時に感動したものだよ」


 片目だけレンズが付いた小さなモノクル。

 鈍く輝く黄金色のブリッジは太くしっかりとした作りをしている。


「このモノクルも、私の代でおしまいか……」


 愛おしげにモノクルを見つめ、ウィシャートは俺の方へ顔を向けた。


「どうだろうか。君がもらってくれないか?」

「俺が?」

「どうせ、刑に服せばモノクルなど付けてはいられない」

「まぁ、そりゃそうだろうが」

「君は実に大した男だった。こちらが有利になるように発したはずの言葉が、気付けばこちらの首を絞めていた。君がそうさせたのだろう? まんまと誘導されてしまっていたよ」


 港の工事着工式のころから、俺はこいつの発言を逆手に取ってこいつを追い詰め続けてきた。

 それが、やはり相当苦しかったようだ。


「褒められているみたいで気味が悪ぃぜ」

「褒めている。君のような男は、おそらくもう二度と現れないだろう」

「どうだかな」

「だからこそ、頼む。このモノクルは君が持っていてくれ」


 大切そうに両手で包み込んでから、モノクルを差し出してくる。

 弱々しい笑みが俺を見つめている。

 懇願するような瞳。

 物乞いが食い物をねだるような目つきだ。……気味が悪い。


「いらねぇよ」

「なら売ればいい。古くはあるが、ブリッジは純金だ。それなりの金にはなる。君ほどの男なら、目利きも出来るだろう?」

「…………純金、か」


 そう言われると、ちょっと心動いちゃうな~って感じを感じさせないように太々しい顔で手を差し出す。

 ポトリと、俺の手のひらにモノクルが乗せられる。

 手渡す時に毒針でブスリ――とかいうことはなかった。


「ブリッジのところだ。よく見てくれ」

「ふ~ん……」


 モノクルを目の高さに持ってきて、ブリッジを観察する。

 光は鈍いが、確かに純金か……


「ブリッジの細工が技巧的でね。裏面だ、よく見てくれ」


 言われて、ブリッジを摘まんで覗き込むと――



 プシュッ!



 ――と、白い粉がブリッジから飛び出してきた。


「わっ……ぶっ!」


 慌ててモノクルを投げ捨てる。

 ブリッジを動かすと、レンズとブリッジの接合部から粉が吹き出す仕組みになっていたらしい。

 一度両手で握り込んだ時に何かしやがったな?

 あの時に罠をスタンバイ状態にしやがったんだ。


「……ぐっ!」


 体をくの字に折り曲げ、ソファからずり落ち、膝を床につけ、それでもこらえきれずにテーブルに頭を乗せる。


「ふはははは! バカめ! 指一本動かせまい!」


 ってことは、しびれ薬か?


「ヤシロ!」

「貴様!」


 エステラが俺に、ナタリアがウィシャートに向かって駆け出す。

 が、その直前に二人の顔にも「プシュッ!」っと白い粉が吹きかけられる。


「うわっ!」

「なっ!?」


 天井裏からどさどさっと、二人の男が振ってくる。


「貴様らも、そこに転がっておれ」


 執事ウィシャートと、ドールマンジュニアだ。

 こいつら、姿が見えないと思ったら、天井裏に潜んでやがったのか。


「詰めが甘かったな、クレアモナ」

「しかし、GYウィルスのことまで知っていたとは、驚きですね」

「おそらく、ゴッフレードに吹き込まれたものと思われます」


 勝ち誇るウィシャート。

 ガラスケースを抱えウィシャートの背後に控える執事ウィシャート。

 そして、一番腰の低いドールマンジュニア。


「ゴッフレード? ……あぁ、ノルベールの子飼いの男か」

「はい。その男が今朝早くに現れ、自分はクレアモナと繋がっていると」

「そうか。では、バオクリエアの情報もそこから得たと考えるべきか」

「おそらくは」


 ドールマンジュニアの話を聞き、ウィシャートがエステラを見下ろす。


「エングリンドが味方に付いているという話も胡散臭いものだな」

「しかし、ルピナスの娘が存命していることは事実であります」


 執事ウィシャートがウィシャートに言う。

 ウィシャートが「ふむ……」と考え込み、そしてろくでもないことを言い始める。


「では、エングリンドが持ち込んだ毒で、この者たちは死んだことにしよう」

「そのGYウィルスをお使いになるつもりで?」

「いいや。これは、この者らが我が館に毒物を持ち込んだ証拠として王族に提出する」

「では、毒は――」

「ドールマンジュニア。用意をせよ」

「はい。効果が出るまでに七日ほどかかりますが、よい毒薬がございます」

「うむ。では、七日ほど地下牢に閉じ込めておけばよかろう。……まったく。バオクリエアは遅効性の毒しか寄越してこぬ。即効性なのはこの痺れ薬くらいのものよ」

「おそらく、主様の反撃を恐れてのことでしょう」

「即効性の毒を渡せば自らに使われると? ……ふん、よく分かっておるではないか」

「臆病者の集まりでございますので、バオクリエアは」


 くっくっくっと笑い合うウィシャートたち。


「騎士を遠ざけて油断をしておったのであろう?」


 ウィシャートが俺に向かって言葉を投げてくる。


「残念だったな。我々は、もとより一族の者以外を信用などせぬのだよ」


 つまり、ドールマンジュニアも、どこぞのウィシャートの息子だってわけね。

 あの仰々しいまでに部屋を埋め尽くしていた騎士と兵士は、天井裏に潜むウィシャート一族を隠すためのデコイだったってわけか。


 ウィシャートがドールマンジュニアから小瓶を受け取る。

 中には、緑色の液体が入っている。


 その小瓶が、ゆっくりと俺の顔に近付いてくる――


「さぁ、お別れだ」







あとがき




ヤシロさん、ピンチ!


そして――続く!?


あ、どうも宮地です。


くっそぉー!

この続きはどうなるんだ!?

気になって反復横跳びが止まらないー!


という方は、カクヨムさんの方でこの続きが読めますよ☆


まぁ、あと四日、反復横跳びしながらお待ちいただいても構いませんけれどね(*´ω`*)



さて、

なぜ、本作『異世界詐欺師』にはこんなに長いあとがきがあるの!?


という根本的な話なんですが、

実は、『異世界詐欺師』は小説家になろうでは宮地さんの二作目なんですね。

一作目は(出版社に怒られるのが嫌だったので匿名でやっていた)紅井止々(あかいとまと)名義の『どうも。先日助けていただいたダークドラゴンです』という作品なんです。


その作品は、

それまで散々「設定が弱い!」「世界観が薄い!」と言われ続けていたため

「よっしゃ、じゃあ設定もりもりに決めて書いてやる!」って作ったお話で、

なかなか独特な設定が作れたかなぁ~と、

誰かに褒めてほしかったのですがさほど褒められなかった作品で……

……ホメテイイノニ(・_・)


魔法の構成とか、構築方法とか、

魔力のあり方みたいなのをいっぱい考えたんですね。


で、考えたんですが……



(;゜Д゜)「ちゃんと伝わってる?」




と不安になりまして、

かといって地の文で長々と説明するのはなんか違う気がする!

と思い、



(*´▽`*)「あとがきで補足しちゃえ☆」



という

作品の外に書くという暴挙に出た作品で

「いや、それはなんか違う気がしなかったの!? むしろしようよ! して!」みたいな……

「作品の中で語れよ!」みたいなことだったんですが……



(・ω<☆)えへっ



まぁ、知らなくてもいいけど

折角考えたので知ってほしい

というわけでオマケとして設定説明を行っていたのが始まりなんです、本当は


気が付いたらおっぱいの話を熱く語り始め

本編よりあとがきの方に感想をいただけるようになって、

「あ、おっぱいが好きな人って、こんなにたくさん、それもこんなに身近にいるんだ! 世界ってなんて美しい!」

という感動を覚えて――



現在に至る。\(≧▽≦)/




なので、半分くらいは皆様の責任なのです。はい。


で、今回は本編を書いている時から

あとがきで絶対補足しようと思っておりまして


ひっさしぶりに本編の補足をあとがきでやりますよ~!



知らなくてもいい、割とどーでもいい裏話\(≧∇≦)/

よければ聞いてってください!



本編に出てきました、


『エチニナトキシン』


もちろん実在は致しません。

完全オリジナルな、宮地さんの創作物です

そもそも、媚薬とかエッチな気分になる薬とか

エリクサーばりにファンタジーなアイテムだと思っています。

……え、ないですよね?

人を一瞬で気絶させるスタンガンとか一瞬で眠らせるクロロホルムとかもフィクションですよね?

……あるんですかね?


とにかく!

『エチニナトキシン』は実在しません。

か弱い女子たち、ご安心ください。

獰猛な女子たち、舌打ちしないの! ないの!


というわけで、今回は『エチニナトキシン』

この薬品の名前の由来をお話ししたいと思――


なんですか、その「なんとなく分かってるけど?」みたいな顔は!?

勘違いかもしれないじゃないですか!

聞いてみないと分かりませんよ!

あっと驚く理由があるかもしれませんよ!



……まったくもう。



では改めて。


この『エチニナトキシン』

本文でも語られたように、とある魔獣が分泌する

メスを強制的に発情状態にするという恐ろしいホルモンが原料となっております。

これを、人間が耐えられるくらいまで薄めて、

そしてそれを人間に投与すると、


とってもエッチな気分になってしまうのです!


なので、

『エチニナトキシン』という名前に――



こらそこ!

「やっぱりかーい!」って声を揃えて言わない!


分かりやすくていいでしょう!?

そもそも、この薬を開発したのはバオクリエアの研究者ですよ!?

バオクリエアのセンスなんて「分かりやすい!」「面白い!」「安い!」くらいのことしか考慮されてませんって、絶対!

レジーナのネーミングセンスを見ていれば分かるじゃないですか!


……いや、レジーナだったら『エロくな~るZ』とか

『ムラムラする~らっくS』とか

『シンボウタマランDX』とかって名前を付けそうな……


いやいや、でもバオクリエアも大概ですよね!?

メッチャヤバいプラント」とか「GYごっつヤバいウィルス」なんて名前を付けるお国柄ですよ!?


エッチになる薬には『エチニナトキシン』

うん、とてもバオクリエアっぽい!




ちなみに、『エチニナ』は「エッチになる」が由来なので、宮地さんがテキトーに考えたモノなのですが、

『トキシン』っていうのは実際に使用されている名称です。


こちら、動植物から産出される毒素を表す言葉でして、

耳に馴染みのあるもので言うと、

フグの毒として有名な『テトロドトキシン』

高校生が小学生サイズに縮む『アポトキシン』などがありますね。

どちらも身近にある毒ですので十分に注意してくださいね。


ちなみに、ポイズンはそのまま『毒』を意味し(したたるようなイメージの毒ですね)、

トキシンは(結構乱暴に解釈すると)『毒素』

で、ヘビやクモが毒腺で生成する『毒』は(これも乱暴な解釈ですが)ヴェノムと言うそうです。


ちなみに、

赤や黄色の鮮やかな色合いで有名なヤドクガエル

ヤドクガエルはその名の通り毒を持っておりまして、

その毒は『バトラコトキシン』と言うそうです。


『バトラコトキシン』の『バトラコ』は

『バトラコス』からきており、

『バトラコス』というのが、ギリシャ語で『カエル』という意味になりますので

本作をご覧のカエル好きの方は是非覚えておいてくださいね!


\(≧∇≦)/バトラコス!



……ふぅ、

久しぶりにがっつりと設定について語ってしまいましたね。

これで、本作を三割増しでお楽しみいただけることでしょう

(*´▽`*)やりきった感☆きらきら



もし今後、『キョニュニナトキシン』とか

『ペッタンコトキシン』とかが出てきたら、

レジーナの説明が入る前に「あ、その毒の効果分かる!」ってなりますよね☆



これで、皆様は『異世界詐欺師』博士ですね(≧∇≦)



エステラ「キョニュニナトキシンはどこにあるの!? ねぇ!」

レジーナ「えっと、なになに……『ぺターントソダタナトキシン』……ここにあったでー!」

エステラ「完全に別物だよね、それ!? 廃棄して、今すぐに!」

レジーナ「領主はんが、薬の知識を!?」

ヤシロ「いや、さすがに分かるわ……」



このように!

知識は身を助けますね♪



次回もよろしくお願いいたします。

宮地拓海

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― 新着の感想 ―
[一言] つまりは、作者様は乳トキシンの常用者であるという結論なんですよね(笑)
[一言] エステラにその毒は効かない!
[一言] ウィシャートくんがここからどんなやられっぷりを見せてくれるのか楽しみでならない。
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