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異世界詐欺師のなんちゃって経営術  作者: 宮地拓海
第三幕

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339話 賭け

 ゴッフレードがにやりと笑い、俺を見る。

 可愛げの欠片もない、見る価値のない笑顔だ。


「テメェ、名前はなんだったか……」

「ギゾコウであります」

「そうか、ギゾコウか」

「違ぇよ」


 思いっきり嘘を教えてんじゃねぇよ。カエルにするぞ、このクソオウム。


「オオバヤシロだ」


 周りの連中が俺の名を呼ぶので、隠そうとしてもこいつには知られてしまう。

 面倒くさいので名前くらいは教えてやっても構わない。


「なら、オオバヤシロ」


 早速名前を呼んできやがる。

 人とは不思議なもので、相手に名前を呼ばれるだけで感情が大きく動いてしまう生き物なのだ。

 好意を抱いている相手なら安心や喜びの感情が芽生え、そうでない相手の場合は緊張を覚える。

 相手の名前を呼び、「お前のことを知っているぞ」と分かりやすく見せるのは、他人を脅す時の常套手段だ。


 ま、俺には通用しないけどな。


「テメェ、ノルベールの野郎を知ってるんだってな?」


 ってことは、お前も知ってるってわけか。

 まさか、ゴッフレードがノルベールの知り合いだったとはな。

 胡散臭い行商人だとは思っていたが、悪党確定だな、ノルベール。


「少し縁があってな」

「ノルベール様は、ギゾコウの命の恩人なのであります!」

「ほぅ?」


 ちっ。

 まぁ否定はしないけどよ。あのまま行き倒れていれば、俺は死んでいた可能性が高いからな。

 にして恩着せがましい。


「それじゃあ、会って礼を述べなきゃいけねぇよなぁ」

「それはどうかな。当時俺は身なりのいい格好をしていたからな。俺を助けた先にある見返りを期待してたってんなら、俺を助けたのも利己的な判断だろ。下心に感謝をしてやる必要はないんじゃねぇのか?」


 こちらを利用しようと近付いてきたヤツを利用し返す。そこに良心の呵責など生まれようはずもない。

 ……が、まぁ、命の恩人ってのには変わりないんだけどな。それを素直に認めると、ゴッフレードがウザい絡み方をしてきそうなので突っぱねておく。


「そういや、前に会った時は随分と設えのいい服を着ていたよなぁ? あれはどうした?」

「売った」


 もっとも、ブレザーをウクリネスに譲ったのは随分後になってからだし、対価は金ではなく協力という形で払ってもらっている。

 ウクリネスが新たな技術と知識を身に付けると、かなり役に立ってくれるしな。


 そうなんだよ。よくよく考えたら、ウクリネスの店はもともと中古の服を売ってたんだよ。最近は自分で作った新品の服ばっかりになっているが……

 なら、あのブレザーを売って、中古の服を買えばゴッフレードなんぞに絡まなくても金は手に入ったんだ。差額もそれなりに出ただろうし。

 ……くっそ。最初にそのことに気付いていればゴッフレードなんぞに声をかけなかったのに。

 ブレザーが売れるのなんか、女子高生限定だと思い込んでいたのが間違いだった。

 そーゆー店しか頭になかったからなぁ。利用したことはないけど。……いや、ホントに。


「あの、ヤシロさん」


 ジネットが手を拭きながら俺の隣へ駆けてくる。

 こらジネット。ゴッフレードの前になんか出てくるんじゃない。

 目を付けられたら、何をされるか分からないだろう。

 特にお前は無防備、天然、ぶるんぶるんと三拍子揃っているのだから。

 ほら、走っている今もなお! 今もナウ!


「ジネット!」

「は、はい?」

「めっちゃぶるんぶるん、いや、ばるんばるんしてたな!」

「懺悔してください!」

「ジネットちゃん、それじゃ生温いよ。そろそろ投獄しなきゃいけないレベルだね」


 あれれぇ?

 いつでも俺のそばにいるとか言ってたエステラが、さっそく俺を突き放しにきたぞぉ~?

 おかしいなぁおかしいなぁ、怖いなぁ、やだなぁ。


「店長さん。ワタクシが新たに購入したモーニングスターですわ。よろしければお使いくださいな」

「え、あの……?」


 ジネット、受け取るんじゃありません、そんな物騒な物。

 長い棒の先に鎖で繋がれたトゲトゲ付きのでっかい鉄球が付いている打撃武器。

 っていうか、イメルダ? それ、木こりギルドで使わないよね? 木、切れないよね?

 それで森の木を倒したら、それ、自然破壊だよね?

 ハビエル退治に重心傾き過ぎじゃない? あくまで『斧』のカテゴリーからは出るべきじゃないと思うんだ、俺。


 物騒な物を持ち出したイメルダをそっと隔離して、ジネットをさりげなくゴッフレードの前から遠ざける。

 デリアの近くまで連れて行き、マグダを呼び寄せる。

 これでよし。


「で、なんだ?」

「はい。あの、そのノルベールさんという方とはどのようなご関係で? 命の恩人ということですが」

「あぁ……」


 なんと説明したものか……


「この街に来る前にちょっとな」

「命を助けられたのですか?」


 聞いてくるねぇ。

 まぁ、事実を教えておくか。

 ちらりと見れば、ゴッフレードが何やらほくそ笑みながら俺を見ていた。

 俺とノルベールの出会いや関係に、ヤツも興味があるらしい。


「バオクリエアとオールブルームの間にある草原で行き倒れていたところを、馬車に乗せてもらったんだ」


 ノルベールがオールブルームとバオクリエアの間を行き来する行商人なら、俺が最初に放り出されたあの草原はそのルートの途中ということなのだろう。

 最初、勘に頼って進んだ方向とは逆に向かっていれば、俺はバオクリエアについていたかもしれないわけだ。まぁ、どっちの街も徒歩で行ける距離ではなかったようだが。


「俺は意識を失っていたので、出会った時のことは覚えてないが」

「その通りであります! 魔の森を抜けて馬車で半日のところにギゾコウは倒れていたのであります。それを、寛大で慈悲深いノルベール様が見つけ馬車に乗せてこの街まで連れてこられたのであります。ちなみに、倒れていたギゾコウを抱えて馬車に乗せたのは自分なのでありますれば!」


 ベックマンがペラペラと当時のことをしゃべる。

 いちいち恩着せがましい。

 オウムらしく「コンニチワ」だけ連呼してればいいものを。


「そうだったんですね」


 両手を胸の前で合わせて、ジネットが頬を緩める。

 そして、折角頼もしい護衛のそばに誘導したというのにとことこと一人でゴッフレードの前まで歩いていってしまう。

 こらこらこら!


 慌てて後について移動すると、ジネットはゴッフレードではなくベックマンの前へと立ち止まった。


「その節はヤシロさんがお世話になりました。わたしからも、心よりの感謝を申し上げます。ありがとうございました」


 深々と、ベックマンに頭を下げるジネット。

 いや、いいから。こいつらはどうせ、俺を助けたことを恩に着せて、勝手に妄想した『大富豪であろう両親』から金品をせびるつもりだったんだから。


「あなたやノルベールさんという方がいなければ、わたしはヤシロさんと出会うことは出来ませんでした。あなた方は、わたしの恩人でもあります。何か困ったことがあれば言ってください。どんなことでも協力させていただきます」


 ジネットは、俺と出会えたことを本当によかったと思ってくれている。

 だから、俺の命を救ったベックマンにも、現在窃盗の罪で追放処分になっているノルベールにも感謝の気持ちを抱いた。

 そして、感謝する相手に対して最大限の親愛の情を見せるジネットらしい表現で、大袈裟ではなくどんな協力も惜しまないとそう思っているのだろう。

 ジネットらしいと言えばらしい言動だ。


 だが、その言葉を発した瞬間に空気が変わった。


「ほぅ、『どんなことでも』……か?」


 ゴッフレードが邪悪に笑う。


「そいつはいいことを聞いたなぁ」


 ゴッフレードがそうほざいた瞬間、四方から殺気が迸った。

 デリアとマグダ、そして狩猟ギルドと木こりギルドのジネットファンからはダイレクトな殺気が、エステラとパウラは腕をまっすぐ伸ばして『精霊の審判』の構えでゴッフレードを指さしている。


「『どんなことでも』は、『精霊の審判』に引っかからないんじゃなかったのかい?」

「ほほぅ、この街の領主様は俺みてぇなヤツの言葉を信じてくださるのか?」

「もし、さっきの言葉が嘘で、君がジネットちゃんに『精霊の審判』をかけるというのであれば、ボクが君をカエルにしてやる」

「あぁ、いいぜ。だが、それをしたところでテメェのお友達は元には戻らねぇけどなぁ」


 へらへらと、感情を逆撫でするような薄ら笑いを浮かべてエステラを挑発するゴッフレード。

 もし仮に、ゴッフレードがジネットをカエルに変えれば、エステラは躊躇なくゴッフレードをカエルにするだろう。

 だが、ジネットを元の姿に戻す方法はない。

 ジネットの人生を、ゴッフレードみたいなクズと天秤にかけられるわけがない。

 それが脅しであると分かっていても、逆らうことは出来ないだろう。

『万が一』ですら、エステラや他の連中にとっては恐怖になり得るのだ。


 やっぱり、ゴッフレードは大した悪党だ。

 おいしい情報を無償提供したように見せかけて、それに食いつくであろう連中をうまく釣り上げやがった。

 反論の余地を与えたことで、逆にこちらの選択肢を狭めやがった。


 もし、アノ話が出ていなければ、ゴッフレードがジネットに悪意を向けた時点でエステラはナタリアをゴッフレードにけしかけていたかもしれない。

 だが、『ゴッフレードをカエルに出来る』という可能性を得たことで、エステラは実力行使を一時保留した。

 そして、その『一時保留』のせいで、ゴッフレードに逆らえばジネットを失いかねないという状況に追い込まれてしまったわけだ。



 ゴッフレードは俺を『気に入らねぇ野郎だ』と言ったが、冗談じゃない。

 気に入らねぇのはこっちの方だ。


 こいつは、何も知らないって顔をしながら、ジネットやエステラのことをしっかりと調べ上げていやがったってわけだ。

 どのような話を振ればジネットがどのような反応を見せるのか。

 その結果、エステラがどのような行動を起こすのか。


 そして、俺を自由に操るためには、誰をどのような状況に追い込めばいいのかを。



「さぁ、オオバヤシロ。有意義な話し合いをしようじゃねぇか」


 勝ち誇った顔で、ゴッフレードが俺を呼ぶ。

 あぁ、そうだな――


「猪口才なテメェの顔面を一発ぶっ飛ばしてからでいいならな」


 俺をいいように操ろうなんざ百年早ぇんだよ、小悪党が。




「俺をぶっ飛ばすだ?」


 ゴッフレードがにやりと笑う。

 そして、大口を開けて笑い出す。


「がっはっはっ! 面白ぇ冗談だ。俺は忘れてねぇぞ、テメェのへなちょこパンチをよぉ。あんなもんで俺がぶっ飛ぶかよ!」


 腹を抱えて大笑いをするゴッフレード。

 当時のことを知るパウラも、なんだか困ったような顔で視線を逸らしている。


「おい、イヌ耳の店員! テメェも覚えてるよな? こいつの情けねぇパンチをよぉ! それを喰らって俺が吹っ飛んだか? 吹っ飛ばねぇよ! 虫でもとまったのかと思ったくらいだぜ! なぁ、おい?」


 ガハハと笑うゴッフレード。

 話を振られたパウラは何も答えず顔を逸らす。


 まぁ、笑ってろ。

 言ってほしい言葉はしっかりと口にさせたからな。

 こいつは随分と記憶力がいいようだ。

 たった一回、それもわずかな時間会っただけの俺のことまでしっかりと覚えてやがる。

 他人の過去を把握しておくことは、この先の未来でそいつの足をすくいやすくする。

 なので、人の顔と言動を覚える能力を磨いたのだろう。もともと才能があったのかもしれないな、恫喝屋としての。……ふん、しょうもない才能だ。


 だが、お前は一番肝心な、覚えておかなければいけないことを忘れている。



 お前は一度、まんまと俺に騙されているってことをな。



「ゴッフレード。以前俺と賭けをしたことを覚えているか?」


 俺の口車に乗り、俺の真意を見抜けなかったという『実績』が、お前にはあるんだぜ?

 一度騙されたヤツは、必ずもう一度騙される。


 用心すればするほど、守りが大袈裟になり、大袈裟なものは例外なく隙も大きくなる。


「あの時のように、もう一度俺と賭けをしないか?」


 ゴッフレード。

 テメェは、所詮『カモ』なんだよ。

 こんなに狩りやすいヤツはそうそういないってくらいに、イージーな獲物なんだよ。


「賭けだと?」


 あの時と同じ言葉を呟き、ゴッフレードが素早く周囲に視線を巡らせる。

 どこかに罠がないか、何か見落としがないかと用心深く探るような目つきだった。


「何を企んでやがる?」


 ふっ……随分慎重じゃねぇか。

 ビビってんのか?


「単にお前が気に入らねぇからぶっ飛ばしてやりたいだけさ。賭けにでもしなきゃ、お前は殴り返してくるだろ? 俺、防御には自信がないんだよな」


 肩をすくめてみせれば、ゴッフレードの頬が少し緩んだ。


「防御には、だぁ?」


 そして笑い出す。


「テメェの攻撃なんざ、そこらの女以下じゃねぇか」


 ガハハと、汚い声で笑い、それでも頭の中ではぐるぐると思考が巡っている、そんな隙のない様子を見せる。

 分かるぜ、ゴッフレード。お前は今すげぇ考えている。俺の言葉の裏に何が隠されているのかを。

 だから、デカい声で時間を稼いでいる。

 だってそうだよな?


 へなちょこパンチと馬鹿にした俺の攻撃にビビッて、勝ちが確定している賭けから逃げたとなっちゃ、テメェの威厳はズタボロだもんな。

 ここまで散々俺を煽ったんだ。

 その俺の前から尻尾を巻いて逃げ出すなんざ、お前には出来ないよな?


「自信がないなら、降りたっていいぜ」


 あの時と同じ煽り文句を口にする。

 そうすると、あの時と同じようにゴッフレードの笑いが止まる。


「賭けの内容は、『お前の顔面を一発ぶっ飛ばしてKO出来るかどうか』」


 真顔でこちらを見るゴッフレードに、分かりやすくゆっくりはっきりと告げる。


「負けた方は、ノルベールの一件が片付くまで勝者の配下につく。命令は絶対だ」


 ゴッフレードがジネットやエステラ、四十二区の連中を盾におのれの要求をのませようと画策してくるのは目に見えている。

 そんな煩わしい状況は、始まる前から潰しておく。



「思い知らせてやるよ、ゴッフレード。――テメェが誰にケンカを売ってるのかってことをな」



 殺気を込めた視線をゴッフレードに向ける。

 ゴッフレードの頬が一瞬引き攣る。それを悟られまいとすぐさま表情を戻すが、そのせいで却って目立っちまったぜ。


「相変わらず、口だけは達者なガキだな」


 拳を握り、腕を肩幅に開いて、ゴッフレードがどんどんと酸素を取り込んでいく。

 仁王立ちになったゴッフレードの筋肉が、息を吸うたびに膨れ上がっていく。

 腹が、そして胸の筋肉がはち切れんばかりに膨らんで、ただでさえデカいゴッフレードが一回りデカくなったように見えた。


「どぁりゃぁぁぁああああああああ!」


 肺がパンパンになるまで吸い込んだ空気を、バカでかい声と共に一気に吐き出すゴッフレード。

 その爆音に、辺りにいた者たちは耳を押さえてザザッと後退する。


 ……ったく、この馬鹿が。鼓膜が痛ぇわ。


「上等だ。その賭け、乗ってやる」


 先ほどよりも凶悪さを増した瞳が、俺を見下ろしてくる。

 そんなもんで俺がビビると思ってんのか?


 勝ちが確定している勝負にビビるほど、俺はピュアな人間じゃねぇぞ。


「条件を確認するぞ。攻撃をするのはお前の顔面だ。腕で受けたり、ビビって逃げたりしたらやり直しだからな?」

「誰がビビるかよ」


 どすの利いた低い声が返ってくる。


「あと、お前デカいから顔に当てにくい。あの時みたいに座ってくれ」


 前回ゴッフレードと賭けをした際、こいつはカウンターの椅子に座っていた。

 立たれると、攻撃の勢いが殺されてしまう。


「ノーマ、そこの椅子を持ってきてくれ」


 デリアに頼めば、ゴッフレードに殴りかからないとも限らない。

 ここは、強さに定評があり、冷静に周りの状況を判断できるノーマに頼むのが一番だろう。


「悪いな。適当な場所に置いて下がっててくれ」

「……無茶だけは、するんじゃないさよ」


 椅子を置いたノーマが、俺の耳元でぽそっと呟く。

 心配すんな。

 あいつが賭けに乗った時点で、あいつはもう何も出来なくなったんだから。


「じゃあ、座れ。気絶して椅子から転げ落ちないように気を付けろよ」

「ふん! テメェのへなちょこパンチなんざ効きもしねぇ。なんなら、うめき声の一つでも上げさせることが出来ればテメェの勝ちにしてやってもいいぜ?」

「お、そうなの? ラッキー。じゃ、それで」

「んな……っ。へっ! どっちにしても同じことだけどな!」


 俺がすんなり受け入れたので虚を突かれた様子のゴッフレード。

 残念だったな。俺はお前みたいにしょうもないプライドだの見栄だのはどうでもいいんだ。

 勝利がより確実になるなら、敵の譲歩だろうと喜んで受けるぜ。

「手加減されて勝って嬉しいか?」って?

 嬉しいね! 手加減したのは相手の勝手だ。慢心といってもいい。

 すべての状況を踏まえて、最終的に勝ったヤツが一番偉いんだよ。


「それじゃあ、これからテメェの顔面を一発ぶん殴る。お前がうめき声一つでも上げれば俺の勝ち。男に二言はないな?」

「……あぁ」


 ゴッフレードの表情が若干険しくなる。

 俺の意図が掴めず、少々警戒している様子だ。

 まぁ、今さらだけどな。もう手遅れだ。


「賭けに負けた方は、ノルベールの一件が片付くまで勝者の命令をなんでも聞く。で、いいんだよな?」

「おう。テメェをボロ雑巾のように使い潰してやるよ」


 そっちがその気ならこっちは気が楽だ。

 どんな無理難題だろうが吹っ掛けられるからな。反故にした瞬間カエルにしてやるのも、良心はちくりとも疼かないだろう。


「ここにいる全員が証人だ。約束を反故にした瞬間、この場にいる全員が『精霊の審判』の発動権限を持つ」

「なっ!?」


 何を驚いている?

 一対一じゃねぇぞ?

 全員の目の前で宣言したのだ。

 俺の前から逃げ、隠れようとも、ここにいる人間に見つかればその場でカエルにされる。

 それくらいの御大層な賭けに、随分とまぁ軽々しく乗ってきたものだ。


「自信がないなら、手加減してあげよう~か~? 泣いちゃうと可哀想だし」

「テメェ……」

「それとも、ビビってるって認めて、尻尾巻いて逃げ出すか?」

「御託はいいからさっさと始めやがれへなちょこパンチ!」


 怒号を飛ばした後、ゴッフレードはにやりと笑う。


「テメェの魂胆は見えてんだよ。そうやって隠し玉があるように見せて、俺に勝負を降りてほしいんだろ? 生憎だったな。三下のブラフにビビるほど、甘い人生送ってねぇんだよ、こっちは。その頭にしっかりと刻んでおくんだな。この街には、逆らっちゃいけねぇ相手がいたんだってことをよ!」

「確かに、これ以上は時間の無駄だな」


 腕を組み、幾分余裕を取り戻した様子のゴッフレード。

 こちらに向けている顔に、笑みを浮かべるくらいは落ち着きを取り戻したようだ。

 ……ブラフ、ねぇ。


 こいつ、バカだな。


「それじゃ、始めるか」


 ゴッフレードに背を向け、俺はイメルダの前へと移動する。

 いやぁ、ちょうどいい物持ってきてくれちゃってさぁ。

 そんなもん、どこで使うんだよって思ってたけど、まさか俺が使うことになるとはなぁ。


「ちょっと借りるぞ」

「へ? あ、どうぞ。お使いなさいまし」


 イメルダが呆気に取られている間に、その白い手から物騒な殺人鈍器『モーニングスター』を取り上げる。

 うん。

 こいつなら、さしものゴッフレードも痛がるだろう。

 正直、一発KOは微妙なラインかなぁ~とは思っていたのだが、まさか自分からハードルを下げてくれるとはなぁ。


「いいな、ゴッフレード。うめき声一つ上げるなよ?」

「まっ、待ちやがれ、テメェ! そんな武器を使うなんざ聞いてねぇぞ!」

「だって聞かれなかったし?」

「テメェのパンチで殴るんじゃねぇのかよ!?」

「は? 俺、そんなこと一言でも言ったか?」

「『会話記録カンバセーションレコード』」


 俺とゴッフレードの会話の間に、エステラが『会話記録カンバセーションレコード』を呼び出す。


「うん。今確認したけれど、『ヤシロが手で殴る』なんて言葉は一言も言っていないね」


 俺は、『お前の顔面を一発ぶっ飛ばしてKO出来るかどうか』という条件を出しただけだ。

『KO出来るかどうか』という条件は、ゴッフレード自ら『うめき声一つ上げさせれば俺の勝ち』という条件に引き下げられた。


「素手だろうがモーニングスターだろうが一発は一発。盛大にぶっ飛ばしてやるぜ」

「じょ、冗談じゃねぇぞ!」


 椅子から立ち上がるゴッフレード。

 その瞬間、観衆が一斉にゴッフレードを指さす。

 腕をまっすぐに伸ばして、『精霊の審判』の構えで。


「な……っ!? テ、テメェらぁ……!」

「おのれの人徳のなさを呪うがいいよ、ゴッフレード」


会話記録カンバセーションレコード』片手に、ゴッフレードに指を突きつけるエステラ。

 形勢逆転だな。


「さぁ、さっさと座れ。ごねたって時間の無駄だろ? お前はもう賭けに乗っちまったんだから」


 モーニングスターを軽く振ってみる。

 うっわ、重っ!?

 腕が持っていかれて肩が抜けるかと思った。


「凶悪だな、こいつ……」

「へ、へへっ! テメェみてぇなへなちょこにゃ、扱えねぇ代物だぜ!」


 だから使わない、なんて選択肢はねぇぞ?


「顔面に当たるまでノーカウントだから、五~六回失敗したらゴメンな☆」

「ふざけんな!」

「じゃあ、一発で当たるようにお前も協力しろよ。そうだ、椅子に座るんじゃなくて仰向けで寝転がってくれよ。そうすりゃ、さすがの俺でも一発で顔面を潰せる」


 言いながら、凶悪なトゲのついた鉄球を地面に叩きつける。

 ドスッ! っと、重い音がして、鉄球が地面にめり込む。


「さぁ、ゴッフレード――賭けを始めようぜ」

「わ、分かった! 俺の負けだ、此畜生!」


 唾と脂汗をまき散らし、ゴッフレードが賭けを降りた。

 これで、四十二区でふざけたことは出来ないだろう。


 何か仕出かしやがったら、躊躇いなくカエルにしてやるから、覚悟しとけよ、小悪党。




 大量の汗をかき、椅子の上で脱力するゴッフレード。


「ベックマン、テメェ、とんでもねぇヤツに助っ人を頼みやがって」

「むふふん。私の見る目は確かなのであります」

「……褒めてねぇよ、バカが」


 ベックマンの発言に、ゴッフレードがため息を漏らす。

 バカとつるむのは気が滅入るもんな。


 まじで、ノルベールはなんでこんなバカを右腕にしてるんだか。

 まぁ、裏切ることは100%ないだろうけどな。


「ヤシロの危険性を認識しながら、十分な警戒を怠ったのが君の敗因だよ」


 顎から汗を滴らせるゴッフレードに、エステラがコップに入った水を差し出してやる。

 それを受け取り、エステラを睨むゴッフレード。


「まったくだ。……以前の記憶があるだけに、勝手に手で殴るもんだと思い込んじまった。らしくねぇミスだ。まんまとやられた」


 疲れ切った声で反省をしている。

 受け取った水を一気に飲み干し、なおも悔しそうに呟く。


「バカみたいでも、『拳で殴るのか』と確認するべきだったな、チキショウ」


 普段なら、それくらい慎重に事に当たっているのだろう。

 だが、今回はそれを怠った。

 当然だ。そうなるように、わざわざ過去と同じシチュエーションの賭けを持ち掛けたんだから。

 世の中というものは、得てして『自分だけは大丈夫』と思っているヤツほど罠にかかりやすいものだ。


 その証拠に、ゴッフレードは見当違いな後悔をしてやがるしな。


「仮にお前が『拳で殴るのか』と聞いていても同じだったよ」

「はぁ?」


 ゴッフレードの間違いを正してやろうと俺が話しかければ、邪悪な目が俺を睨む。

 ま~だ分かってないのか、お前は。


「お前に『拳で殴るのか』と聞かれれば、俺は迷いなく『そうだ』と答えていただろう」

「それでも俺に賭けで勝つ自信があるってのか? あのへなちょこパンチでよぉ! それとも何か? あのへなちょこパンチは実は演技で、本気のパンチは俺を気絶させられるほどだなんていうのかよ?」


 ほら、論点がズレている。

 この賭けにおいて、俺の腕力の強さなんぞ一切関係ない。


「『拳で殴る』と宣言しておきつつ、その場合はメドラを代役に立てていただろうな」

「なっ!?」


 大怪獣メドラ・ロッセル。

 いや、正確にはフェレット人族の女性ではあるが、まぁ大怪獣みたいなもんだろう。


「いくらお前がタフだろうと、狩猟ギルドのメドラギルド長の必殺パンチを喰らえば、気絶くらいするだろ?」


 まぁ、死なない程度に手加減はしてくれるだろうよ。

 メドラもプロだからな。


「本当だね。ヤシロが掲げた条件は『お前の顔面を一発ぶっ飛ばしてKO出来るかどうか』だから、『誰が』殴るかは明言していない」

「……けっ! どっちにしても結果は一緒だったってわけか!」


 エステラの解説に、ゴッフレードが悔しさを隠すことなく吐き捨てる。


「テメェは悪魔か……。よくもこんな短時間でそんな何重にも保険を掛けた罠を張れるもんだな」

「お前とは頭の出来が違うんでな」

「ちっ……ん?」


 忌々しげに俺から顔を逸らしたゴッフレードが、視線の先に誰かを見つけたようだ。


「よぉ、アッスント。噂では、随分と丸くなったようだな」


 ゴッフレードに名を呼ばれ、アッスントが肩をすくめて前に出て来る。


「そう見えますか? なら、それは幸せ太りかもしれませんねぇ。ありがたいことに、最近はとても楽しく日々を過ごしておりますので」

「テメェも、オオバヤシロに一杯食わされた口なんだろ?」


 こいつはどこまで調べているのか。

 見た目に反して、慎重な性格なのかもしれないな。


「どうだ? この件が片付いたら、俺と手を組んでこいつをぶちのめさねぇか?」

「おやおや。私が知っているゴッフレードという男は、狡猾で用心深い悪党だったのですが……いつの間にか彼我ひがの力量差を見誤るほど愚鈍に落ちぶれたのでしょうかねぇ」

「なんだと?」

「だってそうでしょう? ……まさか本気で、アリとバッタが協力すればボナコンに敵うとでも?」


 そりゃ過大評価過ぎねぇか、アッスント。

 まぁ、お前とゴッフレードがタッグを組んでも負けるつもりはないけどよ。


「けっ! どいつもこいつも気に入らねぇ!」

「それは、君自身が他者に気に入られる性質じゃないからさ」


 涼しげな顔でエステラが言う。


「相手が誰であれ分け隔てなく愛情を注げるジネットちゃんは、誰からも愛されているからね」

「だからこそ、テメェらの弱点になる」

「いいや、そうはならないさ。ね、ヤシロ?」


 なぜそこで俺に話を振る。

 ……自分で言い出したことは、自分でケリをつけろよ。ったく。


 はぁ……やれやれ。


「ゴッフレード。それもお前の勘違いだ」


 しょうがないので教えておいてやるか。

 どっちにせよ、ゴッフレードは今回の件が片付くまで俺に逆らえないのだし。

 それに、まだ「ジネットさえなんとかすればオオバヤシロやエステラ・クレアモナを操れる」なんておめでたい発想のバカが潜んでそうだからな。


「ジネットを人質にとれば、俺やエステラに言うことを聞かせられる――なんて本気で信じているヤツがいるなら、俺は心底同情しちまうぜ」


 全員の視線が、ジネットへ向かう。

 そこには、無防備でお人好しな、なんの力も持たない少女がおろおろとした困り顔で立っている。

 どこからどう見ても非力。

 まさに弱点。

 だが――


「少し視線を引いてみろ」


 ジネットの周りには、ジネットを大切に思うやつらが大勢いて、ジネットを取り囲むように立っている。


「ジネットに危害を加えようとした――その瞬間、そいつは『四十二区の敵』になるんだよ」


 俺やエステラ、マグダやロレッタ、それにいつも一緒にいるあの連中たちだけじゃない。

 エステラが言ったように、ジネットは誰彼構わずそのお人好しを発揮し、その結果、誰からも愛されている。


「もし俺が、他所の街から四十二区を攻撃しに来た悪党だとすれば、間違ってもジネットには手を出さない。休眠している蜂の巣を踏みつけて殺人バチをわざわざ目覚めさせるような真似、バカじゃなきゃ到底できねぇよ」


 俺の言葉を肯定するように、デリアやノーマ、そして四十二区の連中が静かに殺気を放つ。

 威圧的な空気が辺りを包み、あのゴッフレードに生唾を飲み込ませた。

 ゴッフレードの喉がごくりと鳴り、その音で自分がビビらされたことを悟ったようだ。



「親切心から言っておいてやる――ジネットには手を出すな」



 ピンと張り詰めた空気の中、俺の言葉はその場にいるすべての人間の耳に届いただろう。

 ここに潜り込んでいる、ウィシャートの子飼いどもにもな。


「……と、エステラは言いたいわけだ。な?」

「まったく。君は一言多いよ」


 なんでだよ。

 ちゃんと言っておかないと、なんかまるで俺がめっちゃジネットを大切に思ってるみたいじゃねぇかよ。

 厳重な檻で囲って、誰にも触れさせないように必死になって守ってるみたいな。

 そーゆーのは、俺のキャラじゃないんでな。


「ヤシロさん。ありがとうございます」

「エステラに言え」


 俺はエステラが言わなかった『共通認識』を言わされただけだ。


「……ちっ。やりにくい街だ」


 当たり前だろうが。

 俺のテリトリーで好き勝手出来ると思うな。

 ここの連中をカモにしていいのは俺だけなんだよ、バーカ。


「あ、お兄ちゃんがまた悪人ぶろうとしてる顔してるです」

「……ヤシロがアノ顔をする時、口がむにむに動くが、言葉は出てこない」

「もし発言すれば、この場にいる全員から総ツッコミを喰らいますものね」


 うるさいよ、ロレッタ、マグダ、イメルダ。

 ツッコミどころなんかないっつーの。事実だ、これは。


 まぁ、だから、ジネットに「どんなことでも手伝います」とか言われたベックマンにも釘を刺しておかないとな。

 言葉を字面通りに受け取って、よからぬことを考えないように……


「ジネットさんというそのお嬢さんは、ノルベール様の慈悲深さ、尊さを理解し、ギゾコウのような庶民の身には余りある恩義に対し素直に感謝の意を述べられるとてもいい女性なのであります。攻撃するなどもってのほかであります。そのような輩は私が許さないのであります!」


 ……あ、あいつはバカだから大丈夫そうだ。

 自分が好きなヤツを褒められると親近感覚えて仲間認定してくるタイプか。

 ウザいがチョロいので扱いやすい。


 ホント、なんであんなのを右腕にしてんだかなぁ、ノルベールは。




 椅子から立ち上がり、ゴッフレードがジネットに向かって歩き出す。

 その進路を塞ぐように、マグダとロレッタが立ち塞がる。


「こいつを返すだけだ。テメェらが片付けてくれてもいいぜ」


 言って、エステラから受け取ったコップをロレッタに渡す。


「あたしが片付けるです」

「あっちの乳女じゃなく、テメェを脅しておけば、オオバヤシロはあそこまで本気にならなかったかもしれねぇのになぁ」


 ゴッフレードの挑発に、ロレッタがむっとした顔をする。


「店長さんをそんな風に言わないでです」


 ロレッタが怒ったのは、ジネットへの悪口に対してだったようだ。


「否定しねぇのかよ?」

「する必要ないです。店長さんほどではないかもしれないですけど、お兄ちゃんなら、きっとあたしのことも守ってくれるですから」


 それくらいの信頼関係は築けていると、ロレッタは胸を張る。

 もちろん、どこぞの馬鹿がロレッタにちょっかいをかけるようなことがあれば秒で吊るし上げてやるけどな。


「ロレッタの言う通りだ。『うっわ、引っ掛かってやんの、ぷぷぷー!』と一回指さして笑った後、きっちりと助けてやるよ」

「なんで一回笑うですか!? そこはいらないですよ!?」


 うるせぇ。

 お前が「店長さんほどではないかもしれないですけど」とか言うからだ。


「ロレッタ。ヤシロはちょっと拗ねてるんじゃないかな?」

「え? なんでです?」

「……ヤシロなら、ロレッタが困った時は全力で助けてくれる」

「そう。ジネットちゃんと遜色ないくらいに、全力でね。ね?」


 と、振られた言葉をまるっと無視する。

 つーんだ。

 背中向けてつーんだ。


「ね?」

「お兄ちゃん……あたし嬉しいです!」


 誰がいつ肯定したよ。

 なんで喜んでんだ、あいつは?

 意味が分からん。


「ワケの分かんねぇ男だ。なんでこんな分かりやすい男が……」

「分かってないですねぇ、ゴッフレード。それが、彼の最も怖いところ――なんですよ」


 アッスントが知った風な口調でよく分からないことを言っている。

 実際は深い意味なんかないのに意味深な言葉で思わせぶりな空気醸し出したいとか、あいつ中二病患ってんじゃねぇの?


「アッスント。左腕が疼いたりしてねぇか?」

「よく分からないので、それはスルーさせていただきますね」


 かちーん!

 なにその笑顔!?

 ちょーハラタッティ!

 ヤシロご立腹! ぷんぷん!


「まぁ、下手な画策はしないことだね」

「その方が身のためだと、ワシも忠告しておいてやろう」

「狩猟に木こりの大将どもか……ちっ」


 メドラとハビエルに挟まれても、ゴッフレードは委縮することはなく、ただ嫌そうに顔をしかめるだけだった。

 体もデカいから、あの二人の間に挟まれても小さく見えない。

 ただまぁ、正面からぶつかるのは勘弁してほしいって顔はしてるけどな。


「もはや、この街は君が簡単に突き崩せるようなレベルじゃなくなったんだよ~、ゴッフレードくん☆」

「ぅげぇっ! 海漁の!?」


 マーシャに声をかけられ、ゴッフレードが一歩身を引いた。

 明らかにビビっている。

 ……なんかあったのか?


「マーシャ。ゴッフレードと知り合いなのか?」

「ん~……知り合いっていうか、ウチの子に悪さしようとしてたからちょっと叱ったことがあるくらいかなぁ?」

「海に引きずり込んで海底に沈めることの、どこが『ちょっと』だ、この腐れ人魚!」

「ひっどぉ~い! 君がウチの新入りをカエルにするとか言うから、口が利けない場所に引きずり込んで話し合おうとしただけなのにぃ~」


 いやいや。

 口が利けない場所で話し合いって……


 マーシャ、やっぱ怒らせるとめっちゃ怖いんだろうな。

 それで死んでないゴッフレードもすごいけど。


「もともと俺は人魚が嫌ぇなんだよ。人魚には関わるなって、ガキの頃から嫌ってほど聞かされて育ってきた。俺の生まれた町はかつて、人魚に滅ぼされかけたらしいからな」

「ん~? ということは、君はフロッセの町の出身なのかな?」

「…………」


 ゴッフレードが黙った。

 図星なのだろう。


「マーシャ、フロッセってのは?」

「数十年前、一代前の国王の時代にバオクリエアに併合されて、その後海に甚大な影響を及ぼす毒薬を研究開発するようになった町だよ。それで、人魚や海洋生物の多くが犠牲になったんだよ」


 そういえば、マーシャが言ってたな。

 バオクリエアと人魚は取引をしていないと。その理由が、海へ影響の出る毒物を作っているから、だったか。

 ゴッフレードの故郷がそれをやったのか。


「私はそのころまだ生まれてなかったから話で聞いただけだけど――」


 マーシャは、当事者ではないらしい。


「――もし私がいたら、そんな町跡形もなく消し飛ばしてたところだよ」


 海への冒涜は許せない。

 人魚にとっては、それは何物にも代えがたいことなのだろう。


「だからね、ゴッフレードくん」


 底冷えするような声で、マーシャがゴッフレードを呼ぶ。


「私のお気に入りの四十二区に手を出したら――私は、本気で怒るからね?」


 鼻にかかる甘ったるい声が、余計に恐怖を煽る、全身に寒気が走る声音だった。

 メドラの殺気より恐ろしいかもしれな……いや、メドラの殺気は計測不能の即死魔法級か。比較は出来ないな。


「安心しろ。俺は四十二区になんぞ興味はねぇ」


 ゴッフレードが落ち着きを取り戻して言う。

 言って、俺を見る。


「ノルベールの野郎をとっ捕まえるまでは協力体制を敷くわけだから、全部話してやるよ」


 にやりと笑うその顔は、この状況を待ち望んでいたようにすら見える。

 どっちに転んでも、ゴッフレードの要求は叶うわけだ。

 俺が上でもゴッフレードが上でも、あいつは割とどうでもよかった。そりゃまぁ、自分が優位に立った方がやりやすかったんだろうが、逆になろうと構わないという思いもあった。


 あいつにとって、一番成し遂げるべきはノルベールとの再会。

 そして、その先に、ノルベールとグルになって何かをやるつもりなのだろう。


 ……まんまと手伝わされてるのかもしれねぇなぁ、俺は。

 くそ、気に入らねぇ。


「ノルベールの野郎を捕まえるまではテメェの下についてやるよオオバヤシロ。だがな、ノルベールの野郎の件から手を引くとは言わせねぇぞ。なぁ、ベックマン」

「そうであります。ギゾコウは、しかと『協力する』と約束したのであります」

「『やれるだけのことはやる』程度だったはずだが?」

「私とギゾコウの仲であれば、それはもう『何がなんでも協力する』というのと同義なのであります」


 いつ、俺とお前の仲はそこまで深まったんだよ?


「それに、ジネットさんも協力するとおっしゃってくださったのであります」


 ……ちっ。

 そーゆー使い方はするなよ。

 危害が加えられない以上、ジネットセキュリティーは働かないんだからよ。

 平和的に、紳士的に、良心的な訴えでジネットを篭絡するのは反則だっつーの。

 ……断りにくいんだよ、ジネットの「ヤシロさん……」は。


「まぁ、そう嫌がるなよ。テメェらにもメリットのある話だからよ」


 あからさまな悪党のゴッフレード。

 対照的に、どこか抜けていて「こいつ大丈夫か?」と不安になってしまうような、悪党になり切れていないベックマン。

 このコンビは、なんだかんだとあしらいにくい。


 今になってようやく分かったぜ。

 ベックマン――こいつは、長時間相手にしていると知らない間に「YES」と言わされているタイプの人間だ。

 ゴッフレードと比較すると善人で筋が通っていていいヤツに見えるのがなおイヤラシイ。


 こういうタイプの人間の頼みは、「可哀想だから聞いてあげようよ」という意見を集めやすい。

 まして、お人好ししかいない四十二区なら、その効力は絶大だろう。


 ゴッフレードではなく、ノルベールとのコンビでも同じような効果は期待できるだろう。

 与しやすそうで裏切るほどの頭もないと思われているベックマンなら、相手は油断するかもしれない。

 その油断を突いて、ノルベールはうまいこと他人の懐に入り込んでいたってわけか。


 くぁ~、悪党の考えることはせせこましくていけねぇなぁ。


「で、俺らのメリットってのはなんだ?」


 もうこの際だ、根掘り葉掘り聞いて、こいつらの魂胆を暴いてやる。

 仲良くなれる気はしないが、利害が一致すれば共闘くらいは出来るだろうからな。


「かなりのメリットのはずだぜ。なにせ、目的が一緒なんだからよ」


 ゴッフレードがすべてを知っていると言いたげなイヤラシイ笑みを浮かべる。

 そして、とんでもないことを口にした。



「三十区領主のウィシャートを潰す手伝いをしてやるよ」



 ……俺らの目的、ソレだと思われてんのか?







あとがき




すみません、宮地です。

宮地ですみません。


いえ、あの、ちょっとパニックというか

「あれは、一体なんだったのでしょうか……」

みたいなことに遭遇したので、書かせてもらっていいでしょうか?



あぁ、いや

本編ではゴッフレードがなんかウザ絡みしてきてるので軽く泣かせてやりましたが

そんなもんはどーでもいいのです。

パニックパニック、パニック宮地があ~わ~てて~るぅ~

ですよ!



あっと、

怪談系苦手な方、ごめんなさい。


ちょっと、そーゆー話です、

ちょっとだけ、ですが



あのですね、

他部署になんですが、

若干ソリの合わない課長がおりまして。

まぁ、平たく言えば『絶対ぶっ飛ばすリスト』に名前が載ってるタイプの?


そんな課長さんをですね、

今朝電車のホームで見かけたんです。

階段からホームに出たすぐのところにいて、

電車を待つ列に並んでぼーっと立ってたんですね。


スマホとかも見ずに、ぼーっと。

普段は社内の狭い廊下で歩きスマホして人にぶつかりまくるくせに

なんだ、歩いてないとスマホが見られない系男子なのかと、

いや「歩きスマホ」って、歩く時はスマホ見ましょうねって義務じゃないからね? と、

え、スマホ見てないと迷子になる系!? と、

そんなことを思いつつ、特段話すことも話す気もないので


(*´▽`*)「うん、何も見なかった☆」


って

後ろを素通りしてホームを移動したんです。

その際、課長が毎日漂わせてるコ○トコの柔軟剤の香りがすっごいして

「すすいで! もっと念入りにすすいで、課長宅の洗濯機!」って思いつつ

三両くらい離れた電車に乗ったんです。



で、会社の最寄りホームに降り立ったらですね、

その課長、改札出てすぐの自販機の前に立ってるんです。

俊足かと、

どんだけ喉が渇いてたんだと、

一秒でも早く喉を潤したいがあまりホームを駆け抜け、余計に喉が渇いちゃったぜ☆ かと、


でまぁ、その後ろをスルーして……



あ、私、町中で知人を見かけたら物陰に身を潜める系男子なんです。

「あれ? 何してんの~?」とか、絶対声かけないタイプなんです。

人見知りなので、

瞳お尻なので。

ヒップ・()・尻なので。



でですね、

課長の後ろを当然のようにスルーしたら

コス○コの柔軟剤の香りが……

「乾燥機も拒否して! ちゃんとすすげてないよって言ってあげて、乾燥機!」



で、会社に着いたら

別部署の主任さんとパートのお姉様が困ったような顔で話している声が聞こえてきたんですが――



課長、今日体調不良で休みだって、連絡あったそうなんです。

熱が出て、起き上がれないから家で寝てるって。



…………人違い?



いや、でも真後ろ通ったんですけどね?

なんかもう、頭真っ白になって

変な汗とか出ちゃって、

思わず主任さんに聞いちゃったんですよ――



宮地「えっと、もしかして……課長、死にました?」

主任「生きてるよ!? え、どんだけ嫌いなの!?」



めっちゃドン引きされましたよ。

で、「違うんです、実は今朝――ヨコチチちらちら――というわけで!」

と説明したら、


もっとドン引きされました。




……あれは一体、なんだったのでしょう?




生き霊とかいうヤツですか?

めっちゃ強い思念が霊体として現れるとかいう……


いや、課長、どんだけ会社行きたかったの!?

生き甲斐か!?

のーわーく、のーらいふか!?


あなたが病床で「会社に行きたい!」って思っている気持ちより

私が勤務中に「家に帰りたい!」って思ってる気持ちの方が絶対強いですからね!?


……ということは、

私が出社中、私の強い思念は生き霊となって

私の家で



\(≧▽≦)/「ぃやっほ~い! お家さいこー!」



ってやってるわけですか!?


書いて!

生き霊!

家にいるなら詐欺師の続き、執筆しといて!

ストックやばいんだから!


何遊んでるの!?

書いて!

書くの!

書けぇ!



……使えない生き霊ですぜ、まったく。



いやぁ、でも今日は本当に帰りたかったです。

なんか、鼻の奥にコス○コの柔軟剤の香りが残ってる気がして…………怖っ



生き霊なんて、本当にいるんでしょうかねぇ。

強い思念といったって……


それじゃあ、

私が街の中でものっすごい巨乳のパイスラ女子とすれ違った時に

「もっと見つめていたい!」っていう

人間のレベルを遙かに超越する凄まじく強い意志の力を発揮した時は、

私の生き霊が巨乳美女のパイスラに挟まってるってことになるんですか?


……生き霊



いいかも(*´▽`*)



怒らないから帰っておいで

記憶と感触を本体に伝達するために!

さぁ!

かま~ん!



……ちっ、やっぱいないんですね、霊なんて。

もしくは「意地でも離れるか!」ってしがみついているのか……あぁ、そっちっぽいなぁ。

もし逆の立場なら本体よりパイスラを選びますもんねぇ。



という、怖い体験をしてぞわぞわしてしまったので、

この気持ち悪さを、皆様にもお裾分け(☆>ω・)


なかーま

うふふ~



……まことに申し訳ございませんでした。


だって、怖かったんですもの!(´;ω;`)




怖いと言えば、

今の時期は発熱も怖いですよね。

皆様も、感染予防対策、しっかりなさってくださいね。

いくらカップルと言えど不要不急のイチャイチャなどなさいませんように!

ほら、離れて離れて!

2メートルですよ、2メートル!



あ、感染予防と言えば、

うちの会社、ワクチン接種の日は公休扱いになるんですが、

みんなが一斉に休まないようにある程度スケジュールを管理してズラしてるんですね。


で、たぶん、そーゆーのを聞きたかったんでしょうが、

総務の人が仕事中に私のところに来まして――



総務さん「お仕事中すみません。宮地さんはチク……ワクチンなんですけど――」

宮地「今、なんて言おうとした!? え、私は行政にチクワを打たれるのかな? それとも、ワクチンって言おうとしたけど、私の顔を見た瞬間『チクビ!』って言葉に脳内上書きされちゃった!? 誰が乳首上書きマシーンか!? 失敬な!」



みたいなことがありまして。

はっきりと『宮地さんはチク』って言ってましたからね。

『宮地さん』と『チク』が並ぶともう『ビ』しか思い浮かばない我が身の悲しさよ。



皆様も、乳首接種は計画的に☆




……乳首接種ってなんだ!?Σ(゜Д゜;)




あっ、そうそう!

今回のゴッフレードとモーニングスター(なんかアン○ンマンにありそうなタイトルですね(*´ω`*)……アンパ○マンにモーニングスターは出てこないよΣ(゜Д゜;) )

こちら、書籍一巻へのセルフオマージュ、セルフリスペクトとなっております。

いや、宮地さん、マジぱねぇっす!(≧▽≦)


ちなみに該当シーン、

『異世界詐欺師』一巻の電子書籍を取り扱っているところで

試し読みをすると、カラーイラストが見れちゃったりしますよ♪


ヤシロとモーニングスター☆


お持ちじゃない方でもご覧いただけます。

お持ちの方は、ご自身の一巻をちらりと見てみてくださいね☆



とうわけで、

今回は書きながらちょこっと懐かしい気分に浸れました

\(*´▽`*)/宮地さん、マジぱねぇっす!



次回もよろしくお願いいたします。

宮地拓海

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― 新着の感想 ―
[良い点] 気付かぬうちにベックマンから親友扱いされてるヤシロ。そのうち扱い的にはベッコ枠になるのだろうか・・・w ベッコマンコンビ、ウザ絡みだから揃ったらヤシロ疲れそうだなぁ。いや、からかって生き生…
[一言] 「親切心から言っておいてやる――ジネットには手を出すな」 「親切心から言っておいてやる――ジネットには足も出すな」
[一言] 懐かしいゴッフレードの倒し方 確か書籍版でこうやって倒したような
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