319話 腹が減ったら“戦”の終わり
情報紙運営権が、すべてタートリオ・コーリンの手に渡る。
これをもって、情報紙発行会は運営権制度を廃することになる。
タートリオにこの話を持ちかけた時に、それはもう決定していた。
付け入る隙を排し、コーリン家を嵌めたセリオント家や孫可愛さに運営権を手放したホイルトン家が二度と情報紙に関われないようにするために。
当面はタートリオのもとで情報紙を健全なものへ戻すことを優先してもらう。
また元のように、流行のファッションや変わった輸入品の記事を書いていくことになるだろう。きっとその方が情報紙としてはいい結果になるはずだ。
「さて、編集長、チーフデスク……それに、そっちに固まっておるセリオント派の記者たちよ」
タートリオに名指しされ、テンポゥロに与していた連中が身を固くする。
「本来なら、おぬしらからも金をむしり取ってやりたいところじゃが……生憎と、ワシはたった今から猛烈に忙しくなることが決まったんで、おぬしらに構っておる暇がないんじゃぞい」
今この瞬間から情報紙を蘇らせる。
それは並大抵の努力で出来ることではない。
散々調子に乗っていたバカな連中にお灸を据えている暇はない。本当に時間が惜しいのだろう。
なので、そいつらの対処はテンポゥロに任せておく。
そうすればいいんじゃねぇかと、大衆浴場で俺が言ったら「なるほどのぅ」とタートリオが感心していたし、おそらくその通りにするのだろう。
「なのでの、おぬしらからもらうはずの賠償は全部セリオントの小倅からもらうぞい」
「なっ!?」
「なぁに、運営権で十分賄える額じゃぞい」
追加の金は発生しないと聞いて息を吐くテンポゥロ。
だが、納得はしていない様子だ。
「じゃからの。この一連が済んだ後で、おぬしがこやつらへ、個人的に賠償請求でもなんでも、好きにすればよいぞい」
テンポゥロに肩代わりさせた連中の賠償金。
それの額は決めていない。
テンポゥロが好きなだけ請求すればいい。
むろん、バロッサや編集長、他のテンポゥロ派の記者たちは反発するだろう。
それで、だらだらと時間をかけて醜い争いを延々と続けるのだ。
お前らにはお似合いだよ、そんな泥試合。
「では、発行会最高責任者として申しつけるぞい。おぬしらは全員解雇。即刻立ち去るがよいぞい」
「まっ、待ってくださいコーリン様!」
バロッサがタートリオにすがりつく。
足に抱きつき力任せに揺さぶる。
「記者をクビになると、アタシ困るんです! アタシにはこの仕事しかなくて! それに小さい頃から憧れていて! だからっ!」
「自分のことしか考えられぬような者は、ここには必要ないぞい」
「アタシは、他人のことも、世界のことだって考えています!」
「では……、杖を突いておる老人の足にしがみついて体を揺さぶるという行為が、相手にどのような影響を与えるのか、今一度その足りぬ頭で考えてみるんじゃぞい」
「あ…………いや、これは……だって、こうでもしなきゃ話聞いてくれないと思ったし……仕方なくっ!」
「それが、自分のことしか考えられておらんと言うとるんじゃぞい」
タートリオが杖を持ち上げ、床を突く。
カツンと音が鳴り、複数人の記者たちが駆け寄り、バロッサを引き剥がす。
さすがのバロッサも、往生際悪くしがみつくようなことはなかった。
「のぅ、おぬしよ。そして、ここにいるすべての者たちよ。今さら言うまでもないことじゃと口にはしてこなんだが……今、改めてワシが言う言葉をよぉく胸に刻むんじゃぞい」
タートリオが、爺さんとは思えない迫力を持った力強い瞳でバロッサを見つめ、よく通る声で言う。
「『記事を書くためにならなんだってする』というのと、『記事を書くためなら何をしてもよい』というのは似て非なるものじゃぞい。決して混同するでない!」
ガンッ! と、杖を強く床に打ちつけて、これまで出したこともないようなデカい声を張り上げる。
「品性を欠けばそれはもはや記事ではない! 記者も編集者もそのことを努々忘れるなかれ!」
しん……っと、静まりかえる室内で、タートリオが「すぅ……」っと細く息を吸い――
「じゃぞい」
――と、朗らかに自身の口癖を追加した。
この爺さん、大したもんだな。
テンポゥロ以下、テンポゥロ派の者たちは放心したように床にへたり込み天井を見上げ、それ以外の記者たちは弱りきっていた瞳にはっきりと活力を取り戻していた。
一目見れば、どいつが情報紙を大切にしていたかはっきりと分かるな、こりゃ。
タートリオに任せておけば、情報紙はなんとか復活するだろう。
「あぁ、それでじゃの……微笑みの領主様よ。頼みがあるんじゃがのぉ」
「はい。この建物を貸与するための契約を再び交わしましょう」
「恩に着るぞい。さすがは、『BU』を救った大物領主様じゃぞい」
「ぅえええ!? なんっ、いつの間にそんなことになってるんですか!?」
「ほっほっほっ。出所は不明な上、真偽も怪しい話じゃったから眉唾かと思ぅておったんじゃがの、これはあの噂もあながち間違いではなかったようじゃぞい」
「ボクじゃないですよ! 原因は……」
で、こっちを見るな、エステラ。
『BU』関連のあれこれに関して俺は、完全に巻き込まれただけだから。
お前とルシアとマーゥルの思惑にな。
「さて、あとは……金をどうするかじゃぞい……」
腕を組んで深いため息を吐くタートリオ。
やはり、結構な出費になるようだ。
力のある貴族というわけでもないタートリオには厳しい金額だ。
そんな金をポーンと出せるのは――たとえば領主とか。
「ボクは無理だよ」
「……私も、その……姉上の目が厳しいのでな」
ちょっと視線を向けただけなのにエステラとゲラーシーに全力で顔を逸らされた。
別にお前らには期待なんかしちゃいねぇよ。
「タートリオ。俺が貸してやろうか?」
「ひぃいいい!? そ、そなたに金を借りるくらいなら、屋敷を売る方を選ぶぞい!」
随分な言い草じゃねぇか。
「そ、そりゃあ、警戒もするようになるぞい。……ここまで恐ろしいくらいにそなたの思惑通りに事が運んだんじゃからの……未来が見えていると言われても信じてしまいそうじゃぞい」
だからさぁ、うまく事が運んだんじゃなくて、うまく運ぶようにコントロールしたんだっつーの。
人の心ってのは防御力が低いんだ。
初手で強烈なインパクトを叩き込めば、そのイメージはいつまでも心に残り続けるし、トラウマになれば一生逃れることは出来ない。
じわじわ追い詰める時だって、身構えている心にローキックを何度も何度も叩き込んでやればあっさりぽっきりへし折れて、二度と修復することはなくなる。
それが本能的に分かるからこそ、人間は『恐怖』という感情を持ち合わせているのだ。
手遅れになる前に逃げ出せるように。
それは、抗いがたい大きな感情として人の心と体を支配する。
だからな、こういう反省の欠片も見えないようなバカどもを放逐する時は、その前に一手間加えてやると、後々の憂いをなくしてくれたりするわけだ。
「あぁ、そうだ。忘れる前に忠告しておいてやるよ」
へたり込むテンポゥロ、それと悪あがきの女王バロッサに向かって言っておく。
親切な俺からの、とっても大切な忠告だ。
「これ以上俺らの周りでこそこそ動き回られるのは迷惑なんでな、お前らは二度とウィシャートに会うな。もちろん、四十二区やそこに住む者たちへの報復なんてくだらないことも考えるな」
「ウィ、ウィシャート様と会うなだと……馬鹿げている。それを決めるのは、領主であるウィシャート様であって、我々では――」
「この次はねぇって言ってんだよ…………行間読めよ、な?」
これはお願いじゃなく命令なんだよ。
この次、小賢しい画策をすれば――潰すぞ。
「……わ、分かった……言う通りに、しよう」
「…………」
「何か言えよ、バロッサ」
「……分かったわよ」
ここに来ても反省の色はない。
だが、連中は相当疲弊している。
とにかくこの場所を離れたい。ここから逃げたい。
ここから離れさえすれば日常に戻れる。
そんな思いが表情と態度に表れている。
その心理状態は、犯人が自供する一歩手前に似ているな。
もう少しで救われるという儚い期待を打ち砕かれた時、お前たちはその強気な態度を貫き通せるかな?
「バレないようにやれば問題ない、って顔だな」
「…………」
図星なのだろうが、顔を逸らして沈黙を貫くテンポゥロとバロッサ。
「でもな、それ――不可能だから。見てみろよ」
窓の外を指さして言う。
お利口さんなあいつらなら、きっと俺の頼みを聞いてそこにいてくれるはずだ。
みんなで仲良くな。
「見ろって……一体何を………………いゃぁあああ!?」
「何事だ!?」
先に立ち上がり窓の外を見たバロッサが悲鳴を上げ床へ転倒する。
へたり込むなんて生易しいものではなく、足を滑らせて肩から落ちるような派手な転倒。
それでも、痛みなんかないように必死に床を這って窓から遠ざかる。
バロッサの異様な様子を見たテンポゥロが慌てて窓の外を覗き込み、言葉を失った。
窓の外には、ハムっ子が並んでいた。
数百人のハムっ子がずらっと並び、ひしめくように群れて、こちらをじっと見つめている。
同じ顔が窓の外を埋め尽くすくらいにびっしりと並んでいる。
弟妹全員で来るくらいの勢いで集めてくれと言っておいたから、相当な数になっている。
発行会の連中も、チラチラとは見かけていただろう。
ハムっ子ネットワークとして街のあちこちにいたハムっ子を。
それがまさか、こんなに大量にいるとは、さすがに思わないよな?
俺だって、事情を知らなければCGかクローンだと思っていたかもしれない。
「俺たちの目を欺けるだなんて、本気で思っているのなら、お前らの情報収集能力が著しく欠如していると言わざるを得ない」
青ざめた顔で震えるテンポゥロとバロッサに、静かな声で、もう一度だけ忠告しておいてやる。
「もう手を引け。……な?」
二人は、ついでに編集長とテンポゥロ派の記者たちも、泣きそうな顔で何度も頷いていた。
「じゃ、帰れ」
テンポゥロへの支払いは、運営権の失効をもって帳消しとなる。
今後、連中に会う必要はもうない。
ならば、さっさと出て行ってもらおうか。この建物と、俺たちの四十二区からな。
「少し席を外します」と呟いてナタリアが建物の外へ出て、すぐに戻ってきた。
気のせいか、顔がつやつやしている。
「……何をしてきた?」
「エステラ様に危害を加えようとした狼藉者に法の裁きを受けさせるための処置を少々……少々、手荒に」
ド三流記者が捕まったらしい。
まぁ、あいつはエステラに危害を加えようとしたからな。
ナタリアのヘイトも限界超えてたっぽいし。
甘々な領主で有名な四十二区だから死にはしないだろうが、……ナタリアの逆鱗に触れた者がどんな目に遭うかは俺にも分からん。
現在、外に待機させていた兵士に言って牢屋へ連行させたそうだから、明日以降じっくりたっぷりと罰が科されるのだろう。
ナタリアが言うには「十分に罪を償ってから区外へ追放します」だそうだ。
ご愁傷様。
つか、兵士をいつの間に呼んでたんだか。
準備がいいなぁ、デキる給仕長様は。
しばらくの間ざわついていた外が静かになったのを見計らって、俺たちは話を再開した。
「本当に不思議よねぇ。こ~んなに可愛い子たちを見て悲鳴を上げるなんて」
窓辺に立ち、窓の外のハムっ子の群れを眺めてマーゥルが言う。
マーゥルが手を振ると、ハムっ子たちは揃って嬉しそうな顔をして手を振り返してくる。
「あぁ、ダメだわ。お菓子をあげたくなっちゃう。ねぇ、ヤシぴっぴ。みんなにお菓子を配ってもいいかしら?」
「破産しても知らんぞ」
ハムっ子全員にっていうのと、ベルティーナが満足するまでっていうのは破産の危険を孕む禁句だ。
まぁ、費用を抑えたいなら――
「ゲラーシーに綿菓子でも作らせたらどうだ?」
「そうね。それならお砂糖代だけで済むものね。ゲラーシー、至急準備をしてちょうだい」
「姉上!? 私は発行会の今後について、ミズ・クレアモナたちと話し合いを――」
「あ、それ私がやっておくから」
「社会経験はどうなるのですか!?」
「ゲラーシー。一度提示されたものに固執するあまりに状況判断を怠るのは愚者の行為よ。今、一番何を求められているのかを瞬時に察するクセを身に付けなさい」
「あなたのわがままでしょうが!?」
「それがいけない? ……私と敵対するつもり?」
「そんな全力のオーラは卑怯でしょうよ、姉上! オオバ・ヤシロ! 姉上をなんとかしろ!」
「知るか。お前は言われたとおり綿菓子でも作ってろ」
しょーもない姉弟喧嘩はよそでやれ。
で、お前がマーゥルに逆らうのなんか不可能なんだから、無駄な時間を使わせるな。
「さて、と……」
こちらがバタバタしている間も、タートリオはいろいろと金策を練っていたらしく、すっかり静かになってしまっていた。
「あ、あのっ、コーリン様」
そこへ、カーラが意を決した様子で声をかける。
「コーリン様が発行会を率いてくださるのであれば、私たちへの報酬は無しでも構いません」
「そうです! コーリン様は情報紙を救ってくださいました!」
「俺たちはそれだけで十分です!」
「これからまた、みんなで売れる情報紙を作っていきましょう!」
「そうですよ! コーリン様がいれば、また以前のように情報紙が売れるようになります!」
「そうすれば、俺らの報酬も自然と上がりますし」
「そうそう。贅沢は情報紙が売れるようになってからでも遅くないよな」
「そうですよ!」
「一緒に頑張りましょう、コーリン様!」
「コーリン様!」
「……おぬしら……」
発行会を取り戻した。
それだけで十分だと記者たちは言う。
だが、気持ちだけではどうしようもないこともある。
「それでは、みんな倒れてしまうぞい。昨日、飯を満足いくまで食ったという者は何人おるぞい?」
タートリオが腕を上げ挙手を誘うが、記者たちは誰も手を上げなかった。
そう。
こいつらはもう限界が近いのだ。
「売れるようになったら」なんて悠長なことは言っていられないくらいに。
「うむ。決めたぞい! 屋敷を売るぞい」
「コーリン様!?」
「息子にはドヤされるやもしれんが、発行会はもう一つの家族じゃぞい。なんとしても説得してみせるぞい」
「いけません、そんなこと!」
「よいぞい、よいぞい。なぁに、貴族でなくなろうと死ぬわけではないぞい。皆と同じ立場になるだけじゃぞい」
「……ですが」
金ってのは、あるところにはあるのに、捻出するのは非常に難しいものなのだ。
だから――
あるところから出してもらおう。
「タートリオ。金がないと言っているところ申し訳ないんだが……窓の外にいるハムっ子たちを『数名』雇ってくれないか?」
「は……?」
「……いや、まぁ、『数名』というか『数十名』だが」
「いや、じゃがの、冷凍ヤシロよ。すまんがそこまでの余裕は――」
「今年から年中になるヤツが大勢いてな。あと、おつかいは出来るが仕事はまだちょっとって年齢の年少が結構いてさぁ。そいつらに、簡単なお仕事を経験させてやりたいんだよなぁ~」
「じゃからの、冷凍ヤシロ……ワシにそのような余裕は――」
「なぁ、ハビエル。新聞配達って知ってるか?」
渋るタートリオ。
あらあら。金勘定で脳を使い過ぎて気付けなくなってるか。
金がないって、本当、心を抉るからなぁ。
「しんぶんはいたつ? なんだそりゃ?」
「俺の故郷の職業でな、情報紙みたいにいろんな情報が載った新聞ってヤツを契約者の家に届ける仕事なんだ」
「ほぅ、買いに行かなくても家にまで届けてくれるのか」
「あぁ。毎日決まった時間にな」
「そりゃ便利だな」
「おまけに、簡単に出来るから未成年にも任せられる。俺の故郷では新聞奨学生って制度があってな、貧しさやなんらかの理由で学費を稼げない者が新聞配達をしながら自分の将来のために学ぶ金を稼いだりしていたんだ」
「くぉう! なんだそりゃ、泣ける話じゃねぇか!」
少々大袈裟に、ハビエルが目頭を押さえる。
あぁ、分かってくれたか。よしよし。
「で、それを年少から年中のハムっ子にやらせてやりたいんだが……」
「いいなそれ!? え、なに!? 四十区まで来てくれるのか!? 毎日か!? 無理なら引っ越してきても構わんが!?」
いや、食いつき過ぎ!
つか、さすがに年少の妹だけで四十区までは行かせられねぇよ!
行けても年長組だ。
「だから、融資しねぇか?」
「おぉ、しよう! ってわけだ、ミスター・コーリン。四十二区の活性化とワシの心の安寧のためにハムっ子ちゃんたちを雇ってくれるってんなら今すぐ融資してやるぞ」
「……まことですかの、ミスター・ハビエル?」
「うむ! ワシは、嘘は吐かん!」
「幼女にでれでれしたのが娘にバレた時には見苦しい言い訳をしているけどな」
「それはっ……防衛本能だろうが」
ま、命の危機だもんな。
「し、しかし、結構な金額になってしまうんじゃぞい……従業員は全部で百近くおるし……」
「大丈夫だ。ちょうど馬を売ってくれと言ってきている貴族が二人ほどいるんでな。それに、港の工事も順調だし、まぁ、なんとかなる」
「なら、私も寄付を再開させますわ、ミスター・コーリン」
楚々と、マーゥルが手を上げる。
「二度と、血迷わないと私に約束してくださるのであれば」
「ミズ・エーリン……ありがとう、ございます」
「いいえ。ところでヤシぴっぴ。二十九区には来てくれるのよね? ハムっ子ちゃん」
「まぁ、ロレッタの許可待ちだがな」
「そう。ところで、ロレッタちゃんの好きな物ってな~に?」
「買収する気満々か!?」
大丈夫だよ。
危険がないように配慮さえすれば、あいつは弟妹が働くことを喜ぶはずだ。
「えっと、じゃあ、ボクも……」
あはは、エステラ~、顔引き攣ってるぞ。
ナタリアが算出した数字見たもんなぁ、そりゃ腰も退けるよなぁ。
無理すんな。
金持ちがバンバン寄付してくれる中、ちょろっとしか寄付できないなんて、すげぇ目立って恥かくぞ。
それより、お前はお前にしか出来ないことで力になってやればいいんだよ。
「エステラ、お前の寄付は『リボーン』でどうだ?」
「あぁ、そうだね」
もともと、『リボーン』は長期的には継続できない事業として俺たちの間では認識されていた。
様々なギルドや店に記事を依頼するのも、クーポンを頼むのも、取材して特集記事を書くのも、そしてレイアウトを決めてデザインをして、印刷して製本して配布して、売上金を回収して配分してと、結構な手間がかかる。
現在、責任者は俺とエステラということになっている。
リカルドも入れろと喚いていたが、後々のことを考えて入れなかった。
エステラとは、情報紙が正常に戻ったら業務を引き継がせようということで話が付いていた。
正常に戻らないほど腐敗しきっていたならば、新たに人を雇って一つの事業として展開していくつもりではいたが、タートリオになら任せられるだろう。
「『リボーン』の編集部をこの建物に置くから、一緒に運営を頼む」
「なんじゃと!? いや、しかし『リボーン』はかなり金になるものじゃぞい! あれはすごい! 一目見て分かったぞい! あんなものを、今日会ったばかりのワシに……なぜじゃぞい?」
まぁ、確かに、今日初めて会ってすぐに信用するってのは危険なのかもしれないが……
「お前は、俺のとんでもない提案を聞いて即断即決で乗ってくれたじゃねぇか」
大衆浴場の中で「情報紙を取り返さねぇか」という俺の提案に、タートリオは乗ってくれた。
俺を信じて、重要な部分を任せてくれた。
だからまぁ、こいつは信じていいだろうと判断をした。
自称「人を見る目だけはある」微笑みの領主様も、タートリオは信用できると判断したようだしな。
「ただ、『BU』にとって情報紙が特別なように四十二区や外周区の連中は『リボーン』が好きなんだ。ウチから数人編集者を出すから、そいつらと協力してやってくれると助かる」
「それはむしろ、願ったり叶ったりじゃぞい。ノウハウまで寄越してくれるということじゃからの、それは」
見様見真似でやるより、どういった意図でそうなったのかを理解している者が手ほどきしてくれる方がより本物に近付ける。
『リボーン』の関係者を入れておけば急激に雰囲気や方向性が変わることもないだろう。
無論、俺とエステラは当面監修として携わるつもりだ。
だが、いつかは丸投げしたい。
俺もエステラも、そんなに暇じゃないしな。
「あ、でも、ミスター・コーリン。勘違いしないでくださいね。それで、四十二区やボクに都合のいい記事を書けというわけではないですから」
「ふふ……、そんなことは分かっておるぞい。分かって…………すまんぞい」
不意にタートリオが目頭を押さえて言葉を切る。
「いや、なに。年を取ると涙もろくていかんぞい」
滲む涙を拭い、しわだらけの顔に笑みを浮かべてエステラを見る。
「こんなに気持ちのいい若者に出会えて、ワシは果報者じゃぞい。あなたに阿るつもりはないが、それでもきっとあなたを悪く書く記事は情報紙には載らんぞい。真実をありのままに伝えるのが、ワシらの情報紙じゃからの」
微笑みの領主様は大人気、ってことか。
「期待以上の成果を出してみせるぞい。情報紙も『リボーン』も」
「はい。あなたならきっとそれが可能だと確信しています」
「ほっほっほっ。期待が重くて肩が凝りそうじゃぞい」
「『ボクには無縁ですよ、肩こりは』」
「言ってないよ! あと声色も全然似てないからね、ヤシロ!」
ま、タートリオが本気を出して、ここの記者連中がその意思にしっかり追随するなら、また以前のように寄付が戻ってくることだろう。
今、少しの間苦しい時期を乗り越えられればな。
「……『微笑みの領主』様。その名に偽りなしじゃぞい」
ほころぶタートリオの口からこぼれ落ちた言葉に、如何に領主という仕事が肩にくるかなんてことを力説しているエステラは気が付かない。
でも、本人が知らなくても、周りがそれを知っていれば評判は広まっていく。
エステラの、実にエステラらしい評判がな。
それは、ウィシャートの力による影響力なんかよりもよっぽど強固なものとして影響を及ぼし、やがて目に見える形で現れるだろう。
よかったな、微笑みの領主様。
「腹減ったな」
俺が言うと、その言葉に誘発されたのか誰かの腹の音が鳴った。
「ぐぅうぅ……!」と、盛大に。
「……ふふ」
思わず吹き出したエステラに、記者の中の女性が一人恥ずかしそうに顔を俯けた。
「あぁ、ごめん。そういうつもりじゃなくて――」
君を笑ったんじゃないよと、エステラがフォローをして、俺をチラッと見る。
そうだな。そうしてやるといい。
「それじゃあ、みんなで食事にでも行こうか」
「……え?」
領主と食事することなど、一般人には縁のないことだ。
……縁がないことのはずなんだけどなぁ、普通は。
「いえ、あの……でも」
「大丈夫だ。今日の夕飯を寄付してくれるんだとよ、微笑みの領主様が。な?」
「えっ……ボクが、出すの?」
お前な……ハビエルとマーゥルが気前よく金を出したんだから、飯代くらい出せよ。
……どうせ、ジネットが信じられないくらいおまけしちまうんだから。
「ハムっ子~!」
「「「なーにー!?」」」
「ネットワークを駆使して持ち寄れる食材を全部持ってこい。みんなで一緒に飯を食おうぜ」
「「「みんなで!?」」」
「「「これはすごいニュースやー!」」」
「「「すぐに伝えてくるー!」」」
「「「ごはーん!」」」
ザッ! と、蜘蛛の子を散らすように駆け出したハムっ子の群れ。
……さぁて、公道をどこまで占拠しようかなぁ。
で、駆け出す前に一人だけ捕まえておいたハムっ子に視線を落とす。
「はわゎ……まさかの、仲間はずれやー」
「なんだ、ハム摩呂だったのか」
「はむまろ?」
「お前には特別任務を頼みたいんだが、いいか?」
「特別任務!? ……かっこいい」
大きな目をキラキラさせてこっちをガン見してくるハム摩呂。
「陽だまり亭に行って、ジネットに『大人数の料理の準備を頼む』って伝えてくれ」
「うん! それから?」
「かなり広い場所が必要になるって言っといてくれ」
「うん! それから?」
「あ~、じゃあマグダたちにも覚悟しておくようにって」
「うん! それから?」
もうねぇよ!
……が、この期待した目は…………
はぁ、しょうがない。
「あと、これは極秘に――『ベルティーナに気付かれないように』と」
「分かったー! 伝えてくるー!」
「ちゃんと伝えろよー!」
「壊れかけの、レイディオやー!」
すっげぇ不安だよ、それ。
……いや、壊れかけならまだ壊れてはいないのか。
っていうか『レイディオ』はなんの翻訳なんだよ?
ねぇだろ、この街に『レイディオ』的な物!
あるなら見せてみろよ、えぇ、『強制翻訳魔法』さんよぉ!
「ねぇ、ヤシロ。何割伝わると思う?」
「とりあえず、ベルティーナの参加が決まったってことだけは確かだな」
「あの人数だからね、隠し通せるわけがないよ」
カラカラと笑って俺の肩を叩くエステラ。
思いもしない急転直下で情報紙問題が片付いてほっとしているようだ。
随分と無防備な笑顔をさらしている。
「微笑みの領主様……無防備な笑顔、ボディータッチ……っと」
「今、何をメモしたんですか、ミスター・コーリン!?」
「むっ! いかんぞい! ネタ帳は記事になるまで他人には見せられんのじゃぞい!」
「事実と異なる情報の拡散はやめてくださいね!」
「うむ! 事実のみを伝えるぞい!」
「誤った解釈もやめてくださいね!」
「うむ! 事実のみを伝えるぞい!」
「心配だなぁ、その笑顔!」
エステラがタートリオを呼ぶ時の『ミスター』も、今日明日でなくなるだろうな、この調子じゃ。
「あらあら、もうあんなに空が暗いのね」
マーゥルが窓の外を見つめ呟く。
もうすっかり夜だな。
「それじゃ、難しい話は明日以降にして、陽だまり亭に戻るか」
「そうだね。ボク、もうお腹ぺこぺこだよ」
「本当だ。ぺったんこだな」
「もう少し下だよ、お腹は!」
「微笑みの領主様……ぺったんこ……」
「そのメモを寄越したまえ、コーリン! 没収だよ!」
「こ、これは記者の命じゃぞい!」
「しょーもないことしか書かれていないメモなんてただの燃えるゴミだよ!」
「価値観の相違じゃぞい!」
エステラのぺったんこが世に広まるのも時間の問題かもしれな……あ、もう広まってるか。
「あ、あの……」
俺たちが編集部を出ようとした時、一人の女記者が不安げな顔で声をかけてきた。
「これからどちらへ?」
俺やエステラはもちろん、ハビエルやマーゥルも行き先は分かっているようだが、俺たちと面識のない記者連中には分からなかったようだ。
「これから向かうのは陽だまり亭という食堂だよ」
「えっと……あの……」
「そこで、みんなで食事を取ろう。とても美味しい料理を出してくれるだろうから、期待していていいよ。あ、お金はボクが出すから」
エステラの宣言に、記者たちがざわめいた。
会話の流れで「なんかそんな感じかな~」とは思っても、実際はっきり言われるとインパクトがあるようだ。
「でもあの……、いい……の、でしょうか?」
記者たちは皆、エステラの方へ視線を向け、申し訳なさそうに眉を歪める。
「私たちは、会長たちを止められませんでした」
「情報紙には、四十二区や領主様……それに、みなさんのことを悪く書いた記事も載りました」
「それを、配り歩いたこともありました……」
そうして、誰からともなく洟を啜る音が聞こえてくる。
「私たちは、まだ……罰を受けていません。コーリン様を連れてきていただいて、情報紙を取り戻していただいて……助けられてばかりです! 私たちにも罪はあるのに、それなのに……私たちは……っ!」
ついには泣き出した女記者に、エステラは歩み寄り、ぽ~んぽんと頭を撫でる。
「なら、今からしっかりと記者としての人生をまっとうしてくれればいいさ」
「ですが、それでは――!」
「君たち一人一人に償いをされていたら、ボクの時間がなくなっちゃうよ」
「……あ」
償いすらさせないってのは、酷い対応でもあるのだが、こいつの場合は違う。
「だから、君たちの罪や責任、失態や不敬は、全部責任者に負ってもらうことにするよ」
にっこり笑ってタートリオを指さす。
「今後、彼がきっと、ボクやボクたち、そしてこの街に対して今回の償いをしてくれる。時間がかかるかもしれない。けれど、彼はきっとそうしてくれる。だから、君たちはボクではなく、彼に償いをするんだ。自分たちの罪をすべて肩代わりしてくれる君たちの代表にね。それで大丈夫。彼と君たちなら、きっとボクの信じている通りの償いをしてくれる。そう信じているよ」
要するに、一所懸命働けよってことだな。
相変わらず甘々な裁量だが、こいつらも被害者みたいなもんだしな。ま、そんなところでいいだろう。
「ありがとうございます……なんと、なんと申し上げればいいのか……」
「いいよ。これからの頑張りを見せてもらうから」
「はい……頑張ります。あなたの期待に応えられるように……微笑みの領主様の」
「……出来ればさ、その呼び方、なんとかならないかなぁ?」
「それはちょっと」
「すごく反省していたはずの娘なのに、頑な!?」
呼びたいんじゃないか、『微笑みの領主様』って。
よかったなぁ、人気者で。……ぷぷー!
「君からの数々の不敬は君自身に支払ってもらうからね、ヤシロ」
何も言ってないのに!
八つ当たりだ!
「それじゃあ、陽だまり亭に行こう。きっと、もう料理をして待ってくれているよ」
エステラに続き、俺たちも建物の外へ出る。
外はもう真っ暗だった。
ニュータウンを出て、ぞろぞろと大行列を率いて陽だまり亭へ向かう。
「わぁ……」
「おぉ、これは……」
街道を歩いて、その先に見えてきたのは――
「おかえりなさい、みなさん!」
陽だまり亭からはみ出し、街道一杯に広がった美しい白い光。
結構な範囲にまでテーブルが並べられ、そこに「これでもか!」と料理が山積みされている。
立食パーティーというより、祭りの夜店のような雰囲気で、大量のハムっ子があちらこちらに散らばって手伝いをしている。
よく見れば大工もいる。木こりや狩人の連中も。
「あっ! 先輩!?」
売り子女子カーラが一ヶ所に固まる男たちを見つけて駆け出した。
その『先輩』たちのそばにはイネスとデボラが。
「ナタリアさんより情報をいただき、情報紙発行会を不当に解雇された元記者たちを集めておきましたよ」
「イネスさんとの連携で、この時間までに全員を集めることが出来ました。
「「どうです、この手腕?」」
「すごいすごい。二人ともよくやってくれたから、『褒め』を催促するな」
「催促しなければ褒めてくださらないではないですか」
「ナタリアさんは、不意に褒められて乙女心を揺らしているともっぱらの噂ですのに」
その奇っ怪な噂の出所はどこだ?
んなことねぇよ。
けどまぁ、よく集めてくれたもんだ。
褒めることでこの次も最高のパフォーマンスを発揮してくれるなら、これは投資だな。
「さすがだな、二人とも。やっぱりお前らは優秀だよ」
「「いやぁ、それほどです」」
「いや、そこは否定して!?」
なんであと一歩のところで残念な方向へ舵切るの!? ソレも全力で!
モンキーターンもビックリな急旋回だよ!
「ヤシロさん」
穏やかな声が俺を呼ぶ。
この声はもちろん――
「このようなパーティーはいつでも大歓迎ですよ」
――ベルティーナだ。
ご飯の時は、ジネットよりも先にベルティーナが寄ってくる仕様になってるんだよ、なんでか。
「教会のガキどもは?」
「はい。お呼ばれしています」
どうやら、ハムっ子が伝えに行ったらしい。
そういや、ハムっ子のちっこいのが教会で世話になってんだっけな。
じゃ、しゃーねぇーか。
「ヤシロさん」
そして、今度はジネットが俺に声をかけてくる。
「お料理のリクエストがなかったので、適当に作ってしまいました」
「いや、いいよ。何が出てきても美味いからな」
それよりも、ほんの十数分でこれだけの準備を整えた手腕を褒めたいよ、俺は。
……と、振り返ると、ジネットがもじもじしていた。
「あの…………ありがとう、ございます」
ん?
……あぁ、「何が出てきても美味いからな」って言ったからか。
それは『陽だまり亭は』ってつもりで言ったのであって、別に『お前の手料理は』って言ったわけじゃ……まぁ、結果一緒なんだけども。
だから、まぁ。
「悪かったな、急な話で」
「いいえ。えっと……頼っていただけるのは、嬉しいですし。お料理するのも、好きですし…………美味しいと、言っていただけるのは、もっと……」
うん。
それはよく知っている。
知っているから……蒸し返さないでくれ。
え~っと……
「……なんか、手伝うか?」
「いえ。私がお料理します」
にっこり笑ってそう言って――
「なので、ヤシロさんは、美味しく召し上がってくださいね」
――そんなことを言い残して店の中へと駆け込んでいった。
なぁ、ジネット。
……悶え死にしそうだよ……まったく。
「はっはっはー! どーだ、ヒューイット弟妹のお子様たちよ! これが、私の綿菓子だ!」
「「「領主様、すごーい!」」」
「素直でいいなー、子供は!」
「ハビエルを発症してんじゃねぇよ、ゲラーシー」
「よく分からぬことを申すな、オオバヤシロ! ……なんだ、少し顔が赤くないか?」
「ねぇーよ」
俺は今、お前をいじめて心の安寧を図ろうとしてるんだよ。
甘んじて俺にいじられろ。
「あの後、すぐに戻ってきて綿菓子作ってたのか? さすがお姉ちゃんっ子だな」
「誰がっ!? ……脅迫であったろう、あれは」
近くにマーゥルがいないことを確かめて小声で話すゲラーシー。
怖いなら、危険な言葉を『会話記録』に残すなっつーの。
「ノーマは?」
「彼女なら厨房だ。店長殿を手伝うと言っていた」
「……なんか、微妙に敬意を払ってないか、その二人に?」
「うむ。彼女らはどちらも綿菓子への造詣が深いのでな。学ばされる部分も多くあったのだ」
お前の判断基準は綿菓子か。
「いくらカンパニュラが綿菓子好きだからって、親友とか名乗るなよ」
「うむ。彼女は将来大物になるぞ。私には分かる。彼女はいい目をしている」
綿菓子を見る時の目が――だろ?
「彼女は、もしかすると、ミズ・クレアモナを超える人間になるやもしれんぞ」
「おっぱいの話か?」
「違うわ!」
「エステラを超えるのは当然だろうが!」
「……そなた、そのうち刺されるぞ?」
大丈夫だ。エステラはこの程度では刺さない! ……たぶん。
「とにかく、私は忙しい。話ならまた後にしてくれ」
マーゥルに言われてすぐ編集部を出ていたゲラーシー。
自分がいないところでどんな話がまとまったのか、興味はないらしい。
どんだけ夢中だ、綿菓子に。
まぁ、おそらく初めてマーゥルから綿菓子を求められたんだろうし、嬉しかったんだろうな。
「ヤシロく~ん☆」
「マーシャ? それにミリィも」
ミリィに荷台を押されてマーシャがやって来る。
「こんばんゎ、てんとうむしさん」
「どうしたんだ?」
「あのねあのね~! ハムっ子ちゃんがね、港まで来てね、陽だまり亭でパーティーするって教えてくれたの☆」
「ぅん、みりぃのところにも、果物を取りに来てね、『みんなでご飯だょ』って」
おぉう……『みんな』の拡大解釈。
「エステラ~!」
「あぁ、うん。こっちも状況を見てなんとなく把握したよ」
エステラの向こうには、嬉しそうな顔をしたリカルドとカワヤ工務店の面々が勢揃いしている。
「ぁの……もしかして、違った?」
「あぁ、いや。大丈夫だ」
どうせ、ジネットはじゃんじゃん料理を作るだろうし、この状況を見ればここにいる金持ちたちがこっそりカンパしてくれるだろうし。
「リカルド兄さんが半分くらい持ってくれるだろうし」
「えっ、そうなんですか、リカルド兄さん! ボク、感激しちゃうなぁ」
「息ぴったりか、貴様ら二人は!?」
とか言いながら財布を出すリカルド。
いや~、悪いっすねぇ、なんか催促しちゃったみたいで。
「ただ、ジネット一人じゃさすがに大変だろうから、ミリィも手伝ってくれるか、料理」
「ぇ…………ぅ、ぅん。……出来る、範囲で、なら……」
あ、ミリィは料理出来ないのか。
「ぁのね、ちがぅよ? ぉ料理ね、出来なくはないんだよ!? でも、ぁの……じねっとさんレベルは……ちょっと……」
「さすがにそこまでは求めねぇよ」
ジネットレベルなんか、誰にもマネ出来ないって。
「ヤーくん、お疲れ様です」
「おつかれしゃ、えーゆーしゃ!」
テキパキと、出来た料理を外へ運んでくるカンパニュラとテレサ。
「わぁ、かゎぃい……。この娘が噂のかんぱにゅらちゃん?」
「あぁ。ミリィは初めてだっけ?」
「ぅん。会いたかったんだけど、今、オレンジの収穫がピークで」
やっと会えたと喜ぶミリィ。
わぁわぁと、小さなカンパニュラを見つめる。
「紹介がまだだったな。カンパニュラ、彼女はミリィ。生花ギルドの妖精だ」
「そ、そんなかゎいいものじゃ、なぃ、ょぅ……でも、ぇへへ、ありがと、てんとうむしさん」
「なるほど。把握しました。ミリィ姉様は、みなさんの癒やしなのですね」
さすがカンパニュラ。
一瞬でミリィの立ち位置を理解したようだ。
で、そのミリィは『姉様』呼びに心を射貫かれていた。
「ね……ねぇさま…………あぁ、だめだょう……かんぱにゅらちゃん、かわいすぎる……」
悶えるミリィを、マーシャが締まりのない顔で眺めている。
「かわいい~ねぇ、どっちも☆」
「その顔、ハビエルがすると斧が飛んでくるらしいぞ」
「私の場合は平気だから、存分にでれでれしよ~っと☆」
ちゃぷちゃぷと水を跳ねさせるマーシャ。
やっぱり自分からは絡んでいかないんだよな、子供には。
可愛がられる立場は得意でも可愛がる立場はそうではないんだよなぁ、こいつ。
「ぁの、みりぃもお手伝い、させて」
「ミリィ姉様のような方にお手伝いしていただけると助かります。では、お願いしてもよろしいですか?」
「ぅん! まかせて! てれさちゃんも、よろしくね」
「ぅん! みりぃしゃ、いっしょ、うれしー!」
あぁ、子供が三人。
「じゃあ、悪いが面倒を見てやってくれるか? まだ小さいが、自分で考えて行動できるしっかりとした娘だからその点は安心してくれていい。よろしく頼むぞ、カンパニュラ」
「ぇっ!? 今、みりぃがお願いされたの!? みりぃの方がお姉さんだよぅ!」
んふー。
怒るミリィはいつ見てもいい。
「ヤーくん。またそういうことを言って。困らせてはいけませんよ。むぅ!」
「おい、ヤシロ。いくら出したらその場所変わってくれる?」
「今朝買ったばかりのおニューの手斧が血を吸いますわよ、お父様?」
「お前ら、ガキもいるんだから暴れるなら向こうでやってくれよなぁ」
にゅっと生えてきたハビエルの背後に這い寄って息の根を止めようとしていたイメルダの後ろからデリアが現れて木こり親子を抱えて遠ざかっていった。
ヤバイ。
陽だまり亭に濃い人間がいっぱいいる。
濃度が酷いことになっている。
「あ、お兄ちゃん!」
ロレッタが店内から顔を出し、駆けてくる。
途中タートリオを見つめて「あ、行く前よりいい顔になったですね」なんて言葉をかけてジジイを有頂天にさせている。
……お前、下手したら「ワシの全財産をあの娘に!」的なこと言われるポジションに収まりそうだな。
無自覚悪女か、こいつ……
「お兄ちゃん、料理はまだ出揃ってないですけど、始めちゃっていいですか?」
「何か急ぐ理由があるのか?」
「年少の弟妹と教会の小さい子供たちはもうすぐおねむの時間なんです」
「あぁ、それは大変だな。じゃあ、有り物で始めるか」
「ありがとうです!」
ぴょんと跳ねて、ウェイトレスロレッタ渾身の笑みを浮かべる。
俺にそんな全力出さんでも……
「ほらほら、あんたたちー! もうすぐ寝る時間ですから、さっさと食べちゃうですよー!」
「「「はーい!」」」
そして、すぐさま長女モードに突入する。
「ベルティーナ」
「はい、いただきます」
「その前にガキどもにな!」
「はい。任せてください」
なぜいの一番に箸を付けるかなぁ、あの奔放ママさんは!
「マーシャ、悪い。中を手伝ってくるよ。ガキが好きそうなヤツは先にじゃんじゃん出すように言ってくる」
「うん☆ ハムっ子ちゃんがいっぱいいるから、心配しなくていいよ~☆」
ハムっ子は、マグダほどではないが力が強い。
年中になれば、マーシャの水槽も押せる。ただ、扱いが荒いのでマーシャが避けているだけで。
「あとで海鮮丼でも作ってくるよ」
「わはっ☆ じゃあ、お腹に余裕持たせて待ってるね」
放置してしまうので少しだけ気を遣って店内へ向かう。
「あ、ヤシロ君、ちょっとだけ待って~」
店に入る手前で呼び止められ、手招きされる。
近付くと、一枚の紙を渡された。
「手書きだけど、洞窟の内部図。大工さんがいっぱい手伝ってくれるから、拡張工事も早く終わっちゃいそうだよ」
「へぇ、そりゃよかった」
手書きの内部図を見ると、洞窟は結構長いようだ。
トルベック工務店とカワヤ工務店だけだったら、結構時間が取られたかもしれないな。
「予想だけど、一ヶ月くらい工期が短縮できそうなんだって」
「おぉ、やったな」
港が完成すれば、海の幸が安定して手に入る。
日本生まれ日本育ちの俺としては嬉しい知らせだ。
「うん。そしたら、い~っぱい遊びに来るからね☆」
「おう。楽しみにしてるよ」
いつも、どこか澄ました笑みを浮かべているマーシャが、今日は心底嬉しそうに笑っている。
港の完成が本当に嬉しいらしい。
港が出来たら、完成記念で大海鮮祭りの開催だな、これは。
もちろん、エステラの金で。
陽だまり亭の店内にもハムっ子がひしめいており、食べている者と手伝っている者が入り乱れていた。
急いで食べているちんまいハムっ子は、長女命令で寝る時間が決められている年齢の連中だろうな。
「うまいか?」
「「「うまいー!」」」
「こら! 『美味しい』ですよ!」
「「「それー!」」」
「横着するなです!?」
小さい連中の面倒はロレッタが見ている。
少し外が不安だな。デリアも席を外しちまったし。
「マグダ、外にマーシャがいるんだ。頼めるか?」
「……任せて。……ヤシロは?」
「お子様ランチ担当だ」
「……了解。任せた」
厨房の入り口で役割をバトンタッチし、厨房へ入る。
厨房にはジネットとノーマがいて、フル回転していた。
「おぉ、ノーマ、悪いな」
「構わないさね。ゲラーシーが挑戦してきた時はイラッてしたけれど、完膚なきまでに叩きのめしてやったから、気分爽快さね!」
実力を認められて有頂天というところか。
安いな、お前の自尊心。
そして、チョロい! 心配になるレベルで!
「ガキどもがそろそろ寝る時間らしいから、ガキ用の飯を先に作るぞ」
「では、わたしもお手伝いします」
「いや、ジネットは忙しいだろ?」
「大丈夫さよ。大人向けの料理はアタシに任せておくれな。お子様ランチは、あんたら二人の方が早いさろ」
「では、ノーマさん。煮込みと焼き物をお願いしますね」
「分かったさね」
ノーマが鼻歌交じりにかまどの間を行き来する。
すごい上機嫌だな。
「うふふ……ノーマさん、子供たちに『大好き』って抱きつかれていたんですよ」
「いつ?」
「さっきです。綿菓子を作っていた時に」
「へぇ~」
俺も「おっぱいが好きです!」って言ったら抱きつ――
「ヤシロさん」
鼻を摘ままれました。
……俺の顔、液晶ディスプレイにでもなったのかな? 顔に書かれ過ぎじゃない?
「ハムっ子さんたち、すごく興奮されていました」
「綿菓子でか?」
「いえ。その前から。ヤシロさんが嬉しいことを言ってくれたって」
「俺が?」
あぁ、もしかしてアレか。
「情報紙の配達員に、年少から年中を使えないかって話をしててな」
「年少の子たちもですか?」
「あぁ。年中組と二人一組くらいで組ませて、散歩気分で契約者の家に届けるんだ。引率がいれば年少でも出来そうだろ?」
「そうですね。シスターも言っていました。遠くまで歩いて、世界を広げていくのはいい経験になると」
「毎日が大冒険になるぞ、きっと」
「うふふ、そうですね」
「ただ、危険がないようによく見ててやらなきゃいけないけどな」
「はい。わたしも協力しますね」
「ハムっ子ネットワークもあるし、ハムっ子が手伝いに行っているギルドの連中にも話をしておけば、見かけたらそれとなく見守ってくれるだろう」
「そうですね。これまでのハムっ子さんたちの頑張りが評価されている証拠ですね」
「あとは、責任感にでも目覚めてくれればいいんだが」
「それは、大きくなるにしたがって、ですよ」
「いや、次女という例もある……」
「次女さんはとっても責任感のあるお姉さんですよ」
「どこがだよ!?」
「全部が、です」
とんだ節穴だな、お前の目は。
ジネットフィルターにかかると、どんなものでも三割増しでよく見えるんだろうな。
「あんたらの会話、まるで子を心配する親みたいさね」
「へっ!?」
大根を桂剥きしながらノーマがそんなことを言う。
「店長さんはともかく、ヤシロが心配性なのは、やっぱりちょっと面白いさね」
「あのな、ノーマ。俺は新しい事業の成否に関わる問題点として――」
「はいはい。分かってるさよ~」
「絶対分かってないよな、お前?」
「うふふ、わたしも分かってますよ~」
「ジネットまで……」
はぁ、もういい。
俺はふて腐れて、にこにこ笑う美女二人にチラチラ見られながらお子様ランチを一心不乱に作っていった。
あとがき
ついさっき、ビックリする出来事に遭遇しました、宮地です。
毎度毎度、あとがきや本編を書く時には行きつけの喫茶店にお邪魔しているんですが、
そこでトイレに行ったんですね。
えぇ、男子トイレに。
もちろんもちろん。
いやいや、「今回は」とかじゃなくて。
普通にね。
「たまたま」でなく、毎回。
で、抑圧からの解放を終えてトイレから出ると
めっちゃぴったりなタイミングでばったりと女性と鉢合わせまして。
ぶつかるかと思うくらいばったりと。
で、その女性が私を見た瞬間に目を見開いて、
女性「なんでこんなところに男の人がいるんですか!?」
宮地「え…………男子トイレ、だから?」
めっちゃ男子トイレなんですよ?
共用じゃなく、ちゃんと男子女子に分かれているトイレの
男子トイレに入っていたんですよ。
なのに、めっちゃ怖い顔で睨まれて――
女性「……そうですか。ふん!」
――って!
え、私何かしました!?
一瞬「ごめんなさい!」って言いかけちゃうくらいの剣幕でしたけども。
で、その女性、トイレに入らずお店出て行きましたけれども!
(」 ̄□ ̄)」何がしたかったのー!?
謎でした。
ここはもっと、ウィットに富んだ返しが出来れば
ジェントルマン検定一級とか取れたんでしょうけれど、まだまだ未熟でしたね。
女性「なんでこんなところに男の人がいるんですか!?」
宮地「君に出会うために、さ☆」
う~ん……準二級!
この程度じゃ準二級ですね。
もっとお洒落に、且つ、スマートに――
女性「なんでこんなところに男の人がいるんですか!?」
宮地「でゅふっ、カメラ仕掛ける場所間違っちって、今から仕掛け直しに行くところっす」
犯罪者検定一級!
よし、一級だ!
ただし、受けた覚えのない検定ですけども!
女性「なんでこんなところに男の人がいるんですか!?」
宮地「え、あなたには私が見えるんですか?」
地縛霊検定二級、ですかね。
ちょっと台詞がベタでしたね。
「あなたの後ろにいるの」「いや、目の前やんけ!」くらいのやり取りが出来ると一級も狙えたんですが、まだまだ勉強が足りませんでした。
そもそも地縛霊検定の勉強した覚えはないんですけども!
いや~、でもアノ場面で女性に「きゃー!」とか叫ばれていたら、
私の人生、どうなっていたんでしょう……((((;゜Д゜))))
翌朝の新聞に載っちゃったりして――
『宮地拓海、やっぱりヤリやがった!』
( ゜Д゜)おぉーい!
やっぱりってなんだ!?
どこ新聞だ!? 解約してやるからな!
『宮地拓海、二年ぶり四度目の逮捕!』
(;゜Д゜)そんな新記録更新みたいな書き方!?
前科ないですからね!
『可愛いパンダの赤ちゃん初公開』
(」>△<)」宮地さんに興味持ってー!
『宮地拓海、河口湖に嫌われる』
(;´・ω・`)そんなこと、ない、はず……
そりゃあ、二年前は出発一週間前に台風が来て
今回は出発二時間前に地震が発生して電車止まるかもってヒヤヒヤしましたけれども!
私が河口湖行きのチケット取る度に何かしら起こりますけども!
……次回は、何事もなく行けますように
『拓ノ海、初白星』
(;´Д`)お相撲さんかな!?
なんかいそうですけどね!
いや、すみません。
書こうと思っていたあとがきがあったんですが、
なんかもう、すっごいドキドキしちゃって。
なんならまだドキドキしてまして。
でも、あとがき書かなきゃ更新遅れちゃうしで
えぇ~い、この気持ちのまま書いちゃえ~!
というノリで書いております、現在。
いつの日か、私が痴漢えん罪で捕まったら、
皆様擁護お願いしますね!
警察の方がここら辺チェックしたら
「あぁ、やっぱりかぁ」とか
「やりそうだなぁ」とか思っちゃうと思うので
「宮地さんはそんな人じゃないですよー」って、
声を大にして言ってくださいね!
もしくは胸を大にして、
いや、胸を露わにして!
そして盛大にぷるんぷるんさせて、
「宮地さんはそんな人じゃないですよー(ぷるんぷるん)」
と、言ってくださいね☆
……嫌疑が晴れる気がしません。
しかし、見ず知らずの女性に声をかけられるとドキドキしてしまいますね。
トキメキとはほど遠い、心臓が痛くなる感じのドキドキなのが悲しいですが……
随分前になりますが、
電車に乗っていた時、
そこそこ混んでいたので、座席の前に立っていたんですが
私のすぐ後ろに女子高生が乗ってきまして
その女子高生が背負っていたリュックを(おそらく前向きに背負い直そうとして)降ろした際、
女子高生の手が私のお尻を結構な強さで「ぱーん!」って叩いたんですね。
こう、肩紐を肩からズラして、腕を抜こうとしたその腕の勢いが強過ぎて
後ろにいた私のお尻に『ジャストミート☆』しちゃったんだと思うんですが、
その時、女子高生が――
「ごめんなさい、痴漢じゃないです!」
――って。
えぇ、分かってます。
私のお尻に触ってもなんの利益もありませんし、
っていうか、女子高生さん、
電車の中で、大きな声で、私に向かって「痴漢」なんて言葉を発さないでください(T-T)
心臓、「きゅっ!」ってなっちゃったじゃないですか!
その後、
女子高生「私だけが触るのは不公平なので……触っていいですよっ!」(*ノωノ)
みたいな展開はなく、
ただただ「早く駅に着いて~」と願いながら、心臓の痛みに耐えてましたね。
ほら、その直後に場所を移動したら感じ悪いじゃないですか?
女子高生「は? 痴漢じゃねぇーつってんじゃん? なんで逃げるわけ?」
とか思われたら……
世の女性の皆様、
気の弱い男子はいつもこれくらいビクビクして生きているのですよ。
見かけた際は、優しく接してあげてくださいね。
いやぁ、しかし、ドキドキが収まりませんね。
仕方ない。
あまりに落ち着かないので、仕掛けたカメラを回収してさっさと帰ることにしま…………仕掛けてませんよ!?
今、「あ、やっぱりね」って思った人!
そーゆー決めつけよくないですからね!?
ジョークですよぉ~!
いつか宮地さんが捕まった際、
宮地さんをよく知る読者さんのインタビューが、
「まさかそんなことをするなんて、驚きました」になるか、
「やっぱり、いつかこうなると思ってました」になるか、
ドキドキしながらその日を待ちたいと思います。
次回も……いえ、今後とも、この先も、
どうぞよろしくお願いいたしますっ!
宮地拓海




