290話 情報紙発行会の言い分
事が起こってから、連中の行動は早かった。
「この度は、当紙の記事によりご迷惑をおかけしたようで、誠に申し訳ありません」
情報紙を発行している組織は『情報紙発行会』という、そのまんまの名前で、ギルドではなく会社のような形態を取っているようだ。
有力者からの寄付と情報紙の売り上げで運営している。
株式会社というより慈善団体に近いのかな、寄付が屋台骨になっているようだし。
ただ、慈善活動は一切してないけどな。
まぁ、最新の情報を素早く発信するってのは慈善事業に当てはまる……か?
とにかく、団体の維持には有力者からの寄付が不可欠だ。情報紙の売り上げだけで今の規模をキープするのは不可能だろう。
だから、今回のように大口の寄付をしている有力者を一遍に怒らせるのはタブー、自殺行為……の、はずなのだ。
怒鳴り込んだリベカやドニスとは異なり、マーゥルは『そちらから出向いてこい』と通達をしていた。
二十九区と二十三区の軋轢をチラつかせて。
二十九区と二十三区が衝突するなんてことは、二十三区側が必死に回避するだろう。なにせ二十九区は、これから港が出来るぞって盛り上がっている四十二区とニューロードで繋がっているのだ。
数ヶ月後には利益が爆上がりすることは目に見えている。
そこと仲違いしてもいいことなど何一つない。
特に、二十三区領主のイベール・ハーゲンは、マーゥルの恐ろしさを知っている世代でもあるしな。
二十三区が保身に走るなら、情報紙発行会の本部を二十三区から叩き出すという選択を取るだろう。
発行会としては、それだけはなんとしても阻止したいのだろう。連中はマーゥルからの呼び出しに素直に応じたようだった。
そんなわけで、マーゥルたちが抗議をしてから数日後。
発行会の取締役会長と情報紙編集長、そしてあの記事を書いた記者が揃って陽だまり亭へとやって来ていた。
いや、だからなんで陽だまり亭だ!?
「マーゥルんとこでやれよ、こういう暑苦しいのは」
「あら? 約束したじゃない。記者が見つかり次第連れてくるって」
確かに言ってたけども。
会長と編集長なんて偉そうなのが二人もついてきてんじゃねぇか。
「今回、あの記事に憤りを感じたのは私だけではないもの。きちんと全員に説明をした方がいいと思うわ」
「はいっ。ミズ・エーリンのお心遣いに感謝いたしますです、はい!」
編集長がハンドタオルで汗を拭き拭き頭を下げている。
陽だまり亭は開店しているが、朝食のピークを過ぎ、ランチのピークまでもう少し時間がある。
なので場所を貸す分には問題ない。
だがまぁ、気ぃ利かせてなんか頼めよ、金持ちども。陽だまり亭懐石とかどうだ?
「あぁ、そうそう。このお店は、私が個人的に気に入っているお店なのよ。今回は『私のわがままで無理やり場所を提供してくれただけ』だから、不当な怒りを向けたりしないでちょうだいね?」
「はい、それはもちろんっ。あの、場所をお貸しいただいて、ありがとうございますっ」
編集長がジネットにぺこぺこと頭を下げる。
コメツキバッタのような編集長だ。腰が低いというか、とにかく全部謝っとこうみたいな頼りなさと気の弱さが全身から迸っている。
ただまぁ、その謝罪の言葉はことごとく軽く感じるけどな。
とりあえず全部謝っとけ感とでもいうか、何を言っても「はい、すみません」って感じだ。
テーブルを二つくっつけ、入り口に背を向けるように会長、編集長、記者が座っている。
マーゥルがそのように座らせた。下座だ。自分たちとの立場の違いを明確に知らしめている。
発行会の連中の前には、マーゥルとドニスが座り、ドニスの隣にはリベカ、ルシア、エステラが座っている。
バーサ&給仕長はそれぞれの主の後ろに立っている。
マーゥルの隣にはイメルダが尊大な態度で座っている。
そして、誰が呼んだのか、イメルダの向こうにマーシャとメドラが並んで座っている。
ハビエルは「こんだけ恐ろしいメンツが揃ってるなら、優男のワシは必要ないだろう。ワシは街門周りの警戒を強めておく」と言って欠席している。
ハビエル家では、優男と書いてヒゲだるまと読むらしいな。……誰が優男だ。
そんな恐っろしい面々に睨まれて、編集長だけが萎縮している。
そう、編集長だけが。
「まぁ、しかしあれですな」
でっぷりと太った会長が横柄な態度でホホ肉の余った口を開く。
「当会の情報紙は様々な情報を扱っておりますのでな、すべての記事がすべての読者様の意に沿うということは……ふふっ、これはあり得ないことだということもご承知おきいただきたいものですな」
……なんで途中で笑いを入れた?
すごいなお前。
この状況でさらにケンカをふっかけてくるとか、寄付金なんかもういらないって言ってるようなもんだな。きっとそうなんだろうけど。
「えぇ、そうね。誰かにとって都合が悪い記事もあるでしょうね。それは理解しているし、重々承知しているわ」
「では、此度のことも、ここまで大袈裟に騒ぎ立てなくとも――」
「ただね。許容できるのは、それが事実であった場合だけよ。悪意を持って誤情報を流布されて何もしないのは愚か者だけだわ。……それとも、あなたには私たちが愚か者に見えているのかしら?」
マーゥルが笑みを深める。
……怖っ。
「悪意と言われましてもねぇ……」
マーゥルからあからさまな敵意を向けられてもなお、会長は態度を変えず横柄に、ややにやけて、記者の方へと顔を向ける。
「お前、悪意があったのか」
「いいえ。アタシはただ得た情報を嘘偽りなく記事にしただけですけどね」
『精霊の審判』では『会話記録』に記録されない感情部分は裁けない。
好きなヤツに「嫌い」と言ってもそれを証明できないように、「悪意はなかった」という感情部分は『精霊の審判』では裁けない。
それを知っているからこそ、これだけ堂々と嘘が吐けるのだろう
大したタマだ。
面の皮が多層構造にでもなっているらしい。
記者は、若い女だった。
唇を尖らせ、頬を膨らませて、ふてくされ顔が癖になっているのか、入ってきた時からずっとその表情だ。
「嘘偽りはないと、そなたは申すのだな?」
ドニスが記者を睨む。
だが、記者は不機嫌そうに眉を寄せドニスを睨み返した。
「信じられないなら『精霊の審判』をかければいいじゃないですか。まぁ、それでアタシがカエルにならなかったら、このこと全部記事にしますけどね。嘘偽りなく、事細かにね」
嘘偽りはなくとも、大袈裟に誇張して、そして視点を大きく変えて書くつもりなのだろう。
自分から「『精霊の審判』をかけろ」と言っておきながら、いざかけられると「その領主は問答無用で『精霊の審判』をアタシにかけた」とでも書くつもりなのだ。
「この記事から受ける印象は、ここにいるすべての者が知っている事実と異なっているように読み取れるのだが、それはどう説明をするつもりだ?」
「さぁ? まっ、解釈は人それぞれなんで。アタシはアタシが思った通りに書いただけなんで。それが違う風に受け取られちゃったのかなぁって感じですね。でも、こっちの伝えたいことが100%相手に伝わることなんてないですよね? 100%ですよ? あります? 1%も違わずに、完璧に伝わることなんて? どうです?」
「今はこちらが質問をしているのだ。そなたが質問をする場ではない」
「あ、そーなんですかぁ? じゃ、それアタシには伝わってなかったですよ。難しいですよねぇ、伝えるのって」
おちょくるように記者は笑う。
あくまで『伝わらなかっただけ』だと言い張るつもりのようだ。
「でもまぁ、迷惑をかけたんだったら謝りますよ」
それは謝罪ではない。
『迷惑をかけたのなら』ということは、自身が『迷惑をかけていない』と思っている以上、どのような謝罪の言葉も『でも迷惑はかけてないしノーカンね』ってことになる。
「謝罪なんて意味がないわ。あなたが頭を下げたところで、何一つ利益は生まれないもの。意味のないことに価値はないの。価値もないことをして、やったつもりになられるのは迷惑だわ」
マーゥルが女記者の詭弁をバッサリと切り捨てる。
うん、こういうタイプ、マーゥルは嫌いそうだよな。
「じゃあ、訂正記事書きますよ。それでいいですよね?」
それは当然の処置であって、お前が「それでいい」なんて言っていいことではない。
最低限やるべきことをして譲歩した風を装うのも、嘘吐きの常套手段だ。
「では、あなたが伝えようとした内容をここで説明してくれるかしら? あなたの解釈が間違っているのなら、訂正記事をどれだけ書いても意味がないでしょう?」
「あぁ、それは出来ないですねぇ。アタシは文章を商売にしてるんで、文章を見て判断してもらう以外無理っていうか、嫌なんですよねぇ。アタシが何を伝えたいかは、文章を読んで感じてください、ってことで」
「その文章が誤解を与えたのでしょう?」
「そこはアレですよね、アタシも完璧な人間じゃないんで、そういうこともありますし。みなさんもありますよね?」
マーゥルが口を閉じた。
記者はそれを見て「論破した」と思ったようだ。口角を持ち上げやがった。
バカだな……
この一連で、マーゥルは決断したんだよ。
「よく分かったわ」
にっこり笑うマーゥルの顔がはっきりと物語っている。
「今の情報紙とこの記者は存在することを認めない」ってな。
もう、有耶無耶な解決は期待できなくなったぞ。
「ヤシぴっぴ。何か言いたいことはあるかしら?」
マーゥルが俺に話を振った。
エステラとルシアに、「穏便な解決案が潰えるまでは絶対に口を挟まないこと」と会談前に釘を刺されていた俺に。
はは、マーゥル。
領主たちに相談なく決断しちゃったんだな。
一応、エステラやリベカ、ドニスたちに視線を向ける。
皆一様に似た瞳をしていた。
「もういいわ」って瞳を。
「それじゃあ、一個だけいいかな?」
そうして、俺は満面の笑みで語り始めた。
少し時間は前後するが――
発行会の連中が来る前、陽だまり亭に集まっていた各区領主とギルド長&リベカたちと話をした際、このようなことを聞いていた。
「情報紙は寄付で大部分を賄っているとはいえ、寄付がなくなっても即倒産ということにはならないであろう。まして、寄付をしていた一部の者が手を引いたくらいではビクともしない。……まぁ、多少は焦るだろうが、だからといってこちらの要求を唯々諾々と聞き入れることはないだろう」
とは、ドニスの談だ。
『BU』の他の領主を始め、『BU』内にいる多数の貴族たちが情報紙発行会に寄付を行っている。
一般に発売されるよりも早く情報紙が手に入るというのが『BU』では大きなステータスなのだ。
なにせ、流行の最先端を先取りできるのだ。
見栄と面子の権化たる貴族たちにとって、これ以上魅力的なことはない。
他人より一歩早く流行を取り入れることで、さも自分が流行を発信しているかのような錯覚を味わえる。
他人の後塵を拝するのが我慢ならない貴族連中は、少しでも早く情報紙を手に入れようと、競って寄付を行っているのだろう。
「麹工場が大口と言っても、全体の5%~8%程度じゃろうかのぅ」
全体の5%でもすげぇけどな。
月に一億円の寄付があるとすれば、リベカだけで五百万円寄付していることになる。
他の寄付者がどれだけいるのか知らんが、他のヤツらが五万円、十万円、えぇ~い十五万円だ! とか言っている横で五百万円を「ほい、いつものヤツね」ってぽ~んと出せるのだから大したもんだ。
だが、替えは利く範囲だな。
麹工場がなくなろうと、他で穴埋めが出来ない訳ではない。
そしておそらく連中には、これだけあからさまな行動を起こした『見返り』があるのだろう。
オールブルーム随一の税収を誇る三十区と、そのバックについている三等級貴族から、大層美味しい『エサ』をもらったから、情報紙発行会はほいほいと釣り上げられたのだ。
正直、寄付の打ち切りを武器に連中に打撃を与えるのは難しいだろう。
それどころか、下手に反発すれば『圧力をかけ記事に干渉してくる権力者たち』なんて記事を出されかねない。
ここまで来れば、明確に敵対関係にあると言えるだろう。
で、そんな情報紙発行会の連中を見てみたら、ま~ぁ敵意剥き出しの「は? 俺がなんか悪いことした?」状態だったわけだ。
一人ぺこぺこ頭を下げている編集長にしたって、顔と言葉は「申し訳ない」と言っているが腹の中では「こうして謝っとけば文句ないんだろ?」って感情が見え隠れしている。
こっちの話を遮るように「いやぁ、すいませんすいません」って言ってる節もあるしな。
誠意のない謝罪はいくつかの型があるが、オーソドックスなのは次のようなパターンだ。
まず、「あなたのおっしゃるとおりです」と相手を肯定する。
そして「こちらの不手際で迷惑をかけました」と自分の非を一部認める。
その流れで「本当はこういう意図があったのですが、結果的にこのようなことになってしまって申し訳ない」と『不幸な行き違いがあった』と主張する。
謝っているのは、『望まない結果になってしまったこと』に対してであり、根本的な自身の非は認めない。有耶無耶にして明言を避ける。
食中毒を発生させた飲食店であれば、「衛生管理は万全に行っていたが、今回何かしらの理由でチェックが十分ではなかった。ご迷惑をおかけした方には申し訳ない」という具合に、『衛生管理が杜撰だった』ということは決して認めない。
今回、たまたま、運悪く、ミスが起こってしまったというスタンスで『今回のミス』を謝るのみだ。
窃盗事件なら「つい魔が差して」と同じ言い逃れだ。
場当たり的で、上っ面だけの、口先で囀る軽ぅ~い言葉だ。
いつもはこうじゃない。
本当はもっとちゃんとしている。
今回はたまたま、今回だけ、どういうわけか今回に限り、ちょっと悪い結果になってしまった。ホントこっちもびっくりなんだけどね。いやぁ、こんなに悪い偶然が重なることってあるんだねぇ、怖いねぇ、気を付けようね、お互いね。ってなもんだ。
これを「反省している」と受け取れるヤツは、まぁいないだろう。
それでも、こっちサイドとしては、最初は「とりあえず向こうの出方を見よう」ということになってたんだぞ?
話を聞いて、記者の暴走なら記者を消して手打ち。
……わぁ、表現が怖い。
記者が未熟故の悪意なきミスなら、訂正文と謝罪文の掲載で許そうという意見も出ていた。
主に甘ちゃんのエステラと、どのような些細な可能性も潰さずに検討材料として残しておく用心深いマーゥルあたりから。
だが、結果は真っ黒。
情報紙発行会は、そのトップから末端まで真っ黒に染まっていた。
なので、全会一致でお取り壊しが決定してしまった。
あぁ、残念。まぁ、無念。
で、俺が居並ぶおっかない権力者たちの後ろから発行会の連中に言葉を向ける。
「一つ俺の提案をのんでもらえれば、今回の件はなかったことにして、元通りここにいる連中が寄付を再開するように働きかけてやってもいい――っていうか、殴ってでも払わせてやるんだが、どうだ?」
俺の言葉を聞いて、編集長が会長へ視線を向ける。
会長は訝しそうに眉根を寄せつつ俺を見て、編集長に向かってアゴをしゃくった。
「あなたのご提案はとても魅力的だとは思いますが、内容によりますね」
「安心しろ。慰謝料として一億Rb払えとか、俺を会長にしろとか、そんな無茶なもんじゃねぇよ」
「いちぉく……っ。そ、それは、不可能ですね……」
「だから、そんなバカな話じゃないって」
驚き過ぎて不整脈でも起こしたのか、編集長は青い顔で心臓をぎゅっと押さえつけた。
びっくりし過ぎで死ぬなよ? 陽だまり亭を事故物件にするわけにはいかないんでな。
「と、とりあえず、内容を聞かせていただいても?」
「あぁ、その前に、確認したいんだけどさ」
まずは、提案を断らせないための布石を打っておく。
到底突っぱねられないような布石を。
それを突っぱねるなら、完全決裂を『そちら側が』選択せざるを得ない布石をな。
「情報紙に載る記事は、みんな記者任せでノーチェックなのか?」
「いえいえ。各セクションの統括責任者――当会では『デスク』と呼んでいますが、そのデスクがチェックをしております」
「不備があれば書き直させたり、時には没にしたり?」
「そうですね。記者も千差万別。未熟な者の記事は載せられませんから」
「デスクがチェックしているからって理由で、あんたはチェックしないのか?」
「もちろん私もチェックは行っております。最終確認をして承認するのが私の仕事でありますれば」
情報紙は、記者が記事を書き、デスクが推敲して、編集長が承認して世に出回るらしい。
「じゃあ、例の記事はデスクも編集長であるあんたも確認をして『問題がない』と判断したってことでいいのか?」
「いえ、まぁ、我々としましても、毎回万全を期しているつもりではありますが、今回のような事案も完全に防げるわけではありませんので、今回のことに関しましては誠に申し訳なかったと――」
「謝罪はいいんだ。もう聞き飽きた」
お前の謝罪は中身がないからな。
「つまり、チェック体制は整っているが、稀にそのチェックを掻い潜って意図しない『誤解を与えかねない未熟な記事』が掲載されることもあり得るって訳だな?」
「まぁ、彼女も申しておりましたが、完璧というものは、目指していてもなかなか難しいものでありますれば」
「そこの、クッソ未熟な、言葉の使い方も知らない、教養がまったく足りていないド三流の記者が書いたようなゴミ以下の記事だって掲載されることがある、と?」
「ちょっと、誰がド三流――!?」
ぶち切れた記者がツバを飛ばしながら立ち上がりかけたが、それは編集長の腕によって阻止される。
記者が編集長を睨むが、編集長は黙って首を横に振るのみだった。
「チッ! …………は~ぁ!」
舌打ちをして、「アタシ、めっちゃムカついてるから!」って言葉をため息で表現して記者がどさっと座り直す。
お、テーブルを蹴りやがったな。
「おい、テーブルを蹴るな」
「は? 当たっただけですけど?」
「そうか、当たっただけなら謝る必要もないか」
「偶然でしょ? よくあることじゃん! いちいち謝れっての?」
「そうだな。よくあるし、謝る必要はないな」
笑顔で言って、メドラへ顔を向ける。
「メドラ。ずっと座ってて体がなまってないか? 体操でもしたらどうだ? 近くにあるものに『でっかい音が鳴るくらい思いっきりぶつかっても』それはよくあることで謝る必要はないらしいから」
「そうかい。いやぁ、助かったよ。どうにもアタシはね――」
ドゥ……ッ!
と、メドラの正拳突きが空気を振動させ、おっそろしい音を立てる。
「頭を使うより体を動かす方が好きみたいでね」
メドラがゆらりと立ち上がると、記者は編集長に背中をバシバシ叩かれて焦り気味に口を開いた。
「分かりました、謝ります! 謝ればいいんでしょ!? どーもすみませんでした! これで満足ですか!?」
「謝罪はないようだね。じゃあ、体操を始めるかね」
謝罪ではない謝罪風の悪態はメドラの耳には届かなかったらしい。
が、物理的に消してしまっては陽だまり亭が事故物件になってしまう。
メドラを一旦座らせる。
どーどー。どーどー。
「――と、ご覧のように、『謝罪の言葉』一つ知らないような無知蒙昧なド四流な記者が書いた記事でも情報紙には掲載されるわけだな?」
「え……あぁ、まぁ……そう、ですね」
メドラの威圧が心臓に利いたのか、編集長が死にそうな顔色になっている。
「だから、俺からの提案なんだが――」
これをのんでくれれば、今回の件は水に流してやるよ。
「俺の書く記事を十週、一文字の訂正もなく情報紙に掲載してくれよ」
さぁ、どう出る? ん? 発行会の会長さんよ?
俺の提案を聞き、編集長の額からは滝のように汗が吹き出していた。
到底認められない、けれどそれを突っぱねるとまた何か厄介なことが起こりそうで怖い。あぁもう、どうしたらいいんだ!? ――そんな心の中の声が聞こえてきそうだ。
「話にならんな」
答えられない編集長に代わり、会長が口を開く。
「遊びではないのだ。素人の書いた文章など掲載させられるわけがないだろう。考えて物を言え」
俺は貴族ではない。それを知っているから、会長は強い口調で言えるのだろう。
肩書きしか見てないから足を掬われるってのに、こういう成り上がりバカはどうしようもねぇな。
……この場で、誰が一番発言権を持っているのかくらい見抜けなくてどうすんだよ?
その程度のヤツがトップを張ってる情報紙なんか、本当になくなった方がいいのかもな。
記事を見る限り、ジャーナリズムとはかけ離れた記事ばかりだもんな。
連中が行っているのは『次の流行を生み出す』行為ばかりだ。
それも、「こういうのが流行っている」ではなく「こういうのを流行らせる」って記事だ。
もはや流行の情報を発信する情報紙ではなく、懇意にしているどこかの誰かさんに利益が向かうように民衆を誘導する扇動紙に成り下がっている。まぁ、もともとどのような理念をもって誕生したのか知らんけどな。
だからさ、もう潰しちゃおうぜ。
マーゥルもそうしろって言ってるし。
ギルドじゃないから教会や王族も出張ってこないだろうし。
なくなって困るのは誰か?
自分の意思では何も決められない『BU』っ子たちか。
知るか。自分で判断できるようになりやがれ。
……まぁ、その辺はちゃんとフォローしてやるよ。
追々な。
さて、と。
「大丈夫だよ、会長さん」
きゃろん☆ って可愛らしいスマイルで会長を見る。
こら、エステラ。「ぅわぁ……」とか言わない。そっち見てなくても声はしっかり聞こえてるからな。
「『謝罪の言葉一つ知らないような無知蒙昧なド四流な記者が書いた記事でも情報紙には掲載される』って、編集長も認めてるんだし、素人の記事が載ってても誰も気付きゃしないって」
「そんなわけがなかろう! プロと素人では文章の重みが違う、価値が違うんだ。これだから素人は……」
「あら? では重みのある文章で多くの者に誤解を与えるような記事を掲載したのかしら? だとするならば、その重みと相応の対応が必要なのではなくて?」
俺が言おうとしたことを、マーゥルが横から掻っ攫っていく。
イラッてしたんだな? 我慢できなかったか?
お前はもうちょっと冷静なヤツだと思ってたけど、怒りの沸点低過ぎじゃない?
「今あなた方が行ったのは『未熟な記者が意図しない誤解を与えてしまった』というケアレスミスに対する謝罪ではなかったかしら? 重みや価値を語るのであれば、それに付随して責任が発生するのではなくて?」
「いや、この記者は、まだ経験が浅く――」
「素人との決定的な違いは何かしら? 経験の浅いそちらの未熟な記者さんが、素人とは大きく異なる、重く価値のある記事を書けるという根拠はな~に? 誰か師匠にでもついて研鑽を積んだのかしら? だとしたら、その師匠も大したことはないわね。未熟なまま弟子を現場に出すなんて、普通はあり得ないもの。大工なら、未熟な新人の仕事はすべて余すことなく監督者がチェックをして、監督者の責任で納品するものよ。そちらの未熟な記者さんの師匠は今どちらへ? 謝罪にも訪れないなんて随分と常識の欠如している方だこと」
「アタシ別に師匠とかいないし。勝手に決めつけんのやめてくれますかぁ?」
未熟未熟と連呼されてキレたのだろう。
マーゥルの分かりやすい挑発にまんまと乗っかる記者。
うん。やっぱお前はド五流だよ。
「なら、独学なのね? だとしたら、三流にも満たない彼女の記事が載る情報紙に素人の記事が載せられないという理屈は認められないわ」
「おっしゃることはもっともです! ですが、少しお待ちいただきたい!」
反発しかしない会長と記者を押しのけて、場を丸く収めたいのであろう編集長が割って入る。
が、こいつの手口も分かっている。
相手を肯定し、一部の非を認め、核心をはぐらかす。
「そのような理論で考えれば、確かに皆様がおっしゃるように素人である彼の記事を掲載することに問題はないのかもしれません。ですが、我々はこの仕事に誇りを持って臨んでおります。我々の中には、我々が譲れないルールがあるのです。その点だけは、どうかご了承いただきたい。誰でも彼でも記事を寄稿すれば掲載するという訳にはいかないのです」
「誰でも彼でもではないわ。そこの特別な男性――オオバ・ヤシロの記事を載せなさいと言っているのよ」
おぉっと!?
なんか、物凄い角度で持ち上げられたぞ、今!?
「彼は外周区の半分をまとめ、三十五区に横たわっていた亜人差別を解消するきっかけを作り、さらに『BU』の閉塞感を打破した上に外周区との経済協力を提携させた立役者よ。彼の書類を一度でも見たことがある者なら、彼の文章が素人の域を逸脱していることは理解しているはずよ。必要なら、この私マーゥル・エーリンが彼の文章を保証するわ」
「ワシも保証しよう。その男は特別だ」
ドニスまで!
とか思ったら、ガタガタッとギルド長やら領主やらリベカやらが立ち上がった。
賛同しますってアピールか?
俺に無断でそういうことすんなよな!
これでも割と小心者なんだぞ!?
……いや、小心者ではないか。
「えっと……はい、それは、まぁ……彼の文章力がすごいということは、皆様の反応を見て理解いたしましたが……ですが、当会にもルールというものがありまして――」
「だから、それを曲げてくれって話をしてんだよ」
立ち上がって無言の圧をかけまくっている権力者たちを座らせる。
俺にしゃべらせろ。
お前らのやり方じゃ、権力を後ろ盾に圧力をかけまくるウィシャートと同じなんだよ。
権力同士の衝突になるとまずいんだろ?
お前らが結託してにっちもさっちもいかなくなったら、こいつらはウィシャートに泣きつくぞ? そして三等級貴族を引っ張り出してくる。
そうなる前に終わらせようじゃねぇか。
「未熟なド六流記者の記事じゃ納得できないから、謝罪する気があるならそのスペースを俺に貸してくれって話だよ」
「謝罪は、もちろん、ご迷惑をおかけした件に関しましては、え~っと、もちろん、はい、させていただきますが、それとこれとは……」
「別に変なことは書かねぇよ」
こいつらが危惧しているのは、影響力の大きい紙面で自分たちの非難記事を書かれることだ。
だから、安心させてやる。
「なに、ちょっと記者ってのを体験してみたくてな。事実無根なデタラメ記事は書かないと精霊神に誓おう。見聞きしたことを、見たまま聞いたまま、嘘偽りなく記事にする。それなら問題ないだろ?」
「…………」
編集長は黙り込み、助けを求めるように会長へ視線を向けた。
「……どのような記事を書くつもりだ?」
会長も少し冷静になり、こちらの要求をのむかどうか検討し始めている。
この場にいる全権力者の起立が怖かったらしい。
「そうだな、そこのド七流記者を見習って――」
「つーか、さっきからなんなの!? 六流とか七流とか、あり得ないんだけど!?」
「『情報紙現役記者、新人へ度重なる恫喝。気に入らないことがある度に声を荒らげ、新人記者を罵倒し続ける』とか、どうだ?」
「はぁ!?」
「事実ではないか。ワシはこの目でその現場を見ておるぞ」
ドニスが言うと、女記者はドニスを睨み舌打ちをした。
そこですかさず次の記事を発表する。
「『情報紙発行会、二十四区領主へ宣戦布告か? 情報紙現役記者が、二十四区領主のドニス・ドナーティを睨みつけ眼前で舌を打ち鳴らすというあり得ない無礼を働く。その場に居合わせた同発行会会長と同紙編集長は同記者の蛮行に苦言を呈することもなく肯定の姿勢を貫く。今後、双方の関係が悪化した場合、情報紙発行会が本社を構える二十三区と二十四区の間に軋轢が生まれ関係が破綻する可能性を完全に否定することは難しいだろう』」
ガタッと、編集長が立ち上がるが、何も言えず、中途半端な位置に両腕を持ち上げたままおろおろと辺りを見渡し、頭をガシガシと掻いて、「落ち着きましょう、とりあえず」と、しょーもないことを言った。
「落ち着いているさ。俺はただ、この目で見た真実を、嘘偽りなく、そこのド十流記者を見習って記事にしようとしているだけさ」
お前らがやってるのは、こういうことだろ?
「話にならんな」
苛立たしげなため息をこれ見よがしに吐き、会長がでっぷりした腹を揺すって立ち上がる。
「悪意を持って当紙と当会を貶める者の記事など、一顧だにする価値もない」
「悪意なんかないぜ。嘘だと思うなら『精霊の審判』をかけてみろよ」
「…………」
会長が俺を睨む。
「だがまぁ、誠意をもって話してもこちらの意図するものが伝わらない時ってあるよな。俺の言い方に問題があったのだとすれば、謝罪するぜ」
ホホ肉に埋もれかけた鼻の頭にシワを刻み込み、わなわなと震え始める。
なので、こっそりとテーブルの上に置いておいた『陽だまり亭では使ったことがない私物の水差し』を蹴り飛ばす。
こんなこともあろうかとこっそり用意しておいた水差しだ。
いやほら、陽だまり亭の物を足蹴にするなんてあり得ないからな。このために安物を購入しておいて、今回こっそりテーブルに置いておいたのだ。
ん? こんな展開になるって予想してたのかって?
してたけど、なにか?
で、俺がうっかり足を滑らせて蹴り上げた『なみなみと水が入った私物の水差し』が会長の眼前へと飛行して、会長の顔面に水がぶちまけられた。
「あ~、足が当たっちゃった。けどまぁよくあることだし、しゃーないよな? あれ? 水かかった? 飛んできてんのになんで避けねぇんだよ」
肩を揺らして笑いながら言う。
「なんで避けねぇんだよ(笑)」ってヤツだ。
「水差しにぶつかったり、水をかぶったり、鈍臭いよなぁ~『お互い』な」
笑顔で指さしてみせると、会長の額から「ブチィッ!」という音が聞こえた。
大丈夫か? 血管切れたんじゃね?
ここで死ぬなよ? 事故物件にしたくないから。
「謝罪の必要は、なかったようだな」
それだけ言って、会長は足音荒く陽だまり亭を出て行った。
編集長はおろおろしながら、一応軽く頭を下げて会長の後を追う。
そして、ド……もう何流か分かんねぇけど、女記者が俺を睨みつけながらドスの利いた声で言う。
「アタシ、今回のこと全部書くから」
言い捨てて、女記者は店を出て行った。
「困るのだよ、そのようなことをされては」
陽だまり亭の前から、落ち着いたオッサンの声が聞こえてきた。
覗きに行けば、そこには口ヒゲを蓄えたナイスミドル、二十三区領主イベールと、オールバックでかっちりと髪を固めた目つきの悪い二十九区領主ゲラーシーがそれぞれの給仕長DとEを従えて立っていた。
あ、DとEってデボラとイネスの頭文字だぞ。
決しておっぱいのサイズではな…………くそ、イネスのスペルは『INES』か!?
あぁ、そうだよ! おっぱいのサイズだよ! 悪いか!?
「我が区に本部を置く際に契約を交わしたはずだが?」
イベールが会長を睨みつけ、穏やかな口調で言う。
さすが、『BU』の三番手。なかなかの迫力だ。
マーゥル、ドニスに次ぐ実力者……って、マーゥルは領主じゃないんだけども。
あ、おまけのゲラーシーは下がってろな? 迫力が薄まるから。お前は舞台セットだ。出しゃばらずそこにいるだけでいいから。
「我が区に不利益を及ぼすような行いはしないと。情報紙という性質上、多少のトラブルは大目に見てきたが――『BU』を内部分裂させかねない事案は看過できないな」
イベールの前にはドニスが立っている。
会長を飛び越えて、イベールを睨みつける格好で。
「今、この状況で二十三区が四十二区の港建設に異を唱えていると捉えられるのは困るのだよ。どうだろうか、ここは私の顔を立てて、彼らの意見を聞き入れてはくれぬか?」
イベールはそう言って、くいっと俺の方へとアゴを向ける。
「あの男は、かつて『BU』を分裂、崩壊間際まで追い詰めた厄介な男なのだよ。今また、あの時のような危機には陥りたくはない。一考してはくれぬか?」
「それは……」
情報紙発行会会長がちらりと俺を見る。
「『衝撃の密会!? 情報紙発行会会長と二十三区領主イベール・ハーゲンが、二十三区から遠く離れた四十二区で密会していたとの情報があった。彼らが二人で何を話したのかはまだ分からないが、わざわざ他区の、それも最果ての四十二区にまで出かけてしなければいけなかった会話だけに、その裏に漂う怪しい雰囲気は払拭しきれるものではないだろう』」
大袈裟に身振り手振りを交えてそんな記事をぺらぺらと語ってやると、会長は分厚い肉に覆われた額に太い血管を浮かび上がらせて声を荒らげた。
「冗談じゃない! あのような男の提案などのめるか! バカも休み休み言え!」
吐き捨てて数瞬後、自分が誰と会話をしていたのかを思い出したらしい会長。
途端に顔色が悪くなり、ゆっくりと首を前へ向けた。
「ほぅ……バカも休み休み言えとは……」
口元だけで笑うイベールが、人を射殺せそうな鋭い視線を会長に向ける。
「心配するな。これまでのそなたらの貢献もある。いきなり立ち退けとは言わぬ。しっかりと準備をして引っ越しをしてくれて構わない。それまではあの場所に本部を置くことも認めよう」
本部がある二十三区の、そこの領主に面と向かってケンカを売って、今後も同じように活動が出来るなんて、さすがのこいつらも思わないだろう。
会長の発言は完全なる失言であり、そして貴族ってのはそのたった一回の失言をネチッと根に持って強権を発動しちゃう嫌な人種なのだ。
「ただし、本日以降、二十三区内での情報紙発行業務の一切を禁止とする。違反した場合は相応の罰が科されると心せよ。以上だ」
言うだけ言って、イベールは踵を返す。
今回、イベールには協力要請していない。
ただ、この日にここでこういうことをするよという情報だけは渡してあった。
それでどう動くかは二十三区任せだったのだが、こちらに都合のいいように動いたな。
まぁ、この状況を仕組んだのはマーゥルなんだけどな。
陽だまり亭に集まると言い出したのも、これだけ人を集めたのも、みんなマーゥルだ。
そして、まんまと俺を使って理想通りの展開に持ち込みやがった。
ホント、食えないオバハンだこと。
「いいのか? 『BU』が結託して情報紙を潰そうとしていると書き立てるぞ!?」
「結託? 何を寝ぼけているのだ?」
遠ざかったイベールが再び振り返り、冷たい声で言う。
「情報紙発行会の代表である貴様が、領主であるこの私に対し直接ケンカをふっかけてきたのであろう。事実無根の記事で領主を貶めるようなことがあれば、本部閉鎖だけでは済まさぬぞ」
統括裁判所へ訴える――みたいな穏便な方法だけじゃないな、イベールが示唆してるのは。
久しぶりにデボラの凍りつくような視線を見たよ。
「いくら貴様らが事実を覆い隠そうと、私の『会話記録』には真実が記録されている。引っ張り出せる権力者を根こそぎ連れてこい。その者たちの前で今の会話を朗読させてくれる。どちらに非があるかは一目瞭然。そこまでの度胸があるなら、好きにするのだな」
「……ぐっ」
ウィシャートに泣きつこうが、三等級貴族を引っ張り出してこようが、領主に向かって「バカも休み休み言え」って発言はひっくり返せない。
それを「そのようなことで」と諫めるのであれば、今後そいつは他の貴族を始め、そこらの一般市民にまで舐められるだろう。
特に「バカも休み休み言え」って言葉を四六時中浴びせられるだろうな。
「だって、それくらいじゃ目くじら立てないんだろ?」って言われてな。
誰も言わないなら、俺が率先して広めてやるよ、その貴族イジメを。
鬱憤溜まってるヤツは大勢いるだろうから、すぐ広まると思うぜ。
「貴族相手にしゃべる時は、口調に気を付けるんだな」
「ごめん、ヤシロ。真面目な雰囲気が崩れるから、ツッコミたくなるようなこと言わないで」
なんだよ、エステラ?
俺は自分より目下の貴族にしかタメ口使ってないぞ?
「事が収まるまで、『BU』内での活動は諦めるのだな」
感情を一切見せない無表情で言い放つドニス。
多数決事件以降、結束力を高めた現在の『BU』はいいムードで運営されている。
そこから弾き出されるのは『BU』の領主にとってデメリットでしかない。
「三十区か、二十二区にでも新たな拠点を構えるのだな――余所者の貴様がでかい顔で居座れるかは知らぬが」
情報紙発行会なんてでかい看板をぶら下げて、こんなえらそうなオッサンが引っ越してくれば土着の貴族はいい顔をしないだろう。
税収が上がるからと、領主は喜ぶかもしれないが。
その恩恵に与れない貴族にとっては、面白くないだろう。
四十二区は最果てだから別としても、外周区で『情報紙』なんて言葉を聞くことはこれまでなかった。
つまり、外周区にまで情報紙は普及していなかったのだ。
おそらく、情報紙の流通経路の途中にある、三十六区とか三十七区の貴族がいい顔をしなかったのだろうと予想される。
魚介類の加工でなんとかやりくりしている程度の区に残る貴族だ。
その懐事情などたかが知れている。
そいつらは、間違いなくこの発行会会長よりも金がない。みすぼらしい。完全に負けている。
そんな貴族はきっとたくさんいる。
他所からやって来て、自分よりも豪華な暮らしをしてふんぞり返るオッサン。
それを、土着の貴族たちが歓迎するとは到底思えない。
どこに行こうが摩擦は起こる。
それまで情報紙の発行を止めるか?
今すぐにでも俺たちの悪評を書き連ねて猛攻撃に転じたいだろうに、新天地で、そこにいる器の小さい貴族どもに取り入って、また一からコネを構築していって、地盤が固まるまで待つのか? 出来るのか、そんなこと?
三十区あたりの、どっかすみっこの方の土地をもらってひっそりと活動を続けるなら、まぁ可能かもな。
この自尊心が肥大化して体中に脂肪を貼りつけているような会長様がその環境を受け入れられるならな。
ま、無理だろ?
さぁ、そこでお前の出番だぞ、甘ちゃん領主様。
「あの、もしよければなんだけど」
エステラが小さく手を上げ、ギッスギスした空気で睨み合う男たちの輪の中へ割り込んでいく。
「ニュータウンにある建物を貸そうか?」
その建物は、ルシアやハビエルといった名立たる貴族が宿泊した立派な建物で、現在入居者がおらず、半ば貴族御用達ホテルのようになりつつある、そこそこ豪華なあのマンションだ。
どうにも、マンションって名前がいまだ浸透しきっていないようで、「集合住宅の豪華なヤツ」って認識らしいけどな。
中には、マンションって言うと「あぁ、あのニュータウンの?」と、その貴族御用達ホテル(仮)のことだと思っているヤツもいる。
そのうちマンションを増やしていけば認知度も上がるだろうが。
なにせ、四階建ての宿が高級(笑)だって言われる街だからな。
四階建てくらい、ウーマロが本気を出せばすぐにでも建築可能になる。……木造だと強度が――とかいろいろ言ってたけど、あいつならそのうち五階建て六階建てに耐えられる建築方法を編み出すさ。
「ただ、特別な建物だから賃料は相応に高くなるけど」
貸すとなれば、マンション一棟を丸ごと貸すことになる。
住民とのトラブルを避けるためにな。
ほら、情報紙って、今じゃ四十二区の敵だから。
「それでもいいならね」
「……検討しておきましょう」
これ以上の衝突を避けるためか、はたまた、マジで行き場がないと焦ったのか、会長はエステラに敬語を使い、軽く会釈して帰っていった。
もちろん、ニューロードを通るんだろうな。
二十九区と敵対すれば、そこも通りにくくなるだろうに。
「……どう思う?」
「借りるさ。連中にはそれしか手がない」
エステラに聞かれ、そのように答える。
情報紙発行会はデカ過ぎる。
そんなにすぐ代わりの場所が見つかるとは考えにくい。
まぁ、仮に他所に場所を見つけてそこへ移るのだとしても、こっちの作戦を一つ変更すればいいだけだ。
大した手間じゃない。
だが、連中はおそらく四十二区に来る。
そうすれば――
「情報紙の廃刊も間もなくだな」
陽だまり亭の記事が載った時は大はしゃぎしたもんだが……悲しいなぁ。
でも、もう容赦はしないけどな。
「じゃあ、俺たちも行こうか」
発行会の連中がいなくなったのを見計らって、その場にいる者たちへ告げる。
「待て、オオバヤシロ。何をする気だ?」
詳細を聞かされていないゲラーシーとイベールが俺のもとへ寄ってくる。
帰らなかったのか、イベール。じゃあまぁ、見てけ。
なぁに、簡単な話だ。
「デマを書かれてムカついたから、それを真実にしてやろうかと思ってな」
やっぱ、メディアってのは真実を伝えるものでなきゃいけないもんな。
あとがき
どうも、ごめんなさい。
宮地です。
いえ、いつものように「どうも~なんか適当に面白いこと~宮地です」ってご挨拶したかったのですが、
……え? いっつも面白い話を挟んだ自己紹介をしていたんですよ!?
えっ!? 伝わっていませんでしたか!?
かる~く一笑いいただいてからあとがきをって…………そっかぁ、初耳ですかぁ。
ま、まぁ、とりあえず、
毎回そんな感じで始まるわけですけども!
今回の本編のストレスが読後の皆様の顏から「これでもかっ!」ってくらいににじみ出ていましたので、つい謝ってしまいました。
書いていても、
「腹立つな、この記者!?」って思っていたんですが、
思ったより長くなってしまって、
今回丸まる一本、こんな感じになってしまいました。
ですので、誠心誠意、皆様には謝罪を述べさせていただきたいと――
「イラってさせちゃったんだとしたら、すみません」
(# ゜Д゜)< おい、謝ってねぇぞ、こいつ!
なんなんでしょうね、最近の「○○だったとしたら申し訳ない」みたいな謝罪の言葉
じゃあ「○○じゃなかったら申し訳なくない」のかと、
実際起こった事象に対する反省は一切ないのかと。
○○であろうがなかろうが、とりあえず頭下げろや、こらぁあああ!
(# ゜Д゜)< きしゃぁあああ!
みたいなこと、ありますよね。
あ、
ちなみにですね、今回の記者、編集長、会長
それぞれにモデルとなっている人がおりまして……
我ながらよく書けたと思います。
イラッ!(# ゜Д゜)
ってする言い回しがそっくりです。
よく観察したものです、私。
社会人をしていると、
いろ~んな人と出会いますよねぇ。
(# ゜Д゜)ニッコリ
……あ、顏が正直過ぎました。
ミーティング室にですね、
花瓶が置いてるんですよ。
誰の趣味なのか、そこそこ大きい花瓶で、いつも花は差さってないので
おそらく花瓶に価値があるものなんでしょうけど、
持ち上げると結構重量感のある大きな花瓶でして、
……これで後頭部を「ごんっ!」とすればこの人黙るかなぁ~?
とか、ついよぎってしまうような素敵な鈍器なんです☆
何度脳内で火サスのジングルが流れたことか。
でも、トリックとか難しいこと考えられないので、すぐさま家政婦とか、スチュワーデスとか、女性フリーライターとかにトリックを見破られて、崖の上に呼び出されるんでしょうね。
フリーライターなぎさ「犯人はあなたね、宮地さん」
宮地「うっわ! 見て見て! 海! きれー! でっかーい! 写真いいっすか!? ツイートしたいっす!」
カメラマン英一郎「いや、話聞けし!」
今のところ、崖への招待は受けておりません。
別の容疑で四六時中刑事さんに見張られているもので(*´ω`*)>
(゜∀゜)o彡° ぅっはは~い
【電柱】_・)じぃ~
(つ〇・ω・)つ□ < 山さん、アンパンと牛乳買ってきました
こんな感じで。
というわけで、
今回のイラっとくる発行会、
皆様の心の鈍器はそっとしまって、ヤシロたちの動きを見守ってあげてください。
そうでないと、家政婦に見られてスチュワーデスやフリーライターに崖の上に呼び出されちゃいますよ☆
鈍器と言えば、
鑑識さんが頑張っているところへ、警部が遅れてやって来て、
部下の刑事が状況説明するシーンって、ドラマではよく見かけますが
あぁいうの、実際はあるんでしょうかね?
刑事「警部」
警部「あぁ。状況は?」
刑事「ぼちぼちっす」
警部「報告しろや」
刑事「殺人のようです」
警部「死因は?」
刑事「被害者は、ディスペンパックのようなもので鼠径部を殴打されたようです」
警部「……なんだって?」
刑事「ディスペンパックです」
警部「なんだ、それは?」
刑事「コンビニでホットドッグ買った時についてくる、ケチャップとマスタードが同時に出せるプチってするヤツです」
警部「そんなものでやられたの!?」
刑事「間違いありません。鼠径部にケチャップとマスタードが付着していました」
警部「で、鼠径部ってどこだ?」
刑事「太ももの付け根のくぼんでるところの内側です」
警部「そこ殴られて死ぬ!?」
刑事「帰宅途中、背後からいきなり殴られたようですね」
警部「背後からいきなり殴れるかなぁ!? 鼠径部を? ホットドッグにプチってするヤツで!?」
刑事「犯人はまだ特定できていませんが、被害者がダイイングメッセージを残しています」
警部「血文字か?」
刑事「いえ。ケチャップとマスタードで文字が」
警部「使ってんなぁ!? 被害者もディスペンパック使ってんなぁ!?」
みたいな感じで、
如何にも小難しい言葉を使っておけば刑事ものっぽく見えますよね、うん、見える!
いえ、ちょっと本編でイライラが溜まっちゃって
不意に関係ない漫才を入れ込みたくなってしまったんです。
あと、ガルバニー電流による感電死とかも考えたんですが……
え、ガルバニー電流ですか?
銀紙とかアルミホイルを奥歯で噛むと「んギィィィン……ッ!」みたいな
なんか嫌な感じの感触するじゃないですか?
アレです。
あんなもんに名前付いてたんですね!?
ビックリでした。
なので、被害者は容疑者に背後からいきなりアルミホイルを奥歯に差し込まれ思いっきり噛まされて感電を……痛ましい事件です。
三幕が終わったら、ミステリーでも書きましょうかねぇ。
大胆不敵! 刑事の目の前で行なわれた犯行――慰安旅行に来ていた刑事の疲れを癒す温泉宿の美人女将のたわわな果実。トキメキの混浴風呂でお湯に浮かぶ巨乳が事件を呼ぶ。
『純情刑事混浴殺人事件~温泉に浸かる巨乳女将を見ていた~』
警部「巨乳女将『は』見ていた、じゃなくて!?」
刑事「『を』です! ガン見です!」
警部「事件見とけよ! 目の前で犯行行われたんだよね!?」
刑事「はい! めっちゃ浮いてました!」
警部「せめて会話して!?」
そんなミステリーを書…………ミステリー、か?
少し、ミステリーの定義を整理してから考えたいと思います。
次回もよろしくお願いいたします。
宮地拓海




