284話 誰かをカエルに変えること
陽だまり亭パーティーの後、ベルティーナを送っていった。
明るくなったとはいえ、夜道をか弱いシスター一人で歩かせるわけにはいかない。
「うふふ。ミリィさんがおっしゃっていましたよ。『てんとうむしさんは優しい』って」
「おしゃべりが好きだな、女子は」
以前ミリィを送っていった時の話だろう。
そんなことをわざわざベルティーナに言いに行かなくてもいいだろうに。
「おしゃべりとおめかしは、女性の嗜みなんですよ」
「つまみ食いは?」
「それは、家族の絆です」
「……怒られてるじゃん」
「それは、度が過ぎた時だけです」
度が過ぎないように注意しとけよ、常に。
「それじゃあ、嗜みついでに『送り狼』って言葉をミリィに教えておいてやってくれ」
どうにも、四十二区の女子連中は危機感というものが足りていない。
迂闊に家まで送らせるなと言いたい。
まぁ、ミリィが途中で「ここまでで大丈夫だょ」とか言っても、家まで送っていくけども。危ないし。「ヌメリ虫~」とか言いながら草むらに入っていきかねないし、ミリィなら。
「ふふ……」
何が可笑しいのか、口元を覆って笑い、ベルティーナは危機感を円盤投げのごとく遠くへと放り投げるような発言をした。
「ヤシロさんなら、安心ですね」
襲っちゃうぞ、このやろう。
隠れ巨乳を隠せなくしちゃうんだぞ。
がるるぅ。
「こりゃあ、一度手当たり次第にパイタッチして回らないといけないようだな。みんなのために! 危機感の足りないみんなのためにっ!」
「では、行脚の前に懺悔室へお越しくださいね。たっぷりお話を聞かせて差し上げますよ」
人助けだというのに。
油断しまくっている四十二区の女子たちを引き締めるために。
何かあってからでは遅いのだから!
「そういうお顔をされている時は、本当に安心します」
俺の横顔を見て、ベルティーナは静かに笑う。
こんなエロいことを考えている横顔を見て安心するとか、いよいよ四十二区の危機管理能力は消滅の危機だな。
……ま、見透かされてるんだろうけどな。
今日、俺がこうしてベルティーナを送っている意味なんかも、すっかりと。
「……聞かないのか?」
「はい。聞きません」
俺が、日中どこで何をしてきたのか。
俺の様子がおかしいと感じていたこいつらは、今日俺が何かをしてきたことを知っている。
でも、その内容を誰も聞いてこない。
それは信頼によるものなのか、はたまた、触らぬ神にというヤツなのか。
「ヤシロさんが話したくなった時には、いくらでも伺います。ですが、私から問い質すことはありません」
すっと背筋を伸ばして、立ち止まったベルティーナが俺を見る。
「それほどに、私はヤシロさんを信用していますから」
俺が悪事を行うはずがないって?
それは買いかぶりだぞ、ベルティーナ。
俺は今日、一人の人間をカエルに変えたのだ。
人権を強奪し、尊厳を踏みにじった。
俺は今日、人を殺したに等しいのだ。
それを誰かに責められたいというわけではない。
責められて、罪が軽くなった錯覚に溺れたいわけではない。
だが……
「なぁ」
隠し事をしているようなこの後ろめたさは、正直もう勘弁だ。
「誰かをカエルに変えることは、悪いことか?」
人一人の、人間としての価値を奪い去る行為。
人一人の人生をぶち壊す行為。
許されざる悪行。
そう思っていた。
だが――
「いいえ」
ベルティーナはきっぱりとそれを否定した。
「誰かが誰かをカエルへ変えるのは、そうするに至った理由があるはずです。それは、決して浮ついた軽いものではないでしょう? 双方に重大な決意と決心があって、そのような結末へ向かってしまう――その事実は悲しいことではありますが、それを『悪いこと』だと、私は思いません」
そうなるには、そうなるだけの理由があった。
だから、人をカエルに変えたって悪くはない。
……本当か?
そりゃ、それだけの理由があれば、やんごとない事情ってのがあれば加害者にだって同情の余地はあるかもしれない。
どうしようにもないほどの、切羽詰まった理由があるならば。
だが、それだけじゃないだろう?
俺や、取り立て屋のゴッフレードみたいな、取り立てて重要でもない理由で、――たとえばおのれの力を示すためだとか、相手を屈服させるためだとか、そういう利己的な思惑で人をカエルに変えちまうヤツだっている。
俺だってそうだ。
今日の俺は、ヘドロのような憎しみに駆られて……
「他人を陥れようとしてカエルに変えちまうヤツだっているだろう。それすら罪はないってのか?」
「ヤシロさん」
自分自身に向いた苛立ちが口調に出てしまっていた。
ベルティーナがなんでも受け止めてくれることをいいことに、拗ねたガキみたいに八つ当たりをしていた。
そんな俺を叱るでもなく、ベルティーナは優しい笑みを向けてくれる。
「それは、『誰かを陥れようとすること』が罪なのであって、『誰かをカエルにすること』が罪なのではありませんよ」
そう言われて、目から鱗が落ちたような気分になった。
裁かれるのは起こした行動ではなく、その行動を起こそうとする動機の方か。
確かに、ジネットを守るために誰かをカエルにするのと、金儲けのために誰かをカエルにするのでは、同じ行動でもその意味合いは大きく変わる。
……本当にそうか?
そんなもん、加害者側が自分の罪を軽くしたいがために労した詭弁なんじゃないのか。
「ヤシロさんは、たくさん悩みました。これからも、きっと悩むでしょう。ヤシロさんは優しい人ですから。……でも、その悩みの一つ一つがヤシロさんを成長させ、また誰かを救う優しさに変換され、そして世界へ還元されるのです」
シスターの声でそう言った後、母親のような温かい笑顔を浮かべる。
「それは、とても素敵なことでしょ?」
俺の悩みが『優しさ』とやらに変換されるのは、かなり長い時間がかかりそうだけどな。
ユーカリを無毒化して消化吸収するコアラよりも時間がかかりそうだ。
「それにヤシロさんは、ちゃんと救済の道を残したではありませんか」
「……エステラに何か聞いたのか?」
「いいえ」
まるで見てきたかのように断言するベルティーナには、少しの迷いも見えず、何かしらの情報を得ているとしか思えなかった。
だが、そうではないと首を振る。
「それくらい、ヤシロさんを見ていれば分かります」
数多くのガキどもを引き取り、時に厳しく、それ以外のほとんどの時間を甘やかして育ててきた『みんなのお母さん』が両腕を広げ、胸を張って言う。
「私は、ヤシロさんのことが大好きですからね」
様々な理由で、教会で暮らすことになったガキたち全員の心を救った聖母の微笑みがそこにあった。
固く心を閉ざしていたジネットも、この笑顔に心を解され、何度も救われたのだろう。
俺みたいな跳ねっ返りにも、その慈愛は平等に与えられるらしい。
「……まったく」
ジネットは確実に母親似だ。
「無防備にそんなことを言うなってのに。俺が勘違いして襲いかかっていったらどうするんだよ」
両腕を広げて、隠れ巨乳を無防備に晒して。
「いただきま~す」と俺が駆け出せば、ベルティーナの反応速度では守りきれないだろう。
「子供を信頼するのは、母の務めです」
「じゃあ、お言葉に甘えて。いただきま~す」
「子供の悪ふざけを律するのも、母の務めです、よ」
「イタタタタッ!?」
手の甲をぎゅっとつねられた。
見かけによらず力は強いんだよな、このシスター。
俺が何をしても包み込んでくれる。
俺が間違えば叱ってくれる。
そんな貴重な存在、そうそういないだろう。
自分の仕出かした悪事の告白は、女将さん相手でも躊躇っただろう。
けど、ベルティーナなら……
「今日、例の暴漢をカエルにしてやった」
「そうですか」
あっさりと。
小さな頷き一つで受け止めてくれる。
「どうでしたか?」
「最悪の気分だったよ」
「そうなのですね。私は経験がありませんので、経験談は新鮮です」
ベルティーナは誰かをカエルにしたことはないらしい。
まぁ、ないか。
「それで、その後はどうされたのですか?」
「人間に戻した」
「最初から、そのつもりでしたものね」
……知った風な口を。
「実験をしたかったんだ。本当にカエルになった人間は元に戻れるのか」
「そうですか。それは、貴重な経験でしたね」
「軽蔑しないのか?」
「それが、利己的で独善的な理由からなのでしたら。でも、そうではないような気がします」
「俺は――」
「正解はどうでもいいのです。私がそう思った。それが、私の中にある唯一の真実ですから」
俺は、随分と独善的な理由で実験に挑んだんだけどな。
「まぁ、誤算が一つあってな」
「誤算、ですか?」
「ムカつくバカヤロウをカエルにしてやったらさ……そのカエルが思いの外可愛い顔をしててな。目なんかくりっくりでさ。……まんまと毒気を抜かれちまったんだよ」
そうでなきゃ、あんな野郎どうなったって気にしなかったものを。
「うふふ……」
口元を隠し、ベルティーナが笑う。
笑い止んだと思ったら、俺の顔を見て再び笑い出す。
何度か持ち直しかけて、それでもやっぱり笑い出す。
……なんだよ。笑い過ぎだ。
「すみません……、でも、……うふふ、可笑しくて」
ひとしきり笑って、呼吸を整えた後で、目尻に浮かんだ涙を指で拭いながら、ベルティーナがこんな昔話を教えてくれた。
「ジネットも昔、カエルを見て、今のヤシロさんと似たようなことを言っていたんですよ。『お目々が可愛いね』って」
「ジネットが?」
「はい。……ふふ。やはり、ひとつ屋根の下で暮らすと似てくるものなのでしょうか」
俺がジネット級のお人好しに?
冗談にしても笑えない。
ベルティーナが言うと、本当にそうなりそうで怖い。
なので、本当に冗談にしてやる。
両手を広げて自分の胸を鷲掴みにする。
「一番特徴的なところがまったく似てないから、それはないだろう」
「ふふ……、帰る前に懺悔室へ寄っていってくださいね」
明るく照らされた夜道を、笑うベルティーナと歩く。
それだけで、なんだか日常が戻ってきたような気がして、妙に落ち着いた。
ベルティーナを教会の前まで送り、帰る前にふと気になったことを尋ねてみた。
「ベルティーナは、誰かを嫌いになったことはないのか?」
「嫌いに、ですか?」
「怨むまではいかなくても、『こいつの顔を見たくないな』とか」
幼い頃には、それくらいの感情を抱いたりもするものだろう。
いや、幼い頃よりももう少し成長して多感な時期になればそんな相手の一人や二人は現れるはずだ。
大人になった後だって、反りが合わない相手はいるはずだ。
苦手な相手や、理解の及ばない相手がいるはずだ。
中には、あきれ果てて軽蔑してしまうようなどうしようもないヤツだっていただろう。
ベルティーナほど長い時間を生き、多くの者と触れ合いながら生きてきた者なら、相容れない人物の一人や二人くらいは――
「思い当たりませんね」
「一人もか?」
「そうですね。幼少期の、記憶が定かではない時期のことまでは明言できませんけれども」
「いや、なにもそんな昔まで遡らなくても――」
「そんなに昔までは遡っていませんよ?」
おぉう……今、俺が嫌われたんじゃないだろうか?
笑顔が素敵におっかないぞ、ベルティーナ。
「怒ることはあります。ですが、だからといって嫌いという感情には繋がりません」
「かといって、誰でも彼でも好きではいられないだろう?」
「信用しないというのと嫌いという感情は同じではないでしょう? 私も、警戒心くらいは持っているんですよ?」
よく知らない相手のことは信用しないが、それが『嫌い』かと言われると……まぁ違うか。
「嫌いにならないようにしてるのか?」
「いえ。普通に付き合っていれば、その人のいいところが見えてくるでしょう? そういう部分を好きになる方が楽しいなと思っているだけです」
なるほどな。
この発想が、ジネットにも受け継がれてるわけだ。
「ヤシロさんはいるのですか? 嫌いな方が」
「数え切れないくらいにな」
「うふふ。では、今度人を嫌う練習に付き合ってもらいましょうか。嫌いだという感情を少しだけ味わってみたくなりました」
そんなことを嬉しそうに言う。
きっと無理だろう、お前が誰かを嫌いになるのは。
精々「悲しいなぁ」とか「残念だなぁ」ってところで止まるさ。やらんでも分かる。
「では」と頭を下げ、パーティーに参加できなかったガキたちの分のケーキを抱えてベルティーナは教会へと入っていく。
ベルティーナが教会に入るや否や、ガキの嬉しそうな声が外にまで聞こえてきた。
こんな時間にケーキ食って、虫歯になっても知らねぇぞ。
踵を返し、陽だまり亭に戻ろうとした時、談話室の窓が開く音がして、そこから大音量のガキの声が飛んできた。
「にーちゃん、ケーキありがとー!」
「「「ありがとー!」」」
談話室の窓にずらりと並ぶガキの顔、顔、顔。
どいつもこいつもにこにこと嬉しそうに、悪党の俺を見てやがる。
全員のデコに『警戒心』という言葉を書いてやりたい気分だ。
「ジネットに言えー!」
「うんー! 明日言うー!」
代表して、最年長のガキが言って、他のちんまいガキどもは嬉しそうに両手を振っている。
お前らの前にいるのは、今日、一人の人間をカエルにした男なんだぞ。
もっと怖がれっての。
そして、嬉しそうなガキどもの後ろから、そっとベルティーナが顔を覗かせて、幸せそうに微笑んでいた。
頬っぺたに生クリームを付けて。
「そこにつまみ食いの犯人がいるぞ!」
「シスターずるーい! あとでって言ったのにー!」
「うふふ。バレてしまいましたね」
「ケーキ食べるー!」
「ケーキー!」
「ぅははーい!」
だ~れもつまみ食いを責めやしない。
ここで育てば、誰かを嫌ってる暇なんかないのかもなぁ。
ケーキに釣られたガキどもが窓辺から散っていくのを見届けて、最後までこちらを向いていたベルティーナに片手を上げて挨拶しておく。
陽だまり亭に帰ったらチクってやろう。ベルティーナがガキどものケーキをつまみ食いしたって。
まぁ、あのケーキは自分の分なんだろうけど。
……パーティーで散々食ってたはずなんだけどなぁ。
明るい夜道を歩きながら、昔はこの辺にも人が住んでいたのかなぁなんてことを考えた。
豪雪期の時にジネットがチラリと言っていた。
昔はこの辺にも人が住んでいたのだと。
ついでに、その辺のことも聞いておけばよかった。
なんとなく、ジネットには聞きにくいというか、聞かない方がよさそうな感じだしな。
ま、大方稼げなくなって移動したんだろう。
四十区で農業を始めるために引っ越していったアリクイ兄弟の家族のように。
昔の四十二区は、貧富の差が激しかった……というか、貧し過ぎたんだろうな。
西側なんかなんもなかったもんな。
川があるからデリアたちはいたけれど、モーマットの畑も外壁側は放置されていた。
やっぱり、関係あるのかね。
湿地帯に近いってことが。
人が好んで住むような環境ではなかったのだろう。
今では木こりギルドの支部が出来て、そこのお嬢様が毎日楽しそうに暮らしている。世の中どうなるか分からんよな。
わざわざ風呂に入りに来るリカルドやハビエルなんかもいる。
西側も、これからまた変わっていくのだろう。もっと賑やかに。もっとやかましく。
「……やかましいのは、勘弁してもらいたいけどな」
そんな呟きが口から漏れたころ、陽だまり亭へとたどり着いた。
陽だまり亭はずっとここに建ち、この街の変遷を眺めてきたのだろう。
どっしりと構えるその様は、どこか頼もしくすらあった。
入口へ回れば、中から賑やかな声が聞こえてくる。
「どうして『一口ちょうだい』で上のイチゴを取るんさね!?」
「だって、美味しいからさぁ」
「美味しいからこそ遠慮するのがマナーさよ!」
「でもノーマよりあたいの方がイチゴ好きだぞ、たぶん」
「バカも休み休みお言いな! アタシがどれだけイチゴ好きか……三日三晩語り聞かせてやろうかぃ!?」
たぶん、陽だまり亭史上、今が一番騒がしいんだろうな。
「なに騒いでんだよ」
「あ、ヤシロさん」
ドアを開けて中へ入ると、ジネットがこちらへ駆けてくる。
「外まで聞こえてたぞ」
「聞いとくれな、ヤシロ! デリアが酷いんさよ!」
「なんだよぉ! 一口くれるって言ったじゃねぇかよぉ!」
「イチゴは一口に含まれないんさよ!?」
「あぁ、もう。ジネット、ノーマに新しいケーキを出してやってくれ。俺の奢りでいいから」
「では、わたしがご馳走しますね」
「店長もヤシロも、ノーマに甘過ぎじゃねぇか?」
「あんたの不始末さよ!? むしろ、あんたを甘やかし過ぎてるってクレーム入れたいさね!」
デリアとノーマはよく言い争っているが、その実とても仲がいい。
阿吽の呼吸(ノーマがデリアに合わせている)や、アイコンタクト(ノーマがデリアの言いたいことを察してやっている)など、高水準な連携を見せることも多い。
「……ジネット。ノーマにプリンアラモードも付けてあげて」
なんか、苦労を押しつけちゃってごめんね。
ホントごめんね。
「ヤシロ、あたいもプリン食べたい」
「太ればいいんさね」
「ん? あたい太らないぞ?」
「若いうちだけさよ、そんなことを言っていられるのも!」
「へぇ、ノーマくらいの年齢になると変わるのか」
「あんたとは…………そんな、変わんないさよ」
果たして『そんな変わんない』とは何歳くらいまで適用されるのか。
ただ、デリアより年上なのは確実、と……
よし、今度デリアに年齢を聞いてみよう。
「デリア。ヤシロに年齢を教えるんじゃないさよ」
「え、なんでだ?」
「約束するなら、アタシのプリンアラモードあげるさね」
「約束する!」
くっ。
先手を打たれてしまった……!
そして魔神がこっちを見てる。
めっちゃ見てる。
「まぁ、今日は二人とも好きなだけ食べてくれ」
さりげない笑顔で誤魔化しておく。
ノーマの視線が一向に俺から離れていかないけれども。
笑ぅとけ笑ぅとけ。
笑ってりゃ誤魔化せるさ。
デリアとノーマは暴漢の撃退と、その後の対応で世話になったので「今日はスペシャルサービスです」と店長が無料ご招待したのだそうだ。
スペシャルサービスじゃない時でも、結構タダ飯食ってないか、こいつら?
いや、いいんだけどさ。
「随分とスッキリした顔になったね」
イチゴのショートケーキの乗った皿を手に、エステラが俺の前まで歩いてくる。
……置いてこいよ、意地汚いヤツだな。
「ほにゃあ!? 誰です、あたしのケーキのイチゴ食べたの!?」
「……残っていたから、いらないのかと思って」
「ちょっとお手洗いに行っただけですよ!?」
「…………にゃは☆」
「その笑顔で誤魔化せるのはウーマロさんとハビエルさんだけですからね!?」
なるほど。
席を離れるとあぁいう目に遭うのか。
……あ、マグダが自分のイチゴをロレッタにやってる。
なんだよ。ちょっと構ってほしかっただけなんじゃねぇか。
「それで、お前はそのイチゴを俺に取れってネタ振りしてんのか?」
「違うよ!? 絶対あげないからね!」
ケーキを体の陰に隠して威嚇してくるエステラ。
これがこの区の領主だってんだからなぁ……
「シスターとどんな話をしたんだい?」
「おっぱいの話はさほどしてないな」
「それじゃない話題を聞いているんだよ」
ケーキの上のイチゴをフォークで刺して、それで俺を指す。
食うぞ、イチゴ。
「ま、大した話じゃねぇよ」
ありがたい説法をちょっとな。
……あ、そうだ。
「ベルティーナと話したことじゃないんだが、聞きたいことがあったんだよな」
「なんだい?」
エステラなら詳しく知っているかもしれない。
西側が寂れる前のことを。
ちらりと窺い見れば、ジネットは新しいケーキを取りに厨房へ入るところだった。
近くでは相変わらずデリアとノーマがじゃれ合っているが、ジネットの耳にさえ入らなければ問題ないだろう。
「昔はこの付近にも民家がたくさんあったんだろ? どう――」
どうしてそいつらはいなくなっちまったんだ?
そう聞こうとした俺の口が、エステラの突き出したイチゴによって塞がれた。
「……その話は、ここではなしだ」
俺を見るエステラの瞳は、寂しそうに揺らめいていた。
「あぁ! いいなぁ、ヤシロ。エステラにイチゴもらってさぁ」
「あんたら、ちょっと目を離すと戯れて……いい加減、噂が収拾つかなくなっちまうさよ」
突然、俺の口へイチゴを突っ込んできたエステラ。
傍目に見れば「あ~ん」したと思われても仕方ない行動だ。
「な~に、ちょっとヤシロを黙らせたくてね」
「お兄ちゃん、またエステラさんのちっぱいを弄ったですか?」
「……ロレッタ。誰がちっぱいだって?」
「はぅわぅ!? エステラさんが刃物(ナイフ)を片手に山姥の形相に!?」
ナイフを握りしめ「むゎあ~てぇ~い!」とロレッタを追いかけ回すエステラ。
ちらりとこちらを見た瞳は、「黙秘せよ」と俺に申しつけていた。
その話は、こいつらには聞かせられないってのか。
……一体、何があったんだよ、この付近で。
「みなさんお待たせしました。プリンアラモードです!」
「ぅおおおお! やったぁ!」
「へぇ、こりゃあ見事な飾り切りさねぇ」
ジネットの再登場に、ホールの意識はそちらへ集中する。
デリアがジネットの周りをちょこちょこまとわりついて、ノーマはその出来映えに感心している。
確かに、俺が教えたものよりもはるかに洗練されている。
フルーツの飾り切りも、プロがやるとここまで変わるのか。
「……店長の本気を見た」
「エステラさん、見てです! ほらほら、美味しそうなプリンアラモードが人数分あるですよ!」
「お? よかったな、ノーマの分もあるんだって」
「くふふ。店長さんは気が利くいい女さねぇ」
「んじゃあ、さっきの約束はなしだな」
「ちょいとお待ちな! 明日、クレープをご馳走してやるさね」
「約束する! あたい、年齢言わない!」
デリアが爆釣れだ。
安いなぁ、あいつ。
クレープは「こんな食い方もあるぞ」と教えてやったら、マグダが非常に気に入り、あっという間に定番スウィーツの仲間入りを果たした。
ただし、清潔で頑丈な紙が微妙に高価なので、原宿でお馴染みのあの食べ歩きスタイルにまでは達していないのだ。
形状は似ているのに。いまだ皿に盛ってナイフとフォークで食べるに留まっている。
……あれが食べ歩きできるようになれば、陽だまり亭二号店と七号店でバカ売れするに違いないのに。
クレープ生地なら、ジネットがメチャクチャ早く大量に作れるしな。
ミルクレープを教えたのは随分前なので、とっくにマスター済みだ。
「ぁ…………んまぁ~い!」
早速席に着いてプリンを頬張るデリア。
プリンの柔らかさを表現しているかのように、表情がとろけている。
「なんかさぁ、店長が作るプリンって、特別柔らかくて甘い気がするんだよなぁ」
「そんなことはないと思いますよ。ヤシロさんのプリンも美味しいですし」
今のところ、プリンが作れるのは俺とジネットと、四十区ラグジュアリーのオーナーシェフポンペーオくらいだ。
マグダとロレッタも『お手伝い』までは出来る。
前に試作させてみたら失敗していたし、もう一息ってところだろう。
「……ヤシロはおっぱい好きだから、プリンにまで柔らかさを求めている」
「お兄ちゃんのプリンは、ちょっとこだわりが強過ぎる気がするです」
そんなもん、当たり前だろうが。
ぷるんぷるんのやわふわ食感にこだわらずして、何が男か!?
「……店長の場合は、柔らか成分が漏れ出ている」
「えっ、本当に!?」
「エステラさんが食いつき過ぎで、若干引くです!?」
「そんなことありません」
ほっぺたを膨らませて、マグダの頭を「ぽふっ」と撫でるジネット。
え、なに、そのご褒美。
お仕置きのつもりなの?
俺の時は懺悔なのに?
なんか酷くない? 俺もそっちがいい。
ほら見ろ、マグダの耳が嬉しそうに揺れてんじゃねぇか。
「ボクにも作れるようになるかなぁ、プリン」
「堅焼きせんべいの作り方教えてやろうか?」
「プリンの話をしているんだよ、ボクは!?」
いや、おっぱいに左右されるらしいし、プリンの柔らかさ。
だったら、エステラは個性を生かした物の方がいいかなって。
気遣いだよ、気遣い。
「ジネットも一緒に食えよ」
「はい。そのつもりで、自分の分も作ってきました」
てへっと舌を覗かせるジネット。
「5000Rbから」
「7000Rb!」
「競るんじゃないさよ、エステラ」
開始直後にエステラから入札が入った。
だが分かるぞ、エステラ。
さっきのはそれくらいに破壊力があったよな!?
「残念ながら非売品です」
ほっぺたをぷっくりと膨らませて俺の脇腹を突っつくジネット。
ほらまた俺にだけ怒る。
入札したのはエステラなのに。
「……店長。お店、閉めてきた」
「ありがとうございます、マグダさん。マグダさんもこっちで一緒に食べましょう」
「……うん」
とことこと小走りで駆けてきて、ジネットの腰にしがみつくマグダ。
さっきまで椅子に座ってプリンを見ていたのに、いつの間に……
マグダは、ジネットに褒められることに貪欲なのだ。
そして、エステラと共にジネットの隣をがっちりとキープして席に着く。
俺は空いた席に適当に座る。
ロレッタとノーマの横。ジネットの向かいの席だ。
「いつ閉店の合図を出したんだ?」
「うふふ。わたしとマグダさんの秘密の合図なんですよ」
「あたしも知ってるですよ! 店長さんがこうすると『閉店しましょう』の合図だって、マグダっちょに教えてもらったです」
と、親指と人差し指で作った『L』を、手首を捻るようにひらひら動かしてみせるロレッタ。
「秘密、ダダ漏れだな」
「はぅっ!? マズかったですか!? で、でで、でも、ここにいる人はみんなお友達ですし、いい人ですし、いいのかと……!?」
「……ロレッタの今日のパンツはモスグリーン」
「なんでバラすですか、マグダっちょ!?」
「……ここにいる人はみんなお友達だし、いい人だし、いいのかと」
「むぁぁあ! そう言われてしまっては反論の余地がないです!」
頭を抱えるロレッタを見て、ジネットがくすくすと笑っている。
別に秘密にしておく必要はなかったようだぞ。
バレたところで不都合がある合図でもないしな。
「では、ここにいるみなさんとの秘密ということにしておきましょう」
明日あたりには、教会のガキどもがみんなマネしてそうな気がするよ、俺は。
「そういえば、ベルティーナを送っていく途中で、嫌いなヤツはいないのかって聞いたんだ」
「シスターにですか? いないと思いますよ」
「あぁ、思い当たらないってさ」
「ふふ。シスターはすぐに人を好きになっちゃう人ですから」
ジネットにはちゃんと分かっていたようだ。
一度くらいは見てみたいけどな、ベルティーナのしかめっ面とか。
「反抗期に入った子供たちがシスターに『キライだ』って言うと、すごく落ち込むんですよ。『悲しいなぁ、悲しいなぁ』って。……それを見て心が痛むんでしょうね。すぐにごめんなさいをしに行くんです」
そんなことが何度もあったのだろう。
もしかしたら、ジネットも経験者かもしれない。
「だから、教会の子供たちは誰かに『キライだ』って言わない子に育つんです。言われた人がどれだけ悲しい気持ちになるのかを知っていますから」
「一部の模範生は、だろ?」
「わたしは、言われたことがないですよ?」
そりゃジネットだからだ。
「ウッセとかアッスントとか送り込んでみるか」
「……ベッコがお勧め」
「あぁ、ダメですよマグダっちょ。ござるさんは顔が面白いので子供たちに人気なんです」
「ダメですよ、みなさん。そんなことを言っては」
嫌われそうな連中を列挙していると怒られた。
「教会の子供らはみんないい子だからな。あたいも大好きだぞ」
「『も』はどっから来たんさね……。まぁ、言われてみりゃあ悪口や陰口を叩く子はいないさねぇ」
「みんな、シスターを見習っているんですよ」
もちろんわたしも、と言いたげな顔で笑う。
母親自慢が恥ずかしげもなく出来るのは、それだけいい関係が築けているからだろう。
最年長のイタズラ坊主が重度のマザコンになってなきゃいいけどな。
「本当に素敵な街です。四十二区は」
静かに微笑むジネットの瞳は、ここではないどこか遠くを見つめているような気がして――一瞬別人のように見えた。
俺の知らないジネット。
そんな気がした。
「わたしたちも、よいお手本になる大人でいなければいけませんね」
しかし、すぐにいつもの見慣れたジネットが帰ってくる。
俺に向かってにっこりと微笑みをくれる。
「そうだな」
その笑顔にほだされ、俺もガキどものために一肌脱いでやろうかなんて、らしくもない気分にさせられた。
「保健体育なら任せておけ」
「まずはこの悪い見本の矯正が急務だね」
「違いないさね」
「ヤシロさぁ、子供らの前では控えろよな」
「お兄ちゃんの懺悔室占有時間がまた増えるです」
「……ヤシロだから仕方ない」
周りから一斉に呆れた視線を向けられ、真正面からはもはやお馴染みのお言葉をいただく。
「もう。懺悔してください」
これが今の陽だまり亭。
今の四十二区。
それ以前にここにあった歴史を、俺は知らない。
俺がそれを知る日は、意外にもすぐに訪れた。
あとがき
まいど!
宮地のおっちゃん――やで!(≧▽≦)ノ
最近ですね、もう、言葉が出てこなくて……
かつて、母との会話をあとがきかどこかで書いたことがあるんですが、
母「あの~、ほら、あの作品に出てたあの女優さん誰だっけ? ほら、あの映画であの役やってた人」
宮地「ノーヒント!?」
とか言ってたんですが、
自分もその領域に足を踏み入れているような気がしてならない今日この頃。
まぁさすがに母には勝てませんけども。
母「ねぇ、今度の水曜日って、何曜日?」
宮地「水曜日だけど!?」
母の思考は異次元です。
車で出かけて、目的の店を通り過ぎちゃって
「あのお店入ってUターンするね」と言ってお店に入って、
思いっきり進行方向に向かって出ていったこともありましたし。
→→↓__↑→→【車】ブゥーン
いや、目的のお店どんどん遠ざかってくよ!?
この『一回お店に入ったら自分がどっちからやって来たか分からなくなる現象』は
確実に、しかも克明に私へと遺伝されております。
完っ璧に母親譲りです。
私もしょっちゅう出る方向間違えます。
気付かず隣の駅まで歩いちゃったりね(≧▽≦)
「うぉっ!? めっちゃ歩いてた!?」
なんてしょっちゅうですよ。
駅前のデパートに入って、出て、隣の駅へ……
あると思いますっ!(´;ω;`)
そうそう、言葉が出てこないって話なんですけども、
先日、うちの会社でホワイトボードを買いまして。
そこに貼りつけるネームマグネットを作ってたんですね。
テプラで名前シールを作って、自由にカットできるマグネットシートに貼りつけて、切ると。
それだけなんですが、
私、物凄く不器用で、まっすぐ切れないんですよ。
定規を使ってまっすぐな線が引けないくらいに不器用でして……
みなさん、アレ出来ます?
左右の辺に2cmずつ印をつけていって、
印と印を線で結んで何本も水平な線を引くってヤツ。
なんでかあれが出来なくて、
絶対どこかが末広がりになってるんですよね。
なぜでしょう? ちゃんと測ってるのに。
まぁ、「1~2mmくらいいっか♪」みたいなちょっと大らかな部分はありますけども!
でね?
まぁ、私の作ったネームマグネットがガタガタで歪だったんです。
人によって大きさ違うし、まっすぐじゃないし。
それを見てパートのおばちゃ……お姉さんが、
お姉さん「あらまぁ、ガタガタねぇ」
って。
で、私不器用なんで、綺麗なのがいいなら上手い人に頼んでくださいって言おうとしたんですが、
『不器用』って言葉が出てこなくて、
なぜだか、
宮地「ごめんなさい、私ブサイクなんで、綺麗じゃないんです」
って言葉を口にしていて。
おぉう、なんて自虐的!?Σ(・ω・ノ)ノ!
そしたらお姉さん、
お姉さん「じゃあ、イケメンに作り直してもらうわね(笑)」
って!
……ブサイク、否定してほしかったな!(;△;)
「そんなことないよ~」の一言が欲しかった!
…………と、ここまであとがき書いた後で用事が入って日を跨いでしまったんですね。
なんでしょう。昨日まではうっきうきで上の文章書いていたのに、同じテンションに持っていけない……
たしか、母との面白エピソードを絡めつつ何かオチを考えていたはずなんですが
……もう思い出せません\(*´▽`*)/ノーミソ ポーン
というわけで、ここから別の話をします!
先日、駅前で古本市が開催されてまして、
ちょこっと覗きに行ったんですね。
絵本とか、古~いのがあって、
なんか、「戦時中の!?」みたいなのとか。
あとすごく懐かしい絵本とか。
ねないこだれだとかモチモチの木とか、読みましたねぇ。
で、そんな中、
『おっぱい』
というタイトルの絵本を見つけたんです。
これは買わねば!?
と思って、とりあえず開いてみたんですね。
1ページ目の文章
「おっぱい」
いいですね。
潔いです。
ただ、絵が……灰色?
ページをめくると、
「ゾウさんのおっぱい」
あぁ、なるほど。
動物のおっぱいがいっぱい出て来る絵本なんですか。
でその次がゴリラ、ネズミと…………
人間さんは!?
人間さんのおっぱいはまだですか!?
(>△<)
古本市で号泣してたら、親子連れにひそひそされてしまったので
結局買わずに帰ってきてしまいました。
近くにいた女の子に、
「これお勧めだよ☆」
って渡してくればよかったでしょうか……悔いが残ります。
さて、本編ですが、
『精霊の審判』を使ったヤシロの心の平穏を取り戻すべく
いろいろな人が登場してくれました。
意図してそこにいたわけではないのですが、
ヤシロにとっては、
「当たり前にそこにいる」ということが救いだったりするんですよね、きっと。
さて、
前々回、ヤシロが『精霊の審判』を使ったことで感想を「にょーん!」とたくさんいただきまして、
普段お見掛けしないお名前もちらほらと。
そして、珍しく、あとがきに触れる感想がほぼないという、
(あくまでほぼですが!)
やっぱり、本編で書くことがあるとあとがきにまで構っていられないのでしょう。
ん?
ということは――
……あれ、普段皆様、無理して感想ひねり出して書いてくださっている……とか?
いつもありがとうございます!
いや、本当に!
その優しさ、プライスレス!!
(感想を書かずとも、読んで楽しんでくださっているだけで、宮地はとっても喜びますよ♪)(催促じゃないですよ☆)(書きたいと思った時に書いてくださるだけで充分ですからね!)(あれ? 言えば言うほど言い訳がましくなっている気が!?)(そんなことないですからね!)(いや、本当に!)(書いてもいいかなと思った時だけでいいですからね!)(でも何を書けばいいか分からないという方は、とりあえず今日穿いているパンツの色でも書いておいてくだされば、宮地さんちょっと喜ぶと思いますので、老若男女問わず)
あと、ウィシャートさんの不幸を願う感想がちらほらと(笑)
まぁ、これまでの宮地展開を見てこられた皆様だとそう思われるかもしれませんが……
ウィシャートさん、まだまだこんなもんじゃないですよ。
強敵というカテゴリーではないですが、
間違いなく、これまで出てきたどんなキャラとも違う、
ワンランク上の存在です。
強敵という意味ではなく! レベルが違います。
少々長くなりそうですが、
ウィシャートさんの処遇は三幕のラストまでお待ちください。
まだまだやらかしますから、あの男。
というわけで、
感想返しでも「最後はこうなりますよ☆」とか言えませんので言葉を濁しまくりですが
とりあえず最後まで頑張って書き切ります!
では最後に、今回の
エステラさんのダジャレシーンをプレイバック!
エステラ「……その話は、ここではなしだ」
ぷぷぷっ!
シリアスな顔して、『そのハナシは、ここでハナシだ』って。
エステラ「『ここではナシだ』だよ!」
次回はまた、
別の角度からの不穏な空気漂うお話になりそうですが、
よろしくお願いいたします。
三幕が終わるころには、全部まとめて解決しますので!
では、
前回、今回のサブタイトルに『カエル』に引っ掛けたダジャレを仕込ませたことを最後にご報告しつつ、
次回もよろしくお願いいたします。
宮地拓海




