無添加76話 活気づき始める四十二区
「まったく、君というヤツは。まだこんなすごいのを隠し持っていたとは、もぐもぐ」
教会で合流したエステラが、大学芋を食ってからずっと文句を垂れている。垂れ流しだ。
「文句があるなら食うな」
「文句があるのは君の秘密主義に対してだよ。大学芋に罪はない、もぐもぐ」
こいつ……なんかちょっとベルティーナに似てきてないか?
教会で一緒に飯を食っている間に感染したんじゃないだろうな。
「お前、隠れ巨乳を目指してるだろ?」
「なんで隠さなきゃいけないのさ?」
「エステラさん、否定すべきはそこじゃないと思いますよ」
モリーに指摘され、誤魔化すように大学芋を口へ放り込むエステラ。
そんなに頬張るなよ。取りゃしねぇよ。またあとでいくらでも食えるんだから。
どうせここら辺の材料費は全部アッスント持ちだ。陽だまり亭での試作分も立て替えという扱いで、後日しっかり徴収する。
教会への寄付を終え、陽だまり亭に戻ってきた俺たちは、この後のイベントについて話し合いという名の試食会を開いていた。
ベルティーナが全力で来たがっていたのだが、あとでちゃんと食わせると約束して教会へ置いてきた。ちょっとやってほしいことがあったしな。
「シスター、きっと準備が終わり次第駆けつけると思いますよ」
エステラのカップに新しいお茶を注ぎ、ジネットが「だって、待ちきれませんもん」とベルティーナの心情を代弁する。
いや、もしかしたらジネット自身も待ちきれないのかもしれない。お菓子のお披露目と、オバケコンペが。
現在、エステラんとこの給仕たちが各家々に伝え回ってくれている。『陽だまり亭のお菓子レシピがタダで教えてもらえるよ』と。
そして、オバケコンペの優秀賞として、新しいお菓子が贈呈されるということも触れ回っているらしい。
エステラの予想では、かなり多くの参加者が見込めるそうだ。
「トックリーナー!」
「トックリーノー!」
陽だまり亭のドアを開け、シーツを被ったガキが二人、謎のイタリア人の名を叫びながら飛び込んできた。
「『トリックオアトリート』だ」
「「それー!」」
「横着すんな」
白いシーツ越しにガキの頭を鷲掴みにしてぐゎんぐゎん振り回してやる。
「ぉおうっ、おうっ、酔う! 酔うからやめてー!」
こいつらは教会のガキたちで、オバケコンペの前に仮装の一例として舞台に上がってもらう予定だ。
俺が頭を鷲掴みにしてるのは八歳の男で、もう一人のゴーストは六歳の女の子だ。
「なんでオレばっかり!?」
「やりやすいからだ」
「ひでぇ! 贔屓だ!」
「ばかやろう! 差別だ!」
「もっとひでぇ!」
元気と頑丈くらいしか取り柄のないこの年頃の男の扱いなんてこんなもんで十分だろうが。
見ろ。六歳の少女ってのはこんなに小さいんだぞ。なんか両腕を持ち上げて俺の方を見ているけど、全然威嚇になっていない。
「ヤシロお兄ちゃん! こわい~? がぉ~!」
「誘拐されそうで怖いな……」
「その点は大丈夫です、お兄ちゃん。イメルダさんもばっちり参加予定ですから」
「ねぇロレッタ。誘拐犯の決め打ちはやめようか? 一応大ギルドのギルド長だから」
エステラも結構決め打ってるじゃねぇかよ。
シーツをすっぽり被って顔が見えない状態でこの可愛さだ。
ねこ娘とか狼少女とかの仮装は危険だな。この街にハビエルが増えかねない。
「とっても可愛いですよ」
「違うよ、ジネットおねえちゃん! 怖いんだよ!」
「うふふ。そうですね、もっと『わぁ~』ってしたら怖いかもしれませんね」
「わぁ~!」
「くすくす」
両手を上げて、襲いかかるようなジェスチャーのゴースト少女。
シーツが持ち上がって小さい足が丸見えだ。そりゃジネットも笑いが止まらないよな。
「お前ら。前はしっかり見えてるか?」
「うん! 平気!」
「息苦しくないか?」
「ちょっと暑い。走ってきたから」
「シーツ被って走んじゃねぇよ、危ねぇな」
「だって、お菓子!」
「ベルティーナに走るなって言われなかったか? ……あとで怒られるぞ」
「あ…………ど、どど、どうしよう……」
ゴースト男児が震え出す。
ゴーストを怖がらせるとは。一番怖いのはベルティーナか?
あ、シスターだからゴーストが恐れるのか。成仏させられるしな。
「他の仮装も楽しみです」
ジネットが待ち遠しそうにドアに視線を向ける。
こいつらが来たってことは、このあと次々に小さいオバケが押し寄せてくるだろう。
朝食の席で、教会のガキどもにちょっとした仮装を提案したのだ。
寮母のおばさんらが面白がって、俺の提示した仮装を手縫いで大至急作ってくれることになった。
寮母たちも、小耳に挟んでいたハロウィンに期待大なのだとか。
「今、教会には布と糸が余っていますから、ちょうどよかったです」
ハムっ子たちが教会でお世話になるからと、なんとロレッタが新しい子供服用に、ついでに補修用にと、布と糸を大量に寄付したのだそうだ。
寮母のおばさんたちは大喜びで、ハムっこやガキどもの新しい服を作ると意気込んでいるらしい。
「こっそりいい人ぶりやがって」
「ち、違うですよ! ウチの弟妹が教会の子の服を破いちゃったですよ。それで、その弁償にと……ついでに、今後もきっと同じようなこと仕出かしそうだったですから、ちょっと多めにって」
「ロレッタさんは、しっかりとしたお姉さんですね」
「ふぉお!? 店長さんに褒められると照れるです! あたし、自分では裁縫出来ないですから寮母さんに丸投げしただけですし……それに、ウクリネスさんに事情を話したら大マケしてくれたですから、それほど懐も痛んでないです」
だから、たいしたことではない――と、ロレッタは言うが、なかなか出来ることじゃないと思うけどな。
こいつは、なんで普通に褒められると照れるんだろうな。
とても褒められない状況の時ほど褒めて褒めてとうるさいのに。
「ふんがー! ふらーんけーん!」
「みぃーらー!」
「け~つけつけつけつ! きゅうけつき!」
わさっと、小さなオバケたちが陽だまり亭へとなだれ込んできた。
って、吸血鬼は「けつけつ」笑わないから!
「みなさん、とっても怖いですよ」
「「「ぅははーい!」」」
これで大体出揃った。
こちらから提案出来るオバケはこの程度しかおらず、衣装を作るのにも時間はかかるし、全員で仮装というわけにはいかない。
壮絶なじゃんけんバトルに勝利した一部の者たちだけが仮装をしているのだ。
「ヤシロさん」
ガキどもの後ろから、ベルティーナがゆっくりと姿を現した。
やっぱり、お菓子が待ちきれなくなって早々とやって来たか。
と、思っていると――
「にゃあ!」
――と鳴いて、ベルティーナが口を開いた。そこには、獣のような鋭い牙が生えていた。
「うふふ。ヤシロさんのアイデアの牙を作ってみました。少し違和感がありますが、可愛い仕上がりになりそうだと思いませんか?」
お手製の牙が自慢なのだろう。ベルティーナがにこにこしている。
……のは、いいとして。
「なぜ『にゃあ』?」
「いえ、牙と言えばネコかと思いまして」
「オバケなんだから、もっと怖い感じで鳴かないと」
「そうですか? では……、ぅにゃー!」
威嚇された。
両手の指を曲げ気味に開いて、顔の横に持ってくる、ねこ娘がしそうなポーズで。
「よし、餌付けしよう!」
「ヤシロさん。ハロウィンの方向性がちょっとズレた気がします」
なぁに、ジネット、問題ないさ。
可愛い仮装をした娘にお菓子をあげて仲良くなる。
ざっくりまとめればハロウィンなんかそんなもんだ。
「は~い! 大学芋出来たよ~!」
厨房からパウラがトレイを持って出てくる。
ドーナツを少し練習して、それから大学芋を作っていたのだ。
タレのレシピさえ覚えれば、パウラくらいの料理スキルがあれば簡単に出来る一品だ。ジネットも任せっきりだったしな。
……というか、ジネットはもうすでにタレの改良に着手しているのだ。
頭の中でいくつか候補があったんだろうな。教会の厨房でもちょっと試作していたし、今も小皿で砂糖と酒としょうゆをいろいろ混ぜている。
果たして、どんな味の大学芋が誕生するのか、俺も楽しみだ。
「ヤシロさん。トリックオアトリートです」
ねこベルティーナがにこにこと大学芋を指差している。
指を差すな、指を。催促するんじゃありません。
「それじゃあ、舞台に上がってもらう出演料ってことで、お前らも食っていいぞ」
「「「やったー!」」」
「シーツじゃまっ!」
あ~ぁ、ゴーストがシーツ取っちゃったよ。
普通の六歳少女が大学芋食ってるわ。……っていうか、ゴーストの中から獣人族が出てくると、なんというか、仮装しなくていいんじゃね? って思っちゃうんだよなぁ。
まぁ、日本の感覚だとそう思っちまうんだけど、こいつらはこれが普通だからな。オバケ扱いは可哀想だ。黙っていよう。
「いいなぁ……」
「ぼくもたべた~い」
「わたちもー」
ドアのところに、ジャンケンバトルに負けた教会のガキどもが群がっている。
ベルティーナについてやって来たらしい。
この後は、俺たちと一緒に東側のグラウンド、運動会を行った会場まで一緒に行く予定になっている。
子供たちが主役のイベント――ということになっているので、是非参加させたいとベルティーナからのお願いを聞いた形だ。
「あの、ヤシロさん。あの子たちには、味見のお仕事ということで……感想を聞いて参考にするというのは、その……」
ジネットがなんとかガキどもにお菓子を与えたいと画策する。
が、画策が下手だな、お前は。もっともらしいことを言おうとしても、自信がなさ過ぎて語尾が消えてんじゃねぇか。
ったく。
「おい、ガキども。並べ」
「なになに~?」
「だっこ~?」
抱っこはしねぇよ。
なに「え、抱っこ?」みたいな顔で並ぼうとしてんだよ。
違ぇよ。
で、マグダ。さり気なく列に参加するな。違うから。
「このお菓子は出演料ってことで、こっちのガキどもにやったからな。出演しないのに食べちゃ不公平になるだろう?」
「ふこーへー?」
「ズルいってことだ」
「そっかぁ……」
「だから、お前らも舞台に上がるなら、食っていいぞ」
「「「あがるー!」」」
年齢一桁のガキどもによる全力の絶叫は鼓膜に悪い。
うるせぇよ、ガキ。
これだからガキは嫌いなんだよなぁ、俺。
「ホント、ヤシロは子供が好きだよね」
なに言ってんだエステラ?
視神経がバストサイズに比例してすり減ってんじゃねぇの?
「でも、ヤシロさん。仮装する衣装がありませんよ?」
「衣装がなくても出来る仮装はある。ジネット、その絵の具を取ってくれ」
本当は化粧品の方が肌には優しいんだが……ガキの肌は無敵だから多少はいいだろう。
ぷるぷるして搗き立てのモチみたいな肌してるんだし、多少傷んでも気にならない。今日一日くらい平気だろう。
ということで、べったりと顔に絵の具を塗りたくる。
「きゃー!」
「くすぐったーい!」
「らくがきだー!」
「あ、あのっ、ヤシロさん? 一体何を……?」
カラフルに染まっていくガキどもの顔を見ながらベルティーナがハラハラした声を出す。
ジネットも一緒になっておろおろしている。
そうこうするうちに、一人目の顔面ペイントが完了する。
「ほ~ぅら、三つ目小僧だぞ~」
「ふぉおおおお!? 怖ぇえ!」
振り返ったガキの顔を見て、ゴースト男児が肩を「びくぅ!?」っと震わせた。
ほんのちょっと、眼球の血管が生々しいリアルな第三の目を描いたからな。ちょっと離れてみれば3Dに見えるだろう。
トリックアートの技法を遺憾なく発揮してみた。
「君は……ホンットに器用だよね……」
食べかけていた大学芋を皿に戻してエステラが三つ目小僧を見つめる。
おでこを覗き込んで、その目のリアルさに感嘆の息を漏らす。
「こうやって、顔にちょっと絵を描くだけでもオバケになることは出来るんだ」
「ぼくにもやってー!」
「わたしもー!」
ジャンケンバトルに敗れたガキどもが群がってくる。
だから、並べって。
あ、抱っこじゃないと確信して、マグダが列から離れていった。
「ジネット。触覚カチューシャを作った時の、カチューシャの余りってあるか?」
「はい、あると思います。持ってきますね」
「あと、マグダ。いらない弓矢をウッセのところからパクってきてくれ。折れてるヤツでいい」
「……マグダの矢でよければ部屋にある」
「お前、弓なんて使ったっけ?」
「……運動会で触発されて、練習を始めた」
どこで何に触発されてんだよ。
聞けば、玉入れの時にリカルドがやってみせた、一つの玉で二つの玉を弾き飛ばす技を体得したいらしい。
そのためには動く標的を的確に射貫く射撃のスキルが必要だとメドラに言われたらしい。
「マグダ……まさか、リカルドに憧れて……?」
「……いくらヤシロでも、マグダの名誉を踏みにじる言動は許容出来ない。取り消しを求める。マグダはリカルドごときが出来ることを出来ない自分が許せないだけ」
「なるほど。リカルドごときに偉そうな顔されたくないもんな」
「……そう。リカルドごときには」
「あの……他区の領主様をそんな風に言うのは……」
「あぁ、平気だよ、モリー。いつものことだから」
不安げなモリーに、エステラがなんでもないような顔で手をぱたぱた振ってみせる。
リカルドごときに気を遣うなんて、モリーは聖女のような優しさを持っているんだなぁ。
そんなわけで、猛練習の果てに羽がボロボロになり、矢の棒の部分『矢柄』にヒビが入った矢を一本もらった。
……どんな猛特訓してたんだよ。ほんの数日でここまで傷むもんか?
「ヤシロさん。これで大丈夫ですか?」
「おう、ありがとう」
ガキどもの顔にオバケメイクを施しつつ待っていると、ジネットがカチューシャを持ってきてくれた。
「わぁ、みんな怖い顔になってますね」
「「わぁ~! がぉ~!」」
「くすくす。夜のおトイレが大変そうです」
顔を紫に塗ってつり上がった目と耳まで裂けた口を描いたガキと、白塗りに頬をグレーに染めて目元を紫にした『日本の超有名悪魔閣下』風メイクをしたガキを見て、ジネットが肩を揺らす。
うん。このデーモン、異世界でも通用するんだ。すげぇ完成度だったんだなぁ。
で、顔に色を塗ってもごしごし擦らずに我慢出来る年齢のガキならメイクで問題ないのだが、教会には二歳のガキがいる。こいつがまた、ちょっとでも気に入らないとイヤイヤする年齢なのだ。
なので、メイクはさせられない。手でベタベタ触った挙げ句、それを口に入れかねないからな。
なので、もっと簡単な仮装をしてやる。
傷んだ矢を折って、カチューシャの左右にくっつけて固定する。
それをガキの頭に付けてやると――
「ほ~ら、頭に矢が刺さってるぞ~」
「あははは! これは可愛いね!」
「本当に刺さっているみたいです。うふふ。大変ですね、どうしましょう」
エステラが大ウケして、ジネットも口元を押さえてクスクス笑っている。
みんなが笑っているのを見て、二歳のガキが「にや~」っと嬉しそうに笑う。
「こゎい?」
ベルティーナの方へと振り返り、キラキラした目で尋ねるガキ。
ベルティーナは微笑みながら頷いて、矢の貫通した頭を優しく撫でる。
「はい。とっても怖くて、すごく可愛いですよ」
「えへへー!」
気に入ったようだ。
日本じゃお約束の定番アイテムで、むしろ付けている間中ずっとスベり続けるというデンジャラスアイテムなのだが、目新しいと受け取られるこの街でなら当面はウケるだろう。
特にガキどもが喜んで付けている分には微笑ましい。
……まぁただ、事情を知らない年寄りがびっくりし過ぎて心臓止まらなきゃいいな、とは、心の端っこの方でちょこっとだけ思っちゃうけども。
「これでしたら、仮装が出来ないような幼い子供たちでも簡単に参加出来ますね」
どうにもベルティーナは、仮装が出来ないとお菓子がもらえない、そんな認識でいるらしい。
別に仮装してなくても一緒について回ればいいんじゃないかと思うんだが、初めてのイベントだからか、参加することに意義があるという雰囲気になっている。
「これ、ウクリネスに頼んで量産してもらおうか?」
「それよりも木工細工の連中に任せたらどうだ? 別にカチューシャにこだわる必要もないんだし」
長持ちやカゴ、建築物の細工などを行う木工細工師たちがいる。
木を曲げてカチューシャのように出来れば、連中に丸投げしてやればいい。
矢の他にも、斧や包丁みたいなバリエーションが欲しい。
「刃物を使うなら、金物ギルドかな?」
「本物は危ないだろう。ニセモノでいいよ。っぽく見えれば」
あからさまなニセモノでもいいくらいだ。それこそおままごとみたいなクオリティでもな。
「ウクリネスは確実に忙しくなるから、あまり仕事を持ち込まない方がいい」
「そうだね」
「どうせ頼むなら、赤ん坊用の帽子に悪魔の触覚とか、鬼の角をつけたヤツを作ってもらえよ」
「こんな感じで」と、イメージイラストを描くと、「これ、このままウクリネスに見せたら絶対作るよ、彼女」と、エステラはある種の確信と共にそのイラストを懐に入れた。
「収納力抜群の懐に!」
「どういう意味かな!?」
「……エステラ。ヤシロが言いたいのは、平均よりも胸元に隙間が……」
「分かってるからわざわざ言わなくていいよ、マグダ!」
マグダが「すーん」って顔をしている。
折角教えてあげたのになー、みたいな顔だ。
可愛小憎たらしい。ウーマロに見せれば一軒家が三つくらい建ちそうないい表情だ。
「これで、立っちが出来ない子供たちも参加出来ますね」
「メイクをするだけでいいなら、お金のない家の子供たちでも簡単に参加出来そうです」
「教会のみんなが一緒に参加出来そうで、私は凄く嬉しいですよ」
そんな感想を漏らすジネット、モリー、ベルティーナ。
子供が好きで子供の立場に立って今の状況を喜んでいるのだろう。
……のは、いいんだけど。なんでお前ら全員、俺を見てるのかな?
そんな目で俺を見るな。
「本当にヤシロは子供が……」
「それ勘違いだからそれ以上言うな。情報を秘匿するぞ」
俺は単純にイベントを成功させようとしているだけだ。
ハロウィンが成功すれば四十二区にお菓子が広まり根付き、陽だまり亭が用意しなくてもあちらこちらで普通に食えるようになる。
そうすりゃジネットも……まぁ、好きなことが目一杯出来るようになるんじゃねーの。知んねーけど。
それにあれだ。
たった9Rbのあんドーナツなんぞで満足されては客単価が落ちるのだ。
飯を食って、ついでにあんドーナツをオヤツ用に買って帰る。それくらいでちょうどいい。
「いいか、エステラ。これは言わば、客単価を上げて純然たる利益を……」
「あーうん、そーだね」
まったく聞く耳持ってやがらねぇ!
なんて領主だ。
善良なる領民の意見に耳を傾けないなんて!
余計なことしかしゃべらないあの口に大学芋をこれでもかと詰め込んでやろうか……
あぁ、そうするとやっぱマシュマロが欲しいところだよな。
何個入るか、ぎゅうぎゅうに押し込んでやりたくなる。
「なぁ、ジネット。ゼラチンって知ってるか?」
「ぜらちん、ですか?」
「え、なんやて? ぜんらちん?」
「なんてタイミングで湧いて出やがるんだ、この歩く有害図書館!?」
ジネットの背後からにょきっと生えるように現れたレジーナ。
一文字追加すんじゃねぇよ。一文字違いで印象が大違いなんだよ。
まぁ、わざとなんだろうけれど!
「ハム摩呂はんがな、『店長さんからの、お言付けやー』言ぅてウチんとこ来やはってなぁ」
「何か頼んだのか?」
「はい。食紅を。大学芋をカラフルにすればオバケさんのお菓子っぽくなるかと思いまして」
なんということでしょう。
ジネットのヤツ、もうハロウィンを完全に理解しているようだ。
日本でもすっげぇカラフルなポップコーンやマシュマロが売られてたもんなぁ。
「カラフルポップコーンも作ってみるか」
「……それはいい。マグダに任せると成功は確実」
「んじゃあ、ロレッタと一緒に頼む」
「……うむ」
「任せてです!」
ポップコーンにかける蜜に色を付けておけば、青や赤に染まってくれるだろう。
にわかに活気づいた陽だまり亭メンバーを見て、モリーが目を丸くする。
「凄いです。こうやって次々に新しい物が生まれていくんですね」
「節操ないからなぁ、こいつら」
「あはは、君が言うのかい、ヤシロ?」
言うよ。
当たり前だろう、エステラ。
俺以上に盛り上がるのは、いつも周りの連中だ。
俺はきっかけを与えたに過ぎない。
「それで、全裸チンとかいうので、どんな卑猥なもん作る気ぃなんや?」
「確信を持った顔で間違えたワード使わないでくれるか? ゼラチンだよ。寒天みたいな使い方をするんだが、原料が違うんだ。ジネット、聞いたことないか?」
「わたしは、ありませんね。アッスントさんはご存じでしょうか?」
ジネットが知らないなら、この街にはない可能性もあるな。
一応アッスントにも聞いてみるが。
「豚や牛の皮を煮詰めて動物性のタンパク質を取り出して作るんだが……牛飼いに話を通せば作ってくれねぇかな。食肉は魔獣の肉に押されて苦戦してるみたいだし、副収入になればやってくれないこともないと思うんだが」
「もし価値のあるものなら、彼らは協力してくれるだろうね。運動会の時も肉の出荷量に関して狩猟ギルドといがみ合っていたし……少しでもそれが緩和されるならボクにとっても望ましいよ」
いやぁ、あそこのいがみ合いはもう伝統みたいなもんだからな。牛飼いが利益を上げても解消はされないと思うぞ。
なんなら、いがみ合っていないと気持ち悪いってとこまで行き着いている可能性すらあり得る。
「今日のイベントが終わったら一緒に行ってみるかい?」
「お前も来るのか?」
「ボクとしても、牛飼いと狩猟ギルドの衝突が緩和されるのは都合がいいからね」
そんなわけで、後日エステラと一緒に牛飼いに会いに行くことになった。
牛かぁ……臭いんだろうなぁ。
脳裏に、小学生の頃の遠足で行った牧場の光景が浮かんだ。
「牛だー!」とテンションが上がった直後に「臭っさ!?」とテンションが下がった記憶がよみがえる。
連中の糞の臭いは強烈だ……まぁ、栄養は満点なんだろうけれど。
「ごめん、くださ~い……」
フロアのあちらこちらでハロウィンの仮装やお菓子について盛り上がっている中、遠慮がちな、ちょっとおどおどした声が紛れ込んできた。
見ると、入り口に幼い姉弟が手を繋いで立っていた。
十歳と五歳……ってところか?
弟の方には真っ直ぐな小さな角が生えており、なだらかな面長。
姉弟共に長い耳をしており、目からアゴにかけて黒いラインが入っている。
あの顔、どっかで見覚えが…………あ、ガゼルだ。トムソンガゼル。
そんな、ガゼル人族っぽい姉弟は、フロアにいるオバケメイクのガキどもを見て「ひっ!?」っと声を漏らす。
「あら。トムソン厨房さんのところの」
ジネットがガゼル姉弟に気付いてぱたぱたと駆け寄る。
知り合いらしい。
「あの、陽だまり亭さん……えっと……」
「この子たちは教会の子供たちです。怖がらなくても大丈夫ですよ」
オバケたちをちらちら意識している姉弟に微笑みかけ、目線の高さを合わせてやるジネット。
「どこのガキだ?」
「飲食ギルドに加盟されているトムソン厨房という食事処のお子さんたちですよ。何度かお会いしたことがあります。街の東側にお店があるんですよ。ね?」
ジネットに聞かれて、姉弟はこくこくと小さな首肯を繰り返す。
トムソンってのは創業者であり、この姉弟の父親の名前だそうだ。トムソンガゼルのトムソンか?
なんと分かりやすい。
「ガゼル人族なんだな」
「はい。でも、トムソンさんはヌー人族なんですけれど」
トムソンだけトムソンガゼルじゃなくてヌーなの!?
ややこしいわ!
「ヌー人族とガゼル人族の子供はガゼル人族になるのか?」
「え~っと……獣特徴は両親のうちどちらかを引き継いで現れるので、獣特徴によって何人族かが決まります」
獣特徴は混ざらないらしい。
イヌ人族とシマウマ人族の子供が縞々の犬になるようなことはないのだそうだ。
俺が獣人族と結婚して、その子供にケモ耳が生えていれば、それは獣人族ということになる。まぁ、考えれば普通か。
姉弟で人種が異なることはあっても、ハーフというのは存在しないようだ。
「で、何か用なのか?」
十歳と五歳の姉弟二人で食堂に食いに来るとは考えにくい。
ご近所さんならまだしも、東側に店を構えているなら陽だまり亭からはかなり遠い。おまけにご新規さんだ。
客なら親と一緒に来る。
そうでないということは、何かしらの用事があるのだろう。
「あの……っ!」
姉の方が意を決したように拳を握ってジネットへ視線を向ける。
しゃがんで目線の高さが揃っているジネットをじっと見つめて、ノドの奥に引っかかっているらしい言葉を懸命に吐き出す。
「ドーナツの作り方を教えてくださいっ!」
「ください!」
姉に続いて弟の方も頭を下げた。
その姿からは必死さが感じられた。
「えっと……」
ジネットが困ったような顔でこちらに顔を向ける。
ドーナツのレシピは公開することになっているし、教える分にはなんら問題ない。パウラだって現在練習中だし。
しかし、この幼い姉弟があまりに必死で、少々面食らってしまった。
「レシピは今日のイベントで公開しますし、飲食店関係者にはまた別途作り方をお教えする予定ですよ」
「ホント!? ……よかったぁ」
姉の方が心底ほっとしたような表情を見せる。
「ですが、油を使いますから、親御さんと一緒に来てくださいね」
マグダやロレッタでも油を跳ねさせて危険だったのだ。
ガキだけでは教えられない。きちんと保護者がいないと。
まして、飲食関係者に向けての講習会は『商品』として問題ないレベルの完成度を求めるものだ。ガキのお手伝いレベルでは困ってしまう。
きちんと店の主か料理長、それに準ずる相手に来てもらわないと意味がない。
なのだが……
「……お母さん、忙しいから…………」
姉弟はうな垂れて肩を落とした。
なにやら事情がありそうだ。
「そう、でしたね……」
ジネットもその事情を知っているようで沈痛な表情を見せる。
そして、なんとかこの幼い姉弟の力になれないかと頭を捻っているような素振りを見せる。
「では、お二人には別の機会にドーナツ教室を開きましょうね。わたしが一緒に作りますので、お母さんにそう言っておいてください」
「うん! ありがとうございます!」
「ありがと!」
気丈にあろうと気を張っていたのが丸分かりな姉の表情がほっと和らぐ。
ジネットが小指を差し出すと、嬉しそうに指を絡めて指切りをした。
最後にもう一度頭を下げて、手を振りながら陽だまり亭を出て行くガゼル姉弟。
それを見送っていたジネットが、振っていた手を止めるのを待って尋ねてみる。
「何があったんだ、あそこの家?」
「実は、今年の始めに……」
一度口を閉じて、言葉を探すように視線を泳がせて、気遣わしげに口を開く。
「トムソンさんが事故で……」
「そうか」
それ以上は聞かなかった。
大黒柱を失って、現在は母親が店を切り盛りしているのだろう。
それが、おそらくうまくはいっていないのだ。
だから、あんドーナツを覚えて経営を助けようと……ってところか。
「だが、他の店も一斉にあんドーナツを作るようになれば、思うような利益は見込めないぞ」
「そう……でしょうね」
出来ることなら助けてあげたい。
そんな気持ちが表情ににじみ出している。
けれど、それをするのは俺たちの仕事ではない。
困っている人すべてを救えるワケではないのだから。
ジネットもそこら辺は学習したようで、無節操に救いの手を差し伸べるようなことはしなくなった。
ただ、顔だけは「なんとかしてあげたい」って物語っているけどな。
「特別教室を開くなら、他と差別化が出来るワンポイントを教えてやればいい」
ジネットが沈んだ顔をしているのは陽だまり亭の利益に悪影響を及ぼす。
「他との差別化が成功すれば、ある一定の利益は確保し続けられるだろう」
「はい。そうですね」
だから、これは陽だまり亭の経営のために必要なアドバイスだ。
「……ありがとうございます、ヤシロさん」
だから、そんな礼なんか必要ないんだっての。
「まぁ、自分が一肌脱ぐんやったら、あっこの店もなんとかなるかもしれへんな」
近場の椅子に座って大学芋を摘まんでいたレジーナが俺を見上げて、穏やかな微笑みを湛えて言う。
「一肌脱いで全裸チン的なムフフなサービスで顧客満足度爆上げで――!」
「食紅ありがとうレジーナさっさと帰れ」
日光が苦手な真っ黒薬剤師を日光の下へと放り出す。
なんか日光を浴びてもがき苦しんでいたけど気にせずにドアを閉めた。
ホント。この街一番のモンスターはあいつに間違いないな。
あとがき
あ~もう、暑過ぎて街を行く人がみんな水着姿に見えます……
わっほ~いヾ(*・ω・*)ノ
そんな暑さを跳ね返す、レビューをいただきました!
感想欄ではお馴染みの~2019年 08月 02日 14時 00分の方
分かりやすい! 簡潔にまとめられているのですが過不足なく、分かりやすく視覚化されていて面白いなと。そしてちょいちょい挟まれるおっぱい! 間違いない!
――と、実に本作らしい雰囲気でまとめられている中、ヤシロとジネットのシーンをふと想起させる、そのさりげなさが憎い演出となってなんともほっこりする読後感がいい味になっていました。そして、オチもきっちりと忘れずに!
初見の方には分かりやすく、既読の方にはその奥の遊び心が伝わる面白いレビューでした。ありがとうございます!!
陰謀なんぞないわー\(´∀` )
…………な~んてね【壁】_・)
というわけで、
90年代J-POPを懐かしんでいる2002年生まれの宮地です。
いや、なんか~知らないんっすけどぉ~、今17才なんで~
逆算? つーのしたらぁ~、生まれがぁ~、2002年になったんすよねぇ~。
あ、今年から同級生のみんな、しくよろ~!(*´▽`)ノシ
なんつって!(・ω<)(←昭和ぎゃ……あ、いや、平成ギャグ)
それはそうと、この年齢(17才)になると物忘れが酷くなりましてねぇ。
「あ、これは面白いから絶対あとがきに書こう!」って思いつつも、メモが取れず、
「まぁ、忘れないだろう」って思っていたことを、家に帰る前にすっかり忘れまして!
物っっっ凄く気持ち悪いってこと、ありませんか?
思い出せなくて悶々と過ごす三日間……
それを、ついに昨日!
思い出したんです!
寝ようと思っていた時、ふと、「あっ! 思い出した!」って、
ぴこーん! って豆電球がついたんです!
お部屋の地縛霊「……ちょっと、まぶしいと眠れないから豆球消して」
私「あ、メンゴメンゴ」
ソッコーでメモを取ってその日は眠りまして、そして今日!
そのメモを見てあとがきを書こうと思います!
先日、
お連れの者と一緒にうどんを食べに行ったんですね。
で、ざるうどんと天丼の定食をお願いして、
うどんが温かいのと冷たいのを選べたので冷たいのにしたんです、暑かったので。
で、なんだかんだと大爆笑の会話を楽しみまして、
会話の内容は割愛しますけれども、周りのお客さんはもちろん、厨房からも笑い声が聞こえていましたけれど、スペースの関係で割愛します。
で、食後お決まりの、伝票を持ってお決まりのやりとりがありまして、
私「ここはそちらが」
連れ「いえいえ、とんでもない」
私「まぁまぁ、そう遠慮せずに」
連れ「そう言わずに、どうぞどうぞ」
で、伝票を見たら、私の注文した天丼定食の下に
『Cうどん』
って書いてあったんですね。
紅茶の場合『Hティー』『Iティー』って書くじゃないですか?
ホットとアイス。
でも『C』?
運んできた店員さんをチラ見したところDカップでしたので、それでもない。
ではなんだ?
そんな話になったんですが……私、ピーンとひらめきまして。
これでも英語がぺろぺろなもので。ペラペラでこそないんですが。
私「あ、分かった」
連れ「なに?」
私「『ちべたい』」
連れ「ちべたい!?」
私「『ちべたいうどん』の『C』だよ」
連れ「そうか……あの店員さん、関西の方の人なのか……」
無事解決しました。
みなさん、このグローバル社会、英語くらいは話せるようになっておきましょうね☆
――という内容だったのですが……
しょーもない!?Σ(゜д゜;)
悶々と過ごした三日間を返してください!
あと、同じメモにですね……
私「疲れたから、もうちょっと優しく……」
連れ「え? 『野菜スティック』?」
私「そうそうそう、ニンジンとかキューリとか、あぁ~セロリはちょっと苦いなぁ~ってバカ」
「優しく野菜スティック」って書かれてまして、
もう、「このタイミングでなければ書けない!」と思ったので書いときました。
思いつきメモって、
書いておかないと後悔するくせに、書いておいても大して役に立たないんですよねぇ……
でもやらない後悔するより、やって後悔する方がいいって言いますし!
そもそもやらずに後悔するようなタイプならこんなあとがき書いてませんしね!
今さらですさ! わはは!
時代を担う若者たちよ!
恐れずに我が道を進むのです!
やりたいことはみんなやってやればいいのです!
ただし、他人を傷付けないように細心の注意を払って!
善意が相手を傷付けることもあります。が、それはあとにならないと分らないことかもしれません。
そんな時は後悔すればいいのです。取り返しがつかなかろうと。
その次、同じことを繰り返さないように。
傷を負って、悩んで、怒って、学んで、素敵な大人になってください。
お兄さん(17才)との約束だぞ☆
こんなおっぱいだらけのお話でも学べることがあるなんて、素晴らしい!
よし、メモ取っておきます!
『おっぱいはいいこと言う』……っと。_φ(゜ー゜*)
次回もよろしくお願いいたします。
宮地拓海




