無添加45話 甘過ぎるっつの
「カタクチイワシ。少し顔を貸せ」
弁当が粗方なくなり、理不尽にエステラとベルティーナにお好み焼きと魔獣のフランクを奢らされ、「いえ、あの……別にわたしは何が悪いとかそういうことではなくて……つまり、あの……そ、そういうことはもっと順序を踏んでからというか…………ぅうう、懺悔してください!」と、怒ってんだかなんだか分からんジネットに肉まんを与えて宥め、ようやく一息つけるなと一人で風に当たっているところへ、妙に神妙な顔をしたルシアがやって来た。
……嫌な予感しかしない。
「言っておくが、ハム摩呂の添い寝券はないからな?」
「ないならば作れ! ……だが、今はそういう話ではない」
一瞬、いつものルシアが顔を覗かせたが、すぐにまた領主然とした真面目な表情に戻る。
……なんだよ、気持ち悪いな。
「あのな、そういう真面目な顔をしなきゃいけない話なら、俺じゃなくてエステラに……」
そこで、強制的に言葉を遮られた。
無言で。
静かに。
そっと、手を握られて。
「……そなたにしか、頼めないような話なのだ」
らしくもなく、か弱い少女の表情を見せるルシア。
不覚にも、心臓が大きく波打った。鼓動が徐々に速くなっていく。
な、なんだよ……
ちょっと一人で風に当たろうと、人気のない場所まで来てしまったがために、周りはいやにしんとしている。
遠くから聞こえてくる賑やかな声が、かえってこの場所の静けさを強調している。
静かな、グラウンドの隅で、ルシアと二人。
俺の手には、少しひんやりとするルシアの手が触れている。白く細い指が、遠慮がちに俺の手を掴んでいる。
そんなルシアは俺から目を逸らすように俯いている。まるで恥じらうかのように。
そんな学園青春を、夢見ない男子はいないだろう。
無言の時間が……緊張感を増していく。
「私に、恩を売らせてやろうと言うのだ。素直に受けろ」
「……んだよ、その言い草は」
くそっ。
ちょっと声がうわずって「なんだよ」がちゃんと言えなかった。
そして、意を決したようにルシアは顔を上げ、俺を数秒見つめてから、少々強引に俺の腕を引いて歩き出した。
もはや抗う術はなく、俺は引き摺られるようにルシアの後を追う。
揺れる青い髪が美しく光を反射して、目の前に光の粒をまき散らす。
緊張と強制される早歩きのせいで鼓動が高まり、少し息が上がってきた時、ルシアが前を向いたままでこんなことを言い出した。
「そなたは、メロンパンが大好きなのだ」
「…………あ?」
「そうだな。二つくらいはぺろりと食べてしまえることだろう。まったく、欲張りさんだな、そなたは」
あはは。と、無駄に爽やかな笑いをこぼして、ルシアがぐんぐんとある場所へと近付いていく。
新しいパンの支給を行っているテントへ。
「行商ギルドの代表者はいるか?」
「これはこれは、ルシア様。私がここを取り仕切っております行商ギルド最先端区統括責任者のアッスントです」
「うむ。ではそなたに頼むとしよう」
そう言って、ルシアが俺の腕をぐいっと引っ張って自分の前へと押し出す。
俺が逃げ出さないようにがっしりと腕をホールドして。
「この者がな、メロンパンが大好きだと言って譲らぬのでな、少々分けてやってほしいのだ。そうだな、二つほどあればこの食いしん坊も満足することだろう。いや、なに、男というものはいくつになっても子供よな。はっはっはっ」
ん~……アッスントの笑顔の奥からビッシビシ向けられる「何事ですか、これは?」って視線が痛いなぁ。
俺も聞きたいよ。一体これはなんの茶番なんだ。
「しかし人間とは不思議なもので、そうまで推薦されると影響を受けてしまうのは自然なことだ。そうだな、私も一つもらおうか。あぁ、私は一つでいい。一つで十分だからな。二つも必要とするのはこの男くらいのものだ。まったく、しようのない男だ。あはは」
俺の腕をがっしりと拘束して爽やかな笑いを振りまく三十五区領主。
……おい。いい加減気付けよ。アッスントのあの、「あぁ、そういうことですか。ヤシロさんも災難でしたねぇ。……いや、身から出た錆、でしょうかねぇ。んふふふ……」みたいな顔。
あと、周りに結構な数の領民がいる場所で他所の区の男にベタベタひっついてんじゃねぇよ。お前も一応嫁入り前の貴族だろうが。あらぬ噂が立ちかねないぞ。
たとえばそう――
「こんなに密着しているのにヒジにすら触れないとかな!」
「……折るぞ?」
関節が曲がらない方向へと曲げられようとしている!?
ミシミシって、変な音が聞こえるんですけども!?
身の危険を感じ、アッスントへ視線を送る。
もうなんでもいいから、こいつの気の済むようにしてやってくれ、と。
「では、仲睦まじいお二人に、とっておきのメロンパンを三つご用意しましょう」
「にゃっ、にゃかよきゅなどにゃいわっ!」
「……ルシア、噛み過ぎだ」
「噛んでにゃい!」
「じゃあその『にゃ』はキャラ付けか? 随分可愛い路線に舵を切ったもんだな!?」
「かっ、かわ、可愛いとか、急に言うにゃ!」
「いや、言ってねぇよ」
「言ったにゃっ!」
「……いいからまず『にゃ』をやめろ」
ルシアも、そろそろいい男を見つけた方がいい。
そういう耐性がなさ過ぎる女子を見ると、悪い男にほいほい引っかからないか不安になってくるんだよな……
「ヤシロさんを見ていると、全国の女性に注意喚起をしたくなります……」
ほぅ、どーゆー意味かな、アッスント君?
俺が女を拐かす悪い男だとでも?
バカも休み休み言え!
いいか、悪い男ってのはな、右手と左手で、それぞれ別の女子のおっぱいを揉むようなヤツのことだ!
俺はそんな羨ましいことしたことがないっ!
俺くらい慎ましい男になるとだな、片方のおっぱいを両手で丁寧に丁寧に揉むようになるんだよ! 敬意を表してな!
分かったか!?
「アッスント。俺はな、両手でも溢れるほどのおっぱいが好きなんだ」
「……なぜ今そんな趣味嗜好の暴露を? というか、今さら過ぎてコメントに困ります」
違うだろう!?
「両手で片乳を大切に!? なんて思慮深い!」って感動する場面だろう、そこは!
さてはお前も片手でぞんざいに触る派だな!?
『ながらおっぱい』か!?
なんてヤツだ!
「アッスント。お前の嫁は今どこにいる!?」
「ごほぉーう! ごほごほ! ……な、なぜ、急にウチの妻の話に?」
「文句を言ってやる! 来てないのか?」
「さ……さぁ……ど、どうでしょうか? あまり、目立つのが好きではない女性ですので……あは、あはは……」
そんな控えめな女性のおっぱいを……きっと他の誰にも触れさせない「あなたのためだけ」の貴重なおっぱいを……お前はぞんざいに……っ!
「見損なったぞ、アッスント!」
「よく分かりませんが……おそらく、言いがかりです」
「『ながらおっぱい』とか、サイテーだ!」
「いや、あの……、今のヤシロさんの発言がなかなかにサイテーなのは同意しますが」
「嫁に会わせろー!」
「さぁ、ルシア様! メロンパンです! 凄い人気でこれが最後の三個だったのです! 運が良かったですね! さぁ、これを持って早急にお引き取りを! というか、ヤシロさんを早く連れて行ってください! ジャムパンも付けますから!」
メロンパンとジャムパンが入った紙袋をルシアに押しつけて、アッスントが俺たちを追い立てるようにテントから追い出す。
……あいつ、客商売向いてないんじゃねぇの? 感じ悪ぃ~。
来た時と同様に、ルシアに手を引かれてテントの裏へと回る。
ずんずんずんずんと、ルシアは人気のない方へと歩いていく。無言で。前だけを向いて。……怖ぇって。
そして、周りに誰もいない、グラウンドから死角になるような薄暗い雑木林に踏み込むや、ルシアは俺の腕を払いのけ腕を組んで低い声で言い放った。
「貴様の物は私の物だ」
「こんな酷いカツアゲ、生まれて初めてだ」
結局、こいつはメロンパンが二つ欲しかったのだ。
しかし、領主の口からそんなことを言うわけにはいかないと考え、俺をダシに使いやがったというわけだ。
……「メロンパン二つください」くらい普通に言えるだろうが。それが言えないのは不純な使い方をしようとしているからだ。
「で、なんで三つももらったんだよ?」
「一つは食べる用だ!」
「全部食べる用だよ、メロンパンは!」
俺から二つのメロンパンを強奪しようとするルシアに抵抗する。
一個は自分のを使え! 二つありゃ十分だろうが! で、終わったらきちんと全部食え! 責任を持って!
「食い物で遊んだ挙げ句に残すなんざ言語道断だ! 俺はそんなこと認めない!」
「ふん……。分かった、責任を持って平らげると誓おう。……しかし、二つはちと多いか……」
「残ったら俺が食ってやろう!」
「貴様にはやらん!」
「直接おっぱいに触れたメロンパンならいくらでも食える!」
「やらんと言っているだろう!」
メロンパン二つを大切そうに抱えてルシアは足早に去っていった。雑木林の奥深くへ。
……あいつ、あのまま野生に帰るんじゃないだろうな?
「こんな雑木林の中で服を脱いだりしないだろうな、あの領主……」
………………ちょっと様子を見に行こうかな?
いや、違うぞ! 心配だからだぞ、……うへへ。
「……ヤシロ」
「ごめんなさい! 心の中で嘘を吐きました!」
名を呼ばれ、指摘されてもいない自白をしてしまった。
やましい気持ちって、心臓への負荷がハンパないよね、ホント!
で、振り返るとエステラが立っていた。
俺とルシアがこの雑木林に入っていくのを見咎めて追いかけてきた、とかだろうか?
「君がルシアさんを雑木林に引きずり込むのが見えたから追いかけてきたんだ」
「お前眼科行け!」
あぁ、くそ!
この街に眼科なんかないのか!?
「……まぁ、そんなことはどうでもいいんだ」
「いいのかよ!?」
「いいさ。どうせ、またルシアさんに何かを言われただけだろうし」
さすがに、これだけルシアと関わっていると、どこから問題が発生しているのか察しが付くようだ。
にしても、エステラの元気がない。
「何かあったのか?」
「ヤシ……ロ…………うぅ……っ!」
「おい、どうした!?」
急に泣き崩れたエステラ。
枯れ葉の上にヒザを突いて蹲る。
一体何があったってんだ?
「……メロンパン、売り切れてた……」
「しょーもな!?」
エステラの手には、パン食い競走でゲットしたメロンパンが、それはそれは大切そうに握られていた。
そういや、さっきアッスントが「これが最後の三個だ」とか言ってたっけな。
エステラのことだから、「メロンパンをもらいに行きたいけど、あんまり早く行き過ぎると『こいつ必死か!?』って思われそうだから、もう少し後にしよう」とか思っているうちに売り切れちまったんだろうな、どうせ。
「お昼休憩が始まってすぐにメロンパンをもらいに行こうとしたんだけど、あんまり早く行き過ぎると『こいつ必死か!?』って思われそうだから、もう少し後にしよう……って思っていたら、いつの間にか売り切れてたんだ……っ」
「想像通りか!?」
お前、人生もうちょい捻れよ!
直球勝負がカッコいいのは高校野球くらいだぞ。
「……こうなったら、メロンパンの発売日前日から徹夜で並んで……」
「アホなことしてないで仕事しろ」
「一個じゃ本当の力を発揮出来ないじゃないか!」
「本来一個で十分本当の力を発揮出来てるもんなんだよ、メロンパンは! パンとして!」
ルシアといいエステラといい、メロンパンをなんだと思ってるんだ。
普通に食べれば美味しいメロンパンを手にして、なぜそんなに悲しそうな顔になるのか。
「……ん? あっ! あぁっ!」
落ち込み俯いていたエステラが、不意に俺の手元を見てデカい声を上げた。
「メロンパン、持ってるじゃないか!?」
「ん? おう」
俺の手には、ルシアに渡されたメロンパンとジャムパン。
袋がないので裸で持っている。
「そ、それ、譲ってくれないかい!?」
「お前、さっきあんだけ弁当食って、メロンパン二個も食えんのか?」
「メロンパンは、食べるためにあるんじゃない」
「食べるためにあるんだよ! 遊びに使って残すってんなら、絶対に譲れねぇな」
「食べる! 頑張って!」
「もし残ったら俺にくれてもいいけど」
「食べきってみせる! 死んでも!」
「直接おっぱいに……」
「食べるって!」
くそぅ。
どうしてこいつらはそうまで頑ななのか。
協力し合うことって、美しいことだと思うんだがなぁ……
「というか、もうすぐ午後の競技が始まるんだから、発売してから家でこっそりやれよ。メロンパン二つ買ってよぉ」
「領主が『メロンパン二つください』なんて言えると思うかい!?」
「言えるだろう! 言えない理由が思いつかねぇわ!」
「噂が立ったら困るじゃないか!」
「メロンパン二つ買っただけで、困るような噂が立ってしまう自分のあり方をまず見直せ」
なんとなく、こいつにメロンパンを渡してはいけない気がしてきた。
こいつのためにも。
「譲る気はないのかい?」
「俺もメロンパンが食いたいんでな」
「く……なら、交換条件でどうだい?」
エステラが必死過ぎてちょっと怖い。
なんだよ、交換条件って?
「さっき君の不正密造が発覚した『添い寝券』」
「人聞きの悪い言い方やめてくれる!?」
「あれを……一枚だけ、領主公認で発券しよう!」
「はぁ!?」
「一回だけ、一晩くらいなら、……トレーシーさんと同じベッドで寝ても……女の子同士だし、ジネットちゃんとはしょっちゅう一緒に寝てるし……たぶん、大丈夫!」
あのなぁ、エステラ……
「変態の欲望を甘く見るな! 『一晩くらいなら』だと? 二分あれば十分なヤツは五万といるんだぞ!」
「二分で何が出来るっていうのさ!?」
「お前のすべてを五感にインプット出来る! 温もり(触覚)、寝顔(視覚)、寝息(聴覚)、お風呂上がりのいい香り(嗅覚)、柔らかさ(味覚)!」
「『柔らかさ(味覚)』はおかしくないかい!?」
ばっか、お前!
ほっぺた、二の腕、脇腹、太もも、尻たぶ――
「かぷりつく場所なんかいくらでもあるだろうが!」
「『カプりつく』なんて新しい言葉を生み出すな!」
「まぁ、エステラでなければ真っ先に『おっぱい』が来るところなんだけどな」
「そういえば柔らかいカテゴリーから除外されている!?」
エステラが拳を握りしめているが、今はそんな場合ではない!
「トレーシーに一晩添い寝を許すということは、つまりそういうことだ」
「とんでもない目で見られているんだね、トレーシーさん……っていうか、そこまで危険だと認識している人物に十枚綴りで売ろうとしてたんだね?」
「未遂だからセーフ!」
「都合のいいことを……」
俺も実際売ったりはしないさ。
「売ってあげようか?」って言うだけでいろいろ言うことを聞いてくれそうだから、それを利用しようとしただけで。
「売ってあげようか?」と聞いただけで、「売る」とは言ってないしな。
「それにだ。もし――」
こいつは頭がいいくせに危機管理能力が少々乏しいところがある。
自分の価値を見誤っているというか、警戒心が薄過ぎるというか……
「もし、その添い寝券を『俺が使う』って言ったら、どうするんだよ?」
「………………へ?」
護身術の時だってそうだ。
こいつは陽だまり亭という空間に安心して警戒を怠った。
そのせいで、あと一歩のところでお嫁に行けなくなっていたかもしれないのだ。
……まぁ、原因は俺にも、ほんのちょぴっとだけあるわけだけれども。
…………つか。俺、何回かあいつのおっぱい触ってるなぁ…………お嫁に行けないとか、ない、よな? うん、ないない。大丈夫。だいじょ……うぅ、なんだろう、胃が痛い。
それもこれも、エステラの警戒心が低いのがいけない。
曲がりなりにも貴族の娘だろうに……もっと警戒しろよ! お前も、周りも!
……だから、たぶん、俺には責任とかない、はず。ないない。ないと思……うぅ、胃が痛い。
「………………ゃ」
た~っぷりと黙りこくった後、エステラが呼吸困難に陥った金魚みたいに落ち着かない雰囲気で口を開いた。
「ャ……ヤシロはそんな券使わない…………と、ボクは信じてる」
…………
…………
…………ほ~ぅ。
そうかそうか。
俺は信用されてるのか。
ふ~ん。じゃあさぁ、……その死にそうなくらいに真っ赤に染まった顔はなんなんだよ? 耳の先まで真っ赤じゃねぇか。
素晴らしい信頼っぷりだな、おい。
………………チラチラこっち見んな。
…………
…………
………………だからってじっと見んな!
「ぇ…………ぁの……………………使ぅ?」
「よしエステラ! このメロンパンをやろう! これを持って好きなところでEカップ体験をしてくるがいい!」
「う、うん! そうだね! もうすぐ午後の競技が始まっちゃうしね! じ、時間がないもんね!」
「さぁ、メロンパンだ! 受け取れ!」
「わ、わーい! これがメロンパンかぁ~。ふかふかしていて美味しそうだなぁー!」
「じゃ! また後でな!」
「うんっ、また後で!」
突き出したメロンパンを強奪して、エステラが雑木林の奥へと走っていく。
…………も~ぅ……この空気…………勘弁してくれ……
救いだったのは、エステラも俺の意図を汲んで早々に撤退してくれたことだな。
長引くのはお互いのためによくなかったんだ、さっきの空気は。
……はぁ…………胃が痛い。
「結局、ジャムパンしか残らなかったか」
三つもあったメロンパンは、一つも手元に残らなかった。
まぁ、別にいいんだけどよ。
……はぁ。
出よ、こんな雑草の多いところ。
ガサガサと枯れ葉や雑草を踏み分けて、俺は雑木林から脱出した。
「あ、ヤシロさん」
雑木林を出ると、そこにジネットがいた。
何やってんだこいつ? こんな人気のないところで。
「見当たらないので探してしまいました」
「俺を探してたのか?」
「はい。……あの、なんだか、わたしが怒った……みたいになってしまいましたので」
「怒った?」
「あの…………添い寝券」
う……っ。
今、その話、やめない?
「別に怒っているわけではないんです。ですが、あの……」
「あぁ、分かってる。あれはちょっと悪ふざけが過ぎた。以後気を付けるよ」
「……ふふ。気を付けてくださるなら、もう何も言うことはありません」
ほっと息を漏らして、ジネットの顔から陰りが消える。
まさか、自分が怒ったせいで俺がヘコんだなんて思ったのだろうか?
いや、こいつの場合、ちょっと「嫌だな」と思ってしまった自分自身を責めていたんだろう。自分の中の負の感情が言葉に紛れ込んでしまったことを悔いて、それで俺がそれをどう受け止めたのか、それが心配だったのだ。
ジネットってのは、そういうヤツだからな。
……まぁ、なんで俺がエステラとの添い寝券を持っていたことをジネットが「嫌だな」と思ったのかまでは、まったく、さっぱり、想像も付かないけどな!
そもそも思ってないかもしれないし!
そうだな! 思ってないよな!
いっけね! 俺、ちょっと自意識過剰だったや☆ てへっ★
……はぁ。
「なぁ、ジネット」
「はい?」
「パン、食ったか?」
「はい。パン食い競走でメロンパンを」
「いや、テントでアッスントたちが配ってただろ?」
「いえ、それはいただいてません。お腹がいっぱいなので」
実際、ジネットは料理したり配膳したりしているうちに腹が膨れる体質なようで、陽だまり亭が忙しい時ほど飯の量が減る。
さっきも、大勢に弁当を振る舞って空腹感がどこかに行ってしまっていたのだろう。
その後、ベルティーナたちと一緒に屋台で軽食を摘まんだのだ。
腹が減ってないってのは真実なのだろう。
「そっか」
「ヤシロさんはいただきましたか?」
「……ルシアに拉致されてな」
「え? ルシアさんに? それでパンを? ……へ?」
俺はこれまでの経緯を、ルシアとエステラの無い乳思考の悲愴感を増し増しで語って聞かせてやった。
当然、添い寝券のあたりの話は一切カットで。
あんなもん、他人に話す必要のないことだ。うん。
「メロンパンを……服の下に……です、か?」
「今度ジネットもやってみるといい」
「いえ、しませんけども」
「そして、使用したパンは是非俺に……」
「しませんけども」
「生おっぱいに直付きした面だけでもいいから!」
「懺悔してください!」
くっそう!
疑似おっぱいが許されるなら、間接おっぱいが許されてもいいじゃないか!
「神は……不条理だ」
「怒られますよ、シスターに」
ふん。
神はいつだって俺につらい現実を突きつける嫌なヤツなのだ。
その神を庇うというのであれば、神のせいで俺が被ったマイナス分をベルティーナの隠れ巨乳で補ってくれなければ筋が通らない!
ベルティーナに直付きしたメロンパンをくれない限りはなっ!
……あ。
怒られるのって、神への冒涜の方じゃなくて、生おっぱいに関してかな?
それじゃあ仕方ない。あぁ、仕方ない。
「俺、怒られてばっかりだな」
「怒られるようなことばかり言うからですよ」
「たまにはいいこともしてるだろうが」
「それ以上にそういうことを言うからです」
「モーマットの関係者んとこのガキだって、口を開けばおっぱいおっぱい言ってたじゃねぇか。ほら、あの去年生まれたっていう」
「あの男の子は一歳の赤ちゃんですから『まんま、まんま』と言っているだけですよ」
「その『まんま、まんま』は、大人語訳したら『おっぱい欲しい! おっぱい欲しい!』じゃないか!」
「違いますよっ!?」
赤ん坊の『まんま』は『おっぱい』だろうが!
「よぉし、分かった! 俺も今後はおっぱいのことを『まんま』と呼ぶ!」
「ダメですよ!?」
「ジネット、ナイスまんま!」
「懺悔してください!」
くそぅ……差別だ。大人差別が蔓延している。
悲しい世の中だ。
「ヤシロさん。そろそろ戻らないと、午後の競技が始まってしまいますよ」
「そうだな。……あ」
戻ろうとして、自分の右手に存在するジャムパンを思い出す。
「どうすっかな、これ?」
正直、俺もそこまで腹が減っているわけではない。
まぁ、持って帰って誰か適当なヤツにやればいいか。
「ベルティーナ、ジャムパン食べるかな?」
「差し上げれば喜んでくれるとは思いますが……食べないんですか?」
「いや、そこまで腹が減ってないからな。まるまる一個はいらん」
そう言うと、ジネットがじっとジャムパンを見つめる。
「……半分くらいなら、食べられますか?」
半分。
まぁ、半分くらいなら。
「半分、食うか?」
話の流れからして、そういうことなのだろうとジネットにそう持ちかけたら――
「はいっ」
物凄く嬉しそうな顔をされた。
ちょっと小腹が空いていた……って、わけじゃないよな。たぶん。
「思い出しますね」
「今川焼きか?」
「はい」
俺も、半分こというと思い出してしまう。
ジネットとは二度、今川焼きを半分こにして食べた。
……まぁ、きっちり半分にして食べたことは一度もないけどな。
「今回はピッタリ半分にするか」
「ゲームですか?」
「いや、ゲームをせずに普通に食おうって言ってんのさ」
「うふふ。そうですね。言われてみれば、ちゃんとした半分こってしたことないですね」
「じゃ、半分にしてくれ」
ジャムパンをジネットに渡す。
きっと、こういうのはジネットの方が上手い。
「半分こ……ふふ、半分こです」
楽しそうに笑いながら、ジャムパンをクルクルと手の中で回し始めるジネット。
何をしてるのかと尋ねたら、「ジャムパンの中のジャムは製造過程でどうしても中心からずれてしまうものですから」だそうだ。
中のジャムまで半分こにしたいらしい。
「ピッタリ半分こは初めてですからね。丁寧に半分こしますね」
謎の意気込みを吐露する。
プロ意識か、職人魂か。
はたまた、子供心か。
「子供の頃を思い出します、こうしていると」
「子供の頃? 教会で半分こしたりしたのか?」
「はい。割と」
「ベルティーナと……じゃ、ないよな?」
あいつはきっと一人で全部食っちまう。
と、思ったのだが。
「そんなことはないですよ? わたしが教会にいた時はよくシスターと半分こしてたんですよ」
「それは、ジネットがベルティーナに分けてやる時限定だろ?」
「いえ、別に限定というわけでは…………まぁ、ほとんどがそうでしたけれど」
もともと、ジネットは他人の物を欲しがるタイプじゃないからな。
というか、ベルティーナの物を分けてもらうような状況なら、きっとジネットは自分以外の幼いガキにその権利を譲ったりするのだろう。こいつは、そういうヤツだ。
少し黙った後でふと手を止め、ジネットが取って置きの秘密を教える時のような表情を見せる。
「でも、半分こしてあげるとですね、その後特別な『お返し』が待っているんですよ」
「『お返し』?」
「添い寝です」
ごふっ!
……いかん、ちょっとムセかけた。
なんてタイミングだよ、その思い出トーク……
「普段、シスターは一人の子に長く構っていられないんです。子供が多いですから。でも、『お返し』の時は眠るまでシスターを独占出来るんです。それがすごく贅沢な気がして、わたし、すごく喜んでいたのを覚えています」
「まぁ、ガキにとっては嬉しいもんなんだろうな。眠る瞬間まで大好きな人がそばにいてくれるって安心感は」
「はい」
ジャムの中心を見極めたのか、ジネットが丁寧にパンをちぎり始める。
丁寧に、丁寧に。綺麗に二等分するように。
「子供の頃は、自分を守ってくれると確信している人に甘えるのが、何よりの贅沢だったように思います」
「そうかもな。マグダなんか、ジネットに甘えっぱなしだしな」
「ヤシロさんに、ですよ?」
半分こに集中しているのか、視線を上げずにくすりと笑う。
確かにマグダは俺にも懐いてはいるが、総合的に見ればジネットに一番懐いていると言える。
起こされるのも飯の時も、ジネットがいるだけで上機嫌だし、いつだってさり気なくジネットの居場所を確認している。
それにアレだ。
「マグダに添い寝をおねだりされてたろ?」
「へぅっ!?」
そんな変なことを言ったつもりはなかったのだが、ジネットの口から素っ頓狂な声が漏れて、同時に肩が跳ねた。
勢い余って、ジャムパンが三分の一くらいのところから歪に割れてしまっていた。
「あぅ……半分こ、しようとしたのに……」
歪に割れたジャムパンを見て、ジネットが自責の念を口にする。
が、そんな後悔よりも勝る感情があるらしく……
「あ、あの、ヤシロさん……」
熱に浮かされたように顔を赤く染め、潤む瞳をこちらに向けた。
「そ、それは、あの……いっぱい食べよう大会の時の……アノ件の、こと……でしょうか?」
「いっぱい食べよう大会? ……あぁ、大食い大会か。あの時の件って……」
と、そこまで言って思い出した。
大食い大会最終戦。
限界を超えて頑張るマグダに、俺は交換条件を出した。その時、マグダは俺にこんな要求を寄越してきたのだ。
「……添い寝と子守唄も要求する」
そして、接戦はデッドヒートとなり、ボルテージが上がりまくった会場で、俺はマグダの勝利のためにこんな条件を追加し、ジネットもそれを了承した。
つまり――
『マグダァ! ジネットと川の字もつけるぞぉ!』
『ふぇえ!? あ、あの………………えっと…………はい! おつけいたしますっ!』
――三人で川の字に並んで眠る、と。
……ぃゃぃゃいやいやいやいや!
それのことじゃなくて!
お前、しょっちゅうマグダに甘えられて、一緒に寝てくれだの、今晩は離れたくないだの言われてんだろうが!
ベッドに潜り込まれたことも何回もあるよな?
そのことだよ!
なんで、今、このタイミングでそんな結構前の、それでいていまだ履行されていない、かつ今後確実に履行を求められるであろう事柄を持ち出してくるんだよ!?
「ヤシロさんは、……その…………お、お好き、なんですか? …………添い寝、が」
ジネットが添い寝を引き摺っているぅ!
気にしてない素振りを見せながらも、しっかりと引き摺っているな、こいつは!?
好きかどうかと聞かれれば、そりゃあ大好きですけれど!
特におっぱいの大きな女子なら尚更ね!
でも言えるか、そんなこと!
かといって「そんなことない」なんて白々しい嘘、到底口に出来ようはずもない! そんなこと言ったら、逆に「あ、こいつめっちゃ意識してやがる!」って思われちゃうしね!
じゃあ何が正解なんだ、この場合!?
このクエスチョンにはなんてアンサーすればいい!?
教えておじぃーさぁーん! アルムのもみの木よぉー!
「ね……っ」
パンも食ってないのに、口の中がカラカラになる。
言葉が粘りついて口からなかなか出てこない。
それでもなんとか言葉をこねくり回して吐き出す。
「寝相、悪いから…………不安……かな」
答えになってねぇーよぉー、俺ぇー!
……もう、嫌だ。こんなことしか言えない自分が、ホント嫌……
「わっ、わたしも……あまり、いい方では、ない……かもしれません」
俯いて、賢明に返事をしてくれるジネット。
ロレッタ曰く、ジネットは眠ると引っ付き虫になるらしく、よくぎゅっと抱きしめられるのだそうだ。……ご褒美じゃねぇか。いいなチキショウ。
「あの……ご迷惑をかけないように、矯正……してぉ…………ぃぇ、なんでもないです」
うん。
そうだね。
なんでもないことにしようね。
それに対する返答を、俺も持ち合わせてないから。
とりあえず、きっといつかは履行することになるのだろうが、それはたぶん今すぐではない。
マグダの匙加減だからな。きっと「ここぞ」という時までとっておくつもりなのだろう。
それはきっとまだまだ先だ。
だから、今は、考えるのはよそう。
「……戻ろうか」
「はい……。そうですね」
二人並んでゆっくりと歩き出す。
そろそろ午後の競技が始まる頃合いだ。
特に何を話すでもなく、黙々と歩を進める。
「あ……。ジャムパン、食べますか?」
「……う、うん。もらう」
互いに視線を逸らし、無駄口も叩かず、差し出された大きい方のジャムパンを受け取る。
齧りついてみたら、なんだか想像よりもずっと、すんげぇ甘かった。
…………ったく。
甘過ぎるっつぅの。
あとがき
いつもありがとうございます。
今日、待ってたんだよ。(きゃるん☆)
↑パウラあたりを想像してお読みください。
燃え尽き症候群というものがありまして。
目標に掲げていた遥か高い場所へ到達してしまうと
途端に意欲を失ってしまうという、恐ろしいアレです。
……パン食い競争、終わっちゃったなぁ。(小石「こつーん」)
そうだ! 運動会の楽しみってそれだけじゃないじゃないか!
お弁当ー!!
というわけで、お弁当回をやって……
……お弁当、終わっちゃったなぁ。(小石「こつーん」)
でもでもメロンパンおっぱいが!
……メロンパンおっぱい、描写すらなかったなぁ。(小石「こつーん」)
あと何がありましたっけ、運動会って?
え? フォークダンス?
はっ!(←鼻笑)
曲を再生する『まっすぃ~ん』がないからムリムリ!(ヾノ・x・`)
女子に軽ぅ~く手を浮かされて心にえっぐい深手を負わされる忌まわしきプログラムなど、夢の国オールブルームには持ち込みませんよ!
泣いてませんけどね!!
……しくしく
まったく、ウチの学校の女子たちときたら……
ジェンカでは肩をしっかり持たなきゃでしょ!?
……おや? 何かイメージと異なりましたか?
ウチの学校ではジェンカとマイムマイムでしたよ、フォークダンスといえば。
女子がねぇ、浮かせるんですよ、手を…………こちらの。
女子「ちょっと、男子ぃー! あたしに触らないでよー!」(肩から謎のパワー「ぶわー!」後ろの男子の手「ぐぃ~ん!」後ろの男子「な、なんてパワーだ!? これ以上、近付けない……っ!」担任「おまえらー、まじめにやれー」)
まぁ、どこの学校でも見られる、ありふれた1ページですよね。
『肩ぶわぁー系女子』っていましたもんねぇ。
女子「ちょっと、男子ぃー! ちゃんと掃除しなさいよー!」(肩から謎のパワー「ぶわー!」教室中の埃「ぶっとびー!」教室「ぴっかぴかりん☆」後ろの席の男子「な、なんてパワーだ!? 教室がまぶしくて、何も見えない……っ!」担任「おまえらー、まじめにやれー」)
……ね?
口ゲンカといえど、女子と日常的に戯れられたあの日。
もっと大切にしておけばよかった。
今じゃ、会社のオッサン連中としか話しませんからねぇ……
課長「俺さぁ、デリバリーのピザ大好きなの。いっつもMサイズ2枚は食うの」
私「Lサイズ頼めよ」(Mサイズは2~3人前、Lサイズは3~5人前)
課長「しかも、ピザと一緒に絶対コーラ頼むの。なんかもう、俺の中のアメリカがそうさせるんだよねぇ」
私「360度どこから見ても純日本人ですけどね」
課長「俺さ、気持ち的には名誉アメリカンだからね」
私「ピザならイタリアンでしょーが」
課長「イタリアかぁ……あ、俺、ワインも好き! ボジョレーヌーボーとか!」
私「ボジョレーはフランスですよ」
課長「アメリカンであり、イタリアンであり………………フランスってなんていうの?」
私「…………」
課長「…………」
私「……フランスン」
課長「フランスン!?」
課長 いず じゃぱにーず フランスン! OK?
まったく、オッサンどもは横文字が苦手過ぎていけません。
この前も、部長がですね……
部長「ウチの娘がな。スカートを履くんだよ」
私「履かないより健全ですね」
部長「でもな、こ~んな短いんだよ!(膝の上くらい)」
私「若い女性なら普通では?」
部長「いやぁ、娘の太ももとか、他の男には見せたくないじゃん?」
二十代の女性社員「いや、『他の』って、部長も見るなよ。っていうか、お前こそが見るなよ」
部長「で、俺は言ったんだよ。もっと長いスカートか、でなければズボンを穿けって!」
二十代の女性社員「娘さん、思ったでしょうね……『ウッザ!』って」
部長「そしたらな、娘がな! 『私、パンツは穿かない派だから』って! 穿けよパンツ! ただでさえスカート短いんだから!」
私「うわぁ、どうしよう、ここにオッサンがいる……」
二十代の女性社員「娘さん、思ったでしょうね……『ウッザ!』って」(二回目)
部長「パンツ穿かないとか、なくない!?」
二十代の女性社員「娘じゃないけど、思っちゃいますね……『ウッザ!』って」(アレンジしてきた)
私「『パ(↑)ン(↓)ツ(↓)』じゃなくて、『パ(↓)ン(↑)ツ(↑)』でしょ? ズボンのことですよ」
部長「知ってるよ! っていうか、娘に教えられた……半ギレで」
二十代の女性社員「ブチギレない娘さん、心広いっすねー」
部長「でもややこしいよなぁ、パンツ。ショートパンツとか、マイクロビキニのことかと思ったもん」
私「マイクロビキニは分かんのかよ!?」
二十代の女性社員「せめて等しく横文字に疎くあれよ!」
結論
好きな物なら覚えちゃいますよね☆
……あのオッサン、どこで覚えてきたんだ、マイクロビキニ…………
さて、なぜ今回パンツのお話だったかというと……
ルシアとエステラがそれぞれメロンパンを二つずつ持っていったので、
パンが二つで…………
次回もよろしくお願い致します
宮地拓海




