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異世界詐欺師のなんちゃって経営術  作者: 宮地拓海
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388/769

無添加43話 パン食い競争ファイナル

 順調とは言わないまでも、進行していくパン食い競争。

 その次の走者を見て、俺は「ん?」と首をひねった。


「モリーだな」

「はい。徒競走での健闘が認められて、青年の部への参加が認められました。

「いやそれ、ただ不利になるだけじゃねぇか」

「面白いかと思いまして」


 面白ければいいのか。

 ……まぁ、いいのか。

 そもそも、獣人族は単純に年齢で分けられるような連中じゃないしな。三歳のガキでも俺より力が強いなんてザラだ。


 で、そんなモリーの対戦相手はと見てみると、赤組にミリィがいた。


「お子様の部?」

「違ぅよぅ! みりぃ、もう成人! ぉとなだょ!」


 ぴょんぴょん跳ねて抗議するミリィ。

 え、なにアレ、持って帰りたい。


 で、隣の黄組を見てみると、見たことのない華奢な少女が立っていた。


「黄組のアレは誰だ? 大通りのウェイトレスか?」


 黒髪を高い位置で束ねているのだが、ポニーテールというより侍のような雰囲気だ。

 精悍な顔つきは美少女と呼ぶになんの躊躇いも抱かせない。ただ、少しまだ幼い印象だ。

 年齢は、十二~三歳くらいか?


「あれは、金物ギルドの見習いだそうで、確か名前はルアンナさんだったかと」

「ルアンナ? 初乳だな」

「ですね」

「『初耳』さね! あんたがちゃんと訂正しないでどうするんさよ、ナタリア!」


 気付いたら、ノーマがすぐ後ろにいた。

 もうすぐ自分の番だっていうのに。


「ルアンナは、アタシを慕ってくれているんさよ。憧れを抱いてくれていて、将来はアタシのようになりたいとまで言ってくれる、可愛い娘なんさよ」

「え、ノーマみたいに……」


 まさか、あのルアンナって少女は……


「結婚したくない理由でもあるのか?」

「技術面さね、あの娘が憧れてくれてんのは! あとアタシは結婚したくないわけじゃないさね! 今、たまたまそーゆー相手がいないだけさよ!」


 いたためしがないのにたまたまとは…………まぁ、本人がたまたまだというのであればたまたまなのだろう。そんなことはよくあることだし、なんにも不思議じゃないし、当然何一つ悪くもなければ気にするようなことでもない。だからその煙管の中で煌々と赤く輝く熱せられたタバコの灰は灰皿に捨てるように。


「アタシに憧れてるんはいいんだけど、ちょっと体力に不安がある娘でねぇ」


 見た感じ、ルアンナに獣特徴は存在していない。

 獣人族ではなく、人間なのだろう。


「獣人族でなきゃ厳しいのか、お前んとこ」

「そうさねぇ…………ウチの乙女たちみたいな体になりゃあ、一人前に仕事が出来るんだけどねぇ」

「えぇ……過酷ぅ……」


 あんな、人間の規格を超えたマッチョにならなきゃ無理なのか……


「アタシと同じ作業でなく、事務とか接客ならあぁいう娘にも任せられるんだけどねぇ」

「あの娘が憧れてるのは、ノーマの仕事なんだろ?」

「そうなんさよ……努力は買うんだけどねぇ……」


 とかなんとか言いながらも、ノーマは随分と嬉しそうだ。

 なんだかんだ、懐いてくれる後輩が可愛いのだろう。


 ……でもいいのか?

 あんな美少女があそこの乙女みたいなむきむきマッチョになってしまって……


「筋肉は、おっぱいを殺すのに……」

「まだ成長途中の娘相手に、なに言ってるんさね……言うにしても相手を選んでおくれな」

「ノーマのおっぱい、最高☆」

「そーゆーことじゃないさね!」


 最も適した人物をきちんと褒めたのに! 理不尽だ!


「まぁ、この獣人族たちの中でどれだけの成績が残せるか、アタシがきちっと見届けてやるつもりなんさね」


 この獣人族の中、とノーマは言った。

 モリーはタヌキ人族で、ミリィはナナホシテントウ人族だ。

 んじゃ、白組は誰なんだ~と見てみると、そこにはバルバラが立っていた。


「テレサが取れなかった一等賞、必ずやアーシがっ!」


 特別枠のレースでマーシャに惜敗したテレサの代わりに一位をゲットする……ということらしいが、マーシャを運んでいたのはデリアなわけで、あいつに勝つのは至難の業、というか負けてもしゃーないと思うんだが。

 それでも、意気込まずにはいられないバルバラ。

 キッ……と、救護テントの方へと視線を向けて、こくりと頷く。

 見れば、テントの中でモコカがグッドラックと親指を突き立てていた。

 出場出来ない親友の分も背負って走るのか。お前はいろいろ背負いたがるな。損をする性分だな、絶対。


 と、そんなバルバラを見て、俺はあることに気が付いた。

 そうか、このレース……


「全員Bカップだ!」

「あんた、他に考えることはないんさね!?」

「ぁぅう……てんとうむしさん、大きい声で、そぅいぅこと、言わない、で……」


 ノーマに怒られ、ミリィに涙目で見られてしまった。

 コースに目を向ければ、モリーとルアンナが真っ赤な顔をして俯いていた。

 しまったな……


「ノーマみたいにおっぱい耐性があるわけじゃないんだった。反省せねば……」

「アタシもないさよ、そんな耐性!」

「なんでだよ。おっぱい弄られ慣れてるだろ?」

「誤解を招く発言はやめておくれな!」


 いや、俺は特に間違ったことは言っていないはずだ!

 ……が、まぁ。反論するのはやめておこう。大人気ないしな。あと、どう考えても賛同を得られないだろうし、この場所では。アウェーだなぁ、まったく。


 運営委員の給仕が腕を上げる。

 スタンバイの合図だ。

 モリーとルアンナが引き締まった顔でぶら下がるパンを見つめる。

 ミリィは少し不安げに、けれどどこか楽しそうな顔をしている。

 そしてバルバラは……


「真っ直ぐ行ってかぶりつく……全速力でかぶりつく……」


 意気込みが先行しまくって鼻息が荒い。

 大丈夫かなぁ……バルバラ以外の女子がみんな大人しい上に生真面目そうな娘ばっかりだから……怪我しないか心配だ。


 そんな俺の心配を他所に、レースは始まった。



「位置について、よーい……」



 ――ッカーン!



 一斉に駆け出す選手たち。

 モリーとルアンナは懸命に腕を振り、綺麗なフォームで地面を蹴る。

 ミリィも、腕を左右に振る所謂『女の子走り』だが、そこは虫人族、スピードはなかなかのものだ。

 だが、スピード特化のバルバラはとにかく速かった。


 徒競走でマグダといい勝負をしてみせたモリーが置いていかれた。

 砂埃を巻き上げ、相変わらずの低い姿勢で加速するバルバラ。

 いち早くパンの真下まで来て、勢いそのままに跳び上がる。


 見事にパンをキャッチし、そして――


「んごぅっ!?」


 勢いがつき過ぎて、パンをぶら下げていた木枠に激突した。

 鼻を思いっきり強打したようだ。

 地面に落下して悶え苦しみ、叫びながら地面を転がり回っている。


「ぃぃいいいってぇぇえええ!」


 すげぇな、トルベック工務店。

 こんなやっつけな木枠なのに、凄まじい強度だ。台風が来てもビクともしないだろうし、きっと百人乗っても大丈夫だ。


「ウーマロって、やっぱすげぇんだな」

「私なら破壊出来ますけどね。してみせましょうか?」

「張り合わなくていいから」


 破壊するのと衝撃に強いのとはまた別次元の話だ。

 ナタリアやデリアを相手にすれば、いくらなんでもウーマロが可哀相だ。そんな自然災害をも凌駕する攻撃に耐えられる物質自体が、この世界には数少ないことだろう。


「く……っ! 痛い、けど、パンはもらったぜ!」


 痛みに耐え、立ち上がったバルバラがゴールを目指して走り出す。

 が、それよりも早くモリーが駆け出した。ルアンナも続く。


「あいつら、いつの間に!?」


 いや。お前が悶え苦しんでいた間にだよ。


 モリーは、さすがというかなんというか、二度ほどジャンプしたところでコツを掴んだようで、三度目でパンをゲットしていた。

 ルアンナも、モリーに遅れること数十秒後にはその口にパンを咥えていた。

 ルアンナがジャンプした回数はモリーよりも圧倒的に多く、十六回。考えるよりも体で覚えて、実践の中で誤差を修正していくタイプだな、あいつは。実に職人向きだ。


「アーシの前は、走らせねぇ!」


 バルバラが叫び、先行する小さな背中を追いかける。

 ゴール手前、ラストスパート。

 純粋な走りではやはりバルバラに分があるのか、ぐんぐんと差が縮まり、そして……


「ぃ………………っきしっ!」


 ゴール直前にバルバラが盛大なくしゃみをかまして失速。

 モリーが一位、ルアンナが二位でゴールした。


 ……うんうん。鼻を強打すると、なんかくしゃみ出る時あるよな。鼻血吹くなよ。


 というわけで、赤組を除くすべての選手がゴールした。

 残っているのはミリィただ一人だ。


「ん、っしょ! ぇい! ぅう……とれないょぅ……」


 小さいミリィがぴょんぴょんと遥か頭上のパン目掛けてジャンプしている。


「身長の近しい選手が一緒に走るんじゃなかったっけ?」

「それは基本ルールです。面白さが最優先なのです。たとえばそう……Bカップ限定レースとか!」


 おっぱいのサイズを揃えてどうする。

 いや、まぁ、気持ちは分からんではないが。


「あと、モリーさんをこちらに入れたので、なるべく幼い女子の中に混ぜてあげたかったという、自軍贔屓な思惑も」

「おいこら。だとしても吐露すんな」

「ぁう……なたりあさん、みりぃ、幼くなぃのに……」

「まぁ、ミリィはしょうがないさねぇ、そう見られても」

「のーまさんまで……ひどぃ、ょう」


 モリーに合わせて未成年のルアンナ、自称成人のロリっ娘ミリィ、そして頭の中が誰より幼いバルバラだったわけか。

 う~む、納得。


「しかし、意外でしたね」

「何がだ?」

「ヤシロ様があまりはしゃがれていませんでした」

「さすがに、未成年相手にはな……」


 ほら俺、元都民だし。

 都条例、厳しくなってたし。


「けどヤシロ、バルバラは成人してんだろぅ? その割にははしゃいでなかったさね」 

「アイツには情緒ってもんがなさ過ぎるんだよ……」


 バッと走って、ダンっと跳んで、ゴチーンとぶつかって、ズドーンと落下して、そのあとはゴロゴロゴロゴロ……揺れを堪能する暇もなかった。


揺蕩たゆたってこそおっぱい!」

「お、名言ですね」

「名言じゃないさよ、ナタリア……」


 こう、ゆらゆらと定まらない、予想出来ない揺らぎこそがおっぱいの真髄。

 ねぇ、そうでしょう、みなさん!


「要するに、お子様やお子様知能のおっぱいでははしゃげないのさ、ジェントルマンとして」

「ジェントルマンはおっぱいではしゃがないもんさよ……」

「よっ、ナイスジェントル」

「ナタリア。面白がるんじゃないさね」


 ノーマがナタリアのおでこをぺしっと叩く。

 なんか仲良し女子みたいな戯れだな。


 まぁ、それはさて置きだ。


「お子様にははしゃげないジェントルマンだが……ミリィは大人らしいので注目しようかと思います!」

「はぅっ!? ゃ、ゃめて、そぅいぅ注目の仕方……ぅう……ぁんまり、見ないでぇ……」


 顔を隠しつつ、それでも早くその場から離れようと懸命にジャンプを繰り返すミリィ。



 ぴょん!

 すかっ。

 着地。

「ぁぅう……」しょぼーん。

「でもがんばる」拳をぐっ!

 ぴょん!

 すかっ。

 着地。

「ぁぅう……」しょぼーん。



「よし! 買った!」

「残念ながら非売品です」

「ヤシロ、メドラさんに言って取り押さえてもらうさよ?」


 ちぃ!

 四十二区の自警団くらいなら怖くないのに、メドラとは……逃げることすら出来ないじゃないか。


 それからしばらく、ぴょんぴょん跳ねるミリィを会場中の老若男女がほっこりと観賞した。

 身長のハンデを考慮してジネットと同等の『とりやすい設定』に変更されたパンをなんとかキャッチした瞬間、会場中から割れんばかりの拍手が起こり、ミリィは赤かった顔をさらに真っ赤に染めて小走りでゴールを駆け抜けた。


「ぅうぅ……恥ずかしかった、ょぅ……」


 大きなテントウムシの髪飾りで顔を隠し蹲るミリィ。

 そんな姿も観客を楽しませている。

 オッサンどもが大はしゃぎ……かと思いきや、ミリィの知り合いの大きなお姉様方がきゃいきゃいはしゃいでいた。愛されてるなぁ、ミリィ。


「……はっ!? しまった! おっぱいの揺れを見逃した!」

「この和やかな癒しの空気の中でよくそんな最低な発言が出来るもんさね……」

「まさか……この私までもが見落としていたとは……!」

「あんたは、ヤシロに染まろうとするんじゃないさよ、ナタリア!」

 

 なんということだ。ミリィのほんわかムードにすっかり意識を奪われ、この俺が、一切おっぱいを見ていなかった。

 ミリィは今年から成人、大人の女性だ。だというのに…………

 そうか、つまり……


「やっぱミリィは、まだまだ子供なんだな☆」

「みりぃ、ぉとなだょ! ……ぅぅ、でも……子供でもぃい……だから、ぁんまり見ないで……」


 子供なら、多少の失敗は許される。

 子供なら、上手く出来なくても当然だ。

 そんな思いから、大人と子供のせめぎ合いがミリィの中で行われているのだろう。

 そうやって、人は成長していくものだ。そうか、ミリィもしっかり成長しているんだな、心が。

 だとするならば、いつか……


「いつか……、俺はミリィのおっぱいに『わっほい』する日が来るのだろうか……」

「来なくていいさね!」

「では、代わりに私が」

「しなくていいさね! ほら、ナタリア。あんたそろそろ出番だろぅ。ヤシロのお目付け役はアタシがやっておくから、早く待機列へ行っておいでな」


 ノーマに促され、ナタリアが一礼をくれてから場を離れる。

 うんうん。ナタリアもいっぱい跳べばいいと思うよ。


 ……というか。


「なぜノーマが?」

「アタシは実行委員初期メンバーさよ」


 確かにそうなんだが、ノーマもレースを控えているだろうに。


「なんなら、エステラや店長さんを呼んでくるかぃね?」


 エステラやジネットを……?

 エステラは、俺がおっぱいではしゃいでいると必ず邪魔してくるし、ジネットは……「もう、懺悔してください」…………うん、ノーマがいいな。

 ノーマならきちんと許容してくれる。


「よろしくな、ノーマ☆」

「あんたのそーゆー分かりやすいところ、ほんっとしょーがないさね……」


 なんだか呆れられている。

 正直者はいつの世も褒められるべき存在なのに。


「ほら、次のレースのパンを準備しに行くさね」


 背を押されてコースへと向かう。

 さすがは金具の製作者。パンの取り付けがスムーズだった。なるほど、技術的にもノーマが適任だったわけか。


「アタシは絶対、クリームパンをいただくさよ」

「ミルクを蓄えてもう一回り大きくしようってんだな。えらいぞ!」

「違うさね! きらきらした目でこっち見るんじゃないさよ!」


 ぷりぷり怒ってコースの外へと帰っていくノーマ。

 ぷりぷりしている。ぷりぷりぷりぷりん……はっ!? いつの間にかお尻を凝視していた!


 いやぁ~、やっぱブルマが似合うなぁ、ノーマ。

 レースの準備も楽しくなりそうだ。




「位置について、よぉ~い!」



 ――ッカーン!



 レースは続き、その数だけ笑顔が増えていく。

 みんな、新しいパンに衝撃を受けているようだ。

 そして、このパンが間もなく日常的に食べられると知るや、にっこにこと満開の笑顔を咲かせていく。


 パンの広報としては大成功だろう。

 役割は十分に果たした。

 だから……


「後顧の憂いなく、存分に楽しみつくす所存!」

「ヤシロ、騒ぐと選手の邪魔になるさね!」


 そんな注意を何度も受けながら、俺はレースの準備に奔走した。

 つらいなんて思わない。苦労の向こうにご褒美があるから!


 そうして、再び注目のレースが始まろうとしていた。


「これはまた……すごい組み合わせだな」


 思わず息を呑んでしまう面々がそこに並んでいた。

 揃うとやっぱり迫力があるな。


 青組ナタリア、白組デボラ、赤組ギルベルタ。給仕長がずらりと並んでいる。

 ……のだが。黄組よ、なぜウクリネスなんだ?


「なぁ、ノーマ」

「う、うるさいさね……黄組にはあの給仕長らに対抗出来るような人材がいなかったんさよ」


 それで、ウクリネスが自分で名乗り出たんだそうだ。

 まぁ、誰が出ても苦戦は免れないしな。

 ノーマはこの後、最終レースへの出場が確約されているし、メドラはオッサンどもと走ったし。パウラでも給仕長相手では厳しいだろう。

 なら、負けて当然の人材を放り込むのが一番傷が浅くて済む。


 放り込まれた選手はたまったもんじゃないが、立候補であるなら問題はないだろう。

 ウクリネス、肝っ玉は据わってるからな。


 というか、こうやって見るとギルベルタ小っちぇな。まぁ、おっぱいは存在感たっぷりなんだけれども!

 低身長に大バスト。行くところに行けばご本尊扱いされる貴重な存在だ。


 よし、ギルベルタを応援しよう!


「頑張れよ~ギルベルタ~」

「コメツキ様、なぜ自軍の私ではなく敵軍の応援を!?」

「デボラさん。これが『乳贔屓』というものです……大きさ以上の価値を見落とすなんて……ヤシロ様はまだまだです」


 ビシィ! と、ナタリアがポーズを決めている。美しいS字を描く女性の武器をフル活用したポーズだ。

 確かに、バランスやスタイルで言えばナタリアはパーフェクトに近い。

 しかし、ギャップってもんが大好きなんだよ、男ってヤツぁ!

 大きいことはいいことだ! 大きく見えるならそれに越したことはない!

 ご飯だって大盛りにしちゃうしね! 特盛りも好きだよ!


「うふふ。若い娘たちの中に混ざるのは楽しいですねぇ。賑やかで、華やかで、私も若返ってみなさんと同じ年齢になれそうです」


 あははっ。ウクリネス、ナイスジョーク。

 もし同じ年齢だと言い張るなら、その長ズボンを脱いでみるがいい!

 いや、本当に脱がなくてもいいけどね!


 そんな、給仕長Withウクリネスのレースが、鐘の音とともに開始される。


 飛び出したのはギルベルタだった。

 頭が地面に触れそうなほど低い姿勢でロケットスタートを切ったギルベルタ。

 だが、ナタリアとデボラも初動の遅れをわずかな距離の間に取り返す。


 なぜだろう……

 ナタリアは全然急いでいるようには見えないのにめっちゃ速い。

 お上品に佇んでいるような表情と姿勢のまま、凄まじい速度で移動していく。まるで動く歩道に乗っているかのようなちぐはぐ感、違和感が半端ない。

 デボラやギルベルタは、どことなくこう、「頑張ってる」感が表情に出てるのに、ナタリアはずっと「」だ。


「あらあら、みなさん速いのねぇ~。待って~」


 給仕長たちから遙かに遅れて、えっちらおっちら走るウクリネス。

 こりゃあ、ウクリネスには気の毒な結果になるだろうな…………と、思ったのだが。


「…………」

「…………」

「…………」


 給仕長たちが突然ぴたりと止まって動かなくなった。

 ゆっくり近付くウクリネスを三人が無言で見つめている。

 そして、ウクリネスがパンのそばまで到達すると同時に、給仕長たちが動き始めた。

 ナタリアとデボラがウクリネスの両サイドに。

 そしてギルベルタがウクリネスの目の前1メートルほどの場所に。


「あら? なんですか?」

「構わず、そのまま」

「走っていてください」


 ナタリアとデボラに言われるまま、ウクリネスは自分のペースで足を動かす。

 その途中で、ナタリアとデボラが同時にウクリネスの腕を取り、ギルベルタがヒザをついて両手で足場を作る。


「え? あら?」


 クエスチョンマークを飛び散らせながら、ウクリネスが給仕長たちに誘われるがままに――空を飛んだ。


 ナタリアとデボラがその体を支え、ギルベルタが踏み台となってウクリネスを空へと誘う。

 その軌道は緩やかで、計ったかのようにパンと口の高さが合致する高度だった。

 ウクリネスは、最高のお膳立てに身を任せて一発でアンパンをキャッチした。


 いつの間に前方に回り込んだのか、ギルベルタがウクリネスの着地点で待ち受けており、そこそこ体重がありそうなふっくらとしたオバサンをゆりかごのごとき優しい動作で受け止めた。

 おそらく、ウクリネスはわずかな衝撃も感じてはいないだろう。


「あらあら。取れちゃいましたね、パン。まぁ~、美味しいんですねぇ、新しいパンは」


 着地したウクリネスがしばしの空中旅行と新しいパンの味に顔を紅潮させている。にっこにこだ。


「……はっ!? ついサポートを!」

「私もです!?」

「思う、私は、これは職業病と……」


 あいつら、日頃のクセでサポートに回りやがったのか。

 いつも自分は目立たず誰かを引き立たせることに心血を注いでるような連中だもんな……にしてもよぉ。ウクリネスは別にお前らの主でも、まして貴族でもないだろうに……ホント、誰彼構わずサポートしちまうなら職業病かもな。


「しかし、さすが思う、私は。ナタリアさん……いや、『四十二区領主付き給仕長ナタリア・オーウェン』を」

「まったくです」


 ギルベルタとデボラがナタリアを見て額に汗を浮かべている。


「誘導された、給仕としての血を、彼女に」

「真っ先に動きましたからね。それも、ごく自然に」

「無言のうちに出されていた、指示を、私は」

「ご婦人を持ち上げた際、私は7ミリほど重心を傾けてしまったのですが、それを補ってベストの軌道に回帰させた手腕は見事と言うほかありません」

「そう驚くようなことではありません。ウクリネスさんの呼吸を、私が覚えていただけです。お二人も、なかなかの働きでしたよ」


 なんか別次元の話してる!?

 なに、無言で指示出されたとか、7ミリ重心を傾けたとか、呼吸を覚えていたとか!?

 お前ら本当に人間!?


「ナタリア・オーウェンの勝ち思う、この勝負は」

「異論はありません」

「では、僭越ながらその名誉をお受け致しましょう」

「レースして、ナタリア!?」


 外野からエステラの声が飛んでくる。

 給仕たちの中では納得がいっているのかもしれんが、このレースの勝者はウクリネスなんだよ。異論を挟む余地なくな。


「では、レースに戻りましょう」

「望むところ思う」

「ここからが本番です!」


 給仕たちが残った三つのパンに向かう。

 ギルベルタが真っ先にジャンプ!

 パン――が、どうなったのかは見てる暇がないので分からんが、Eカップは重力と慣性の法則に弄ばれて「ぅゎあああっしょ~い!」と揺れていた。

 思わず視線が吸い寄せられる。

 もしかしたら、おっぱいにも引力ってあるんじゃないだろうか? ねぇ、どう思う『にゅうとん』先生!


 そしてデボラ!

 こいつは気持ちが先行し過ぎるタイプのようだ。

 手を使ってはいけないと言っているのに、口よりも先に手が出てしまう。しかし、パンを手で触ってはいけないというルールは遵守されており、結果、無意味にバンザイをしながらジャンプしている。

 なんとも無駄な動きなのだが……


「バンザイする度におへそがちらりして素敵っ!」


 デボラの体操服、ちょっと丈が足りてないのかなぁ?

 とってもいいよ!

 腕を上げると体操服が持ち上がっておへそがチラリ。

 とってもいいよ!

 その上で力強く波打つDカップ!

 せ~の――


 とってもいいよ!


 しまったな。

 ノーマの目を盗んで金具とパンを強力な接着剤でくっつけておけばよかった。

 このレース、もっと見ていたい。


 そう思ったのも束の間。

 なんでも出来ちゃうナタリア給仕長は、たった一回のジャンプでパンをキャッチしてしまった。


 うゎあああ!

 分かってない!

 ナタリア、お前分かってないよ!

 そのパン『ハズレ』ってことにして別のパンにチャレンジしてくれないかなぁ!?


「さすがに、あれだけの回数を特等席で見ていればこれくらいは出来ます」


 くそ、ナタリアに手伝いを頼んだのが間違いだったのか……

 他の二人も、あと二~三回でマスターしちゃうだろうし……しまったなぁ。


「では、お先に失礼します」


 他二人の給仕長に断って、ナタリアがゴールを目指す。

 スキップで。


「ナタリア、お前こそ最高の給仕長だっ!」


 分かってる!

 ナタリア、お前分かってるよ!

 そう!

 それだよ!

 俺が、いや、男子が、いやいや、世界が持ち望んでいたのは!


 るったるったぷるるんとゴールするナタリア。

 どういう意味合いなのかは分からんが、応援席から拍手が巻き起こった。

 俺も贈ろう。惜しみないスタンディングオベーションを!


 ブラボー!

 ぶるぁあぁぁああぶぉぉおおう!


「さすが思う、ナタリア・オーウェン。きちんと把握している、この瞬間、何が求められているのかを」

「人生は日々勉強――参加出来た幸運に感謝いたします、この区民運動会に」


 ギルベルタとデボラがほぼ同時にパンをキャッチし、そしてナタリアを見習ってスキップでゴールした。

 振り幅の違う弾むおっぱいが並んでゴールする様は、その場にいた者の脳裏に克明に刻み込まれたことだろう。

 この中の誰かが歴史書を執筆したら、きっと今日という日が明記されるはずだ。4ページくらい使って、しっかりと、詳細に。

『いい乳揺らそう、区民運動会』とか、語呂合わせで年号を覚えるといいぞ、未来の学生たちよ。


「ぷはぁ~……名勝負だったな。なぁ、ノーマ。……あれ? ノーマは?」

「ノーマならレースに備えて待機列へ行ったよ」


 試合に熱中していた俺が振り返ると、そこにノーマの姿はなく、代わりにエステラが立っていた。

 そういえば、「レースして、ナタリア!?」って、すっげぇそばで聞こえた気がしたな。


「ナタリアにも、ゆっくりパンを食べる時間くらいあげたいからね。ボクが最後まで付き合うよ」


 とはいうものの、残るレースはあと数組。

 はぁ……この楽しい時間ももうすぐ終わるのか。

 やばい、五月病にかかりそう……無気力になっちゃう……


 気持ちが沈みかけた俺だったが、それでもやはりパン食い競走はとても楽しく、有意義で、そして何より柔らかかった。

 ゴールした女子たちがパンを食べては、嬉しそうに「やわらかぁ~い」なんてはしゃいでいる。

 でもね、もっと柔らかい物があるんだよ。

 それはね、君(のおっぱい)さ☆


「ん? ヤシロ、今すっごくくだらないこと考えた?」

「お前はエスパーか」


 人の思考をなんとなく感じ取るんじゃねぇよ。

 とかなんとか、そんなことをやっている間にあれよあれよと最終レース。


 広報の意味合いの強い、言わばショー的なパン食い競走だったが、最後はやはり大いに盛り上げたいと、各チームのエースがここに集っている。


 赤組は待ちきれないと鼻息の荒いデリア。

 黄組はさっきまで手伝いをしてくれていたノーマ。

 白組からは、年齢と身長が足りないけれどもこいつ以外にエースたり得る人材は他にはいないであろうマグダ。

 もはやお馴染みになりつつある四十二区最強獣人族が顔を揃えた。


 で。

 俺は、ナタリアはここに出るもんだとばかり思っていたんだが、意外なヤツが青組代表として出てきた。


「エステラ様ぁ~。見ていてくださいね~!」


 トレーシー・マッカリー。


 二十七区の領主にして元癇癪姫。

 エステラマニアであり、残念領主ランキングではそこそこの順位にいるトレーシーだが、正直運動が出来るタイプには見えない。

 なぜこいつが……


「ナタリアがね、自分が給仕長対決に参加するって決まった時に彼女を推したんだよ」

「ナタリアが?」

「最終レースには、彼女以外の適任者はいないって」

「しかし、よくOKしたなトレーシーも」

「そこは、まぁ……」

「……エステラスマイルで強要したな?」

「そ、そんなつもりは……なかったんだけど…………『出てもらえると助かるなぁ』って言ったら……ね」


 お前、そんなもん『出ろ』って言ってんのと同じじゃねぇか。

 しかし、最終レースの適任者ねぇ……


「とりあえず、他区の領主が大怪我しないように祈っとけよ」

「……精霊神様でも、荷が重いかもね、その祈り」


 なにせ、マグダとデリアとノーマが本気で争うのだ。

 俺なら、巻き添えだけで四回死ねる。


「あ~ぁ。また外交問題かぁ……」

「そんなことにはならないよ! マグダたちだって、そこら辺はちゃんとやってくれるさ。ノーマもいるし」

「あのなぁ、エステラ……ノーマは大の負けず嫌いなんだぞ? 特に、実力が拮抗している相手との競争だと尚更な」


 ノーマが面倒見のよさを発揮するのは、相手より自分の方がはるかに勝っていると感じている時や、自分の領分以外の場所での事象、または誰かに頼りにされていると強く思える時など、心に余裕がある時だけだ。


 マグダやデリアを相手に勝敗の見えない、それもこんな面白そうなレースにおいて……ノーマがゆとりを持って周りに配慮出来るとは思えない。

 ノーマも、なんだかんだで獣人族なんだよ。……割と血の気が多いんだから、あの大人女子は。


「あ~…………こほん」


 やたらと大きな汗を流し、空々しい咳払いをして、エステラが口の横に手を添えた。


「トレーシーさん。くれぐれも、怪我だけはしないでくださいね~(外交問題だけは勘弁なので)」

「あはぁ……っ! エステラ様が私の心配を……っ! お優し……ごふぅっ!」

「ちょいとエステラ!? 領主さんが鼻血を吹いたさよ!?」

「……平気。これはこの人の特技」

「へぇ~、そうなのか。いろんな領主がいるもんだなぁ」


 慌てるノーマに、慣れた感じのマグダ。で、動じないデリア。

 この中で一番まともなのが誰なのかはちょっと分かりかねるが、一番変なのはトレーシーで間違いないだろう。

 ……今日、いろんな領主の痴態が公にされてるなぁ。俺のせいにされなきゃいいけど。


「エステラ、お前が流血沙汰起こしてどうするんだよ」

「ボクのせいじゃない……と、思いたい。切実に」


 ネネが駆け寄ってトレーシーの鼻血を拭いている。

 真っ白な体操服に赤い染みが飛び散って水玉模様になっている。オシャレ~、……とは、とても言えないな。あとで着替えろよ。なんなら手伝ってやるから。


「なんなら手伝っ……!」

「さぁ、始まるよ! 静かにしてて!」


 ちっ!

 エステラの感性が毎秒研ぎ澄まされていく。

 もしかしたら、「じゃあ、お願いします」って言われるかもしれないのに!

 可能性はゼロじゃないのに!

 偶然、俺の尻ポケットには『エステラとの添い寝券』が十枚綴りで入っているからなぁ。いざという時の切り札として。

 これを見せれば…………


「着替えを手伝っ……!」

「ヤシロ、うるさい!」


 ちぇ~……いいもん、いいも~ん。いじいじ。


「マグダた~ん! 頑張ってッスー!」

「デリアさん! チーム違いますけど、僕、死ぬ気で応援しますからー!」

「ノーマ殿ー! 盛大に揺らしてくだされー!」

「ちょいとタイムさね」


 大はしゃぎするウーマロとグーズーヤ。

 ついさっきまで大はしゃぎしていたベッコは、今はもう静かになったので除外しておく。

 さぁ、ノーマが一仕事終えてコースに戻ったところで、いよいよレース開始だ!



「位置について、よぉーい!」



 ――ッカーン!



 鐘の音が鳴り、地面が低く短く唸り声を上げた。

 獣人三人娘が一斉に地面を蹴り、微かに大地が揺れた気がした。


 真っ先にパンにたどり着いたのはマグダ。

 あいつ、やっぱ相手によって速度変えてやがるな。意識してか無自覚なのかは分からないけれど、モリーと競った時とは迫力がまるで違う。速度に説得力がある。


 砂埃が空高くまで舞い上がり、もうもうと煙る土の上で、マグダが身を低くしてお尻をもぞりと振る。

 獲物に飛びかかる前にネコ科の動物が見せる仕草だ。


「セッ、セクシーッスぅぅうう…………ごふっ」


 限界点を超えて、ウーマロが地面に沈んだ。

 四十二区名物の変態がまた一人燃え尽きたのか……って、こら、ナタリア。倒れたウーマロをベッコの隣に並べるのをやめなさい。安置所じゃないんだから。


「……狩るっ」


 狙いを定めたマグダが全身のバネを使って飛び上がった。

 捉えたか、と思ったまさにその時、マグダの眼前にぶら下がっていたパンがぽ~んと跳ねて逃げていった。


「おぉっと、すまないねぇ。ほっぺに当たっちまったさね」

「……ノーマ」


 マグダが見せた一瞬の隙にノーマが追いつき、そして妨害してきた。

 空中で体をひねったマグダと、長い髪をたなびかせるノーマが睨み合う。

 そこへデリアが追いつき、三つ巴の戦いが巻き起こる。


「あたいのパワー、止められるもんなら止めてみろ! はぁぁあああ!」

「く……っ!」

「……回避」


 デリアの突進に、ノーマとマグダが飛び退く。

 人のいなくなったスペースでデリアがジャンプ。しかし、マグダたちを退かせるために全力で突進したため勢いがつき過ぎていた。

 顔面でパンを弾き飛ばしてしまったデリア。

 ほっぺたに白い粉を付けて荒々しく着地する。


 頬に付いた粉を親指で拭い、そっと口元へ運ぶデリア。

 ぺろりと親指を舐める。


「うはぁあ! あんまぁ~い!」


 メロンパンの粉がとても甘かったらしく、デリアが身悶える。

 その様を見て、三人目の重症患者グーズーヤが地に沈んだ。


「可愛……過ぎ…………る……がくっ」


 ナタリアがいそいそと安置所へ並べている。

 ちょっと楽しくなってやがるな、ナタリアのヤツ。


「……こうなっては仕方ない」


 ぽそりと呟いて、マグダがオレンジの長い髪を二つに分けて縛る。ツインテールだ。

 そして、デリアとノーマの間で高速回転。


「うわっぷ!?」

「あいたっ!?」


 鞭のようにしなったツインテールがデリアとノーマに直撃する。


「なんだよ、マグダ! そんなんありか!?」

「……なにが? マグダはただ髪を縛って、ちょっと元気に動き回っただけ」

「へぇ……そうかい。なら、こっちだって容赦しないさよ!」


 言うが早いか、ノーマは自分の髪を高速で編み上げていく。

 とても長い三つ編みがあっという間に完成する。


 おぉ……なんだか、純朴そうなヘアスタイルとオトナなナイスバディのギャップが……イイネ!


「おぉっと、すまないねぇ! 髪が滑ったさよ!」


 連獅子のような猛々しさで髪を振り回すノーマ。

 固く結われた三つ編みがマグダを襲う。が、マグダはそれをひらりとかわす。


「ふん! 髪なら、あたいだって長いんだぜ!」


 マグダとノーマを見てすぐさま自分も真似をしようとするデリア。

 だが……


「あぁっ、しまった! いつもの高さじゃないと上手く結べない!」


 あぁ、なるほど。

 だからデリアは髪の毛を結ぶ位置が低かったのか。

 デリアのヤツ、腕を上げて見えないところで髪の毛を結ぶって出来ないんだ。


「ふん! なら、そんな髪なんか跳ね返して、あたいが一番でパンをいただくまでだ!」

「させないさね!」

「……マグダを超えることは不可能」


 三人娘が同時にパンに向かってジャンプする。


「この中で、あたいが一番、甘いものが好きなんだぁぁあ!」

「アタシは、試食した日から一日たりとも……いいや、一秒たりともあの味を忘れたことがないんさよ!」

「……マグダが、一番かわいい」


 それぞれがパンにかける熱い思いを叫ぶ。

 ん。まぁ、若干一名論点のずれている娘がいるけど、気にするな。いつものことだ。


 パンに近付く三人。

 デリアは的外れな軌道。

 しかしノーマはいい位置だ。これは、取られるか……というところで、マグダが呟く。


「……あまり大口を開けるとほうれい線がくっきり……」

「ひゅむっ!」


 思わず口を閉じたノーマ。パンはノーマの唇に当たって跳ねる。うわぁ、あのパン売れそう~! ノーマのキスマーク付きクリームパン(税別26000円)。……うん、買うね!


「……さすがに無理、か」


 そしてノーマの妨害をしたマグダも、タイミングが合わずにパンを逃す。

 体をひねって着地の体勢を整える。


 ――と、ここまでのことがすべて空中で、それもわずか一~二秒の間に行なわれたのだ。

 時空を凌駕しているぜ、お前ら。


 そして、三人娘が順番に着地していく。


 デリアが大地を踏むと、張りのある双丘が力強く揺れ動く。


「これがっ、地動説!?」


 きっと、昔の偉い人はあの揺れ動く二つの山を見て地動説を思いついたに違いない!

 俺は今、歴史の真実を垣間見た!


 続いてノーマ。


「もう! 惜しかったさね!」


 きっと普段なら着地の瞬間にヒザを使って衝撃を吸収し、もっと静かに降り立つのだろうが、マグダを睨むように体をひねっていたせいか、ノーマが着地の衝撃を殺しきれなかった。

 その衝撃はそのまま体を伝い、最も柔らかい体の一部を惜しみなく揺らした。

 ぷるぷるん、と。


「2バウンド!? 一回の着地で左右それぞれが2バウンドしたぞ、今!? えっ、ノーマって通常攻撃が二回攻撃なの!?」


 一度で二度おいしいだなんて、ノーマ、恐ろしい娘っ!


 そして、空中で体をひねった分、他の二人よりも滞空時間が長かったマグダがスタッと着地する。

 そして。


「……ぽぃ~ん」


 口で揺れる音を発した。

 ……努力は、買うよ。うん。


「……肉体はともかく、魂は揺れた。マグダの中の、おっぱいの魂が」


 へぇ~、マグダのおっぱいって個別に魂持ってるんだぁ。そりゃすげぇや。

 魂よりも、肉体が揺れるようになるといいな。


 と、マグダを見ると……尻尾が、揺れていた。

 犬の場合、尻尾が揺れていると喜んでいると解釈出来るのだが、ネコの尻尾が揺れる時はそうではない。

 ネコの尻尾がゆっくりと揺れている時は、獲物を狙っている時だ。

 獲物? パンか?


 とか考えていたのだが、答えは割とすぐに分かった。


「……うにゃっ」

「ちょっ、こら! マグダ、それはあたいのパンだぞ!」


 マグダが、デリアが弾き飛ばしたパンにパンチを喰らわせた。

 かと思いきや、踵を返して今度はノーマの狙うクリームパンに飛びつく。


「……にゃっ」

「手ぇ使うんじゃないさよ、マグダ!」


 今まさにパンを咥えようとしていたノーマの前からパンが逃げていく。


「反則じゃないんかぃ!?」

「ノーマ、すまん。それ、本能だから」


 俺が咄嗟にフォローを挟み込む。

 そりゃあ、あんだけ盛大にぷらぷらされちゃ、じゃれつきたくなるよな。仕方ないんだよ、それは。マグダの場合。


「じゃあ、『手を使ってパンを取らなければOK』としようか?」


 本能なら仕方ないと、エステラが妥協案を出す。

 デリアもノーマも渋々といった感じでそれを了承する。


「それじゃあ、こういうことをしてもいいんさね!?」


 ただし、ノーマは二度にわたって邪魔されたことを許してはいなかったようで、隣のコースのパンを思いっきりパンチした。


 パン、ぷら~ん。

 マグダ「……ぅにゃっ」


「あはは。面白ぇな、マグダ」


 デリアがマグダの行動を面白がってパンをぷらんぷらんさせて遊ぶ。

 マグダが物にじゃれる姿はあまり見かけないが……美味しいパンと、運動会の楽しい雰囲気、大勢に応援される興奮なんかがいろいろ合わさって、今ちょっと甘えん坊モードに入っているのだろう。

 たまにだが、予告もなく唐突に甘えてくることがあるからな。何かしらスイッチがあるに違いない。


「あははは! よぉし、マグダ! 取ってこーい!」


 紐についたパンをデリアが叩き、マグダが追いかける。

 が、デリアが叩いたパンは金具からすっぽ抜けて飛んでいってしまった。


「あっ、ヤバッ!」


 じゃれついていたマグダが飛ぶパンを追いかけるが、その先には一人地味ぃ~にパンに跳びついていたトレーシーがいた。


「……へ?」


 タイミング悪く地面を蹴ったばかりのトレーシーと、頂点を超えて落下しはじめたマグダの軌道が重なる。


「危ない! ぶつかる!」


 エステラが叫ぶが、今さらどうしようもない。

 トレーシーとマグダが接近していく。


「きゃあ!」

「……回避する」


 驚きのあまり、頭を庇うように両腕を上げたトレーシー。

 一方のマグダは冷静で、空中で体をひねる。


「……少しの接触は不可避……許してほしい」


 呟いて、体を反転させた後、マグダの足がトレーシーの胸を蹴る。

 軽ぅ~く触れるくらいのソフトタッチで。


 だから、ソレが起こったのはきっと外からの衝撃ではなく、内からの圧によるものであろうと推測される。

 両腕を頭上に掲げるという無理な体勢が、トレーシーの体を締めつける『さらし』に過剰な負荷をかけ、そして――さらしが破裂した。


 ブチブチという裂傷音に続いて、「バイィィイインッ!」となだらかだったトレーシーの胸元にアルプス級の巨大な二つの山が爆誕する!

 爆乳、爆誕!




「「「「イリュゥゥゥゥゥゥゥゥジョォォォォォォォオオオオンッ!」」」」




 イリュージョン、再びっ!


 空中にいたトレーシーが重力に導かれて着地する。

 その瞬間――




「「「「ファンタスティィィィィィイイイーック!」」」」




 世界に福音が鳴り響いた。


 それはもう、ゆっさりと、そして、ふゎわ~んと、この世の不条理を浄化するように優しく雄大に揺れ動いた隠れ巨乳(もう隠れてないけどね)!

 その光景を目の当たりにした男たちが数名、いや、数十名、あまりの神々しさに意識を失いバタバタと倒れてしまった。


 正直、俺もこの最終レース、誰が優勝したのか記憶が定かではない。

 だって、涙で前が見えなかったんですもの!


 そういえばナタリアが言っていたっけな。俺は「大きさ以上の価値」を見落としているって。

 そうか、こういうことなのか。

 大きさで言えばデリアがこの中で一番なんだ。

 だが、ノーマの通常攻撃が二回攻撃のおっぱいや、トレーシーのサプライズイリュージョンには、大きさ以上の魅力がぎゅぎゅっと詰まっている。

 もちろん、デリアの弾力Hカップも捨てがたい!

 だが、ノーマ&トレーシーのGカップコンビも決して捨てられない! 捨てられるはずがない! 捨ててたまるか!

 そういうことだろう、なぁ、ナタリア!


 ……はっ!?

 そうか、そういうことだったんだ。

 ナタリアが言っていたトレーシーが適任って、これのことだったのか。

 この盛り上がりこそ、最終レースに相応しいと…………ははっ、なんてこった。まさかこの俺がこうもやり込められてしまうなんてな。

 まったく、やってくれるぜ……


 ナタリア……、お前がナンバーワンだ。




 そんなナタリアの手によって、安置所に数十体の男たちが横たえられ並べられて、四十二区区民運動会は午前のプログラムをすべて終了したのだった。







あとがき




いつもありがとうございます。


ようやく、長かったパン食い競争が終わりました。

もしこれが現実の話であれば、

ただひたすらに揺れ動くおっぱいを眺め続けるところではあるのですが、

さすがに「ぷるぷる、ぽぃん」で話を埋め尽くすわけにもいかず、

なんだかんだと盛り込んでお送りいたしました。


まぁ、結局揺れるおっぱいを眺めていただけなんですけれど!



そうして、

様々な組み合わせの戦いを書き終えて、私はあることに気が付いたのです。





あっ、ロレッタ出てない。





ロレッタ「こらぁ! あたしも結構頑張ったですよ!?」



いやぁ、今回の区民運動会。

敵チームに人材がいないことが非常にネックになっておりまして。

黄組と青組、レギュラーキャラ少ないんですよね。


なので、きっとロレッタの相手は

皆様に馴染みのない四十二区の領民で、

そんな中でロレッタも普通に頑張って、普通にゴールしたんだと思います。


ヤシロの記憶に残らないくらい普通に。


ロレッタ「ぷくぅ……!」



というのはまぁ、さすがに気の毒ですので、

SSでロレッタの活躍をお送りします。




――パン食い競争


ロレッタ「ふっふっふっ! ついにあたしの出番です! お兄ちゃん、あたしの大活躍を刮目するといいです!」

ヤシロ「(いや~、さっきの給仕長対決は燃えたなぁ~、ぷるんぷるるん♪)」

ロレッタ「むむ? あたしがスタートラインに立った途端、お兄ちゃんの機嫌がよくなった気がするです。鼻歌混じりです。これは……魅せねばですね!」

ヤシロ「(スキップ、義務化出来ないかなぁ~♪)」

ロレッタ「さて、あたしのライバルたちは誰ですか?」

【赤組】生花ギルドの大きいお姉さん「あらやだ、アレが新しいパン? まぁ~、美味しそうねぇ。でも甘いんでしょう、あれ? アタシいっぱい食べてぶくぶく太っちゃいそう~。え? 今もあんまり変わんないですって? や~だ~、よく言うわよ~も~ぅ!(←独り言)」

【青組】モーモー「牧場の宣伝のためにも、一番でゴールして目立ってみせます!」

【黄組】エナ「うふふ~。アッスントさんが大興奮だった新しいパン。発売前に食べちゃいましょう。うふふ」

ロレッタ「ふぉおお!? 見事に見たことない人ばっかりです!? さすがのあたしもちょっと人見知りしてしまいそうです!」

給仕(Aカップ)「位置について」

ロレッタ「っていうか、Aカップ多くないですか!? このレース、あたし以外スターターも含めてみんなAカップです!?」

給仕(Aカップ)「(……いらっ!)」

ロレッタ「はぁあ!? ちょっとイラッてされたです! 軽く睨まれてるです!?」

給仕(Aカップ)「……よぉ~い!(――ッカーン!) ……白組こけろ」

ロレッタ「小声で悪態つかれたです!? 絶対こけてやらないです!」

生花ギルドの大きいお姉さん「やだもう、目移りしちゃう! 全部食べちゃおうかしら、おほほ! 太っちゃうわよぉ、そんなことしたら~! え? 今もあんまり変わんないですって? や~だ~、よく言うわよ~も~ぅ!(←独り言)」

ロレッタ「あの人ずっとしゃべってるですね!?」

モーモー「牧場関係者としては、クリームパンを取らないわけにはいかないですよね! ……乳製品を摂取すれば育つかもしれませんし……どこがとは言いませんけどもっ!」

ロレッタ「なんか妙に燃えてるです、あのウシ人族の人!?」

エナ「え~い、ぱく~、しゅぴ~ん!」

ロレッタ「あの小さい人、めっちゃ上手いです!? パン食い競争のプロかってくらい無駄のない動きでメロンパンを掻っ攫っていったです!? えっ、いるです? プロ!?」

エナ「もぐもぐ……早く撤収しないと、アッスントさんに見つかってしまいますからね~」

アッスント「え? あれはまさか…………エナ!?」

エナ「あ、見つかってしまいました。逃げましょう」

アッスント「ちょっと! なぜエナがここに!? 君は『私は秘密の存在ですから、公の場には姿を見せられないのです』とか訳の分からない理由で不参加だと言っていたじゃないですか!?」

エナ「事実誤認です。エナの一人称は『エナ』なので『私』と言った人はエナではない可能性が高いです」

アッスント「エナでしたよ!? 私が証人です!」

エナ「商人のアッスントさんが証人で、それがエナであると承認したんですか? ぷぷぷー商人ギャグ面白いです」

アッスント「そんなつもりは毛頭ありませんよ!?」

エナ「では、エナは帰ります!」

アッスント「なぜですか!? 折角来たなら最後まで参加を……!」

エナ「――というていで、どこかでこっそり見守っています!」

アッスント「どこへ行く気ですか!? エナ!? エナァァアー!」

ロレッタ「あ~んむ! やった、苦労したですけど取れたです! ……あれ? そういえばあの小さい女の子、どこ行ったですかね? パンを取るのに夢中でまったく見てなかったです。きっと、一番が嬉しくてお母さんのところへ自慢しに行ったですね」


――こうして、ロレッタは二位という割と普通な順位でパン食い競争を終えたのでした。


ロレッタ、エナの正体に気付かず!

さらに、エナの登場によって読者の皆様にも注目されることなくレース終了!


さすがロレッタ!

ステルス属性まったなしです!


ちなみに、エナさんは年齢の割に幼く見え過ぎるせいで、初対面の人にはもれなく「お嬢ちゃん、いくつ?」と聞かれます。(何人族かはまだ秘密です☆)


ちなみにちなみに、

ジネットやマグダはロレッタの応援に忙しく、ヤシロは給仕長ズのスキップぷるんの余韻に浸っていてエナとアッスントの夫婦漫才には気が付かず、

アッスントの嫁の存在はいまだ誰にも確認されておりません。


エナも、ステルス属性持ってますね、これは。

……いや、隠密属性か?


そんなレースなのでした!


次回はお昼休憩です。

あぁ、運動会でのお弁当、また食べたいですねぇ。

デザートに緑のみかんを持って来てるヤツは勝ち組でしたねぇ……

小さいお弁当箱にキウイ持って来てるヤツは、英雄でした。


羨ましかったなぁ。



とかいう懐かしい思い出に浸りつつ、今回はこの辺で。



次回もよろしくお願いいたします。

宮地拓海


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