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異世界詐欺師のなんちゃって経営術  作者: 宮地拓海
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365/821

無添加20話 いつの間にか当たり前になっていたこと

 降りしきる雨の中、厚化粧軍団が陽だまり亭を出て行った後、さほど間隔を置かずにロレッタが店へと戻ってきた。


「お兄ちゃん! 臭っ!? なんかすごい臭いです!」


 ほぅ、そうかそうか。

 じゃあ、とりあえず……アイアンクロー!


「いたたたたっ!? 痛いっ、痛いです、お兄ちゃん!」

「誰が臭いって?」

「ち、ちち、違うです! お兄ちゃんに大至急の用事があって呼びながら帰ってきてみたら、陽だまり亭にあるまじき化粧臭さが充満していて思わず『臭い』って言葉が出ちゃっただけです! お兄ちゃんが臭いだなんてこれっぽっちも思ってないです!」

「……では、疑いを晴らすためにも『お兄ちゃん、たまんない匂いです、ハスハス、くんかくんか』くらいは言うべき」

「おぉ、そうですね! さすがマグダっちょ、気遣いの出来るレディです。では……お兄ちゃん、たまんない匂……変態です、それ!? あたし、そんなこと言わないですよ!?」


 全力でくんかくんかしかけていたロレッタがマグダの策略に気付き、すんでのところで踏みとどまる。変態と常識人の境界線でつま先立ちしていた状況だな、これは。


「で、何をそんなに慌ててたんだよ、ギッタ?」

「ロレッタですよ!? そういう印象操作イくないです!」


 んばっ! と、俺から距離を取り、ジネットの方へと避難していくロレッタ。

 ジネットは困り顔で「大丈夫ですよ、ロレッタさん」と、頭を撫でてやっている。


「なるほど。ジネットはくんかくんかされても大丈夫な人なのか」

「ち、ちち、違いますよ!?」

「そもそも、あたしくんかくんかしないですよ! あぁっ、店長さんがさり気なくあたしから離れていくです! そして気付いたらエステラさんもちょっと遠くに避難してるです! 酷い風評被害です!」

「……まったく。ロレッタは帰ってくるなり騒々しい……」

「発端はマグダっちょですよ! やれやれみたいな顔やめてです!」


 二十人近くもいた『新たな通りの名称を考える会』の面々がいた時よりも店内が騒がしい。

 ロレッタの騒がしさって、相当なものなんだな。


「で、何をそんなに慌ててたんだよ、一人で二十人分くらい騒ガシイッタ?」

「もはや似せる気すらないじゃないですか! 弄るならちゃんと弄りきってです!」


 ぷりぷり怒りながら、結局俺の前までやって来て、割と真面目な顔で見上げてくる。

 心なしか嬉しさがにじみ出している。


「テレサちゃんが、『明るい』って言ったです!」


 その知らせに、店内がにわかに騒めく。

 ジネットが目を丸くして口元を押さえ、マグダも尻尾をぴんと伸ばし、いまいち理解していないっぽいウーマロとベッコですら、一瞬で変わった店内の空気に良い知らせだと察知して頬を緩め――


「エステラがひっそりと抉れはじめる」

「はじめるかっ!」

「……抉れきっている」

「被せてこなくていいから、マグダ!」


 ただ一人不機嫌そうなエステラは省いて、この場にいる誰もがその顔に希望の色を浮かべている。


「あの小さな妹氏の目が快方に向かっているでござるか?」

「あぁ、おそらくな」


 もともと治る見込みが大いにあり、栄養のある物を存分に食べさせて、適切な処置とよく効く薬を処方していたのだ。テレサの目が見えるようになるのは時間の問題という状態だった。


 その時が、思っていたよりも早くやって来たという感じだな。


「それで、ロレッタ。レジーナは?」

「はい! レジーナさんはおそらく何かの末期で、たぶんもう手遅れです」

「あぁ、うん。あいつの現在の状況を聞いているんじゃなくて、あいつは誰かが呼びに行ってるのか?」

「あぁ、そういうことですか! あたしはてっきり……」


 素でさっきの答えを寄越したのかよ……んなもん、聞かんでもいやっちゅうほど分かってるっつの。


「今、ウチの弟が呼びに行ってるです」

「じゃあ、先に教会に行って待ってるとするか」

「はぅっ、あの、えっと、ヤシロさん!」


 急にジネットが慌て始める。

 テーブルの前を行ったり来たりして、両手を所在なくさまよわせている。

 なんだよ?


「『元気になったテレサさんを見に行きたいけれど、まだ営業中なのでお店も離れられませんし、どうしましょう?』……か?」

「え、あ……はい。そのような感じです」


 やや照れて、肩をすくめて俯いて、ちらりとこちらへ上目遣いを寄越してくる。

 そんな見え透いたおねだりされてもなぁ……


「店番なら、ウーマロとベッコがいるから大丈夫だろう」

「ヤシロさん、従業員の前にお得意様を甘やかしてほしいッス!」

「なんの躊躇いもなく労働を押しつけるのはご勘弁願いたいでござるよ!」


 一体何が不服なのか、ウーマロとベッコが食ってかかってくる。

 何が労働を押しつけるだよ……


「大丈夫だ。賃金を払う気は一切ないから、労働ではない。『おてちゅだい』だ」

「可愛く言ってもダメッスよ!? 無償労働とか、一番他人に強いちゃいけないやつッスからね!?」

「拙者、これほどまでに『大丈夫』の使い方がお下手な方を初めて見たでござる」

「あ、あの。大丈夫ですよ。わたし、お店を離れたりしませんから」


 不満を垂れるオッサン二人に気を遣い、ジネットが外出を諦めてしまった。

 あ~ぁ、気を遣わせやがって。


「ジネット、可哀想に……」

「ヤシロさん、その感情1ミリでいいんでオイラたちにも向けてほしいッス……」

「1ミリとは贅沢な……1ミクロンでも向かせられればぐぐっと待遇が改善されるでござるよ」


 なんだか常連客からのクレームがうるさい。

 これは、改革が必要かもしれない。店員と客。その立場の差を明確に知らしめるためにも。


「素敵やんアベニューとニューロード……エタらせようかなぁ」

「なんだか不穏なことを呟き始めたッスよ!?」

「なんと的確且つ強烈な脅迫でござろうか!?」


 きっと、『強制翻訳魔法』が「エタる」を「頓挫する」とか、分かりやすく翻訳してくれたのだろう。俺の言葉の意図は正しくウーマロとベッコに伝わったようだ。


「店長さん! オイラたちが店番してるッスから、ヤシロさんと一緒に教会に行ってきてッス! ……と、いう意味のことを二人の意見として伝えてほしいッス、ベッコ」

「ウーマロ氏は相変わらずでござるな。しかしながら、拙者も協力は惜しまない故、どうか安心して出かけてほしいでござる。料理は出来ぬでござるが、接客なら……どうせ、こんな雨の中やって来るのは顔見知りの常連ばかりでござろうし、多少の失礼は許容してくれるでござろう」

「どうするのさ、ヤシロ。君の偏った接客方針がしっかりと伝承されてしまっているよ」

「おい、お前ら。公私を混同するんじゃねぇよ。接客業舐めてんのか?」

「ヤシロさんには言われたくないッス!」

「そっくりそのままお返しいたすでござる!」

「あ、あの、みなさん。お気遣いをさせてしまって申し訳ありません。大丈夫です。わたし、お店で待っていますので。ヤシロさん、教会へ行ってあげてください」


 ウーマロ他一名がうだうだと渋るから、ジネットが気を遣っている。

 本当はすぐにでも会いに行って快方に向かっているテレサと話をしたいだろうに。


「本当に、教会へ来ないですか、店長さん?」

「はい。代わりに、『テレサさんの回復を心から喜んでいます』とお伝えください」

「テレサちゃん、店長さんに会いたがってたですのに……『やさしーぉこえのおねーしゃん、あうと、げんきー』って」

「はぅっ!? ……ぅ、ぅうううっ!」

「行ってあげてッス!」

「ジネット氏、今ご自身が思う以上に苦悩の表情をされているでござるぞ!? おそらく自覚はござらんでござろうけども!」

「い、いえ。さすがに、最近お店をあけ過ぎているなぁという自覚もありますし……」


 そもそも、ジネットは陽だまり亭が好きなのだ。

 蔑ろにするようなことは、ジネット自身もしたくないのだろう。

 けれど、それと同じくらいに大切にしたい者たちが増えてきた。

 うん。ジネットには悪いんだけど……


 そうやって悩んでるジネットを見るのは、ちょっと面白いな。

 ほぅら、わきょわきょしてる。


 諦めきれない、というより、会いたいと言われてそれを叶えてやれないことへの心苦しさに悶えているジネットのもとへ、マグダが静かに近付いていく。


「……店長。陽だまり亭にはマグダがいるから、少しくらいなら外出しても平気」

「マグダさん……」

「……マグダはカンタルチカでの仕事を通じてさらに大きくレベルアップした。任せてOK」

「でもでもっ! マグダさんとお仕事出来なかった時間も結構長くて、今はマグダさんと一緒に働けるのが楽しくて、マグダさんと離れたくないなと思う気持ちもありまして……っ!」


 そんな告白が終わる前に、マグダがジネットの胸に飛び込んで「むぎゅっ!」と抱きしめた。


「……店長、好きっ」


 全力の告白だ。

 こんなにはっきりと感情表現するマグダも珍しい。

 マグダもマグダで寂しかったんだろうな。


「あぁ……やっぱり陽だまり亭を離れられません……っ」

「んじゃあ、あんまり好かれてないロレッタと一緒に行ってくるよ」

「そんなことないですよ!? もちろん大切ですし大好きですよ!」


 おや。

「あたしも好かれてますよ!? ねぇ、店長さん!」とかいうロレッタのツッコミを誘ったのだが、先にジネットが食いついてしまった。

 そして、エステラに「いじめるんじゃないよ」と、強めに睨まれてしまった。


「くそっ。ロレッタが鈍くさいせいで、ただロレッタが大好きだと言ってもらえるご褒美イベントになってしまった。ロレッタが鈍くさいせいで!」

「いいじゃないですか!? あたしも『好き』とかもっと言ってほしい派ですよ!?」

「…………すーん……」

「あ、ジネットちゃん。マグダが拗ねてるよ。自分が言われてないから」

「マグダさんっ、もちろん、マグダさんも、エステラさんも大好きですからね」


 一度休日を挟んだせいか、なんだかウチの従業員が寂しがりを発症している。

 いちいち全員に言わなきゃいけないとか、メンドクセェな。


「もちろん……ぁの…………ヤシロさんも、……その大s…………同じ、です、からね?」

「…………」

「…………」

「…………」


 …………気を、遣わせてしまったようだ。

 うん、気遣い、いたみいる。

 うん…………あんまこっち見んな。


「あ……っ、あの、わたし、ここにいるみなさんが大好きですっ」


 まるで、何かを誤魔化すかのように大きな声で言うジネット。焦りが笑顔ににじみ出しているぞ。

 気なんかそこまで遣う必要ないんだ。流しとけって。


「……店長は、ここにいるみんなが大好き……?」

「は、はい。みなさん、わたしの大切な方ですから」

「………………ベッコも?」

「…………ぇっ? あの…………は、はぁ……も、もちろ……」

「……精霊神様に誓って?」

「…………」

「マグダ氏!? なぜにそうまでして拙者を除外したいのでござるか!? 拙者とて、ジネット氏に『大好き』と言われるような身分でないことは重々承知しているでござるよ!? けど、そこは『みんな』という言葉のオブラートに包み込んで有耶無耶ながらも誰も傷付かない優しい世界的結末で問題なかったはずでござろうにっ!」

「うっさいッスよ、ベッコ。マグダたんが正しいッス」

「ウーマロ氏は、特定の条件下では四十二区トップ3に名を連ねる残念マンになるでござるな!?」


 マグダの追い込みによって、ジネットの言葉は封殺され、なんやかんやあってベッコが涙目だ。


「あのっ、わたしとベッコさんは仲良しさんですよ。ね? ベッコさん」

「そうでござる! やはり、ジネット氏は陽だまり亭の……いや、四十二区において数少ない良心でござる!」

「数少ないって……まず、俺だろ?」

「ヤシロ氏! 一個目から間違ってるでござるよ!? 今曲げた親指をピンと伸ばしておいてほしいでござる!」


 アホか。

 俺を除外したら、残念ヒューマンしかいないだろうが、この街!


「さぁ、ヤシロ、ロレッタ。さっさと行くよ~」


 こっちでがちゃがちゃ騒がしくやっていたことすべてをまるっと無視して外出の準備を整えていたエステラ。

 お前はもう少しこっちに興味持てよ。何を生き急いでいるんだよ。

 もしかしたら、アレかもしれないぞ? お前が前へ前へと急ぐせいで、今まさに膨らもうとしているおっぱいに追いついていつまでもぺったんこなのかもしれないんだぞ?

 言われてみれば、おっとりのんびりしたジネットやベルティーナ、自分で動く前に他人をアゴで使うイメルダあたりが巨乳なのはそういう理由なんじゃないだろうか?


 という世紀の大発見を熱く語って聞かせたらエステラにグーで殴られ、ジネットに「懺悔してください」と強めに叱られた。

 ……こいつら、学者には向かないな、絶対。


「大体、その理論が正しいとすれば、デリアの胸が大きいのはどう説明するのさ? デリアだって落ち着きなく動き回っているじゃないか」

「バカだなぁ、エステラ。あれは遺伝だ」

「あれもこれもなくて、全部そうなんだよ!?」


 く……図らずも、自身の提唱した仮説を自分で否定してしまった。


「うむ。ちょっと部屋に籠もって新しい仮説を立ててくる」

「教会行くですよ!? 忘れないであげてです!」


 あぁ、そうだったな。

 じゃあ、さっさと行くか。……雨だけど。


「……止まないかなぁ」

「君の日頃の行いが素晴らしくよければ、精霊神様の慈悲があるかもしれないよ」

「精霊神の日頃の行いが大してよくねぇんだから相殺して、トータルで見たら俺の方がちょっといいくらいだろうが」

「君の思考はポジティブというよりかは恐れ知らずに近しいよね……ホント」


 呆れ顔で俺に傘を押しつける。

 ……って、これ、お前のじゃねぇか。


「相合い傘しろって強要してんのか?」

「は、はぁ!? 違うよ! 雨降ってるから傘を渡しただけだよ!」

「いや、持ってるし、自分の傘。ジネット~」

「はい。気を付けてくださいね」


 俺が言う前に取りに行ってくれていたようで、すぐに差し出してくれる。

 二人で差すより一人で差した方が濡れないからな。


「あと、このタオルを持っていってください。濡れてしまった時、すぐに拭けるように」


 そう言って、タオルの入ったカバンを俺の肩にかける。

 教会にもあるだろうがタオル…………いや、こうも雨続きなら、ガキどもが濡れまくってタオル不足に陥っているかもしれないな。


 タオルを持ち、傘を差して、ジネットとマグダに見送られて俺たちは陽だまり亭を出発する。

 歩いて数歩でズボンの裾が重く冷たくなってくる。

 ……まったく。思い出したように土砂降りになりやがって。


 このまま歩いて教会に向かえば、着く頃にはズボンはびちょ濡れだろうなぁ。

 とかそんなことを考えていると……


「あ~、ちょうどよかったわ、自分ら」


 ……背後から声をかけられた。

 全身びっしゃびしゃに濡れまくったレジーナに。


「どしたんだ、お前!?」

「異色のコンビの、相合い傘やー!」


 全身ずぶ濡れのレジーナの足下を見ると、ハム摩呂が子供用の小さい傘を差していた。

 気持ち程度に、レジーナの膝付近を雨から守るように。


「あんたが差してどうするです!?」

「男の子が差すものって、聞いたー」

「女の子の方が一切傘に入ってないですよ!?」


 ハム摩呂の身長じゃ、どう頑張ってもレジーナを傘に入れることは出来ない。

 なら、お前が傘差せよ。


「出かける前にどうにか出来なかったのかよ?」

「ウチなぁ……天然さんを真面目に諭すの、苦手やねん」


 ボケに突っ込むのは得意なのにな……

 なるほど。レジーナとハム摩呂は相性が悪いんだな。悪意が微塵もない相手は邪険に出来ないもんな、お前は。


「とにかく、俺の傘に入れ」

「うんー! おにーちゃんと、相合い傘やー!」

「お前じゃねぇよ、ハム摩呂!?」

「はむまろ?」

「なぁ……ウチ、割と真面目に寒いんやけど? 普通はん、手ぇ出たら、ごめんな?」

「はぁあうゎう! あ、あたしがあとで叱っておくですから、その手に持った怪し過ぎる液体の入った小瓶はしまってです! 代わりに謝るですから!」


 レジーナがそこはかとなくマジなトーンで警告をもらす。

 ほらほら、いいから髪拭け。

 ……まさか、教会に着く前に使うことになるとはな、タオル。

 ジネットの先見の明ってやつか……? いや、ジネットですらここで使うとは予想してなかっただろうけど。


「あぁ、やっぱり自分に合ったサイズってえぇもんやなぁ。ウチ、自分くらいのサイズがぴったりやわぁ……ほな、早よ入れてんか」

「その言葉選び、わざとだろう? 雨の中に突き飛ばすぞ」

「やめて! ウチ、これ以上濡れたらオカシぃなってま……やーめーて! 雨冷た~い! ごめんて~じぶ~ん! じょ~だんやんかぁ~!」


 こいつは、次から次へと……

 卑猥の泉か、お前の口は。


 傘に入れ、勝手に髪を拭かせておく。……っとに。


「君たち……子供がいるんだから、自重してくれないかい?」

「俺に言うなよ。全部こっちのエロメガネだろうが」

「誰が濡れシャツボインちゃんやねん!?」

「言ってねぇよ!」

「そして君だよ、濡れシャツボインちゃんは!」

「エステラさんっ、そのツッコミ間違ってるですよ!? 確かにシャツが濡れてすごいことになってるですけども! 意識掻っ攫われないでです!」


 緑色をした長い髪をタオルで包み込んで絞るように握りつつ、レジーナが「にしし」と嬉しそうに笑いをこぼす。

 特定の人間の前では人見知りもネガティブも出なくなってきているようだ。


「はぁ~……助かったわ。タオル、おおきにな」

「それはジネットに言ってくれ」

「ほなら、今度会ぅた時におっぱいで語り合ぅとくわ」

「そういうことなら、是非立ち会おう」

「ヤシロ~。用水路がすごい増水してるんだけど、入る?」


 モーマットの畑沿いに流れる用水路がまたすごいことになっている。

 ここの水が減り過ぎてトラブルになってたのが嘘みたいだ。

 ……で、誰が入るか、こんな流れの速い用水路に。俺はオメロじゃねぇんだよ。


「けど……ちょっと、寒いなぁ……」

「あの、ごめんです。レジーナさん。ウチの弟のせいで、服が濡れちゃって……」

「まぁ、濡れた服さえ脱いだらしまいやさかい、気にせんとって」

「教会で着替えを借りるといいよ。大人用の服も置いてあるって、ジネットちゃんが言っていたから」

「ウチ、別に全裸でもかまわへんで?」

「こっちが構うんだよ!?」

「いや、待てエステラ。個人の主義主張を他人がねじ曲げるような行為は感心しないぞ」

「ヤシロ。貯水池がそこにあるんだけど、突き落とすよ?」


 そうしたら、俺も全裸で過ごすぞ、教会で。


「生き甲斐の、スタート地点やー!」


 用水路のそばに設けられた深い貯水池を見て、ハム摩呂がバンザイをして叫ぶ。雨に濡れるのも厭わずに。


「なんだよ、生き甲斐のスタート地点って」


 傘を正しい位置へ戻してやって、濡れた顔の水雫をはたいてやる。

 くすぐったそうににこにこして、そして俺の足にガシッと抱きついてくる。


「ここ、おにーちゃんが初めてお仕事させてくれたところやー」


 あぁ、そういやそうだったっけな。

 年齢が上の弟妹には、それより先に売り子だの屋台作りだのをやらせたのだが、年齢の下の、幼い弟妹が仕事にありつけたのは去年の豪雨期、こんな感じの水害があった時からだったっけな。


「ここだっけ?」

「うんー! おにーちゃんと一緒に穴掘りしたー!」


 ここ最近はいろんな仕事をさせ過ぎて、何をやったのか全部が把握しきれないくらいだ。

 そうか。ここが最初か。


「ここを通る度、みんなで話してるのー。おにーちゃんがいてくれてよかったねーって」


 こいつら、そんな話を弟妹で……


「おにーちゃんを連れてきてくれたおねーちゃんを褒めてつかわそーって!」

「なんで上から目線ですか!? ちゃんと敬うですよ!?」

「みんなで言ってるー!」


 傘を放り投げて、全力でバンザイをして、遠慮なしの大声で叫ぶ。


「おにーちゃん大好きー!」


 降りかかってくる雨粒なんか、気にもならないと言わんばかりに。

 にっこにっこにっこにっこして。


 あぁ……はいはい。


「いいから、傘投げるな。濡れる」

「拭いても拭いても濡れる、まさに、エンドレス・アレやー!」

「どれだよ!?」

「思いつかなかったー!」

「自由だな……」


 レジーナが貸してくれたタオルを使ってハム摩呂の頭を拭いてやる。

 そして、また足に抱きつかれる。

 もう、俺のズボンびっしょりだわ。陽だまり亭を出た時に予想したのとは違う理由で。

 ハム摩呂の顔をざっと拭いて、再びレジーナにタオルを返す。


「どないしたん、自分~? 顔、ゆるんどるで?」

「やかましい。用水路に流してどんぶらこ言わせるぞ」


 何太郎が生まれるのか、想像もしたくないけどな。

 エロ太郎か、シモ太郎か…………腐太郎?


「そういうたら、ウチが初めて自分に傘入れてもろたんも、こんな雨の日やったなぁ」

「当たり前だろう。雨の日じゃなきゃ傘なんか差すかよ」

「ほんで、今日みたいに教会に向ことった」

「お前の出向く先が、陽だまり亭か教会くらいしかないからだろうが」

「せやからな、ウチかてこの辺通る度に思ぅとるんやで? 自分のこと――」


 ゆっくりと顔をこちらへ向けて、メガネ越しに俺を見つめて、大きな声で言う。


「この薄汚いブタヤロウがっ! ……って」

「よぉし、お前は濡れて帰れ!」

「ちゃうやん! ハムっ子はんのマネやん! きゅんってくる場面の演出やん!」


 どこのどいつが「薄汚いブタヤロウ」できゅんってくるんだよ!? ……いや、きゅんとくる層はいるんだろうけども! 俺はそれじゃねぇ!


「それに、自分はあんまり『好き好き』言われんの、得意やないんやろ?」


 こいつ……そんなことにまで気を回して。

 まぁ、確かに。あんまり懐かれたり、ダイレクトに好意を向けられるのは得意じゃねぇな。

 けど……


「罵られるのは単純にムカつくんだが?」

「あちゃー、そら盲点やったなぁ」


 こうやって、バカバカしい雰囲気くらいがちょうどいい。

 楽だよ、ほんと。お前といると。


 からからと、人を食ったように笑うレジーナは、教会へ着く間際、本当に一瞬だけ見慣れない表情を浮かべて――


「やっぱ好きやなぁ、この紳士の風習」


 ――そんなことを呟いた。

 目が合う瞬間、レジーナの表情はいつも通りのさばけた雰囲気に戻り、


「おっぱい張りつきシャツも、もう見納めやで」


 と、そんな冗談を寄越してきた。

 おぉっと、そうだったな。目に焼きつけておかなきゃ。


 だが、教会は本当にすぐそこで、レジーナは俺の視線から逃れるようにするする~っと教会の中へと入っていってしまった。

 ちっ、いい感じの乳袋だったのに。


 傘をたたみ、出迎えてくれた寮母のオバサンにタオルをもらい、……若干の生乾き臭に頬を引き攣らせている間に、ロレッタとハム摩呂はさっさと談話室へと入っていってしまった。

 レジーナはベルティーナに連れられ、二階で着替えるらしい。


 で、玄関先に残ったのが俺とエステラ。


「ヤシロ。肩」

「ん?」

「濡れてるよ」


 寮母に借りたタオルで俺の肩をぽんぽんと拭いてくれる。


「結構濡れてるね」

「まぁ、二人入りゃどっちかは濡れるからな」

「ふーん……」


 こちらを見ず、ぽんぽんと丁寧にシャツを拭いてくれるエステラ。


「……紳士の風習、ね」


 そんなことを呟いた後、「はい、おしまい!」と、最後に振り上げたタオルで思いっきり俺の肩を叩いた。

 すぱーんと、乾いた音が鳴り、肩に鈍い痛みが走る。……てめぇ。


「ほら。早く上がろう。着替えないまでも、温かい部屋にいた方が風邪を引くリスクが少ないからね」

「ん。……だな」


 右肩と、ハム摩呂に抱きつかれた右脚がびしょ濡れだ。


「格好をつけて風邪なんか引けないもんね」

「カッコつけたんじゃねぇよ。……ただの、消去法だ」


 フェミニストや紳士を気取っているつもりもない。

 レジーナが雨に濡れて寒さで震えるのを横目で見つつ無視し続けるなんて選択肢は取れないからな。なら、残るのは自分が濡れるという選択肢。そっちの方がマシなだけだ。

 それは、隣が誰であっても同じだ。


「そういうところだけは変わらないね、君は」

「俺はずっと変わってねぇよ。初志貫徹。お金大好き。騙される方が悪い。自分の利益最優先、だよ」

「ふふ、そうだね。何も変わっていないよ、君は」


 なんとも含みのある言い方で言って、さっさと談話室へ向かう。


「安心するほどに、ね」


 去り際に、そんな言葉を残して。


 俺が今も昔も変わらない利己的な詐欺師だと分かって安心するとか……あいつはきっと頭のネジが一本残らず脱落しているか、相当のドMなのだろう。

 ガキどものお手本にはしたくないものだな。


 そんなことを思いつつ、俺も談話室へと向かった。







あとがき




よぅお越しやす。

宮地どす(はんなり)。


なに、京都!

めっちゃ楽しいんですけども!?

舞妓さんが肯定するときに囁く、「へぇ」って、可愛過ぎません!?


うぅ~む……京都、移住しようかな。


いや、でも、

京都の人はよそ者を受け入れないって、昔読んだちょっとエッチな本に書いてあったし……

でもでもっ、京都の人は心が温かくて、ちょっと天然で可愛らしいって、もっとエッチな本に書いてありましたしっ!

うん! 京都の人はいい人!


そうだ、京都行こう☆



というわけで、

ツイッターにたらたら呟きを漏らしていたのですが、

先日京都へ行ってきました。


今回のテーマは、


『清水の舞台から――』


よく、決死の覚悟のことを『清水の舞台から飛び降りるつもりで』などといいますが、

実際その場所に行ってみて初めて実感しましたね。


「飛び降りるより、突き落とす方が覚悟がいるな」と。


ヤシロ「清水の舞台から突き落とす覚悟で……ウーマロを犠牲にする!」

ウーマロ「なんでそうなるんッスか!?」


みたいな使い方が正しいです。きっと。



人生で初の清水寺でした。

八坂神社や金閣寺は学校行事で行ったのですが、

銀閣寺と清水寺は行ったことがなくて、

今回、清水寺と八坂神社に行ってきました!(ごめんって、銀閣寺! 次! 次お邪魔しますから!)


なぜ、学校行事の際に清水寺というメジャーどころに連れていってもらえなかったのか、

行ってみてようやく理解しました。


バス乗り場から清水寺までの間、

清水坂にはお店がいっぱい!


……うん。

ウチの学校の連中をあそこに放しちゃいけませんね。

野生のサルをバナナワニ園に放すようなものです。危険過ぎます。

八坂神社に行った時は、門のまん前にバスが止まって、敷地内から一歩も出るな的に見張りがいましたからね。



あはっ、信用ゼロだね、マイクラスメイツ☆



観光バスの中でも……



バスガイドさん「本日、ご案内させていただきます、バス・ガイド子です」

男子生徒「ガイド子さん、彼氏いるんですか~?」

ガイド子「秘密です」

男子生徒「おっぱい何カップですか~?」

ガイド子「秘密です」

男子生徒「ご両親は健在ですか~?」

ガイド子「はい、元気ですよ」

男子生徒「預貯金はいくらで、実家の資産はどれくらい自由に出来ますか~?」

担任「おい、この中に結婚詐欺を働こうとしてるヤツがいないか!?」



みたいな、アットホームなクラスでしたので、

まぁ、自業自得といいますか……


もちろん、真面目な生徒もたくさんいたんですよ。

物静かで、頭の切れるクラスメイトとか。



男子生徒「…………まったく、騒がしい。くだらない質問ばかりして…………聞くまでもなく、Dカップだろうに」



みたいなヤツがね!


さて、私はどちらのグループだったでしょう~か?

正解は…………



ガイド子「本日、運転を担当いたしますのは――」

宮地「私ですっ!」



運転手でした~!



ふっふっふっ……

意外なところに真実があるのですよ!




そんなわけで、

初めての清水寺だったわけですが……

はしゃぎ過ぎました…………orz


普段なら絶対買わない物まで、

めっちゃ魅力的に見えて……散財\(;▽;)/


衝動買いその1

『なんでやねん』と書かれた扇子


だって、関西ですし!

買わなきゃって!

これから冬ですけども!



衝動買いその2

ミニ大黒天(ぷにぷに)


御利益あるかなって!

面白い話書けるようになるかなって!

あと、ぷにぷにしてましたし!



衝動買いその3


茶団子4玉×6本

赤福8個入り

京都の可愛らしい和菓子18個入り

サツマイモのお菓子2個


だって美味しそうだったんですもの!

明らかに食べきれないけれど、毎日ちょっとずつ食べますもん!

多少期限過ぎても大丈夫ですもん!



京都はワンダーランド、

ついつい財布の紐が緩くなってしまうのです。



それから、

お寺や神社で賽銭箱を見つける度にお賽銭入れてお願い事してきました!

これだけたくさんお願いしたら、きっとどこかの神様が叶えてくれるはずっ!

気が付いたらお札を崩すほどにお賽銭してましたけどねっ☆



そんな楽しい京都旅行だったのですが、

今回の目玉はもう一つ――町屋に宿泊!


京都といえば町屋!


通り土間があって中庭があって、押し入れの中に物凄く急な階段がある、

ちょこっと住みにくくも趣ある、なんだか懐かしいお家!

そこに泊まってきました!!


もう、お祖母ちゃんの家に遊びに来た親戚の子状態で大はしゃぎでした。

掘り炬燵にもぐってみたり、中庭に面した専用露天風呂とか……


出来ることなら一週間くらい宿泊したかったです。

お友達とこもると面白そうな感じでした。

……お友達、いたらよかったのになぁ。



とにかく、京都って町はどこもかしこも、

初めての場所でもどこか懐かしい空気に包まれている

そんな町でした。


また行きます!


今度こそ、銀閣寺に!

あと平等院!

物凄く目立って、

来年か再来年の十円玉にチラッと見切れてやろうと画策中です!

皆様のお財布の中に私が駐在する日も、そう遠くはないかも、です!!





さて、本編では、

一年前のことなんかを思い出したりして

みんながどことなくノスタルジーを感じたり、甘えたり、寂しがったり、

そんな感じでした。


レジーナと相合傘、再び。


レジーナって、なんだかんだとヤシロに大切にされてますよねぇ。

距離感といい、空気感といい、

状況が状況だったらメインヒロインも狙えたかもしれないくらいに……


と、考えると、エステラ的にライバルはレジーナ!?

ジネットはちょこっと別枠な感じですし、

マグダやロレッタは、これもまた違うカテゴリーのような。

で、考えてみると、エステラとレジーナって、ちょっと近しい、かも?

エステラはエステラで、結構特別扱いを受けていたりしてますし……エステラがメインヒロインでもお話は成り立ちそうですし……


と、そんな二人を一緒にしてみました!

ラブが、ちょこっと動きそうな予感?


はたまた、お乳がちょこっと揺れそうな予か……あ、片方の人は揺れませんね、絶対。



エステラ「この世に絶対などないっ!」



みんながそれぞれヤシロに対して思っていることをチラ見せした回でした。

で、そんなもんを見せられてヤシロが悶々とするという、

そんな日常。


人に感謝されるのが苦手な人って、いますよねぇ。



それはそうと……


おっぱい張りつきシャツは、無形文化財に推奨されるべき尊いものだと、私はそう思います!



次回もよろしくお願いいたします。

宮地拓海

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