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異世界詐欺師のなんちゃって経営術  作者: 宮地拓海
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346/854

無添加1話 何かがおかしい日常風景

 それは、ボクが四十二区の領主になって初めての……いや、ボクが生まれてから初めて起こった騒動だった。


 それは静かに、でも確実にこの街に忍び寄り、そして少しずつ脅威の種をまき散らしていたのだ。

 そう、まるで身体をむしばむ毒素のように。

 むしばまれた者に自覚はなく、気が付いた時には取り返しのつかないことになっている。そんな、甘い猛毒のように。


 それが始まったのがいつなのか、ボクには分からない。

 けれど、その騒動に気が付いたのは、紛れもなくあの瞬間だった。


 あの日。

 らしくない人物が、らしくない深刻な顔でボクに会いに来た、あの日――





「エステラ様。ご面会のお客様です」

「面会?」


 変に神妙な表情を見せるナタリアに違和感を覚えつつも、ボクは窓の外へと視線を向ける。

 日はとうに落ち、空は真っ暗。

 書斎で書類とにらめっこするのもそろそろ切り上げようかと思っていた頃合いで、つまりそれは、面会に訪れるにはあまりに非常識な時間帯だということだ。


「領主になったとはいえ、ボクはレディだよ? こんな非常識な時間に面会に来るような人とは会えないよ」

「それはそうなのですが……」


 ナタリアが言いよどむ。


 こんな時間に、こちらの迷惑も顧みずに押しかけてくるのはヤシロくらいで、もし面会人がヤシロであれば、ナタリアはボクの許可も得ず勝手に招き入れてしまう。……その点に関しては、いつかじっくりと話し合う必要があるかもしれないけれど。


 しかし、今回はボクに伺いを立てに来た。

 それは、本当に珍しいことなのだが、ナタリアが判断に迷っているということだ。


「正直に申しますと、私も戸惑っているのです。普段でしたら、ウィットに富んでほのかにエロスの薫る小粋なジョークで弄った後に追い返すところなのですが……」

「……要するに、そーゆーカテゴリーの人間なんだね」

「ですが……」


 言いよどむナタリアは、なんとも複雑な表情をしていた。

 職務を全うするべき給仕長としての立場と、気心の置けない友人――その友人は高確率でボクの友人でもあるわけだけれども――の、望みを聞いてやりたいという思い。そんな二つの感情の狭間で揺れ動いているような、そんな表情だ。


「いいよ。通して」


 ナタリアが迷うということは、規律を乱してでも話を聞いてやりたいような相手なのだろうし、そんな人物なら、ボクだって力になりたいと思うことだろう。


「申し訳ありませんでした。エステラ様に判断を委ねるような真似を」

「いいよ。ボクは領主だからね。決断はボクの領分さ」

「……お強く、なられましたね」


 誰かさんのおかげでね――とは、口に出さずに、軽い笑みを返しておく。

 ナタリアは静かに頭を下げて書斎を出ていく。

 さ~て、一体誰がやって来るのかなぁ……と、何人かの顔を頭の中に浮かべていたのだけれど、実際に現れたのは予想外の人物だった。


「夜分遅くに、ごめんなさいです」

「……ロレッタ?」


 そして、予想外の訪問者は、予想外なほど神妙な面持ちで、この上もなく予想外なことを言ってきた。


「実は、あたし…………四十二区を離れようかと、考えているです」

「えっ!?」


 そう言ったロレッタの顔は、決して冗談を言っているような表情ではなく……けれど、決してそうしたいと望んでいるわけではなく、それすらも考慮しなければいけないような深刻な悩みを抱えているのだとよく分かるような表情で――


「悩みがあるなら、ボクより前に相談する相手がいるだろう?」


 ボクは、この妙な胸騒ぎから逃れるように軽い口調でアドバイスをした。


「君の職場にいるじゃないか、この街一番のお人好しがさ」

「いえ……あの…………」


 それで万事うまくいくと思っていた。

 ロレッタがどんな悩みを抱えていようと、きっと彼なら――ヤシロならうまくやってくれると。

 けれど。


「お兄ちゃんには、内緒にしておいてほしいんです」

「…………え?」


 それが、一番予想外の言葉だった。




☆★☆★




「おかしい……」


 俺は、目の前の光景を見て、そう呟かざるを得なかった。


「ダ~リンちゃん。オシナをこのお店で雇ってくれると、オシナ的に超はっぴ~なのネェ」


 呼んでもない面倒事が、向こうから勝手に転がりん込んできやがった。

 なぜだ……俺はそこのフラグは立てていないはずなのに。むしろ率先してへし折ってきたはずなのに!


 つか、ここ最近四十一区には行ってすらないのに!


「オシナのお店、モゥ完全無欠に経営難なのネェ。だから、お店を畳んで第二の人生歩もうって思っているのネェ」


 その第二の人生が、なぜ陽だまり亭なんだ……


「オシナ的に、やっぱり出来ることってお料理しかないのネェ。だから、特技を活かした転職ネェ~」


 オシナは四十一区に店を構えていた料理人だ。

 褐色の肌に黒いロングヘアーがオリエンタルな色気を醸し出す美人で、おっぱいのサイズはCカップ。

 大通りから二本奥の路地、いわゆる『二本目』という四十一区的にはなかなかの好立地に店を構えていたオシナだが、経営が危ないからと大荷物を抱えて陽だまり亭へと押しかけてきたのだ。


「それにこのお店なら、メドラちゃんも来やすいからネェ~」


 それが一番の問題なんだよ!

 このオシナというのは、いつも笑顔を絶やさないおっとり系美女であり、あのメドラの親友でもある。

 オシナあるところにメドラあり……こいつがそばにいると、漏れなくメドラとのエンカウント率が爆上がりしてしまうのだ。

 なにせメドラは、オシナの店でしか外食をしないというほどにオシナの料理に惚れ込んでいるのだから。

 ジネットの料理に惚れ込むエステラのように。


「四十一区へ帰れ」

「冷たいネェ~、ダ~リンちゃ~ん!」


 一本線で描いたようなにっこり目に涙を浮かべてオシナが抱きついてくる。

 やめろ! 年甲斐もない!


 そう、オシナはこう見えて……メドラと同じ歳なのだ。

 どう見ても二十代なのに、実年齢は…………

 美魔女というヤツだ。……女は恐ろしい。


「とにかく、ウチは十分手が足りてるんだ。新人なんぞいらん」

「副料理長でも、オシナ的にいいけどネェ?」

「物凄い厚かましいこと言ってるって自覚、あるか?」


 マグダとロレッタを抜き去って一気にナンバー2に置いてくれって……それはさすがに無理があるだろう。


 ウチの従業員は要領がよく、ホールに二人いればほぼ事足りる。

 そればかりか、ピンチの時には駆けつけてくれる助っ人がたくさんいるんだ。デリアにノーマにパウラにネフェリー。

 それに、ハムっ娘たちもフロアの研修をしていたりする。どう転んでも人材不足にはなりようがないのだ。


 ……とはいえ。


「問題がないわけじゃ、ないんだよな……最近は」


 自然と、視線がある店員へと向かう。


「はい、ビーフカツレツお待ちどうさまです!」

「おいおい、ロレッタちゃん。オレが頼んだのは焼き鮭定食だぜ?」

「へ…………はぅ!? ご、ごめんなさいです!」

「あぁ、まぁいいよいいよ。陽だまり亭は何食っても美味いしな」

「そーそー。ロレッタちゃん、気にしちゃダメだぜ」

「へへっ、お前みたいな脂っこい顔したヤツにはカツレツがお似合いだってことだよ」

「ちがいねぇな」

「うっせぇぞ、てめぇら」

「あ、あの……本当に、ごめんなさいです」

「「「「いいっていいって。ロレッタちゃん可愛いからなんでも許しちゃう」」」」


 トルベック工務店の大工四人が息ぴったりに気持ち悪い声を出す。

 いつもなら「気持ち悪いくらいに息ぴったりです!?」とかってツッコミが入るような場面なのだが……


「やっぱ、ロレッタおかしいよなぁ……」

「ン~? ツッコミがないのが気になるのネェ?」


 あぁ、いや。それが気になるというか。


「あいつはあんなミスをしないヤツなんだ」

「ワァ、あの普通な娘、ダ~リンちゃん的に高評価なのネェ。すごいネェ」


 ロレッタは、仕事に対していつも前向きで、ひたむきに努力を積み重ねるようなヤツだ。

 そのため、今では一人で店番を任せても安心出来るくらいに成長していた。……はず、なのだが。


「最近、あぁいう初歩的なミスが多いんだ」

「……ロレッタは最近、ボーッとしていることが多い」

「お、マグダ。いたのか」

「……壁に耳あり、背後にマグダ」

「いや、そんなことわざはねぇよ……」


 そういう状況ならしょっちゅうあるけどな。マグダに背後を取られるのは。


「ンフ~。ちっちゃいちっちゃい、可愛い娘ネェ~」

「……ふふふ、それはもう。『陽だまり亭の看板娘と四十二区のマスコットガールを兼任してるッス!』と、話題沸騰中のマグダだから、当然」

「その語尾からして、沸騰してるのはあのキツネの中だけでだろう……」


 マグダの一次ソースはウーマロであることが多いんだよな。とんだ偏向報道だ。

 まぁ、誰も不利益を被らないから可愛らしいもんだけどな。


「で、ボーッとしてるのか?」

「……している。昨日のことになるけれど、昼過ぎの暇な時間に、ベッコ、ウッセ、ポンペーオが続けて来店した際、ロレッタは『いらっしゃいませ』を言わなかった」

「それは、あえて無視したって可能性もないか?」

「……あり得なくはない。けれど、ロレッタはそういうことをするタイプではない」

「だな。あいつなら、もっと分かりやすく弄るはずだ」

「お客さんを弄るのはセーフなのネェ、このお店。うふふ、面白いネェ」

「……来店時のご挨拶は接客業の基本。たとえ『そーゆージャンル』の人種でも、接客業に従事する者として最低限の対応はするべき」

「あぁ、まったくその通りだ。最底辺にも最低限は必要だ」

「くふふふ、面白い営業方針ネェ」


 オシナが楽しそうに肩を揺らし、俺とマグダが割と真剣に考え込んでいると、アッスントが店にやって来た。


「御免ください。あぁ、よかった。ヤシロさんがおいでで」

「あぁ、困った」

「……うーん、まいった」

「あの……ちゃんと注文しますから、最低限の接客はしていただけますか?」

「ぷくふぅー、くふふふ!」


 おろおろと、迎え入れてもいないアッスントが勝手に店内へと踏み込んでくる。不法侵入か。自警団に突き出してやろうかな。

 ……と、ホールを見ると、ロレッタの姿はなかった。厨房に入ったようだ。


「少し、お耳に入れたいことがありまして」

「嫁の下着の色か?」

「……ご興味が、おありなんですか?」

「いいや、特にはないが、どうしても教えたいと言うのなら聞いてやらんでもない」

「お教え致しかねますね。それは最重要機密ですので」

「――ということは、お前は知っているわけだ。見たんだな? エッロ」

「……卑猥の権化」

「見た前提で話を進めないでくださいと言うべきか、夫婦なんですから問題ないでしょうと言うべきか、最適な回答が思いつきませんが、とりあえずやめてください。私の沽券に関わります」


 アッスントは小難しい顔をして腕組みをする。ブタの鼻からため息が「ぶぴー」と漏れる。

 気を利かせたのか、俺の向かいに座っていたオシナが席を立ち、アッスントに席を譲る。

 そして、俺の隣に来てにこにこと椅子に腰掛ける。

 ……気遣ったんじゃねぇな、これは。


「少々、気になることがあったのですよ」


 小難しい顔をして、アッスントが俺の目の前の席に腰を下ろす。


 ……と。

 本来ならこういうタイミングで来客に水が出されるのだが…………ロレッタは相変わらずホールにいない。

 マグダがいるから問題ないと思っているのか……いや、これまでのあいつなら他人任せにはしないで、自分でホールの状況を確認し、自主的に行動していたはずだ。


「すまん、アッスント。話の前にちょっといいか?」

「はい? なんでしょう」


 お前に用件があるわけではない、と目で伝え、俺は厨房へ声を向ける。


「ロレッタぁー、客に水ー!」

「は、はいです!」


 慌てた様子で飛び出してきたロレッタ。

 手にはきちんと水差しを持っている。

 が、こちらを向いてぷっくりと頬を膨らませる。


「マグダっちょ、いるじゃないですか」


 だったら代わりにやってくれればいいのに、とでも言いたげだ。

 だが、それがもうおかしい。

 ロレッタは、そこに誰がいようが、「あたしがやるです!」と、全力で前に出てくるタイプの人間だったはずだ。特に、陽だまり亭に関することならば。


 やっぱり、こいつはちょっとおかしい。


「はい、アッスントさん。お水です」

「ありがとうございます」

「そういえば、『いらっしゃいませ』って聞こえてないです、よね?」

「おう、言ってないからな」

「ちゃんと言ってです!?」

「……ごめん。マグダは、アッスントに対してあまりいい印象を持っていないため、心を込めた接客とかしたくないと思っているから……」

「あの、マグダさん……冗談でもちょっと傷付くのでやめてくださいね」

「……『精霊の審判』をかけてもらってもいい」

「個人の感情に精霊神様は裁きを下されませんよ!? ……の、前に、その自信満々な言い草に傷付きまくりですからね!?」



 好きな相手に「嫌い」と言っても、それは『精霊の審判』には引っかからない。会話記録(カンバセーションレコード)を使っても判断のしようがない事案だからな。


 けれど、これだけははっきり言える。

 マグダはアッスントがさほど好きではない!


「マグダ。ミートゥ」

「何に同意したのかはあえて聞きませんが、一応お客として来ているのですから、相応の対応をしてくださいませんかね?」


 握手を交わす俺とマグダの間に割り込んで俺を見てくるアッスント。……顔、近いっつの。


「それで、アッスントさん。ご注文はお決まりです?」

「そうですね……では、カレーをいただきましょうか」

「承りましたです! ……カレー……カレー……カレー……」


 先程の失敗が応えたのか、間違わないように小声で注文を反芻している。


「カレー……芳醇な香りで、コクがあって、一口食べるとパラダイスを体感出来る、辛さと美味さの絶妙なコラボレーション…………じゅるりっ」


 どうにも、脳内でカレーの妄想が広がったらしく、ロレッタはよだれを垂らして盛大に腹を鳴らした。

 腹、減ってんだろうな。


「……ぴりっと辛い香辛料が食欲をそそる……」

「……タコス」

「……そう、タコス。あのピリ辛のサルサソースが舌を幸福感で包み込み……」


 ぶつぶつ言いながら厨房へ引き返していくロレッタ。

 ……つかマグダ。なんで「タコス」って呟いた?


「気のせいかもしれませんが……タコスが出てきそうな予感がするのですが」

「奇遇だな。俺もそんな気がする」

「まぁ、タコスでも構いませんけれどね。食にこだわりは、あまりない方ですので」

「どうにも最近ボーッとしててな」

「ロレッタさんですか?」

「あぁ。ちょっと休ませた方がいいかもしれんな」

「そうですねぇ。いくら好きとはいえ、体力は有限。疲れも溜まるでしょうし、好きだけで乗り切ろうとすると体調を崩してしまうこともあるでしょうし……って、なぜ私がヤシロさんのお話を聞く立場になっているんですか? 私の話を聞いていただきたくて参ったというのに」


 険しい顔で水を飲み、会話の流れを断ち切るアッスント。

 このまま話せば自分の話が出来ないと踏んだのだろう。なんて自己中なヤツだ。


「……ブタちゅう」

「なんですか、その可愛らしい悪口は。むしろちょっと嬉しいですよ」


 確かに、どこぞのゆるキャラみたいなニュアンスになってしまったな。

 ち、不愉快な。


「で、なんなんだよ。話って」

「実は、四十一区での話なのですが……」

「他所の区の問題を四十二区に持ち込むなよ……」

「いえ、それが対岸の火事で済まない可能性があるのですよ」


 アッスントがわざわざ忠告をしに来るなんてのは、得てして面倒くさいか煩わしい問題であることがほとんどだ。

 取り越し苦労の無駄話をしに来るようなヤツではないからな。


「聞きたくないけど、一応聞いておこう」

「では……。四十一区内で活動している行商人が襲撃されるという事件がありまして」

「襲撃?」


 穏やかではないその情報に、黙って聞いていたマグダとオシナの表情も若干硬くなる。


「襲撃事件自体はままあることなのですよ。ならず者ギルドの者たちや、定住地を持たない者、他所からやって来た不届き者が金品や食料を狙うという事件自体は」

「結構物騒なんだな」

「四十二区にいては出会わないような事件ですからね。ここ以外ではそう珍しいことではないのですよ」


 仕事しろよ、自警団。


「高級品を扱う行商人は、腕の立つ用心棒を雇っているくらいでして……と、それはまぁ、今は置いておきましょう。今重要なのは……」

「四十一区の行商人が襲われた事件、か」

「えぇ。彼は食料の売買を主に行う商人で、その時も様々な食料を荷台に積んでいました」

「そこを襲われた、と」


 賊は一人で、大きな袋がいっぱいになるくらいの食料を強奪していったのだそうだ。


「まぁ、商人に怪我はなく、被害額としても、決して安くはありませんが甚大と言うほどでもない、その程度で済みました」


 手痛い損失ではあるが、ギルドを上げて大騒ぎするほどではないレベルなのだという。

 少なくとも、懸賞金をかけて賊の首を狙うほどではないのだとか。

 ……そんな制度あるのかよ。よかった、俺懸賞金とかかけられなくて。ここに来たばっかりの頃に指名手配はされたけど。


「その話の中で気になったのが、賊が口にしたとある言葉……なのですよ」


 もったいをつけて、アッスントが俺たちの注目を集めるように指を一本立てる。

 グッと身を乗り出し次の言葉を待つ。


「賊はこう言ったそうなんです――『ポップコーンはないのか』と」

「……ポップコーン」


 マグダが小声で呟く。

 自身の得意料理の名が出て、思わず漏れ出してしまった言葉なのだろう。

 賊がポップコーンを狙った。日本で聞けば笑い話になるかもしれないが、ポップコーンは甘味の少なかったこの近辺の区にとって革命を起こした一品だ。

 少なくとも、四十二区から三十五区までの、かつて陽だまり亭が屋台を曳いて歩いた区の間では話題のスイーツとなっている。

 三十五区の方ではケーキよりも有名なスイーツというポジションだ。向こうの方ではケーキの販売までは出来なかったからな。


「それで、その賊に襲われた商人がうっかり口を滑らせてしまったのですよ。『ポップコーンが食いたけりゃ、四十二区へ行け』と――」


 その言葉に、俺の背筋に自然と力が入る。

 賊が……四十二区に?


「当然、迂闊な発言をした商人には厳しい指導をしておきましたが……」

「そういや、お前ってこの辺一帯の責任者なんだっけ?」

「はい。流行の発進地四十二区から四十区までを統括する責任者です」

「……すげぇポジティブな捉え方になったな」


 以前は最貧三区という扱いだったはずだが。


「とにかく、ポップコーンを狙ってる甘党な賊がいるから、陽だまり亭や移動販売の屋台は気を付けろってことだな」

「はい。もし万が一、陽だまり亭やみなさんに何かあったら……本部に多額の賠償請求も辞さない覚悟です」


 アッスントの目がマジだ。

 アッスントの管轄する地区の行商人の発言が発端となり、まかり間違って陽だまり亭関係者に被害が及んだり、あまつさえ怪我人でも出ようものなら、その責任はアッスントへと向かい、また個人的な感情として俺たちとの友好的な関係にヒビが入りかねない……とか、そんなことを考えているのだろう。


「……ヤシロさんとの友好関係に傷を付けようものなら、本部といえど……潰してやりますよ」

「俺を勝手に祭り上げるんじゃねぇよ」


 本部よりも優先するような相手じゃないだろうが。

 お前らの俺に対する評価がちょっと怖ぇよ。


「もし何かありましたらすぐにご連絡ください。なんなら、護衛隊を結成して派遣いたしますので!」

「そこまでしてもらわんでも……まぁ、何かあったらすぐに伝えるよ」

「ふぅ……まったく。最近の若い者は、迂闊というか、緊張感が足りないというか……」


 オッサンじみた小言を漏らすアッスント。

 まぁ確かに、俺が来る前のこの近辺でなら迂闊な発言はそのまま自分たちの首を絞めることになり、最悪ギルド崩壊すら招きかねない事案だ――と、こいつなら考えただろうな。


「……平和ボケですかね。まったく」


 不満そうに、コップの水を飲み干すアッスント。

 だが、平和ボケしてんのはお前なんじゃないのか?

 以前のお前なら、その辺の教育を徹底的にやってたろう。それが最近は豆板醤やその他の新しい商品の取り扱い、販路拡大に意欲を燃やしているようで、他者を手玉に取るための講習会は開かれていない様子だ。

 アッスント曰く、「必要のないスキルの習得に時間を費やすことは浪費ですから」だそうだ。丸くなったなぁ、ホント。


「お待たせしたです」


 アッスントの愚痴が一通り終わったタイミングでロレッタが俺たちのテーブルへと戻ってくる。

 出来たての料理が載った皿を差し出しながら、アッスントへ料理名を告げる。


「ナポリタンです!」

「…………」

「…………」

「…………」

「…………」


 俺、マグダ、オシナにアッスントが揃って無言のまま皿に盛られたナポリタンを見つめる。


「あ、あれ? どうしたです? めちゃめちゃ美味しそうですから、冷めないうちに食べてです」

「え~っと、いや、まぁ、別に問題はないのですが……これは、どうしたものでしょうか…………」


 食にこだわりがないらしいアッスントではあるが、さすがにこれは戸惑いを隠せないようだ。

 これでタコスだったら、「やっぱりか!?」ってツッコミも出来たのだが……


「ロレッタさん。疲れが溜まっているのでしたら、精の付く物でもお持ちいたしましょうか?」

「へ? い、いや、あたし元気ですよ? どうしちゃったです、アッスントさん?」

「どうしちゃったはお前だ、ロレッタ」

「……え?」


 こいつ、マジで気が付いていないらしい。


「マグダ、教えてやれ」

「……アッスントが注文したのはカレー」

「えっ!? ……そ、そうでしたっけ?」

「……そして、マグダがボケたのはタコス」

「へ……ボケ?」


 まったく理解出来ていないロレッタがぽか~んとしている。

 こいつは、いよいよもって深刻な事態だ。


「あの、みなさん。どうかされましたか?」


 厨房での仕事が一段落したのだろう、ジネットがホールへと出てきた。

 ゆっくりとした足取りで俺たちの席へとやって来る。


「大きな膨らみをゆっさゆっさと揺らしながら」

「ヤシロさん。こういう状況ですので自重されてはいかがですか?」

「ダ~リンちゃんはよくも悪くもブレないのネェ」

「……ヤシロだから仕方ない」

「…………」


 ……参加しない、だと!?


 こういう流れの時、ロレッタは必ず一枚噛むべく何かしら一言寄越してきていた。

 これまでずっとそうだったし、何よりロレッタ自身がそういうノリをとても気に入っていたはずだ。


 それなのに、今回は無反応。

 というか、気付いてすらいない様子だ。


「……これは、深刻な状況」


 マグダが眉根を寄せる。

 あの無表情を極めたマグダの眉根を寄せさせるとは……相当な大事件だ。


「ロレッタ。何か悩みでもあるなら俺たちに話して……」

「な、悩みなんか、とんでもないです!」


 俺の言葉を遮って、ロレッタが大袈裟に両腕を振る。

 悩みがとんでもないって、どういう状況だよ……


「ロレッタさん」


 あからさまにおかしな反応を見せるロレッタに、ジネットがゆっくりと歩み寄る。

 心配する心が隠し切れていない、精一杯平常心を装った表情で。


「無理にとは言いませんが、もし何かがあって、しんどいなぁと感じられた時は、どうか、わたしたちがロレッタさんのそばにいることを思い出してくださいね」


 そして、そっとロレッタの手に自身の手を重ねる。

 指先だけを軽く曲げて、踏み込み過ぎず、でもしっかりとここにいるのだと主張するような強さで手を握る。


 そんなジネットの言葉に、ロレッタは……


「……だ、大丈夫……です」


 視線を逸らした。

 俺たちには話せないことらしい。

 ジネットの眉が寂しそうに歪む。


「……そうですか」


 静かに言って、無理矢理明るい声を出す。


「では、引き続きお仕事を頑張りましょうね」

「……はい、です」


 しゃべりたくないなら聞かない。

 そうして、いつも通りに過ごしましょうと、ジネットなりの気遣いを見せる。


 まぁ、ロレッタも年頃の女の子だ。

 人には話しにくい悩みくらい持っているのかもしれない。

 下手に突き回すと拗らせてしまいかねないし……もうしばらくは静観しておくべきだろうか。


 とはいえ、マグダが物凄く「気になる!」みたいな顔をしているから、ロレッタが気付かないところでじっくりと観察したりするのだろう。

 情報収集は出来そうだし、ロレッタが何に悩んでいるのかくらいは探っておいてもいいだろう。それを知った上で対応を決めるのも一つの手だ。


「じゃあ、客が少ないうちに賄い食っちまえよ。マグダも一緒にいいぞ」

「……ふむ。ではマグダはカレーを食べようかと思う」

「マグダさん、それは私への当てつけか何かですか? 別に構いませんけども」


 アッスントが苦笑を漏らす。

 微かに和みかけた空気の中、ジネットの質問がロレッタに向かう。


「では、ロレッタさんは何が食べたいですか?」

「あのっ、あたしは……ま、またあとでいいです!」


 ……おかしい。

 賄いは客足を見つつ、不定期な時間に取ることになっている。

 取れるうちに取っておくのは、自分のためではなく、それ以外のメンバーのためにも必要なことだ。それを「あとでいい」とは……今までのロレッタなら、そんなことは言わなかった。


「あ、あの……ちょっと、一人で食べたい気分で…………あは、あはは」


 そんな意図はないのだろうが、間接的に「一緒に食べたくない」と言われたマグダが耳をぺたりと寝かせる。


「……じゃあ、一人で食べてくる」


 マグダが拗ねた。

 分かりやすく拗ねて、構ってほしそうに尻尾を振って厨房へ向かう。

 こんなにも分かりやすく構ってアピールをしているのに、ロレッタはそれに反応を見せない。「あぁ! そういうつもりじゃないです! 分かったです、一緒に食べるです! むしろ一緒に食べてくださいです!」……なんて反応を期待したのだが……


「じゃあ、その間あたしがホールを見ておくですから、店長さん、先に休んでいいですよ」


 そんなことを言って、俺たちの席からさっさと離れていってしまった。


「何か、あったんでしょうか?」


 あからさまにおかしいロレッタを心配して、ジネットが泣きそうな顔をしている。


 そうだな……

 かつてロレッタがこんな感じになっていたのって……弟妹たちの就職先がないと悩んでいた時と、悪質な地上げ屋に粘着されていた時か……


「借金でも抱えちまったんじゃないだろうな?」

「えっ!?」

「あ、いや。確証はない。ただのたとえ話だ」

「そう……ですか」


 ほっと息を吐くも、ジネットの表情は冴えない。

 借金は、つらいからな。


 けれど、もしそうなら俺たちに話さない理由も頷ける。

「迷惑をかけたくないから」なんて、あいつの考えそうなことだ。

 もしくは、俺たちの知らない誰かとても大切な人の借金を抱え込もうとしている……とか。


「どこかに思い人がおいでになって、その彼が多額の借金を抱えている……なんて可能性も考えられますね」


 アッスントが、俺の考えていたのと似たような可能性を挙げる。

 同じタイミングで同じようなことを考えていたらしい。


「もし、ご結婚を考えられているような仲であるならば、ご自身の力でなんとかしようと考えられるかもしれませんね」

「ロレッタさんに、そのような方が……?」

「いえいえ。これも一つのたとえです。確証はございません」


 まったくだ。

 ロレッタがどこの馬の骨とも知れん男にうつつを抜かすわけがないだろうが。

 もしそんなヤツがいるなら、まず真っ先に俺のところに挨拶に来させなければいけない。俺はロレッタの兄代わりでもあるからな。保護者も同然なのだ、俺は。


「……アッスント。ロレッタの周辺を洗うのに適した連中に心当たりはないか?」

「あの、ヤシロさん……たとえば、ですよ? ロレッタさんに悪い虫が付いたと決まったわけではありませんので、そんな邪神のような顔はなさらずに……ね?」


 いやいや、しかしだ。

 ここ最近ロレッタはちょっと雰囲気が変わったのだ。

 以前のようなやかましい元気娘から、ほんの少し影のあるお淑やかな女子のような雰囲気に。

 …………恋か? 恋、なのか!?


「………………アッスント、武器屋って、どこにあるっけ?」

「ヤシロさん、落ち着きましょう! 大丈夫、ロレッタさんのことです、そのような相手がもし万が一にも、限りなく少ない可能性のなか存在していたとしたら、真っ先にヤシロさんへご報告に上がっているはずです! それがないということは、そのような相手はいないということです!」


 もはや他人には任せておけない。

 俺が直接ロレッタを見張って……と、視線を向けたまさにその時。


「……ぁ」


 糸の切れた操り人形のように、ロレッタが床へと倒れ込んだ。


「ロレッタ!?」


 椅子が倒れ騒がしい音を鳴らす。

 俺とジネットが同時に駆け寄り、すぐあとにマグダが駆けつける。

 抱き起こしたロレッタの顔は、真っ白だった。



 これは、ちょっと様子を見ようなんて悠長なことは言っていられそうもないな。







あとがき




ご無沙汰しております!

「お風呂にします? ご飯にします? そ・れ・と・も――

お前を蝋人形にしてやろうかぁー!?」


で、お馴染みの宮地です。

長らく留守にしておりましたが、またしばらくこの近辺に住み着かせていただくことになりました。


しばらくの間、ゆる~く、まったりとお付き合いくだされば幸いです。



さて!


さて皆様!



せーの!



レビューをいただきましたぁ~!

ヾ( ̄ー ̄)ゞヾ(_ _)〃ヾ( ̄o ̄)ゞヾ(_ _)〃


それも、前回のこぼれ話の後、


9件も!


半年以上もお返事出来ずに申し訳ありませんでした。

遅ればせながら、お一方お一方丁寧にお返事させていただきます。


一応九話以上続く予定のお話ですので、一気にではなく、お一方ずつ。

ですので、(半年待たせた上で言いにくいのですが、)

もうしばしお待ちください。



では、最初の方から! 

感想欄でも絡んでいただいた(レジーナが喜びそうな意味合いではなく)方です。


[2017年 12月 24日 21時 00分] の方!


投稿日がクリスマスイヴじゃないですか!?

なんて素敵なプレゼント! ありがとうございます。


クリスマスの空気もあったのかもしれませんが、なんだかとっても心がほんわかする内容となっていました。言葉の端々から温かい気持ちが感じられて、ヤシロ、愛されてるなぁと、嬉しくなりました。

つらいことも苦しいこともある波乱万丈な物語の終着点がこういう場所であるならば、それはきっと幸せなんだろうなと思えるような、そんな雰囲気の空気を感じさせてくれる温かい文字の運びが印象的で、言葉選びが素直だからこそ伝えたいことが素直に伝わる、そんな文章でした。


時間が経った後、ふとまた触れてみたくなる陽だまりのような温かさのあるレビューでした。どうもありがとうございました!!




ありがたいですねぇ。

簡単そうに見えて、文章を書くっていうのは本当に難しいんですよね。

特に、誰かに何かを伝えるための文章って。


頭を使って、心を込めて、

自分の中から言葉を探し出してくる。

その作業は、思うよりも大変で、困難で、殊の外カロリーを消費するんです。


それなのに、こんなにたくさんの方にレビューをいただけて、

本当にありがたいです!

さぁ、もりもりお返ししていきますよ!

感謝の気持ちを、素直な言葉で、時におっぱいを交えつつ!


もちろん、ヤシロたちを待っていてくださった皆様にも、

本編という形で感謝の気持ちをお伝えします!


時におっぱいを交えつつ!



そんなわけで、

随分とご無沙汰してしおりました。


またのんびりと、

割とどーでもいいお話を、

そこそこの期間でお届けさせていただこうかと思います。


異世界詐欺師『無添加』です!


……えぇ、まぁ、ネーミングセンスって言葉自体は知っているんですが、

具体的にどういったものかまでは……


添加物って、いろいろな解釈はあると思うんですが、

要するに、見栄えをよくしたり、味をよくするために取り入れるものではないかと、

すっごく雑に言うとそうも言えると思うんです。


で、それらがない、無添加。


つまり、今回のお話は……



「山とか谷とか、ないんだからねっ!」



そんな思いを込めた副題です!

あと、無添加というと、なんとなく「手を加えていない、そのままの、ありのままの姿」みたいなイメージがありまして(決してそうではないのですが)、

いつもの、素の四十二区メンバーの姿を描こうかと、そんな意味の副題です。



少し分かりづらいですか?

では、比喩を用いて解説しましょう。



寄せて上げて、パッドとか入れて、

形もボリュームも魅力度増し増し! な、おっぱいが『添加物あり』だと考えた時、

(様々なアイテムを使って創り上げられたおっぱいもまた尊いと考え、その完成された芸術性を称えることもまたおっぱい賢者たるものの務め)


何も加工しない、ありのままの、

寄せも上げもしない、詰め物もなく、

なんならラインを美しく見せるブラすらしない、

タンクトップだけかる~く着た『素乳』――ノーブラおっぱいこそが『無添加』と言えるわけです!


大人の雰囲気漂う社交場ならば、添加物ありの芸術性もよいでしょう。

でも、今私が訴えたいのは、無添加の魅力。

それはまさしく、生まれたままの、いうなれば神が生み出したる芸術!

大自然の鼓動が、聞こえてくる気がしませんか!?


そんなありのままの姿を、ありのまま描(えが)きたい!

そんな思いを込めた副題なわけで…………え、いや、ノーブラの話じゃないですよ?

登場人物全員ノーブラタンクトップとか、そういうお話ではないです。

そしてそれ、おそらく健全な『小説家になろう』様では描(えが)けないです。


内容は、ちゃんと健全です。

書いている人は、……もう………………ね。ちょっと、アレですが……

でも、内容は健全です!


その証拠に、本編には「おっぱい」って単語が一回しか出てきていません!

(あとがきではすでに七回出てきていますけども!)



……しまったなぁ、

久しぶりのあとがきだから爽やかに行こうと思っていたのに…………いや、後悔して、心折れて、それで諦めてしまうなんてもったいない!

私の人生は、まだまだこれから先もずっと続くのだから!

そう!

今です!

今、この瞬間からもう一度チャレンジするのです!


爽やかな、あとがきに!



いやぁ、夏って本当に素敵な季節ですよね☆




……ノーブラタンクトップ目当ての発言にしか聞こえないっ!

ちきしょー! なぜだぁ!?




今年の夏は暑いそうですから、きちんと対策を講じて、

元気いっぱい乗り切りましょう!



※今回は、5日に1回くらいの頻度での~んびりと更新する予定です☆

感想返し頑張るから! ごめんね☆ にゃはっ!



次回もよろしくお願いいたします!

宮地拓海


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