239話 三大ギルド長集結
「地下でちゃんと繋がってたよ~☆ 海っ☆」
マーシャがタライの中で自慢げな顔を見せている。
日が傾きかけた夕方。
全身ずぶ濡れのマーシャがデリアに担ぎ込まれてきた時は何事かと思ったのだが、話を聞くと、マーシャは泳いで四十二区まで来たのだそうだ。
以前から怪しいと思っていた航路を、単身泳ぎ切り、憶測でしかなかった四十二区の外に海が繋がっているという推論を証明してみせた。
相当無茶をしたようで、白魚のような肌にいくつも擦り傷や切り傷が付いている。
「でも、船が通れるようにするには、洞窟の壁を壊さなきゃダメかもねぇ☆」
「深さはどうだった?」
「そっちは平気。夜中に突撃しても座礁はしないと思う☆」
「そんな無謀な冒険はしなくていいから」
オールブルームの北西に広がる海は、三十六区を避けるように大きくカーブして、北東に位置する三十七区にまで達している。
三十六区は立地が悪かったな。外壁の向こうにちょっとした山があって、両隣の区よりも少し内陸側に引っ込んでいるのだ。
で、その三十七区への航路から少し外れたところに、『怪しい海流』を見つけたのだという。 そいつは、海岸にそびえる大きな崖の中へと続き、洞窟の奥で行き止まりになっていた……ように見えた。
これまでは誰も気にしなかったその洞窟だったのだが、マーシャはそこに探りを入れた。
俺が以前、鮭を根拠に四十二区の崖の下に海へつながる水路があるはずだと言った後、マーシャはそこへつながる水の流れを探し回っていたそうだ。
そして、潮の流れから四十二区へ続く水路の場所を予測し、件の洞窟が怪しいと、この先にまだまだ海は続いているとマーシャは睨んだのだ。
そんな洞窟の奥の抜け穴を、マーシャは実際に泳いで、見事四十二区への水路を発見したのだという。
執念だな。
「四十二区が低い位置にあるんじゃなくて、三十五区が高い位置にあるんだな」
マーシャの話を聞く限り、四十二区は海抜0メートルみたいな場所にはないらしい。
港のある三十五区へ行くのに、ずっと坂を上り続けていたから、四十二区は低い位置にあるのだと思っていたのだが、どうもそうではないらしい。
「四十二区が海より低い位置にあったら、三十七区辺りから海水が流れ込んで水没しちゃってるよぉ☆ あそこの港は、そんな大層な防波堤とかないからねぇ☆」
まぁ、そりゃそうか。
オールブルームは、ガレアブルームというこの大陸の中でも高地に存在する街のようで、三十五区の港から街門までの道も上り坂になっているのだとか。
とはいえ、高低差数十メートル、なんてことはないようだが。
……なんか、だまし絵を見ているような気分だ。立体模型でも見せてもらわないと上手く理解出来そうもない。
「洞窟の壁を壊して船が通れるトンネルを造って、あと灯台も必要かな☆」
「結構大事になりそうだね」
壮大過ぎるプロジェクトに、エステラが冷や汗を流す。
莫大な金がぶっ飛んでいきそうだな。
「トンネル工事と港の建設は、我が三十五区の大工を使ってもらうぞ。多少とはいえ利益が流れていくのだ、それくらいの見返りがなければやっていられん」
「うぅ……オイラ、灯台造ってみたかったッスのに……っ」
ウーマロが悔しそうに歯がみをしている。
こいつも新しい技術とか好きなんだよなぁ……なんだ、四十二区に住むと社畜が感染するのか?
「三十五区の大工たちは港の建設やメンテナンスのプロフェッショナルだからね。手伝いがてらにいろいろ吸収してくれると嬉しいな」
エステラがフォローを入れるも、ウーマロはエステラを直視出来ないせいで明後日の方向を向いたままだった。
拗ねてるガキみたいだな、お前。
「その代わり、三十五区に下水を引いてもらうことになったから、そっちは頑張ってよね」
「うむ、そうだぞ棟梁よ。私はエステラの家のトイレが甚く気に入っているのでな。今から楽しみにしているぞ」
「は、はぁ、それは、その、期待に添えられるよう、頑張る所存ッス……」
「なぜこちらを向かんのだ、キツネの棟梁!? その無礼な態度、貴様、もふもふでなければ叩っ斬っているところだぞ!」
ウーマロは、ルシア的にちょっと「あり」なようだな。
カブトムシやクワガタはそうでもなかったような気がするんだが。
と、まぁ、そういう感じで、日中はあちらこちらへ歩き回りいろいろ話を付け、現在は陽だまり亭で再度ミーティングをしているというわけだ。
もうずっとエステラ&ルシアと顔を突き合わせている。
ギルベルタとナタリアは各々の館へと戻っている。
ルシアは今日、エステラの館に泊まることになり、その準備だ。
ギルベルタは一度戻ってまた四十二区にやって来る。……可哀想に。
「あぁ……もう、疲れたよ」
エステラが両腕を上げて薄い胸を反らす。
背骨がばきっと音を立てる。年寄りか、お前は。
「……悪かったね、なだらかで」
「なんも言ってないだろうが?」
「ヤシロのことだから、どうせそういうことを考えていたんだろ。顔を見れば分かるよ」
「あれぇ☆ 顔見なきゃ分かんないの、エステラぁ?」
「あたいは、顔見なくても分かるぞ。ヤシロは大体おっぱいのこと考えてるからな」
「潮風で錆びろ、カタクチイワシ」
酷い言われようだ。
今回は珍しくおっぱいのこと考えてなかったのに。
くっそ。今後はもうおっぱいのことしか考えない! 考えないんだからねっ!
「けどさぁ、確かに肩こるよなぁ」
と、Hカップが肩を回す。そりゃこるだろう、そんなご立派なものをぶら下げていたら。
「私はそうでもないかなぁ~☆」
とFカップが水に浸かって言う。
浮力のおかげだな、きっと。
「ボクなんか、ここ最近ずっとこりっぱなしなんだから」
嘘吐け乳回りバリアフリー。
「領主というものの職業病だ。慣れろとしか言えんな。私もよくこっている」
そうでもないだろう、ミス誤差の範囲。
仰向けで寝たらすぐなくなんじゃねぇか。
「口に入れた途端なくなっちゃった~」的な柔らかさ推しの牛肉よりすぐなくなる塊のくせに。
「うるさいよ、ヤシロ。黙っていても顔がうるさい」
ふん。細かいことをいちいち気にするヤツだ。
心にゆとりがないからイライラするんだろうな。
「心の小さいヤツ……いや、胸の真っ平らなヤツめ」
「なんで言い直したの!? まったく違う意味の言葉に!」
バカモノ。
心は胸の中にしまわれているんだよ。
だから、胸の平らなヤツは心の入れ物が小さいということになり、自然と心も小さくなるのだ。
亀は水槽の大きさに合わせて体を大きくするというしな。
「亀みたいなヤツだな」
「何が!? 間がないからさっぱり意味が分からないよ!?」
きっと疲れているのだろう。
エステラが亀のようにきーきーと騒ぎ立てる。
「って、亀がきーきー鳴くかっ!」
「ヤシロ君、おつかれみたいだねぇ☆」
「甘いもんでも食うか? あたい、店長に言ってきてやろうか!?」
「デリアちゃん、自分が食べたいだけでしょう? でも、いいね、甘い物。私も食べたいなぁ~☆」
「よし! 言ってきてやる!」
俺を無視してデリアが厨房へと入っていく。
ジネットは現在、ニュータウンで行われている工事に従事している連中の晩飯を作っている最中だ。
「なのにサボって陽だまり亭に入り浸るウーマロ……」
「打ち合わせしたいからって呼んだのはヤシロさんッスよ!?」
「呼ばれたからって、来る? 普通?」
「呼ばれたら来るッスよね、普通!?」
ウーマロが正論を吐く。
つまらない男だ。
「みなさん。ドーナツはいかがですか?」
ジネットがデカいトレイに山盛りのドーナツを持ってくる。
後ろに、きらきら輝く瞳のデリアを引き連れて。
「うむ、一息入れるか。ジネぷーも一緒に食べぬか?」
「わたしは、まだ少し仕込みがありますので」
「あとで俺が手伝ってやるから、お前も食ってけよ」
「ヤシロさんが手伝ってくださるんですか? では、安心ですね」
なんだろう。盛り付けをちょこっと手伝う程度のつもりだったのに、物凄い期待を背負わされた気がする。
「お隣、失礼しますね」
「あ、おぅ」
トレイをデリアに渡し、俺の隣へ椅子を持ってくる。
ウーマロがいるんで、エステラやルシア、デリアもマーシャもテーブルを挟んだ向こうにいたのだが、ジネットは自然と俺たちの方へと入ってきた。
まぁ、人口密度を考えれば妥当か。とか、思っていると。
「あの、ヤシロさん」
ジネットが体を俺の方へと向け、両手ともに拳を作って力強く訴えかけてくる。
「ヤシロさんには、一番の自信作を食べていただきたいんです」
そう言って差し出されたのは……
「……肉まん?」
「はい! 今までで一番、生地がむっちりふわふわなんです!」
……ドーナツは?
いや、いいんだけど。
つか、厨房に引き返そうとしていたジネットを俺が呼び止めたんだよな?
なのにドーナツの中に肉まんを忍ばせていたって……え? 呼び止められるの前提だった?
いや、いいんだけどさ、別に。
っていうか、なんとなくそんな気配は感じていたし……
昨日の夜。
エステラや四十二区の面々が帰った後、寝ようかなぁ~と思ったところをジネットに呼び止められ……いや、正確には「あ……っ」って小さな囁きを漏らして「……しゅん」とした顔をしただけで呼び止められてはいないのだが、呼び止められたようなもんだろう、あれは……で、仕方なく肉まんとリンゴ飴の作り方を教えてやったのだ。
そしたらもう、朝からずっと作りまくりだ。
リンゴ飴は早々にマスターし、肉まんは現在、ジネット流の試行錯誤段階に来ている。
……俺、今日これで何個目だろうな、肉まん食うの。
朝は揚げたこ焼きとか作って大人しそうに見えたろ?
あれな、生地を寝かせていたから作りたくても作れなかっただけなんだ。
あと、揚げたこ焼きも覚えたてで作りたかったみたいだし。
今回覚えた新メニューの中でもやっぱり、肉まんへの思い入れは強いようで、物凄い力の入れようだ。
それはつまり、サプライズを喜んでくれたってことなのだろう。……お預けを食らった反動かもしれないが…………
まずいな、ジネットが最近中華にはまっている。
このままでは、中華飯店陽だまり亭になってしまう。
今度はカツ丼とかを教えよう、そうしよう。
「うん。美味い」
「……きゅっ」
なんか変なところに刺さったのか、ジネットが嬉しそうに身悶え小さくガッツポーズを作る。
しかし、「きゅっ」はないだろう。「よしっ」とか、「やった」とかでいいんじゃねぇか、そこは。
いやまぁ、ジネットは「よっしゃ、きたぁ!」とか言わないだろうけどさ。
「これで、工事中のみなさんへのお夕飯は大丈夫ですね」
「肉まんなのか?」
「はい。あと、麻婆豆腐も持っていくつもりです」
中華だ!?
移動中華飯店だ!?
ならせめて、チャイナドレスでも作っておけばよかった…………ぱっつんぱっつんの胸元と、えぐいくらいに切れ込みの入ったスリットから覗く白い太ももが眩しい究極のチャイナドレスを……くぅ、悔やまれるっ。
「なぁ、ジネット。せめて髪型だけでもお団子にしてみないか?」
「お団子……丸く三つにまとめて串で刺すんですか?」
「そっち想像しちゃった!?」
まさか、お団子頭で串団子を想像するとは……後頭部に串団子……それはそれで面白いけども。普通の、頭の上に二つ丸いのを乗っけたお団子頭の方が可愛いだろう。
ジネットのお団子頭を想像してみる………………なかなかいいんじゃないだろうか。
ジネットはあまり髪をアップにまとめないが、浴衣の時に見せたうなじは一級品だったし、お団子頭も有りだろう。
普段と違う髪型って、なんか心をくすぐられるんだよなぁ。
「ダーリン! アタシを必要としてくれてるんだって!?」
ドバダーン!
と、荒々しい音を立ててドアが開かれる。メドラ襲来である。……ドア、粉砕してないだろうな?
「ダーリンの力になるために、駆けつけてきたよっ!」
久しぶりに近くで見るメドラは、なんというか、目がしぱしぱするな。
毎秒視力が悪くなっていく気がする。
っつうか、なんだその頭は?
いつもは真っ白な長髪を肩口で二つに結び、真っ赤な可愛らしいリボンを結んでいるメドラだが、今日は何を血迷ったのか結び目をかなり上に上げている。
いわゆるツインテールと呼ばれる髪型だ。
「その髪型はなんの冗談だ、メドラ?」
「おぉ、さすがダーリンだね! 女の髪型が変わったら真っ先に気付いて褒めてくれるなんて、紳士の鑑だね」
「いや、褒めてねぇから」
「口で言わなくても、顔にちゃ~んと書いてあるよ」
「なんて? 『冷やし中華始めました』って?」
「『今日のメドラは可愛いなぁ、お嫁さんにしたいなぁ』ってね!」
「それ、お前の視力がおかしくなったか、『強制翻訳魔法』のエラーだから」
誰が嫁にしたいなどと思うか。
「可愛いだろ?」
「髪型はな」
だからこそ、その下にある逞し過ぎる面構えが違和感だらけなんだっつの。
質の悪いコラ画像みたいだぞ。世紀末覇者に魔法少女の髪型乗っけたみたいな顔しやがって。
「あぁ……ダーリンに可愛いって言われた……アタシも、三十五区から四十二区までパレードするかもしれないねぇ」
「メドラ、それ営業妨害だから」
折角ウェンディたちを使って「結婚式って素敵!」みたいなイメージ植えつけたのに、お前がパレードしたら百鬼夜行みたいになっちまうだろうが。どうせ狩猟ギルドの連中引き連れてくるのも目に見えてるし。……つか、俺をそんな魔の行進に巻き込むな。
「カタクチイワシ、貴様はなんでもありか?」
「もっとフラットな視線で見ろよ、物事を。そうしたら見えてくる真実に気が付くはずだから」
なんでどいつもこいつも、俺が満更でもない的な受け止め方をするのか……
「やっほ~☆ お元気そうだねぇ、メドラママ☆」
「ん? ……なんだい、あんたもいたのかい、海漁の」
「うんうん☆ いたんだよ~☆」
「相変わらず破廉恥な格好だねぇ。女が腹を冷やすんじゃないよ」
なんとなく、仲が悪そうだ。
大手ギルドのギルド長同士、馴れ合う関係ではないのかもしれない。
「でもこれ、ヤシロ君のお気に入りの格好なんだよ~☆」
「アタシにも特大のホタテをおくれ!」
「おいメドラ、それはテロだぞ!?」
「ん~……今あるのはシジミくらいかなぁ☆」
「シジミ…………ん~……」
「悩むな、メドラ!」
「…………有り、だね」
「無しだよ!」
メドラをからかって、ケラケラと笑うマーシャ。
なんだよ、仲いいんじゃねぇか。
シジミは力ずくでも妨害するけどな。
と、その時。
陽だまり亭のドアがゆ~っくりと開く。
「……はぁ……はぁ…………い、今、戻った……」
メドラから遅れること数分。
マグダが汗だくになって陽だまり亭へと戻ってきた。ふらふらだ。
「……メドラママ……速い」
あのマグダがここまで疲弊するなんて……メドラ、どんな速度で走ってきたんだよ? バケモノか…………あ、バケモノか。
「……ヤシロ…………抱っこ」
両腕を広げ、マグダがふらつく足取りで俺のもとへとゆっくり向かってくる。
立ち上がり、迎えに行って抱き上げてやる。
よく頑張ったな……お前一人に魔神を押しつけて悪かったよ。
まさか、馬車を使わず馬車以上の速度でやって来るとは思わなかったんだ。
「ダーリン、アタシも抱っこだよ!」
「ごめん。俺、軽自動車より重い物とか絶対持てないから」
抱っこ出来るサイズじゃねぇだろうが、お前は。
「獣っ娘独り占めか、カタクチイワシ!?」
「そっちの大きいのでよかったら連れて帰っていいぞ」
ウチでは手に余るんでな。
「んもぅ! ダーリンの照・れ・屋・さん☆」
あーはいはい。それでいいから、大人しくしててくれ。
……ったく、同じ「☆」でも、発する人間が違うだけでこうも変わるもんかねぇ。
回復魔法と即死魔法くらい違うじゃねぇか。
「それでダーリン。頼みってのは、流通に関することかい?」
昼のうちに、メドラ宛てに書いた手紙をマグダに届けてもらったのだ。
なので、おおよそのところは理解してくれているのだろう。
『BU』のアキレス腱となるのは『流通』だ。
そいつを引っかき回して交渉の材料にする。
……ん? あぁ、交渉だぜ?
少々一方的な、な。
「だがそれとは別に、一つ頼みたいことがあるんだ」
「……毎朝、ダーリンのリブロースを焼けばいいのかい? ……ぽっ」
「朝からそんな重いもん食えるか」
しかも、たぶんだけど、「毎朝、あなたのお味噌汁を~」みたいなつもりで言ったんだろうが、物がリブロースだけに、俺の肉が焼かれんじゃないかと一瞬チビりそうになったっつの。
ねぇよ、俺の体にリブロースなんて部位は。
「ヤシロ! あたいが毎朝鮭を焼いてやろうか!?」
「いや、もうそれいいから」
「私が貴様を、毎朝口汚く罵ってやろう」
「え、なに、ルシア。それが朝食代わりなのか?」
「……マグダは毎朝、美味しいご飯が食べたい」
「ただの希望だな!? 俺もそうだよ!」
まったく、メドラが面白そうなことを言うから乗っかるヤツ続出だ。
そんなもんにいちいち構ってやってる暇はねぇんだよ。しょーもない。
「じゃ~あ、私は毎朝ホタテを焼いてあげようかなぁ~☆」
「どこのホタテをっ!?」
「食いつき過ぎだよ、ヤシロ」
「……あの中身はホタテではない」
「あんま面白いもんじゃねぇぞ?」
何を言う、デリア! めっちゃ興味深いわ!
「ふん! 相変わらず身持ちの緩い女だね、海漁の! アタシのダーリンをかどわかすんじゃないよ!」
「んふふ~☆ メドラママのダ~リンだったら、考えるけどねぇ~☆」
オールブルームの根幹を支える巨大ギルドのトップ二人がにらみ合う。
が、そんなことよりもホタテの中身が気になって仕方ない。
「ウーマロ。俺、貝柱って好きなんだよな」
「その話、オイラを巻き込まないでほしいッス!」
火花を散らす二大ギルド長を眺めつつ、ウーマロをいじっていると、すっと目の前に肉まんが差し出されてきた。
「ヤシロさん。どうぞ」
ジネットが静かに言う。
さっき食ったばかりだというのに、また食えというのか?
と、肉まんを見ると、生地に『懺悔してください』という文字が書かれていた。……ん?
「熱した鉄串で文字を書いてみたんです」
「なぜ?」
「実は、シスターが、教会っぽい食べ物があれば素敵ですね、とおっしゃっていたので、何か教会っぽいことが出来ないかと試行錯誤してみたんですが……いかがですか?」
ん、とね……ジネット。
「なんか食いにくい」
「……ですよね。わたしも、そんな気がしていたんです」
つか、完全に懺悔を求めるつもりで差し出してきたよな。
メールの絵文字みたいな使い方すんじゃねぇよ。
「それで、ヤシロ。話を戻してもいいかい?」
エステラの声で、にわかに緩み始めていた空気がピンと張りつめる。
そうだ。遊んでいる暇はないんだ。
今は真面目に……
「ホタテの貝柱についての考察を……」
「刺すよ?」
「メドラに頼みたいことがあるんだ」
エステラの目がマジなので、真面目な話をちゃんとする。
俺だって、やろうと思えば真面目にだって出来るのだ。
「四十二区に港を作りたいんだが、その工事の間、何人か護衛を出してくれないか?」
「森の中で作業をする連中を魔獣から守ってくれってわけだね」
「あぁ、そうだ」
理解が早くて助かる。
港を作るのは、街門を作るのと同等か、それ以上に大掛かりなプロジェクトになる。
当然、工期も相応に長くなる。
しかも、作業現場は魔獣が徘徊する森の中だ。
厳重な警備が必要とされる。
「工事が終わった後はどうするんだい? 港の警備ったって、森の中に作るんだろ?」
「その点でしたら心配ご無用ですわ!」
待ってましたとばかりに、陽だまり亭のドアを開け放って入ってきたのはイメルダだった。
後ろからは、熊のような巨体を揺らしてハビエルが姿を現す。
「なんだい、スチュワートも呼ばれたのかい? 暇なんだねぇ、木こりは」
「なに、こっちは仕事だ。メドラは相変わらず、ヤシロに入れ込んで仕事そっちのけっぽいがな」
同年代のムキムキ男女が憎まれ口を叩き合う。
こいつらが揃うと陽だまり亭が立ち飲み屋みたいな狭さに感じるな。
スペース取り過ぎなんだよ。
「メドラギルド長。いえ、ミズ・メドラとお呼びいたしましょうか?」
「呼び方なんてなんだって構わないよ、スチュワートの娘。イメルダとか言ったかい?」
「では、ミズ(?)・メドラ」
「疑問形にするとは、いい度胸だね小娘」
メドラがイメルダの頭を掴み、もぎ取るかのごとく撫で回す。
イメルダの首がぐぃんぐぃん揺さぶられる。
「おいメドラ。ウチの可愛いイメルダをいじめるんじゃねぇよ」
「いじめとはなんだい。可愛がってやっているんじゃないか。昔のアタシにそっくりなこの娘をね」
「メドラ、それはさすがに酷いぞ!」
「陰湿ないじめッス……」
「お父様……ワタクシ、生きる希望を見失いましたわ……」
「がっはっは! 冗談が好きだねぇ、若い連中は!」
なぜそれを冗談だと思えるのか。
メドラの若い頃に似てるって……将来を見失うには十分過ぎる案件じゃねぇか。
「で、木こりが来たってことは、森を開拓するのかい?」
「あぁ、一部だけだがな」
「森がなければ魔獣は寄ってこない……なんて甘いもんじゃないが、確かに森の中よりかは安全になるかもしれないね」
「あと、魔獣除けの石もいくつか購入する予定です。ルシアさんの伝手で」
「三十五区の港の建設に携わった石工を紹介してやることにしたのだ」
「あのね☆ 海の深さと地形を考えると、結構街門のそばまで船で来られそうなんだよね☆」
「ですので、なるべく外壁に近い場所に港を作ってしまって、外壁の魔獣除けの効果を流用しようかと考えているんです」
と、今エステラがまとめた内容が、マーシャが来てから話し合われた結果だ。
「だがよぉ、ヤシロよ」
ハビエルが、ドーナツを摘まみながら眉間にしわを寄せる。
「崖と森に囲まれた場所に港なんか作れるのか? 崖だって、そんなに削っちまうわけにはいかねぇだろうよ」
崖を大きく削れば、きっと三十区からクレームが来る。
行商人が馬車を走らせる街道が削られかねないからな。そうでなくても、地盤沈下は怖い。
なので、弄るのは最小限に抑えるつもりだ。
「新しく作る港は、三十七区の物よりさらに小さくする予定なんです」
「それでいいのか? 利益減っちまうぞ、ヤシロ」
「ボクたちは港での利益を考えてはいないんです。四十二区内で消費する程度の魚が手に入れば御の字なんですよ」
「ん~……相変わらず、ヤシロの考えてることはよく分からねぇな」
「あの、ミスター・ハビエル……しゃべってるの、ボクなんですけど?」
エステラの説明を聞きながら俺に疑問を投げかけてくるハビエル。
お前はウーマロか。
「あぁ、すまんすまん。どうせこういうことを考えつくのはヤシロだろうと思ってな」
「まぁ、その通りなんですが」
俺たちは、三十五区や三十七区の港から利益を奪い取ろうなどとは考えていない。
俺たちが今欲しいのは『港がある』という事実だけだ。
なので、エステラの言った通り、四十二区内で安く海魚が手に入る程度の水揚げ量で充分なのだ。
アッスントが口を挟んできそうではあるが、それはまた別の話だ。
「しかし、リカルドとアンブロースはいいとして、三十九区と三十八区の領主が文句を言いそうだよなぁ。あいつらは『通り道』であることで利益を得ているからよぉ」
あまり食いつかず、あくまで一歩引いた姿勢でハビエルが言う。
通行税などは取っていないが、行商ギルドが行き来することで得られる利益がある。
が、まぁ、その辺は大丈夫だろう。
「お前ら二人が恫喝すれば、ヤツラは黙るだろうよ」
と、ハビエルとメドラを指して言う。
ついでに、マーシャまで加われば完璧だ。
「がはは! まぁ、確かにな」
「だけど、スマートじゃないねぇ。アタシの好みじゃあないね、それは」
「私は協力してもい~よ~☆ 四十二区に来やすくなるのは嬉しいしねぇ☆」
「甘ったるい声出すんじゃないよ、海漁の! ダーリン! アタシも四十二区に住んであげようか?」
「話がブレるから、冗談はそれくらいにしておけな、メドラ」
お前を街門に括りつけとけば、魔獣除けの効果があるかもしれんが、俺が安心して眠れなくなるからな。
「ワシも四十二区に仮住まいを造ろうかなぁ」
「お父様……縁を、切りますわよ?」
「なっ!? ち、違うぞ、イメルダ! ワシは、可愛いイメルダのそばに少しでもいたいと……お、親心だ!」
「ちなみに、ハビエル。別荘を建てるならどこがいい?」
「もちろんニュータウンだ!」
「ヤシロさん。不届きな見知らぬおじさんがいますわ。叩き出してくださいまし」
「んなぁああ!? 違うんだイメルダ! ヤシロ、余計なことを、嫌なタイミングで……!」
自身の変態がバレた責任を俺に押しつけるな。
「ワシはもちろん、イメルダのそばに別荘を建てるぞ! 例えば……おぉ、そうだ! 教会! 教会のそばに別荘建てるとしよう!」
「そこにも幼女がたくさんいますわね…………デミリればいいのですわ」
「イメルダ、頭皮に呪いをかけるのはやめてくれぇ!」
ここにいないのに大人気だな、四十区の領主は。
「……なんかさ、この一件が終わった時、四十二区の住民増えてたり、しないよね?」
エステラが嫌なことを言う。
こんな濃い連中がこぞって引っ越してきたら…………俺は逃げるかもしれない。安全な区へと。
「うふふ。賑やかになりそうですね」
ジネットは大歓迎っぽいが……それは「楽しい」じゃなくて「騒がしい」ってんだよ。
そんな騒がしい連中のやかましい声に紛れて、ドアが開く音がする。
全員が一斉に黙り、開かれたドアへと視線を向ける。
「エステラ様。『BU』からの手紙が届きました」
そこに立っていたのは、いつになく真剣な顔をしたナタリア。
今日は真面目に給仕長として動き回ってくれている。
「おそらく、我が区にも同じ内容の手紙が届けられているのだろう。一緒に見せてもらってもかまわぬか、エステラ」
「えぇ、もちろん」
エステラが手紙を開封し、ルシアと二人で覗き込む。
そして――
「ヤシロ」
「ん?」
「予想通りのことが書かれていたよ」
「そうか。まぁ、そうだろうな」
その手紙は、明後日の呼び出し状だ。
二十九区の領主の館へと出頭し、『BU』からの通達を聞け。そんな内容だ。
そしてその最後に、とある一文が記されていた。
ヤツらが有利になるための条件を考えれば、当然提示してくるであろう事柄で、容易に想像が出来た。
『領主の館へは、招待状を持つ者以外の立ち入りを禁ずる』
招待されていたのは、領主と給仕長のみ。
ルシアのところも同じだと考えれば、呼ばれたのは四人だけ。
その一文を言い換えれば――
『オオバヤシロは、連れてくるな』
そういうことだ。
さっきのハビエルもそうだったし、ドニスもその傾向があったんだが……何かの話をする際に、俺に話を振るヤツが多い。
それは、その連中は「一連の事象の中心にいるのはオオバヤシロだ」と認識しているということを意味し、そして、ドニスみたいな知り合って間もない領主ですらそう思い、そのように対応していたということは、俺の存在は相当に目立っていたということだ。
トレーシーやドニスの動向を見張っていた『BU』の連中も思ったんだろうよ。
「オオバヤシロは、邪魔になる」と。
「ふん。カタクチイワシさえいなければ、我々二人は取るに足らんとでも言うつもりか? 舐められたものだな。なぁ、エステラよ」
「そうですね。けれど……」
この予想通りの展開に、エステラは複雑な表情を見せる。
「予想が当たったという驚きと、……あまりにヤシロの言った通りになり過ぎている状況に畏怖を禁じ得ませんよ、ボクは」
祟り神でも見るような目で俺を見るエステラ。
祀るべきか封じるべきか、そんなことを考えていそうな目だ。
「よいではないか。今はこちらの味方なのだ。利用出来るものは利用し尽くしてやればいいのだ。馬車馬のように働くのだぞ、カタクチイワシ」
「俺に利益があるうちはな」
「今は味方」という表現に、エステラが口元を歪める。
笑み――ではなく、への字に。
「……そうやってこっちが油断している間に、一番の利益を掻っ攫っていくのがヤシロなのに…………ルシアさんも、まだまだ甘いなぁ……」
ため息交じりの言葉は、ルシアには聞こえないように吐き出された。
マーシャがその言葉を拾ってころころと笑っている。
「それにだ、エステラよ」
エステラにまで危惧されているルシアがニュータウンを指さす。
「こうなることを前提に、現在用意させているモノが無駄にならなくてよかったではないか」
「まぁ、そうですね……今は、前向きに状況を捉えておきましょう」
とか言いながらも、一応とばかりに俺を睨んでくるエステラ。
俺、何もしてねぇだろうが。心外なヤツめ。
「ではみなさん。その重要な任務に就いてらっしゃる大工さんたちにお夕飯を届けに行きましょう」
ぱんっと手を叩いてジネットが立ち上がる。
窓の外には、真っ赤な空が広がっていた。もうとっくに飯時だ。
ジネットは会話の切れ目を探っていたのかもしれないな。
「準備してきますね」
嬉しそうに厨房へと駆けていくジネット。
それを見送ってから、俺とエステラも立ち上がる。
まぁ、そうだな。
飯を運びがてら、激励にでも行ってやるか。
ベッコとロレッタ率いる、一大プロジェクトチームの連中を。
いつもありがとうございます。
レビューをいただきました!
「……愛してるよ」
あ、これはラビューですね!?
ではなく、レビューです。
まぁ、どちらも愛情たっぷりなので似たようなものですけどね☆
[2017年 08月 24日 18時 22分]の方!
たっぷりとあとがきについて書いてくださいました! あとがき? いえ、むしろ本編です! 本編? あっちは前書きです!(いえ、嘘です。本編です。すみません)
一行目から勢いがあって、その勢いのまま最後まで一気に読ませる、引き込まれる構成でした。
とても素直で好感の持てる文章で綴られていて、こういう文章を書けるのは一種の才能だと思います。着飾らず、けれど味わい深い。素材の味の生きた文章のように感じました。その分だけしっかりと読み手に言いたいことが伝わるという、シンプルながらもバランス感覚に優れたレビューでした! どうもありがとうございました!!
なんと、今回のレビューで83件です!
83です! ヤッさん!
「怒るでしかし!」
…………あれ? 最近のヤングはご存じないですか、ヤッさん?
そういう方がおられたのです。
しかし、我々にとって、83と言えば――やはりアレを思い出しますよね。
あの、悲劇の闘争。
今なお決着をみない、激しい争いの記憶……
それは、ある年の8月3日のことでした。
P派「8月3日だから、今日はハミパンの日だな」
C派「は? 8月3日だったら、ハミ乳の日だろうが、JK!」
P派「はぁぁああ!? ハミパンを差し置いてハミ乳の日とか、意味分かんないんですけどぉ!?」
C派「ちょっ、おまっ、マジか!? ハミ乳こそ最優先されるべき重要事項だろ、JC!」
P派「JCになったら女子中学生になっちまって、さっきのJKも『常識的に考えて』から女子高生に意味変わっちまってんじゃねぇか!」
C派「バカ、お前! JCは『ジャスティス・乳』の略だよ!」
P派「初めて聞いたわ!」
C派「ふん…………無知が」
P派「お前な、そうやってあれこれ理屈こねたり、物事知ったような顔してるから穢れていくんだよ。初心を思い出せよ! 男子が最初にドキドキするのは、クラスの女子のハミパンからだろう!? パンチラ、ハミパン、パンモロ! パンツこそが男子の基本だろうが!」
C派「わけワカメ、意味とろろなんですけどぉ!?」
P派「とろろの意味こそが分かんねぇよ!」
C派「基本? 基本って言った? じゃあさ、じゃ~聞くけどさ! 生まれた時にパンツを穿いてますか!? 穿いてませ~ん! パンツなんてのは後付けで無理矢理価値を付加されたまがい物なの! 分かる!? 乳こそが、人類が生まれ持った宝なの! メイドインチャイナじゃ作れない、大量生産出来ない価値が乳にはあるの! 分かるよな、そこんとこ!?」
P派「清純さが足りなくな~い!? そもそもさ! ハミ乳するような服装ってさ、相当際どいよね!? その点ハミパンは、田舎の純朴な、男の子と目も合わせられないようなピュアな女の子でも起こり得るんだよ! その穢れなさこそがこの世の至宝! 全人類が命を賭して守るべき価値ある存在だと、お前もそう思うよな!?」
C派「何が清純だ!? お前、股上の浅っっっっっっさいローライズから覗いてる紐パンにもはぁはぁしてたじゃねぇか!」
P派「そりゃするだろう、あんなボーナスステージ!」
C派「つまり、お前の主張には一貫性がないのだ! その点俺は、いや、俺たちは、ブレることなきおっぱい信者! ハミ乳、ぽろり、チクチラ! 一切の妥協無し!」
P派「お前だって、パンチラ大好きなくせに!」
C派「それ以上にハミ乳が好きなのだ! 愛していると言ってもいい!」
P派「……そうかよ。じゃあもし、神様が現れて『この世界からパンツをなくしてやろう』って、そう言ってもいいって言うんだな!?」
C派「この世界から、パンツが……なくなる……」
P派「どんなに風がスカートをめくろうと、もう一生パンチラは拝めない! そんな世界が来たとしたら…………したら……………………」
C派P派「「むしろ、それはそれでごちそうさまっ!」」
――という、ハミ乳・ハミパン闘争が起こったのが、8月3日。
83という数字には、そんな、漢たちの熱い魂が刻み込まれているんです。
なお、この論争は今も各地で繰り返され、日々激化の一途をたどっているといいます。
私は、断然C派の人間なのですが、
あえてP派を擁護するのであれば、
パンツがおっぱいより優れている点、それは、
パンツは本体がいなくてもそれ単品でドキドキ出来る、そういう力を秘めています。
おっぱいは、どうしても本体から切り離せない。
しかし、パンツならっ!
お持ち帰りが出来ますっ!
それは凄まじいアドバンテージとなり得………………あ、お持ち帰りしちゃいけないんでした、法律のある国では。
……くぅ、悔やまれます。
というわけで、
ヤッさんのお話でした。
「どこがワシの話やねん!? 怒るでしかし!」
……と、まぁ、こんな感じの人がですね、おられたんですよ。昭和の時代に。
というわけで、昭和繋がりで、
昭和の香り漂うネフェリーのお話を。
――陽だまり亭
ヤシロ「こっちの武器の一つに砂糖があるだろ」
エステラ「そうだね。あれの流通も、ボクたちの武器になるよね」
ヤシロ「そう思って、ネフェリーとミリィに手紙を託したんだ」
エステラ「ミリィがケアリー兄弟のところへ行くのは分かるんだけど…………って、なんて顔をしているんだい?」
ヤシロ「ケアリー兄弟?」
エステラ「ネックとチック! 砂糖大根農家の!」
ヤシロ「あぁ、アリクイ兄弟な」
エステラ「いい加減名前を覚えてあげなよ……」
ヤシロ「分かりやすい方がいいだろうが」
エステラ「はぁ……でさ、そっちはともかく、なんで砂糖工場にネフェリーを? パーシーなら、きっとそこら辺にいたんじゃないのかなぁ?」
ヤシロ「いや、真面目な話だからな。ちゃんと責任者(モリー)の方に話をしておきたいと思ったんだよ」
エステラ「それなら、わざわざネフェリーに頼まなくても、ウチの給仕に届けさせたのに」
ヤシロ「分かってねぇなぁ。ネフェリーが四十区へ行くと、パーシーはどうすると思う?」
エステラ「ついていく」
ヤシロ「ほら、これで書面上の責任者と実質的な責任者の両方に話が出来るじゃねぇか」
エステラ「まぁ、そうだね……一応パーシーにも話はしておかないとね……」
ネフェリー「ヤシロ~、ただいま~」
エステラ「あ、噂をすれば、だね」
ヤシロ「ご苦労さん、ネフェリー。モリーはなんて言ってた?」
ネフェリー「えっとね……自分で話すって」
ヤシロ「自分で?」
モリー「お邪魔します、ヤシロさん。エステラさん」
エステラ「モリー!? わざわざ出向いてきてくれたのかい?」
モリー「はい。一大事だと伺いましたので。兄も一緒です」
パーシー「よ~ぅ、あんちゃん。久しぶりだな、俺、だ・ぜ!」
ヤシロ「遠いところ悪かったな、モリー」
パーシー「オレにも言えし! つか、こっち見ろし!」
ヤシロ「お前は来なくてもよかったのに」
パーシー「ばっか! オレが来なきゃ話になんないっしょ!? 砂糖工場の最高責任者なんだぜ?」
ヤシロ「最高権力者はモリーじゃねぇか」
パーシー「……そこは触れんなよあんちゃん……空気読めし、マジで」
ネフェリー「まぁまぁ、パーシー君。そんなに気にしないで。ヤシロはいつもこうじゃない」
パーシー「ですよね~! もう、ホント冗談が好きで困っちゃいますよね~、マジで」
ヤシロ「お前はお手軽でいいな」
モリー「それで、『BU』との交渉次第では、流通に変化が起こるって、聞いたんですけど?」
エステラ「あぁ、うん。でも、君たちに迷惑がかかるようなことは、なるべくしないつもりだからさ。でも、結構大きく変わるかもしれないから、一応報告をと思ってね」
モリー「お気遣い、ありがとうございます。さすが、四十二区の微笑みの領主様ですね」
エステラ「やめて!? それはイジメなのかい?」
モリー「とんでもないです。常に領民のことを考え、領民のために身を粉にし、それでも毎日笑顔を絶やさない。誰にだって出来ることじゃありません。エステラさんは、もっと胸を張るべきだと思います!」
ヤシロ「モリー。『胸を張れ』も、エステラにとってはイジメだ」
エステラ「それは違うよ!?」
モリー「私たちの区のデミリー様も素晴らしい方ですけれど、私はエステラさんに憧れます」
エステラ「モリー……君は、いい子だねぇ……くすん」
モリー「どんなことがあろうと、領民の味方でいてくれる。そんな領主様に憧れない人なんていません」
ヤシロ「もし『BU』が『一粒でDカップになれる』って豊胸薬を差し出してきたら、こいつは平気で領民を裏切ると思うぞ」
エステラ「そんなことしないよ!?」
ヤシロ「Gカップなら?」
エステラ「……………………」
パーシー「悩んだ!? この領主、マジ悩んでんじゃね!?」
エステラ「あは、あははは、ばかだなーパーシー。悩むわけないじゃないかー。ボクは領主だからねー、領民の幸せがボクの幸せなのさー、あははは」
パーシー「言葉が空虚だし! ねーわぁ、マジねーわぁ!」」
エステラ「あ、そうそう! ヤシロがなんか新しい砂糖作ってほしいって言ってたよ。えっと、確か……粉砂糖! さらさらの砂糖なんだって。明日までによろしくね」
パーシー「なんかすげぇ無茶振りきたし!? 明日!? えぇ、マジで!?」
ヤシロ「大丈夫大丈夫。もし万が一完成しなくても、ちょっとした折檻に留めておいてやるから」
パーシー「折檻は『留める』の範疇に入ってねぇし! マジやめろよな!」
モリー「じゃあ、兄ちゃん。さっさと帰って研究してきたら?」
パーシー「ちょっ、モリー……そりゃねぇだろ?」
モリー「ヤシロさんには、返しきれない恩があるでしょ?」
パーシー「オレはもうそれ以上にいろいろしでかされてっけどな……」
モリー「はいはい。いいから帰った帰った。真面目なお話は私が聞いておくから」
パーシー「なぁ、なんかそれっておかしくね? オレ、お前の兄貴なんだけど? なぁ、モリー! なぁって!」
――パーシー追い出される。
モリー「さて……と。あの、ネフェリーさん」
ネフェリー「へ? な、なに、モリーちゃん?」
モリー「ウチの兄、あんな感じなんですけど……どう、思います?」
ネフェリー「え? あ~……そうだねぇ、もうちょっと仕事に前向きだといいかもね」
モリー「……ですよね。ホンッッッッッッットに、そうですよね」
ネフェリー「モリーちゃん……なんか、凄くいろいろな感情がこもってたよ……?」
モリー「で、あんなのでいいんですか?」
ネフェリー「いい? ……って?」
モリー「えっと……」(ヤシロを「チラ」)
ヤシロ「…………(黙って首を振る)」
モリー「……(『えぇ~……あれだけあからさまなのに気付いてないの!?』みたいな顔)」
ヤシロ「……(黙って首を縦に振る)」
モリー「…………ない、です……それは、ない」
ネフェリー「え? え? なに? なんだかモリーちゃん、すごく疲れてない?」
モリー「いえ……なんか、ウチの兄って…………ホント、ダメな人なんだなぁって」
ネフェリー「そんなことないよ」
モリー「…………へ?」
ネフェリー「そりゃ確かに、もうちょっと仕事に一所懸命になればいいのにとか、獣特徴のこと気にし過ぎだなぁとか、メイクまでするのはちょっと女々しいよねとか、真面目な場所でも声のトーン抑えられないのは困るなぁとか、偶然見かけて声かけてくれるのはいいんだけど夜中とか早朝だとビックリするからその辺はもっと配慮してほしいなとか、そもそもなんでいつもへらへらしてんだろうとか、真面目な顔出来ないのかなとか、あのしゃべり方はもう少しどうにかした方がいいと思うんだけどとか……」
ヤシロ「ネフェリー、その辺でやめてやれ……モリーが身内として泣いちまう」
モリー「兄ちゃん…………不憫だね」
ネフェリー「でもね! パーシー君、凄く真面目だよ、モリーちゃんのこととか。お仕事のことは、ちょっと不真面目だけど、真っ直ぐで、やりたいことに熱中出来るって、それはそれで才能だと思う。私は、そういうところ凄いなって思うし、見習わなきゃって思う。……私、回りの顔色気にして、結構我慢しちゃうところあるから」
モリー「ネフェリーさん……兄ちゃんのこと、そんなにちゃんと見てて、くれたんですか?」
ネフェリー「見てたっていうか……視界に入ってくるっていうか……」
エステラ「言い得て妙だね」
ヤシロ「ネットのポップアップ広告みたいな鬱陶しさがあるからな」
ネフェリー「それに、話してみると面白いし、そんなに悪い人じゃないと思うし」
モリー「そっか……兄ちゃん、ちゃんと報われてるんだ…………よかった」
ヤシロ「ネフェリーの鈍感さはさておき……モリーはそれでいいのか? まぁ、つまり、パーシーのやりたいようにやらせてて」
モリー「工場のことは私が一人で出来ますし、これまで兄ちゃんは自分の人生のすべてを私のために使ってくれていましたから……今度は私が、兄ちゃんのために仕事したいなって思ってるんです」
エステラ「いい妹だね……」
ヤシロ「あぁ。兄貴がアレでなければ、完璧な妹なんだよな。身内が減点対象なだけで」
モリー「あの、ネフェリーさん」
ネフェリー「ん、なぁに?」
モリー「これからも、きっと凄く面倒くさい迷惑をおかけすると思うんですが、兄のこと、よろしくお願いしますね」
ネフェリー「なぁに、改まって。そんなことわざわざ言わなくても、友達だもん。仲良くするよ」
モリー「友達…………でも、いいんでしょうね、きっと。兄ちゃんは」
エステラ「今はまだ、ね」
ネフェリー「それにね、私、昔はパーシー君のこと『パーシー』って呼び捨てにしちゃってたんだけど、気付いたら君付けしてたんだよね」
モリー「………………え? あの、それって……?」
ネフェリー「ちゃんと的確な距離感っていうのを持って接しなきゃなって、そう思えるようになったんだ」
モリー「…………後退、してます……よね?」
エステラ「ネフェリーは今、『親しくなった』ってスタンスで話をしていると思うよ。結果はどうあれ」
モリー「兄ちゃん…………不憫だよ」
ヤシロ「ネフェリーがもう少し大人になると、きっと『パーシーさん』って呼ぶようになるんだろうな」
エステラ「……親密感が薄らいでいってる気がするね、それは」
モリー「ち、ちなみに! ネフェリーさんの理想の男性像とか、聞きたいなぁ~、あの、じょ、女子として!」
エステラ「パーシー……本当にいい妹を持ってるよねぇ」
ヤシロ「もったいないくらいのな」
ネフェリー「り、理想の……男性…………(チラッ)」
モリー「え……っ?」
ネフェリー「や、やだぁ! そんなの、恥ずかしくて言えないよ~! だから、ヒ・ミ・ツ……きゃっ!」
モリー「…………あぁ……そうなんだぁ………………」
ヤシロ「いやぁ~、『ヒ・ミ・ツ』とは、ネフェリーは相変わらず昭和だなぁ~、あはははー」
モリー「……兄ちゃん、不憫だよ…………」
――妹、察する!
きっとこの後、ネックとチックもやって来て一層騒がしくなるんだろうなぁ~と思いつつも、文字数が増えたのでカット!
きっといつものごとく「HAHAHA!」「とってもハッピーDA・NE」的なノリなんですよ、きっと。
前もって話を通しておく。それがトラブルを避ける最短ルートです。
砂糖工場と、砂糖大根農家の総元締め、無視出来ない大きさですからね。
そんなわけで、次回ももう少し四十二区でやることやって、
その次あたりに二十九区へ乗り込みます!
次回もよろしくお願いいたします。
宮地拓海




