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異世界詐欺師のなんちゃって経営術  作者: 宮地拓海
第二幕

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320/821

232話 昔と今と、老人と若者と

 甘酒は、順調にその量を減らしていった。


「うむ。確かに酒の香りがする。なのに、甘く、気分も悪くならない」


 ドニスが、口の中に残った甘酒を舌で舐め回している。

 いたくお気に入りのようだ。


「今の話を聞く感じ、ドニスは、アルコールに耐性がないみたいだな」

「おぉ、さすがヤシぴっぴ。その通りなのだ」

「ヤシぴっぴやめろ」

「一口飲むとすぐに頭が痛くなってな。好き嫌い以前の問題なのだ」


 アルコールに弱い人間は、酔うより前に気分を崩す。

 顔が赤くならずに真っ青になってしまうヤツもいる。


 ドニスは、そういうタイプらしい。


「酒宴の席に顔を出さねばいかん機会も多くてな、難儀していたのだが……」


 ごくりと喉を鳴らし、甘酒を飲み干す。


「これがあれば、ワシでも酒宴に出られるな。がっはっはっ!」


 豪快に笑って、俺の肩をバシバシと叩く。……酔ってんじゃねぇだろうな? アルコール0%だぞ?


「はふぅ……甘くて、美味しいです」


 俺の向かいには、ベルティーナが座っている。

 温かい甘酒を両手で包み込むように持ち、ちびちびと口を付けては、その度に色っぽいため息をもらす。……だから、酔ってないよな? アルコール0%だからな?


「やっぱ、塩鮭うまいよなぁ~!」


 向こうでは、デリアが『甘酒』に対抗心を燃やして『塩鮭』を食っている。……他所でやってくれ。


「ミリィはどうだ?」

「ぅん、甘くておいしぃ……みりぃも、好き、だょ」


 おっ、なんか今、ときめく告白っぽいセリフだったな。


「なぁ、ミリィ。一口飲んで、ベルティーナみたいな色っぽいため息ついてみてくれないか?」

「ぅえ!? む、ムリだょう……みりぃ、いろっぽくない、もん……それに、恥ずかしぃし……」

「大丈夫! ミリィなら出来る!」

「そのセリフに根拠が見出せないよぅ!」


 俺は、ミリィならなんだって萌えられる自信がある!


「さぁ、ミリィ。さん、はい!」

「は…………はふぅ~」

「いいねっ!」

「も~ぅ……恥ずかしぃよぅ……」


 甘酒を飲んで顔を真っ赤に染めるミリィ。

 おぉっと、ドニスもちょっとチラ見してるぞ。さすがロリコン。センサーが敏感だな。


「何をやらせているのさ、ヤシロ」


 俺の斜向かい。ベルティーナの隣に座るエステラから、冷たい視線と枝豆が飛んでくる。

 こら、食い物を投げるな。


「サヤ入りだから、落ちても食べられるよ」


 そういうこっちゃないっつの。


 結局、テーブルを用意したにもかかわらず、それぞれの立場や遠慮や思惑からドニス以外誰も座ろうとはしなかった。

 なので、ドニスの前にエステラ、その隣にベルティーナを座らせて、ドニスの隣に俺、で、近くを歩いていたミリィを捕まえて俺の隣に座らせた。いや、困るミリィが可愛くてな。

 いや~可愛い。あ~可愛い。


「絡み酒は退場処分だよ?」

「酔うか、甘酒ごときで」


 ん? いや、待てよ。

「酔っちゃった~」とか言って抱きつけば、ジネットなら「大丈夫ですか? よしよし」ってぽぃんぽぃんしているのにも気付かずに介抱してくれるかも!?


「ジネット!? ジネットはどこだ!?」

「ヤシロ。今席を立ったら、もぐ!」

「『刺す』じゃなくて!?」


 やばいな……さすがにもがれるのは嫌だ。


「ふっふっふっ。相変わらず仲が良いな、そなたらは」


 ナタリアに新しい甘酒をもらって、上機嫌でドニスが言う。

 仲のいいヤツは、「もぐ」とか言わねぇよ。


「付き合っちゃえばいいのにー! ひゅーひゅー!」

「ナタリア。その甘酒って毒入ってないの?」

「はい。残念ながら」


 あぁ、残念だ。

 いたく残念だ。


「ほれ見ろ、ヤシぴっぴ。ミズ・クレアモナの頬が赤く染まっておるぞ」

「あ、……甘酒の、せいです! ぁ……温かいので……」


 言い捨てて、くぴくぴと甘酒を煽るエステラ。

 ほら、そういう反応をするからドニスが嬉しがっちゃうんだろうが。さらっと流せよ、そんなもん。


 ん。どーやらこの甘酒にはアルコールが入っているらしいな。顔が熱いぜ。


「ぁの、てんとうむしさん、顔、真っ赤だょ? 酔った?」

「ふっ……色っぽいミリィの吐息に照れているだけさ」

「はぅ……も、もぅ、やめてってばぁ……」


 いいね!

 ミリィいいね!

 からかいやすいからこういう時、非常に助かるよ!


「ミリィ。ずっと友達でいてくれな」

「ぇ、ぅ、うん! ずっとね!」

「あ、ミリィ、ちょっと待って。ヤシロの言うことだけは真に受けない方がいいよ」


 ふん。

 エステラが何を言おうが、固い握手を交わした俺とミリィの絆は壊せないのだ。


「なぁに、心配すんなミリィ。これからも、ちょいちょい色っぽい何かをさせたりしようかな~と思っているだけだ」

「はぅっ!? …………そぅいぅのは…………ちょっと、こまる……ょ」


 そろ~っと、ミリィの手が逃げていく。

 あぁっ!? 契約の握手が!?


「色っぽい仕草なら、ミズ・クレアモナにやってもらえばよかろう。端正な顔としなやかなプロポーション。男ならグッとこない者はおるまい」

「そ、そんなことは……!」


 そんなお世辞に分かりやすく照れるエステラ。

 で、チラってこっちを見るな。

 期待なんかしてないから。


「まぁ確かに。エステラは出るとこ出ないで締まるとこ締まってるからな」

「出てなくて悪かったね!?」

「でもセクシーなポーズくらい出来んじゃねーのー? やってみればー?」

「お断りだよ!」

「あっはん!」

「うるさいよ、ナタリア! 色っぽさが力強過ぎるから!」

「「「「はぁ……美人過ぎる……」」」」

「子供たち!? 毒されないで、こんなものに!」


 ナタリアのセクシーハリケーンを浴びて、年中から年長のガキどもがぱたぱたと倒れていった。……いつの間に仕込んだんだ、こんな芸?


「まったく……ヤシロがいるといつも騒がしい……」

「俺のせいにすんなよ。ナタリアはお前んとこの給仕だろうが」

「それも含めてヤシロのせいなの…………もぅ、熱くなってきちゃったじゃないか」


 とか言いながら、襟元を指でくぃっと引っ張り、ぱたぱたと手団扇で風を送るエステラ。

 頬が紅潮し、湿った唇が微かに開いて細い息を漏らす。


 …………ちょっと、色っぽいじゃねぇか。


「おっ! ミズ・クレアモナよ! ヤシぴっぴがグッと来たようじゃぞ!」

「えっ!?」

「言いがかりも大概にしろよ、ジジイ!」


 えぇい、くそ。なんて察しのいいジジイだ。

 ほんのちょっと「あっ」って思ったまさにその瞬間にぶっ込んでくるとは……これだから有力な領主は嫌なんだ。こいつもデミリーくらい単純ならいいのに。似たような頭してるんだしよぉ!


「……だっちゅ~の」

「張り合うな、ナタリア」


 それ、前に見たぞ。


「「「「むふぁ~ぁあああ! 色っぽさが天井知らずっ!」」」」

「ナタリア、お前。こいつら、責任持って完治させとけよ?」


「変態人口増やした罰だ~」とか言って『BU』に絡まれちゃ敵わんからな。


 とかなんとか、バカな話に終始しているのは、ドニスにこの場を堪能してもらうための余興だ。

 本題は、もう少し後になったら持ちかける。

 まぁ、盛大に飲んで食え。


 ちらりと横目で確認すると、リベカとフィルマンの距離は……ちょっと遠のいていた。

 あいつら……早く慣れろっつの。


 現在、「麹工場の若き職人と次期領主、未来の二十四区を担う若者同士、語り合うのもいいだろう」的な言い訳をつけてあいつらを二人きりにしている。

 ある程度慣れていてもらわないと、「二人は結婚します!」と宣言しても、「いや、大丈夫なのか? 不安しかないけども!?」と、本筋以外の部分でケチが付きそうだからな。

 問題は、獣人族が次期領主の嫁になる。その上で、麹工場も変わらず盛り立てる。それこそが二十四区のプラスになる! という点なのだ。

 その説得にかかる前に、「お前ら、結婚出来んの?」みたいな状態では話にならないのだ。


 というわけで、時間延ばしをしている。

 本当はさっさと麻婆豆腐の登場に移りたいのだが……


「ねぇねぇ~、ヤシロく~ん☆」


 ちゃぷんと水を跳ねさせて、マーシャが挙手をする。

 濡れた肌がきらきらと輝いている。

 腋まで真っ白。……イイネ!

 いやしかし、その腋からなだらかに続く乳房へのラインが……なおイイネ!


「なんだか気分がいいから~、私、歌っちゃおうかなぁ~?」


 マーシャの歌かぁ……

 人魚は歌が上手いと言われている。

 マーシャは声も綺麗だし、歌も上手い。

 ただ、この世界の歌は『もっさい』のだ。

「オラが村のイモさは天下一品~♪」とか、「イノシシ追いかけてひと山越えて~♪」とか……美人が歌うと、一層むなしさを誘うんだよなぁ……


「ほぅ、人魚の歌を聴けるとは。まさか生涯でそんな機会に巡り合えるとは思ってもみなかったぞ」


 ドニスが乗り気だ。

 海が近くになければ、人魚に会うことすら珍しいからな。

 じゃあ、まぁ、歌ってもらうか。マーシャが歌いたいってんだから、止める理由もないだろう。

 ただ俺が我慢すればいい、それだけの話だ。


「こほん、それでは~、海漁ギルドの歌姫、マーシャ! 歌いま~す☆」


 マーシャが手のひらを合わせて、その隙間にそっと唇を添える。

 すると、甲高く澄んだ音が流れ出した。

 まるでフルートのような音色が、切ないメロディを奏でる。




 夜に揺蕩うホタルイカ 海に閉じ込めた星空ね

 月も見えない夜だから 私はあなたに捕まった


 逃げる時は後ろ向き 瞬発力は海底一

 エビ反りで逃げるマイハート

 捕まえたあなたはボイルme


 乱暴に殻を破かれ――むき身ね、私

 背ワタも取るのね――爪楊枝が便利

 衣をつけて――小麦粉・卵・パン粉の順に

 熱い油で一気にフライ・アウェイ――あ、フライって揚げ物の方のフライなのね


 あなたに変えられた今の私には――タルタルソースがお似合いね(エビフリャー!)



 最後にもう一度、切ないメロディが流れて、曲が終わる。

 誰も何も言わない中、ドニスがぽつりと呟く。


「悲しい……恋の歌だな」

「いや、エビフライの歌だろう」


 なんでか途中で一回ボイルしちゃってるけども。


 けれど、ガキどもを含め、周りからは拍手が巻き起こっている。

 みんな、歌詞とかどうでもいいんだなぁ……


「ねぇねぇ、どうだったかな☆ ヤシロ君?」

「揚げる前に筋を切っておかなきゃ身が丸まっちまうぞ」

「あー、そこは盲点だったなぁ☆ 歌詞、書き換えなきゃ」

「いや、そこはどうでもいいと思うよ、マーシャ」


 エステラが難しい顔をしている。

 こいつも歌詞が気になったのだろうか。


「それよりも、最後の(エビフリャー!)って叫びは必要ないんじゃないかな?」

「そこもどうでもいいわ!」

「いや、でもね。もうその時点で、言われなくてもエビフライってみんな分かってるだろうし、あえて重ねることでくどさが出ちゃう気がするんだよね」

「だから、いいっつのに!」


 語るな、こんなくだらない歌詞について。

 今の歌の、どこを直すべきかと聞かれたら、俺は全部と答えるぞ。

 しかし、娯楽の少ないこの街のこと。あんな歌でも大盛況なのだから侮れない。

 蓄音機でも作ってレコードを売り出すか?

 意外と儲かるかもしれない。


「ところでヤシぴっぴよ」


 ゆっくりと、体をこちらへ向けるドニス。


「今回の酒宴。主題はなんなのじゃ?」


 ……動いたか。

 さすがに、ドニスも暇を持て余しているわけではないからな。ダラダラとどんちゃん騒ぎに付き合ってもいられないのだろう。

 わざわざ呼びつけたからには目的がある。それくらいは思い当たる。


「用件は二つだ」

「ほう」


 なので、こっちもぼちぼち戦闘態勢に入る。


「お前の望みを叶えることと、俺たちの望みを叶えること。この二点だ」


 実に単純明快。

 双方、美味しいとこ取りをしようぜという持ちかけだ。


「ワシの望みというのは、フィルマンのことだな」

「あぁ」


 と言いながら、もう一度フィルマンたちに視線を向ける。

 まだ固い。だが、行くしかないか。


「リベカ」


 手招きをしてリベカを呼ぶ。

 少々後ろ髪を引かれながらも、リベカがこちらへとやって来る。


「呼んだのじゃ? 我が騎士よ」

「いよいよ告白タイムだ」

「にょにょっ!? …………む、むぅ……そうか、いよいよか……」


 リベカが体を固くする。耳も「ぴーん!」だ。

 領主としてのドニスには緊張しないリベカも、彼の叔父であるドニスには緊張するらしい。


「ドニス。リベカだ」

「うむ、よく存じておるぞ。彼女はもはや、我が二十四区にはなくてはならない存在だ。三十五区におけるマーシャ殿のようなものだな」

「えへへ~☆」


 ちゃぷちゃぷと水を跳ねさせて、マーシャが余裕の笑みを浮かべる。お世辞にも慣れたものだ。


「職人としてのリベカの有用性はその通りだろう。で、一人の人間として見た時、こいつをどう思う?」

「ぷりちー!」


 そう来たか!?

 やっぱり九歳がドストライクなんじゃねぇか!

 そして、モーニングスターを握りしめているフィルマンがソフィーに止められている。

 恋敵じゃねぇよ……


「ここだけの話じゃが……無防備な感じがそそるよのぅ。腋とか」


 今度はモーニングスターを握りしめているソフィーがフィルマンに止められている。

 フィルマン。殴りたい感情を殺して必死にソフィーを止めろよ。そいつはお前と違って手加減と容赦って言葉を知らないからな。


「ところでワキス」

「ドニスじゃ」


 うっせぇ、腋フェチ。

 九歳女児の腋にはぁはぁする変態なぞ、ワキスで十分だ。なんか、腋のエキスみたいな名前がお似合いだ。


「さっき、ヤシロ君も私の腋見てたよね~☆」

「それとこれとは話が別……え? バレてた?」

「もちろん~☆」

「誤解がないように言っておくが、俺が見ていたのは腋から乳房にかけてのラインであって俺は腋フェチではなく、きちんと乳フェチで……」

「うんうん☆ たぶん誤解なんてしてないと思うよ~、微塵も☆」


 く。話が逸れた。

 この件は後日ゆっくりと語り尽くさねばなるまい。腋と乳の境界線について。


「それでだ、ドニス」


 表情を引き締め、話を戻す。


「こんな娘が欲しいとは思わないか?」

「九歳なら、まだパパと一緒にお風呂に入る年齢じゃな!」


 モーニングスターを握りしめているフィルマンと、武器無しでも十分な破壊力を持ちそうなソフィーがナタリアとバーサに止められている。

 ナタリアが常識人に見えてしまう二十四区。先は暗いな。


「……俺の知り合いに、窓辺のよく似合う貴族のご婦人がいるんだが」

「子供は無邪気なものだ。穢れのない世界で生きてもらいたいものだな。ワシは、そんな無垢な子供たちを邪なる感情の渦から守ってやりたいと思っている。切に」


 手のひら返しやがったな、この邪の塊。

 マーゥルに操を立ててるわけじゃないのか、この乙女ジジイは。これまでは単純に、九歳女児と出会う機会がなかっただけなんじゃないだろうな……


「時に、はしゃぎたくなる時もあるものよの、男子たるもの。な? ね!」

「あーはいはい。気の迷い、気の迷い」


 チクらねぇから、そんな死にそうな顔すんじゃねぇよ。


 とりあえず、獣人族への忌避感は感じられないか。

 周りにこれだけ獣人族の子供たちがいて、不快感を微塵も見せていない。


 仕掛けるか――


「ドニス。お前ほどの男なら、もう分かっているかもしれんが……」


 と、持ち上げることで、ドニスを驚けない状態にする。

 これで「え、そうなの!?」と間抜けなことは言えない。冷静を装わなければいけない。

 そこに付け込む。深く深く思案する暇を与えず、事実を最短ルートで脳へと叩き込む。


「このリベカが、実は――」

「ワシのことを!?」

「最短ルートで明後日の方向に行くんじゃねぇよ!」


 なわけあるか!

 年齢考えろ! 何回り下だ!?


「フィルマン!」

「はい!」


 フィルマンが駆けてきて、リベカの隣に並び立つ。

 若干、リベカを背に庇うように。……盗られねぇから心配すんなって。


「ん…………なるほど。そういうことか」


 さすがに、この状況で察しがついたようだ。

 視線を送ると、フィルマンが力強く頷いた。


「リベカさんが素晴らしいのは腋だけでなく、ヒザの裏もです!」


 殴っておいた。脇腹を。


「……い、痛いです……ヤシロさん」

「お前らのその病気って遺伝すんの? 親子関係でもないのに同じ症状って、一族全部呪われてんじゃね?」


 真面目な話をしてんだよ。


「……ヤシロが真面目に見えるなんて……二十四区、大丈夫なのかな?」


 向こうの席でエステラが呟く。ばっちり聞こえてるからな? 覚えてろよ。


「フィルマンよ。お前は、このリベカ殿と……」

「はい。結婚したいと、思っています」


 正面切って、言い切った。

 リベカも、恥ずかしそうに俯きながらも、明確な首肯を見せる。


「どうか、僕たちの結婚を認めてください!」


 最難関の壁。

 それに立ち向かうフィルマン。


 ドニスはそんなフィルマンの顔をじっと見つめ、ついでリベカに視線を注ぎ……まぶたを閉じた。


「これで、お前がワシに反発していた理由が分かった……」


 次期領主にしようとあれこれ教えるも、なかなか身が入らなかったフィルマン。

 身を固めさせようとしても反発してきたフィルマン。

 それらの原因を知り、ドニスは腑に落ちたという表情で一度、大きく頷いた。


 そして……


「…………納得出来んな」


 否定的な言葉を述べる。


「今この場で『はいそうですか』と認めるわけにはいかんな」

「な、なぜですか……!?」


 ごくりと、誰かがつばを飲み込む。

 緊迫した空気が辺りを包み、息を殺してみんなが見守る。


「なぜだと? 分からんのか。その娘は……」



『亜人ではないか』



 その言葉が飛び出せば、この結婚はなくなるかもしれない。

 もっとも、そうならないように俺がフォローをするつもりではあるが、それでも、リベカやソフィー、バーサを含めた麹工場の連中の心にはしこりが残るだろう。


 ドニス。お前は何を言うつもりだ――


「その娘は、まだ九歳じゃないか! 幼過ぎる!」

「おいこら、同じ穴のジジイ!」


 おのれも九歳の少女にガチプロポーズした経験があんだろうが!


「しかし、常識的に考えて、九歳の少女を嫁に欲しいなどと……病気だとしか思えないではないか!」

「俺の知り合いの窓辺がよく似合う貴族から、物凄く似たような話を聞いたんだが?」

「それとこれとは話が別なんじゃないかなぁ!? なぁ、ヤシぴっぴ!」


 必死に過去の自分をひた隠すドニス。

 知られたくないらしく、忙しなくフィルマンの方へと視線を向けたり逸らしたりしている。

 そして、無理矢理話題を変える。


「それに、リベカ殿は麹工場の責任者だ。領主の嫁に来ていただくわけにはいくまい」

「その点でしたら……」

「問題ないのじゃ!」


 フィルマンの言葉を遮り、リベカが断言する。胸を張って、堂々と。

 そして、自信に満ちた表情で、ソフィーを指し示す。


「わしの自慢の姉なのじゃ。お姉ちゃんが、今後は工場を引っ張っていってくれるのじゃ」

「しかし彼女は……ワシも領主という立場上、事情は耳にしておる」


 耳を怪我して麹職人の道を断たれたことを言っているんだろう。


「その点に関しては、僕が説明いたします」


 そうして、俺が教えた共働きの話を説明し始める。

 ……へぇ。一回カンペを見ながらしゃべっただけで、よく覚えられたな。それどころか、自分なりに分析して分かりやすく改変されている。

 ドニスが、次期領主はこいつしかいないというのも頷ける。

 こいつ、頭はいいんだな。

 ……ただ、溢れ出る変態オーラでそれが見えなくなっているだけで。


「領主が……共働き、だと?」


 ドニスの眉間にしわが寄る。

 領主が共働きというのは、世間体を考えると容認しがたいのかもしれない。


「貧しいから共に助け合うのではありません。素晴らしいからこそ、共に助け合い、支えあって、よいところを活かし、伸ばし合うのです。リベカ・ホワイトヘッドという才能を、結婚という制度のために失うことは、二十四区にとって重大な損失です」


 前のめりになり、ぐいぐいとドニスへと接近していくフィルマン。

 そして、リベカを見つめて、高らかに言い放つ。


「けれど、僕はリベカさん以外の女性と結婚する気はありません。だからこその、共働きなのです!」


 その宣言には、ドニスも何も言えない。

 なにせ、自分がそうだったのだから。

 マーゥル以外の女性との結婚をことごとく蹴って、今現在に至るまで独身を貫いている。

 こんなにも似た性格をしたフィルマンの言葉を、冗談や詭弁だとはとても思えまい。


 フィルマンはきっと、リベカとの結婚が破談になれば、生涯独身を貫くだろう。

 そして、数十年後に今と同じ問題を抱えるのだ。跡継ぎ問題を。


「……共働きの領主など、聞いたことがない」

「それはそうでしょう。ここから始まるんですから!」


 グッとこぶしを握ったフィルマンは、自信に満ち満ちた表情で――俺の腕を掴みやがった。


「ね、ヤシロさん!」

「……最後まで一人で言い切れよ」

「いや、あの……ドニスおじ様の顔、真正面から見てると……怖くて。そろそろ限界が……あと、新しい風的なお話はまだ僕自身もちょっと消化しきれてませんので……ヤシロさんの方が、説得力、ありますし!」


 このヘタレ。ここ一番で……

 まぁ、下手なこと言ってドニスの逆鱗に触れるよりかはいいか。

 リベカとの結婚の意思は固いってところだけは、きちんと自分の言葉で言ったもんな。


 ……初めて会った時は、ドニスにビビッて何も言えなかったフィルマンがなぁ…………あの時から、リベカのことだけは食ってかかってたけど。


「まぁ、そういうわけで、『BU』は古い。その点に関しては、お前もいろいろ思うところがあるだろ、ドニス?」


 舞台に引きずり上げられてしまったので、選手交代だ。


「お前だって抗ったはずだ。古い貴族のしきたりに。領主というものの生き方に」

「……さてな」

「誤魔化しは通用しねぇぞ。お前『たち』のことは、聞かせてもらったんだ」

「…………あの人が、話したのか」

「あぁ。今回の件にもしっかりと噛んでもらっている」

「………………そうか」


 ドニスにしても、マーゥルから手紙をもらったことで、その辺のことには気が付いていたはずだ。

 ただ、確信はなかったかもしれないが。


「だが、安定の上に平穏があることもまた事実。感情的な勢いだけで先んずれば、手痛いしっぺ返しを食らうこともある。かつて、アゲハチョウ人族の娘が、それで傷付いたという話を聞いたこともある」


 シラハとオルキオのことだ。

 ドニスくらいの年齢なら、よく知っている事実なのだろう。


「新しいものに魅力を感じるのは若い者たちの習性だが、それと同時に、古いものを大切にしたいと思うのは、ワシたち老いた者の習性。そうそう譲ることは出来んよ」

「温故知新って言葉を知ってるか?」

「………………卑猥な言葉か?」

「違うわ!」


 なんだ?

 俺の口から吐き出される言葉はみんな卑猥なのか!?

 お前の方が重傷だろうが、女児腋フェチめ!


ふるきをたずねて新しきを知る。古いものを排除して、まったく新しく生まれ変わろうってんじゃないんだ。お前らの習性を理解した上で、若い連中の習性をごり押ししてやりたいのさ」


 なにも古いものを全否定するわけではない。

 むしろ、廃れてしまった古きよき時代の物を復活させてやりたいとすら思っている。

『BU』なんて、新しい縛りが出来たせいで締め出されてしまった、過去の遺物を。いや、『偉物』かもしれない。


「二十四区がずっと守り続けてきた伝統を生かした、まったく新しい物を見せてやる。ジネット!」

「はい」


 ずっと待機していたジネットが厨房へと駆けていく。

 それから数分の後に姿を現したのが――麻婆豆腐。


「二十四区の誇る麹と、かつてこの区で作られていた豆腐を使って生み出された、まったく新しい、次世代の料理だ」

「豆腐とは……また、懐かしい」


 甘酒もかつてこの街にあった物なのだが、庶民の飲み物ゆえに、ドニスは知らなかった。

 だが、豆腐は違う。

 二十四区の名産品である大豆を活用した食材だ。領主もたくさん食べたことだろう。

 幼き日に。

 ちょうど、マーゥルに夢中になっていた若きあの時代に。


「この赤い物は一体……」

「それは、豆板醤という、ソラマメと麹で生み出された新しい調味料です」

「ソラマメと……」


 フィルマンの説明を聞き、ドニスの目が微かに揺れる。

 ソラマメは二十九区の名産品だ。マーゥルのいる、二十九区の。


「さぁ、食ってみてくれ」

「う、うむ……」


 木のスプーンを使い、麻婆豆腐を掬い上げる。

 それをたっぷりと見つめた後、ドニスがゆっくりと口へと運ぶ。


「ん!? これは……っ」


 躊躇いなく、二口目を掬って口へ運ぶ。

 三口、四口と、続けて食べ、飲み込んで、ドニスはたっぷりと息を吐いた。


「なるほど……これが、温故知新…………新しい、二十四区の可能性か」


 その言葉は、「美味い」という意味で間違いないようだ。

 グラついたドニスの心に、決定打を打ち込んでやる。


「二十四区と、二十九区の合作だな」

「…………二十九区との、合作………………か」


 その瞳に、他人には汲み取ることも出来ないような深い想いを浮かべ、ドニスがもう一口麻婆豆腐を口へ運ぶ。


「…………美味い。しみじみ、美味いな、この料理は」


 ドニスの心の扉が開いた、そうはっきり分かるような、無邪気な笑みを浮かべていた。

 いい歳をしたジジイが見せるには、あまりに無防備で幼過ぎる。

 マーゥルにも、見せてやりたかったな、この顔は。


「ジネット」


 よくやったと、称賛の意味を込めてジネットへ視線を向けると――


「はい」


 ――いつもの柔らかい笑みがそれに応えてくれた。

 誰かが幸せになってくれて嬉しい。そんな、いつも通りの感情を表している、陽だまりのような笑顔が。







いつもありがとうございます。


いやぁ、すみません。

何か面白い話を書こうと思っていたのですが、

ここ最近、身の回りでは会社で起こった心霊現象の話題で持ちきりで、そんな話しかありません。

ウチの会社の偉い人が見たそうなんですよねぇ、幽霊。ウチの会社で。


でも、どうしても聞いていただきたい(話したい)!

ですので、怖いの嫌っぷぅ! という方は、下のダンシングまでジャンプです!



ウーッ(」・ω・)」 (/・ω・)/ジャンプッ!




 うちの会社、廊下の先に更衣室がありまして、更衣室からオフィスに入るには古い自動ドアを超えなきゃいけないんですね。

 更衣室のドアは、目の高さにすりガラスが嵌め込まれていて、中は見えないんですが、人がいるとシルエットが見えるんです。で、狭い更衣室なんで「あ、人がいるならもうちょっと待とう」とかってなるんです。ホントに狭いんで。男でギュウギュウとか、きついんで。


 先日、ウチの会社の偉い人が残業して、自分の部署には残ってる人はいなくて、他の部署に2~3人いるかなぁ~くらいの時間まで残ってたんだそうです。

 さ~て、帰るかってオフィスを出て、重たい自動ドアを「ガコガコ・ヴーン」って通り抜けて、更衣室に行ったんです。

 誰もいないから当然真っ暗で、電気点けて、ドア閉めて、着替え始めたんだそうです。

 着替えてる途中で、ふと顔を上げると、ドアのすりガラスに人影が映ってる。まるで中を覗き込むかのように体を揺すっている影。

「あ、中に自分がいるから待ってんのかな」って思って、その偉いさん、

「ごめんなぁ。すぐ終わるから~」って、声をかけたんだそうです。

 なのに「し~ん……」返事はない。

 若干イラッてしながら着替え終わって、ドアを開けると……誰もいない。

 廊下といっても短いもので、端から端まで一目で見渡せるくらいで、人がいればすぐ目に入るんです。

 でも、いない。

 オフィスの方に戻ったのかなぁ~? と思って自動ドアの前まで行ってみると、「ガコガコ・ヴーン」と、物凄いデカい音が廊下と言わず、オフィスと言わず、更衣室と言わず、建物全体に響き渡ったんだそうで……

「あれ……着替えてる時にこの音、聞いてない……」って気付いてゾッとしたんだそうです。


 自動ドアの音が聞こえないのに、自動ドアを越えなければ入ってこられない更衣室への廊下に誰かいて……で、自動ドアの音を聞いていないのに、さっきまで確実にここにいた『誰か』が今はいない……


 うわっ!? 怖っ!

 って、その偉いさん、更衣室の電気を切ってさっさと帰ろうと廊下を戻って更衣室の前に行ったんです。

 そしたら…………更衣室の中で動く人影が、ドアのすりガラス越しに見えたんだそうです。


 電気、消さずに帰ったそうですよ……





ダンスダンス♪└|∵┌|└| ∵ |┘|┐∵|┘♪└|∵┌|└| ∵ |┘|┐∵|┘♪ダンシンダンシン



で、ですね。

何が怖いって、その更衣室も廊下も自動ドアも、みんな私、毎日見るんですよね!

更衣室、使うんですよね!

勘弁してほしいですってばもう!


怖いっつうの!

更衣室、一人で入れないっつうの!

なので、更衣室に誰もいない時は、他の人が来るのを廊下で待ち伏せして、一緒に入るように…………これ、ホモって噂立てられるフラグですね!?

違うんですよ!?

くそう……こうなったら、更衣室を使わずにオフィスの中で着替えを…………通報されますね!? くそう!



とっくに定年退職した昔の上司はよかった。

怖い話も面白かったのに……ガチな話なんか求めてないのに……対岸の火事だから笑ってられるのに……



あぁ、元上司の怖い話ですか?


出張先のホテルで寝てた時、金縛りにあったんですって。

で、天井から女の幽霊が出て来て、上司の顔をじぃ~っと覗き込んで一言――

「すみません、間違えました……」って。


「人違いかーい!?」


って、飛び起きたそうですよ。金縛りとか、すっかり解けてたって。


そういうお話がもういくつかある面白い上司でした……帰ってきてほしいなぁ……



次回は、楽しいお話が書けるように、楽しい時間を過ごしておきます。




――レジーナの店


レジーナ「で、なんでウチにおるん?」

ヤシロ「いや、こういう流れの時は、陽だまり亭で怖い話大会になる流れなんだよ。参加してたまるか」

レジーナ「自分は、ホンマ怖がりやなぁ」

ヤシロ「お前は怖くないのかよ?」

レジーナ「ウチ、信じてへんもん。ゆーれーとか、見たことないしな」

ヤシロ「その理論だと、男の下腹部も存在しないことになるだろうが!」

レジーナ「なんで見たことないって決めつけんねんな!? あるかもしれへんやん!」

ヤシロ「え? あんのかよ?」

レジーナ「あのな、ウチは薬剤師やで? 下腹部につける薬かてあるんやさかい、そら見たことくらい…………まぁ、ないんやけど」

ヤシロ「ないんじゃねぇか!?」

レジーナ「けど、想像やったらしたことあるで! 毎日しとるわ!」

ヤシロ「毎日はすんじゃねぇよ! 頭ん中そればっかりか!?」

レジーナ「アホやなぁ。片方ばっかり想像してるわけないやん」

ヤシロ「かたほう?」

レジーナ「ほら、自分にもあるやろ? お尻の入り口」

ヤシロ「俺の尻には出口しかねぇよ!」

レジーナ「まぁ、午前午後で切り替えて、どっちかのことを考えとるな」

ヤシロ「薬のことを考えろ!」

レジーナ「ほなら自分は、おっぱいのことを考えてへん時間があるんか!?」

ヤシロ「ねぇよ!」

レジーナ「言い切ったなぁ……潔いのに、一切カッコよぅないんはなんでなんかなぁ」

ヤシロ「まぁ、予想通り、お前のところにいれば怖い話にはならないみたいで安心だな」

レジーナ「そういえば、この前ミリィちゃんがおかしなこと言うとったなぁ」

ヤシロ「ミリィとお前じゃ、100%おかしいこと言うのはお前だろうが」

レジーナ「まぁ、否定はせぇへんけどな。なんでもな、夕暮れ時にウチの店の前通ったら、店内から笑い声がしたんやって。楽しそうに、誰かと談笑してるような声が」

ヤシロ「そりゃお前が…………いや、レジーナが他人と談笑なんかするはずがない……こいつはいつでも独りぼっちのはずだ……なのに、談笑するような声が…………ユッ、ユニークな幽霊だ!?」

レジーナ「なんや、怖ないなぁ、そのゆーれー」

ヤシロ「ちょっと社交的で、気さくな感じの、話の上手い幽霊がいるのか、この店!? うわっ、怖っ!?」

レジーナ「せやから、そんなゆーれー怖ないやんって」

ヤシロ「で、でも……その時間、お前以外にこの店に誰もいなかったんだよな?」

レジーナ「せやな。ミリィちゃんが言うてた時間は、ウチ、一人で店におったなぁ」

ヤシロ「お前は何か気付かなかったのかよ、その声のこと?」

レジーナ「さぁなぁ……ウチ、そん時ホコリちゃんとモノマネ対決しとって、めっちゃ盛り上がってたからなぁ」

ヤシロ「やっぱ犯人お前じゃねぇか!?」


――独りぼっちでも、会話も談笑も出来てしまうレジーナが、ある意味一番怖い……というお話でした。


次回もよろしくお願いいたします。

宮地拓海

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ああ、そうでしたね。ドニスにはこんなイジりポイントがあったんでした。すっかりハビエルの専売特許みたいになっているけど、ワキスでもあったのでした。 それはそうと、まさかマーシャの歌がYouTubeで公…
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