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異世界詐欺師のなんちゃって経営術  作者: 宮地拓海
第一幕

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18話 笑顔のために

 現在、絶賛改装中の陽だまり亭。

 その玄関先に、エステラが立っている。


 手には包みを持っており、ドアの前で大きく深呼吸をする。


「……大丈夫。きっと上手く出来る」


 そう呟いた後、ニコッと笑顔を作る。

 が、気に入らなかったのか小首を傾げ難しい顔をする。


「……これじゃいつもと変わらないか……よし!」


 そして、先ほどよりもにっこりと笑い、眩しいほどに白い歯を覗かせる。


「……何かが違う…………そうだな、セリフを入れてみるか」


 時刻は早朝。改装工事を請け負うトルベック工務店の面々はまだ現場に来ていない。

 ドアの前にいるのはエステラ一人だ。


「やぁ、ヤシロ!」


 誰もいない場所で、エステラはドアに向かって笑顔を見せる。

 当然、この店のドアには『ヤシロ』なんて名前は付いていない。


「ヤシロ、頼まれていたものを持ってきたよ!」


 エステラが笑顔で話しかけるも返事はない。

 ドアは何もしゃべらない。


「いやぁ、結構苦労したんだぞ。感謝してほしいものだね!」


 エステラ、笑顔。

 ドア、無言。


「……何かが違う…………」


 何もかもが違うと思うのだが。


「……おかしいな」


 おかしいのはお前だ。


「そうだ! ジネットちゃんのマネをしてみよう」


 ならまずおっぱいを育てないとね!


「ヤシロさんっ! おはようございますっ! にこっ!」


 ぅわぁ~…………

 つか、自分で言ってその半端ない違和感に悶絶してるし。

 蹲って顔を伏せ、肩をプルプル震わせている。

 耳まで真っ赤だ。


 いや、なんつうか、こいつ何がしたいんだろうな。

 長年、多くの客を迎え入れてきたこの年季の入ったドアの前でさ。

 もうすぐ取り外される運命にある木製の傷んだこのドアも、まさか最後の仕事がエステラの笑顔の練習台になるとは思ってもみなかっただろうな。ご苦労さんだな、お前も。


 で、陽だまり亭の店先で絶賛悶絶中のエステラを、店の陰からジッと覗き見ているのがこの俺、オオバヤシロだ。


「何やってんだお前?」

「んなっ!?」


 声をかけると、エステラは驚愕の表情でこちらを向き、俺の姿を確認すると全力のエビ以上の速度で後方に飛び退いた。


「なっ、なっ、なんでいるんだ、ヤシロ!?」

「なんでって……便所行った帰りだが?」

「い、いいいいい、いいいい、いい、いつから見ていたっ!?」

「『……大丈夫。きっと上手く出来る』からだが?」

「最初じゃないか! そこにいるなら声をかけておくれよ!」


 俺は、建物の陰から出て、エステラの前へと歩み寄る。


「いや、なに。一昨日からお前の元気がなかったからな、ちょっとは心配していたんだが…………なんかすげぇ楽しそうで安心したよ」

「たっ、たた、楽しくなんかないよっ! 穴があったら入りたい気分だよ!」


 その穴を埋めたら「何するんだいっ!?」って飛び出してきそうな勢いで怒りをぶちまけるエステラ。八つ当たりもいいとこだ。


「で、何がしたかったんだよ、さっきの百面相は?」

「く、空気を読んで、そこは触れないでいてくれないかなっ!? デリカシーのない男だね!」

「胸のないお前に言われたくない」

「デリカシーないよね、ホントに!?」

「デリカシー『は』、なくても生きていける」

「胸がなくても生きていけるよ! ……誰の胸がないかっ!?」


 朝から楽しそうなヤツだ。


「き、君が…………」


 怒り満面だったエステラが、少し泣きそうな表情を見せる。

 ん……こんな顔は初めて見るな。


「……ボクのパイオツが、カイデーじゃないって言うから……」


 うん。

 お前のパイオツは全っ然カイデーじゃないよ。

 むしろ『無いデー』だな。


「笑顔には、割と自信があったんだ……なのに、あんな全力の否定を…………」

「あ……」


 そうか。

 こいつは自分の『笑顔』が『素敵じゃない』と言われたのだと思っているわけか。


「あ~、いや、あのだな、エステラ」

「なんだい? これ以上まだボクを貶める気かい?」


 なんだか随分とへそを曲げている。


「それには誤解がある……というか、あの解釈はジネットが勝手に思い込んでいるだけで、本来の意味はそんなところにはない」

「……どういうことだい?」

「詳しくは言えん!」

「っ!? ……そ、そう、なのかい?」


 ここは勢いで誤魔化す。

 絶対本当の意味は教えられない。


「だが、とにかく、お前の笑顔を貶めたわけでも、否定したわけでもないんだ。そこだけは信じてくれ」


 出来る限りの誠意をもってそう訴える。

 ……まぁ、俺のせいでなんか傷付けたみたいだし……こいつにはまだまだ色々と役立ってもらわなきゃ困るしな。人間関係を拗らせるのは得策ではない。

 そのためにもきちんと誤解を解いておきたい。

 詐欺師には、信用が大切なのだ。


「……君を信じろというのは、魚に『空を飛べ』と言うようなものだと思うのだけど?」

「……てめぇ」


 人間関係拗らせる気満々か、こいつ。


「じゃ、じゃあ聞くけどさ……」


 両腕を後ろ手に組み、足元の土をつま先でいじりながら、エステラはやや上目遣いで尋ねてくる。


「ボクの笑顔は…………どう、かな?」


 うわ……やべ……

 一瞬、可愛いとか思っちゃった。


 が、こいつにそんなこと言えるわけがない。

 そんな弱みを見せたら、こいつは何を言ってくるか分かったもんじゃないからな。


「…………ノーコメントで」

「帰る」

「待て! その荷物だけでも置いていけ!」

「7万Rb!」

「素敵だ、エステラ! お前の笑顔は最高だぜ!」

「そこまで嘘くさい言葉を、ボクはかつて聞いたことがないよ!」


 いや、素敵だと思っているのはマジなんだが。


「よし。じゃあ、『精霊の審判』をかけてみろ」

「え…………?」

「今の俺の発言に嘘があるかどうか、その目で確かめるがいいさ」


 素敵だと思っているのは本当だ。……ただ、発したタイミングがちょっと悪かっただけで。

 なので、俺がカエルになることは100%ない。


「さぁ、やれよ」


 両腕を広げてみせる。

 いつでも来いだ。


「いや……いいよ」


 しかし、エステラは『精霊の審判』を発動させなかった。


「そもそも、それは『精霊の審判』の領域じゃないからね」


 あ、そうか。思う思わないってのは『精霊の審判』では裁けないのか。

 う~ん、しくじったな。


「でも……」


 俺が己の選択ミスを悔やんでいると、エステラが呟くように声を漏らす。

 見ると、いつになく柔らかい表情で俺を見るエステラと目が合った。


「そこまで言ってくれるなら……信じるよ、君を」

「いいのか? 魚は空を飛べないぞ」

「ホント、意地が悪いよね、君は」


 そう言ってエステラは、楽しそうに笑った。

 とりあえず、機嫌が直ったようでよかった。


「とにかく入ろうぜ。朝は寒い」

「そうだね。あ、でも先に行っててくれないかな?」

「ん? なんだよ?」

「いいから。ほら、コレ。頼まれていたものだから、コレを持って先に行ってて」

「……なんだよ。あ、トイレか」

「ホントに君はデリカシーがないよねっ!?」


 ドアを開け、背中を突き飛ばされた。

 前につんのめるように室内へ放り込まれ、振り返ると同時にドアが閉められる。

 ……なんか、監禁された気分だ。


 まったく、トイレくらいで乱暴な…………はて、本当にそうか?


 エステラの態度に何か引っかかりを感じた俺は、そっと、傷んだ木のドアを開く。

 隙間から外を覗くと……


「…………ふふ」


 エステラが、宙に浮いた半透明の板を見つめてニヤケていた。……うわ、怖っ。

 ここで見つかると「見ぃ~たぁ~なぁ~!」と山姥化しそうな雰囲気だったので、バレないようにそっとドアを閉じた。


 さっきの半透明の板は、会話記録カンバセーション・レコードか?

 何を見てたんだか……


 まぁ、用事が済めばそのうち勝手に入ってくるだろう。

 そう思い、俺は受け取った荷物を手にリフォーム終了までの間仮設リビングとしている二階の部屋へと向かった。


 中庭を抜けて、二階へ上がり、仮設リビングのドアを開けると……

 ジネットが会話記録カンバセーション・レコードを眺めてニヤニヤしていた。


 ジネット、お前もか……


「はぅわぁ! ヤシロさささささんんっ!?」

「面白いとこ噛んだな」


 後半噛むヤツは珍しい。


「何してんだよ?」

「あ、いえ……その…………ちょっと、忘れたくないことを忘れないように……」


 へぇ……

 なるほどな。会話記録カンバセーション・レコードはそうやってメモ代わりに使うことも出来るのか。

 確かに、一度口にした言葉なら記録が残るんだから、理に適った使い方だな。


「凄いじゃないか、ジネット。その使い方は盲点だったぞ。いや、いいことを教えてもらった。ありがとな」

「ふぇっ!? ……ヤシロさんに褒められた………………嬉しいですっ!」


 いやいや、そんな本気で喜ばれると、普段俺が冷たいヤツみたいじゃないか。

 褒めるところはちゃんと褒めるぞ。

 ただ、褒められるところが極端に少ないだけで。


「……マグダは知っている」

「おぉうっ!? ……い、いたのか、マグダ」


 いつの間にか俺の背後にピタリと寄り添うようにマグダが立っていた。

 気配がなかった……さすがネコ科……


「……店長は、ここでのヤシロの言葉を何度も読み返している」

「マグダさんっ!?」

「俺の言葉? 俺、なんか言ったか?」

「……『どうって……いや、可愛いけど?』」

「マグダさんっ!? なんで、何もかも知ってるんですかっ!?」

「……見た」

「いつ見たんですかぁ!? もう!」


 ジネットが慌てた様子でマグダの口を塞ぐ。

 …………あ、言ったかもしれないなぁ、エプロンドレスが似合うかどうか聞かれて。


「あ、あああ、あの、ちが、違うんですよヤシロさん! 別に、珍しく褒められたのが嬉しかったとか、可愛いとか男の人に言われることが少ないからとか、そういうことではなくて、あの……ですから、つまり……」

「……読み返すと元気が出る」

「そうなんですけど! そうなんですけど、ちょっとだけ静かに願います、マグダさん!」


 ジネットが半泣きだ。

 ……なんだろうか、この騒がしさは。

 つか…………俺の言葉で元気出るとか…………なんか、照れるわ。


「うわっ、どうしたんだいジネットちゃん!?」


 そんな中、エステラが仮設リビングへとやって来る。


「ヤシロォ……」

「待て待て。真っ先に俺を疑う癖を直せ。下手人はマグダだ」

「マグダが……?」

「……店長が会話記録カンバセーション・レコードを読み返してニヤニヤしていた件について」

「マグダさん! もうこれ以上広めないでくださいっ!」

「――っ!?」


 マグダの一言でジネットはさらにダメージを受け……同時にエステラも顔を背けた。耳が赤い。


「そ、そんなことよりも、今日の予定を話し合わないかい?」

「そ、そうですよね! そうしましょう! 建設的に!」


 ……この反応。


「なぁ、エステラ。お前さっき表で……」

「ところでどうだったかな、ボクの持ってきた物は? 役に立ちそうかい!?」


 強引な話題転換……やっぱりこいつ……


「盗み聞きしたエロい会話でも読み返してたな?」

「……そういう目でボクを見るの、やめてくれないかな?」


 先ほどまで上気して薄桃色だったエステラの頬が、一瞬で素の色に戻った。

 あぁ、これがドン引きってヤツか。すげぇ冷めた目で見られてる。


「今日はしっかりと作戦を立てて行きましょうね。昨日は残念な結果になってしまいましたから」


 ジネットが仕切り直し、俺たちは仮設リビングのテーブルに着いた。


 狩猟ギルドにボナコンの肉を売った翌日、俺たちは米農家を訪ねていた。

 野菜、魚、肉とくれば、当然次は米だろうと喜び勇んで向かったのだが……


「お前らに売ってやる米はねぇ。『一回捨てて、それを買い取る』? バカ言うんじゃねぇよ! 丹精込めて作った米を捨てるなんざ出来るか! ただでさえ生産量がギリギリだってのに! そんなふざけた話をしに来たんなら帰ってくれ! 二度と来るな!」


 ――と、カモ人族の米農家ホメロスに追い返されてしまったのだ。

 これで、米を手に入れるのが難しくなってしまった……

 だからといって、四十二区内でもまださほど認知されていないゴミ回収ギルドが、いきなり他の区に乗り込んで大成するとも思えないし、ましてや行商ギルドから買うなんて、最早出来ないし…………

 そうして、俺の炊きたて白米大作戦は、作戦実行前に頓挫してしまったわけだ。


 おのれ……米農家のホメロスめ……俺に向かって言ったセリフ、たったの一言も忘れるなよ…………

 あいつも、『叩き潰しても心が痛まないリスト』に入れてやろうか……ったく。

 とりあえずあのカモ野郎は、今度会った時にでも、背中にネギを括りつけてやることにする。

 リアルカモネギだ。搾取されまくるがいい、カモだけに!


 つか、米農家をカモ人族がやってるのには驚いた。

 日本でも、田んぼに合鴨を放して虫を食べさせる合鴨農法ってのがあるが……さすが異世界だな……雑草やら虫の除去だけじゃなく、最初から最後までカモが作業してるとは……

 ちなみに、そのホメロスというカモ人族は緑の顔をしたマガモではなく、茶色地に白い模様の入ったカルガモみたいな顔をしていた。


 さて、ネギをしょってくるのは何ガモだったかな……


「あのヤシロさん……顔が、怖いですよ?」

「いや、なに、ちょっとした思い出し苛立ちだ。限度を超えると不当な八つ当たりをすることもあるが、まぁ気にするな」

「はいでは、気にしま…………八つ当たりはやめてくださいね?」


 ジネットが怯えたように肩をすぼめて俺から距離を取る。


 誠に残念な結果ではあったが、ダメなものはどんなに粘ってもダメなのだ。

 もっと別の切り口で攻める必要がある……が、俺たちは米ばかりに時間を割いているわけにはいかない。なにせ、食堂には各種、様々な食材が必要なのだからな。


 で、米が空振りに終わって次に向かった先が、養鶏場だ。

 ……そう。俺が初めてこの四十二区で夜明かしした日の朝に出会った鳥顔の女、ニワトリ人族のネフェリーの家だった。


 再会するなり、「あっ! あの時のセクハラ男!」と、指を差された時の、みんなの冷たい視線といったら……ジネットだけが「きっと誤解ですよね?」と、俺のフォローをしてくれていた。

 ……まぁ、誤解ではないんだけどな。


 だってよ、ニワトリ顔のヤツが卵持ってたら、そいつが産んだと思うじゃん、普通?

 それがセクハラとか…………この世界、やりにくっ。


 とまぁ、そんな過去のいざこざは一旦脇に置いて、俺たちは卵を定期的に融通してくれるように交渉を開始した。

 卵はいろんな料理に使える万能食だ。是非とも欲しい。それも、毎月一定数。安定してだ。


 だが、懸命な交渉も虚しく、俺たちは成果を上げることが出来なかったのだ。

 まさに空振り。

 昨日は散々な一日だった。


「まさか、ニワトリが卵を産まなくなっているとはねぇ……」


 エステラがため息を漏らす。


 ネフェリーの家では常時二百羽近いニワトリが飼育されているのだが、そのうち四分の三程度が生後十ヶ月ほどで卵を産まなくなってしまうのだそうだ。

 それ故に、卵の数も足りておらず、行商ギルドに卸す分だけでいっぱいいっぱいなのだと断られてしまった。


「困りましたねぇ。卵はたくさん必要になりますし……」

「……玉子焼き、美味しい」


 ジネットが困り顔でため息を漏らし、マグダは無表情のままよだれを垂らした。っておい、マグダ。


「卵を産まないニワトリはすぐに屠畜して肉にしてしまうそうだね」

「でも、お肉でしたら狩猟ギルドのおかげで美味しいものが出回っていますし、売り上げはあまりよくないとおっしゃっていましたよ」


 実際、魔獣の肉は美味い。

 日本のスーパーで売っていた肉とは比べ物にならない、別次元の美味さだ。

 そこだけは異世界の勝利を認めざるを得ない。

 だもんで、卵が産めなくなった廃鶏の肉などでは市場で太刀打ち出来ないのだ。


 この街の養鶏場は、卵こそが金を生む。


「卵をたくさん手に入れるためには、もっとニワトリの数を増やすしかないんだろうけど……」

「でも、それですと、ニワトリさんがまるで使い捨てのようで…………ちょっと、可哀想です」


 家畜に可哀想も何もないと思うが……まぁ、ジネットならそうかもな。


「だからこそ、俺が力を貸してやろうって言ったんだよ」


 交渉の後にそんな事情を聞き、重い空気に包まれた養鶏場で、俺は困り顔のネフェリーに対し……まぁ、顔が完全にニワトリなんで困っててもあんまり伝わってこなかったんだけど……一つの提案をした。

 もう卵を産まなくなったニワトリを百羽譲ってもらい、そいつらが卵を産むようになれば、その卵を俺たちに売ってもらう。――というものだ。

 捨てる卵を買うのではなく、処分されるニワトリを一時的に借り受けてそいつらに卵を産ませようというわけだ。

 これも、『捨てる物を買う』ゴミ回収ギルドの範疇に違いない。


 もっとも、百羽ものニワトリを俺たちがもらってきても飼う場所がないので、そこは『養鶏場に預ける』ということにしてもらった。


 要するに、俺たちが金を出し、俺たちの代わりにネフェリーが百羽のニワトリの世話をするという契約だ。

 鶏舎が埋まったままになるため新しいニワトリを増やせなくなるのだが、元々屠畜に否定的だったネフェリーは二つ返事で引き受けてくれた。

 ただ、卵を産まなくなったニワトリが再び卵を産むようになるってのは、信じていなかったようだが。


「でも、まさかヤシロが率先して人助けをすると言い出すなんてね」

「俺の半分は『優しさ』で出来ているからな」


 すげぇだろ。アノ頭痛薬と一緒だぞ? むしろ俺の方がちょっと多いくらいだ。


「あそこで名乗りを上げた方が、後々の利益に繋がると考えてのことだろう? 君が優しいのは、自分に対してじゃないのかい?」


 ……む。まぁ、その通りだけども。

 エステラは自信ありげな表情で俺の心理を読み解いていく。


「ヤシロは、ニワトリが卵を産まなくなった原因に心当たりがあり、改善する自信があった。その知識を卵の独占権と引き換えにしたというわけだ」

「優先的に売買出来る権利と言ってもらいたいな」

「同じだろう?」

「聞こえ方が違う。独占と言うと、どうもいやらしく聞こえる」


 もちろん、エッチな言葉に聞こえる、という意味ではない。

 俺はもっと清い心でその契約を交わしたのだ。


「でも、ニワトリさんが卵を産むようになればネフェリーさんも喜びますし、ウチも助かりますし、いいこと尽くめですね」


 そうそう、ジネット。そういうことだ。

 やっぱりジネットはよく分かっている。


「……ヤシロ、ネフェリーにセクハラするほどお気に入り」


 いや、そういう下心はないぞマグダよ。


「…………ヤシロさん、まさか……ネフェリーさん狙いで…………」


 そこで、どうして信じちゃうかな、ジネット?

 お前は分かっている娘だよな? な?


「それで、卵とこのゴミが何か関係あるのかい?」


 エステラが、先ほど自分で持ってきた包みをポンポン叩いて言う。

 中身を知っているエステラは、これがどう関係してくるのか気になっているようだ。


「これはなんなんですか?」


 ジネットとマグダが興味深そうに包みを見つめている。

 まぁ、もったいぶるようなことでもないので、この場で包みを開け中身を確認する。


 中から出てきたのは、無数の貝殻だった。

 カキを中心に、ホタテやハマグリなんかも混ざっている。

 ……あるんだなぁ、この世界にも。


「ヤシロさん、これは?」

「エステラが海の魚を捕りに行っていただろ? そのツテで手に入らないか聞いてみたんだが……想像以上の収穫だな」

「君が嬉しそうにしている理由がさっぱり分からないんだけど」

「そうですね……貝殻と卵になんの関係が……?」

「……殻は、食べられない」


 マグダがカキの貝殻を指で摘まんで言う。

 まぁ、確かに貝殻は食えないよな。


「人間は、な」

「えっ、……では、これを?」

「そう。ニワトリに食わせる」

「虐待はよしたまえ」

「喉に詰まっちゃいますよ」

「……鳥、歯、ない」

「誰が丸ごと食わせると言ったか!? 粉々に砕いてやるんだよ」


 ハンマーで叩き割って粉々にするのだ。


「しかし、貝殻なんて本当に食べるのかい?」

「食う。もちろん、ネフェリーに用意させているものと一緒に与えるのだが」

「ネフェリーさんも何か用意されているんですか?」

「あぁ。米糠と、魚のアラ、あとクズ野菜を細かく切った物を混ぜ合わせた特製のエサだ」


 これまで、ネフェリーの養鶏場では、主に米を与えていたらしい。

 炊いて潰した米はニワトリの大好物で、それはよく食べたと言う。


 そこに、落とし穴があったのだ。


 日本にいる頃に、チラッと小耳に挟んだのだが……

 ニワトリは米だけで飼育すると卵を産まなくなるらしい。

 それから、温めたデンプンはニワトリの消化器官の一つ『そのう』で炎症を起こす原因になることがある。なので、炊いたご飯は控えた方がいい。


 そこら辺を踏まえて、俺はネフェリーにアドバイスをしてやったのだ。

 米糠と魚のアラやクズ野菜でエサを作るように。


「貝の殻は、カルシウムの宝庫だ。そして、卵の殻を生成するためには、カルシウムが必要不可欠なんだよ」


 砕いた貝殻をエサに混ぜて与えていれば、いつかまた卵を産むようになるだろう。

 クズ野菜はモーマットたちから融通してもらえたし、魚のアラはエステラに当てがあるらしい。……つか、エステラ。そんな相手がいるなら俺に紹介しろよ。海魚、欲しいんだから。


「なぁ、エステラ。海漁ギルドのヤツ紹介してくれよ」

「ん~……君には会わせたくないなぁ」

「なんでだよ?」

「察してほしいね」

「…………彼氏か?」

「なっ!? バッ、バカじゃないのかいっ!? ボクにそんな相手はいない!」

「じゃあ、……彼女か?」

「あれ? ボクの男疑惑って完全に晴れてないのかな?」


 じゃあ会わせてくれてもいいだろうに。


「別にお前の顔を潰すような失礼な真似はしないぞ?」

「……その言葉を信用させてくれたら考えてあげるよ」

「これが嘘を言っているような目に見えるか?」

「見える。やり直し」

「俺がお前を騙したことがあるか?」

「やり直しっ!」


 まるで信用されていないようだ。

 心外な……


「まぁ、海漁ギルドはまた後でいい。今は卵だ」


 俺の言う通りのエサを与えていれば、数日でまた卵を産むようになるだろう。


「早く、卵を産むようになってくれればいいな」

「ヤシロさん、なんだかとても嬉しそうですね」


 ジネットが俺を見てにこりと微笑む。

 ジネットに伝染するほど、俺は嬉しそうな顔をしてるのだろうか。

 まぁ、それも仕方ない。


「生活のためとはいえ、生き物を育てているんだ。ネフェリーたちだって、出来ることなら屠畜などせず最後まで面倒を見てやりたいだろうさ」

「そうですね。その気持ちは、よく分かります」

「卵を産み続けてくれれば、売れもしない食肉にする必要もなくなるしな」

「はい! ネフェリーさん、きっと喜んでくれますよね!」


 ジネット、会心の笑みである。


「何か、裏があるような気がするんだよねぇ……」


 一方のエステラは、疑いの眼差しを俺に向けている。

 こういうところに心根の美しさって出るんだろうなぁ。


「……ヤシロは、いい人」


 お~お~、マグダも心の綺麗な娘なんだなぁ。

 でも、そう決めつけるのは危険だから、以後気を付けろ。


「……マグダのために、暗殺の危険があるにもかかわらず狩猟ギルドに盾突いてくれた」


 …………ん?

 暗殺?


「……狩猟ギルドは、上手くいかない交渉相手をたまに…………サクッと」

「怖ぇな、おい!?」


 あいつら、マジで日常的にそんなことやってんのかよ!?

 やっぱりカタギの連中じゃないんじゃん!?

 そう考えると、あの場でウッセが思い留まったのが奇跡的としか言いようがないな……


「……ヤシロは、命を懸けてマグダを救ってくれた、いい人」


 俺、いい人じゃなくていいから命を大切にしたい……


「まぁ、その件については大丈夫だよ」


 エステラが無責任なことを言う。

 確固たる証拠もなく適当に発言しているだけだったら、AカップがGカップになるまで揉み続けるぞ、コラ!?


「尻尾を掴まれた獣は相手に噛みつけないものさ」

「蛇はパックリ来るだろうが」

「まぁ、自然界の生き物ならそうだろうけど……君に何かあれば、狩猟ギルドは全員カエルになる。それくらいのことは彼らもよく理解しているはずだよ」

「……だといいけどな」

「そんなに不安なら、もっと味方を増やすことだね」

「味方?」

「そう。今回の卵のように『心からの善意』で誰かの助けとなり、君の味方になってくれる人を増やすんだよ。そうすれば、四十二区内では随分と生きやすくなると思うよ」


 ……近所付き合いをしっかりしろってことか?

 どこかの田舎じゃあるまいし……


「大丈夫ですよ」


 ミス・ノー根拠のジネットが自信満々に言う。


「ヤシロさんは、もうみなさんに好かれていますから」


 ほぅ、そのみなさんとやらの詳細を知りたいもんだな。

 何かあった時の保証人にしてやるから。


「とりあえず、『善人』のヤシロは今回のような活動を心がけることだね。誰かを騙すような方法ではなく、助けて恩を返してもらう方向で」

「……なんか悪意に満ち満ちたセリフだな、おい」


 エステラがおかしそうにクククと笑う。

 言ってろ。


「とりあえず、明日はマグダの狩りの日だ。交渉は一旦休んでもう一回だけ全員で付き添うことにしようと思う。前回の成果を見て、狩猟ギルドに不穏な動きがあるかもしれないからな」


 例えば、森の中で襲撃して獲物を横取りする、とか。

 マグダは空腹状態の時に無防備だからな。


「では、午後は明日の準備に備えるとして、ひとまずこの貝をネフェリーさんのところへ持っていきましょう」


 そういうことで話し合いは終了し、俺たちは貝を持って養鶏場へ向かった。

 俺たちが養鶏場に着くと、ネフェリーが俺の伝授したエサの仕込みをしていた。


「あ、ヤシロ」


 完全ニワトリ顔の少女、ネフェリー。

 最初こそあまりいい印象を持たれていなかったようだが、話をするうちに徐々に打ち解けていった。


「言われたエサを作ってるんだけど、これでいいのかな? ちょっと見てくれる?」

「おう、お安い御用だ」


 俺は、大きな樽にぎっしりと詰め込まれた米糠をかき混ぜる。

 入れたばかりで魚のアラやクズ野菜が見える。


「大丈夫だな」


 俺がOKを出すと、ネフェリーはホッと胸を撫で下ろした。

 胸がちょっと立派に見えるのは、鳩胸だからかな? あ、ニワトリか。


「やってみると結構大変なのね、これ」

「生き物を育てるってのは、そういう大変さの積み重ねなんじゃないのか?」

「それはそうなんだけど……ずっとやってたから腰が痛くなっちゃった」

「揉んでやろうか?」

「やぁ~だぁ、もぅ! ヤシロのエッチ!」


 そう言って右手でぺしりと俺の肩を叩く。

 左手は薄く染まる頬を押さえている。

 とても女の子らしい仕草だ。……だが、顔が完全にニワトリなので「何やってんだこの鳥?」という感想しか抱けないのが残念だ。

 あぁ、残念だ。


「そのエサに、こいつを混ぜて食わせてやるといい」

「あ、それが貝?」

「丸ごと食わせるんじゃないぞ? ハンマーで粉々にするんだ」

「やだぁ、もぉ! 分かってるって。うふふ……ヤシロって面白い人ね」


 昭和の香り漂う青春映画のような言い回しだが……顔がニワトリ。とってもシュールだ。


「ホント言うとね、実はまだ半信半疑なの」


 ネフェリーが貝の入った包みを抱え、そんなことを呟く。


「こんなことで、本当に卵を産んでくれるのか……あ、でも、ヤシロを疑ってるわけじゃなくて…………これまでずっと、奇跡を信じて……その期待はことごとく裏切られてきたから」


 廃鶏になった鳥がもう一度卵を産むようにお祈りでもしていたのだろうか。

 だが、そんなことでニワトリは卵を産むようにはならない。

 これまで、何度もそうやって悲しい思いをしてきたのだろう。ネフェリーはとても寂しそうな瞳をしていた。

 …………ただ、ニワトリ…………


「俺のことは、別に信じなくていいよ」

「え?」

「お前はただ、あいつらのことだけを信じていてやれよ」


 そう言って、鶏舎の中のニワトリをアゴで指し示す。


「あいつらはきっとまた卵を産む。お前はそれだけを信じていろ」

「ヤシロ…………うん。私、信じる」


 ネフェリーが目尻を指で撫でる。


「へへっ、ごめんね。こんな顔見せちゃって」


 こんな顔って、ニワトリってこと? 

 お前、ずっとさらしっぱなしだけど?


「私がしっかりしなくちゃだよね! でなきゃ、みんなが美味しい卵産めないもんね」


 そう言って、両腕で力こぶを作る真似をする。

 なんなら、お前が産みゃあいいんじゃね?


「んじゃ、俺らは帰るから」

「うん。気を付けてね。あ、それと、貝、ありがと」

「おう」


 用事を済ませ、俺たちは養鶏場を後にする。

 まぁ、見てろって。今にビックリするからよ。


「ヤシロさん」


 養鶏場では、ずっとニワトリを見ていたジネットが俺の隣へ歩いてくる。

 こいつはずっとニワトリに「頑張りましょうね」と声をかけていたのだ。


「産まれるといいですね、卵」

「産まれるさ」


 俺が断言すると、ジネットはにっこりと笑う。


 だが、その後、ほんの少しだけ表情が曇る。


「ネフェリーさんて……可愛い方、ですよね」

「ん?」

「やっぱり、ヤシロさんって……あぁいうタイプが……お好きなんですか?」

「そうだなぁ……」


 俺は腕を組んで考える。

 今となっては懐かしい、日本での記憶…………


「カレーなら、チキンが一番好きだったかな」

「え……あの、なんの話ですか?」

「ん?」

「え?」


 鳥が好きかどうかじゃないのか?


 会話が噛み合っていないようだったが、それ以上ジネットは何も聞いてこなかったので、俺も何も言わなかった。

 そうか……こっちにはカレーがないのかもな……分かりにくい例えをしてしまったのだろうか。いや、難しいな、異世界。


 そんな些細な発見をしつつ、その日は暮れていった。


 そして、翌日は一日を狩りで費やし、結構な収入を得る。

 ……が、まぁ、このほとんどがマグダの食費に消えるのだがな……

 予測を立てて計算してみたところ、マグダが月に10万Rbほど稼ぎ、食費が9万9千Rbほどかかるようだ。……まぁ、プラスなだけマシだけどな。

 ボナコンのような価値の高い獲物が捕れれば利益はグンと上げられるが、ああいった幸運に恵まれることはそうそうあることじゃない。

 どうやら、俺たちの収入は完全に陽だまり亭任せになりそうだ。


 今度、モーマットとデリアのところに仕入れる量を増やしたいと話に行かなきゃな……


 なんてことを考えながらまた一日が終わる。

 そして数日後の朝、俺が思っていたよりはるかに早く、吉報が舞い込んでくるのだった。







コケー!


いつもありがとうございます。


ちょっと鳴いてみたい気分だったんです。

お気になさらずに。



さて、妙にヒロインっぽいニワトリの登場です。

実は以前に一度出ていたんですが……

まさか、ここまで出世するとは……


攻略可能キャラに昇格ですね!


ただし、どことなく昭和の香りが漂うヒロインです。


朝とか起こしに来てくれそうですよね。

お隣さんで、幼馴染で、しかもクラス委員長で、

「まったく、世話ばっかり焼かせるんだから」

とか、しょっちゅう言われてて、

でも、いつもそばにいて、誰よりも自分のことを見てくれていて……


なのに、思春期だからそっけない態度とか取っちゃってね。


でも、どうせずっとそばにいるんだ。

何も変わらないんだ。

いつまでも、このままでいられるんだ。

そんな風に思ってるから余裕かましてて…………



それは、突然告げられる。



「私ね、留学するの」

「………………え?」

「中学を出たら、アメリカに行くんだ」

「いや、……え? アメリカって…………マジで?」

「……ずっと言おう言おうって思ってたんだけど……なかなか言い出せなくて」

「……いつ、帰ってくるんだよ?」

「……分かんない」

「分かんないって……」

「私ね、夢があるの! その夢が叶うまで、向こうで頑張るつもり」

「夢…………夢って、なんだよ?」

「私…………私ね………………」

「…………うん」

「私、ターキーになりたいのっ!」

「お前、ニワトリじゃん!?」

「顔は確かにニワトリだけど、心はターキーなの!」

「そんなの、アメリカ行ったって通用しねぇよ! ターキーの世界は甘くないんだぞ!」

「そんなの分かってる! それでも挑戦したいの! 私の人生は、一度しかないんだから!」

「だったら日本でターキー目指せばいいじゃねぇか!」

「私はアメリカのターキーになりたいの! ターキーの本場に行って、直に肌で感じたいの!」

「……どうしてもか?」

「もう、決めたことだから…………」

「…………」

「……ごめんね」

「なんで謝んだよ」

「もう、朝、起こしてあげられないから」

「朝くらい、自分で起きられるよ」

「嘘ばっかり……くすくす」

「………………」

「………………」

「…………待ってる」

「え……?」

「俺、お前が立派なターキーになって戻ってくるの、ずっと待ってるから」

「…………ホント?」

「あぁ。だから、帰ってきたら、また毎朝起こしに来てくれよ」

「くす……バカね。ターキーは、朝に鳴かないのよ」

「あ、そっか」

「うふふ」

「あはは」



いやぁ、

青春ですねぇ……


ま、顔はニワトリですけどねっ!




次回もよろしくお願いいたします。


宮地拓海

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― 新着の感想 ―
[良い点] 下の人も言ってるけどあとがきおもろい笑本編と合わせて2回笑かしに来るのずるい笑 [一言] やっぱり元々獣人が馴染みのある現地の人か馴染みのない日本からの転生者かの価値観の違いですれ違い起き…
[一言] 現在 20/440 話 今後どうなるかはわからないが、作品内容に付随するあとがきが楽しい作品。
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