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異世界詐欺師のなんちゃって経営術  作者: 宮地拓海
第一幕

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126話 頼られる

「ぅおおおおっ! 領主様の旗、大食い大会バーションだぁー!」

「すっげぇぇええっ!」

「うぉっ!? こっちも当たったぁ!

「えぇ! 僕も僕も!」


 陽だまり亭が賑やかだ。


「はいはい。みなさんに大当たりするように、おまじないをかけてありますからねぇ~。うふふ、当たるといいですねぇ~」


 ジネットがにこにこしながらガキどもにお子様ランチの旗を引かせている。

 当然、中身は全部領主の旗大食い大会応援バージョンだ。

 ガキどもには、この旗を振って応援してもらおうって魂胆だ。


 全員に当たると分かっている時のジネットのあのにへらっとした顔……ホント、なんで誰も気付かないんだろうな。

 まぁ、ママ友連中にはもうすっかりバレているようだが。


「ねぇねぇ。ヤシロさん」


 そんなママ友連中の一人が俺に声をかけてくる。


「大会、ウチの区はどうなの? 勝てそう?」

「ベルティーナの食いっぷりを見てなかったのか?」

「見た見た。凄かったわねぇ、シスター様」

「私も驚いちゃった。まさか、あんな特技がおありだったなんてねぇ」


 ……特技? あれは『持病』だと思うが?


「でもまぁ、ヤシロさんがいればきっと勝てるわよね」

「はぁ? 俺は参加しねぇぞ」

「や~ね~。ヤシロさんが出たって簡単に負けちゃうわよぉ」

「それくらい分かるわよねぇ」


 ママ友連中がくすくすと笑う。

 じゃあ、何をもって勝利を確信してんだよ。


「ヤシロさんがいると、きっとなんとかしてくれるんだろうなぁ、って気になるのよね」

「それは危険な傾向だな。脳の病気かもしれんぞ」

「ふふふ、そうやって照れ隠ししてるところが、ママ友の間で人気なのよぉ~。『かわいい』って」


 か、かわいい……? ……やめてくれ、マジで。


「今回もヤシロさんは運営に加わっているんでしょ?」

「まぁ……どういう因果かな」

「なら勝ちは決まり」


 だから、その自信はどこから来るんだっつの。


「もし負ける時があれば……」


 ママ友連中が顔を寄せて、揃って俺へ視線を向ける。


「「「負けた方が利益が上がる時、よねぇ」」」


 ……こいつら、完全に勘違いしてやがる。

 俺がこれまで、多少なりとも街の発展に貢献してきたように見えているのは、突き詰めれば結果論なんだ。絶対的な自信があってやったわけじゃない。

 最悪の場合、この街が崩壊していた可能性だってあるんだぞ?


 アッスントと言い争ったことで、行商ギルドの本部にしゃしゃり出てこられていたらアウトだっただろう。

 治水工事も、俺の素人知識が通用しない可能性の方が高かった。

 今回にしたってそうだ。

 下手すりゃ、この四十二区は四十一区の植民地にされる可能性だってあるんだぞ?


 そんな、神様でも見るような目で俺を見るんじゃねぇよ。


「ヤシロ大明神様」

「どうぞ、四十二区を勝利へお導きください」

「ありがたや~」

「お前ら、精霊神を信仰してんじゃねぇのかよ?」


 だいたい、この世界に『大明神』なんていんのかよ?

 まったく、『強制翻訳魔法』の遊び心も来るところまで来た感じだな。


「ご利益が欲しけりゃ、陽だまり亭に金を落として帰れよ」

「いや~ん、そんなこと言われたらケーキ食べなきゃ帰れないわよねぇ」

「そうねぇ。ヤシロさんがそこまで言うんだもの、食べないわけにはねぇ」

「それじゃあ、食後にショートケーキいただこうかしら」

「私、モンブラン」


 こいつらはこいつらで、大食い大会の雰囲気を楽しんでいるようだ。

 まぁ、盛り上がってくれるのはありがたいんだが……大明神はねぇよなぁ。


「お兄ちゃん、見て! 精霊神様の『ごかご』すげぇの!」

「みんな当たったの!」

「すごくない!? ねぇ、これすごくない!?」

「あぁ、はいはい。すごくなくなくなくなくないな」

「え?」

「すごくなく…………え、どっち?」


 当たりの旗を握りしめ大騒ぎするガキどもを黙らせる。

 ガキどもには『領主パワー』関連の話はしない方向で、大人たちの間で話が通っている。

 領主の狂信者になられでもしたら一大事だからな。適度でいいんだ、適度で。


「いいから大人しく食え、ガキども!」

「「「はーいっ!」」」


 嬉しそうに領主の旗を持ってガキどもがお子様ランチに食らいつく。

 ……飽きないのかな? 何種類か用意するか、お子様ランチ。


「あの、ヤシロさん」

「ん? どうした、ジネット」


 お子様ランチを貪り食うガキどもを見ていると、ジネットがすすすと寄ってきて、こそっと耳打ちをしてくる。


「お子様ランチなんですが、もう少し種類を増やせませんかね?」

「奇遇だな。俺もまさにそれを考えていたところだ」

「本当ですか」


 ジネットが目を丸くして、そしてゆっくりとその目が弧を描いていく。


「やっぱり、ヤシロさんは優しい方ですね」

「お前も同じこと考えてたんだろうが」

「うふふ、お揃いですね」


 何が嬉しいのか、にこにことしている。

 まぁ、メニューが充実するのはいいことだ。

 ……子供カレーとか、作れねぇかな?


 以前した、ナポリタンを教えるという約束と共に、今度時間を作って新メニュー考案会でも開くとするか。


「きっと喜んでくれますよね。ヤシロさんの考えるメニューは、お子さんたちに大人気ですから」

「それはあれか? 俺の発想がガキっぽいってことか?」

「うふふ。その反論は、ちょっと子供っぽいかも、しれませんね」


 うぅむ。こやつ、言うようになりおったな。

 しかしなんだな……期待されるってのは、ちょっと性に合わないな。

 俺は誰の注目も集めずに、こそこそ目的を達成したい派なんだよなぁ。


 それから、ゆったりとした時間が流れ、ガキどもがお子様ランチを平らげ、ママ友連中がケーキを堪能し、俺が少しの眠気を感じ始めた頃、夕方の空に終わりの鐘が鳴り響いた。

 十六時。そろそろ仕事が終わる時間帯だ。


「ジネット。この後、ちょっとウーマロに会いに行ってくるよ」

「今からですか?」

「大会に参加してくれるよう頼んでくるんだ。あいつ、今は向こうの寮に泊まり込んでるからさ」

「そう、ですか……」


 夕暮れ時は、人を寂しい気持ちにさせる。

 だから、ちゃんと手は打ってある。


「今晩は鍋をやるぞ」

「お鍋、ですか?」

「あぁ。モーマットとデリアを呼んであるから材料費はタダだ!」


 美味い鮭鍋が食えることだろう。


「それは、楽しみですね」


 ジネットに笑みが戻る。

 賑やかに過ごしていれば、寂しさなんか感じない。


「さてっと……」

「あの……もう、行かれるのですか?」

「ん? いや、便所だ」

「あ、そうですか。お手洗いは、そちらの奥になります」

「知ってるっつの」

「当店のマニュアルに載っておりますので」


 くすくすと笑うジネット。

 最近はこういういたずらにハマっているようだ。


「おーい、ヤシロ! 野菜を持ってきたぞぉ!」

「見てくれ! 漁を控えていた甲斐があって、こんなデカい鮭が捕れたぞ!」


 モーマットとデリアが二人一緒に店へと入ってくる。

 タイミングのいいヤツらだな。


「あら、お夕飯?」

「それじゃあ、私たちはそろそろ帰るわね」


 デリアたちを見て、ママ友連中が席を立つ。

 順番に会計を済ませ、帰り支度を進める。


「ごちそうさま。美味しかったわよ」

「はい。ありがとうございます」

「お姉ちゃん、美味しかったよぉお!」

「おいしかったぁぁぁあっ!」

「ありがとうございます。旗、当たってよかったですね」

「「うんんんんんんんっ!」」


 夕方だってのに、まだ元気が有り余っているガキども。ちょっと分けろ、その体力。


「おにいちゃん! ばいばーい!」

「おう! じゃあな」

「またねー!」

「気を付けてなー!」

「またねー!」

「前見て歩け、転ぶぞ!」

「ばいばーい!」

「はいはい。バイバイ、バイバイ!」


 賑やかにガキどもが店を出ていく。

 さて、俺はトイレに行くかね。


「おい、ヤシロ」


 トイレに行きかけた俺を、モーマットが呼び止める。


「なんだよ? 俺が先だぞ? 予約してたんだ」

「便所くらい行ってくりゃいいがよ、お前……」

「ん?」


 モーマットはなんだか難しい顔をした後で「いや、やっぱなんでもねぇわ」と手を振った。

 なんなんだよ? まったく、よく分からんヤツだ。

 あ、あれか? やっぱ本当は先に行きたかったのか?

 トイレの順番を代わってほしいなら素直に言えばいいのに。まぁ、代わってやらんけど。

 トイレに入り、さっさとするものを済ませて、俺は出発の準備をする。


 トイレから出ると、ドアの前にモーマットがいた。


「……エッチ」

「お前に言われても嬉しくねぇよ」


 うわ……女の子に言われると嬉しいんだ……こいつ、変態なんだな…………うわぁ……


「なぁ、ヤシロよぉ」


 女の子に罵られたい性癖を抱えるモーマットが、妙に真剣な顔で俺に聞いてくる。


「今回の大食い大会……勝てるよな?」

「んなもん、俺に聞くなよ。デリアに聞け。あいつ、選手だから」

「その選手を選んだのは、お前だろ?」

「俺が選ばなくても、自然と選出されたであろう連中ばっかりだよ」


 トップ4は揺るぎないのだ。


「だが、お前が確信持って行けると踏んだ連中なんだろ?」

「……なんだよ、モーマット。俺にプレッシャーを与えたいのか?」

「いや、そうじゃねぇ。そうじゃねぇが……」


 いつになく渋い表情をして、モーマットが俺の肩をバシンと叩く。


「信じてるからな。……色々と」


 何が『色々と』だ。

 気持ち悪いことこの上ねぇわ。


 なんだか調子が狂う。

 どいつもこいつも、全責任を俺に押しつけようとしてるんじゃないだろうな?

 ここらで一回、派手に負けてやった方がいいのかもしれんな。


「鍋の準備をしてっからよ。早く帰ってこいよ」

「だったら、早く行かせろよ」

「待ってるからな」

「先に食ってていいぞ」


 食い意地の張ったワニ顔の肩をポンと叩いて、俺は出口へと向かう。

 フロアで、ジネットとデリアが談笑していた。

 あぁ、いいねぇ。やっぱ辛気臭いオッサンと話すより、おっぱいのデカい美女を見ている方が心が和む。…………これからウーマロに会いに行くのかと思うと、ちょっと憂鬱になるけどな。またオッサンか……


「たぶん、俺と入れ違いでマグダたちが戻ってくるから、先に食ってていいぞ」

「いいえ。帰りをお待ちしています」

「夜食うと、太るぞ?」

「ぅ……そ、それでも、みんなで食べたいですから……」


 そうかい。


「んじゃ、二十時を過ぎても戻らなかったら、先に食ってろな」

「いいえ」


 ジネットはふわりと笑みを浮かべ、腕を伸ばして俺の襟元を正しながら、さも当然のことのように言う。


「ヤシロさんが戻ってくるまで、待っています」


 それはそれで、ちょっとプレッシャーなんだけどな。


「まぁ、ほどほどにな」


 ジネットの頭をぽんと叩いて、俺は店を出る…………はずが。


「ジネット……どうした?」

「あ……いえ…………その……」


 服の袖を、ジネットがキュッと……弱い力で握っていた。

 頭を撫でた腕に、思わず手が伸びてしまった。そんな感じがした。


「…………あの」

「すぐ戻るよ」

「へ……」


 袖を摘まむ指をそっと包み込み、ゆっくりと腕を下ろす。


「……はい」


 ほっとした表情を見せ、ジネットはようやく笑ってくれた。



 ……なんか、いかんな。



「じゃ、行ってくる」

「はい。お気を付けて」


 口元に笑みを浮かべて、笑顔を作ったつもりだ。

 だが、自信がなくてすぐに顔を逸らしてしまった。


 店を出ると、ジネットが外まで付いてきて、こんな一言を付け足した。


「美味しいお鍋を作って、待ってますね」

「あぁ。行ってきます」


 手を上げて、俺は大通りへ向かって歩き出す。



 ……どうにも、やりにくい。



 ここ最近……そうだな、正確には年が明けた頃あたりからか……どうも周囲からの目がおかしくなり始めやがったのだ。

 モーマットの畑が石灰によって改善された時、ゴロツキどもの嫌がらせを撃退した時、そして大食い大会と……周りのヤツらは口を揃えてこう言いやがる。


「さすがヤシロだ」


 ……さすがってなんだよ。

 お前ら、もしかして勘違いしてんじゃねぇのか?


『ヤシロに頼めば、きっとなんとかしてくれる』って……


 冗談じゃねぇぞ。

 俺は詐欺師だ。

 俺がここに留まっているのは、この街の情報を集めるためで、『精霊の審判』なんてふざけたものを打ち破るための秘策を練るためで…………俺が、この街で詐欺師として成功するためで………………


「くそ……っ」


 こんなに顔の割れた詐欺師がどこにいる。


「……そろそろ、潮時かもなぁ」


 まぁ、だからといって、今すぐどうこうしなければいけないってわけでもないけどな。

 ただ、「また明日、また明日」と先延ばしにしていくのだけは、ちょっと違うと思う。


「そのうち……機会が来たら、な」


 だがきっと、それは今ではない。

 俺にはまだやるべきことがあるのだ。

 とりあえずは…………


「さっさとウーマロに会って、鍋を食いに帰る……ってとこかな」


 今でなくてもいい。けれどいつか来るその日を、俺はとりあえず心の奥へとしまい込んだ。

 そんなことを考えていると、きっとジネットに見抜かれちまう。

 ボーっとしてそうで、案外鋭いヤツだからな。





 暮れなずむ大通りを抜けて、馬車乗り場へと向かう。

 と、そこで思いがけないヤツに出会った。


「あら、ヤシロさん。四十一区へ行かれますの?」


 イメルダだった。

 イメルダは、自家用の大きな馬車に乗っており、窓から顔を出して俺に声をかけてきたのだ。


「よろしかったら、ご一緒いたしませんこと? 以前お約束していた二人きりのデートということで」


 いや、お前とは約束をしていないのだが……


「いいのか、こんなやっつけなデートで?」

「構いませんわ。約束は、何度でも取り付ければいいのですから。後生大事に取っておくようなものではありませんわ」


 さすが、モテモテのお嬢様は言うことが違う。

 俺なら、その一回をいかに有効活用するかを考えに考え抜いて、結局使えないまま時効を迎えそうだけどな。


 もし目の前に『ジネットのおっぱい揉み揉み券』と『エステラのおっぱいぺたぺた券』があったとして、どちらか一方だけしか選べないという状況だった場合……俺はいかにして最も多くの利益を得られるかを模索し……


「どういたしますの?」

「じゃあ、『揉み揉み券』の方で!」

「……なんの話ですの? いえ、おっぱいの話ですわよね。愚問でしたわ」


 愚問とまで言うか……


「どうぞ、お乗りくださいまし」

「お前も四十一区へ向かうのか?」

「ワタクシは四十区ですわ。実家に戻りますの」

「そっか。んじゃ、途中まで乗っけてもらうかな」


 御者が御者台から降りてきて、ドアを開けてくれる。

 イメルダの家の馬車は大きく、ゆったりとした内装をしている。


「ヤンボルドさんの設計ですのよ」


 ヤンボルドってのは、トルベック工務店のナンバー2だ。そういや最近会ってないな、あの馬面に。


「いい仕事すんだな、ヤンボルドも」

「えぇ。ウーマロさんもなかなかのものですが、ヤンボルドさんのデザインは繊細で女性受けするものが多いんですのよ」

「へぇ……あの馬面が、繊細ねぇ……」


 確かに、車内には目に楽しく機能的な設計が施されていた。

 なんというか、ウーマロのデザインが『圧巻』だとするならば、ヤンボルドのデザインは『美麗』なのだ。

 なんだよ、トルベックには腕のいい大工が揃ってんじゃねぇか。こりゃ未来は明るいな。


「トルベック工務店は、もっともっと大きくなりますわね」

「かもなぁ。はは。俺、そんなところにすげぇことさせちまったな」


 グーズーヤが踏み倒した、たった640Rbというはした金で食堂を全面リフォームさせたのだからな。

 もっとも、その後きっちりと対価分の飯を食わせてやったし、それ以上のおいしい思いもさせてやっているが……


「……ってことがあってな」


 グーズーヤの名前は伏せて、昔話なんかを聞かせてやる。

 イメルダは、俺たちの昔のことを何も知らないからな。

 まぁ、知らなきゃいけないような重要な事柄など何もないのだが。


 折角のデートなので楽しい話をしようと思ったのだ。


 だが、イメルダの表情が晴れない。それどころか、どんどん曇っていく。

 まるで乗り物酔いでもしたかのように、顔から表情が消え落ちている。


「ど、どうした? 酔ったか?」

「ヤシロさん。聞いてくださいますこと?」

「え? あ、あぁ……ますことだ」


 イメルダから真剣な空気が漂ってくる。

 なんだよ、もう。今日はどいつもこいつも真面目な顔しやがって。


「ワタクシには、絶対負けたくないと思えるライバルがいますの。どなただと思われますか?」

「どなたって……」


 イメルダがライバル認定するヤツなんて、あいつしかいないだろう。


「エステラだろ?」

「いいえ」


 即答!?


「あんな抉れるだけが取り柄の領主代行など、ワタクシのライバルには相応しくありませんわ」


 そっかぁ……抉れるの、取り柄だったのかぁ。


「で、エステラじゃないとしたら、一体誰なんだ?」

「ウーマロさんですわ」


 ………………はぁっ!?


「……お前…………まさか、マグダのことが?」

「違いますわ! あんな、すっとんとんなお子様になど興味は皆無ですわ」


 つるーん、ぺたーん、すっとんとん。

 なんだろう、ある一部のカテゴリーを指すのにふさわしいこの響きは……


「なんでウーマロなんだよ? お前とウーマロじゃ立ち位置が全然違うだろう?」

「いいえ。ウーマロさんは、ワタクシの進むべき道のはるか前方に立っているのですわ」


 ウーマロが?


「あいつ……クイーン・オブ・ボインお嬢様部門の座を狙ってやがったのか……」

「ワタクシ、そんな道は進んでおりませんわっ!?」


 お茶目を発揮する俺をキッと睨んだ後で、乱れた髪を手櫛で整える。

 そんな姿もいちいち様になるあたり、こいつは正真正銘のお嬢様なんだろうな。

 ってことは、こいつが進むべき道ってのは、やっぱお嬢様道ってヤツなのかもな。


「ヤシロさん。……決して責めるわけではないと、あらかじめ断った上でお聞きしますが……覚えておいでですか? ワタクシたちが初めて会ったあの日、ヤシロさんがワタクシに言った言葉を」


 俺がイメルダと初めて会ったのは、木こりギルドの支部を四十二区に誘致するために、ハビエルに会いに行った時だ……その時、俺がイメルダに言った言葉…………


「『ぐっへっへっ、ねえちゃん、いいおっぱいしてんじゃねぇか』」

「言われた記憶がありませんわ!?」

「『ぐっへっへっ、挟ま~れた~いな~ぁっ!』」

「言われてませんわっ!?」

「え~っと、じゃあ……『ぐっへっへっ……』」

「『ぐっへっへっ』の時点で、もう違いますわっ!」


 まぁ、正直に言えば覚えている。

 だが……かなりキツイことを言ったからなぁ……蒸し返さないでほしいなぁ……


「ヤシロさんはこうおっしゃったのですわ……『世界一美しいイメルダお嬢様! もう一度そのお美しいご尊顔をこの愚民めにお見せください!』」

「いや、言ったけど! 今、それじゃないだろ!?」

「『お嬢様、あんたは毎日……どんな感じでトイレしてる?』」

「確かにそれも言ったけどぉ! 改めて考えるとかなり最低な発言だったと反省しきりだけども! それでもないよね!? もうちょっと、違うのであるよね!? 分かるよね!?」


 こいつ……この状況でボケてくるとは、どういう神経をしてやがんだ?


「すみません。ヤシロさんに言われた言葉を口にすることが躊躇われてしまって…………だって、あまりに的確に、ワタクシの悪い部分を指摘されてしまったのですから……」


 なら、わざわざ口にしなければいい……そう言いかけた時、イメルダはその言葉を口にした。


「『美しさだけが取り柄のマスコットに構うのは、お出迎えとお見送りの時だけで十分だ』」


 そう。

 ハビエルとの交渉を邪魔され、さらには四十二区とエステラを散々バカにされ、ちょっとブチ切れちゃった俺が放った、『イメルダが最も言われたくないであろう言葉』だ。

 それを言われると、最もダメージが大きいだろうと確信して放った言葉だけに、辛辣過ぎてフォローのしようもない。

 やっぱ覚えてたか……


「正直……胸に突き刺さりましたわ」

「……そうか」


 ここで「すまん」と、謝るのもおかしい気がするんだよな。

 俺は自分の言葉には責任を持っているし、あの時はこれくらい言わなければいけない場面だった。少なくとも、俺はそう判断したのだ。


「正直……つらかったですわ」


 ……すげぇ責められてるっ!

 どうしよう、とりあえず謝っとく?

 いやいや。そこで折れたらカッコ悪いだろう。自分の口から発せられた言葉は自分の責任。それが間違いでないと思うのであれば、誰になんと言われようが胸を張っていればいいのだ。


「……三日三晩泣きましたわ」

「ごめんって! 悪かったよ!」


 謝るよ!

 土下座でもしようか!?

 だからそんな目で睨まないでいただきたい!


「……ですが、そう言われても、仕方のないことを、ワタクシはしたんですのよね」

「その悟り、もう2ターンほど早く欲しかったな……」


 俺の心も、絶賛ささくれ立ち中だよ……


「ヤシロさん。聞いてくださいますか。ワタクシの夢を」

「夢?」

「はい。笑わずに、きちんと聞いておいてほしいんですの。ヤシロさんだけには、どうしても」


 真剣な瞳が、俺を真っ直ぐに見つめてくる。


 ハムっ子たちの頑張りで、四十一区までの道はかなりきれいに整備されている。

 そのおかげで馬車は全然揺れず、車内にはガタゴトと規則正しく聞こえてくる車輪の音しか聞こえない。


 これは、真面目に聞いてやらなきゃな。

 イメルダがこんな表情を見せたのは初めてだ。

 ウーマロがライバルなんて言い出して、ふざけてるのかと思いきや……この顔つきは真剣そのものの、何か決意をした者の顔つきだ。


「ワタクシは……」


 イメルダが、俺の目の前で宣言する。


「木こりギルドの支部を完成させ、立派な支部長になりますわ!」


 それはさも当然な夢のようであり……俺には少し意外な話でもあった。

 木こりギルドの娘なのだから、支部にこだわる必要はなく、本部にいて跡取り候補のいい男とくっつくなりすれば、こいつの人生は安泰、今までのように少々度が過ぎても遊んで暮らせるのだ。


 だが、こいつは、一人の木こりギルドの人間として、その仕事に従事すると言う。

 支部長ともなると、遊びや酔狂では務まらない。

 世間知らずのお嬢様が思いつきで発した浅はかな夢……とてもそうは見えない、真剣そのものの瞳でイメルダは語る。


「今はまだ未完成ですが、完成すればあの支部は本部をも凌ぐ重要な拠点になりますわ。ワタクシは、その拠点をこの腕で、頭脳で、美貌で、しっかりと守り、発展させたいと思っていますのよ」


 美貌が入っている時点で、女であることを捨ててということではないらしい。

 あくまで、木こりギルドのお嬢様として、あの支部の頂点に立ちたいというわけだ。


「様々な軋轢はあるでしょう。心ない誹謗を受けるかもしれません。ですが、ワタクシはあの支部を、この街で一番の……いいえ、世界で一番の木こりの拠点にしたいのです」


 それは、遥かなる夢だ。一見すれば無謀のようにも見える。

 だが、こいつはその夢に向かって地道に一歩ずつ近付いていく決心をしたのだ。


 だがなぜ?


 そんな疑問は、寂しげな目をしたイメルダによって明かされた。


「羨ましかったんですの。いいえ、今でも、ずっと羨ましいですわ……」

「羨ましい?」


 ふぅ……っと息を吐いて、イメルダが少し口調を変える。


「こんな時間に四十一区へ向かわれるということは、ヤシロさんはおそらくウーマロさんに会いに行かれるんですわよね?」

「ん? あぁ、よく分かったな」

「彼以外のヤシロさんの関係者は、夜になれば四十二区へ戻りますもの」

「なるほど。見事な推理だな」


 もしリカルドに会いに行くなら、もっと早い時間になるだろう。

 こんな時間にわざわざ四十一区に向かうとなれば、相手はウーマロくらいしかいないわけだ。


「なんのお話を?」

「いや、大食い大会に参加してもらおうと思ってな。あいつは、使いようによっては最強になるかもしれん人材だからな」


 マグダパワーがどこまで通用するのかは、未知数だがな。


「……羨ましいですわ」

「……は?」

「ウーマロさんが、ワタクシは、……心底羨ましいですわ」


 話が見えん。

 何を言っているんだ?


「大食い大会に出たかったのか? だったらまだ出場枠はあいてるから……」

「違いますわ」


 瞼を閉じて、俺の言葉を遮るような口調で言うイメルダ。

 瞼を閉じると、ツンとした印象が強くなる。

 そして、再び瞼が開かれると、大きくて印象的な、力強い瞳がこちらを見つめていた。


「あなたですわ、ヤシロさん」

「……俺?」


 イメルダの大きな瞳に映る俺が、驚いた表情をしている。


「お願いすれば、ヤシロさんはワタクシを同じフィールドへ招き入れてくださいます。共に立ち、並ぶ権利をくださいますでしょう……ですが、彼……ウーマロさんは違います」


 グッと、拳を握りしめる。

 イメルダの細く白い、花を摘むためだけにあるような繊細な指が固く握られている。

 親指の爪が赤くうっ血していた。


「彼は……いつもヤシロさんに巻き込まれていますわ。いつもいつも……ヤシロさんから声をかけてもらっているのです。…………ウーマロさんは、ヤシロさんに…………頼られているんですわ」

「それは、アレだな。俺が図々しく、いいように使ってるだけで……」

「それがっ、羨ましいのですわっ!」


 腰を浮かせ、俺に詰め寄ってくるイメルダ。

 急に動いたせいで馬車が大きく揺れる。

 バランスを崩しかけたイメルダを支えようと手を伸ばすも、その手はイメルダによって制止された。「必要ないですわ」と。


「これまでのワタクシは、ただ要望を言い、与えられるものを享受するだけの、つまらない人間でしたわ。……それこそ、美しいだけのマスコットのように……」


 すとんと、イメルダが腰を落とす。

 座席に深く座り、背筋を伸ばしたままで細く長いため息をつく。


「ワタクシは、木こりギルドの支部長を立派に務めあげ、価値のある人間になってみせますわ。これまでは、考えたこともなかった未来ですけれど……どうしても、やってみたいんですの」


 話をして、幾分か気が晴れた……そんなすっきりとした表情で、イメルダは俺に笑みを向ける。


「ワタクシは、ヤシロさん……あなたに頼られる人間になりますわ。仕事のパートナーとしても、女としても、必ず。何年かかったとしても」

「……なんで、俺なんかに」

「決まっていますわ」


 イメルダが胸を張り、ここ一番の笑顔で言う。


「あなたは、このワタクシが唯一認めた殿方だからですわ」


 晴れやかに、爽やかに……

 一片の曇りもなく、そんなことを言うのだ。


 俺に……それほどの価値などないことに、気付きもしないで。


「そういうわけですので、今度の大会は死に物狂いで勝ちに行ってくださいましね。街門が設置されないと、ワタクシの夢……いいえ、野望は成し遂げられませんもの!」


 瞳の奥に、揺るぎない強い意志が込められている。

 こんな目を出来るヤツは、そういない。

 これは、信念を貫き通せる、夢を掴むヤツの目だ。


 願いを叶えて、周りをも変えていくヤツの目だ。


「聞いてくれて、ありがとうございます。ヤシロさん。あなたに聞いていただけて、本当によかったですわ」

「……あぁ。そうか」


 そんな言葉しか出てこなかった。


 こんなもん、下手すりゃ愛の告白よりも重てぇじゃねぇか。

 ……俺に、背負いきれるのか、こんな……人生をかけた思いを…………


 コンコンと、御者台側の窓が外からノックされる。


「あら、もう着いたようですわね」


 イメルダが窓を開けると、そこは四十一区の大通りだった。


「それではヤシロさん。あの恵まれたキツネ男によろしくお伝えくださいまし。ついでに、『負けませんわ』とも」

「いきなり言われても訳が分んねぇだろ、それ」

「分かることが出来ないのであれば、その程度の理解力だということですわ」

「滅茶苦茶だな」


 俺が馬車から降りると、イメルダは窓から顔を出し、最後にこんな言葉を残していった。


「あなたに出会えてから、ワタクシ、とても楽しいですわ。あなたにも、そう思っていただける人間になってみせますので、もうしばらくお待ちを。では、よい夜を」


 馬車が遠ざかっていく。


「…………はぁ」


 俺の口から出たのは、そんな重いため息だった。

 重い……

 期待が重いよ、お前ら……過大評価し過ぎだっつうの。


 俺なんか、ただの詐欺師で、特技といえば屁理屈くらいで……


「そんな大したヤツじゃねぇんだぞ、俺ってヤツは……」


 騙されてんじゃねぇっつの。


 …………くっそ!

 なんかこれからウーマロの泊まってる寮まで行って色々説明するの面倒くさくなってきた!

 あいつ、事後報告でいいんじゃね!?

 羨ましがられてんだしさ! きっといいことだよ、それは!


「あ~ぁ、もう! 早く帰ってマグダと一緒にお鍋つ~つこ~っとっ!」

「是非ご一緒させてほしいッス!」


 狙ってか偶然なのか、物凄くいいタイミングでウーマロが釣れた。

 驚異の入れ食い率を誇るウーマロフィッシング。

 お前はヘラブナよりも初心者に優しい獲物だな。


「こんなところで会うなんて偶然だな、ウーマロ」

「オイラ、今仕事を終えて、これから帰るところだったッス。たまたま通りかかったらヤシロさんの声が聞こえたッス」


 これくらい単純に、物事は進んでほしいもんだ。

 どいつもこいつも複雑に考え過ぎなんだよ。もっと単純に生きろよ!

 ……って、俺がこれまで言ってきたこととは矛盾するけどよ……


「それじゃ、ヤシロさん。向こうから馬車が出てるッスから、一緒に帰りましょうッス!」


 催促するように、俺の腕をグイグイ引いて、馬車乗り場へと連れて行こうとするウーマロ。

 そんなにマグダに会いたいか。


「あ、そうだ、ウーマロ。お前に言っておきたいことがあるんだが」

「なんッスか?」

「『負けませんわ』」

「……何がッスか?」

「お前の理解力はその程度か!?」

「まるで分かんないッスよ!?」


 まぁ、こいつはしょせんこの程度だろうな。うんうん。お前はその程度だ。

 扱いやすくていい。

 一緒にいても疲れなくて、いいよ、お前は。


「あ、タイミングよく馬車が来たッスよ! さぁ、四十二区へ帰るッス!」


 意気揚々と馬車に乗り込むウーマロ。

 こいつはきっと、明日の朝のことなど考えてもいないのだ。

 それでも、仕事はきっちりやってのけるのだろうが……

 何気に大した男じゃねぇか。あちこちで評価されてるしな。


 もう少し、付き合い方を改めなきゃいけないのかもしれないなぁ……


「あ、そうそう。お前、大食い大会の選手の一人だから。よろしくな」

「はぁぁっ!? 聞いてないッスよ!?」

「今言ったろうが」

「もぉ~う! ヤシロさんはいつもそうなんッスから! ……まぁ、別にいいッスけど」


 そんなあっさりした返事一つを寄越して、さっさと馬車に乗り込んでしまう。

「お鍋~お鍋~、マグダたんとお鍋~」などと、意味不明な鼻歌を口ずさみながら、意識はすっかり陽だまり亭だ。


 うん。

 やっぱり、こいつはこうでなくちゃな。


 あぁ、落ち着くわぁ、この感じ。







いつもありがとうございます。




大食い大会の開催を9月5日とか言っていましたが、

ミリィとデートがしたいので、延期します!



どうもすみません。 _(:3」∠)_ (← 土下座?)


色々大会前に書かなきゃいけないことをピックアップしてみたら、割とありまして、

どう計算してもあと二日では書ききれないと……あとミリィとのデートもしたいし。


なので、もうしばらく遊び回を挟みますっ!


「うへっ!? ダラダラ回はキライっぽ~!」という方は、そうですね……来週末あたりにお越しいただけると、ちょっとお話進んでいるかもです。



すみません。ミリィとデートがしたいんですっ! m(_ _)m



なんとか頑張って一話に詰め込もうとしたんですが……一昨日昨日今日とやたらと場面転換していましたが……どうせならワンシーンずつ丁寧にやりたいなぁと思ってしまいまして、

もう少しゆっくりやらせていただければと。

何卒、ご容赦くださいませ。



下手に予告とかしない方がいいですね。以後気を付けます。




――陽だまり亭・閉店後


ロレッタ「お兄ちゃん! あたし、フードコートで新メニューを出すです!」

ヤシロ「出すですって……そもそもなんだよ、新メニューって?」

ジネット「初耳ですね」

ロレッタ「現在、陽だまり亭分店では、店長さんの守り抜いてきた伝統の味と、お兄ちゃんの考えたメニューしか置いてないです!」

ヤシロ「本店もそうだろうが」

ロレッタ「あたしも何か考えたいです!」

ヤシロ「やめとけ。素人が下手に考えてもろくなことにはならん」

マグダ「……ところがとっぽい」

ヤシロ「『どっこい』だ、『どっこい』。『とっぽい』は『抜け目がない』って意味だからな」

マグダ「……ロレッタは、今日の閉店前に、こんな張り紙をした」


『明日! アイドル店員ロレッタ考案の新メニューが堂々登場! 乞うご期待!(ロレッタの似顔絵・小学生レベルのクオリティ)きゃはっ☆』


ヤシロ「………………」

ロレッタ「きゃはっ☆」

ヤシロ「……湿地帯に行っても、元気で暮らすんだぞ」

ロレッタ「待ってです! 見捨てないでです!」

ヤシロ「なんでこんなこと書いたんだよ、俺やジネットに相談もなく」

ロレッタ「よ、四十区のバカ店員がいけないです!」

ヤシロ「……マグダ、客観的な説明を頼む」

マグダ「……お向かいの建物に出店しているモルモット人族の少女が、ここ数日やたらとロレッタに絡んでくるようになり、ロレッタも売られたケンカを買ってはいがみ合うようになっている」

ヤシロ「……何やってんだよ」

ロレッタ「違うです! そいつは、陽だまり亭のメニューを『くだらない』って言ったです! あたし、許せなかったです!」

ヤシロ「だからって、お前な……」

ロレッタ「そいつの店のメニューの方が面白みもなくて見栄えも悪くて、なんかちょっと『あ~ぁ』って感じがするです!」

マグダ「……と、いうような発言の押収になり、現在は修復不能な状態に」

ヤシロ「……今度俺が行って話しつけてやるよ」

マグダ「……そして今日、件のモルモット人族の少女が『明日から、私の考えたメニューが店で出されるんだよねぇ。誰かさんと違って頼りにされてるからぁ!』という挑発行為をし、当店きってのおっちょこちょいが『ウチも明日から新メニュー出すです! あたしが考えたヤツです!』と……」

ロレッタ「あの、マグダっちょ……おっちょこちょいはちょっと酷いです……」

マグダ「……そうして勢いだけで張り紙を張り出してしまったことにより、明日、『ロレッタが考えた新メニュー』を店に並べないと、ロレッタは『精霊の審判』により、カエルにされる」

ロレッタ「………………きゃはっ☆」

ヤシロ「おい、そこのおっちょこちょい……っ」(んごごごごご……)

ロレッタ「にゃー! ごめんです! ごめんです! あたしおっちょこちょいです! お願いです、明日一日だけでいいんで、あたしの考えたメニュー出してほしいです!」

ジネット「あの、ヤシロさん。それくらいなら、いいのではないでしょうか? ロレッタさんが考えたメニューさえ分店に並べば、嘘にはならないわけですし」

ヤシロ「甘いぞジネット! そんないい加減なものが出せるか!」

ロレッタ「はぅぅ……」

ジネット「で、でも、それでは、ロレッタさんが……」

ヤシロ「ロレッタ」

ロレッタ「は、……はい、です」

ヤシロ「すぐに手を洗ってエプロンをつけてこい」

ロレッタ「……ほぇ?」

ヤシロ「今から徹夜で新メニューを考えるぞ。それも、向かいのモルモット野郎に負けない、最高に美味い新メニューをだ!」

ロレッタ「……お兄ちゃん」

ヤシロ「中途半端なメニューを出して、鼻で笑われんのも癪じゃねぇか。店に出すだけなんて甘い考えは捨てて、どうせなら、『完膚なきまでに叩きのめしてやる!』ってくらいの意気込みでやってやろうぜ!」

ロレッタ「は、……はいですっ!」

ジネット「ヤシロさん」

マグダ「……漢ヤシロ、ここにあり」

ヤシロ「ただし、お前が考えるのが絶対条件だ。俺はサポートに徹する」

ロレッタ「任せてです! アイディアならもうあるです!」

ジネット「凄いですね。聞かせてください!」

ロレッタ「炊き立てのご飯の上にケーキを載せて、ケーキ丼です!」

ヤシロ「マグダ、すまん。マサカリを貸してくれないか?」

マグダ「……あの大きさでは、ヤシロには持ち上げられない。代わりにマグダが」

ロレッタ「マサカリで何するつもりです!? やめてほしいです!」

ジネット「確かに、奇抜ではありますが……」

ロレッタ「でも、ご飯とおやつはいつも別で、ちょっと寂しいです! 一緒がいいです! 陽だまり亭は、誰だって、どんな人だって一緒にいられる、そんな場所のはずです!」

ジネット「ロレッタさん…………そうですね。陽だまり亭なら、それが可能ですね! ヤシロさん、やってみましょう、ケーキ丼を!」

ヤシロ「黙れCカップJカップ」

ロレッタ「カップ数で呼ばないでです!」

ジネット「わたしのカップが一つ上がってますよ!? 上がってませんからね!?」

ヤシロ「ケーキに飯が合うか! 考えたら分かるだろうが!」

ロレッタ「う~~~~~~~~~~~~~~~ん……………………いけるっ!」

ヤシロ「あぁ、すまん。考えても分からんヤツがここにいたか」

ジネット「でも、案外……有り、なのでは、という気も、しなくもなく……?」

マグダ「……悲報。もう一人いた」

ヤシロ「白米に甘い物は合わねぇよ。もち米でもない限りな」

ロレッタ「……もち米?」

ヤシロ「餅つきをした時、甘い物で食ってたろ?」

ロレッタ「あぁ! あれは美味しかったです!」

ヤシロ「それにケーキはやっぱりデザートだ。やるにしても甘い豆とかに留めておいた方がいいんじゃないかと、俺は思うんだがなぁ……」

ロレッタ「やややっ! 待ってください! 今、なんか閃いたです! …………そうです! あんこ! もち米とあんこを合わせれば美味しいんじゃないですか!?」

マグダ「……しかし、それは新メニューと言えるのかどうか」

ヤシロ「餅をつかずに、もち米を潰す程度にして、おむすびみたいに丸めれば、手で掴んで食べやすいんじゃないか? まぁ、一つの案だが」

ジネット「では、そのもち米おむすびの中にあんこを入れるんですね?」

ヤシロ「甘い物は『後から』来るのかぁ……『一口目に甘さを感じられれば』人気出そうなんだがなぁ……」

ロレッタ「にょきーん! 閃きました!」

ヤシロ「……閃く時の音がおかし過ぎるぞ、お前」

ロレッタ「あんこでもちおむすびをくるんじゃえばいいんです!」

ジネット「わぁ! それは面白いですね!」

ヤシロ「それは素晴らしー案だ、さすがロレッタ、そのメニューの名前『おはぎ』とかにしねぇ?」

ロレッタ「むふふふっ! しょうがないですねぇ、お兄ちゃんはいつも一丁噛みたがるんですから。いいでしょう! お兄ちゃんのサポートも大いに役立ちましたし、命名権を譲るです!」

ジネット「では、早速作ってみましょう!」

ロレッタ「はいです! あたしの考えた新メニュー『おはぎ』の試作です!」


――意気揚々と厨房へ向かうジネットとロレッタ

――フロアに立つヤシロ。その背中をぽんと叩くマグダ


マグダ「……ナイスフォロー」

ヤシロ「まぁ、ロレッタをカエルにするわけにはいかねぇしな」

マグダ「……ヤシロは、自分の手柄を自慢しない。そういうところは、好感を持っている」

ヤシロ「お前もだろ。ロレッタのピンチをさり気なく救ってやってんだろ?」

マグダ「……先輩として、当然」


――ヤシロ、マグダの耳をもふもふ


ヤシロ「いい先輩を持って、ロレッタは幸せだな」

マグダ「……それほどでもふー」

ヤシロ「『もふー』になってんぞ」

マグダ「……むふー」

ヤシロ「……いや、言い直さなくても……」

ロレッタ「二人とも、何やってるです!? さっさと来ないと、あたしの考えた素晴らしい新メニュー食べさせてあげないですよ!? 美味しいのが食べられなくて泣いたって知らないですよぉ?」

ヤシロ・マグダ「「……イラッ」」

ヤシロ「…………マグダ、マサカリを……」

マグダ「……代わりにマグダが……」

ロレッタ「だから、それはやめてですっ!」




予告は、確実に実行出来る時にだけしましょうね。


パイスラ王に、俺はなるっ!(ドンッ!)




次回もよろしくお願いいたします。


宮地拓海

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