アーグリード
「止まりなさい!」
砂埃をあげながら、馬へと乗った兵士たちが、ハニカブルスの乗った馬車へと近づき、ハニカブルスの私兵と共に戦闘が始まる、周囲に剣のぶつかり合う音が響き渡り、その光景を見ながら、ハニカブルスは冷や汗をかいて、縋るように、龍の心臓が入った箱へと抱きついた。
「来い……来い……」
念じるようにそう言葉をつづけていくと、次の瞬間、兵士たちの後方で爆発音が響き割った。
「来た、来たぞぉ!」
兵士たちは驚き、怯える馬を何とか抑えながら振り向いた。
「アンノウンか……!」
アンノウン、兵士たちも知らされていた、異様な力を持つ魔物。
後方の兵士は良いように蹂躙されていく、馬ごと持ち上げられ、手の中でぐちゅりとつぶされた。
このままでは良いようにやられるだけだ、そう考えて体勢を整えるか、さらに援軍を募るかを考える、どちらにせよ、一旦離れることに決め、隊長である男は、腹に力を込めて、言い放った。
「退避ィッ!」
その言葉を聞いた兵士は、口ぐちと「了解!」と言って、アンノウンから逃れるために、馬を走らせ、ハニカブルスの馬車から離れて行った。
不思議なことに、アンノウンは馬車へと攻撃せず、すり抜けていった、攻撃対象は、まるで城に居ると言わんばかりに、一直線に城へと向かった。
城壁付近に居る騎士たちは、瞬時に大砲をセットし、火をつけた。爆発音とともに、目の前の空に大量の弾が打ち出されるのが見えた。
すべてとは言わないが、ある程度直撃をした、しかしそのうちの1体であろうとも、命を刈り取ることすら、それどころか歩みを止めることすらできなかった。
もはや絶望的である、そう思った時だ、アンノウンたちの体が、ガクンと落ちた。
「やはり魔物ですね」
その光景をレンズ越しで見ながら、スキピオはそう漏らした。
ハンニバルの策は、簡単なものだ。
落とし穴に落とす、落とし穴の中には大量の油をぶち込んでおく、飛び出そうとすれば、風の魔法で叩き落とす、あとはじっくりこんがり燃やせ、というものだ。
遠くから見える複数の穴から、炎の柱があがるのが見えた。
「数は、千……といったところでしょうか」
籠城のために、一つ目の城壁の門が閉じられていくのが見えた。
数は着実に減らされてはいるが、すべてとはいかない、おそらくは一割もいっていないであろう、そう考えて、スキピオは次の策を実行することを、兵士たちに伝えていった。
次の策も単純だ、奇襲なんてものは、恐ろしく強い敵には通用しないだろう、ならば、普通に敵を超えれば良い、魔法隊を動かし、攻撃を一点に集中し、そしてブチかます、当然、落とし穴は、スキピオの居る最終防壁の城壁付近にも設置されている、二つを継続させる、
「リーリャさん、おそらくは乗り越えるか、破るか、どっちにしろ長くは持たないでしょう」
城壁が龍の息吹を防げるといえども、限度はある、龍程度の強さはあると報告にあるアンノウン、それが事実とすれば、破られないわけがない。
そのとき、スキピオの耳に、劈くような轟音が放たれた、はじかれるように扉へとレンズを向けると、既にひしゃげ始めている扉が見えた。
「――もう少し、持つかとは思いましたが」
アンノウンへと牽制しながら、必死にこちらへと馬を走らせる騎士へと一瞥をして、リーリャへと再び視線を移した。
「ある程度来たら、思い切り攻撃を」
「わかりました」
ニコリと笑顔でそういった、一切怯えなどは感じられず、そして殺されていった騎士たちに対する罪悪感も感じられはしなかった。
その時、スキピオは理解した、いや、知ってはいた、ただ、飲み込めていないだけだった。目の前の少女のほうが、自分よりもはるかにこういった状況に、慣れているということに、見た目だけで判断していたことに気が付いた。
シャァァ……とゆっくりと剣を抜き放つ、リーリャは静かな視線を、アンノウンたちに向けた。
(冷たい、瞳だ……)
スキピオは、それを見て、思った。
先ほどの少女とは、同一視はできなかった。
「『風よ、剣に纏え』」
膨大な魔力に、竜巻のような風が発生し、剣へと圧縮されていった。
「『雷よ、剣に集え』」
その瞬間、バチリと剣が雷を放った。
空気が震えた。世界が震えていた。
「――今です!」
次の瞬間――世界は、白に染まった。
一瞬、スキピオは我を忘れていた、鼓膜を破りかねない轟音により、現実へと引き戻された。
目の前はモウモウと土煙が上がり、どれくらいの威力かはわからない、しかし、目の前すべての景色が灰色に染まっていた。
ガタガタと地面が揺れていた。
(これほどとは……)
スキピオは冷や汗を掻きながらリーリャを見る、平然としながら、剣を鞘に納めていた。
リーリャは笑顔でスキピオを見た。
「それでは、次の指示を」
ハロルドは、右から聞こえる轟音にニヤリと笑みを浮かべた。
「やってるな」
「じゃあ、こっちもやるか」
「ハンニバルか」
ハロルドが振り向いた先に、ハンニバルがいた。葉巻を吸って――むせた。
「なぁ、苦手なんだからやめればいいだろう?」
「何度も言うが、勿体ないし、結構落ち着くもんだ……というわけで、やっちまえ」
「了解、っと」
ハロルドは右腕に魔力を込める、魔法は使えない、固有能力からして、精霊を殺せる力を持つというのに、精霊が力を貸すわけもない、だが、魔力は持っている、魔力はその名の通り、力だ、込めて打てば、無色の力を相手に放つことができる。
空間が振動する、パキパキと割れるような音が響き渡った。
「撃つぞ」
「あぁ、撃て」
拳を振り上げて、思い切り振り落とす、軽々と音速を超えたそれは、衝撃波と共に魔力の波動が合わさった、白い竜巻が、拳から放たれ、目の前の景色が土煙に染まった。
「残りのアンノウンは?」
「空中に150、地上に100」
「逆も同数と考えると、500、半分程度か、またハメ殺しは……落とし穴もうないか、そうなると……、連携して、動き封じて、タコ殴り……ハッハッハ、さて、いくつ試そうか……」
楽しそうに、両手を広げて笑うハンニバル、いつも通りだとハロルドは渋い顔しかできなかった。
ひとしきり笑った後、ハンニバルはすっと笑みを納めた。
「さぁ、泥沼どころか、毒沼だ、相手の切り札はまだ見せてこない、ならばこちらはどうするか――」
ハンニバルは目を細めて、強い眼光で目の前の景色を睨んだ。
ハニカブルスは息を荒くして、顔を青ざめていた。
目の前の光景は、リーリャの起した魔法による、巨大なクレーターができていた。
その威力、ちらりと龍の心臓が入った箱へと視線を向けた。
――勝てるのか?あの化け物に、冷や汗がダラダラと流れて行った。
それでも、ここで逃げたら捕まるだろう、死罪か、死罪だろう、死にたくなんてない、既に自分が起こしたもので、何千、何百もの兵士が死んでいるであろうことを棚に上げて、恐れた。
懐から、フラスコを取り出す、中身は、黒い霧のようなものだった、霧に見えるのに、どこか、泥のようにも見えた。
「……私は、間違ってなどいない」
口ずさみ、フラスコの蓋を取った。
すぐさま、箱を開けて、龍の心臓へと押し流す、最初のころよりも心臓の鼓動が小さいことが、気にかかるが、だから辞められるわけもない、震える手を突っ込んで、蓋をできるだけ閉め、見えないようにした。
「あの王は、ダメなのだ!」
龍の心臓の鼓動が、ドクンッと強くなった。それを感じ、成功したと理解した。
にやりと笑みを浮かべ――そしてその顔は、驚きに染まった。
「――え?」
黒い霧が、あたりへと広がった。
そして自らを飲み込んでいく、
「まて、私じゃない、私にこれは必要ない!」
振りほどこうと、抗う、しかし抵抗むなしく、軽々と呑まれていった。
「……ハニカブルス様?」
馬車の外にいた、私兵たちが、中の騒々しさに、ノックして問いかけた。
返答はなかった。――何かおかしいことを感じ、兵士は扉を開けようとした、その時だ。
鈍い音を立てて、馬車が膨らんだ、いや、中で何かが大きくなっていた。
思わず力いっぱい扉を開け放つ、次の瞬間、馬車は限界を超えてはじけ飛んだ。
兵士たちは唖然としてその光景をみた、真っ黒な龍だ、そんなものが何故――?
こんがらがった思考に、一点思い出し、すぐに我に返った。
見上げていた視線を、跡形もなくなった馬車へと向けた。
「ハニカブルス様は!」
「い、いません……」
「――つまり」
――あれか?隊長の言葉に、誰も返答はしなかった。
突如として現れた黒い龍、しかし、それについては予想通りだった。
できることなら、現れる前に確保をしたいところだが――無理だった。
ハンニバルは、後悔をさっさと捨て去り、次のフェーズに移った。
城を間に挟んで見える、黒い龍へと視線を移した。
「さて、ハロルド、リーリャのところに行って、二人で攻撃しろ、未知数だ、戦力は多くするに越したことはない」
「あぁ(リーリャに力の程度を測ってもらうか――)」
「……うん?」
ハンニバルは、黒い龍の挙動の違和感に気が付き、視線を向ける――次の瞬間、一瞬にして黒い光が口の中に現れ、それが放たれた。
余波で、最初の門が削り取られた、そして黒い光線は、城を護る城壁へと向かった。
「お……おいおいおい!?」
「やっべ……リーリャぁああああああ!」
流石の二人も、余裕を崩して、叫んだ。
「きゅーひゃく、はちじゅう……に」
リーリャは呆然と目の前の存在を見た、はじめて見る数値だ、900代そのものが三度目だというのに、1000に届きかねない数値が来た。
そして、黒い龍は、口の中に黒い光が現れた。
「リーリャさん、何の魔法が一番得意ですか?」
「光と、水と、氷、雷……一番は、光です」
「では、光の盾を――全力で魔法で盾をつくれェェェ!」
スキピオが門の下にいる騎士たちへと叫ぶように命令をした。
騎士たちは動揺したが、すぐに顔を引き締めて、門の前へと走った。
その次の瞬間、黒い光線は放たれた。
「『光よ――盾となれ!』」
リーリャは魔法を発動する、巨大な光の壁が現れ、目の前の景色を黄色に染め上げた。
「『風よ、盾となれ!』」
スキピオがそれに続き、そこから下の騎士たちが次々と魔法を発動していく、何色もの魔法の盾が発動され、世界を塗りつぶしていく、
――だが、足りない。
黒い光は、巨大な力を振るい、浸食していった。
騎士たちも、スキピオも、リーリャも、魔力を振りしぼり、全力で盾を展開しているが、ガリガリと削られていっていた。
「ああああああああああああ!」
スキピオが叫ぶ、騎士たちが吠える。
(どうすればいい)
リーリャは必死になって考えていた、現状を打破することはできないだろうか、と。
そして、脳裏をよぎったのは――歌、だった。
天の一族が、夢の中で歌っていたものだ。未だおのれの中で鳴り響く、時計の規則的な音と、それのみしか手立てはない、ならば――やるしかない。
「『―――♪』」
場違いだとは思ったが、口ずさんだ、心地よい音色が聞こえる、意味はところどころわからないのは変わらなかった。
「……?」
スキピオは、耳に音色が届き、力を込めながら横目でリーリャを見た。
黄色のオーラ――光の魔法ではない、巨大な力を秘めた力が見えた。
その瞬間だ、ぐねりと、黒い光線が奇妙な機動をした、一瞬の動きをリーリャは見逃さなかった。
剣を抜き去り、力を集中させる、自然と、黄色のオーラもそれに集中していった。
剣を振り上げ、思いきり光線を切り裂いた。
光線は盾に斬れた。そしてそれは、形状を保てなくなり、爆発した。
リーリャを巻き込み、周囲100メートル以上は吹き飛ばし、周囲にいた騎士は吹き飛んでいく、当然、スキピオやリーリャも一緒になって吹き飛んだ。
リーリャはくるくると回りながら、一行に体勢を立て直しはしなかった、意識がもうろうとし、既に2、3度ほど意識が途切れていた。
頭の中で、何かがなっていた、ぼーん、ぼーんと鳴り響いていた。
受身も取れず、背中から地面へと着地した、衝撃が、さらに意識を刈り取っていった。
視界が、ぐるぐると回っていた。
「大丈夫ですか!?」
リーリャには、遠くで言われているように聞こえた。
(――第二騎士団、の)
リーリャは、自分をゆする女性をゆっくりと見た、その時だった、少し遠くから、見知った声が何人か聞こえた。
「リーリャぁぁぁ!」
マリアが叫び、リーリャへと向かう、騎士たちが止めようとするが、力が強く、無理やり止めれば傷をつけてしまうと危惧して、止めることは叶わなかった。
その横をベールクリフたちは通り抜けて、リーリャへと近づいて行った。
リーリャの落下した場所は、先ほどのパーティ会場から、魔法で強化されたガラス越しにみえる庭に落下した。
マリアは、戦闘らしき音が聞こえてから、リーリャが心配となり、庭はとめられたために、ガラス越しに外を見ていた、そして、目の前で娘が力なく落ちた光景を見た。
「リーリャぁぁ、お願い、目を覚まして……!」
マリアが懇願するように、リーリャをゆする、リーリャの意識は既に消えていた。
「おい、リーリャ!リーリャ!」
「起きなさいよ!ねぇ!」
ベールクリフとアイリスが、慌てて声をかけていた。レイドは、混乱しきっており、鈍ってはいるが、とにかくリーリャを起こす方法を考えていった。
「回復魔法――前にベルにやったみたいに、雷の魔法で――」
「どうなるかわからないわ、まずは回復させないと」
「とりあえず、安全なところにいきましょう!」
ステラとエリーの言葉に、三人が頷き、リーリャを運ぼうとした時だった。
「ま、まて!」
静止の声、六人が声へと視線を向けた。
貴族――何度か見たことがある男だった。
「冒険者だろう!?助ける必要なんて――」
「ある」
「な、なんだ――ひぃっ?!」
貴族の言葉を最後まで言わせる前に、横槍が入った。その言葉に噛みつきながら振り向き、悲鳴を上げる。
国王、グリフグレイが、王妃と王子を伴って現れていた。
グリフグレイは、怯える王子の頭をやさしくなでながら、ゆっくりと外に出た。
「……なんで陛下が?」
「し、知らないわよ!冒険者にやさしい人なんじゃないの?」
「よ、よくわからないけど、深く考えても答えはでないと思うけど……」
ベールクリフたちがボソボソと会話をした。
「治療を」
グリフグレイの言葉に、周囲の騎士が敬礼をして、取りかかろうとした。
「――いや、必要ない」
リーリャの声が、響き渡った。
「リーリャ……よか……」
立ち上がったリーリャにマリアは声をかけようとして、止まった。
「貴方、誰……?」
「母は偉大だな」
ニカッとリーリャによく似た、しかし少し違う、太陽のような笑顔を見せた。
「記憶のみであり、魂ではない、別の人格のようなものだ、力の間違った使い方により、体に負担が来すぎた、そのために、記憶から引き出して、俺と言う人格を作り出した、ということになる、だから俺は刻まれた血の記憶により作り出された存在であり、それそのものではない、まぁ、力を受け継ぐものではあるが……おっとすまない、面倒な説明をしても、わからないだろう」
グリフグレイが震える声で言った。
「……貴方は、もしかして」
「あぁそうだ、我が子孫――といっていいのかはわからないが――俺は、アーグリードの記憶をもとに作られた、アーグリードだ」
どうしてこうなった!どうしてこうなった!
……なんでだろうね?




