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アーニールド

あと五話

――今でも夢に見ることがある。


その夢は、血を流す母を抱いているというものだ。

小さな頃――たしか、俺は7歳くらいのことだろうか。

母は血の繋がらない女性で、亜人だった。

俺は捨て子だった、気がつけば塵のようなやつらが集まる場所に居た。

理由はわからないが、捨てられたのだろう。

そんな俺が死に掛けているときに助けて貰った人が母になってくれた。


とはいえども、だ。


俺は散々な目にあってきたので、母を信用することはなかっただろう、恐らく疑いの篭った視線を向けていたであろう、なんにしろ俺はかわいくない子供だった。

周りの亜人からも人間の俺を追い出そうとするやつらがいたし、そのせいで母の立場はかなり不安定だった。

いつもいつも、何でこの人は俺をここに置いてくれているのだろうと思っていた。

いつもいつも、いつか絶対に捨てられるであろうと思っていた。


――母が俺を庇って死んだときも、何故この人は俺を庇ったのだろうと疑問に思っていた。


これがハロルドという冒険者の始まりだった。

小さなナイフを握り締めて、俺は魔物へと向けた。


――殺してやる。


殺意というものを理解したのも、このときだった。

このときから、俺は亜人を護ろうと考えた。

アーリーとの出会いも、ここから少し経ったあたりだ。



--------------------------



リーリャと話をした次の日だった。

一日目は近場である、リーリャの目撃場所である塔へと向かったのだが、たいした成果は得られなかった。

ならばと、ハロルドは次の日に自らがアンノウンと出会った場所であり、二人の少女と一人の男を助けた場所へと向かって――そして、今ここにアンノウンの群れとであった。

出会ったというよりは、けしかけられたといったほうが正しいだろう。


「こんにちはハロルド、だったかしら?」


「ヴァンパイアか」


その証拠として、長い赤毛を二つに括り、ツインテールにした少女が、まるで『私、ラスボスです』と言わんばかりに見下ろす形でニヤリとニヒルな笑みを浮かべて空を飛んでいた。

背中からは黒い蝙蝠のような翼が生えており、一発でヴァンパイアだということがわかる。


「んで、お前は俺を始末しに来たってことでいいのか?」


「えぇ、そうよ」


「はぁ、亜人も絡んでいたとはね」


人間に恨みを持つ亜人は多い、ヴァンパイアといった人に危険性が及んだり、エルフといった歳を取らなかったり、美しい容姿をしていたりと、偉い連中の趣味の被害にあってたりする種族はある。それにより亜人と呼ばれる存在からは人は満遍なく嫌われている。

まぁ何事にも例外というものは存在するが。


「ま、理解はできるが」


「ふん、じゃあおしゃべりはおしまいでいいかしら?」


「いいや、お前のボスについて冥途の土産に教えてくれないか」


「おかしなことを言うわね、死ぬことなんて考えていない男が土産を寄越せと言うなんて、普通に『お前今から殺して俺は帰るから情報くれ』といったらどうかしら?」


「俺は亜人はあんまり殺さない主義なんだ、あんまりだから殺すときは殺すけどな、だから言えば殺さない、言わなくても殺さない、殺そうとしてきたら、まぁヤバくなければ殺さない」


「変わった人間ね」


「そうか?リーリャも一瞬でアーリーと普通に会話していたからな、まぁ冒険者の中にもアーリーで何か言ってくるは多いけどな、基本は三回くらいで慣れるぞ」


「……アナタと少し前に会っていたら、楽しかったでしょうね」


「冒険者ギルドは来るものを拒みません、まぁ身内に入ったらちゃんと己を律せるならいくらでもサポートするぞ?いつでもこい」


そういってハロルドはドンと胸を叩いた。

そんな彼に少女はハハハッと困ったように笑い、少し嬉しそうに微笑んだ。


「でも――私には彼が居る」


「そうかい」


「だから」


――死んで。

そう冷たく言い放たれた言葉が始まりの合図だったのか、一斉にアンノウンの魔物達はこちらへと飛び出した。

ハロルドは、小さくため息をつくと、真っ直ぐに前を見る。

そしてテンポ良く、ゆっくりと歩き始めた。


「俺も守るものがあるんでな、止めさせて貰う」


大きな魔物の群れ、オークが掴みかからんとハロルドへと近づく。

オークの上半身は一瞬にして吹き飛び、消滅した。

下半身だけどなった体はドロリと黒い液体へと変貌し、その場に広がる。


――一歩。


数体の魔物が一斉に攻撃を仕掛けた。

それを拳圧で相殺し、一瞬にして上半身と下半身を引きちぎる。

姿がブレたかと思うと、何かが破裂するような音が響き渡る。

そしてそれが何かは、すぐに現れた。

――轟音、そして土煙。

その一撃は魔物十数をミンチへと変えた。


――一歩。


アンノウン、恐ろしい力を持った魔物達は、本能的に理解した。

勝てない、と。


――一歩。


彼が踏み出すたびに魔物は一歩下がる。

恐怖で少しずつ逃げ出している。


――一歩。


その状況を見て、少女も冷や汗を搔く。

淡々と歩いてくる目の前の存在が異様なほどに恐ろしい。


「……あんた、人間?」


「よく言われるな」


ハロルドは飄々とした態度でそう言い返す。

正直言って目の前の女性が何を言っているのかわからないが、俺は一つのことがわかればいい。

この事件にかかわりがある、この一点のみで十分だ。


「さて、ヴァンパイア「エーリカ」あん?お前の名前でいいのか?」


「ええ、あなたの名前は?」


「ハロルド、Sランク冒険者『殲滅者』ハロルド」


「そう、ハロルド――アナタを殺すわ」


「俺を倒せたら冒険者になってくれ、俺はお前に仕事を押し付けるから、リーリャみたいになぁっ!」


拳を握り締める腰に挿してある小さなナイフへと少し触れて――離す。

まだ必要はない、ハロルドはそう考えて、素手で戦うことに決める。




---------------------




「『炎よ、走れ!』」


――切り払う。

蛇のように地を這う炎がリーリャへと襲い掛かる。

アイリスの炎の一撃は、リーリャの剣の一閃によりかき消される。

そこへレイドがリーリャへと大きな盾を持って突撃する。

重さと速さを重ね合わせた一撃だ、しかしリーリャは片手で受けきり、微動だにしなかった。


「『火球よ、対象を討て!』」


――切り払う。

巨大な炎の球は先ほどの攻撃と同様に、剣の一閃によりかき消された。


「――ゼアァァァァァ!」


「ハァァァッ!」


「『火球よ、対象を討て!』」


「『力を我に!』――オォォォ!」


そこへと、ベールクリフとエリーが剣を握り締めて飛び掛る。

さらに追撃といわんばかりにレイドは魔法を使い、肉体を強化して力を込める、アイリスはさらに魔法を繰り出す。

二人と一人の甲高い金属音と、火花が数度散る。

片手は使用できない、後方からは火球、前方と右手からは二人の剣の攻撃。


――切り払う。


リーリャは二人の剣が同時に繰り出されたのを見計らい、一閃を繰り出し、同時に剣を弾き、背後から迫る火球を剣の一閃で消し飛ばす。

それと同時に軽くレイドの足を掬い、地面へ転がす。

二人は一旦離脱を選択、これは実践ではないために妥当な戦法だが、ベールクリフの剣は次の瞬間、後方へと弾き飛ばされていた。


「えっ!?」


何が起こったのかわからない。

そんな表情をするベールクリフを他所に、リーリャはエリーへと回し蹴りを食らわせると、アイリスへと振り向く。

すでに魔法を構築したのか、複数の炎の蛇がこちらへと襲いかける。

それを一瞬にしてかき消すと、突っ込んできたレイドをもう一度転がし、歩き出す。


「え、ええぇ――ま、負けました」


「はい、これで終わりです」


アイリスは無表情でこちらへと近づくリーリャへとヒクヒクと頬を動かして、素直に負けを認めた。

その瞬間、リーリャはニパッと笑みを浮かべて、模擬戦闘訓練の終了を告げた。


「レイド、もう少し足元を気をつけなさい」


「はい……」


「ベールクリフは剣の腕をもう少しですね、魔法の才能もあるのですから、魔法も使うことを考えてみては?」


「はい!」


「アイリスはそうですね、焦って魔法を固定しがちです、風の魔法が得意なのですからそれを生かしつつ、場面で魔法を選択することを考えてみては?」


「うぅ、そうですね……」


「エリーは、剣の腕前はまだ発展途上ではありますが光るものがあります、それ専門で戦えるとはいえませんが、将来性はあります――しかし、一瞬思考が途切れましたね」


「はい……」


「アナタに足りないのは、実戦、一から十までそれです」


リーリャが戦いの評価を述べ行く。

空気が少し落ち込んできたところで、リーリャはパンッと手のひらを叩いた。

顔を下に向けていた四人がハッと顔を上げる。


「ですが、才能は有ります、殺気には慣れました、魔物には落ち着けば戦えるでしょう」


「あ、あの」


「なんでしょうか、ベールクリフ」


「あのオークは倒せないのでしょうか」


「貴方達が会うとは思えませんが、一方的に殺されます」


ハッキリとそう告げる。

嘘を言っても仕様がない、というよりもオークと出会わないほうがいい、出会いたくないと考えて貰ったほうが喜ばしいとリーリャは思っていた。

効果はハッキリと出たようで、少し脅えた表情をしてベールクリフは後ろへと下がった。


「――今日の訓練の終了には時間が有ります、聞きたいことがあるならどうぞ」


「あの」


「アイリスですか」


手をピシッと上に向けて聞きたいことがあると主張したのはアイリスだ。


「あの、どこで魔法を習ったんですか?かなり高位の魔法使いのように感じたのですが」


「どこでそう考えましたか?」


「最初の頃に魔法を使ってましたし、魔法の対処も的確、魔法の使い方のアドバイスも毎度『すごい』と思うほどのものです」


「――私の魔法の師匠は、複数居ます、同じくSランカーの人が気まぐれで教えてくれたり、あとはギルド受付のアーリーさん、さらにユレイドさんも師匠です、あぁベールクリフとアイリスは、機会があればユレイドさんに炎の魔法について聞いてみてはいかがでしょうか、彼女は私よりも炎の魔法が得意ですから」


「きょ、教官であるリーリャさんよりもですか」


「アーリーさんは風魔法特化ですし、ユレイドさんも炎魔法特化ですからね」


そう考えてみて、ベールクリフとアイリスを二人とあわせるのも手かもしれないとそう考える。

レイドは雷が得意なので、リーリャが鍛えるだけで十分だ。


「……他に質問はないでしょうか」


手を上げるものはいない、それを見て、リーリャは一礼をする。


「それでは、これで終わりにします」


「「「「はい!」」」」


そういってこちらへと礼を返すと、脇に座っていたステラがこちらへと近づいてくる。


「エリー、終わったでいいのかしら」


「はい、今日もお手間を取らせまして――」


「いいのよ、別に貴方には強くなって欲しいし」


「ステラ、エリー、今日はおいしいところいくわよ!リーリャさんはどう?ごはんいかない?女子会したいのよ」


「申し訳ないですけど、ギルドの方にいく用事がありますので」


「そう、残念ねー、ベル、リーリャさんが来るっていったら俺もって言おうとしてたんでしょ?」


「う、うるさい!いくぞレイド!また明日会いましょう!リーリャさん!」


「置いてくなよ、じゃ、俺もいくので」


そういって二人が去っていくと、三人の少女とリーリャだけがこの場に残る。

リーリャはギルドへと向かわなければと考えて、一歩踏み出したときだった。


「フハハハハハハ!」


上半身裸――そして、肉体は分厚い筋肉をつけ、顔上部のみだけが隠れる仮面をかぶり、マントを風に棚引かせる男。


「な、なにものですか!ステラ様、私の後ろ」


「――何やってるんですか、アーニールド伯爵」


「……え?」


「……この国の貴族は変態なのね」


エリーとステラの反応。


「……何をやっているのですか、ベイステイおじ様」


「……えっ?」


リーリャの反応。

口をパクパクとさせてアイリスを見る。


「久しぶりじゃというのにふくらみすら感じられない平坦な胸のアイリスよ、絶望の絶壁かの」


「叔母様にそういっていたことをお伝えさせていただきますわ」


「……慣れよってからに」


「慣れるほどにちょっかい出すからですよ」


「リーリャちゃんのおっぱいはでっかくなるかの?」


「よし、お伝えする事柄が増えましたわ、銀髪の女の子にセクハラと」


「……うむ、いくらじゃ」


「毎度のごとく買い取るのなら言わなければ良いと思いますわ」


呆れた表情でアイリスがベイステイへと言い放つ。

リーリャも反応はしないが心の中で同意する。

そしてベイステイと会うときはアイリスについてきてくれることをお願いしようと考えた。


「まぁ姪のお小遣いのようなもんじゃよ、息子はのぉ、『親父なんかの力なんざいらねぇ!俺の力だけで大きなことをやってやる!』とか言い始めるもんじゃからのぉ」


「メイクード兄様はちゃんとやれてますわ」


「やれておるからの、巣立ってゆく息子を見るのは、なんというかもの悲しい」


「それでも喜ばしいのでは?」


「はっは、小娘が親の心を語るか――ま、正解じゃがな……あと本能でセクハラしてる、止まらないからの」


「……最後の言葉がなければよい話だったと思いますが」


ハァと深いため息を吐いて、アイリスは半目でベイステイを見る。

そんな視線もまるで感じないといわんばかりにハッハッハと軽快に笑うベイステイ。


「……それで、何の御用で?」


「すまんがアイリスには聞かせられん」


「はぁ、わかりましたわ、私は席を離れます、ステラとエリーも行くわよ」


「わかったわ、エリー行くわ」


「……了解しました」


「金貨は後で送るからの」


そういってベイステイは手を振って彼女達を見送り。

リーリャへと視線を向ける。


「……龍の心臓ですか」


「まぁそんなもんじゃの」


そういって折りたたんだ紙をペイッとリーリャへと投げる。

それを受け取り、リーリャはポケットへと仕舞いこむ。


「王の周りがきな臭いのぉ」


「……それについては私は特に関係はないのでは?」


「リーリャちゃんはメイドになりたいんじゃろ?どんな夢よりも優先するのかの?」


「……はい、私はメイドになります」


「うむ、ハロルドによろしくの」


そういって、ベイステイは去っていく、リーリャが外に出ると、そこには馬車へと乗り込み、御者がパチンと手綱を鳴らすと、馬が歩き出す。

去っていく馬車をみながら、リーリャはポケットの中にある紙の存在を確かめるかのように、何度も手のひらで転がした。



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