動き出す
「痛ぇ……」
訓練が終わった後、保健室にて消毒液を拭きかけながら、顔をしかめるベールクリフ。
所々に擦り傷があり、血がにじんでいる。
「はぁ、運動神経がないのね」
そんな彼へと呆れたように腕を組みため息をつくアイリス、その瞳は心配そうだが、ベールクリフはそんな彼女に返答することなく机をダンッと強く叩き、吐き出すように言い放った。
「畜生……あと少しだったのに!」
「そんなに悔しがらなく……あと少しって何が?」
「リーリャさんのスカートの中身があと少しだったのに!」
「最低の上に気色悪いわよ!?何度も扱けてたのはそんな理由だったの!?」
「アイリスの汚いパンツしかみえねぇし!」
「うん、アイリス、やめよう、鋏をその場に置こう」
「扱けるたびに大丈夫って聞いてくるのは嬉しいけど、お前のパンツじゃないんだ!リーリャさんのパンツなんだ!糞!悔しい!」
「口を閉じるんだベールクリフ!これ以上抑えられない!」
「アイリスのパンツじゃないんだ……!」
「うおおお!どけええええ!今日の記憶全部切り刻んでやるわあぁあああ!」
「ベル!歯を食いしばれ!」
「は?何ゲパァッ!?」
レイドからのビンタを浴びせられるベールクリフ、椅子から落ちて倒れこむ。
「さすがに女の子に失礼だ、貴族としてどうかと思う」
「……確かにそうだな、すまんアイリス」
「え、あ、あぁ別にいいけど」
突然な二人の行動に困惑するアイリス。
思わず怒りが引っ込んだために許してしまった。
「うん、あとの消毒は二人でやっておくから、アイリスは休んでくるといい、後でステラさんとエリーさんの三人で御茶しに行くんでしょ?」
「え、えぇ」
「じゃ、行った行った!」
背中を押されて保健室から強制的に退出されたアイリス。
ピシャリとスライドドアが閉まった瞬間、保健室に沈黙が訪れる。
無表情でレイドがベールクリフへと近づいていく。
「なんか、すまん」
「いや、いい、そんなことより」
「ん?」
「アイリスのパンツ何色だったんだ?」
バタァンッと大きな音を立てて、保健室の扉が開け放たれる。
つかつかとアイリスがレイドへと近づき、顔面に拳を叩き込む。
そしてそのままつかつかと去っていった。
レイドはうつ伏せに倒れながら、平坦な声で言い放つ。
「……男の子だし、仕方ないよな」
「……水色だったぞ」
「水色……ふふっ」
「はははっ」
よくわからない男の友情が、そこにあった。
朝靄も消え去っていない、そんな朝早くの時間にハロルドはリーリャ宅の前で、呼び鈴の前で挙動不審だった。
呼び鈴へと手を伸ばしたかと思うと、すぐに引っ込める。そして何だか迷っているように、腕を組んでその場で立ち止まり、また同じように手を伸ばす、そんなことを繰り返し続けている。
すると突然、ドアが開け放たれた。
「うぉお!?」
「……何やってるんですか?」
そこから怪訝な顔をして現れるメイド服の少女、リーリャ。
その様子からハロルドはリーリャが自分が来ていたことに気づいていたことを知り、羞恥心で少し顔を赤くした。
「気づいてたんなら言えよ」
「呼び鈴の前に居ましたから、ドアを開けたら驚かれるかと思いまして、そもそも何か考え込んでいるご様子でしたし」
「うぐっ」
知らずの内に気を使わせていたようで、ハロルドは言葉に詰まる。
「まぁ、待てたらいくらでも待てるんですけどね、早く確認したい気持ちもありまして」
「確認?」
何をだ?とハロルドは問いかけると、彼の横を通り抜けて、リーリャは家の前に設置されているポストへと小走りで向かい、中を確認した。
その瞬間、パァッと顔を嬉しそうに輝かせて、内部から封筒を取り出し、あて先を確認――がっくりと肩を落とす。
「……お母さんの手紙を朝早く確認するのが日課なんです」
「仲、良さそうだな?」
「まぁ週一度以上手紙のやり取りをするぐらいには、どうぞ、何か話したいことがあるようなので」
「あぁ、じゃあお邪魔させて貰うか」
そういって家へと通される。
廊下を抜けて、リビングへと到着すると、「ご飯はどうします?」とリーリャはハロルドへと問いかける。
「貰っていいか?」
「えぇ、紅茶とコーヒーどちらにしますか?」
「徹夜明けだからコーヒーが欲しい」
「私に面倒事を押し付け続けてSランクに上げようと必死だったハロルドさんが……徹夜ですと……!?」
「お前が俺にどういう感情を抱いているのかよくわかった、ありがとう」
そのハロルドの言葉に、ハハハと乾いた笑いでリーリャは台所へと向かった。
たく、と呆れたように苦笑いを浮かべ、リーリャが戻ってくるのを待っていると、机に置かれた、――先ほどの封筒だろうか、それが目に入ってきた。
「……王家の紋章か」
リーリャが王の娘、まぁ立場から言えば姫君であることを知っているハロルドにとって悪いイメージしか沸いてこない。
中身を見てしまおうか、と思ったが魔術で封蝋された様子で、リーリャ以外開けられない仕様だ。
もどかしい、手紙以外を消滅させて開けてやろうか、なんてハロルドが考えていると、トレイに朝食を載せたリーリャがリビングに現れた。
「?、どうかしたんですか?」
静かに素早く料理をテーブルの上に並べ始めた。
手紙を握りながら椅子へと座り、リーリャへと見えるように、自身の顔の前まで手紙を持ち上げ、突き出した。
「いや、王家からの手紙でな」
「あぁ、そこまで珍しいものではないですよ?」
「あん?良く来るのか?」
「国として将来有望な云々が書かれた手紙ですよ、学院のほうに入学してくれとか、今なら母親と一緒に住む場所も提供しますとかいっていますけど」
――父親のように考えてみると、あれだ。
『冒険者なんて危ないから学校で勉強して、ちゃんとしたところで平和に働いて!』ということか。
「今なら国から奨学金、利子無し、担保無し、国から仕事の斡旋も可!らしいです、良い話すぎて逆に怖いですけどね」
――王よ、もう少し抑えよう。
「今回は違うかもしれんぞ、見てみろ」
「はぁ、そう言うなら開けますけど」
そういって封蝋を切り、中から紙を取り出す。
「少し違いますね、奨学金は利子無し、担保なし、良い成績を残したものには国からの仕事の斡旋と共に、報奨金として金貨100枚贈呈ですね、……詐欺にしか見えないんですけど」
「気が合うな、俺もそう思った」
「だけど封蝋と紋章からして本物ですからね……」
「王家と騙るとほぼ十割死刑、その上操作は国の騎士と共に冒険者ギルドへの依頼の申請も成される、報奨金も莫大、今まで騙って逃げられたやつは一人もいない、やろうと思う奴はいねぇだろうな」
「だけど胡散臭いですからね、権力者は色々とありますから。……そもそも学院なんて入りませんからね?メイド学科を作ってくれれば行きますよとでも言いましょうか?」
「やめたほうがいい」
「ですよね、喧嘩売ってるようなものですし」
(万が一にでも作られでもしたら色々と問題だ)
リーリャの言葉に頷きながらも、内心ホッとするハロルド。
「それで、何を話しにこられたんですか?」
「あ、そういやそうだ」
王からの手紙で思考が奪われていたことに気がつき、昨日決めたことを説明する。
「面倒事押し付けた」
「過去形!?……つまり拒否するなと」
「うん、まぁすまん、何かして欲しいことは在るか?」
「いや、特には無いですし、恩もあるので別にいいですけど、訓練のクエストもあるので、できればそれと平行できるか、短時間で終わらせるものだったらと」
「大丈夫だ、訓練の人数が増えるだけだ」
「……がんばります」
「だ、大丈夫だ、初心者じゃないし、素直っぽいし」
訓練の教官のようなことなんて今回が初めてなのに人数が増えるという。
必死で紐に縋る状態に錘を増やす行為に、リーリャの声が少し震えているのを感じて、フォローになっていないフォローをする。
「それで、何か理由があるんですよね?」
「黒い液体になった魔物、適当な名前をつけようか、毎度これだと嫌になる、何か案はあるか?」
「ダークモンスター」
「少年って感じのネーミングセンスだな」
「ケチつけるなら振らないでください、じゃあハロルドさんお願いします、さぁネーミングセンスを示してください」
「よし、わからんからアンノウンでいこう」
「……」
リーリャがジト目でハロルドを見る。
ハロルドは見なかったことにした。
「でだ、アンノウンに襲われていた二人の内一人なんだが」
「もしかして相手はエリーって人では?」
「……知り合ったのか?」
「学院のほうで会いました、ステラとも話をしましたよ」
「それじゃあその娘の訓練と、あとはステラを近くにおいてくれということだ」
「訓練はすでにやることになっていますよ?」
「……すげぇいいタイミングだな」
「私も驚きですよ」
訓練してくれとハロルドに頼まれた前に訓練することになっていた。
ハロルドは嫌な考えばかり頭に浮かんでくるが、それを振り払う。
そういうことを考えなければ、これはまさに俺にとって良いタイミングではないだろうか。
「了解、それでは訓練と共に――ステラの護衛をさせていただきます」
「よろしく頼んだ、できるだけ早く終わらせる」
そういってハロルドは料理へと手をつけ始めた。
少々冷めているが、美味い。
「いい嫁さんになれそうなんだけどな」
「メイドにもなれないのにお嫁さんにしてくれる人なんているんでしょうかね」
「そうだな、気がつけば直ぐそこに居ることに気がつくぞ?」
(お前の訓練している貴族の一人、とかな)
ニヤリと笑うハロルドに、リーリャはきょとんとして顔をしている。
「居たらいいですけどね」
そういってリーリャもナイフとフォークを手に取り、朝食を食べ始めた。
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「どういうことだ!傷一つ負わないではないか!」
ダンダンと地団太を踏みながら、豪華な身なりをした腹の出た男は目の前の男を睨み付ける。
奇妙な男だった、肌の色は紫で、銀髪と紅い瞳をしていた、顔は恐ろしく整っており、魅惑的でありながら近寄りたくない、そう思わせる雰囲気を持っていた。。
彼はそんな怒りを見せる男へとふっと鼻で笑う。
「何を笑っている!笑っていられる状況だと思うのか!帝国のクレンラッツの女も、あの忌々しいメイドが生んだ汚らわしい王の子も、大貴族の子息達も生きているんだぞ!何一つとして達成していないではないか!」
「そんなものは後でいくらでも達成できる、時期が来ればな」
「……何か案でもあるというのか?殲滅者でさえも動き始めたんだぞ?Sランカー二人を殺すことができるというのか?」
「さぁ?」
「おい!」
わからないと、笑みを笑みを崩さずやれやれと両手を広げる。
「しかしこちらも力は未知数ですよ?」
「そんなのがあるのか?」
「龍の心臓にあれを注入します」
「……龍の心臓だけでオークみたいな魔物になるというのか?」
「あれは、注入された魔物を食い殺し、そこから元の形へと戻すものです、前に実験してみたところ、欠損していたとしても、五体満足な状態で生まれる、何かしらから情報を得ているわけです、つまり――」
「龍の心臓だけでも大丈夫ということか?」
えぇ、と頷く。
「そして食らった肉体の強さによってその強さは比例する、紅龍――そこから産まれる力は想像を超える力となるでしょう」
その言葉を聞いた男はニヤリと笑みを浮かべた。
「ははははははっ!、あの娘が作り出す手助けをして、そして産まれたものに殺されるのか、こりゃ傑作だ!」
「えぇ、貴方はその龍を持って国を手に入れるのです」
「そうだっ!そうだぁ!私はここで終わるような男ではない、あんな気弱な王の配下で終わるような程度の低い男ではない!」
「そうです、この国の未来を憂う貴方は国を手に入れる、あぁすばらしい!すばらしい英雄の誕生でしょう?アーローンの英雄、初代国王を超える、最高の英雄です」
――まぁ、龍を操れるわけがないんですけどね。
ゲラゲラと笑い続け、悦に浸る男は、小声で言い放った言葉に気づくことは無かった。
年末はゴタゴタする上に課題に明け暮れます




