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乙女は獅子に恋をする  作者: 龍田環
四英雄編
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35. 合流

 喧々囂々とやりあう黒騎士達の横でせっせとお菓子を袋に入れて、四つの袋から飴一粒と小分け包装されたチョコレートとヌガー、よく焼しめた木の実がぎっしりの焼き菓子を一個ずつ取り出した。


「仕分けおしまい。一応勝負は勝負だからそれぞれから一個ずつもらうね。もしかして、お菓子も配給されるのは団長が甘党だから?」


「ちが……、非常食だよ。甘いもの食うと精神的に落ち着くしな」


「なるほど」


「そろそろ俺はお暇します。えらい目にあった……」


「俺達もサクッと水浴びしてこよう。装備も分けてもらっとかないと」


 セラとユリシーズを残して皆がいなくなると天幕の中は静かになった。遠くから黒騎士達が談笑する声が聞こえてくる。カードを一まとめにして片すとユリシーズはセラのすぐ横に座った。


「ユーリ、髪の毛ちゃんと拭かないと風邪ひいちゃうわよ」


「うん」


 セラは起毛布で水気を飛ばす様に亜麻色の髪を拭いた。ツンツンと跳ねる髪が濡れると真っ直ぐになるのが不思議だ。懐っこい犬のように大人しくされるがままになっているのがおかしかった。


「半袖で寒くないの?」


「へっくし」


「あらまぁ」


「さすがにちょっと寒い。もうすぐ冬だな……」


「そうね。去年の今頃は、こうしてユーリの髪を乾かしてあげるとか想像もしてなかったわ」


「俺もだよ。できれば館でこうして欲しかったかな」


「う、それを言われると……。もうこれっきりだから。今度こそ約束通り、モーネ様から頼まれたことが終わったら、まっすぐトラウゼンに帰る」


「モーネ?」


「群青色の竜の名前よ。大事な卵が元凶一派に誘拐されて、禁忌を冒してでも私と話したかったんだって」


「そうか。竜、竜の卵。西の辺境の獣人。北の辺境に潜伏する残党。やっぱり繋がってんのかな……。獣人だけは違う気がするけど、それは自分で見て確かめるか」


 するりと力強い腕がセラの腰に回って抱き寄せられた。彼の冷えた身体が少しでも暖かくなるようにと、首に腕を回してぴったり寄り添う。


「何でこうなるんだろうな……。まわりの都合で振り回されてセラが辛い思いするの、俺は嫌だな」


 独り言のように呟かれる言葉が胸に痛かった。自分の勝手な振る舞いがユリシーズの負担になる。そんな簡単なことに思い至らなかったことが恥ずかしかった。彼の愛情と好意に胡坐をかいていい気になって、後先考えずに行動したことを心底後悔した。


「……本当に心配かけてごめんね」


「そう思うんだったら、もう少し俺の気持ちを考えてくれよ。はい、この話は終わり!」


 笑い交じりの拗ねた声がくすぐったくて、何だか泣きたくなった。




 翌朝、セラはすっかり身支度を整えて天幕を出た。明けたばかりで辺りはまだ薄青い。撤収中の皆と挨拶を交わして対岸に渡された板の上を歩いていると、点呼を始めた黒騎士団の姿が見えて小走りに駆け寄った。


「おはよう。間に合ってよかった」


「おはよ。見送りなんていいのに」


 ユリシーズはアルタイルの鼻面に黒光りする鉄の鼻当てと額当てのような目隠しを装着しているところだった。槍騎兵の馬は兜のような防具を、弓騎兵の馬は胴の両側に大型の矢筒を下げている。それらが動くたびにカチャカチャとぶつかる音がして、何だかいつもと違って物々しい感じがした。


「あまり近づくなよ。防具付きの鼻面で突かれると痣になるぞ」


「おぶっ。言うの遅い!」


 セラは棒で殴られたようにふらついた。アルタイルはいつものように「おはよう」と挨拶してくれたのだが、もろに鼻面が肩に入った。じんじんする痛みを堪えながら、おかしそうに笑い声を上げる黒騎士達を見回した。


「皆、道中気をつけて。無事とご武運を祈っています」


 集まった二百三十の騎士達はデイムの言葉を受けて、右手を胸に置く騎士の簡易礼を返した。自分の馬を引いたジェラルドが進み出てくると軽く一礼した。


「団長、総員準備完了です。いつでもご命令をどうぞ」


「進路は東、ハーファー平野方面! 軽騎兵、前へ!」


 ユリシーズの号令で弓騎兵、剣を主体に使う騎兵が整列したまま街道に進む。その後に盾と大型の槍を装備した重騎兵が続き、殿にユリシーズと一番隊がついた。


「出立! 常歩なみあし前進!」


 良く通るユリシーズの声があたりに響くと、先頭集団が東を目指して進み始めた。身軽に騎乗したユリシーズが馬上からニッと笑って手をひらひら振った。


「んじゃ、行ってくる。セラも気をつけて行けよ」


「うん! いってらっしゃい!」


 真っ直ぐ伸びた背中を見送る。みるみるうちに彼らが遠くなって小さな影になってしまうと、セラはふぅと一つ大きく息を吐いた。


「セラフィナ様、そろそろ出立のお時間です」


 サイモンの渋い声がかかり、振り返るとエーラースの騎士達が勢ぞろいしていた。元気よく「はい!」と応えて用意された馬車の前に駆け寄った。


「それでは私達も出発しましょう!」


 一路、メイユ領を横断して討伐隊本陣のある西部地帯を目指した。途中にある町で補給がてら一泊して、ジューリオの率いるメイユ軍と合流する手はずになっている。セラは馬車に大人しく座って、流れる景色を眺めていた。ハンナは見張りをすると言って御者席にいるので馬車の中はエマと二人だけだ。


「そういえば精霊騎士団が派遣されてきているんでしたっけ? どなたがお見えになるんでしょうね」


「第四師団を率いているウルリーカ様よ。先生のお友達で、精霊騎士団の団長の副官なの」


「お名前からして女性の方ですか?」


「そうよ。精霊騎士は半分近く女性なの」


 あれこれと他愛のないことを話しながらも行軍は順調に進んだ。予定通り町で一泊した後、メイユ軍が展開している南の陣に到着した。予めサイモンが知らせを出したのか、セラ達の到着をジューリオが直々に出迎えてくれた。


「本当にセラフィナ様が来た……。よくユリシーズが頷きましたね」


「事後承諾、です。もちろん叱られました」


「でしょうな。クレヴァ様はお考えあってのことだろうけど、危険な目に合わないよう俺達が必ずお守りします」


「ありがとうございます、ジューリオ様。こちらをどうぞお受け取りください。クレヴァ様からの書状です」


「かたじけない。サイモン殿、それからヘクターもこちらに来てくれ」


 廃村を利用した南の陣はかなり大掛かりで、もう長いこと駐留しているのが見てとれる。メイユ領がある南部地帯は残党狩りのために、こういった拠点がいくつか設けられているらしい。


「精霊騎士団と合流せよ、か。俺達は時機を見て西と東に展開してる討伐軍と一緒に残党を一気に叩けと正軍師から言われてるが、随分早まりそうだな」


「みたいだな。俺の部下がその精霊騎士団をここに来るよう案内してる所だ。明日には着くだろ」


「わかった。それじゃ明日出陣しよう。親父殿がありがたいことに百も傭兵を寄越してくれたし、彼らに要所の防衛を頼んでおこう」


「ここから本陣までどのくらいかかるんですか?」


「半日ですよ。そういやマルセルがセルジュのとこに伝令に行ったそうですね。何でも亜生物が溢れてたとか」


「そのようです。ユリシーズが対処して、今朝がた東に展開している義勇軍の所に援軍に行きました」


「助かるけど何だか悪いな。マルセルのおかげでセルジュも布陣の穴がわかって助かったと言ってました」


「そのマルセルは今どこに? 結局戻ってこなかったんですけど」


「たぶんセルジュ預かりかと。戦略上、狙撃手スナイパーがいるとかなり有利になるんで」


「そうなのですね。ユーリはマルセルいなくて困らないのかしら……」


「大丈夫ですよ。あいつは本当に頭が回るから、先の先を見てます。伝令ついでにセルジュの助っ人ができる奴を送ったんだと思いますよ。今回の作戦、先鋒がヴィルーズだから」


「だから狙撃手であらかじめ指揮官を真っ先に倒しておくんですね? あれ、ということはマルセルは狙撃手? 普通の弓兵じゃないと思ってたけど」


「そーいうことです! ま、特殊な職種なんであえてそのことは伏せてるんですよ。面が割れてると色々やりにくいんでね」


 二カッと笑ったジューリオがマルセルが猟兵の特殊訓練を積んだ、西方大陸でも数少ない狙撃手だと教えてくれた。


「それではジューリオ様、我らはセラフィナ様と共に本陣に向かいます。合流後、精霊騎士団がどう動くのかはご存知ですか?」


「いや。クレヴァ様が前線までご一緒しろとはおっしゃっていたが、特に聞いていない。彼らは彼らでやるべきことがあるんじゃないか?」


 セラはサイモンと顔を見合わせた。てっきり合同で作戦に当たるものだと思っていたのだが、そうではないらしい。ざっくりと今後のことをすり合わせて、セラはサイモンとヘクターに連れられて割り当てられた今日の寝所に向かうことにした。廃村の建物を接収して使用しているから、造りは古いが中はそれなりに綺麗だ。


「さすがにメイユ家はお金持ちですねぇ。一時的に拠点にするにしても、ここまで綺麗にしちゃうとは」


 ハンナが手荷物を置いてから部屋を見回した。窓も割れておらず、壁の漆喰もまだ新しい。さすがに家具はセラが座ると軋んだが、普通に使える。


「このあたりの安全が確認されたら移住希望者を募るんじゃないかしら。街道から近くて土地も拓けてるし、川もあるし、畑をやるなら持ってこいだもん」


「そういうことを見越して投資されてるんでしょうね」


 三人は「お部屋から出ないでください」とサイモンから言われたので、大人しく荷物の整理などをして過ごしていた。傭兵団の女傭兵が護衛として隣の部屋に、サイモンとその部下二名が交代で一階に詰めてくれているので、守備の面は万全だ。ジューリオから「参考までにどうぞ副軍師殿」と今までの布陣や作戦指示書を借りることができたので、明日の出発までに要点をまとめておくことにした。


「ルッツ様って本当に天才だわ……。初めて見る私でもわかるように書いてある」


「そ、そうなんですか? 私にはさっぱりです」


「本当に頭がいい人って、わからない人にわかるように教えてくれるんだよ。そういえば、経験の浅い兵でもわかるようにって言ってたなぁ」


「あの若さで正軍師をされているのも納得ですわね」


 今日の行軍過程を記してから、討伐軍があの帝都での戦いの後から今まで何をしていたのかを読み解いていく。常に最前線で『切り込み隊長』を任されていた黒き有翼獅子の騎士団(グライフ・オルデン)は団長と半分近くの兵力が怪我で戦線離脱を余儀なくされたが、他の主力部隊は一時各本拠地に戻った後、討伐軍を組織して元帝国兵の捕縛と掃討を行っていたらしい。傾いた帝国に付き従うなど正気の沙汰とは思えないが、何か見返りがあるのだろうか。少しそれが気になった。

 宮廷が閉じた後も帝都に残る佞臣が自分達の都合の良い様に圧政を敷き、皇帝は錬金術師達に対抗するためにあえて残っていたのだと、セラはあの戦いが終わってから知った。伯父が敵しかいない城でいったい何をしていたのか。他にもいた皇帝一族はどこにいってしまったのか。なぜ城の宝物庫に四英雄の『銘なし』が保管されていたのか。なぜ始祖の因子を持つ者の瞳が翡翠色になるのか。本当は知りたいことがたくさんあった。


 夕食を取って床に就いても中々寝付けなかった。二人の穏やかな寝息が聞こえてくる。明日はウルリーカに会えるから、ユリシーズやエマ達には話しづらいことを少しだけ聞いてもらおう。皆のことは心から信じているし、本当はユリシーズに聞いてほしいけれど、それにはもう少し時間が欲しい。瞼を閉じて「ごめんね、ユーリ」と心の中で謝ってからゆっくりと眠りの縁に落ちて行った。

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