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乙女は獅子に恋をする  作者: 龍田環
四英雄編
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28. お手並み拝見

 ここまで随行してくれていた黒騎士達がクレヴァの率いる槍騎兵団と共に出発してしまうと、逗留している宿舎は一気に人の気配が消えて静かになった。残っているのはエーラース軍の騎士達、家臣団、長くクレヴァに付き従っている傭兵団、それとセラ付きの侍女のみだ。


 ぼんやりと給仕たちがテーブルの上を片付けているのを窓際で見ていると、あらかた指示を出し終えたクレヴァがやってきてセラを上階へといざなった。


「セラ、一緒にいらっしゃい。今後の動きを貴女も知っておいた方がいいでしょう」


「は、はい!」


 上階はクレヴァとその家臣団が宿泊することになっている。同じ階に広々とした応接間があって、そこで皆がクレヴァとセラを待ち受けていた。二人が近づくとスッと皆が下がって、上座に当たる位置にクレヴァが掛けると軍議が始まった。セラはクレヴァの隣に立って生まれて初めてのことに少し緊張しながら成り行きを見ていた。


「地図を。いいですか、錬金術師とその残党一派の潜伏先はこのあたり。ユリシーズ達が向かっていた北の辺境はここ。そして……」


 重厚な一枚板の樫のテーブルに置かれた地図の上に、シャッと音を立ててペンが次々と円を描く。最後にペン先がなぞったのは『トラウゼン領邦』を含む、中部地帯全域だった。


「亜生物の群れは南下しているから、放っておけばフィア・シリス王国領に到達します。これを防ぐためにユリシーズがその進路を妨害しながら、同時に北側で展開中のヴィルーズ軍、それからフィア・シリス王国正規軍に伝令を飛ばしている。彼らと協力して囲い込みをするのであれば、おそらく中部地帯と南部地帯の境目で衝突するはずです」


「え、そうなのですか? 近隣の町や村を襲ったりしないのですか?」


「なくはない、といったところでしょうかね。セラが疑問に思ったことを述べてみてください。あの『北の魔女』の愛弟子が出来る子だと、私は認めていますよ」


 クレヴァを始めとする元解放軍の幹部達がお手並み拝見、とばかりにセラが口を開くのを興味深そうに眺めている。視線を感じながらぎゅっとお腹に力をいれ、唇を少しだけ湿らせて口を開いた。


「亜生物は生き物の魂と精霊が絡み合った存在で、元は野生の獣ですから本能にそってバラバラな動きをします。家畜や人を襲う種なら、一番近くにある集落に被害を及ぼすので、一定の場所を群れで目指すというのは北方大陸では考えられないことなのです。西方大陸の人工亜生物は色々な生き物と合成されているから、誰かが群れを率いるものに何か命令を出しているのでは、ないかと……」


 灰青の瞳が笑みの形になって「その通り」とセラの自信なさげに小さくなっていく言葉を引きとった。


「操っているのはあの錬金術師で間違いないでしょうね。精霊騎士団が来る前に足掻いておこうという腹積もりか……」


 三十路手前くらいの若い傭兵団の長が地図を見て、チラリとセラを見てからクレヴァに進言した。


「では南部地帯の自治区トーバックに案内役を派遣します。真っ直ぐ精霊騎士団に目的地に向かって貰いましょう」


 お付きの一人の、白髪交じりの黒髪に顎髭を生やした渋い騎士が、重々しい声で続ける。


「しかしクレヴァ様、既にユリシーズ様が交戦中です。精霊騎士団が到着するまで兵力がもつでしょうか? いくら彼らが対亜生物との戦闘に慣れているとはいえ、対抗手段は火槍かそうと火薬のみです。しかも手勢は数十騎、不利な状況なのでは」


「ユリシーズは『銘なし』を持っています。岩や黒鋼を断ち切れる謎の切れ味ですから、亜生物にも十分通用するでしょう。ですが近づいて切りつけなくてはいけないから効率は最悪。おまけに使用できるのはあの子だけだから負担が心配です」


「……あの黒い竜がいてくれれば」


 別の騎士の呟きを最後に、テーブルを囲む面々が押し黙る。楽天家のセラも「頑張りましょう」だなんて軽々しく言えない空気で居たたまれない。そんな雰囲気の中で、渋い騎士が至極真面目な顔でセラをじっと見ながら口を開いた。


「セラフィナ様、辺境に現れると言う黒い竜と対話なさってみては?」


「え、えぇえっ?!」


「サイモン、それは許可できませんよ。精霊騎士団から調査が済むまで手出し無用と言われていますからね」


「……」


 何だかとても残念そうな家臣団の視線を受けて、セラはだらだらと背中に汗が流れた。妙な流れになってきたなと気が気じゃない。亜生物の足止めですっごく大変なことになってるユリシーズの前に、あれほど真っ直ぐ帰れと言われていたのにノコノコと出ていったら。しかも竜とお話ししにきました、なんて言ったら。絶対絶対無茶苦茶怒られる。逆鱗に触れる。怒髪天を衝く。基本的に「しょーがねーな」とだいたいのことに折れてくれる彼だが、セラの命がかかわることだと絶対折れない。本気で怒ったところを見たことがないけれど、見たことのある皆は「視線だけで人が殺せる」とか「猛獣の檻のなかにいる感じ」とか不穏なことを言っていた。できればセラも愛する彼からそんな風に怒られるのは御免被る。


「竜と対話するというのは最終手段としておきましょう。あの時とはわけが違いますからね。誇り高い竜という生き物は、そう簡単に人の声に耳を傾けてはくれないでしょう」


「はい。ガルデニア王家を守護するような、優しい竜もいますが。北方大陸の民で竜と言葉を交わしたことがある人はそんなにいないと思います。私も子どもの頃に一度だけ、守護竜の飛ぶ姿を遠目で見ただけですし」


「へぇー飛ぶのか。俺達が遭遇したのは地べたを這う大蜥蜴みたいなのだったけど種類が違うのかな」


「ご、ごめんなさい。私もそんなに詳しくないのです。友人に竜を研究している人がいて、私もその人に教えてもらっただけで」


「あー、すいません。俺思ったことすぐ言っちまうんで気にしないでください」


 傭兵団の長の声に申し訳なさそうに小さくなっていると、当の長本人から明るい声で謝られた。細かいことを気にしない性質の人らしく、周りもさらっと流してクレヴァの発言を待った。


「では話を続けましょうか。援軍の進軍行路ですが……」


 サクサクと進む軍議に面喰いながらも、セラは頭の中にユリシーズ達の今後の予想進路、援軍の兵数、それから友軍の兵数と合流にかかる日数を叩き込んだ。このままトラウゼンに帰って大人しくユリシーズの帰りを待つにしても、何もわからない状態でいるよりも知っておいた方がいい。戻ってから義理の祖父や師団長達に報告できるし、少しでも役に立っているという実感が欲しかった。


 一時間ほどで軍議は終わったが、セラは頭の中がぐるぐるしたまま自分の割り当てられた部屋へと戻った。覚えているうちに帳面に書いてしまわねば。そう思いながら扉を開けると林檎に似た甘い香りがふわっと漂った。


「いーにおい……」


「お疲れさまです、セラ様」


「ちょうどお茶が入ったところですよ」


 エマとハンナがそれぞれ茶器ところんとした形の焼き菓子を盛った皿を手に、奥にある付き人用の部屋から姿を現わした。


「わぁ、ありがとう! ちょうど甘いものが食べたいなって思ってたの。二人も付き合ってね?」


 硝子製のティーポットの中ではセラが好んで飲む香茶の葉が元気よく回っている。林檎に似た香草のお茶は緊張を和らげるから、軍議でへとへとになるであろうセラのために用意してくれたらしい。クローゼットにしまってある鞄から筆記具と帳面を取り出すと素早くテーブルについた。


「お茶飲みながら書いてもいい? さっきお聞きしたことを帳面に書き留めたいの。早くしないと忘れちゃう」


 手の平に納まる大きさの帳面を開くと鉛筆で頭の中の情報を写し始める。傍らに甘い香りの香茶が置かれた。早く終わらせて、美味しいお茶とお菓子を頂きたい。


「どうぞ。どこぞの誰かさんと同じことを言っていますね」


「どーせ私は三歩歩いたら忘れますよ。エマさんやユリシーズ様とは頭の回転数が違うんですぅ」


「そういえばユーリとエマって何となく雰囲気が似てる気がするんだけど。なんでだろう」


「あら、言っていませんでしたっけ? 私とユーリ様はすごく離れてますけれど、一応親戚なんですよ。私の祖母がテオドール様の従妹なので」


「そうなの?!」


「血の濃さで言えばアルノーの方が近いですわね。ライツェント家はレーヴェ家の分家筋ですし」


「そっかぁ、だから影武者した時も一瞬見間違えたのね」


「目が違うだけで体つきとか所作とか本当にそーっくりでしたよ。手にしている本が恋愛小説で、そこは違和感ハンパなかったですけど」


「や、やっぱり読んでたんだ! ユーリが恐れていたことが現実に! ふふ! あはは!」


 セラはテーブルを両手でぺしぺし叩いて笑った。笑っている状況ではなかったが、少し気分が浮上した。心配事や考えなければいけないことは山ほどあったが、セラの好きなお茶とお菓子を用意して労ってくれる、冗談を言って笑わせてくれる。二人のその気遣いがとても嬉しかった。


「あの小説勧めたのセラ様だって私アルノーさんから聞きましたよ」


「うくく、甘々のやつがすごく読みたいっていうからマイラ渾身のおすすめをね。風聞紙にレーヴェ卿の愛読書は恋愛小説って書かれないといいね」


「厳格な騎士団長の意外な一面が受けるかも」


「そんなことになったら全身全霊で否定しそうですわね……」


「ユーリのことだから私が勧めたとかしたり顔でハッタリかましそう。このお菓子、美味しいね」


 セラはさっくり軽い歯触りのクッキー三枚目を食べながら可愛らしい硝子のカップを手に取った。林檎のような甘い香りが紅茶の葉入りのクッキーに良く合う。もうすぐ夜の九時を過ぎるが止まらない。


「少しくらいなら美容には響きませんでしょ? 紅茶の葉入りのクッキーお好きですものね」


「セラ様がお疲れで戻るの見越して速攻で準備とか私には難しいです。お好きなお茶まで持ち歩いているとは思いませんでした」


「え、このお菓子、私が軍議に出てる間に作っちゃったの? すごいねエマ!」


「ふふ、先生の教えがいいからですわ。セラ様が楽しそうに作っているのを見て、このお菓子の作り方は完璧に覚えましたし」


「えへへ、褒められると嬉しいな。茶葉入りクッキーはユーリになんでか不評なの。茶葉とクッキーは別々がいいとか言うのよ? わかってないわあの人。この焼き立てから香る紅茶の馥郁とした風味がいいんじゃない」


「そんな風にワガママを言うのは甘えられる人限定みたいですよ。ちなみにアルノーと私はめったに聞きません。領主様の尊いお尻を叩く係なので」


「ユリシーズ様、意外とかわいい所があるんですね」 


「そ、そうだったんだ。今度からは無下に却下しないよう気を付けるわ」


 臣下であると同時に遠くても親戚なので二人は他の人達と立ち位置が違うらしい。伴侶になるセラの場合はお尻を叩いて尚且つ甘えさせてあげるという、かなり難易度の高いことを求められるようだ。


 今ここにいない最愛の人を思うと、怪我はしていないか、ごはんはちゃんと食べたのだろうかと心配で上向きかけた気持ちが沈みそうになる。いまのセラに出来ることは真っ直ぐにトラウゼンに帰って、大人しくユリシーズが無事に帰ってくるよう祈るだけ。思うことも付け足して書いたが、この帳面が役に立つ日は来ないだろう。それがほんの少しだけ残念だった。

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