10. 消えた皇子
セラが台所で見つけた小さな手籠に綺麗に磨かれたグラスを二つ入れると、二人は丘の上の館を出て、裏手にある森へと向かった。緩やかな坂を登っていくと、整地された広場と木の遊具がいくつかあった。
「公園があるのね」
「子どもの頃の、俺達の遊び場だったんだ。たまに城下町の子どもが遊びに来てるよ」
「遊び場かぁ。ユーリは子どもの頃、どんなことして遊んでたの?」
「仲間と一緒にそのへんを駆け回ってたよ。探検ごっこはよくしてたな。大人に内緒で秘密基地を作ったり。じいちゃんとチェスしたり。毎日飽きずにやってたのは、剣の稽古だけ」
「男の子はいいなぁ、色んなことできて。チェスなら私も先生とよくしたわよ。全然手加減してくれなくって、必死で覚えたの」
「へー。今度やろうぜ」
「うん! 負けないからね」
森の中の小道をしばらく進むと、ぽっかりと拓けた場所に出た。いくつもの墓石の並ぶ墓地は綺麗に整地され、静謐な雰囲気に満ちていた。
「ここ、墓地なの? 公園みたいに綺麗だし、とっても明るい」
「俺の一族はしめっぽいのが嫌いなんだ。それに、ここからだと領内がよく見えるだろ」
「本当ね。ずーっと向こうまで、緑が続いてる」
「東側に川が見えるだろ。あそこまでがうちの領内だよ。俺の両親は、こっち」
少し離れた場所に、木漏れ日に照らされる白い墓石があった。セラは手籠から八重咲きの薄桃色の花を取り出して、二つの墓前に供えた。風雨にさらされ、少しだけ古びた墓石に彫ってあった言葉にセラは目を瞠った。
「”死すらも二人を別つことなく、永遠に君の傍へ”」
「すごいだろ。死んでも母上一筋だ」
「……ユーリのお父様、本当に本当に、心からお母様を愛してらしたのね」
「何度も後添いを、って言われてたみたいだけどな。レーヴェ家の男は情が深すぎるから」
セラの隣に跪くと、ユリシーズは持って来ていた酒瓶の木栓をきゅぽん、と抜いた。手の平にすっぽり収まるグラスに半分ほど注いで父の墓石の上に置いてから、もう一つのグラスに指一本分だけ注いで、カチンと小さな音を立ててグラスをあわせた。セラは瞳を閉じて両手を組むと、先代夫妻の安らかな冥福を祈った。
「けほっ。むちゃくちゃ強いな、この酒。でもこれで約束通り、一緒に酒が飲めた。俺さ、どうしても父上の死が受け入れられなくて。ずっと父上の部屋を片付けられなかったんだ。もういないんだってことを思い知らされそうで」
「そうじゃないかなって思った。あのお部屋だけ、ずっとお掃除されてないみたいだったから……」
「明日から掃除だな。セラも飲め。献杯だ」
「うん」
ユリシーズに注いでもらった蒸留酒は、とろりと深い琥珀色でカラメルのような香りがした。ごく軽い果実酒しか飲んだことがないセラにとって、初めての酒だ。一口だけ含むと芳醇な風味と、繊細なオークの香りがかすかに感じられた。あたたかいような感触が、甘く蕩けるように身体のなかを滑り落ちていく。ぽっとお腹の中に火が点ったような心地が、何とも言えず気持ちよかった。
「本格的なお酒、初めて飲んだわ。美味しい……」
「美味いよな。西部のヴィリヤックって所で作ってた、知る人ぞ知る幻の銘酒だ。じいちゃんにも飲ませてあげよう」
「ヴィリヤックって?」
「酒の醸造で有名だった町だ。焼き討ちで酒蔵が全部丸焼けになったから、ヴィリヤックの酒はすごい値が高騰してるんだぜ。これ一本で金貨十枚は下らないな」
「ひえぇぇ」
「ヴィリヤックにいた職人は西方中に散ったから、そのうちまた良い酒が出てくるさ」
「……ウィグリド帝国は、恨まれてるんでしょうね。技術や、特産品が失われて。色々な人達の故郷を奪って、たくさんの人を死なせてるんだもの」
「そんなに気に病むなよ。俺達が生まれる、ずっと前からの話だろ」
「うん……。でも、当事者の人からしたら、皇家の血を引いている私も同罪だって言いたくならない?」
「ならないね。考える頭がある奴なら、絶対そんなことは言わないよ。ジュスト様が亡くなって二十年近く経つのに、西方の人達はいまだに英雄だと思ってる。帝国の大貴族だったクレヴァ様が解放軍の軍主でも、誰も文句なんか言ってないだろ。帝国全体が恨まれているわけじゃない。だからそんな風に考えるなよ」
「うん……変なこと言ってごめんね。前に、私がどんなことを言っても怒らないでって言ったの覚えてる?」
「ああ。セラが何を言っても、最終的には惚れた弱みで俺が折れる」
「そ、そう言われると照れくさいわ。私ね、女王陛下やクレヴァ様の前で”私にできることがあるのなら、西方に行きたい”って言ったんだ。その時は漠然とした考えだったけど、実際に西方に来て思ったの。私、解放戦争を一日も早く終わらせたい。ユーリが命がけで戦わずに済むように、ユーリを守りたいの。私には、剣を振る力も、すごい軍才があるわけでもない。でも、私の最後の皇女っていう役目を使って何かできないかなって」
「……俺を、守りたい?」
蒼い瞳がびっくりした様に軽く見開かれて、セラを見つめていた。こんなに強い人を守りたい、だなんてお門違いもいいところだ。だけど、セラにとってユリシーズはかけがえのない大切な人で、彼を苛むすべてのことから守ってあげたかった。
「おかしいよね……」
「おかしくない。俺に戦えと言う奴は大勢いるけど、守りたいって言う奴はめったにいないから、驚いた」
「私はそんなこと、絶対に言わないわ。一緒に戦うんだもの。これからもよろしくね、ユーリ」
セラは手を伸ばして大きな手の上に置くと、ぎゅっと握りしめた。柔く細められた蒼い瞳が、重ねられた手をじっと見つめている。一緒に、と呟いた声はほんの少し震えていて、泣いてしまいそうな気がした。ユリシーズは一度瞳を閉じて、それからセラを見た。悪戯を思いついたような、いつものやんちゃそうな顔で笑った。
「セラが男だったら、ここで義兄弟の誓いをするところなんだろうな。父上同士がそうしたように」
「私達は騎士の誓いでしょ。乙女の夢よねぇ。素敵な騎士様に永遠の忠誠を誓われたら、女冥利につきるもの。お父さん同士が義兄弟なら、どうあっても私たちは出会う運命だったのね」
「夢が叶ってよかったな。俺は運命って言葉は大嫌いだけど、そういうことがあるかも知れないって思ってるよ。そろそろ昼の鐘が鳴る時間だし、じいちゃんの館に戻ろうぜ」
領館の物見台から高い鐘の音が聞こえてきた。ユリシーズは立ち上がって濃茶のズボンの膝をパンパンと叩くと、セラに手を差し伸べた。暖かく大きな手につかまって立ち上がると、二つの墓石にむかって深々とお辞儀をした。また来ます、と心の中で暇を告げると手を引かれるままに歩き出した。木々を吹き抜ける風に、供えられた薄紅の花弁が答えるように揺れていた。
ユリシーズの祖父母と一緒に昼食をとった後。午睡をとるという祖母を見送り、セラとユリシーズは祖父の部屋へとやってきた。セラが「昔話をしてほしい」と言うと、私室に来るように、と言われたからだ。
「じいちゃん、入るよ」
ユリシーズは軽く扉を叩くと、先に中へ入ってセラを通した。棚に収まっている山ほどの本、壁に掛けられた異国趣味のタペストリー。愛用の東方風の剣。そういった品々が、きちんと整理されて並べられている。重厚な樫の一枚板のテーブルには、差し掛けのチェス盤が置かれている。
「詰めチェスですか?」
「ほう。セラはチェスの心得があるのか。わしと一局やってみるか? ん?」
「やってみろよ。俺もセラの腕前が見てみたい」
「うん。それでは、一局お願いします、おじい様」
「王手!」
「え」
「む。参りました」
なかば呆然とテオドールは呟いて、しげしげと指していた盤を見た。一風変わった手だが、確かに黒の王の駒が、白の女王の駒に王手をかけられている。黒の女王の駒が白の僧侶の駒を取り、白のセラが八方塞がりに陥っていたはず。初心者だと思い込み、まんまとしてやられた。
「引き分けだったよな、さっきまで。白の戦車を犠牲に王手か。すげー手を使うな」
セラの隣に陣取ったユリシーズは、セラの取った戦法「生贄」に感心しきりだった。決まれば格好いい手だが、失敗すれば大きな痛手を被るし、深い読みと慎重な判断が要求される。ぽやんとした見た目と裏腹に、侮れない一面があることを知った。
「も、もう一回だ。今度は手加減せんぞ」
「はい!」
数分後。セラにことごとく「王手」を取られたテオドールは、ニヤニヤ笑いを消さないユリシーズをキッと睨み付けた。
「おいユリシーズ。次はお前の番だ。言っておくが、セラは本当に強いぞ」
「知ってる。横で見てた」
「おじい様が指しやすい手を打ってくださるからよ。私、こんなに楽しいチェス久しぶりだわ」
「前にやったときはどうだったのだ?」
「はい。先生にぎったんぎったんにされて、ひと月ほど日替わりおやつを作らされました」
「はっはっは! ぎったんぎったんか! セラは菓子が作れるのか。今度わしにも作ってくれんかの」
「ずるいぞじいちゃん、俺だってまだ作ってもらったことないのに。セラ、俺と勝負だ。俺が勝ったら、ご褒美におやつを作ってくれ」
「いいわよ」
二分後。豪快に撃沈されたユリシーズは、信じられないものを見るような目でチェス盤を見た。向かいのソファでは祖父が腹を抱えて爆笑している。クレヴァに教わっていたのだから、ユリシーズ自身も決して弱くはない。たどたどしい手ばかりで楽勝だと思った瞬間、兵士の駒が昇格して女王の駒に変わり、あっさり王手を取られた。
「手ごたえがないわ」
「なんだよ、最初から本気全開とかひどいよ」
「見てただけなのに、私と同じ指し方で来るから。これは危ない、と思って先手を打ったの!」
「はーっはっは! 猪口才な手を使おうとするからだ。ジュスト様も相当な腕だったから、これは血筋だな」
「父と指したことがおありなのですか?」
「あるとも。わしが帝都での後見役だったからな。いやはや、優しげな見た目と違って、気骨のある無頼な男でな。何度もセドリックとクレヴァを泣かせておった」
「父上とクレヴァ様が泣く姿なんて想像できないよ」
「ジュスト様はやたらと賭け事に強くてな。セドリックも懲りない奴だから何度も勝負を挑んで、今のユーリのように半べそをかいておったわ。あの頃の宮廷は皇太子派と庶子派に分かれて、毎日不穏な雰囲気だったが、ジュスト様の周りでは笑いが絶えなかった。先帝が亡くなるまでの間のことだがな」
「私の祖父はなぜ亡くなったのですか? 北方大陸には代替わりしたとだけ伝わっております」
「謀殺された、と聞いている。真相は誰も知らんのだ。先帝である父君の死がきっかけで、ジュスト様は同志とともに決起されたのだ。先帝の私生児として不遇な境遇を押し付けられ、佞臣どもの勝手な都合で皇子に祭り上げられても。常にしっかり前を見据えて、しゃんと背を伸ばして立っておられた……」
何かを思い出すように目を伏せた老武人の姿に、セラもユリシーズも言葉が継げなかった。自分達の知らない、かの国のことを知る人に、何と言えばいいのかわからなかった。
「傾いた帝国を解体して、従属していた西方諸侯達を領地に戻し、各々が領地を治める。虐げられた西方の民を救いたいと願うジュスト様と、国を良くしたいと心から願うクレヴァの思いが生み出した『西方諸侯連合』という構想は、長く続き腐りきった帝政に疲弊しきっていたわし達にとって、救いだった。だから我々諸侯達は、あの方に力をお貸ししたのだ」
「解放軍が組織されたのは、諸侯連合を立ち上げるため、だったのですね」
「左様。だが、ジュスト様にお味方した諸侯達はすべての権限をはく奪され、所領に戻された。抵抗すれば家族や領民に類が及ぶ。うちはちょうどその頃、ユーリが生まれたばかりでな。セドリックは残ると言い張ったが、ジュスト様は”父のいない子を作る気か”と仰った。今思えば、北方大陸へ落ち延びさせたフェリシア殿が身ごもっていたのを知っておられたのだろう」
「そうかもしれません。母が言っていました。私達を守るために選んだことだから、父をけして責めてはいけないと……。小さな頃は何度も母に父がいない理由を聞いて、困らせてしまいました」
「そうであろう。幼子にとって我らの背負う柵など何の関係もないことだ。すべての西方諸侯が帝国から引き揚げてすぐ、ジュスト様が亡くなったという公布があった。ご遺体は見つからず、真偽も問えないその事実に、コンスタンス様は大層お怒りになられて、ウィグリドとの同盟をすべて破棄して我ら側に立ってくれた。ジュスト様の功績は大きかったが、その代償はあまりにも大きすぎた。わしの昔話はこんなところだ。セラにとって、辛い内容ではなかったか?」
「いいえ。父のことをずっと知りたいと思っていましたから、お話くださって、本当にありがとうございます」
「セラの父上が英雄って呼ばれてる理由、これでわかったろ? ご自身の命をかけて、西方諸侯達を救って帝国宮廷を閉じたんだ」
「うん。よくわかった。さっきみたいなこと、もう言わないから。あの、おじい様。私、折り入ってご相談したいことがあるんです」
「何だね。おじい様に話してみなさい」
「私を解放軍に加えていただきたいんです。父の遺志を、私にも継がせてください」
「それは……わし達にしてみれば、大変喜ばしいことだが。ユーリよ、お前はいいのか。ずっと渋っておっただろう」
「頭ではわかってるんだ。ジュスト様の娘が軍主になれば、打倒帝国の大義名分のもとに大々的に攻勢をかけられる。亡き皇子の遺志を継いだ最後の皇女が完全に帝国を解体すれば西方平定が可能になる。でも、そのかわりに俺の婚約者は毎日命の危険に晒される。心のほうはまったく納得できそうにないよ」
「ふむ……。帝国側がジュスト様の娘がいるとすでに把握しているのであれば、表に出そうが出すまいが危険には変わりがない。それならばいっそ、表に出して解放軍全体で守護についたらどうだ」
「考えとく」
「ユーリ、ごめんね。私のことを心配してくれてたのに、勝手なこと言って」
「いいよ。セラの気持ちがわからないわけじゃないし」
二人は揃って祖父に暇を告げると、一階へと降りて行った。セラは目の前を歩く大きな背中が元気がないように見えて、それが自分のせいのように思えて、声が掛けづらかった。チェスでコテンパンに負かせたあげく、折角の気遣いをご破算にした。自尊心の高い彼の心は折れに折れたに違いない。
「あの、ユーリ」
「ん?」
「焼き菓子で、何が好き?」
「木の実のやつ」
「木の実入りね。お茶の時間まで何する?」
「うーん。積んでた本でも読むかな。セラも好きに過ごせよ。俺は自分の館にいるから」
「お茶になったら呼びにいくわね」
「おー」
セラはユリシーズが森の館を出て行ってから、一階にある厨房へと駆け込んだ。
「こんにちは! 小麦粉とバターとお砂糖と、あと木の実をください!」
ユリシーズは自室でぼんやりとしていた。抱えた父の手記は同じ頁を開いたままで、繰る手は止まっていた。セラがただ守られているだけの弱い女の子だったら、と思う反面、自分の足でしっかり立つことのできる女性でよかったとも思う。
「らしくねぇな……」
はぁ、とため息をついて父が遺した手記を筆机に置いた。セラの父が亡くなった記述を読み直してみたが、やはり処刑されたこと以外、書いていない。祖父の「遺体は見つかっていない」という言葉が、さっきから妙に引っかかっていた。帝国の錬金術師は死体を操る。消えた皇子の遺体を利用している可能性が出てきて、気分が塞いで仕方なかった。
一服するかと立ち上がって伸びをしていると、一階をパタパタ歩き回る気配がして、それがすぐに二階へと上がって来た。軽いノックの音とともに「ユーリ?」と柔らかい声がして、ユリシーズは口元を緩めた。
「入れよ」
「失礼しまーす」
セラが扉を開けると、ふわっと甘く香ばしい匂いが入ってきた。テーブルに置いた山積みの本を適当にどかすと、そこにセラが手籠を置いて中身を取り出す。木の実がふんだんに使われた焼き菓子が出てきた。
「何か美味そうなもの持ってきたな」
「お茶にしましょ。ポットにお茶を入れてもらってきたの」
「ちょうど甘いものが食いたいって思ってたとこだ」
「ホント? よかった!」
「ん? これハンスの作ったやつと味が違うな。甘さがちょうどいい」
「私が作ったの。お口にあってよかったわ」
「さっき何が好きかって聞いたのは、これのため?」
「うん。私のせいで元気なくなっちゃったみたいだから。ユーリ、お菓子好きでしょ。好きなもの食べたら気分が浮上するかなって」
「セラのせいじゃないよ。ちょっと気になることを思い出しただけだから。これ、俺全部食べていいの?」
「もちろんよ。でも一度に食べると夕ご飯が入らなくなるわよ」
「夜食に取っとく。はいこれ。父上の手記」
「日記と違うの?」
「公的資料として残す領主の日記みたいなものだ。これが二十年前のもので、後半からセラの父上のことが書いてある。父上は筆まめな人だったから、領主になる前から細かく記録してたんだ。当時はじいちゃんがまだ帝国三将軍で忙しくしてたから、代わりに書いてたんだろうな」
セラはユリシーズの隣に座ると、ゆっくりと頁を繰っていった。前半は待望の跡取りが生まれて、はじけるような喜びが至るところに記されていて何度も頬が緩んだ。公的資料なのに「私事だが、息子が初めて立った」「初めて父と呼んでくれた」など残してしまっていいものだろうか。
冊子の半ばあたり、皇帝が代替わりした頃から次々と失脚していく諸侯や貴族の記述が増えて、処刑という物騒な二文字が踊りだした。そして、セラの父が亡くなった記述が出てきた。
『十の月二日、晴れ。ジュストが死んだ。残してきた草からの報告では、私達諸侯が帝国を撤退した後。幽閉されていた地下牢で何度も薬を飲まされ、眠る様に息を引き取ったという。すぐに陛下の手の者がやってきてどこかに連れて行ったらしいが、それを追っていった者は獣に食い散らかされた姿で見つかった。それきりジュストの行方は杳として知れない。彼が消えてしまったという事実を、フェリシアになんと伝えればいいのだろう。私には何一つ言葉が浮かばない……』
セラは父がひどい亡くなり方をしたのだと、皆の言葉の端々から気づいていた。だけど、誰も味方のいない場所で、一人ぼっちで亡くなったとは思いもしなった。
「消えた皇子、か……」
ぽつんと響いたユリシーズの声に、セラは顔を上げた。消えた皇子。皆が覚えているのに、存在自体が忽然と失われてしまったのでは、消えたとしか言いようがない。ことん、とユリシーズの肩に頭を預けて、セラは手記を抱えたまま小さく溜めた息を吐いた。




