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乙女は獅子に恋をする  作者: 龍田環
四英雄編
106/111

49. 君の生まれた日

 領館二階奥、団長の執務室斜向かいにある資料室。そこがセラの仕事場だ。デイムは序列三番で師団長の次の位だが、騎士を指揮する権限を持たない団の象徴なので、普段はこれといった役割が振られていない。デイムのお仕事は重要な団の式典で宣誓を述べたり、叙勲式で新たに騎士になる者に勲章を渡したりすることで、おめでたいハレの場を盛り上げる役のような気がする。


 先代デイムだったユリシーズの母は叙勲を受けた正騎士で、輿入れするまで自ら隊を率いて戦っていた。歴代デイムの中でも自ら剣をとりトラウゼンを守った、異色の存在だったという。たったの七年という短い在位のデイムは数々の伝説を残し、幼い息子を守って敵の刃に倒れた。その彼女が活躍した最後の年に記された回顧録の表紙を撫でる。


 ユリシーズの両親が健在で、剣聖テオドールも現役だった当時のトラウゼンには約三千もの騎兵団がいたそうだ。今はその三分の一になってしまったが、歴代で最も勢いのある黒騎士団だとセラは思っている。若く才気に溢れ、人々を惹きつけてやまない団長、彼を支える歴戦の側近達、幼い頃から団長に友愛と忠誠を誓う『盾の仲間』の四人。それから一致団結して剣を捧げる黒騎士達。大勢の仲間達が団の言葉そのままに、愛する故郷を守るため日夜励んでいる。


 開け放った窓から彼らの威勢のいい掛け声が響いている。今日は団長が馬場にいるから訓練に気合が入るのだろう。持っていた回顧録を丁寧に箱に入れ年代順に並んでいることを確認してから、保管箱の蓋を閉めた。あとで実習が終わった従騎士達が地下の保管庫に運んでくれるそうなので、草紙のあまりに「五箱全部保管庫行です・デイム」と走り書きをして箱に置き、猫の形の文鎮で飛ばない様に押さえた。


「セラフィナ様、クレヴァ様からのお使いがお見えになりましたよ」


「いま行きます」


 事務方の一人から呼ばれて、セラは応接室まで急いで降りた。今日は花嫁衣裳の採寸の日だ。クレヴァのもとにシーグバーン先生が衣装の生地を送っていたので、セラも初めて生地を見る。


「こんにちは。今日はよろしくお願いします」


「これはセラフィナ様、お久しゅうございます」


 以前、マダム・アドリーヌがセラのドレスを注文した新進気鋭の女性仕立て屋が丁寧に頭を下げた。


「あの、お式まであとひと月半しかないですけど……大変じゃありませんか?」


「ご心配はご無用にございます。エーラース公爵様より随分前からご注文を賜りましたので、このひと月はセラフィナ様の花嫁衣裳ために捧げます!」


 既に手配済み。さすが師のやることに手抜かりはない。セラはすぱっとドレスを脱ぐとコルセット姿になった。今日のためにおやつを節制したのだ、どこからでもかかってこい! という気概で敷かれた赤い絨毯の上に乗った。


「あら、少しふっくらされました? 夏に測った時よりもお胸が……」


「ええっ、そんな! すんごい頑張ったのに! ユーリが私の横でおやつ食べてても我慢したのに!」


 セラが悲痛な叫びをあげるとエマが下を向いて肩をかすかに震わせた。同僚の侍女にわき腹を思い切り突かれてよろけても、肩を震わせている。


「ちょっとエマさん、主に対してすっごい失礼ですよ」


 ハンナもセラのドレスを衣装掛に通しながら半目で睨んだ。


「し、失礼、しました。だって、全然問題ないのに、セラ様だけが気にしているから」


「確かに。ユリシーズ様、セラ様がどんな姿でも愛せると公言してたものね。なかなか言えることじゃないわ」


 褐色の髪をきっちりお団子にした侍女もうんうん頷く。


「お胸だって、大きくならないよりはいいと思います……」


 ハンナが遠い目になりながら「おなかは割れるまで腹筋すればいいですよ」と付け足した。あとひと月半しかないのに、どうやって割れるまで鍛えると言うのか。会議や事務仕事を空気椅子で過ごすフーゴ並みの根性があれば可能なのだろうか。セラはコルセットで吐きそうになるまで締め付けよう、と思った。


「はい、お疲れさまでございました。ふっくらと言っても小指一本くらいですから、まったく問題ございませんよ」


 仕立て屋が採寸表に書き付けていく数字を目に焼き付ける。お式までのひと月、いやこれからもこの数字を上回らないように心掛けねばならない。


「セラフィナ様、こちらがお衣裳の生地でございます」


 助手の針子が白い手袋をして分厚い天鵞絨と絹の大判敷から取り出したのは、ほのかに光る淡雪のような白絹だった。


「北方大陸の絹って、真っ白なんですね……。すごく綺麗」


 侍女達が目を丸くして「うわぁ……」と感嘆の声を上げながら反物を眺めている。セラも最高級の絹を見てため息をついた。たぶん、この織物一反で五人家族が一年は遊んで暮らせる。


「私もこんなに真っ白な絹、見たことないわ」


「こちら、王侯貴族の花嫁衣裳に使われるそうです。こんなに上等な絹織物は私どもも初めて見ます」


「……先生……」


 セラの先生はガルデニア王国でも五指に入る貴族の出だ。その伝手で取り寄せてくれたものに違いない。


「ご参考までに図案をご用意いたしました。西方大陸で着られる伝統的な意匠ですわ」


「実は私も見て頂きたいものがあるんです」


 セラはエマに預けていたものを受け取ると、台の上に広げた。母からようやく届いた手紙に同封されていたそれ。幼い頃に母と約束したもの。


「これは東部地帯に伝わる古式の花嫁衣裳でございますね……。セラフィナ様のご出自も合わせると、由緒正しいレーヴェ家のご結婚に相応しいかと」


「細かい部分はお任せしますが、こういう感じが希望です」


 花嫁衣裳の仮縫い、衣装合わせなどの細かい日程を決めて、セラが刺繍をしている花嫁のベールの進捗を報告する。こうして少しずつ大好きな人との結婚が形になっていくのが嬉しかった。くすぐったさと踊りたくなるような気持ちが胸をことこと叩いた。




 セラはお花のいい匂いに包まれている気がしてゆっくり瞳を開けた。チチチ、と窓の外から鳥の鳴く声がする。ころんと寝返りを打つと、枕元に柔らかなクリーム色の花のブーケが置かれているのが目に入った。ふにゃ、と笑って「いいにおい……」と呟いた。


「おはよ」


「おはよ……、え、なんで、ゆーり??」


 突然聞こえた笑い交じりの低い声に、セラは目をこすりながら身を起こした。寝台に騎士服姿のユリシーズが腰かけている。


「今日は朝一番に会いたかったから」


「へ、ありがと……?」


「ハハ、まだ寝ぼけてるな。ゆうべ急に視察が入ってさ。誕生祝いには遅れるけど、できるだけ早く帰るから」


「気にしなくていいのに……無理しないで……」


「いいや、する。初めて一緒に祝うセラの誕生日だろ。こっちの花は前祝な」


「ありがと……とってもいいにおい」


「っと、やべ。もう出る時間だ。それじゃ行ってくるな」


「いってらっしゃい、ユーリ」


 毛布に包まったままのぽやんとしたセラを笑顔で抱きしめて、ユリシーズは出かけて行った。


 義祖父母と朝食をとり意気揚々と領館にやって来た。今日は事務方のお手伝い。ユリシーズに振り分けられる書類の仕分け、今度の幹部会議で使う資料の準備。あいた時間で備品室の整理だ。


「セラフィナ様、こちらが団長と領主あてのお手紙と、報告書。それから今度の会議の議題です」


「ありがとう。今日は団長とどなたがお出かけなの?」


「一番隊が出ました。亜生物ではないようですが、大きな動物の足跡が見つかったとかで」


 事務方の長が少し難しい顔で一枚の嘆願書を手渡してくれた。赤字で「緊急!」という大きな判が押されているそれは、ゆうべ遅くになって深い森のそばにある村から早馬で届いたらしい。


「心配ね……冬眠に失敗した熊かしら」


「私もそのあたりではないかと。夜のうちに第一陣が現地に向かいましたから、ユリシーズ様が到着する頃には何かしらわかると思いますよ。それと」


「?」


「お誕生日おめでとうございます。これは私達から、ささやかではありますがお祝いです」


 手渡されたのは淡い薄桃色の便箋と封筒の束。軽く三百組はある。それから象牙の小さな印と濃い桃色をした蝋の棒だった。


「かわいい色のお手紙一式ね。嬉しいわ、どうもありがとう! これは何かしら?」


「セラフィナ様個人用の封蝋と印章です。桃色がお好きと聞きましたので特別に注文いたしました。これでご友人方にお手紙が出し放題ですね」


 セラは明るい笑顔を浮かべて大いに喜んだ。詰所にいる事務方全員に何度もお礼を言って、文箱を抱えると二階の団長室へ向かった。鍵を開けて中に入ると、また書類束の山があちこちに出来ていた。


「文箱を使ってって言ったのに……。忙しいのはわかるけど、仕方のない人ね」


 セラは持ってきた文箱を大きな執務机に置くと、書類束の山の発掘から始めることにした。午前中いっぱいはこれで終わりそうだ。




 昼食をとってから今度は備品庫に向かう。今週末にある団の会議で使う資料を作るので紙の束を二つ、活版用の銅板を一枚。これとユリシーズが下書きをした原稿を秘書官を兼務する騎士に渡して印刷所に回してもらい、それを受け取って人数分に分けてクリップで留めておく。本来は従騎士達の仕事だが、彼らは来月ある正騎士になるための試験と士官学校の期末の試験が重なっている。事務方が気を遣いこの時期は代行しているそうだが、彼らは彼らで戦後一気に増えた仕事で未だにてんてこ舞い。それならばとセラが名乗り出たのだ。


「こんにちは。団長の原稿をお持ちしました」


「はいはい、ってデイム!」


「はい、デイムです。忙しいところ申し訳ないのですが、原稿は十部で各二十名分お願いします。全部刷り上がるのにどのくらいかかりますか?」


「今日の印刷所の感じだと、だいたい二時間ですね」


「わかりました。それじゃ三時頃取りに来ます」


 第一師団の隣にある詰所を出ると、第二師団長の執務室にいたフレデリクから声がかかった。


「ちょうど良かった。我々もセラ様にお誕生日のお祝いを用意したんですよ。お気に召して頂けると良いのですが」


 フレデリクから淡い桃色のリボンがかかった箱を受け取った。


「嬉しいわ、どうもありがとう! 開けても?」


「デイムにどうかな、って思ったんですけどね。うちの上官達が実用品のほうがより喜ぶだろうって」


 フーゴが八重歯を見せて笑い、元遊撃隊の面々が「お誕生日おめでとうございまーす」と笑顔で拍手する。


「かわいい腕貫き。それに羽ペン一式も! ありがとう、前から欲しかったの」


 セラは濃い桃色と赤の格子柄の腕貫きを手に取って、皆に満面の笑みで礼を言った。


「せっかくのドレスが汚れてしまいますからね。リオン曰く、腕貫きは特注品だそうです」


「ふふっ、女の子用の腕貫きなんて初めて見たわ。大事に使うわね」


 第二師団は再編が終わり、作戦立案と後方支援、地方警備を主に担当することになった。遊撃隊はその任務の特性から情報部と名を変え、西方大陸中に散って情報収集等にあたっている。遊撃隊の元隊長リオンは渋りまくっていた第二師団の副師団長になる代わりに、街の学校で子ども達に地理や体術を教える権利をもぎ取った。先生をしながら市井の人々から情報収集するという、趣味と実益を兼ねた任務はとっても捗っているそうだ。


 第一師団はこれまで通りトラウゼンの首都にあたる領主直轄地と要人来訪時の警護が中心で、第三師団は実働部隊として地方警備と直轄地に別れて警備巡回に当たっている。今回のような緊急要請があった場合は一番近くにいる黒騎士達が第一陣として現地に直行、場合によっては団長が自ら出張る。

 時期が時期だけに熊か亜生物かの判断がつかないから、ユリシーズも手勢を率いて向かったのだろう。無事に戻ることを祈りつつ、貰った腕貫きをさっそく着けてセラは備品の整理に取り掛かった。




 セラの好物ばかりの夕食が終わっても、まだユリシーズは帰ってこなかった。湯あみを終えてすっかり寝る準備を整えたセラは、厚手のガウンを着込み毛織のストールをしっかり巻き付けてからテラスに出た。

 あと半時で日付が変わる。初めての誕生日が一緒に過ごせなかったのは少し残念だったが、多忙なユリシーズに無理を強いてまで祝って欲しいとは思わない。誕生日なら毎年くるのだから。

 そうはいっても朝の感じからすると、きっとセラよりも彼の方が悔しがりそうだ。満点の星空を眺めていると遠くからカツカツと地面を蹄が蹴る音が聞こえてきて、ランタンをそちらに向けた。


「ユーリ、お帰りなさい」


「ただいま。ごめん、遅くなって」


「いま玄関開けるわ。おじい様達もうお休みになってるから静かにね」


「ここから行く。ちょっと下がって。アルタイル、静かにな、頼むから嘶くんじゃないぞ」


 ユリシーズは慣れた様子で馬の背に立つと、セラの部屋の近くにある木に飛び移る。懸垂の要領で身体を持ち上げると今度は枝を蹴って、テラスに音もなく降り立った。


「ねぇ、本当に騎士なの……?」


「騎士だよ。疑わしい目で見るのはやめてくれ、心が折れる」


 セラはクスクス笑いながら冷えた手をとって部屋に招き入れた。


「絶対帰ってくると思って待ってたの。お茶淹れてくるから座ってて」


「うん」


 ユリシーズに長椅子をすすめてセラは大急ぎで厨房に向かった。料理長にお願いして、火を熾してもらっておいて良かったと安堵しながら手早く用意を整えて自室に戻る。扉を開けると寛いだ格好のユリシーズがお皿に被せておいたカバーを外して、切り分けて取っておいた誕生祝いのケーキをしげしげと見ていた。それが何だか可愛らしく思えて忍び笑いがもれる。背もたれに置かれたコートを衣装掛けに掛けなおしてから、セラもその隣に座った。


「ユーリと一緒に食べようと思ってたんだけど。もう遅いから明日にしようか?」


「俺はいま食べる。腹減りすぎて寝れないし。バターのクリームじゃないんだな、これ。全部生クリーム?」


「うん。私が北方大陸生まれだから気を遣ってくれたみたい。中はチョコレートのスポンジでクリームもチョコレートなのよ。苺も入っててとっても美味しいの。季節が違うのにすごいよね」


「苺か。確か温室で実験的に作ってたな。朝の花も温室育ちなんだぜ」


「そうだったんだ。ふわふわの花弁でとってもかわいいから、おばあ様のお花と一緒にかわいく活けてみたの」


 指さす先には朝に贈られた花と祖母から分けてもらったかすみ草が、ころんとした形の花瓶に活けられていた。同じ小机には侍女達から貰った白い蝶々貝のビーズがたくさんついた写真立て。赤と桃色の腕貫き。便箋の山。机の下には一抱えくらいの木箱が置いてある。


「いたるところに誕生日の贈り物が置かれてるな。あの木箱は? 朝はなかったよな?」


「マルギット達から今日届いたの。誕生日の贈り物。東の港がルガランド大港と繋がったんだって」


「そっか……良かったな」


「うん。すごく嬉しい。お式にも皆来られるって手紙が入ってたの」


「マジか、本当に良かったな」


「えへへ」


「これは俺から。十九歳の誕生日おめでとう、セラ。君の生まれた日に感謝を。これからの一年が良い年でありますように」


「ありがとう。皆には申し訳ないけど、ユーリからの贈り物が一番嬉しいな」


 何の飾り気もない白い箱を開けると、繊細な光を放つ銀細工の髪飾りが入っていた。結った髪を両側から挟み込む櫛の形で、形はあの博物館で見た髪飾りとまったく同じだったが、表面の模様が違っていた。


「すごーい……模様が蔓薔薇になってる」


「俺がやったのは型と彫りこみまでな。さすがに仕上げは工房にいる友達に頼んだ」


「ユーリって手先が器用ですごいね。職人さんになれるんじゃない?」


「お褒めに預かり光栄です」


「つけてつけて」


 セラは片側で編んでいた髪を解くとくるりと前を向いた。するっと髪を掬う指の感触がくすぐったい。


「いつもこんな感じに結ってるよな」


「上手。どう、似合う?」


「良い感じ」


「今までもらった贈り物で一番嬉しい。本当にありがとう、ユーリ……」


 ぎゅう、と首ったまに抱き着いて頬にキスをする。場所が違う、と文句を言いそうに開いた唇を自分のそれで塞いだ。背に回った大きな手に少しずつ力が籠るのに胸がトクッと音を立てる。抱き寄せられるままに身を摺り寄せた。何度も唇を合わせる度に深くなっていく口づけに、頭の芯が痺れていく。


「……止まらなくなるな。このままだと最後までしてしまいそうだ」


「……そ、そう……」


「顔真っ赤。相変わらずかわいい反応で何より。さてと、ケーキ食ってさっさと帰るとするか」


「どうぞ召し上がれ。私はお茶でお相伴するわ」


「はいはい。太るから夜中は食べないんだったな。お誕生日おめでとうセラちゃん。ほら、あーん」


「むぐ……おいひい」


 目の前に美味しいケーキを差し出されて、条件反射でつい食いついてしまった自分にガッカリだ。ユリシーズが笑うのを堪えて「……っ!」と身を震わせているのが何とも憎らしい。何とか笑いをおさめ、ものの数分でケーキをぺろりと平らげ、お茶をお代りしてからユリシーズは席を立った。


「ユーリ、気をつけてね。おうちすぐそこだけど。そうだ、これ持っていって」


 窓のそばに置いた小さなランタンを手渡すと、セラの頭のてっぺんにキスが落ちた。顔を上げるとすごく優しい顔をしたユリシーズがいて、少し照れ臭くなった。


「ありがとな。こんな風に逢瀬を楽しむのも、あとひと月か。それはそれでちょっと寂しいかも」


「ふふふ、そうね。おやすみ、ユーリ」


「おやすみ。テラスの戸締り、忘れんなよ」


 一緒にテラスに出て名残惜し気にもう一度キスをしてから、ユリシーズはテラスから帰って行った。下を覗き込むと待ちぼうけを食らっていたアルタイルに跨っている所だった。小さなランタンの明かりに照らされる最愛の人が小さく手を振ったので、セラも同じように振り返す。ユリシーズの姿が夜の闇に紛れてしまうまで見送った。

 これから領館の馬房にアルタイルを戻しに行って、彼の足で五分の距離にある『丘の館』に帰って、視察の報告書をまとめてから軽く湯あみをして、それから就寝だろうか。小さく欠伸をしてからセラも部屋に入った。しっかり施錠して、食器を厨房に持って行って火の始末をして、もう一度歯を磨き直して就寝だ。


 明日も、そのまた明日も、きっと何でもない日々が続いていく。そうでありますように、と、セラは誰にともなく祈った。

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