第5話
「そうだ。スーツの連中はその弱点を突いてきた。そして戦う気力を奪われた彼らは、次々と大型トラックに、まるで家畜のように乗せられて。そのままどこかへ連れさられてしまった。また、そのあと戦闘機による激しい空爆も行われてな。だから街は……」
窓の外を眺めながら作家は悼むように口をつぐむ。
「……そうだったのか」
「私は唯一、被害を逃れたここに姿を隠すしかできなかった。街を守ることも、戦うことも。私には……」
「……いや」
俺はそんな寂しげな表情に声をかけた。だが言葉は続かず、こいつの悲しみを否定してやることもできない。だってその事態を引き起こしたのは俺自身で、だから。我ながら全く不甲斐ないことだ。
「……」
「…………」
その場を長い沈黙が流れる。辺りにはふんふんというビッチの可愛らしい鼻息だけがこだましていて。
「これから――」
降り積もる気まずさを振り払うかのように俺は口を開いた。
けれどそのとき。
「きゃー!」
甲高い悲鳴が。
「な!?」
ばっと声のした方向へ振り返る。おそらくそれは建物の外から。
「……行くぞ」
作家の呼びかけ。いつの間にか俺の背に当てられたその手は、まるで後悔を拒絶するかのように強くそこを押していて。
「……」
今度こそ。そんな想いが言葉にせずともひしひしと。
だから俺は。
「……おう!」
ありったけの大声で答える。
奴の心の内に潜む感情。それと同じものは俺の中にだって。
「うおおおおおお!」
そうして俺達は猛りながら建物を飛び出した。
次いで広がる瓦礫だらけの殺風景。そこに待ち受けていたものは。
「な……っ!」
小柄な女性。しかし一人ではない。掴まれた腕を必死に振り解こうとしている彼女の周りには、十人ほどの人影が。
「あれがスーツの連中か!」
「そうだ」
奥歯を噛みながら作家が告げる。それは先ほどの話にもでてきた高学歴の連中で。彼らはどうやら、その女性を拘束しようとしているようだ。
「やめてー!」
叫び声が再度。
「……どうする?」
作家の声が僅かに震えている。きっとその内心では恐怖をぐっと押し殺していて。
「……」
相手は多数、こちらは二人。それに彼らは持っているはずだ、「Aラン大学卒業証書」を。故にもしここで真正面からぶつかれば俺達に勝機はない。このまま無闇に蛮勇を揮った所で、捕まえられる人数が一人から三人に増えるだけだ。
しかし。
「おい、作家。お前はさっき、自作の同人誌が『半分はさばけた』って言ったよな?」
俺には彼らを倒し得る秘策があった。
「……言ったが、それがどうかしたのか?」
「今、その余りを持っているか?」
「ああ、一冊だけは常に肌身離さず身に着けているからな。だが、それでどうする? 奴らと交渉でもするのか? しかしそんなことは――」
「十分だ。俺によこせ」
状況が分からず眉をひそめる作家から、俺は同人誌をふんだくる。
そしてそれを優美な動作で足と足の間にあてがい。
「待て」
「ん、何だよ? 今、集中してるんだ」
だが、作家はそれを止めた。次いで。
「800円だ」
「……」
「何に使うかは知らんが、私の作品をただではやらん。私は生まれてこのかた裏切り者は、一人だって許した事はありはしないんだ」
まるで、若返った執事に裏切られた吸血鬼のような鋭い目線。もし選択肢を謝れば、この場でひねり殺されてしまいそうだ。
だから。
「……分かったよ」
「ふむ」
俺は渋々財布から小銭を取り出して地面に置いた。
「だが、支払いはあとだ。そうじゃないと意味がないからな。金はここに置いておくから俺が本を使い終わったら、勝手に拾っておいてくれ」
「それは別に構わんが」
過不足のない八つの硬貨を確認すると作家は嘘のように重圧を引っこめた。
「それで? そこからどうする?」
「黙って見てろ」
そう言って、やっとしがらみから解放された俺は体をくの字に曲げる。次いで体中の力が急速にある部分、つまり、後方へと引かれた腰に集まり出して。
「これは……」
作家が戸惑うのは無理もなかった。それは仲間にさえ、今まで一度も見せたことのなかった技。あたかも凸レンズによって太陽光が収束されるように、体に光が。そして眩しいほどに輝き始める。
「うおおおおおお!」
雄叫びを上げた。凄まじいエネルギーが俺を満たしている。また、それが最高潮にまで高まったとき。伸ばし切ったゴムを解放するかのように俺は股を前方に突き出した。
「売れ残り股間砲!」
すると狂おしいほどの熱を持った塊がスーツ姿の彼らに射出されて。
「……!?」
どごおん。そんな轟音と共に吹き飛んだ。
「……よし!」
勝利のガッツポーズ。俺はすぐさまぽかんとした顔で尻もちをついている女性の元へと。
「お前……本当に人間か?」
後方で作家がそうぽつりと漏らすのが聞こえた。
「無事か!?」
「……!」
声をかけると彼女はびくりと肩を揺らす。そして、そのままこちらを振り向いて。
「あ、あなたは……?」
「俺の名はタクヤ、股間に銃を持つ不死身の男さ」
俺はそう告げてから彼女の手を優しく引き、ゆっくりと立ち上がらせる。
「怪我はないか?」
「え、ええ……」
そのときの俺は全く気付いていなかった。
「そいつはよかった。傷でもできたら、そのダイアモンドみたいに美しい容姿が台無しだ」
「……うふふ、お上手ですね」
唐突に俺の前に現れ、上品に言葉を返すその大人な女性が。
「おべっかは苦手でね。君を見た男の素直な気持ちを言ったまでさ。それで、君の名前は?」
「あ、名前ですか? え、えっと……」
この出会いよりもずっとあと、ルリによって征服された世界を取り戻すための一つの鍵になろうとは。
「アリサ。アリサと申します」
そして、アリサさんは奥ゆかしく頭を下げつつ俺に自身の名を告げた。
在庫+股間で、ザイコ・カン。
左手にサイコガンを持つ男、コブラのオマージュです。




