終幕!
「……」
だが、ルリは壁を見つめて、振り向かず。けれど、それも仕方ないだろう。それだけのことを俺はしてしまったのだから。
「あ、あのタクヤ」
そこで背後からビッチが声をかけてくる。しかし、まだ帰る訳にはいかない。ちゃんと、ちゃんとルリに許してもらうまでは。
「悪い。もうちょっとだけここにいさせてくれ」
「いや、あのね」
「すまん。ちゃんと下には送るから」
「あのそうじゃなくてね……」
妙に食い下がるビッチ。俺は不審に思いながらも、仕方なく彼女の方を見て。
「……何だよ?」
「あのこれ……」
するとビッチはこちらに何かを差し出してくる。それは。
「……! お前、これをどうして!?」
「あ、あの、ここにタクヤと来る前にね。キモオタさんから、『兄妹喧嘩が終わったらタクヤに渡すでござるwww』って言われて、それで」
「……」
俺はキモオタの顔を思い浮かべる。次いで、「何て奴だ」と。
「……」
本当にあいつだけは何者なのか分からない。その観察眼は、もはや常人とは比べ物にならなくて。いったいどうして分かったのだろうか。ビッチの差し出したこれが、これこそが俺達の兄妹喧嘩の原因だということを。
「……」
言葉を失う。だが俺は。
「……ありがとう」
小さくぽつりと俺はキモオタに感謝の意を述べて。
「ビッチもありがとうな」
「え? う、うん」
それを受け取った。
「……ルリ」
「……」
名前を呼んでも、ルリは相変わらず無反応だ。けれど、そんなことはもはや些細なこと。キモオタからもらったこれさえあれば、必ずや彼女は。
「本当に悪かった」
「……」
「でも、言葉だけじゃ駄目だよな……」
「……」
「だから、これ。お前に渡したくて」
次いで俺はそれをルリに。
「……?」
奇妙な展開に少しだけ首を回して、状況を確認する彼女。しかし。
「!!!」
しかし、それを確認した瞬間。ルリの首はそのまま止まらず、体ごと勢いよくこちらに振り返った。何故なら。
「お詫びの印だ、受け取ってくれ」
何故なら俺が手にしていたのは。
「……!」
それは、ご近所の名店「香具夜堂」にて一日五個だけ販売される幻の限定プリンが入ったケーキボックスだったから。
「……ふ、ふぉ」
既にルリの顔は恋をしたかのように赤く染まり、口からは可愛らしい奇声が漏れて。
「ほれ」
「……ふおおおおおお!」
その手に箱を置いてやると彼女はあまりの興奮に震え始めた。まるで、王から褒美を授かる従者のようだ。その様子を見て俺は
「……」
改めてキモオタに感謝を捧げる。ああ、あいつと仲間で本当によかった。今にも涙が出そうだ。これで、これでやっとルリと仲直りができる。思えば長い道のりだった。ハローワークで無理矢理就職させられそうになったときなんて、もう。
「……!」
と、俺がそんなことを考えている内にルリはケーキボックスを開けているようだった。非常に愛くるしい、誰かに獲られまいとしているのか、またもや彼女はこちらに背を向けていて。
「……」
俺は涙目でそれを見守り続けた。おや、ルリの肩がぶるぶると震えている。そうだろう。一度は食べ逃した幻のプリンだ。感動もあるはずだ。
「……」
あれ。
「……」
でも、おかしいな。どういう訳か、プリンを食べているようには見えないぞ。
「……」
ん、どういうことだ。肩が震えたあとは、固まって。
「……」
いったい何が。
「おい、ルリ。どうしたんだよ? 早く食べないと、いくら保冷剤とかあってもまずいんじゃ――」
疑問に思った俺は、ルリに近付く。次いで、横からケーキボックスの中を反射的に覗いて。すると。
「……え?」
何故か。
「……は? え?」
何故かそこには。
「いや、え? これ、え?」
プリンは入っておらず。
「……ど、どういう?」
俺が戸惑っていると。
「……」
かちゃり。そんな音が。
「い、い、い、いや違うんだ! こ、これは何かの間違いで!」
必死に弁明する。だが、ルリは止まらない。いつの間にか、その手に握られた杖も機能を取り戻していて。
「……」
ばさり。ルリがケーキボックスを落とした。続けて、中に入っていたものがこぼれ落ちて。それは。
「うっ!」
ルリのパンツだった。
「違う! これは俺じゃなくて!」
見間違うはずもない。白い下地に、大きくくまさんのプリント。改めて言おう、それはルリのパンツだ。
「な、仲間からもらったもので! 俺は全然関係なくて!」
必死の弁解。しかし、そんなものが通じるはずがない。だって、これは妹のパンツだ。そんなものを持っているのは、兄である俺ぐらいしか。
「……」
ルリの瞳が燃えていた。謝罪を口にしたと思ったら、反省しているのだと油断したら、最後にこんな手口で自分を騙してのけた兄への怒りに燃えていた。そこには、例えこちらに正義があろうとも言い訳の入り込む余地はなく。
「な、何なんだよ、これは!?」
キモオタが入れたのか。いや、もしかして親父。そもそも、何でこんなことが。杖が動いている。誰かがすり替えて。最初に中身を確認しとけば。そういえば妙に軽いと思ったんだよ。どうしよう。ルリ、めっちゃ怒ってる。ここから巻き返せるのか。
俺の思考は予想もつかない事態に嵐のように吹き荒れて。だが。
「……」
ルリはそんな俺に構わず、目の前に立った。
「っひ!」
思わず情けない悲鳴。身長差で、彼女がどんな表情をしているかは分からない。
「……」
「…………」
恐ろしい無言の間。
「あ、あの……ルリさん?」
「……」
変わらず、沈黙。そして。
「……お」
ルリは杖を掲げた。
「お?」
続けて、そこにありったけの力を込めて。
「お兄ちゃんの馬鹿ー!!!」
絶叫。視界が光に染まった。世界が破滅しそうな暴力的な力が、憔悴し切った俺の体に降り注ぎ。その最中で。
「ぎゃああああああああああああ!!!」
ああ、俺達の兄妹喧嘩はまだまだ続きそうだな。と俺は力なく笑った。
(了)
ここまで読んで頂いて本当にありがとうございました!
それでは皆さん、また会う日まで(^O^)/




