第50話
「……!」
そして俺は空を猛スピードで飛んでいた。向かうは雲の隙間、あそこに覗く城の影。
「大丈夫か? ビッチ?」
俺の腕にはビッチが抱かれ。
「だ、大丈夫!」
彼女は健気に笑う。俺が力を使って抑えているとはいえ、その身には圧がかかっているはずだ。それなのに彼女は強く俺を見つめ返して。
「わりい、あと少しだけ耐えてくれ!」
「う、うん!」
次いで、視界が白く煙った。左右に流れる分厚い層、雲海に入ったのだ。
「……っ!」
空気が薄い、周りの温度も一気に下がる。俺は持てる力を注ぎ、ビッチに害が及ばぬよう全力で障壁を張って進んだ。
また、うす暗いそこが少しずつ開け、ついに太陽の輝かしい光が視界をかすめ始める頃。
「あれだ……!」
それは宙に浮かぶ巨大な城。ルリの待つ、決戦の地。
俺は速度を緩めず、俺とビッチに最大限の障壁を張りながら。
「うおおおおおお!」
そのままそこへ突っ込んだ。
破壊される建物の外壁。続けて土煙が上がり、それらが徐々に晴れ。
「……ルリ」
華奢な背が。短く、されどしなやかな光を放つ髪が。世界すら改革し得る神器、天地創造の杖を床に突き立てて。
「ビッチ」
「何、タクヤ?」
「お前はここにいてくれ」
「え? う、うん」
ビッチは戸惑いながらも俺の指示に従ってくれた。だから俺は、彼女を自身の背に守るように立ち。
「……」
これで準備はできた。あとは戦うだけ。しかし。
「おい」
その目算は酷く甘かったと、俺はすぐに思い知らされる。
「ルリ……」
「……」
「おい、ルリ」
「……」
どうしたことだろうか。ルリは呼びかけに応じず、ただ背を向け続ける。そうしている間にも、どんどんと俺達の間合いは詰まり。いつの間にか俺は、手を伸ばせば触れられる地点まで。
「なあ、おい」
俺は、困惑しつつもその愛くるしい肩に向けて利き腕を。
「……見敵完了」
そのとき、ルリの可憐な声が耳をかすめる。次いで。
「……な」
振り向いたルリ、それはいつものようにジト目で無表情だった。だが。
「……」
彼女と一緒に長年過ごした俺は理解する。いや、一瞬で理解させられる。その瞳の奥で燃えたぎる熱き衝動を、狂おしく熱を。つまりルリは。
「うおおおおおお!」
激烈に怒っていた。
「売れ残り股間砲!」
「……α崩壊」
二人の声が重なる。続けて互いの力がぶつかり合い、強大な爆風をその場に生じさせた。
「っぐ……あ!」
俺はその余波に押され後方に大きく吹き飛ばされる。そして壁に打ち付けられる衝撃。ぎしり体が軋んだ。けれど。
「……っ」
ルリの方を見る。彼女はまるで何事もなかったかのように立っていた。いや、それだけではない。杖が掲げられる。強く輝く。そして彼女は。
「……見えざる神の一撃」
「くそっ……!」
両手を突き出し、その追撃に何とか障壁が間に合う。しかし、まずい。力がぶつかったときにすぐに分かった。さっき俺は「戦う準備ができた」などと思ったが、それは明らかな見込み違いだ。
「う……ぐ……!」
まるで相手にならない。圧倒的な力の差。天地創造の杖によって放たれる攻撃は強力かつ無比。豪打かつ莫大。その証拠に、俺が作りだした壁は今にも破壊されそうで。
「タクヤ……っ」
背後でビッチの不安そうな声が聞こえた。なるほど、キモオタのアドバイスは的中している。もし、彼女がそこにいなければ、俺はすぐにこの攻撃に屈していただろう。
「うぐう……」
だが、それもまた、あの杖の前では気休めにしか。
「……マクスウェルの悪魔」
「ぐ……あ!」
休むことなく続けられる攻撃、そしてついに防御壁にひびが。
「ぐわああああああ!!!!」
砕け散った。
「うぐっ……ビッチ!」
それでもどうにかビッチだけは。俺は降り注ぐ攻撃を背に受け、そのまま勢いよく宙に投げ出される。
「あっ……あぐ」
ぽんぽーんと俺の体はまるでボールのように跳ねてから止まった。また、ここに急いで駆け寄ってくるビッチの姿が見えて。
「タクヤ……っ! タクヤ……っ!」
「ビッ……チ」
「駄目だよ! あんなのかないっこないよ! 逃げよう!」
「……あ」
俺の体をぐいぐいと引く。けれど、彼女の弱い力では。
「うう! 動いてよお……! 動かなきゃ、タクヤが死んじゃうよお……っ!」
「……あが」
ビッチは泣いていた。かわいそうに、怖がらせてしまったのだろう。しかし、俺の体は苦痛で悲鳴を上げ。彼女の頭を撫でて、安心させてやることさえできず。




