第46話
「……」
はずだった。
「大丈夫ですか、タクヤさん?」
意識を失う直前だろうか、そんな声が聞こえて。
「え?」
シックに染められた茶色の長髪。肩にかかるお洒落なカーディガンと、そのタイトなスカートは上品な大人の魅力というものをかもし出しているようで。
「あなたは……」
そして彼女が現れた瞬間、今までの形勢が大きく変わる。
「うわっ、お、俺の携帯が!」
「何だこれ!? 皆と撮った写真がどんどん消えていくううう!?」
「え? 嘘でしょ!? アドレス帳が! 全部、消去されて……っ!」
今まで一方的に俺達に猛威を振るっていたリア充共が、頭を抱え、苦しみ、奇声を上げて次々とうずくまり。
「これは……いったい……?」
俺はこのとき、何が起きているか分からなかった。だから、茫然としたまま目の前の女性を呼び掛けて。
「あ、アリサさん」
「うふふ、嬉しいです。私のこと覚えていてくださったんですね」
その女性はアリサさん。以前、この秋葉原でスーツの連中に囲まれている所を俺が助けた経緯がある。
「いや、覚えていますけど……でも、何が。今、ここで何が起きているんですか?」
「私の仲間達が強制的に彼らの携帯にアクセスして、そこにあるデータを消しています。彼らが困惑しているのは、自身をリア充たらしめる思い出の写真や、友達のアドレスがなくなっているからでしょう」
「そんな……そんなことができるなんて。あなたは。いや、あなた達はいったい!?」
アリサさんは戸惑う俺を見て、優しく包み込むように笑った。次いで、俺の顔にずいと自身の整った顔を寄せてきて。
「タクヤさん、あなたはヒーローなんですよ?」
「へ?」
美人に近付かれた際の照れと、彼女の唐突な発言に疑問。彼女は続ける。
「タクヤさんの活躍を、ずっと私達は追っていました。まあ、お恥ずかしい話なのですが、その発端は私で。秋葉原で助けて頂いたときに、ついきたこれと思ってしまいまして」
「え? きたこれ?」
「うふふ、懐かしいです。あのとき、私は敵をおびき寄せるための囮の役割をしていました。スーツの方々が私を捕まえようとした所で、仲間達が倒すという」
「そ、そうだったんですか。あ、だから、あのとき自分からスーツの連中の方に向かって行ったんですか?」
「うふふ、そうです。でも、私を助けてくださったタクヤさんはぐう格好よかったですよ」
「ん? ぐう?」
「そして、タクヤさん。あなたは先日、私達でさえ手をこまねいていた、あのハローワークを壊滅させてしまいました」
「え、ああ。あれは仲間が助けてくれたから……」
「ええ、それでも。それでもあの瞬間はお祭り状態でしたよ? 救世主きたー、と」
「……」
上品なのはまるで変わりはない。一つ一つの仕草をとってみても、アリサさんは奥ゆかしくて。けれど、俺は少しずつ彼女のことが分かり始めていた。いや、知っていた。このような特徴的な話し方をする奴らを、俺は。
「うふふ。そろそろ私達が誰なのかをお教えしますね」
その気配を察してかアリサはまた柔らかく破顔する。次いで彼女は、両手を空に向けて大きく広げ、叫んだ。
「テラワロス!」
芯のある鋭い声紋。すると。
「テラワロス!!!」
建物の蔭から無数の人間が飛び出して。彼らは一様に、携帯やノートパソコン、タブレットなど外部と通信できる電子機器を持っていた。
「でたー!」
「タクヤ助け奴ーwww」
アリサさんの掛け声に呼応し、それはどんどん数を増していった。
「ぬるぽ!」
「ガッ!!!」
そして。
「タクヤさん」
「え?」
「私達の正体はもうお気づきでしょう?」
「あ。は、はい」
「それでは」
そのままアリサさんは俺の前に跪く。続けて彼女は。
「タクヤさん。私達はあなたを『神』だ、と認定しました。よって、我々〝VIPPER〟はこの世界を救うため、我々の大事なものを取り戻すため、あなたの軍門に下ります」
「……」
「何なりとご指示を」
俺の予感は当たっていた。彼女達はVIPPER、世界がおかしくなる前に日本最大の電子掲示板サイトである「2ちゃんねる」で一大勢力を誇っていた集団。なるほど、彼らならリア充達の携帯電話にハッキングして、そのデータを破壊することも可能だろう。
しかもここに集まった巨群。それはもはや圧倒的にリア充の数を超えている。これなら。
「ありがとう、アリサさん」
「うふふ」
だから俺は。
「ここに集った全てのVIPPERに告ぐ!」
俺は叫ぶ。
「嫌われ者の秋葉原を取り戻せえええ!!!」
「うおおおおおおお!!!!」
「キザワロスううう!!!」
「kskううう!!!!」
「みwなwぎwっwてwきwたwあああ!」
「wktkあああ!!!」
そして。
あの地味な彼女を覚えて下さっていた方はいらっしゃるのでしょうか。




