第42話
あるとき。ある場所。ある二人。その内、一人が口を開く。
「よお、元気してたか?」
「……」
しかし対する一人は、それに答えず俯いた。何故なら。
「……」
話しかけられたのは無口系美少女のルリだったから。彼女は気まずそうに、そこから視線を反らし。
「……」
手に持つそれをさっ、と後ろ手に回す。ただ、彼女の小柄な体躯ではどうやっても隠し切れず、何かしらはみ出してしまうのだが。
「ま、元気そうで何よりだ」
響くウッドベースのような重低音。彼はルリの父親だった。
「それで、俺がここに来た理由は分かっているな?」
「……」
もじもじ。ルリは目を伏せて、体を小刻みに動かす。
「……」
「天地創造の杖、素直に返すつもりはなさそうだな」
アルファ・スティグマ、男がそう呼んだ杖。それは所有するものの意志を、世界に伝える道具。そして、強制する道具。ルリはそれをもって、世界征服を成した。
「……」
彼女は父親の問いに、こくりと頷く。可愛らしい仕草。そこには、もはやだめだと分かっているのに、つい抵抗してしまう幼い信念のようなものが見え隠れして。
「まったく、何があったんだ?」
男はそんなルリの様子に、困ったように髪をかき上げる。
「タクヤが何かしたのか?」
「……」
「そうか、その反応は図星だな」
「……」
「ま、何があったかは知らないが」
そこで男の目が細められた。相手を射抜くような鋭い視線。それは恐るべき強大なプレッシャーとなって相対するものに襲いかかる。
「そんな自分勝手な理由で、世界を変えていいなんて。俺は一度でも教えたか?」
「……っ」
ずしん。そんな音さえ聞こえてくるような。ルリはその激しい重圧に、小さな体で必死に耐えて。
「苦しい、なんて思うなよ? お前はそれ以上の苦痛を世界に課した。苦しむ権利なんてお前にはない」
「……っ」
ついに膝をつく。だが。
「……っ」
それでも彼女は頑なに杖を離そうとはしなかった。既に上半身までが地に伏せようとしているのに。それでも彼女は、あたかも大切なものを危機から守るかのように杖を抱え続ける。すると。
「……はあ」
男は嘆息した。続けて。
「止めだ、止め」
そんな言葉が発せられたあと、ルリにかかっていた圧が嘘のように消える。
「……?」
「そんな顔するな。別に許した訳じゃない」
ぱちん。指を弾く音。気付くと、男の口元には火のついた煙草がくわえられていて。
「……初めてだな。お前が俺に反発するのは」
「……」
「ま、娘の成長は、親父としては喜ばなきゃいけないんだろうな」
次いで男はルリに背を向けて歩きだした。また彼は。
「全部終わったら、改めて説教だからな」
扉を閉める寸前、最後にそう告げる。
ぱたん。
「……」
そうして一人残されるルリ。
「……」
彼女は自身の父親に今回のことが発覚すれば、必ず杖を取り上げられると思っていた。
「……」
きっと、私の我儘なんて絶対に聞いてもらえない。先ほどまでは、そう半ば諦めて。
「……」
だが、今確かに杖は自分の手の中にある。父親からそれを許してもらった訳ではないが、黙認という形で了承を得たことは明白だった。
「……お父さん」
だからルリは既に閉じられた扉に向けて一言。
「……ありがとう」
透き通るような可憐な声で、そう感謝の言葉を述べる。
アルファスティグマ。
『α(始まり)は破壊だ。我は何も生み出さない恵まない救わない。ただ消すだけ…真っ白に。』




