第40話
「で? 結局、お前何した?」
「……っ」
本気だ。押し潰されるようなプレッシャー。親父はただ目を細めただけ、それなのに立っていられないほど気圧される。だから。
「……ルリが大事に取っていたプリンを食った」
だから俺は事の真相を正直に話した。
すると、親父は一度意外そうに目を丸くして。
「なるほど。そりゃ怒るわな」
「で、でも、それはわざとじゃなくて……」
「当たり前だ。俺は常に言ってきただろう? 『魂』はそれぞれ、決して譲れない領分ってものを持っている。それを自分勝手に荒らすことだけはするなよ、ってな。ルリにとってプリンってのはそういう類のもんだ。それをわざと食ったってんなら、今頃お前は俺に八つ裂きにされてる」
「……うっ」
親父からの久しぶりの説教。だが、俺にも言い分がある。
「だ、だけどよ! それだったらルリにも何か言ってくれよ! いくら怒ってるとはいえ、世界をこんなにめちゃくちゃにして。俺の仲間を一方的に迫害して! あいつだって、嫌われ者の決して譲れない領分を侵してるだろ!?」
「言わねえよ。だって俺、ルリに嫌われるの嫌だもん」
親父は半笑いで、頭をぼりぼりとかいた。
「こ、この糞親父……っ!」
俺は、親父がルリにべた甘なことを思い出す。代わりに存外、俺に厳しいことも。振り返ると、親父はいつもいつも俺に言ってきたのだ、「お前が兄貴なんだからしっかりろ」と。
「ま、大体話は分かった。これはお前とルリの問題だからな。俺はこの喧嘩にこれ以上手は出さねえ。だから、この喧嘩はお前がどうにかして決着つけろ。兄貴なんだから」
ほら、今もまた。俺はいつも。けれど。
「……分かったよ」
俺は素直に頷いた。だって。
「だって、俺はルリのお兄ちゃんだからな」
だって、俺はルリを愛しているから。
すると。
「ああ、そういえば」
「ん、何だよ? まだ何かあんのか?」
「いやな」
そこで親父は指をぱちんと鳴らす。音はさっきと同じように、空気に浸透して。
「この子、お前のつれだろ?」
次の瞬間俺はその信じられない光景に声を震わせた。
「……ビッ……チ?」
「あ、タクヤ」
「お前、何で……? さっき、職員がお前を捕まえたって……」
「う、うん。うち、タクヤ達を外で待ってて。そしたら偉そうなおじさんが来て。本当はハローワークの人じゃないってことがばれちゃって。でも、このおじさんが助けてくれて」
「……親父」
俺は親父の顔を。するとまた煙草の煙を吐き出しながら。
「聞こえたからな」
「え?」
「『どうかビッチを俺の代わりに守ってくれ』ってな」
「……」
そういえば。俺はさっき確かにそう願った。天を仰いで。
「……」
ふと見ると、ビッチは慌てふためきながら、「え? タクヤのお父さん!? はうわ! は、初めまして、私ずっとタクヤと一緒に遊んでて! しょ、将来的にはもっと一緒にいれればいいな、なんて! でも、まだそれは早いかもで……でもでも!」なんてことをごにょごにょ言っている。
「親父……わりい」
「はは。出来の悪い息子の尻ぐらいは拭いてやるよ」
そして。
「じゃあ、俺は帰るわ。お嬢さん、タクヤみてえな馬鹿に付き合ってもらってすまないね。よかったらこれからも、こいつと一緒にいてやってくれ」
「は、はい! うち、一緒にいます!」
「余計なこと言うなよ」
そんな会話が一頻りはずんだあと、親父は。
「ああ、最後にお前に言っておくことがあった」
「へ?」
「ルリは俺のあれを持ってるからまともにやっても勝てねえだろ? だから、お前に一つ有利な情報を教えといてやる」
「何だよ、それ」
「ま、それを生かすかどうかはお前次第だ」
「……」
次いで耳元で、親父が囁くように。
「……と……することでお前の封じられた力が解放される」
「な!?」
だから俺は瞬間的に顔をひねって。
「そ、そんなもん必要ねえよ!」
「はは」
すると親父は翻り、片手をひらひらと舞わせる。
「とりあえず頑張れ、タクヤ」
また、そう言って場を去った。
そこに残されるのは死屍累々の元感染者と、茫然と立ち尽くす嫌われ者。
「タクヤ」
「……何だ?」
そんな中でビッチはまるで太陽のような笑顔を見せて。
「おかえりなさい!」
「……お、おう」
そんなこんなで。題して、「俺達の打倒ハローワーク大作戦」は幕を閉じる。
天を仰いで。




