表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
40/58

第38話

「……う」

「キャハハハ」

「うあっ……」


 俺の消え入るような悲鳴と。


「ぜ、全員でかかれえ!!!」


 ハローワークの職員の震えた怒声が重なる。


「うあああ!」

「うおおお!」

「らあああ!」


 津波。怒涛の人の群れが俺達を通り過ぎ、その少女へと。


「キャハ?」


 メンヘラは避けない。いやそれ所か、自分へと向かってくるスーツ姿の軍勢に目すら合わせず。彼女の顔はどこか別の方を向いていて、その視線の先には。


「……」


 何も。何もない。分からない。メンヘラの胸中がまるで掴めないのだ。掴めないままに、連中が全員で掴みかかるのが視界に映る。


「……」


 俺はこの光景を見たことがあった。あれだ、日本ミツバチの群れ。巣に危険を及ぼす天敵に、こぞって集まり作り出す蜂球。それと似た。だが。


「……」


 それでもメンヘラは何ら抵抗する素振りすら見せず。もつれ合う体の隙間から覗く彼女の顔は、目線は。今もなお見えない何かを追いかけていて。


「キャハ」


 彼女は声を。


「キャハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!!」


 ガラスに爪を立てて、そのまま思い切り引きずるような音。俺は思わず耳を塞いだ。次いで――。


「う、うわあああ!」


 絶叫がこだまする。血が、滝のような鮮血が舞った。だが、それは職員のものではない。その飛び散る血液の持ち主は。


「キャハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!!」


 メンヘラだ。彼女の体から洪水のように血が噴き出す。


「ひ、ひいいっ!」


 怒涛。人間でできた球が、丸ごとバケツのそれを被ったかのように赤く染まって。


「うっ、う、うああ!」


 地獄。そこに集まった職員だけではない。地面も、そこに生える草も。転がる小石や、周りを漂う空気にさえ。無造作に、無遠慮に、自分勝手に血が塗りたくられた。


「いやっ、いやああああああ!」


 阿鼻叫喚。気付くと、空では陽の光が途絶え。


「助け、助けてええええええ!」


 けれど、本当の地獄は。


「は、離れ! 体が離れな……!」


 やっと、これから。


「……キャハ」


 理性の糸が消えたような笑い声。しかしそれはメンヘラのものではなく。


「キャハ?」


 またそれは次々に、至る所で。


「キャハハハ!」


 職員達の眼球が白く裏返る。首ががくんがくんと震え、その不気味な連鎖を喜ぶように中央に立つゴスロリの少女が。


「キャハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!!」


 そんな凄惨な状況の中、キモオタの叫び声が聞こえた。


「あの血に触れてはならぬでござる!www」

「……!」

「メンヘラ氏は狂気そのもの!www いや、それだけではなくwww メンヘラ氏は自身の血液を媒介に他人の精神すら侵略する!www その血に触れれば、もはや正気は保てぬ!www そう、あれこそが地下に封印された魔物の正体でござる!www」


 その言葉を皮切りに。


「に、逃げろおおお!」


 まだ、正常な職員が一斉に逃げ始める。それはさながらゾンビ映画。その凄まじい恐怖の前では、仲間を助けるという余裕すら生まれなくて。


「な、何だこれは!?」


 また、騒ぎを聞きつけ、ここに駆けつける職員も。しかし。


「キャハハハ!」

「お、お前! いったい何を!? う、うああああああ!」


 奴らは襲われ、その拍子に血が付着し。


「うあ……ああ…………キャハ?」


 次々に、感染者が増えていく。


「緊急事態!」


 誰かがそう言って、施設からじりじりじりっと鐘の鳴る音が。警報機だ。すると建物の中からぞくぞくと人が外へ。

 だから俺達は。


「皆を守るぞ! メンヘラに近付けさせるな!」

「承知!www」

「分かった!」

「あはぁ!」

「……う……あ!」


 避難してくる人間を誘導した。


「こっちだ!」

「血には触れぬように!www」

「早く逃げろ!」

「静まるな! 死ぬ気で逃げろ!」

「……あ……あ」


 だが。


「ぐっwww このままではwww」

「数が……多すぎるっ」

「これは俺の邪気眼より……狂ってるぜ……」

「……え……う」


 数を増していく感染者は、着実にハローワークを取り囲みつつある。


「タクヤ! このままでは俺達も危険だ!」

「……くそっ」


 状況は深刻だ。これ以上、持ちこたえることはできないだろう。ただし。


「……やるしかねえか」


 普通なら。それはこのまま何もしなければの話。

 俺は意を決して飛び出す。


「タクヤ殿!www いったい何を!?」

「お前らは誘導を続けろ! 俺がメンヘラを抑えて時間を稼ぐ!」


 そして目線は前へ。メンヘラは、未だスプリンクラーのように血液を周囲にばら撒いている。


「うおおおおおお!!!」


 赤い血しぶきが宙を舞う中、俺は他の感染者をかき分けて。


「おりゃあああ!!!」


 勢いのままにメンヘラに抱きつく。


「キャハ?」

「……ぐ……うぐ」


 メンヘラの新鮮な血が俺の体に降り注いだ。気を抜けば今にも意識を持って行かれそうだ。けれど。


「ぐおぉ……っ!」


 俺は彼女を思い切り押し進める。元々相手は小柄なせいか、そこに大した力は必要なかった。すると。


「キャハ?」

「キャハハ?」


 ただの思い付きだが、どうやら的を射ていたらしい。周りの感染者が一斉にこちらを向き、感染母体マザーを守るためなのか、ゆっくりとこちらに集まって来る。


「……ぐぁ」


 これなら。これなら、少しでも長く非難を続けられるはず。俺がそう考えたとき。


「…………キャハ」


 ついに俺の精神が侵略され始めた。


「キャハハ?」

「う……ぐ……キャハハ」


 自分の意志とは関係なしに口が開く。次いで首ががくっと。がくんがくんと、痙攣して。急速に意識が遠のいていく。


「タクヤ殿!www」


 どこかで俺を呼ぶキモオタの声が聞こえた。


「キャハハ」


 俺の思考はそこで完全に汚染される。視界が徐々にうす暗くなり、己という存在が消えていく。


「キャハハ……」


 ここまでか。俺は薄れゆく意識の中で、最後に一言。


「……ビッチ」


 そうして俺は不快なまどろみの中に沈んでいった。

タクヤの仲間の中でも、おそらくトップクラスの力。


メンヘラは「メンタルヘルス」の略です。よくわからない人はGoogle先生に訊いてみよう!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ