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第37話

 すると、奴は釣り上げられた魚のようにびくんびくんと激しく震えて。地面に伏したままぴくりとも動かなくなる。


「……はぁっ……はぁっ!」


 しかし、その分俺の体にかかる負荷も並み大抵のものではなく。くらむ景色。俺は自分の力で立っていられなくなって、その場に崩れ落ちた。


「おっとwww タクヤ殿、無理し過ぎでござるよ?www お主は地下でもさっき力を使ったのだからwww」


 だがそれをキモオタが支えてくれる。


「わりい……な」

「構わぬでござるよwww」


 そして俺は顔を前へと向けた。


「……」


 状況はかなり悪い。所長を失ったとて職員の動きに淀みはなく、むしろ更に警戒心を強めてこちらにじりじりとにじり寄って来ている。


 既に、俺には売れ残り股間砲ザイコ・カンを打つ余力は残されていない。いや、もし打てたとしてもこの人数相手に逃げ切るのは元々無謀だっただろう。


「皆……わりい」

「ぬふふwww 謝る必要はござらんwww 拙者達は皆、精一杯やったのだからwww」


 俺が謝ると、キモオタが優しい嘆息を。


「幼女がいなければ、俺も力が出ない。まあ、詰みだな。仕方あるまい」


 この状況下ではさすがのロリコンも俺を殴らなかった。


「静まれ……って、俺もこの人数じゃ、黒歴史ブラックヒストリー晒す前にやられるな。あはぁ」

「……う……え」

 邪気眼もうなだれ、コミュ障も握り拳を静かに下ろす。

「……」


 頭にビッチの顔が思い浮かんだ。せめてあいつだけでも助けたかった。なのに、今の俺にはそれを叶える力すらなくて。


「……くそ」


 涙が込み上げてくる。自分の非力さが情けない。もし、もっと俺に力があったら。そんな後悔ばかりが胸を貫き。


「……」


 最後のときがやって来た。どうやら俺達にもう抵抗する術が残っていないことを敵に気付かれたらしい。


 スーツの連中は先ほどよりもぐいぐいと積極的に距離を詰めて来る。そこでできることといえば俺はビッチの安全を祈ることしかできなくて。


「……」


 俺は天を仰いだ。どうか、どうかビッチを俺の代わりに守ってくれ、と。懇願する。


「……」


 そのときだった。


「あれは……っ!」

「まさか!」

「そ、そんな……っ」


 連中の間で妙などよめきが起こる。それは奴らの進む足を止め。いや、むしろ後退させ始めて。


「……え?」


 理解できない状況。ここまできて、まさか満身創痍の俺達に奴らが怯える訳がない。けれど、それならいったいどうして。


「……?」


 唐突な事態に困惑する俺。しかし次第に気付き始める。奴らの目、指し示す指先。それらは全て。


「……」


 俺達の背後に向けられていた。


「……」


 ぞくり。濡れた舌先で背筋を舐められるかのような嫌な感覚。次いで脳内でかき鳴らされる鋭い警鐘。それは絶対にうしろを振り返るな、と。


「……」


 そこでようやく俺は、自分達が地下で何をしたのかを思い出す。

 そして。


「……」


 いつの間にか。気付かぬ内に。あたかも見えない力で無理矢理引かれるように。俺は首を自分の後方へと。

 そこには。


「……」


 一人の少女。百五十センチほどの小柄な体躯と、細く可愛らしい手足。肌は透き通るように白く、まるで粉雪のようで。しかし――。


「……」


 闇を素材にあつらえたような漆黒の衣服、それはゴスロリというジャンルに属する代物。加えて、彼女のフランス人形のような端正な顔立ちには、特に眼が大きく映るように個性的な化粧が施され、気を抜けば吸い込まれてしまいそうな。

だから俺は彼女の名前を、無意識に呟いていた。


「メン……ヘラ……」

「……」


 彼女の表情は変わらない。笑っているのか、泣いているのか。はたまた、怒っているのか、傷付いているのか。泣いているのか、狂っているのか。ただ――。


「……」


 小さく、それがそうだと判断できるか否かの僅かさで、彼女は首を傾げて。そして。


「キャハ」

そう、彼女が……魔物。

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