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第36話

「うおおおおおお!」


 そして俺達は全速力で地下を逃げていた。決してうしろを振り返らず、決して足を止めず。肺が裂けそうな痛みを発しても、ただ止まらずに前へ。


「ぬおおおおおおwww」

「ぐああああああ!」

「静まれええええええ!」

「……ひぐっ……ひぃ!」


 顔を直接見なくても、その悲鳴だけで仲間達の恐怖が伝わってくる。いや、かくいう俺とて歯を食いしばり、必死に走ることでしか自分を保っていられなくて。


「これでいいんだよな!? キモオタ!?」

「是非に及ばず!www タクヤ殿も分かるだろう!?www あの気配がどんどん増しているのが!www」


 一瞬ちらりと。背後では既に粘着性のどす黒い空気がまるで這いずるように広がり始めていた。


「こ、こっちに向かって来てる!」

「そうでござる!www だから、今は逃げることが先決……っ!www」


 だから俺達は死に物狂いで駆ける。次々と開けられる扉、過ぎていく景色。それが幾度も続いた頃。


「あれだ! 出口だ!」


 ロリコンが叫んだ。視線の先には光。俺達がこの地下に入って来たときと同じ梯子が。


「……!」


 キモオタが。ロリコンが。邪気眼が。コミュ障が。そこに続けて俺も、そこに飛びつき、勢いよく上って行く。次いで視界が急激に開き、光が視界を覆って。

 そして。


「はあっ、はぁっ」

「うっ、はぁwww」

「ふ、ふぅっ……」

「あはぁっ……あはぁっ……」

「……う……う」


 それぞれの口から荒い呼吸音が吐き出されていた。

 また、両手に置きつつキモオタが。


「な、何とか逃げ切れたでござるな……www」

「あ、ああ……マジで死ぬかと思った……」


 俺も安堵の嘆息を。


「あとは……はぁっ……ここから一旦避難して……はぁっ。あれ……?」


 だが俺はそこであることに気が付く。


「ビッチ……?」


 辺りを見回す、どういう訳かそこにはビッチの姿がない。俺達が帰って来るのを確かにここで待っていたはずなのに。いったいどこへ。

 そのとき。


「やあ」

「は?」


 聞き慣れぬ声。俺は反射的に振り返った。


「……」


 そこにはスーツ姿の初老の男。そいつは、にたにたと嫌らしい笑みを浮かべてこちらを見つめていて。


「誰だ、お前?」

「ふふ、御挨拶だね。君らがいた施設、ハローワークの所長だよ」


 更に、その周囲には同じ服装の人間が多数。おそらくそいつらも職員連中だ。


「……これだけ集めて。大層な念の入れようだな」

「ふふ、秩序を乱す者にはそれ相応の対応をしなければな。中途半端にやって模倣犯が出ても困る」

「……」


 多勢に無勢。俺の頭にそんな言葉が浮かぶ。ただでさえ俺達は地下の連中と戦って、体に疲労を抱えている。それにあまりに敵の数が多すぎて。もし俺達に残された選択肢があるとしたら、それは。


「……」


 奇襲で売れ残り股間砲ザイコ・ガンを打ち、その騒ぎに紛れて逃げること。俺は腰のポシェットに手を伸ばし。

 だが。


「おい」


 その前に、こいつに訊いておかなければならないことがある。


「ん、何だね? 降伏なら別の機会にしてもらおうか。私は君らを無傷で施設に返すつもりはこれっぽっちも――」

「ここに職員の女がいただろう? そいつはどこだ?」


 それはビッチのこと。あいつはハローワークの職員に紛れ込んでいた。もし、それがまだ有効なら少なくとも危険なことにはなっていないはず。


「ああ、彼女ならこちらで捕縛した」

「……な!」

「君らの仲間だったのだろう? 当然の処置だよ」

「……ぐっ」


 けれど、その現状認識は甘く。既にビッチの変装は敵に発覚していて。


「……くそっ」


 俺は握り込んだ拳で地面を殴った。自分の不甲斐なさに吐き気がしそうだ。地下でも何度も仲間を危険に晒して。今は彼女までも。


「それにしても本当に困ったものだよ、あの社会不適合者には」

「……は?」

「いやね。私達としても、まさか自分達の身内に間者が紛れ込んでいるとは思わなかったんだよ。しかもそのせいで、この地下施設まで君達の侵入を許してしまって。本当に厄介者だ、あの屑は」

「……屑?」


 俺は訊き返す。おそらく俺の瞳は、そのときあたかも野獣が如く開き切っていて。


「おや、気に障ったかね? しかし、君らのような下賤な輩は――」

「……誰のことだ?」

「人の話に割って入るとは、君は最低限のマナーすらなって――」

「……誰のことだ、その屑ってのは?」

「……話にならんな。もういい。諸君ら、早くこいつらに自分のやったことの悪質さを教えて――」

「……のことか」

「え?」

「ヤリマンのことかー!!!」


 喉が潰れそうな怒号。俺は怒りを抑えきれず、感情のままに両手を腰の位置に構える。次いで、猛々しい雷撃のようなものが体を包み。髪は逆立ち、空気は軋み。強大なエネルギーが俺の掌に収束していって。

 そして。


「らぁーめぇーらぁーめぇー」

「な、何だこれは!?」

「波ぁっ!!!」


 放たれる光。それはまるで弾丸の如く、レーザーの如く所長の体を射抜いた。


「ら、らめええええええ!!!!」

語呂がいいからやった、今は反省している。

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