第34話
「……そうだったな」
だからタクヤも笑みを返す。キモオタに負けないすがすがしい笑みを。
「忘れてたよ。俺に何ができるか、何をすればいいのか」
「ドゥフフwww」
「そうだよな。こんな勝負にあと10球も付き合ってやる必要はねえ」
そしてタクヤはオリトの顔を見て。
「おい、お前。この勝負、次の1球で片つけようぜ?」
するとオリトは。
「……お前、馬鹿か? 万に一つもねえだろうが。10球あれば、もしかしたら奇跡が起きて俺の手からバットがすっぽ抜けるなんてこともあるかもしれねえのに。残りの9球、お前はただどぶに捨てるってのか?」
憤慨。苛立ち。ただでさえキモオタの登場で勝機を掴み損ねたというのに、仲間の敗北の情報も重なって。更には訳の分からぬ提案までも。
「いいんだよ、そんな9球。どぶにでもなんでも捨ててやる。ただしな」
「ただし?」
「この1球に俺は今ある全ての力を賭ける。おそらくはとんでもない魔球が生まれるはずだ。だから、例えば、それでボールがお前のバットにまるでかすりもしなくても一切文句は言うなよ?」
「……上等」
明らかな挑発。今まで投げられた球を一度たりとも打ち損じていないオリトに対して、それはあまりに馬鹿げた宣言で。
「来いよ。吠え面かかせてやる」
オリトはバットを構える。そのフォームは感情に左右されず、もはや芸術とまでいえる代物。スポーツで大成してきた彼には油断も淀みも、みくびりもまるでなく。
「吠え面かくのはてめえの方かもな」
タクヤも構えた。ボールを握り込み、限界まで意識を集中させる。狙いはオリトの懐、逃げも隠れもしないど真ん中。
「……」
「…………」
手に汗を握るような緊張感。互いが互いを認め合い、世界は二人のものになっていく。
そして。
「いくぞ!!!」
「来い!!!」
賽は投げられた。
「うおおおおおお!!! 名作映画シリーズ!!!」
タクヤの力強い投球フォーム。大地を踏みしめる軸足と共に、体がゴムのように捻転。ひねり上げられた腕が、古代の投石機を思わすかのような轟々しさで空気を切り裂く。
「課題放棄!!!」
タクヤは叫んだ。残りの球を全て拒否し、練り込んだが故か。そのボールは豪胆に。いや、周りに漂う空気ですらが形を変え、あたかも隕石が風を巻き上げるが如き渦を形成して。
「な、何だそりゃ!?」
――これが奴の言っていた魔球か!? というかこれ。速度とか球威とか、そんな問題じゃねえ! ていうか、これは何だ!?
そのあまりの強風に耐えかねて、もはや体が少し浮き始める。
しかし。
「しゃらくせえええ!!!」
オリトは意地で地面に食らいついた。自分でもどういう原理でやっているかは分からない。否、もはや理屈ではないのだ。理不尽には理不尽。タクヤの投げたボールはそれほど理解を超越したもの。
「ぐうううううう!!!」
烈風剛波。まるで荒れ狂う海の中のような感覚。バットが、それを握る腕が強大な圧力に負けそうになる。
だが。
「ごおおおおおお!!!」
オリトはバットを振った。正確には振り始めた。きっとそれは別次元の光景。途方もない集中力でスローモーションと化した世界をバットで無理矢理こじ開けていく。
けれど。
「うおおおおおお!!! 名作映画シリーズ!!!」
タクヤの魔球はまだ終わっていない。いや、まだこれからだった。
「股間解放!!!」
「な……!?」
オリトの視線が反射的にタクヤのそこへ。
「ぐっ……!」
――奇抜なことをして俺の集中力を削ぐ気か……っ!
時間さえ入り込めない刹那。彼はその罠を看破し、再びボールを視界で捉えて。
しかし。
「股間大解放!!!」
タクヤのそれが更にはみ出した。
「ぐぎっ!!!」
今度は耐え切るオリト。本来なら「馬鹿か、貴様!」と罵ってやりたい気持ちを力づくで押さえつけて。
「がああああああ!!!」
最後の一線。バットから伸びたオリトの打線とボールが重なる。
「うごおおおおおお!!!」
そのときにはさすがのタクヤも万策尽きたようで。ただ、茫然と立っていた。もちろんオリトの意識はボールだけに集中し、その他一切を排除して。
「ぐぬりゃあああ!!!」
ついに。ついに、彼はその白球に剛直な白刃をあらん限りの力をもって突き立てる。
そのときだった。
「……名作映画シリーズ」
オリトの耳に不快な響きが。混沌とした淀みのような世界の中で、まるでそれだけが特別であるかのように。タクヤの声が集中力の隙間を縫って、鼓膜まで。
すると。
「あ!?」
ボールが空中で静止した。高名な打者は向かってくるボールが止まって見えたと言ったが、そういうことではない。物理的に、ボールが宙で固まって。否。
「あ! お、おい!?」
そのまましゅるしゅると軌跡を辿り戻って行く。オリトがボールを打ったからではない。何故なら、そんな小気味いい音はまだ鳴っていなくて。鳴る寸前でボールが。嘘のように。
そして。
「……は、え?」
ぽすん。そんな馬鹿にしているかのような音と共にボールは、最終的に棒立ちのタクヤの掌へと帰って行き。
次いで彼は。
「……超返球」
ぼそりと。そう告げた。
「……なっ」
状況が理解できず、腰が抜けたようにオリトは尻もちを突いて。
「予言通り、かすりもしなかったな」
「な! それはお前、そんな球……っ!」
「おっと、さっき言ったはずだぜ。文句はなしだ、と」
「……っぐ」
オリトは口ごもる。
「勝ち、でござるなwww」
「そうだな」
「中々いい邪気眼ぷりだったぜ、タクヤ」
「う……う……」
次いで紡がれる仲間達からの祝福と労いの言葉。
だからタクヤは。
「ああ、俺達の勝ちだ」
高らかに。高らかに宣言する。
「おい!!!」
だが、放たれる怒号。振り返る必要もなく、それはオリトのものだと分かって。
「意味分かんねえよ! お前らはいったい何者なんだよ!?」
「俺達か? 俺達はな――」
その問いに対し、タクヤ達は一斉に整列した。
また続けて。
「通学路の魔術師、ロリコン!」
「ふん」
「ドゥフフモードのキモオタ!」
「ドゥフフwww」
「黒歴史使いの邪気眼に、無口のコミュ障!」
「俺の右腕よ……しずまれ……」
「え……あ……」
「これだけ揃ってりゃ、世界のどこだろうと退屈だねッ!!」
彼らがそう啖呵を切るとオリトは。
「…………勝てねぇ……。……勝てねぇよ……。……こんなヤツが隊長だったんじゃ、……勝てるわきゃねぇやな……。へへへへはははははははは!!」
蛙が踏まれたときのような引きつった笑い声を上げて。
そして全てが終わった。
今回のタクヤの技は全て名作映画からですw
「ノルマゲドン ⇒ アルマゲドン」
「ハーミデーター ⇒ ターミネーター」
「バック・トゥ・ザ・ピッチャー ⇒ バック・トゥ・ザ・フューチャー」




