第29話
「おいおい、いつまでそうしてるつもりだ? 仲間への追悼のつもりなら――」
「違う!!!」
タクヤは一度も離していなかったから。崩れて落ちても、突っ伏しても、その右手に握られたボールを。
「い、いきなり何だよ」
「違う! あいつらは死んじゃいない!」
「……は? お前何を言って――」
「俺は感じる! 奴らの魂を! 奴らはまだ戦っている!」
「……」
――何だ? もしかして、こいつの中の変なスイッチでも押しちゃったか?
眉をひそめるオリト。彼はやれやれと両手を広げ。
「そういう理屈に合わない感情論を振りかざすのは勝手だけどさあ。俺はさっき言わなかったか? 俺の仲間から連絡が来たって」
「そんなものは関係ねえ! 俺は感じる、感じるぞ! あいつらの熱い魂を!!!」
「……」
――まいったな。
力なく頭をかく。どうやら気付かぬ内にオリトはタクヤの何か譲れない部分に触れてしまったらしい。
けれど。
「……ま、でも所詮は手負いの獣だろ。少し攻めればめっきが――」
「うおおおおおお!!!」
「うわっ!」
かーん。長年体に染み込ませた動きが何とかその急襲に対応する。
「お、おい! お前、いきなり――」
「うおおおおおお!!!」
「って、話を聞けよ!」
かーん。これもどうにか。
それまでうなだれていたタクヤが突然、ボールを投げてきた。それも序盤と全く変わらないほどの速度と球威を持つ球を。
「ど、どうしたんだ。いったい」
「うおおおおおお!!!」
「って、うぐっ!」
否。変わらないのではない、それよりも少しずつ威力が上がってきている。
「何だ!? お前、何をして……」
そのときオリトは見た。
「……」
いや、目が離せなくなって。違う、全力でボールを投げ続けてぼろぼろになっていた先刻までのタクヤと、それは。
「うおおおおおお!!!」
「っく、おら!」
まるで、昔話に登場する鬼。髪が逆立ち、体が燃えているように赤く染まって。
「うおおおおおお!!!」
「っぐ!」
バットが軋んでいる。いや、軋んでいるのはオリトの体か。
「うおおおおおお!!!」
「ごおっ!」
既に非常識な勢いを伴い始めたボールが休む間もなく次々と。それに引きずられて、手が、腕全体がずしんと重みを増して。
それが二十球は続いた頃。
「……はぁっ……はぁっ」
――こ、こいつは。
「うおおおおおお!!!」
「はぁっ……おらあ!」
――まずい……。
オリトの脳裏に「敗北」の二文字が浮かぶ。その頃にはもうバットを構える余裕すら、もう。
しかしそれでもタクヤは。
「うおおおおおお!!!」
「はぁっ、はぁっ……ごりゃあ!」
ががが、ぎーん。何とかボールは前へ。だが真芯で捉えていたころとはまるで違う、無様な音が響いた。
――これは……打ててあと2、3球だな……。
浮かんだ敗北が、心の中で覚悟に変わる。オリトは優秀だった、優秀が故に気付いていた。自身の肉体が持つ限界に。
「うおおおおおお!!!」
「はあっ……おりゃあ!」
――訳が分からない。こいつは本当に人間か? さっきから休む素振りも、止まる気配もない。まるで、無尽蔵の体力を得たみたいにどんどん球の重さが増してやがる。
オリトは力を振り絞ってバットを体に引き寄せる。
そして。
「うおおおおおお!!!」
「はぁっ、はぁっ……ぐぬう!」
ぎゃりぎゃり、がーん。
最後のときは来た。
――腕が……言うことを聞かない!?
その驚くべき威力の球を打ったあと、オリトの腕の震えは限界まで高まり。
「……!」
握力の消えた手からバットが滑り落ちる。
――っぐ。
掴み直そうとするが、それも不可能。手は届いても握るだけの力がもはやないのだ。
だから。
「……うっ」
オリトは視線をバットから切り、タクヤへと。すると彼は既に足を振り上げ、例えオリトが万全の状態であったとしても打てるか怪しい剛速球を、今。
「くそうっ!!!」
決着。勝者と敗者、その場で全ての因果に終わりがもたらされる。
「…………」
はずだった。
「……は?」
からん。バットが地面に転がる乾いた音。
どういう訳がタクヤはこちらを見つめたまま、茫然と魂でも抜けたかのように立ち尽くしていて。
「な、何が……?」
オリトがそう疑問の声を上げるのが先か、否か。
「あ、ああ……」
タクヤの膝が地へと堕ちる。途端、わらわらとなびいていた髪が、燃えていた皮膚が嘘のように引いていって。
「どうしたんだよ?」
「あ……」
「お前、何で……今のでお前の勝ちだったはずなのに……」
「……ああ」
「……」
戸惑うオリト。しかし、その疑問には次のタクヤの言葉が答える。
「キモオタの……霊圧が……消えた」
はい、もう説明する必要もないほど有名なシーンですね。
チャドは霊圧消えても大丈夫でしたが、はたしてキモオタは!?




