第25話
邪気眼は嘲笑うような目でウキョウを見つめて。
「最初は偶然だったのだろう。気の迷いだったのだろう。だが、お前はその魅力の虜となった。とりつかれてしまった。そして今度はその手で次々と――」
「止めろ!」
「しかしそれを誰にも気付かれず、ということはやはり不可能だったようだな。どうやら運よく学校側からは特定されなかったようだが、周りには不自然な行動が目立つお前を疑う奴もいて。だから次第に生徒たちの間で噂になり、いつしかお前はエロエロウキョウ、と――」
「うるさい!」
「思えばお前が必死でスポーツ特待生になったのも、それが原因だったのかもなあ。スポーツ特待生になれば、周りの人間とは全く別の高校へ進学できるし。噂も時間が経てば風化するだろう。だから――」
「止めるんだ!!!」
強い、強い拒絶。
そして。
「……」
「…………」
その場に深い沈黙が流れる。
「……」
頭を抱えるウキョウ。既に彼の心は限界で。それまで積み上げたものが全て崩れ落ちるような感覚が胸の内をひしめいていた。
故に。
「く、くひひ……」
「……?」
「くひひひひひっ!」
その絶望は彼の理性を飛ばすにはむしろ十分すぎて。
「くひっ、そんなもの出鱈目だっ」
「あはぁ?」
「ああ、確かそんな噂はあったなあ、あったよ。くひっ、でもそれは僕のバスケットの技量に嫉妬する輩が流した何の確証もない悪評だ」
「あはぁ? 悪評?」
「そうだ。あのときは困ったよ。くひひっ、普通にやると僕に敵わないからってまさかそんな馬鹿みたいな噂を流すなんて」
「だが、火のない所に煙はたたずと言うだろう?」
「くひひっ、そんなの知らないね。証拠がない。学校だって、犯人は特定できなかったんだ。だったらどうせ、僕に嫉妬した奴らの仕業だ。くひっ。だって、確証がない。僕じゃない。嫌われ者とは違うんだよ、僕は。スポーツ特待生の僕がそんなことする訳ないじゃないか!? そうだ、僕じゃない。僕じゃない! くひひひ!」
人間の心には防衛機能が備わっている。それは拒絶、忘却、ヒステリー、様々な様相を呈して自己を守ろうとする。
「くひひっ! 僕じゃない、僕じゃない!」
それが彼の場合は事実の改変だった。自分では受け止めきらない現実を都合のいいように書き換える。そうすることで彼は自身を。
しかし。
「あはぁ?」
彼と彼の心は少し侮っていたのかもしれない。
「お前、一つ疑問に思うことはないのか?」
今日このとき、目の前に立ちはだかった男の凶悪さを。
「くひっ?」
「俺がどうしてお前についての噂を知っていたのか、ってことだ」
「くひひっ……?」
「あはぁ、不思議だろう? お前と俺とは面識がない。なのに、どうして俺はお前の過去を知っている? お前の隠したい記憶を知っている?」
「く、くひぃ?」
「俺は持っているんだよ。そんな黒歴史を暴く手段を」
そして邪気眼は左目の眼帯に指をかけた。
「ああ……この目を解き放つのは久しぶりだ……」
「くひひっ!?」
「あはぁ……お前に教えてやろう。どうしてこの俺が〝邪気眼〟と呼ばれているかを……」
次いで彼はそれをゆっくりと外す。
そこには。
「く……ひ……?」
「これが……俺の持つ邪気眼だ……」
そこには眼球がなく。その代わりに、眼窩には平坦な白いディスプレイのようなものが埋め込まれていて。
「あはぁ、何も驚くことはない。別にこれは、ファンタジーの中なんかに出てくる魔眼って訳じゃない。いや、むしろ現代社会には馴染みの代物、難しい計算やプログラミングをするときの必需品。まあ簡単に言えばコンピューターだよ……超高性能のな」
「くひ……な、意味が……?」
「俺はこの邪気眼に3つの機能を付けた。一つ目は、いかなる場所でもインターネットにアクセスできる接続力。例え、ここが地下だとしても俺の邪気眼は快適に情報を送受信できる。だから今このときも、常に俺の脳は邪気眼を通してネットに繋がれた状態を維持している」
「……くひっ」
「二つ目は、その優秀なインターネット環境を利用したとある情報の強制的収集。その情報とは黒歴史。俺の邪気眼はネット上に散らばるあらゆる隠されし過去を集める。また、俺は特殊なプログラムを組んでネットに繋がれたあらゆる機器に無断でアクセスすることができるようにした。例えば、誰かの家の個人的なパソコンの中に収容された苦い記憶なんかも邪気眼は決して見逃さない」
「くひっ!?」
「これが、さっき俺が言ったことへの種明かしだ。そう、俺がどうしてお前の過去を知ることができたかという話。それはもちろん他のメディアから収集した情報もあるが、何よりお前の黒歴史の存在を俺に確信付けたのは、お前のパソコンの内部に強制アクセスしたときの情報。そこから暴いた記録。それは――」
「くひっ、や、止め!」
「邪気眼の三つ目の機能……3Dホログラム起動!」
邪気眼がそう声を発すると彼の左目から空中に向けて光が踊り、次第にしっかりとした形を見せて。
「止めろー!」
「あはぁ……これがお前の言う、証拠だ」
宙には映像が。また、それは音声を伴い。
『ああ、ミキちゃん! ミキちゃんの体操服、すっごくいい匂いだよお!』
『たまらない! うん、次はエリカちゃんだー! ああ、やばい。エリカちゃんって、結構汗っかきなんだね!』
『そして、最後は……クラス一美人のカホちゃん! ああ、これ盗むのには本当に苦労しんだたよー。でも、よかったー、誰にも見つからなくて。う、うう! いい! いい香りだ! 天国だ! ここは楽園だあ!!!』
ぶつん。動画はそこで終わって。
ただその場所には満足げに笑う邪気眼と、何かから身を守るようにうずくまるウキョウの姿が。
「あはぁ……趣味の延長だろうがまずかったなあ? 自分のパソコンに、お楽しみ中の映像を残したのは」
「……」
話しかけられたウキョウはもう何も言わず。当たり前だ。心を守るための最後の手段である事実の改変を、まるで圧倒的に覆されてしまったから。
「あはぁ」
だが、邪気眼はそんな彼に対して。




