第1話
とある休日。暖かな午後。
「なあ、そんなに怒るなよ。また、買ってきてやるから」
「……」
俺はうんざりしながらご機嫌を取っていた。相手は妹のルリ。ジト目が可愛い、無口系美少女である。
「別に、大したことじゃないじゃんか。プリンの一つや二つ」
「……」
今回の喧嘩の発端は冷蔵庫に置いてあったプリンだ。それはご近所の名店「香具夜堂」にて日に五個限定で売られるという、その手のマニアの間では幻の一品。
それを俺は食べた。
「というか名前を書かなかったお前も悪いんだぞ? 帰ってきて、冷蔵庫を開けて、そこに冷えたプリンがあったらそりゃ食っちまうだろうが」
「……死ね」
うぐっ。きつい一撃。
年長者である兄として妹にも過失があることを教えたつもりだったが、ダメージを受けたのはこちらの方だ。
「……い、いや、そうだよな。名前が書いてなかったら食べる前に、他の家族に確認した方が、よ、よかったかもな」
「……」
「……なぁ、悪かったって」
「……」
ルリは体操座りのまま壁に向かい続けている。俺と目も合わせてくれない。かれこれ一時間以上はこの状況が続いていた。
「はぁ……」
これ以上、どんな言葉をかけたとて進展は見込めないだろう。俺は溜息を洩らしつつ、自室へと向かう。
「……」
うしろ手にちらりと見るルリの丸まった背中は、呪いのような感情が舞っていた。
そして時間は過ぎる。
「……ん? ああ、もうこんな時間か」
俺はいつもの間にかベッドで寝ていて、気が付くと時刻は夕方で。寝惚け眼を擦りながらリビングへと向かう。
「あー、腹減ったー」
その頃には、妹とプリンで喧嘩していたことなど俺はすっかり忘れていて。
「今日の晩飯は何かな……って、誰もいないのか?」
薄暗い室内。人の気配はない。
おかしいな。そう思いつつ俺は白熱灯のスイッチに手をかけ、椅子に座る。テーブルの上にはちょうど届きやすい場所にテレビのリモコンが。
「ったく、誰か帰ってきてくれないと飯も食えないじゃんかー」
画面上では芸能人がどうしただの、地域の祭りがにぎわっただの、当たり障りのないニュースが読まれていた。
だが。
「……ん?」
ぴこんぴこん。そんな注意を向けさせるような電子的な音と共に、映像の上部に「緊急速報」の文字が。
「何だ? どっかで地震でもあったかな?」
しかし、それはどこかおかしかった。その言いも知れない違和感に気付く前に、奇妙な文面が流れ出す。
〈私の兄へ。これは日々、嫌がらせを受け続けた妹からの宣戦布告である。お前が心から反省した態度を見せるまで、私はこの戦いを終わらせはしないだろう〉
「……?」
意味不明。洪水警報でもなく、地震速報でもない。
次いで、街角のインタビューを写していたテレビの画面が切り替わり、そこには先ほどまで常に笑顔を振りまいていたキャスターが神妙な顔をして座っていて。
「この放送をご覧になっている国民の皆様。是非、心を落ち着けてお聞きになってください」
突然、妙なことを言いだした。
「これは決して冗談などではありません。私が今からお伝えすることは、紛れもない真実です。ですが……どうか心を落ち着けになって」
緊張で声が震えている。いったいどうしたというのか。そんな疑問を余所に、キャスターは重々しく口を開き。
「世界が……征服されました」
「……は?」
まるで俺の発した疑問符が聞こえたかのように、言葉は繰り返される。
「世界が征服……されたのです」
「なん……だと……?」
俺はとっておきの斬撃が、敵に全く通用しなかった主人公のように驚きを露わにして。
すると、更に補足情報が。
「征服者による声明を読み上げます。『善良なる世界の市民諸君へ。今日このときをもって、世界の主権は私が握ることとなった。よって、諸君らには私の命令に忠実に従う下僕となってもらう。背くものは破滅が待っていると心得よ』……以上です。また、征服者の名前も公開されています。その名は――」
「……」
そして俺は言葉を失った。それは突如眼前に提示された、「世界が征服された」という事実に驚いたからではない。それ以上の衝撃、つまるところ破壊にも似た大きな力が俺の脳をぐちゃぐちゃにかき乱す。
「……は?」
詰まった喉からやっと出てくる戸惑いの声。確かに。確かにキャスターはそのとき告げたのだ。
「その名は――ルリ。征服者はルリと名乗っています」
俺の最愛の妹の名を。
これが俺達二人の。この世界すらをも巻き込んだ壮大な兄妹喧嘩の序曲である。
「なん……だと……?」は、説明不要ですよね(笑)




