第16話
勢いよく通路を抜ける。闇が晴れ、また痛いほどの照明の光が。
そして。
「……くそっ、他にもいやがるのか!」
俺は唾を吐き捨てた。何故なら視界に見えたから。広々とした空間の中央に立つ、ローブ姿の人物が。
「次は私だな」
するとロリコンがずいと俺達の輪から抜ける。
「ロリコン!」
「ここは任せろ。お前達は先に行け」
「……頼む!」
俺達は走った。
また次の部屋では。
「空気が……啼いている……」
「頼んだ、邪気眼!」
邪気眼が。
更に次の部屋では。
「……あ、う」
「すまない!」
コミュ障までも、その身を呈して。
「うおおおおお!」
俺は胸の底から込み上げる熱い感情に報いるため、ただひたすら足を動かした。
「……はぁ……はぁ!」
肺が軋む。胸に鈍い痛みが。足も、自身が岩であるかのようにどんどん重みを増して
しかし、それでも。
「はぁ……う、うおおお!」
絶対に止まらず、ずっと。仲間が俺にくれた時間を、ほんの少したりとも無駄にしないようにずっと。
そして。
「……はぁ……はぁ」
俺の前に、広い空間が広がる。
「……は?」
燦々と降り注ぐ光、砂が舞うフィールド。周囲には数百人は入れそうな観客席も設置されていて。
「何だよ……ここ?」
「野球のグラウンドだよ、見てわかるだろう?」
「……!」
「ま、立体映像で作った偽物だがな」
男がローブを脱ぎ去った。そいつは体にぴたりと張り付くユニフォームを、その輝かしい背番号は4。
「……」
「それじゃあ、さっさとやろうか侵入者」
右腕に持ったバットをずいとこちらへ向けて。
だが。
「お、おい! ちょっと待て! 意味が分からねえ」
状況が呑み込めず、俺はたじろぐ。
「ああ? 何だよ、めんどくせえな。お前、ここに封印されている奴に用があるんだろう?」
「え? いや、そうだけど」
「だったら、いいことを教えてやる。封印場所はこの次のフロアだ」
「な! 本当か!?」
「嘘なんかつかねえよ、めんどくせえ」
「そ、そうか……だったら」
「ああ。だから俺を倒せば、お前達の勝ちだ」
「……」
それはとてつもない光明だった。この先に施設脱出の鍵がある、目の前の中年を突破すればそれを得られる。ならば、置いてきた仲間達を救うためにも――。
「そうか」
――最速で。
「じゃあ……やってやる」
俺は拳を奴に向けて構えた。靴の下でじゃりと、砂が音を立てて。
けれど。
「何やってんだ、お前?」
「……?」
そんな俺を男はやれやれといった表情で小馬鹿にして。
「誰が、喧嘩をするって言ったよ?」
「……は?」
俺はそこでようやく気付く。目の前の男がこちらへ、まるで殺気を向けていないことを。
「今からお前がするのは野球だ」
「や、野球だと?」
「そうだ、ほれ」
男はグローブを投げてきた。俺は反射的にそれを受け取って。
「……」
「ルールは簡単。お前がそこのマウンドからボールを投げる。それを俺が打てなかったらお前の勝ちだ」
「シンプルだな」
「ああ、めんどくせえからな」
こきこきと首を鳴らす音。
「ボールは全部で100球。そこのかごの中に入っている」
「……」
脇を見た。確かにそこにはボールの入ったかごがある。
しかし。
「そいじゃ、めんどくせえからさっさとやろうぜ」
「おい、ちょっと聞いていいか?」
従順に相手の説明を聞くだけだったが。俺はそこでとある疑問、ある意味では意地の悪い質問を男に投げかけたくなって。
「何だよ?」
「お前に勝つ勝たない以前の問題なんだけどよ。俺がその野球に付き合ってやる必要はあるのか?」
俺はグローブをその場に捨て、間を置かず右手をポシェットの中へ。
そう、今は仲間を失うかもしれない緊急事態。手段は選んでいられない。もし力づくでこの状況を突破できるなら、例えそれが卑劣と罵られようと、俺は。
しかし。
「必要ならあるよお?」
男は嘲笑うかのように語調を間延びさせて。低いだみ声がとても不快だ。
「は?」
「最深部への扉は電子ロックされている。そして、そのシリアルナンバーを知っているのは俺だけだ。もちろん暴力で俺は口を割らない」
「……なるほどな」
目を細めて俺は部屋の奥を確認する。そこには俺の売れ残り股間砲でも破壊できなさそうな頑丈な扉が。
「それにお前には俺と真正面から戦う理由がある。戦って、俺に吠え面をかかさなきゃならない理由がな」
「……理由?」
「そうだ、お前は俺のことを恨んでいるはずだからな」
「……」
男が奇妙なことを言いだした。
無論、目の前の中年と俺は断じて知り合いなどではなく。
「言っている意味がよく……」
「お前、一般の職員じゃなく、どうして俺達がここの門番やっているか分かるか?」
「……?」
そういえば男はスーツを着ていない。それに最初にあった奴のあの殺気、あれは今まで目にしてきた月並みの職員達が放てるものではなくて。
男の話を続く。
「俺達が嫌われ者の天敵だからだよ。万が一普通の職員じゃ止められないレベルの奴が侵入してきても俺達なら止められる。俺達なら――」
そこでにたりと嫌な笑みを浮かべながら。
「打倒できる」
「……」
その鼻につく態度は。思えば、こいつは最初から俺を馬鹿にしたような目で見ていて。
「……」
俺は。否、嫌われ者は確かにこの目を覚えている。この目に幾度も、幾度も見下されて。
「……お前は」
知っている、俺達はこの目を。侮蔑するような、侮辱するような。こんな目をする奴は。
「いや、お前らは……」
「ああ。俺達は小、中、高、大と学校生活の全てを通してスポーツ万能。クラスでも常に人気者で、異性にも特に苦労することもなくモテて。更にはあらゆる試験を勉強もせず、持ち前の運動能力だけでパスしてきた存在。どんなに嫌われ者が強く憧れの視線を向けても、隣にすら立てない存在。そう、俺達は――」
そして男は告げた。
「スポーツ特待生だ!」
やっぱりスポーツが得意だと、クラスでも高い位置にいますよね(笑)




