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壊れて行く。
田圃も畑も、枯れ果ててしまった。
麦は、収穫の時を迎えていたのに。うちが、畑に出るのを嫌がったから。
爺ちゃんのこと、離さなかったから。
「ワシだけでは守れない」って、どういう意味だったのだろう。
今となっては、解らない。
何故、こんなことになってしまったのか。もう解らない。
崩壊した、世界。それをうちは見た。
もう、誰も居ない。うちも、居なくなるのだろう。
不意に、闇の中に光が宿った。
「爺ちゃん?」
光の中から、手が差し伸べられる。
「迎えに来た――なつ」
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「おはよう、奈美ちゃん」
目を覚ました時、傍にいたのは幸枝さんだった。
いつの間に、眠ってしまったのだろう。やだ、線香の番をしていた筈なんだけど?
いや、それよりも。
なんだか、恐ろしい事があったような気がする。それに、とても寂しかった気もする。
「あのね、奈美ちゃん」
幸枝さんの声は、どこか辛そうで。
「落ち着いて、聞いてね」
ぽろりと、その目から涙が零れ落ちる。
それで、解ってしまった。
「母が、亡くなったんですね」
旅にでてから、ずっと身近に感じていた。
いつからか、心が病んでしまった、母。
そう。毎日のように、自分が小さな頃の話をしてくれていた。
古くて、どこか怖い実家の話を。
この葬儀に連れて来たかったのだけど、「うちに帰るのだけは嫌だ」とごねる母を連れて来るのは、どうしても無理だった。
「幸枝さん、私の事をずっと『なっちゃん』って呼んでいましたよね。それって、母の事だったんでしょう?」
母の名は、奈津子。
私の名前は、母が付けた。自分の名前から一文字をとって。
親戚の伯母さんたちが時々、母の事を「なっちゃん」って呼んでいた。
「行方不明の女の子って、母の事だったんですか? 幸枝さんと母は、本当はどういう関係なんですか?」
困ったように、幸枝さんは私を見ている。
そして、「おいで」と、手を差し出した。
例の、開かずの間。そう、ここで私はかつて怖いものを見た。
どんな、おどろおどろしいものがあるのかと、緊張していたけれど、そこには何もない。
東側にある部屋は、窓から差し込む朝日で、電灯など必要ないほど明るくて。机と、本棚。女の子の好きそうな、小物。
「ここが、なっちゃんと私が一緒に遊んだ、部屋。昔は、納屋だったんだよ」
「昔ってどれぐらい昔ですか?」
「私となっちゃんが、中学生ぐらいの頃。高校を卒業してすぐに、私は嫁に行ってね。で、失敗した。五年経っても、子供が出来なかったせいかな。主人が浮気をして。気位ばかり高かった私は、耐えられなかった」
「解りますよ。うちの母も、父に捨てられましたから」
父親が私の前から姿を消したのは、小学校二年生の時だったと思う。
「なっちゃんは、裁判まで起こしちゃったからね。示談金目当てに裁判をしたって、このあたりでも言われていた。辛かったと思う」
辛かったのだろう。だから、母は心を患わせた。
私の事も、時々忘れて。暴れたから、入院させた。
そこまで考えてから、死に目に会えなかったのだと、やっと後悔する。
「奈美ちゃんは、箱庭ゲームって、知ってるかな? 知っているよね?」
幸枝さんに聞かれて、首をかしげた。
「箱庭ゲーム?」
お恥ずかしながら、知らない。
「ほら、有名な所ではシムシティ……ちょっと古いかなぁ」
「ああ、育成系のゲームですね」
それなら、知っている。自分で好きなように街を創るゲーム。もっとも、その手のゲームに手を出した事はないけれど。
「私たちが、この町に戻って来た時に流行していたのが『わくわく! 農場生活』っていうゲームだったの。それを、二人でやっていた。奈津子は主人公に、『なっちゃん』っていう名前をつけていた。失敗した自分の人生を、ゲームでやり直していたの。二人とも。そうして、やっぱり失敗した」
古ぼけたゲームソフトを握りしめ、幸枝さんは、懐かしそうに目を閉じる。
「私は、酪農に失敗して。残金がゼロになった時点で主人公が破産宣告、次の農場を経営することを選んだのだけど、奈津子は、違ったの。多分、あの時から、奈津子はおかしくなっていたのだと思う。ゲームの中ですら、自分の思い通りに行かない」
行方不明の、女の子。
どこかに行ってしまった、母親の魂。
そう。小さな頃、ここで私はその女の子に会った。ギラギラとした目で、私たちを睨みつけていた。それが怖くて、逃げ出したのだ。
小さな情景。
母の心の中にずっとあった、作ろうとしていた、小さな、幸せな世界。ミニスケープ。
母の魂は、ずっとこの家にあったのだと。
「『わくわく、都市生活』、今日発売だよね」
「うん。でも前作で全ロストしているから、プレイする気になれないんだ」
「予約までしたのに?」
「そうだなぁ。ちょっとぐらいは、試してみるか」
……
これで、完結かい。
自分で、つっこみます。
これで、完結です。犯罪が出てこない、ミステリアスな作品に仕上がっていると思います。
読んでいただき、ありがとうございました。
この物語は、第2回犯罪が出てこないミステリー大賞の為に書き下ろされた作品であり、企画が終わってから、少し(だと思いたい)手直ししたいぐらい、余裕がなかった物語です。
2014.4.24 我慢できなかったので、少し手直し致しました。
企画サイトは、こちら。http://nekocorone.web.fc2.com/2index.html