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小さな情景  作者: 桂まゆ
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 麦畑に、夕日が落ちる。

 収穫の時を迎え、麦が金色に輝くのを見るのが、大好きだった。

 麦秋って、いう。春の、この時期にしか見られない、とてもきれいな景色。



 いまどき、二毛作をしてる農家は少ないって。

 麦を育てることが、そもそもナンセンスなんだって。

 安い麦がいくらでも輸入されて来るのだから、国産の麦にこだわって栽培するのは、たいてい契約農家のみ。

 家が今でも麦を生産しているのは、昔からずっとそうしているからだって、そう言うのは爺ちゃんで。

 代々、ずっとそうしていた。だから、自分の眼の黒いうちは、変える事は許さないんだって。

 だから、父ちゃんも母ちゃんも当たり前のように一年中、働いているのだ。

 うちだって、お手伝いは、当たり前だと思っている。でも、うちは子供だから、たいして役に立たない。

 仕事らしい仕事といえばお姉ちゃんたちのお手伝い。後は、野良仕事から帰ってきた父ちゃんや母ちゃん、爺ちゃんの肩をもむことぐらいだ。

 それでも、みんな喜んでくれる。お前は良い子だ、良い子だって。

 だから、うちは家族の事が大好きだった。


 当たり前の事だと思っていた。そんな毎日が、続くのが。

 父ちゃんも母ちゃんも、いつも疲れた疲れたと言いながら、家の中では笑っていた。

 爺ちゃんも、兄ちゃんや姉ちゃんも、笑っていた。

 たくさんの家族に囲まれて、一日一日が過ぎて行く。そんな、毎日が続くのは、当たり前だと思っていた。



 一番上の兄ちゃんが、畑に出たまま帰って来なかった。

 何日経っても、帰って来なかったから、好きなおなごが出来たのだとか、この村に愛想をつかしたのだか。そんな噂がたって。だから、父ちゃんと母ちゃんが探しに行った。

 そして、二人とも帰って来なかった。

 姉ちゃんたちが、探しに行くと言い出したから、うちは止めた。

 「行かないで」って止めたのに、「大丈夫だ」と、姉ちゃんは言った。「必ず、兄ちゃんと父ちゃんと母ちゃんを見つけて、戻って来るから」って。

 うちが「行かないで」って泣いてすがったら、姉ちゃんに怖い顔で突き飛ばされた。

 あの優しい姉ちゃんが、鬼のような顔で怒鳴ったのだ。「そんな事を言って、父ちゃんたちがどこかで困っていたら、どうするんだ」って。「お前は、自分勝手だ」って。

 うちは、泣いて、泣いて。

 父ちゃんたちが、どこかで迷子になってしまっているなんて、考えてもみなかった。ただ、姉ちゃんたちまで帰って来なかったら。それが、怖かった。


 姉ちゃんたちは、やっぱり帰って来なかった。家に居るのは、もう、うちと爺ちゃんだけ。だから、うちは小さな子どものように、ずっと爺ちゃんの服の裾を握っていた。

 爺ちゃんが畑に出るのさえ、許さなかった。

 怖かった。ひとりになるのが、怖かった。

 表に出ると、うちも何かに攫われてしまうのかも知れないと思うと、怖くて怖くて。

 爺ちゃんの服の裾を握りしめて、ずっと家の中に閉じこもるようになっていた。



 爺ちゃんは、いつも「仕方ねぇな」って言っていた。お便所にまでついて来るうちを、「仕方ねぇ」と、優しく撫でてくれた。

 寝る時ですら、爺ちゃんの服の裾を離さないうちに、布団をかけてくれた。すると、少しだけ安心することが出来るのだ。

 安心すると、ゆるやかに眠りが近づいて来る。

 その時だった。


「ワシだけでは、守れんな」


 ぽつりと、爺ちゃんが呟いた。

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