紅勾姫
ノベルジムにて掲載。
昔々、賽の国に非常に美しい姫様が居ったそうな。
その姫様は大変な人嫌いであった上に、賢者や宰相でも分からないことを考えておるとても賢い姫様であった。
姫様は名を「紅匂姫」と言い、紅色の髪に、燃えるような炯眼をしたお方じゃった。
幼少の頃からとても可愛らしかった姫は、年頃になると、多くの身分の高い者が求婚するようになった。
年頃の姫様は増々美しく育っておったが、それに比して更に人嫌いが進んでおったので、自分の屋敷に引きこもり、全く外に出ないようになっておった。
時たま思い出したかのように求婚者に会うと、無理難題を相手に課し、相手が答えに窮するとにべもなく追い払いよった。
或る時、ついに困った姫様の父君と母君が国内に御触れを出したのじゃ。
「紅匂姫を屋敷から出すことが出来たものを姫と結婚させ、次の王とする」
その御触れに全国の老若男女がこぞって姫様のお屋敷にやってきおった。
姫様は最初は人が多く来ることをたいそう嫌がっておったが、そのうちに、自分を屋敷の外に出せる者など居まいとタカを括るようになり、意地でも屋敷から出ないようにした。
姫様の屋敷の中庭には米を作る田や野菜を作る畑がつくられ、姫様は毎日田畑を耕し、疲れた時は休みながら異国の書物を読み漁るという生活をしながら、時には訪問者を追い払ったり、屋敷に備え付けた絡繰りを用いて人を遠ざけたりして随分と楽しく生活をしておった。
姫様は賢くもあったが、同時に好奇心の強い方でもあった。
自分が引きこもるようになってからの世界をみたいと思ってはいたものの、人嫌いの上にそんな御触れを出されたので、外に出る気が失せてしまったのじゃった。
御触れが出されてから一か月。
連日人がやってきて屋敷に挑むも、誰も屋敷を攻略することが出来ず、皆途方に暮れておった。
そんな折に、旅人が賽の国を通りがかり、その御触れを目にしたのだった。
その旅人はたいそう美しい姿をしており、人当たりは良かったが、心の中では人間を嫌っておった。
旅人は姫様の人となりについての話を聞くと、興味を持ったらしく、姫君の父君と母君の所に行き、ある相談をしたのじゃった。
* * * * * *
旅人が賽の国にやってきて以来、姫様の屋敷には誰も来なくなった。
今まで騒がしかった外が急に静かになったのを不思議に思った姫様は、真夜中にこっそり外に出ようと思い、昼間の間に十分に休息を取ることにした。
いざ真夜中にこっそりと屋敷の裏口から出てみると、昼夜姫様の屋敷にやってきていた人々が影も形も見えなくなっておる。
それはまたどうしたことかと姫様が首をひねっていると、
「こんばんは」
頭上から声が聞こえてきた。
姫様がはっとして振り仰ぐと、満月を背にして誰かが屋敷の屋根の上に立っておるではないか。
「何者じゃ!?」
姫様が鋭く誰何の声を上げたんじゃが、
「旅の者です。こちらのお屋敷、全く人が出てこなかったので、興味を持ちまして」
旅人は音もなく姫様の隣に降り立つと、驚くばかりの姫様の両手を握りしめたのじゃ。
「何をして・・・・・・」
姫様は人嫌いの性分から旅人の手を振りほどこうとしたのじゃったが、びくともせん。
そうこうするうちに、旅人が姫様を抱きかかえて、また先ほどのように飛び上がると、月が美しく見える屋根の上に降り立ったのじゃった。
「離さぬか!」
姫様が大声を出すと、
「・・・良いんですか?御触れでは、あなたを屋敷の外に出した者は、あなたを妻にできるとあったのですが」
と旅人が姫様に小声でこっそりと伝えよるので、姫様は人嫌いを我慢して旅人に大人しく従ったのじゃ。
大人しくなった姫様は、
「・・・・・・お主も、あの御触れを見たのか?」
そう旅人に問うたのじゃ。
旅人は素直に頷いた。
「そんなに王の地位が皆欲しいのか、そんなに私を妻にしたいのか!」
人嫌いの姫様には、ただそれだけの理由から人が挙ってやって来るのがわからなかったのじゃ。
旅人は首を横に振った。
「・・・・・・実は、私も人が嫌いなのですよ」
その言葉に姫様はびっくり仰天。
まさか、自分以外にも人嫌いの人間が居ると思っていなかったのじゃ。
「ですから、人嫌いだと聞いていたあなたと気が合うかもしれないと思ったのです」
姫様は驚くばかりで、声も出ません。
その時、姫様の父君と母君が姫様と旅人を見つけ、御触れの通り結婚することになった。
その後、旅人と姫様は沢山話をした。旅人が人間が嫌いだから旅に出ていたということを知った姫様は、自分も旅に出たくなったのじゃ。
姫様と旅人は祝言をあげ、旅人は晴れて賽の国の王となったのじゃ。
ただ、旅行にばかり出かける夫婦じゃったので、周りからは「旅王」と呼ばれていたがの。
* * * * * *
「へ〜。それがおばあちゃんとおじいちゃんの馴れ初めなんだね〜」
話を聞き終えた子供が拍手をする。
子供の向かいに座っていたのは、髪は所々白くなりつつあるものの、まだ紅く、眼は変わることなく紅い老女だった。