藤堂紫と後輩
姓は藤堂、名は紫。
何をしてもその凛とした雰囲気が損なわれることは無く、また何をしても優秀な彼女には、少し困った後輩が居る。
「せんぱ~い!藤堂せんぱ~い!!」
紫が振り向くと、100mほど向こうから、手を大きく振りながらやってくる男子学生が居た。
「・・・斎畝か」
紫が立ち止まると、ものの数十秒で彼はやってきた。
どうやら全力で走ってきたらしい、紫のところにやってくると、肩で息をしていた。
・・・この男子学生こそが、紫の「困った後輩」なのである。
「先輩、今からお昼っすか?」
なら、一緒に食べましょうよ~
そう言いながら、斎畝と紫に呼ばれた学生が紫の腕を取る。
斎畝時哉――――――それがこの男子学生のフルネームだ。
紫と時哉は同じ高校で同じ部活に入っており、今同じ大学の同じ学部に所属している。
「まあ、今から昼ご飯を食べようとは思っていたんだけど、時哉が来て気が変わったよ」
紫の背を冷や汗がタラリ。最初に時哉を大学の構内で見かけた時と同じ汗がタラリ。
「え!?どうしてですか?」
時哉の声が響く。
何事かと周囲に居た学生が振り返る。
「いや、ちょっと急用を思い出したというか・・・」
あはは、と乾いた笑いを返す紫。
・・・この一見美男子で成績優秀な紫の後輩:斎畝時哉が紫にとって「困った後輩」である理由。
それは、
「・・・もしかして田口先輩のところに行くんですか?それとも水無瀬教授?いやまさか北條先輩のところですか?」
・・・紫が他の男性と関わろうとすると、何故かやたら絡んできて、やたら妨害しようとするのだ。
紫は慌てて首を横に振る。(紫の友人たちは「紫をあれだけ慌てさせることが出来るのは時哉君しかいない」と言っている)
「いや、ちょっと図書館に予約した資料を受け取りに行くだけなんだけど・・・」
理由を話すと、明らかに安堵の表情を浮かべる後輩。
「それなら、ご一緒しますよ!」
・・・この時、紫はまだ面倒ごとに巻き込まれることになろうとは知る由もない。
* * * * * *
紫が時哉と一緒に歩いて図書館に向かうと、道行く学生が皆振り返る。
それもそのはず、美男美女が揃って歩いているのだ、誰が見ても絵になる風景になるのである。
・・・勿論、紫はそんな様子を気にも留めていなかった。
図書館に着くと、館内はお昼時ということもあって、閑散としていたが、司書は一人いた。
紫がその司書の人に話しかけ、予約していた書籍を受け取っている最中、時哉は新着図書を興味なさげに手に取っていた。
手続きを完了させた紫が時哉の方へと向かおうとすると、
「斎畝君だ!」
「今ヒマ?」
時哉が数人の女子生徒に囲まれているのである。
そういえば、と紫は思い返してみる。
時哉は高校生の頃から女子にモテる奴だったな、と。
そのまま女子に囲まれて、やたら自分にくっついてくるあの困った癖が無くなればいいのだが、などと考えながら紫は借りた本をパラパラと捲る。
そろそろお腹もいい感じに空いてきたし、お昼ご飯を食べたいが、紫は律儀な性格だったため、自分につきあって図書館までついてきた時哉に何の断りを入れることもなく立ち去るのは気が引けた。
しかし。女子学生達が時哉の周囲から退かないので、断りを入れるにも入れ辛くなっている。
どうしたものか、と考えていると、
「ああ、藤堂さん。久しぶり」
そんな声とともに後ろから肩を叩かれた。
振り向くと、長身の男性が立っていた。
「・・・神上君」
神上と呼ばれた男性はにっこりと微笑む。
この神上霧人という男性は紫と同じ学部・学科に所属する人物である。
「・・・藤堂さんは、ニーチェか。・・・次の発表が楽しみだね」
紫が持っていた本に目を落とした霧人が、呟く。
「・・・神上君は、何を?」
紫が、次のワークショップでの霧人の題材を先ほどの霧人同様尋ねる。
「俺はデカルトかな。・・・藤堂さん」
ん?と紫が霧人の方を向く。
「お昼まだなら、一緒にーーーーーー
「先輩っ!!」
紫が驚いて振り返ると、肩で息をした時哉がいた。
「・・・時哉じゃないか」
一緒にいた他の女子学生はどうした、と紫が訊くと、
「それよりも先輩といた方が俺は楽しいですから!」
と、時哉は紫の腕を掴みながら言う。
「そ、そうか・・・」
若干退く紫。
はっとして振り返ると、霧人が微妙な笑みを浮かべて先程のやりとりを見ていた。
「ええと、昼ご飯はまだ食べてない」
紫のその返事に、
「じゃ、一緒に食べよっか。そこの後輩君も含めて」
霧人の提案に、一瞬時哉が不機嫌そうな顔をしたが、何も言わずについて来た。
* * * * * *
食事中。
紫は霧人と時哉に挟まれて二人の話を聞いたり、自分のことを話したりしていたが、どうにも時哉と霧人との間に火花が散っているようにしか見えなかった。
『この二人、そんなに仲悪かったっけ?』
脳内で首を傾げつつ、二人の様子を見る紫。
時哉の困った癖がまた出てしまったので、三人での食事はやはり駄目だったか、と考えた紫であった。