薄紫伝
「・・・・・・よって、椎堂霸を国外追放の刑に処する!!」
だだっ広い法廷で、護法官と言う名の賄賂と奴隷でどうにでもなる奴らによる判決が下された。
罪状はまともに聞いていない。
刑吏に引っ立てられて法廷を出て、仮監獄へと護送される。
道中集まった民衆の中に、幼馴染を見たような気がした。
* * * * * *
「な・・・どうして椎堂様が!!」
御影月が声を上げたのは裁判が始まる一週間前だった。
秘密裏に万廷に潜り込ませていた間者からの報告だった。
月と霸は所謂幼馴染というやつである。
霸の方が二歳ほど年上であったが、椎堂家と御影家が隣り合っていたために、必然的に親交があったのだ。
月は霸に憧れていた。
煌術(空間に影響を及ぼす技)や学問、武術のどれをとっても非の打ちどころがないうえに、誰にでも優しく、また自分に厳しいところに憧れていたのだ。
『・・・いや・・・憧れていたというよりは、恋情だったんだろうな・・・』
月と霸は高等煌術学院の途中まで一緒に居たが、年齢が違うため先に霸が政の中心地:万廷に進んでしまった。
月は高等煌術学院を出た後、煌術研究所に入ろうとしていたので、霸の逮捕、投獄はまさに青天の霹靂、だった。
月は実家から万廷まで馬を駆った。
* * * * * *
万廷正門。
月は中の官吏に事実確認を行おうとしたが、にべもなく断られた。
「・・・御影家の令嬢とはいえ、今回ばかりは許可を出すことは出来ません」
一週間後の裁判をお待ちください
何処までも秘密主義な万廷の言葉に、月は引き下がることしかできなかった。
* * * * * *
独房である石牢にて。
俺は何度か煌術を使用して脱出を試みたが、どうやら石牢の壁は「封印石」で出来ているらしく、全く煌術が効かなかった。
天井に空いた窓からは月が見えている。
「・・・月、か・・・もうしばらく見ていない気がするな」
最近は拷問やら尋問やらで、こうやって空を見るのも久しぶりな気がする。
もっともさっきの独白には、別の意味の「月」も含まれているが。
ことの発端は、「奴」だった。
* * * * * *
「御影月を監禁する」
真夜中に梨園で聞いたこの言葉。
その場にいたのは若い三人の男だった。
一人は高等煌術学院の後輩だったか。
「・・・月は・・・どれほど俺が光物を送ろうと、食事に誘おうと・・・全く見向きもしないんだ!!」
真夜中で、誰も聞いていないと思っているのか、男の一人が叫ぶ。
「挙句、「私には不相応なものですから」って断るんだよ!!」
他の男たちは月の別のものを狙っているらしい。
「監禁すれば御影家に圧力をかけて銀をふんだくれるな」
「いや、あの子の持つ煌術の力を研究に用いたい」
盗賊の長に、研究員といったところか。
冷静に首謀者たちを分析する一方で、
『手前らが月の名を呼ぶな下衆が』
と怒りに暴れ狂いそうなほどの激情も沸々と湧き起っていた。
取り敢えずその場を離れ、先程掴んだ特徴に当てはまりそうな者を選び出し、信頼のおける部下に動向を追わせていた。
それなのに。
* * * * * *
「な・・・・・・国外追放の刑・・・・・・・・・?」
下された判決に、月は愕然とした。
一体霸は何をやらかしたのか。
それとも濡れ衣を着せられたか。
刑吏に鎖で繋がれた霸を観ようと民衆が立ちあがる。
彼らの隙間から見えた霸と、一瞬だが目が合った気がした。
* * * * * *
指名手配中の盗賊と、違法研究に従事する研究員、そして高等煌術学院の後輩であるどこぞの御曹司。
彼らを探し出すのは容易であり、また御影家当主:御影星に連絡を入れるのも怠らなかった。
奴らの根城を暴き、計画を実行に移そうとした時を見計らって捕縛。
それで一見落着、のはずだったのに。
皇帝一族の姻戚が横槍を入れてきた。
* * * * * * *
「・・・何とかして霸に会う方法はないものか・・・・・・」
国都の市場街をうろつく。
そうでもしていないと、月は不安でならなかった。
「ゆ~え~」
頭上から降ってくる声。
月が振り仰ぐと、突然人が降ってきた。
「・・・っ!!」
その人物は月の隣に難なく着地すると、へらり、と笑った。
「・・・仙堂か」
仙境式は、月の同期であり、煌術、学問、武術のどれをとっても良くできる「天才」と呼ばれる男性だった。
煌術に関しては月も負けてはいなかったので、学院の試では月と式二人で同率首位となることも多かった。
・・・もっとも、式は「天才」と呼ばれる割に言動に変わった点が多く見られたため、「道化」と呼ばれることの方が多かったが。
「月浮かない顔してますね~。何かありました?」
心配そうな顔をする式に、月は事情を掻い摘んで話した。
「・・・・・・成程成程・・・。要するに、月はその霸という方の無実を証明したい訳ですね?で、そのために本人に会いたいと・・・」
「何とか出来ないかな?」
露店通りを歩きながら、片っ端から美味しそうな食べ物を購入し、口に放り込んでいく式の方を見上げる月。
「方法ならあるにはあるんですが・・・」
少し顔を赤くして月から顔をそらす式。
「あるのっ!?」
急に月がだした声に驚いた通行人が振り向く。
少し気恥ずかしい思いをしながら月は式の言葉を待った。
「・・・ちょっとそこの茶店に入りましょうか」
* * * * * *
首謀者の一人にして高等煌術学院の後輩。
奴の実家が皇帝一族の姻戚だったのだ。
流石の御影家も皇帝一族の姻戚には逆らえない。
星さんは俺に頭を下げた。
「・・・娘の命を救おうとしてくれた君を庇うことが出来なくて申し訳ない」
と。
首謀者のうち二人は逮捕されたが、俺が一番許せない奴は大手を振って無罪放免となりやがった。
* * * * * *
茶店「雪洞」。
月と式はそこの奥まった席を取っていた。
「で?方法と言うのは?」
逸る月を宥め、式が口を開いた。
「・・・実は俺の知り合いに牢獄の管理を任されている方が居まして。その人と先日会ったのですが、どうやらその・・・椎堂さん、のような方の場合、隔離牢獄に入れられるのだとか」
で、隔離牢獄は少し管理が甘いらしいんですよ
そう言いながら、式が茶をのむ。
「まあ、隔離されているので巡回は面倒くさいようですし、少し他の牢獄よりもかけられている煌術が難解なものとなっているらしいんです」
式の説明に、頷く月。
「また、隔離牢獄だけ地上にあるのも狙いやすいですね。一応警備はされているらしいんですが、ほとんど遠隔操作のようです」
まあ、俺たち二人で破れば問題ないレベルですね。
そう聞き捨てならないことをサラッと言ってのけた式であった。
* * * * * *
俺はどうしても奴を野放しにしておくことは出来なかった。
奴は確実にまた月を狙ってくるだろうから。
監査院所属の立場を利用し、奴を見張らせることにした。
皇帝に連なる一族だろうと、一介の庶民だろうと関係ない。
月に害なす奴は、俺が葬る。
* * * * * *
裁判当日の深夜。
月と式は身軽な服装をして万廷北東にある監獄群の裏手に居た。
二人は取り敢えず幻覚を伴った夢を見させる煌術「幻夢」を門番に使用し、鍵を奪う。
式は知り合いの管理人から得たらしい監獄の間取り図を手に持っていた。
「んじゃ、ま~ちゃっちゃと終わらせますか!」
そう言った式は両手に短刀を、月は静かに打棒を構えた。
* * * * * *
隔離監獄までの道筋は、これなら巡回も面倒になるものだ、と頷けるほど複雑極まりないものだった。
式も月も夜目が効く方だったので、あまり苦労はしていなかったが。
「聖帝も何を考えてこんな物作ったのか・・・」
賽の国は代々聖帝の血族によって治められており、始祖である聖帝はもともと建築家だったと古文書には記されている。
「・・・さあ?・・・それよりも月。すこしお聞きしたいことがありまして」
灯りも点けずに前を向いて歩く式から月に問いが投げかけられる。
「・・・何?」
「その椎堂さん・・・と月の関係はどういったものなんでしょう?」
式からそんなことを聞かれるとは露ほども思っていなかったので少し、いやかなり驚く月。
「・・・いえ、普段何事にも動じない月が昼間かなり深刻そうな顔をしていたものですから・・・」
すこし茶化したように質問の理由を言う式。
「・・・二歳年上の、幼馴染だ。・・・万廷の監査院主査をやっている」
「へえ」
「努力家で、誰に対しても優しく接する人だ。・・・実の兄のように慕っている」
「成程」
『誰に対しても優しく接する・・・ですか。・・・それはちょっと違うと思いますけどね~』
式は胸中で呟く。
「さあ、ここから地上にでれば隔離監獄はもうすぐですよ」
* * * * * *
実は式は霸を知っていた。
高等煌術学院は4年一貫教育を行っており、式が「道化」で有名であったころ、霸もまた、「天才」として有名であったのである。
霸は孤高であった。
怜悧であった。
冷徹でさえあった。
そんな霸が唯一、月の前では春の野のように雪解けを起こしていたことも式は知っていた。
そして、
同期の男が月に話しかけていたあと、数時間後には意識を失った状態で発見されていたことも、その犯人が霸であることも知っていた。
『・・・今回の国外追放も・・・案外それが理由かもしれませんね・・・』
聖帝に連なる一族の持つ権力はこの国では絶大である。
姻戚関係にある楓雅家は国一番の財力を有している。
霸が彼らのどちらかに手を出したのではないか、と式は考えていた。
* * * * * *
三週間前、ついに奴が動いた。
深夜に月を呼び出し、万廷の中でも人気の少ない南西地区に向かっているとの情報だった。
果たして南西地区には二人は居た。
それも、奴が月の首を絞めているところだった。
俺は部下の制止を振り払って奴を月から引きはがした。
* * * * * *
地上に出た月と式を満月が煌煌と照らす。
「・・・これだけ明るいと目立ちそうですね・・・」
そう言うと、式は天候を操る煌術「叢雲」を使用し、少し月に翳りを齎した。
『・・・こんな夜更けに出歩いたのは、三週間ぶりだな・・・』
月はそんなことを考えながら、隔離監獄までの道を歩く。
「父様や母様は心配していないだろうか・・・」
何せ、三週間前にでかけた時は同期の人間に首を絞められるという事態に陥ったのである。
月も今日出歩くのが怖くなかったわけではないが、霸の刑の執行は明日に正午。
それまでに会わない訳にはいかなかった。
* * * * * *
「・・・しかし、妙に静かだな」
隔離された監獄の中で、一人呟く。
いつもはこれくらいの時間になると監獄正門から門番が巡回に来る。正門からの方が地下を通るよりもこの場所に来やすいからである。
隔離された監獄だからか、それとも元監査院主査だったからか、俺の両手足は自由だ。
俺は門番が来ないことは特に気にせず、監獄暮らしで体が鈍らないように、といつもの如く訓練を始めた。
* * * * * *
「ここが、隔離監獄です」
式が鷹揚に示して見せたのは、窓の無い四角い箱だった。
「・・・壁に使われているのは・・・封印石か」
月が壁の表面をなぞる。
「ええ。このままでは我々も突破できないどころか、破壊してしまうとお尋ね者になってしまいますので、取り敢えず上に登ってみましょう」
そう言うと、式は煌術「浮雲」を使って四角い箱の上部に登り始めた。
月もそれに倣うことにした。
箱の上部は、案の定封印石だったが、一か所、格子が嵌められた窓だけは普通の金属であった。
「やはり、大当たりです。これくらいの金属ならば、破っても後で「時巻」でもとに戻せますので。さ、月からどうぞ」
月は煌術「水刃」で格子を切り、中に飛び込んだ。
* * * * * *
「・・・?」
ふと上を見上げると、暗くなっている。
『雲でも出てきたか?』
そう思ってみていると、いきなり「水刃」の刃が格子の四方を切り取った。
そこから降ってきたのは――――――――――――――――――――
* * * * * *
案外高さがあったようで、月はそのまま落下していた。
「落ちるっ!!」
咄嗟に打棒を離し、受け身を取ろうとすると、誰かに抱きとめられた。
「え・・・あ・・・」
訳が分からなくなってしどろもどろになっている月。
「月っ!!」
名前を呼ばれて気づいた。
「あ・・・霸・・・」
三週間ぶりに会った幼馴染は少しやつれているように見えた。
背後で軽い音がしたことから、月は式が降りてきたのだと頭の片隅で考えていた。
霸の眼の下には隈が出来ており、漆黒の髪はボサボサになっている。
理不尽な理由で投獄されてからの三週間、きっと休まる時が無かったのだろうな、と思うと同時に、月は申し訳なくなった。
* * * * * *
降ってきた人物は、月だった。
何故月が此処に。
そう思いはしたが、彼女が俺の背丈の二倍以上はある高さを落下してきたので、咄嗟に受け止める。
最初彼女は現状を分かっていなかったようだが、俺に名前を呼ばれて気が付いたようだった。
その数瞬の後、軽い音がする。
見ると、両手に短剣を持った男が一人。
* * * * * *
「・・・そんなに警戒しないで下さいよ~椎堂先輩~。これは護身用で、俺は彼女の護衛ですから~」
あからさまに敵意を剥き出しにして自分を見る霸に対して、満面の笑みで以て迎え撃つ式。
「・・・本当なのか、月」
「・・・うん」
『ああ、こりゃ重傷だわ』
月に対してと、自分に対してとで温度差がありまくる対応をする霸をみて、今回なぜ彼が捕まったのかを式は確信した。
「・・・仙境さんだよ」
月の簡単な紹介に、長い手足を優雅に折りたたんで礼をする式。
「・・・月を連れてきてくださって感謝する」
怜悧な双眸が式を見遣る。
「いえいえ。とんでもない。同期の方が困っていたら助けるのが同期ですから」
それに、俺には「本命」の目的がありますので。
そう言って、式は両手に持っていた短剣を霸に投げて渡した。
* * * * * *
投げられた短剣を片手で受け取る。
「・・・なんの、つもりだ」
月の同期とかいう式を睨み上げる。
「・・・貴方は、聖帝に連なる一族か、楓雅家に手を出したでしょう?」
「ああ」
腕の中の月が心配そうに俺を見上げてくる。
・・・心配するな。そう目で言って、月の薄紫色の髪を撫でてやる。
「そうでないとあんな理不尽な裁判の挙句、国外追放にはなりませんからね」
目の前にいる男。高等煌術学院では「道化」と呼ばれていたか。
「・・・で、どうせ国外追放されたところで、野犬の群れか山賊、運が悪ければ山岳熊とか満月狼に出くわしてそのまま死亡・・・ってことになるはずです」
この城壁の外は中々に逞しいですからね、と茶化すようにいう式という男。
「いくら貴方が煌術の使い手であったとしても、皇帝一族や楓雅家の息がかかっている奴らが刑を執行するならば、確実に封印石を纏わされるはずです、外では生きられません」
・・・式の話が全く読めない。
「ってなわけで、それ、お貸しします。叛逆の狼煙を上げるために役立ててください」
・・・式は何がしたい。
「貸しってことは・・・いつか借りを返さねばならないということだろう。この短剣で支払うべきは何だ?」
式は全く変わらぬ笑みを浮かべたまま、
「皇帝の首」
そう言ってのけた。
「・・・この国で真っ当に勤めていたとしても、いずれ貴方はそうする予定だったでしょう?それが少し早まったようなものです」
「ちなみに利子は・・・・・・月の護衛、でどうでしょう?」
「なっ・・・式!!私は護衛などなくても・・・」
月が抗議の声を上げる。
護衛・・・と見せた俺に対する人質、なんだろうな。
「それは利子でもなんでもないだろう。大体利子は俺が払うものであってお前が労力を払ってどうする。護衛なら護衛も貸しだ。その分は楓雅家の全滅。でどうだ?」
「・・・まあ、それで手を打ちましょうか」
これで、交渉成立、ですね。
式が近づき、俺に握手を求める。
「そのまま逃げないで下さいよ?・・・勿論、逃げられませんけどね」
「道化」の通り名そのまんまに、食えない笑みを浮かべる式。
「・・・すぐに返しに来てやるさ」
月の前では決して見せない獰猛な笑みでもって返す。
『・・・そうですね、それが賢明です』
式が急に煌術「呼掛」で俺に話しかけてきた。これは俺にしか今の式の声が聞こえていない、と言うことか。
『・・・でないと、俺が月を奪っちゃいますからね』
・・・!!!
奴を殺気の籠った目で見遣るも、彼奴は涼しい顔をして立っていた。
「・・・月。じき、「幻夢」が解けてしまいますので。そろそろ行きましょうか」
月は式と言う男の言葉に、頷いた。
「・・・霸。・・・気を付けて」
「・・・月もな」
俺が彼女の頬に口づけると、月は嬉しそうにはにかんで俺の腕から抜け出した。
* * * * * *
翌日正午。
案の定奴らは俺に封印石の手枷を嵌めて、俺を国外追放した。
式から借りた短剣は不思議なことに、どちらも彼らからは武器だと分からない指輪となった。
指輪を短剣に変えて、封印石の手枷を切ると、俺は南を目指した。
・・・・・・やってしまいました。
昨日23時30分ごろまでの意識はあるのですが、その後日付が変わった0時10分ごろまで記憶がない=パソコンを前に眠りこけてしまったようです。
毎日書き続けるのは難しいものですね・・・
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