金色の勇者
クノルフェン地方には、とある言い伝えがある。
『グリト大森林を抜け、ザラーム平原を通り、モルス大河を渡ってディスペア火山をまわったその先に。ヒルフェの地で金色の勇者が待っている』
100年の間語り継がれてきたこの言い伝えが人々の心に去来するのは、決まっていつも虐殺と鮮血が歴史を彩るときである。
* * * * * *
「いや、俺は絶対ヒルフェの地に行って金色の勇者に会うんだ!」
ラッカメディア王国南東部の辺境の街、ファリア。
神聖テーヴェ教教会の孤児院にて。
一人の少年が、青年に向かって叫んでいた。
「とはいえ、リザーク君、言い伝えにあるどの地名も今は残っていないものばかりじゃないですか」
少年を宥めようとする青年の格好から、彼が神聖テーヴェ教の神父、特に風と天候を司るアングィンド神の神父であることが判る。
「手掛かりならばありますよ?我々の一族に伝わる古くからの呼び名があるのです」
二人の会話に口を挟んだ少女は、独特の文様が刺繍された長衣を身に纏っていた。
「オール・ヴェーシさん!リザーク君を更にやる気にさせてどうするんですか!」
神父がげんなりとした声をあげる。
「よっしゃさすがオール!早速地名を教えてくれよ!」
俄然やる気になったらしいリザークが、オールと呼ばれた少女に話を聞こうとすると、
「三人共何やっとるか!!」
大音声に三人が驚き、振り向くと、怒り狂っている女性が現れた。
「マギラさん!」
マギラと呼ばれた女性は手に料理で使う器具を持ったまま仁王立ちをしている。
「つまんない話してる間があるなら、他の子達みたいに食事の手伝いでもしな!」
「は〜い」
リザークは食器を並べる準備を始めた。
* * * * * *
食事後。オールから言い伝えの地名を聞き出したリザークは、フラベル・マギラのいる祈祷室へと歩を進めていた。
それも上機嫌で。
フラベル・マギラはこの教会の統括者であり、孤児院設立を神聖テーヴェ教会の上層部に進言した人間だ。厳しいが、優しい一面もあるので、子供達の心の拠り所にもなっている。
「失礼しますー。リザークですけど・・・」
祈祷室の戸を三回叩いて、開ける。
中ではフラベル・マギラが経典を読んでいた。
「リザークか。何かあったのかい?」
読書眼鏡を外したフラベルに、
「・・・外出許可を下さい!」
リザークが頭を下げる。
「駄目だね」
フラベルの即答。
「このファリアの田舎にもラッカメディア王国軍が来ているらしい。そんな時に子供を外になんて出せると思うかい?」
フラベルの正論に、ぐ、と怯むリザーク。
「どうしても出たいってんなら・・・・・・」
フラベルが口を閉じる。
ドタドタという騒々しい音ともに戸が叩かれ、リザークがつんのめる、
「マギラ司祭ー!リザーク君が来たらですね・・・」
食事前にリザークと話していた青年神父が息を切らせて立っていた。
「今のお前、この近辺で最も騒がしい生き物だったぞ、アルス・ローヴェンタイン」
アルスと呼ばれた青年がキョトンとした顔をする。
「え?そうだったんですか?・・・・・・って、リザーク君、どうして私の足の下に?」
アルスが慌てて退くと、リザークが立ち上がった。
「取り敢えずアルスには後で剣の稽古に付き合ってもらうか」
「えっ!?」
青年が真っ青な顔をしていると、祈祷室の戸が控えめに叩かれる。
「オールだろ?入ってきなさいな」
おずおずと入ってきた少女をみて、リザークが声をかける。
「オールからもなんとか言ってくれると嬉しいんだけど・・・」
オールはリザークの顔を見、アルスの顔を見、そしてフラベルの顔を見て、頭を下げた。
「取り敢えず、リザーク君のためにもお願いします」
オールの様子に、溜息をついたフラベルがアルスを見ると、アルスも頭を下げていた。
「お前は止めに来たんじゃなかったのかね」
フラベルの呆れ。
「彼は言い伝えの地へ行こうとしているのですから、僕も興味あるな〜って・・・」
ハハと笑うアルスに、本気で呆れたフラベルは、取り敢えず三人に「金色の勇者」を探すに足るかどうかを試す試験を行うことにした。